頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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設定

あだ名:シャドー

概要:主人公(シャドー)はキョンの幼馴染み兼同級生の男子高校生。ハルヒとのスポーツ勝負で勝敗は着かなかったが、ハルヒに気に入られ、彼女の勧誘を受けてSOS団に入団する。

一人称:俺

容姿:髪は黒の短髪。顔はキョンと同じ普通な感じ。

身長:キョンより十cmほど低い。

性格:自由気ままなマイペース

家族構成:父、母(普通の一家でよく一緒に出掛けたり、時には喧嘩もするが、後で互いに仲直りしたりと普通の生活を送る関係)

能力:キョンと同様に普通の人間で学業の成績は普通(悪い訳ではない)だけど、運動神経と身体能力はSOS団団長・涼宮ハルヒと互角とかなり優れている。



主人公のお名前はリクエストされた方のを借りております。



涼宮ハルヒシリーズ(朝比奈みくるルート)

 +Yell

 

 

 聞きなれた携帯のバイブ音が聞こえる。

 

 ぼやぼやなままの頭は二つの選択肢を浮かべた。

 

メールをチェックする

無視する

いいや、寝ます

 

 

 

 

 +Do

 

 

 

無視する

 

 上手いこと動こうとしない体と同じように頭が鈍い。

 

 鈍いままの頭は二つのことくらいしか考えられないままだ。

 

休息をとる

起きることにする

目をこする

 

 

 

 

 

 +hoe

 

 

目をこする。

 

 ショボショボなんてレベルじゃないショボっくれてしまっている目をこする。上目蓋とした下目蓋が糊付けされているようなショボったれ具合。生まれたてホヤホヤの赤ちゃん並みな目の開けづらさ。こんなの幼馴染と高校受験終わりの打ち上げ以来だ。お菓子とジュースとゲーム。もうこれだけで大盛り上がりだった。受かる判定はどっちの親も知っていたんだけど、万が一でさっきの三つ禁止令を出されていたからそりゃもうパーリータイムだよ。

 

 猫の欠伸5回分ぐらいの時間無をこすり続けた結果、お目目が開きました。こすりすぎて目蓋とその周辺がとてつもなくヒリヒリするけど無視っておこう。

 

 とりあえず起きて、探さなきゃ。一人だけじゃなくて、みんなを。

 

 うちの幼馴染とハルヒが集めた我らがSOS団、その顧問の鶴屋先輩、頼りになっちゃう喜緑先輩、話クドイ系友人の佐々木、大事で大切な妹ちゃん。誰一人として見落としてなるもんか。

 

 団長に任命された特攻隊長というご名職を名折れにしちゃ、団長にシバき回されちゃうからね。

 

 それなり装備を装着して、外へ。

 

→SKIP START

 

 

 

 

 

 

 +}

 

 

 部屋の向こうは見慣れた学校。色合いも物の配置も、なんというか北高の空気感ってやつでさえ見慣れ過ぎた奴だ。廊下の一部分にある謎のへこみや、窓の近くにある誰かがはっ付けたシール、消火器近くに忘れ物のだと思われるカバー無しの置き傘。窓から差し込む太陽の光、それに照らされた学校のあちこちに妙なシンパシー、そのシンパシーついでに軽妙な安心感と軽度の徒労感。全部全部、いつもの北高、という意識しか沸いてこない。その全部になんだこれは、と思うのに、それに更になんだこれは、でまたまたさらにそいつに、なんだこれは、な思考永久ループな俺。

 

 テストは体育以外暗記で点とっている俺に考察力だか推察力だか、どっかのバリツ使いみたいな能力なんてのはまともにあるわけがない。知恵熱で脳みそがプリンになる前に頭を振る。右見て左見て、右見て。見渡しても何もかもいつもの北高感。

 

 だけど、誰もいない。

 

 誰一人いない。

 

 平日なら当たり前にいるたくさんの北高の人たちも、休日でも部活人や先生とか、たまに業者さんとか、五十メートルも掛からずに誰かしらを目にするはずなのに。誰も、いない。一学年に九クラスもある北高に、誰もいない、なんてことあるわけないのに。

 

 恐怖感だけなのか。それに伴う興奮状態からか、足が動いていた。視線はまっすぐに固定されてしまっている。教室の窓や学校の外への窓を覗くことも、やたら躊躇われた。誰かいないのが怖くて、誰もいないのが恐ろしくて、その怖さと恐ろしさの意味を理解したくなくて。

 

 競歩並みの速度で足が動いている。あと一つの教室を通り過ぎてしまえば、階段だ。このままだと壁に激突か階段から落ちてのクラッシュだろう。

 

 意味を理解しきる前にクラッシュの方がいいかもしれない。

 

 足音。自分のものしか聞こえない。それしか耳に入ってこない。バスドラムをぶち壊せるほどうるさい足音。その一つだけしか、聞こえてこない。

 

 暗記力しか取り柄のない頭が、その所為で空回っていく。誰かいないということはつまり。誰もいないということはつまり。

 

 つまり。

 

 誰も──────。

 

 

「シャドーくん?」

 

 

朝比奈先輩? 

鶴屋先輩

 

 

 

 

 +}}

 

 

「朝比奈先輩?」

 

 

 その声が誰かなんて特定できていない。声の高低差で女の子かもしれないと思っただけだ。だからこその、願望だったんだろう。天然気味で頼りなさそうな年上少女なのに、その上ただその場にいるだけで盲愛しそうになるような女の子が、俺以外にもいる誰かであってほしい。そんな願望。赤ちゃんの産声みたいな本能だけでの願望だ。誰か誰かと泣いて叫ぶ赤ちゃんのように、だれかだれかと願って望んだ、こぼれ出た俺の何か。

 

 

「よかった! シャドーくん、無事だったんですね!!」

 

 

 運動神経が良とはとても判定されないお嬢さんなのに、駆け寄ってきてくれた。体に負荷をかけるだけでスピードにいくらも貢献できてない不器用な動き。上半身も下半身も、どちらの軸もバラバラだから尚更動きが不器用過ぎた。階段を一段飛ばしで降りるなんて芸当は不可能なんだろう。やろうとなんてしたら足を踏み外して大怪我、ギリギリ踏みとどまれても足を捻るなんて怪我を必ずする。

 

 そんなこちらがアワアワウワウワ落ち着かなく心配にさせる先輩少女は階段を駆け下りてくれた。心配していたという落ち着かなかった表情と、無事でよかったという落ち着いた表情で。朝比奈先輩のそんな様子がお嬢さんでお姉さんで、俺はとてつもない安心感を抱いた。

 

 

「ぁあ、よかったぁ……」

 

 

 涙声ではないけれど、自分でも情けなさすぎる弱虫な声が吐き出ていた。

 

 

「シャドーくん」

 

 

 一階分だけの階段なのにちょっと息切れしている朝比奈先輩。つい年下に感じる先輩少女さん。それは零れ落ちそうな大きな瞳と俺よりも低い身長、普段のポワポワとした風に流されていく綿毛のような様子。そんなだから、どうしても守ってあげたい、いつまでも大事にしてあげたい、何ともできないくらいに愛くるしい存在であられる。ずっとそう思ってきたからだ。

 

 それに、今さらにスコアメークできる素敵さがある。いつもの愛くるしさに、ほんの少し艶を見つけた。あのお嬢さんでお姉さんに艶を感じた。色っぽいとかそそるとかの性欲からのじゃなくて、ちょっと気取らせてもらえるならダーム・デュ・ラックのような尊さから。マロリーさんが書いた方に出てくる方でなく、初期の物語での彼女。初期の彼女は不思議の塊、ヒソっと立ち込め出した水煙のような奇妙さとユラリユラリし続ける水鏡のような面妖さが魅力的だった。だからこそ、後々の彼女の人間的な情念は俺としては魅力的に感じなかった。

 

 とにかく、そんな感じの少しの艶を持っておられる朝比奈先輩に言葉を返さないといけない。

 

 

鶴屋先輩もご一緒ですよね? 

朝比奈先輩だけでもご無事そうでホントによかったです。

よかった、無事で

 

 

 

 

 +}}}

 

 

「っ……、えっと」

 

 

 少し困った顔をさせてしまう。でも、そんな困った朝比奈先輩のお顔に、俺はとんでもない安堵でへみゃへみゃ笑う。とんでもないくらいの歓喜でたまらなくて笑ってたんだ。

 

 

「シャドーくん、あたしもいるにょろよ~」

 

「あぁ、鶴屋先輩もご無事なんですね。よかったです」

 

 

 階の上からお嬢様のお声。元気溌剌で、俺も元気活発にさせてくれる雅なお声。その素敵なお声の持ち主は鶴屋先輩だ。ちょっぴり顔が引き締まる。それでも、我が幼馴染からしたらいつも通りな腑抜け顔としかいわれないんだろうけども。

 

 

「で、他の子はどこだい?」

 

「あ、っと……」

 

 

 困った。そう、困ったんだ。俺たち三人の安全は一応確認できた。他はまだ不明、それが懸念の一つ。あとは、鶴屋先輩は埒外にいて頂かなくてはいけないってこと。お家側はがっちり絡んでいるけど、次期御当主で在られる鶴屋先輩嬢には何も言われてないし、ノータッチにしとけという念を押されている。それなのに、このような事態に巻き込んでしまった。そもそも我らが団長様ご自身も、不思議探索やらなんやらSOS団の部活動と言えるらしいものに、鶴屋先輩を誘うことも交えようともしていないんだ。

 

 つまり、先になんとかして誤魔化さなくてはならない。

 

 そこで朝比奈先輩に視線を送っておく。よく分かってなさそうだけど、結構察しは良いお方だ。ノリにノッて下さるはずだ。たぶん、乗り上げることはないはずだろうから。

 

 

「ややちょっぴり強引な展開ですいません」

 

 

 と、如何にも慌ててますの態を見せつけて近寄って小声伝達。鶴屋先輩を騙す上に、他にも観客がいるという態のアピール。小走り+無駄にわちゃっとした手の動き、そしてわっざとらしい焦り顔。まさに悪い意味での大根役者、そのもの。役者みたいな動きで誤解してもらうんだ。

 

 

「うん? どういうことかな?」

 

「鶴屋さん、アレです、アレっ!」

 

「あれ?」

 

 

 鶴屋先輩が朝比奈先輩に注目する。ナイスアドリブです、朝比奈先輩。そのまま手をわちゃわちゃ忙しそうにして、時間を稼いでおられる。

 

 

「”コレ”系です」

 

 

 俺は両手の人差し指と親指で長方形を作る。朝比奈先輩も慌てながらも同じように。そして俺と鏡合わせのように、”カメラ”を模した長方形を上下左右に動かした。

 

 

「あ~……そ~いうか~んじなの?」

 

「そうです。そ~んなか~んじなんですよ。なんで、いい感じに。OKすか?」

 

 

 ミニシアターの方は潰れる宣言はされてしまっている。それでも、自作映画の上映ってのはどこでもできるもんだ。場所は限られるし、お金もまたもやかかる。だけど、自作映画の上映は基本的に自由だ。だからこその、次予告としての映像を撮ってます、というフリ。鶴屋先輩も今作でナレーションみたいなのや、給仕役みたいなのをやっていただいているので、これで押通る。肖像権てきなのも押し通れるはずだ。

 

 あるわけないカメラやマイクなんてのを気にしないようにしつつノッてくださった。朝比奈先輩はクル○ガ的な視線を弱めてくださる。

 

 

「そっか~。たっしかにそんなののにも丸つけました、あたしも。あー、うっかり、うっかり~」

 

 

 少し大げさな感じの優雅なターンを決める鶴屋先輩。バレエのアレだ。演目は白鳥の湖ぐらいしか知らないけど、優雅さが俺でもよくわかる。演技っぽくない演技だ。ノッてノッてをして下さる鶴屋先輩に感謝感謝だ。

 

 さぁっ、と。鶴屋先輩と一緒に朝比奈先輩の方に振り返る。いきなり俺たち二人の視線を独り占めにした朝比奈先輩は、案の定ハテナマークとビックリマークを飛び跳ねさせた困惑顔に。いい画です、朝比奈先輩。

 

 

「それでは、行きましょう先輩方!!」

 

「行っくぞ~、みくる!! あたしたちの仲間の下へ~っ!!」

 

「へぇぇええええっ!?」

 

 

 鶴屋先輩に腕を取られ一気に階下へ降りていく朝比奈先輩。鶴屋先輩は奔放すぎるようで朝比奈先輩が転んだりしないよう気を付けて、朝比奈先輩も鶴屋先輩が怪我しないように気を付けて、仲良く何処かへ集合しに。それに遅れないように、且つ、少しだけ先に俺も駆け下りていく。

 

 朝比奈先輩が困りながらも俺を見る。それに口パクでごめんなさい、と頭を軽く下げて謝っておく。

 

 申し訳ないんですけど、俺のよく分からなさに振り回されてください、朝比奈先輩。なんとかなります、たぶん。

 

 最後の三段を飛び降りた

 

→SKIP START

 

 

 

 

 

 

 

 +〔

 

 

「このクランベリージュースおいしいですね」

 

「こっちのレモネードもいい感じだよ。ね、みくる、ちょっとくれないかい?」

 

「あ、いいですよ。わたしもレモネード飲みたいです」

 

 

 軽く見回りがてら歩いていると、三年生の先輩方は何でも自販機から出てきたジュースを飲んでいるのを見かけた。俺は妹ちゃんが当てた漢方系だと思われるものが入ったサイダーを飲んでいる。飲めるけど常飲したくないし、ご飯のお供にも向いていない。たしか、どっかの文豪はそばと三○矢サイダーのセットがお気に入りだったようだけど、これ出したら流石にちゃぶ台ひっくり返すんだろうな。薬品くせぇでおなじみのド○ペよりも求められない臭さが色々台無しな上に、甘いサイダーでごまかしも出来ず更にヘンテコになっている。ヘンテコな味は面白さだけで言えば好きだ。味覚とかで言えば面会謝絶もんだけど。

 

 

「こんちは、お二方。素敵なの飲んでますね」

 

 

 朝の階段降りた直後に長門出現でびっくりした朝比奈先輩の轟く悲鳴、みたいなことはなく、にっこりと穏やかにお二方は出迎えてくれた。あれは俺もホントにびっくりした。足をうっかり捻りそうになるぐらいに、びっくりしたもんだ。

 

 

「あ、こんにちわ、シャドーくん。……え、またなんですか?」

 

「はっはー、すごいねー、シャドーくん!」

 

 

 朝比奈先輩がド○ペを常飲している俺を見てる幼馴染みたいな顔をしていた。オブラートに包めば好きにするがよいという聖者の哀れみ、普通に言えばどうしてなのという呆れ混じりな憐れみだ。ド○ペは飲み物です。普通に飲めるものです。このヘンテコより上級なんですからね。

 

 

「いやー、またまたなんですよね。あと四本以上残ってまして」

 

「わぁおっ!!」

「わぁ……ぉっ」

 

 

 驚嘆していただける。お二方がテンションが高いのと低いのに別れることには訳がある。深いわけが、ある。いい感じにキツイかバッドな方でキツイかだ。そういう反応は慣れてる。お昼の陽光様みたいにキラキラとされたお二方のお顔はどうにも困るが、幼馴染や友達は無反応になってしまってつまらないので楽しい。

 

 

「はは、自分で言うのもなんですけど、美味しくないですから飲みたくないんですよね」

 

「じゃあ、飲むのやめればいいじゃないですか」

 

 

 大分困ったのと多少呆れが混ざった難解なお顔でおっしゃる朝比奈先輩。

 

 

「そんなんですけど、妹ちゃんがくれたんで」

 

 

 そう言ってQUAN○OOを飲み干して、次のに手を付けた。○瓶の麦茶クラスの大きさで、何のプリントもされてない銀色だ。今までのは全て毒性もトリップさせてくる成分もないし、アレルギー性なものもないらしい。さっきのも味だけはハズレで他は全部検問スルー出来るお品。忖度も何もなし、長門と喜緑先輩が能力で安全性は保証して下さっている。だからこれも何も心配することはないはずだ、味以外は。

 

 

「んじゃあ、ぐいっと行こうか!!」

 

 

 安心して鶴屋先輩のお声に合わせて開封し飲み込んだ。

 

 一口だけ。

 

 

「あれ? シャドーくん?」

 

「ん-? 大丈夫かい?」

 

 

 

 一呼吸、いや、三呼吸以上待ってもらってようやくしゃべれた。

 

 

「くっっっっっっっっつそにぃっがぁい!!」

 

「そういう系なんですか」

 

「そういう系なんだねー」

 

 

 さっきの漢方特有の苦さを軽々高跳びしていく苦さ。○二ジュースを飲み慣れてなかったら口からスプラッシュだったわ、まったく。

 

 

「一口でそれはキッツいんじゃないかい?」

 

「キツイならやめときましょうよ、ね?」

 

 

 お姉さん方がお慈悲をくれている。すぐに、うん、と頷いて流しにゴーした方がいいんだろう、体に良すぎる系な苦さだらけの味のドロッとした飲み物であるだろうコイツは、ボッシュートされるべきなんだろう。ネタ的には今のリアクションはOKだ。OKのはずだ。だが、次にとるべきリアクションは、捨てる、ではない。お残しは許しまへんでぇはうちにも伝わる代々の家訓でもあるんだ。

 

 それに、妹ちゃんがくれたんだしなぁ。飲みたくないけど、飲まなきゃなぁ……。シャドーくんださい。なんて言われたくないし。

 

 

飲み干す

ギブアップ

 

 

 

 +【

 

 

「おーっ!!」

 

「えぇーっ!?」

 

 

 (おのこ)なら一飲みするのだ。粘度が凄い、青臭い、なにより苦すぎて死にそうだ。粘度があるせいですぐに飲み干せず、味わいや食感、臭いも全部しっかりと分かってしまう。

 

 苦しい。苦しい。苦すぎて苦しくてお辛いんだ。

 

 呼吸すらできぬ。いや、今呼吸をしたらスプラッシュする。吸い込むためだろうが吐くためだろうが、する。なので、この苦行をこなすにはもはや全て飲み干すしかないんだ。

 

 気合。気合いだ。気合いがあれば何でもできるんだ。猪○さんも言っていたんだ。あれ? 元気だったっけ? とにかく気合だけでどうにかする。気合が俺の生命線だった。

 

 地獄の三分間。三分まで至るのに泣きそうだけでは済まなかった。生きることを放棄したかった。誰聞くまでもなく、もうゴールしてもいいよね、と自決しとうござったよ。

 

 

「シャドーくん、平気かい?」

 

「他に大丈夫そうなのないのかな……。わぁ、○の天然水ってこの時代にあったんだ」

 

 

 どちらも心配して下さっている。鶴屋先輩が頽れた俺の背を摩ってくれて、朝比奈先輩は俺のビニール袋から口直しを探してくれているんだ。

 

 平気です、男の子ですから、っとせめてセリフだけはかっこつけたかったのに、言うこともできない。苦さに襲われ中で余裕なんてなかったから。後に残るというか後に居座るタイプ。ほぼ居直り強盗だね。

 

 何分経ったかは分からない。時間感覚もボロボロにされたせいだ。

 

 

「…………」

 

「ん? なんだい? 保健室行く?」

 

「肩貸しますね」

 

 

 蚊の音よりもか細すぎて聞きとっていただけないようだ。両手を使って大丈夫なのをアピールする。

 

 そして、かっこつけるんだ。

 

 

「お”と”こ”の”こ”な”の”で”」

 

 

 すっげぇ声になっちゃった。

 

 もちろん三人全員笑った。

 

→SKIP START

 

 

 

 

 +{{{

 

 

 俺的には早い時間の夕飯タイム。長門の帰還を合図にみんなでワイワイご飯を食っている。鶴屋先輩や妹ちゃんには、スポンサーからの要望を聞きに行ったりしていたと言うことにしてある。そこら辺のごまかしは喜緑先輩と古泉、たまに俺でとっ散らかしといた。その所為だろう、俺の前にはあるよく分からないご飯が並べられている。二人が変な感じのものでの食いっぷりが良かったそうです、と言ってしまったため妹ちゃんが、その、楽しくなってしまったようで、無限ガシャポンみたいなことをした結果がこれらだ。あたしこのパイ苦手なのよねの進化系のスターゲイザーパイを始め、見た目は人参を煮込んだだけみたいな鶏足、食欲をそそられるはずの狐色な衣の中身はゼリーみたいなよく分からんやつ、原材料:オオグソムシなどなど。食べ物はおもちゃにしちゃダメだと教わらなかったんだろうかなな連中。

 

 食べろと言うのか、この者どもを。俺に。本当に。

 

 

「シャドー……」

 

「ソウルメイトだよね、俺ら。ヘルプしてくれてもいいんだぜ?」

 

 

 俺の隣ででいつも以上にもどかしそうな顔をしている幼馴染。愛想笑いで救済を強請る。が、愛想笑いで目線を逸らされ救済を拒否られた。古泉は、にこやかに紅茶を飲んでる。佐々木なんて美味しそうにリンゴジュース飲んでやがる。喜緑先輩と長門は忙しそうなのでしょうがないが、ひどいがすぎるんだよ。

 

 

「シャドーくん」

 

「なにかな、妹ちゃん」

 

「コレ、オススメ!!」

 

 

 グリルされたパンとコーヒーカップ、カップケーキ。そいつらをオススメされる。

 

 パン、普通だ。チラホラ製菓用のシュガーがカラフルなだけで、パンの表面は惚れ惚れするきつね色。食欲をそそられる。匂いもいい。チーズの匂いだ。グリルされているから余計にあの焦がれる乳製品の香りが胃を刺激する。が、レインボーだ。何がか、チーズがだ。綺麗に切られたトーストからこぼれ流れるチーズが、レインボーだ。虹色のチーズが流出している。コーヒーカップの中身、匂いで分かるコーヒーだ。どこかでは泥水と言われるが、そういう輩は砂糖とミルクぶち込んで飲んでしまえばいいじゃない。ブラック飲めないならそうしなさい。美味しく飲めればいい。でも、ラテアートと言えどここまでカラフルにする必要はない。ホイップに着色飲料を混ぜたんだろうななラテアート。飾りたいね、写真に。収めたくないね、胃に。そして、カップケーキ。全部カラフルにするな。縦横無尽に一秒間隔で色を挟むな。せめて、段ごとに色の配置を変えて欲しかった。

 

 食欲が悪い方に流れる。消える。溶けた。食いたくない。色の暴力が苦しい。

 

 妹ちゃんの左右の女神に懇願する。せめてヘルプを。せめてせめてで、コンペリングなデマンドを聞いて下さいませ。

 

 

「じゃあ、あたしはこやつもオススメしっとこうかな~」

 

「それじゃあ、あたしもこれなんかどうでしょうか」

 

 

 女神の一柱の鶴屋先輩のお品は、チョコミントisこれみたいな色のマカロニであるはずのやつ。もう一柱の朝比奈先輩からのお品と言うのは、粘土で頑張ったのかなと思われるカラフルすぎやがるドーナッツの変異種。たぶん前者はしょっぱい系で後者は泥甘系だろう。

 

 全部の道がカラフルだけど絶望の色合いにしか見えない。危険色って赤だけじゃないんだ、パトカーとか救急車も採用すればいいかもしれないな。

 

 現実逃避など、許されない。

 

一気食い

ドーナッツを喰らう

マカロニっぽいものも片す

 

 

 

 +#

 

 

 

 食事というものは軽いものから口に入れていくのが定石だ。口を整えるために突き出し、前菜から始まり口でパーティを開催させるスープ、魚料理、口直し、肉料理、生野菜、チーズ。そして、口慰みにして口惜しい感を楽しむ、甘い菓子、果物。最後には口をそろえるために出される、コーヒーと小菓子。

 

 だけど、時には逆から行きたい気分もある。高級フレンチはこうだ、高級懐石はこうだ、なんて無視したくなる。見た目がキレイなのはもちろん素敵だ。視覚も楽しくなれば、より食事を楽しめる。だが、まっ茶色の料理も食欲をそそられる。味噌かつ丼、牛丼、カレーライス、炊き込みご飯。素敵な茶色たちだ。ケン○ッキーもいい、チキンナゲットもいいな、唐揚げなんてのもいいよね。茶色、その一色がこれほど恋しくなる日はなかっただろう。

 

 なぁ、ドーナッツさん。本来ならそんな茶色に仕上がるはずのレインボードーナッツさんよ。おめかしし過ぎて仮装になっちゃったね。化粧落としてきてくれ、ありのままの君が好きなんだから。

 

 カラフルドーナッツさんは、左右に軽く振っても色が落ちしない。ペンキでコーティングされているみたいに着色が剥がれやしない。左右に振っても空洞から見える景色も変わってはくれなかった。お三方の方へ、慈悲を求める。アニエルだかツァドキエルだか、イオフィエルだか分からんが、にっこりとされていた。他は何もない。もういいよ、も、冗談だよ、なんて穏やかな囀りはない。はよ食わんかい、という穏やかな面差ししかなかった。

 

 心で咽ながら、口元にドーナッツを。おかげで自分の視力の良さを痛感する。一ドット欠けもないほど隙間なんてありはしないカラフルさ。赤は赤で、緑は緑で、紫は紫、とちゃんと色分けされている。本当に粘土作ったみたいだ。やめてほしかった。だが、毒ではない。ひとさじの毒性もない、欠片もありはしない。だって、喜緑先輩たちのストップが一度として入らないんだから。怯えと興奮で嗅覚が働いた。ドーナッツのあの嬉しい匂いだ。火が通った小麦粉のあのなんとも香ばしい胸をくすぐる香り、シュガーから漂うあの素敵な感じ。そうさ、口に早く頬張りたくなるあの素敵な甘やかさだ。昔、親戚の悪戯で味わったアレとは違う。辛すぎてしゃっくりが止まらなくなったし、かりんとうみたいになったドーナッツとは大違い。

 

 だがしかし、視覚が色々苦しめてくるんだ。

 

 ネタ商品は大好きだ。おもしろいから、本当におもしろいから。普通の人が感じる悪い意味での当たりなら、とてもとても素晴らしい。

 

 だけれど、時と場合による。面白商品がメインに座ってもいいけども、口直しが近場にあるのが前提だ。全部、逃げ場と言う口直しがないこの状況は、違うと思うんだけど。

 

 あぁ、逃げられない。

 

 幼馴染の助けはないだろう。妹ちゃんに甘すぎるから。朝比奈先輩にも甘いんだから。古泉は無駄だろう。静観と言う名の監督をしようと努力しているから。面白そうだから眺めようとしているんだから。佐々木は、いいや。初めからなんも期待してない。根っこがハルヒと同じなんだから。

 

 

「おいしいと思いますよ、シャドーくん」

 

 

 ふにゃりとした天使なお顔の朝比奈先輩。ちょっぴり小悪魔だと幻視した。

 

 いざ、大きな口を開けて頬張った。味は美味しい。ドーナッツだ、普通に。ちょっと男の俺にはクドイと思う甘さだけど、美味しい。味だけで言えば俺的にハズレ枠。だが、さっきまで脳裏に焼き付いだ毒だらけ色が、胃液を悪い意味で活発化させていく。そして、困ったことにこの先には逃げ場がない。まるでアイアンメイデンか、苦悩の梨かの二択を迫られている状態。

 

 せめて。せめて、癒しが欲しい。例えば、水だ。何でもない水が欲しい。着色料なし、フレーバーなし、炭酸なしの普通のお水が欲しい。欲を言えば、天然水。贅沢も言えないなら、水道水でもいい。ダム穴のように吸い込んでやりたいんだ、癒しを持ってさ。

 

 

「シャドーくん」

 

 

 天使であられるお声。お水を下さるのだろうか。さっきは小悪魔なんて幻覚を見てすみませんでした。やはりあなたは俺の天使様。

 

 

「お水、どうぞ」

 

 

 笑顔に笑顔で返せる。こんな身軽すぎる気持ち初めて。パト○ッシュとは逝かないよ、俺はまだ生きるんだ。

 

 

「ぬぐっ」

 

 

 清涼飲料水だった。確かに水。というか、飲み物は全部水分だから大まかに何もかも水って分けられる。のど越しがいいか悪いかで大分差があるけども。

 

 ここでド○ペとは、思わなんだ。

 

 

「いつも飲んでましたから。頑張って見つけたんですよ」

 

 

 天使には勝てないよ。こんな素敵に柔らかい笑顔なんだから。そう、まるでルノワールの描いたジャンヌ・サマリーの肖像のような柔らかな女性の素敵さだった。

 

 面白がっている、女の人の素敵なお顔だったんだ。

 

 

「おー、いいじゃないかっ、流石だね~!!」

 

「これもたべてー」

 

「まだシャドーくんのお口いっぱいですから、もうちょっと待ちましょうね」

 

 

 ちょっと色々と泣きそうだった。

 

 

 

→SKIP START

 

 

 

 

 

 

 +”””

 

 なんとか夜を過ごしている。胃の方は大丈夫だが、バラケながらマインドブレイクもしかけていた。

 

 味だけで言えば普通に美味いやつらだった。だけど、見た目が暴力的過ぎた。もはや、冒涜的だと言えた。誰に対してと言うなら、食材たちに対してさ。小麦だろうとショートニングだろうとも、ココナッツシュガーだろうともがあんなおもちゃにされていいわけがない。日本人はね、わびさびが大好きなんだ。ブルーオーシャンな食べ物出されても食欲無くなるだけなんだよ。

 

 そんな感じで軽く横になっていたら、すでにゴールデンタイムに突入している。夕食が六時で、食べ終わったのがその一時間後ぐらい。俺だけさっさと自室に引きこもっていたら、もうこんな時間。別に不貞寝とかでなく、色々と落ち着けるためだ。秘蔵の胃薬とかを漁っていただけだ。

 

 歯も磨いたし、シャワーとかも終えてる。別にトイレに行く用事もない。

 

寝る

ぶらつく

 

 

 +$%

 

 まだまだ胃が重い感じだ。このまま寝たらうなされる。レインボーな食べ物たちに襲われる悪夢を見るはずだ。フォアグラのために生きるガチョウのようにされる夢だろう。何という無常なだろうか。

 

 身長のためには、寝たい。幼馴染を見上げるのが未だにちょっとだけむかつくから。昔は俺の方が高かったのに、なに百七十超えてるんだよ。なに、十cmも俺が見上げなきゃいけないんだ。中学に入った途端抜かしやがって許さんぞ、さっきのもな。

 

 軽くなにか羽織ってドアの先へ。一mmも、この先がいつもの家に敷いてある花柄カーペットな廊下だとは、願わない。たぶん、別なことを願っていたから。

 

 ちょっとだけでも誰かに会いたいって願ったから。

 

→SKIP START

 

 

 

 +>

 

 

 間違いなく夜だ。

 

 それでも、外はそれなりに星の明かりと、実際は確認できない人工の灯りで真っ暗闇と言うわけじゃない。学校内はもちろん非常灯・誘導灯もまた点いてるし、もしもでバッテリーも十分にある。校内は明るい、学校外も明るい。まるでどこにも必ず人がいるんだと当てつけているみたいだ。今のところこの北高にいる俺達十人ぐらいしか生き物はいないというのに。そう生き物が俺たち以外にいない。蟻なんかの虫も烏なんていう動物も、もちろん人も何もこの北高以外で一つとして確認できない。

 

 こうやって北高から見える外の景色は幻だ。住宅街で過ごしている人の営みも、ビルで働いている人の営みも、飲み屋街で屯っている人の営みも。その生きている誰かを想起させるこの人工的な灯り達はすべて幻でしかない。砂漠のオアシスの幻のように、誤魔化しなんだ。

 

 まだ眠れなくてブラブラ北高内を歩いていた。さっき長門と喜緑先輩から、早く寝なさい的なことを言われてしまったが、この調子だと頑張って目を閉じ続けたって眠れそうにない。歩く速さが自分でもやたらゆっくり感じるのは、気が重すぎるからなんだろう。妹ちゃんを巻き込んだのが大分キツイんだと思う。妹ちゃんは俺の妹ともいえる存在だ。物理的には勿論、精神的にも傷ついてなんか欲しくないんだから。

 

 窓から見える幻なだけの現実に飽きて、そこから体を離した。ちょうど飴も溶けてなくなったし、もういいやってなったから。校庭と屋上以外から見える景色に変わりがない。いつでも見えていた景色と何も変わらなかった。色々どうでもよくなりかけてしまう。

 

 とにかく、食堂とかで飲み物でも買って帰ろうと思う。と、ある一室から誰か出てきた。見慣れた先輩さんだった。その方から上に視線を移す。プレートには保健室と記されていた。そういえば、本日は団長殿に献上品を差し上げてなかった。差し上げないと、翌日倍で奪い取られてしまうから早くやらんといけないな。

 

 まぁ、その前に大事がある。

 

 

「こんばんわです、朝比奈先輩」

 

「あ、こんばんわ、シャドーくん」

 

 

 にっこり穏やかに一礼された。その様子でも一見童女にも見える朝比奈先輩は、やはりお優しいと噛みしめた。

 

 

「あ、みかじめ料ってのですか?」

 

 

 可愛らしい小さなお嬢様は、Vシネでしか聞いたことのない単語を放りなされた。意味は通る。というか、正にそれだ。だけど、可憐な方である朝比奈先輩から聞きとうなかった。

 

 

「そうですけど、言葉のチョイスがちょっとアレなので言い方変えときましょう」

 

「え? 変ですか? 合ってたと思いますけど……」

 

「合ってますけども、やめときましょう。朝比奈先輩はどうか、ギフトとかプレゼントにしときましょうよ」

 

 

 音物や貢物が正しいけど、さらに聞きとうない。朝比奈先輩から、スジもの感を彷彿とさせるものは聞きとうない。姐さんとか姉御ではないんだ、朝比奈先輩は。お嬢様なんだ、朝比奈先輩は。ファンシーでファンタスティックなキティなんだよ、朝比奈先輩と言うお方はな。

 

 口元を隠しながらハテナと浮かべつつも納得していただいた。これで危機は超えた。これで、ソウルメイトだった幼馴染も安心してくれるぜ。

 

 

「じゃあ、はい」

 

「はい」

 

 

 朝比奈先輩から手を出されたので、普通に受け取る。中身は、胃薬だ。ドラッグストアでは並ばない、ちゃんと病院に行かないともらえないやつだった。

 

 

「ちょっと、悪戯しすぎちゃいましたから」

 

 

 謝罪かもしれない。でも、口元を隠しつつも笑っておられるのが分かる。それがまた、お可愛いのでなんでも許せた。というか、そもそも怒ってもいないし拗ねてもいない。胃がちょっと苦しかったけども。

 

 

「全部食べたの凄かったですよ、シャドーくん」

 

 

 くすくす、とリスが顔を洗っているような可愛らしさ満載で笑っておられる。食べるのを止めるなんてのはしていただけなかったけど、朝比奈先輩が現在進行形で可愛らしいのでいいんだ。

 

 

「お昼のも、夕飯のもちゃんと食べてくれて偉いですよ」

 

「あはは、いやー、それほどでも」

 

 

 今日の夜は不思議だと思いつつも日常感を感じる。朝比奈先輩のお姉さん感だらけな言葉遣いと話し方。けど、お姉さん感を感じ取るより背伸びしているお嬢様感をじっくり味わってしまう。多分、身長のせいもあるんだと思う。朝比奈先輩はSOS団で一番背が低いんだ。俺よりは勿論、長門よりも小さい。尚更、殊更、小動物的な可愛らしさを感じてしまう。だから、不思議さのくすぐったさを覆い隠すように日常感でまったりしてしまう。

 

 

「はい。あの子のもちゃんと食べてあげたの“いいな”って思いました」

 

 

 はい、の後の一文にクラっと来た。めまいや頭痛に似た強い衝撃。

 

 普通の言葉だ。普通に褒めてくれただけだ。さっきの偉いねー、ようなまったり感だけ感じ取るはずだった。読解力なんて必要ないたったの一文。学校のテスト出て来るお堅い、正しい日本語で作られた一文とはまるで違う。ただの話し言葉だ。助動詞だか形容詞だかを、明け透けに解剖していいもんじゃない。

 

 “いいな”までに続く流れる艶やかさ、"いいな"で終わらぬ余韻を残す色っぽさ、”いいな”程度で止まらないでいてくれた香る美しさ。それが詰まった言葉だ。声のトーンの所為もある。まるで、奏でるようでいて囁くようでいて圧しつけてきた。深い重みを持って圧しつけられた。

 

 "いいな"の言葉の意味を、圧しつけられたんだ。

 

 

「じゃあ、もう遅いのでおやすみなさい。シャドーくん」

 

「はい、おやすみなさい。朝比奈先輩」

 

 

 最後まで口元を隠しておられた。それでも、笑っているのは初めからずっと知っていたんだけど。俺を通り過ぎていくそんな朝比奈先輩に、可愛らしいなんて感情はまだあった。けれど、それを女性らしさのある先のアレが塗り替えしていく。

 

 階段を上る音が聞こえる。一人分の足音。軽い足取りの先輩のもの。

 

 

「ちょっと、俺、先輩のこと”とてもいいな”って思っちゃうじゃないですか」

 

 

 眠気がお引き払いにされた俺。謎の火照りが顔を中心に集まる。

 

 照れてしまったんだ、朝比奈先輩に。

 

 

→SKIP START

 

 

 

 +>>>>

 

 

 朝だ。いつもの朝だった。見間違うはずのない、勘違いするはずもない、いつもの朝。見慣れ過ぎた自分の部屋、嗅ぎなれた自分の部屋、落ち着くことのできる俺の部屋だ。寝起きの頭で見回しても、何も変わらない。異常なし、変化なし。物の配置に一ミリのずれもない。昨日の寝る前のままだった。

 

 そして、気軽に夜更かしをして心持ち重たいこの胃も、昨日と変わりはしない。昨日と今が紛れもない現実であったと痛感させてくる。未だに重たい胃から、なんとも深すぎるため息が出た。これがいつものハルヒだけのならば、それなりに楽観視できる。いざとなったら、力ずくができるからだ。今は、できない。あの顔文字が言うには、なんかに寄生されていて治療中だ。余計、悪戯に暴れちゃダメってことだ。

 

 重たい胃に引きづられながらも、Tシャツと短パンから着替える。学習机とセットの椅子に置いといた服に着替えるんだ。昨日は特に畳まず適当に放っといたからしわくちゃだ。

 

→そのまま着る

ちゃんと着替える

 

 

 +<<>

 

 

 しわくちゃで合うのは流石にちょっと。顔ら辺は特に悪くはないし良くもないけど、服はちゃんとしようね、と昔誰かに言われたような気がする。幼稚園の先生だったか、小学校の先生だったか。一言余計だよな、と今更思う。どっちも女の人だったから、身だしなみに目を光らせてたのかもしれないな。

 

 何にしようかな、とコーデを考える。ただのジャージ、はあかん。白黒縞々、囚人じゃないんだから。配色がうるさいの、ピエロになりたいわけじゃない。無難にいった方がいいのかな。丈はともかく肩幅があるから腹回りぶかぶかになるんだけど。

 

 こういうとき女の人はより面倒くさいと聞く。妹ちゃんのお友達も狙ってた服の金額にびっくりしたとよく言ってるし。どういう感じにしようか、今の気分的に、今日の天気が、気温もあるし、今の流行は、なんてのをいっつも考えてるらしい。クラスの女子がそんなのをよく話してた。あとは、彼氏とならこのコーデ、女友達ならコレ、男友達なら、って人でも色々大変のようだ。初デートなのに彼氏の服クソダサかったんだーと愚痴ってきた子もいるし。大変だな。

 

 見られることを意識するのは大事だ。よくうちのばっちゃまも言ってた。お空に行かれるまでいつも華美ではないにしろ綺麗であられた。しわなど論外。穴やほつれも同じ。ボタンが謎の多種多様は全力拒否。物は大事にされてたが、ホントに駄目ならどれほどお高かったのも雑巾にしたりして処分しておられた。死ぬまで女性として綺麗だったお方だったなぁ。

 

 綺麗だった、記憶。ばっちゃまの素朴でもふんわりとして綺麗だった微笑みを思い出す。謎のお菓子をよく出してくれたおかげで、その道に入り込んだ俺としてはばっちゃまは偉人だった。アメリカ大陸を発見したコロンブスより、蒸気機関をより実用的にしたジェームズよりも、素晴らしい偉人だった。その微笑みが綺麗で今も好きだ。たまにお父さんを通して俺に悪戯するところも好きだった。ああいうときにだけ見れた、ばっちゃまの山猫のような面白がるお顔も好きだった。

 

 あの山猫に似たお顔。好きだったばっちゃまの顔。目を三日月になるまでゆっくりと細めて、口元はうっかりはしたないのを見せないように隠す。

 悪戯に成功するばっちゃま。その両頬が遠慮がちに静かに静かに上がっていくのを見ると、口元のゆるみが大きくなっていっていたんだ。目なんて三日月なんかよりもずっと小さく細まっていってしまって、より山猫のようになってしまっていた。もうだいぶ昔に見れなくなってしまった好きだった記憶。

 

 でも、最近見たような気がした。女性らしく上品で、女性らしく小悪魔的で、女性らしく綺麗なあの微笑み。

 

 誰よりも女性らしく、どんな男を惹き吊り混ませる、とても綺麗なお顔。

 

 見た。確かに見た。ばっちゃまとは違う意味を抱いたもの。見惚れて困ってしまうことにもなっていたんだ。それは、どこだったろう。それは、いつだったろう。それは、紛れもない誰かでしかないはずだ。

 

 保健室の前。夜十時ごろ。朝比奈先輩。

 

 あの一瞬だけで、その全部に照れてしまったんだ。保健室のちょっぴりイケナイ感、夜十時ごろっていう絶妙なイケない感。何より、天使で女神様の朝比奈先輩に、あのイケナイ感じでしどろもどろになってしまった。今までどれにも疚しい感情なんて持ってなかった。見ていたそれ系の漫画とかビデオも、現実で見るとそんな意識など沸かない。だが、あの時全てにイケナイ感じを抱いてしまった。

 

 朝比奈先輩に、女の人、という意識を持ってしまったんだ。

 

 あってはならない。そんなことあってはならないだ。世が世なら、鞭打ちの後に磔にされ火あぶり、だとしても温情で済むほどの重い罪だ。

 

 なんてことを、と唸る。猫の甘えからのやつじゃなく、威嚇的な感じで唸った。己への威嚇。筋違いである女性らしさがある朝比奈先輩への威嚇もある。

 

 威嚇にかられ服を着る。無難より少し上。悪くなく、そこそこいい感じのコーデ。間違いなく、威嚇攻撃なコーデだ。

 

 朝比奈先輩が威嚇相手であってほしくない。この北高のアイドルであられる朝比奈先輩が、アイドル性よりも女性らしさを持って欲しくない。

 

 だって、困る。困るだろ、普通。

 

 朝比奈先輩はアイドルなんだから。

 

 

なんとか部屋を出た

 

 

 +<<<<<<<

 

 

 いつもの北高。昨日と一緒、俺の家の花柄カーペット&壁が見えず北高だ。ホントに昨日とこれも変わらない。昨日と一緒の、いつもの北高だ。思わず、整えてきた服を更に整える。昨日と同じなくせに新鮮さを持ち合わせてきた。壁も床も照明も、空気も変わり映えなどない。でもだって、さっきの所為で、昨夜の所為で。意識してしまう。どういう俺を見てきたのか、気になってしまうんだ。

 

 とにかく朝飯食おう。ご飯は元気の源なんだ。このもやもやしたのも払ってくれるもんなんだから。あの子と見てた○ンパンマンがそう言ってた気がする。食堂がある一階へ勝手に足音を忍ばせて歩いていっていた。

 

 

「あ」

 

 

 妹ちゃん。それに朝比奈先輩と鶴屋先輩。おまけの幼馴染と古泉だ。

 

 

「おはよう」

 

 

 みんな返してくれた。とてもいい挨拶。妹ちゃんの元気な声。鶴屋先輩の明るい声。幼馴染の気だるげな声。古泉の爽やかなような声。

 

 朝比奈先輩の、声。声に釣られて注視してしまう。朝比奈先輩のお顔に注目してしまう。

 

 あの顔をされている。山猫みたいな女性らしい顔をされている。見ていられなくて頑張って顔をそむけた。困るからだ。とにかく困るからだ。

 

 

「どうした?」

 

「どーしたのー?」

 

「なんでもないよ。しゃっくりに失敗しただけだよ」

 

 

 幼馴染兄妹もろくに見れない。別人だとしても、あの顔を思い出してしまうからもどかしくなる。別人だからこそ、あの顔を思い描いてしまうから口惜しくなってしまう。別人なのに、あの顔に思いを馳せてしまうからふわふわしちゃうじゃないか。

 

 

「シャドーくん」

 

 

 あぁ、来ちゃうの。来ちゃうんですか、朝比奈先輩。困る上に困って永続的に困りまくるのに、来ちゃったんですか。

 

 

「おはよう、素敵ですね」

 

 

 どういう意味か理解しちゃダメだ、俺。俺自身に対してじゃない。俺の服に関してでもない。俺の今に関してじゃないんだ。昨夜の"いいな"の言葉の意味を再確認するな、俺。

 

 それを振り払うために朝比奈先輩へ顔を向ける。

 

 女性らしく、山猫みたいに、綺麗であられた。

 

 

「服も、素敵です……朝比奈先輩」

 

 

 惹き吊り混まれそうになる。そんな女性らしい顔をされると、ホントになるから。

 

 

「ありがとう、シャドーくん」

 

 

 おしゃれさんな朝比奈先輩のコーデは今日もおしゃれで可愛い。なのに、綺麗と言う表現の方が似合い過ぎた。

 

 なにもかも朝比奈先輩が綺麗だ。女性らしすぎる綺麗さを見せつけられて、ホントに。

 

 ホントに困る。

 

 

→SKIP START

 

 

 

 +#$%

 

 

 朝礼的な感じで喜緑さんのお話を聞いた。良い感じに過ごしてくださいのことだ。これは妹ちゃんと鶴屋先輩宛てだ。俺達には普通にいつも通りに過ごしていて大丈夫です、なんとかしますから。とあとでお伝えもされる。頼りきりで申し訳ない。攻撃的なアクションは無効化されるし、今のところいい感じらしいんだ。どういう意味かをお尋ねするが、とにかく頑張ってくださいと見送られて終わる。

 

 そのあとの朝飯は終わった。結局色々バレたような感じで、幼馴染にもおちょくられる。ま、無事に朝飯は終わった。結構平和に終わった。それでもそれが昼飯にまで延長しているとは、どうあがいても想定外だ。寝不足の原因であられる朝比奈先輩は微笑んでいるだけ。なら、そう自らついバラしてしまった俺に聴衆が群がる。何とか曖昧に誤魔化そうとすれば、狙ったかのようなタイミングで朝比奈先輩が、そうですね、とだけ相槌を打つ。それがもう昨夜のとまるで同じ感じで、パニックになってしまうんだ。だが、なんとか治めた。妹ちゃんのアシストのおかげだ。無限謎お菓子のおかげだった。

 

 そんな情けなさすぎる様子を、いつもよりヘニャヘニャになっちまって大変だな、と幼馴染が突っつく。なら、お前も参加するなよ。せめて、弁護側に……は無理か。北高のアイドルである朝比奈先輩と何かあったとなったら、ソウルメイトであるはずの我が幼馴染も敵になる。今、少しだけ安堵していた。このたったの十人程度の人数だけでよかった、と思ってしまった。普通の現実なら、男は全員敵になり女子も大分敵になる。四面楚歌どころではなくなるから、癪なことに少人数でよかったとしみじみしてしまうんだ。朝も昼も、ほぼ魔女裁判でしかなかったけども。謎お菓子のバフも素晴らしかった。デバフでしかないのが、毒が裏返ったみたいになって素晴らしいものであった。

 

 で、なんとか逃げ出せたお昼休み。本来なら、あっという間に次の授業が始まってしまう。お昼ご飯の後の授業は苦痛だ。拷問ともいえる。教室を見かけるたびに眠気とだるさが増していく。

 

 お休みにちょうどいいと言えば、視聴覚室か図書室だ。良い感じに眠れる場所だ、あそこは。

 視聴覚室って真っ暗にできるんだ。カーテンも遮光性が高いのを使ってるし、広いからエアコンの風が直に来て苦しいなんてのもない。ちょっといじらせて頂いてなんかの映像流しながら寝るのも素敵だ。図書室はいい。勉強するための場所とか怒られるけど、本のにおいとか本棚のにおいとか椅子や机のにおい、あと日差しが抜群にいいポジションを知ってる。寝るにはうってつけな場所だ。

 

 どちらもおやすみタイムを優雅に過ごせる素敵なお部屋だ。

 

 

視聴覚室

→図書室

→自室

 

 

 

 +==

 

 

 視聴覚室に行こうか。

 

 教育に良いだけでくっそつまらないのは見ずに、たまに誰かが置いといたらしい映画でも見よう。見たのはホームア○ーンとドクター・○ーと恋に落ちたシェイクス○ア、シャイニ○グ、○人拳シリーズだったかな。あとはどういうのあるかな。あ、図書室に映画のDVD とかなかったっけ。図書館だけだったかな。見るなら面白いの見たい。スピー○の続編みたいな、見たいのと違うのを見せつけられてがっかりするのはいやだ。図書館に探しに行こうかな。

 

 

「あっ」

 

 

 佐々木の声。視聴覚室から出てきてた。B級のを漁ってたんだろうか。

 

 

「いいのあった?」

 

「ぅんっ。……いいの定義は人それぞれだ。誰かの良しが悪しになるのはおかしくはない。むしろ当たり前と言うべきだ。例えばコーヒー好きが必ずしも紅茶嫌いではないし、逆もそうだね。だけど、コーヒー好きだけどこの豆は好まないや、焙煎はこうじゃないと気に入らないもある。カップにこだわっていてそれに淹れたのしか飲まないもよくある。そもそも自分で淹れたいタイプか熟練のマスターに淹れてもらいたいタイプ、お気に入りの誰かに淹れさせたいタイプ。なんともまぁ、うろんにうろんだことだ。良いというものには誰しもこだわりがある。悪しにも同じくあるものさ。長所しか目に入らないこともあれば、短所に目が離せないこともあるんだ。そこには喜怒哀楽、程度では区分けできぬエゴイズムからの審査があるんだからね」

 

 

 相変わらずめちゃくちゃ話すな、こいつ。初めに結論言ってくれ。というか、結論だけ言って欲しい。眠気が消えちゃう。とりあえず拗ねられてもメンドイので適度に相打ちを打っておく。眠気が消えていってしまう。

 

 

「──だそうだ。わかるかい、シャドー。他人を気にするというのは愚かなのさ。日本の教育は出る杭を打つもの。それゆえ皆臆病者さ。日本人の恐怖を感じるDNAの数値が高いということも、古来から行われているこの教育のせいかもしれないね。左右の人より変じゃないか、前後の人よりおかしくないか、なんてのをいちいち気にするなんて愚かさ。愚か以上の何物でもないよ。もっと日本人は他人よりも自分というものを気にするべきなのさ。ベストレコードなんて自分で塗り替え続けていけばいいんだよ。誰かに成績が抜かされたなんてどうでもいいんだよ。自分自身の成績の点数は変わりはしないんだから。平均と呼ばれるところを越えたならその上に行けばいい。その自分がとった成績より上に行けばいいんだ。自分というものは他人じゃない。他人というものは自分じゃない。自分だからこそ自分を担ぎ上げればいいのに、なんでしないんだ、まったく」

 

 

 なんか話飛んでるような気がする。てか、何の話だ、これ。

 

 

「つまり、人間ってのは自分主上主義者で利己的に生きるべきってこと?」

 

 

 佐々木のやれやれという様が、幼馴染とは別次元で様になっている。幼馴染のは気取ってる感。佐々木のは驕ってる感。どちらもなかなかに面倒くさい。

 

 

「人間という生き物が、利他的に生きたことなんて人類史ができても一度だってないんだ。だから、そう理解して生きた方が効率がいい」

 

「効率」

 

 

 佐々木が口を閉じる。一時だけだ、これは。まだこいつは話し続けるぞ。

 

 

「人間は矮小な生き物なんだ。鳥類のように軽やかに飛び立つこともできない。肉食動物のように的確に狩りもできない。水生動物のように自由に泳ぐこともできない。類人猿には、どうだ。彼らよりも人間は生きることが下手だよ。長寿命と知性があろうと、数を増やしたり文明を築こうと負けてるさ。完全敗北。だからこそ、効率的に生きればいい。いや、そう生きてくしかない。誰しも他人が怖いというのだからそうしなきゃいけないのさ」

 

 

 なんか深く頷いておきながらだけど、意味全然わっかんない。どういうことなんですかね。解説の人いないかなー。

 

 

「小さいこと気にすんなってことね、OK」

 

「……君は自分が小さいことも気にしなよ」

 

 

 佐々木は俺と同じくらいの身長。勝っても負けてもない。つまり気にする必要などない。

 

 

「女性と同じくらいの身長で満足してるのかい?」

 

「これから成長期来るんだい」

 

「僕と同じくらいなくせに、もう高二なのにこれくらい。ホントはもう終わったんじゃないのかな」

 

「来るんだい。毎年のクリスマス・キャロル並みに来るんだい」

 

「昨年から何cm。いや、何mm、縮んだんだい?」

 

「伸びてるわ、こ奴め。三cmぐらい伸びたわい」

 

「髪の長さはカウント対象外だよ」

 

「……」

 

 

 虚無になりそう。

 

 

「十七歳の男性の平均身長は一七○ほどだ。君の身長偏差値は三三.四だね。成績の偏差値じゃないだけマシだと思うといい」

 

「成績が四○もいかなかったら留年しとるわい……」

 

「ちなみに僕は女性でだと五六.六。男性だったら五六。高校受験でもここら辺は滑り止めにもしてなかったな」

 

 

 ひどい。佐々木がひどい。雅な感じにひどかった。ひどい具合は、もはやイジリじゃなくイビリなのに、話し方とか声の抑揚とか手足の動き、あと、むかつかせるための表情。それらが雅に感じさせる。うちのじいちゃんみたいに同じ話ループは論外にしても、こういうクドイのやメンドイのも普通はパスだ。それでも聞いてられる。理由はなんとなくわかっている。

 

 たぶん、こういうことなんだろう。

 

 誰かと話したくてしょうがないっての。まぁ、愉快だよ。今のは話を仕掛けてきてるってのだけどさ。

 

 ひたすら俺の身長がほんのり低めなことを、薀蓄を垂れ流しながら話しかけられ続けた。朝比奈先輩にも負けるIFの話もされて、その話を集中的に嗾けられもした。絶対この先には行かせないぞ、というのに気圧されたからしょうがないんだよ。

 

 てか、こいつ視聴覚室でなにしてたんだろ。

 

 

「来年俺一七○、いや、一八○になるから覚悟しろよ、佐々木」

 

「法螺は止めなよ、シャドー。嘘を吐くと伸びるのは鼻だけだよ」

 

 

 こころがくだけそうだ。

 

→SKIP START

 

 

 

 +’’’’’

 

 

 結局夕ご飯時もいじられた。なので逃走した。ご勘弁を、と情けない感じで叫んで逃げだしたんだ。

 

 親友達の裏切りがひどかった。幼馴染は揶揄われ慣れている。そして、俺にそれを投げつけるのも慣れている。俺もするからどっこいどっこいだ。許さないけど。古泉は手慣れている。そしてのそして、俺に投げ当てるのも慣れている。俺もするけど倍返しされる。許すわけないけど。

 

 女の子たちは、しょうがない。勝てない。無理。戦うまでもなく土俵に立たされた時点で俺の負けなんだから。それにしても、喜緑先輩がグイグイつついてくるのは新鮮だった。長門も便乗していたけど、より鮮烈に記憶に残ったのは喜緑先輩だ。どこぞのロンドン在住薬中探偵みたく、いやらしく暴いてくるわけじゃない。あれはもう教唆だし。こんなに証拠あるよね、不思議だね、なんでだろうという尋問だ。拷問なんだ。あれはもうひどい。舌なめずりをしている山猫のようにおっかなくていやらしい。けど、喜緑先輩のは花の蜜を求めてきた蝶のようにされる。ただ当てもなくふわふわとゆっくりしていたら、いつの間にか自分から話そうと求めてしまうんだ。ある意味、とても恐ろしい。ヒューマノイドインターフェイスの穏健派の一人は、やばいです。勝つ気力も起きないんだから。

 

 なんてのを自室にため込んだ面白食品を食べながら思い出していた。見た目はいい。やたら蛍光色でもないし、凄まじいショッキングピンクなんてのもない。レインボーなのなんてあるわけないだろ。味は、愉快な方、だ。舌に激痛が走る系のをあえてピックアップしたんだから。

 

 もう四本以上の飲み物を飲み干した後、携帯が震えた。開けてみる。表示される時刻はゴールデンタイム間近だ。メールが来ていたので、それも空ける。妹ちゃんからだ。内容はかまってと言う感じ。今日は大分疲弊しているんだけどどうしようかな。昼の佐々木でがんばりゲージが小指の先一個分にまで減って、夕飯のでそれがまた減っちゃったから疲れて疲れてしょうがない。

 

 

メールをする

→休息

 

 

 

 ====

 

 

 ここだと料金は気にしないで大丈夫なようなので、付き合おうと思う。今日のことから始まり昔の話でもお付き合いした。なぜか小難しい本の話もされた。国語の授業での話らしい。そんなドロついたもの最近の小学生にも読ませるのすごいな。でも、高校で源氏物語学ばせるのもやばいよな。あれ○ロ本だし。フ○ンスなんたらに普通に載れるレベルのらしいしな。教育ってなんだろう。

 

 そんな感じでRe:が五個ぐらい連続の画面で文字を入力していると、更にメールが来た。妹ちゃんが待ちきれなくなったのかな。今書いてたのを消して新メールを確認する。と、朝比奈先輩だ。こうして画面越しなら疚しい感じなの抱けなくてよかった。内容は。

 

 女児雑誌愛好家なんですか、というもの。

 

 メールじゃなく電話に切り替える。弁明を。弁解を。釈明させて。誤解を解かせてください。

 

 

『もしもし』

 

 

 朝比奈先輩に、刺々しいものはない。バリアーを張られている。光の護○剣出される寸前だった。

 

 

「はい、もしもし。あの、朝比奈先輩、違うんです。ホント違うんです」

 

『でも、あの子が色々そういうの買ってるって』

 

「妹ちゃんが付録もっと欲しいってなってて、それで買うんです。付録をあげるためなんです。ホントに、ホントにそれだけですから」

 

『美少女戦士の』

 

「うちの母も好きなんですよ。あ、も、ってのは”妹ちゃんも”です。うちで預かってるときに母が見せてたら好きになってくれて、で、色々強請(ねだ)られちゃって、買ってあげたくなっちゃって。そんだけなんです、ホントに」

 

『新装版まで購入してるらしいじゃないですか』

 

「お母さんが買って来いって強請(ゆす)るんです。買わないとおかず全部コロッケにされちゃうからしょうがないんです。発売日に買えなかっただけで一週間おかずコロッケだけだったんです」

 

 

 うちでのご飯もお弁当もコロッケのみのおかずだった。幼馴染たちがうちで食べるときは俺だけコロッケフェスティバルだった。もちろん、お父さんも仲間だ。

 

 

『あ、お弁当のあれってそういうことだったんですか。コロッケ大好きなんだなって思ってたんですけど』

 

「撮影後の俺の弁当見てみんな笑ってましたよね。そういう事情だったんです。でも理由話しても皆に引かれるだけだからしょうがなかったんですよ」

 

『ソースの種類豊富でしたよね。ウスター、オイスター、ケチャップ、タルタル、ベシャ……。ベシャ、ベシャ……。ベシャラ……?』

 

「ベシャメルソースです。ホワイトソースってのです」

 

『あ、そうそう。鶴屋さんがそういう風に言ってました』

 

 

 ソースだけはなんとかした。ただでさえあの前に面白お菓子を大量購入して金欠だったのに、コロッケカーニバルしか許されくなってしまった。ソースは前のとかの面白商品の付属品。大量にあったからとても助かった。やっぱり持つべきものは面白お菓子たちだよ。

 

 

『モーレシリーズとかありましたね』

 

「あぁ、そうですね。ベルデのやつでびっくりしてましたよね、朝比奈先輩。緑でしたし」

 

『鶴屋さんから緑色だよって言われましたけど、想像以上の緑具合だったんですから仕方ないじゃないですか』

 

 

 グリーンカレーとは別色だ。あれはうっすら緑。ベルデは沼色。苔を煮詰めたみたいなドロドロな緑色なんだ。でも、味はドロついてない。チョコを使わず、ハーブや香草と野菜を中心で作ってあるからさわやかな味なんだ。他のモーレはしっかりでこってり系だけど、ベルデだけは別枠。コロッケまみれだから最適だ。ハーブら辺でも足りない栄養取れるしね。お父さんと一緒に買い漁っといてよかった、ホントに。

 

 

『そろそろコロッケ期間終わりますか?』

 

「どうでしょうね。関連グッズが出るようで、買ってこないと呪うって言われてます」

 

『シャドーくんのお母様、お強いんですね』

 

「はい、強いです。スーパー○イヤ人よりつえぇです」

 

 

 普通のおばちゃんなんだけど敵わないよ。セー○ームーンのような体系でなくてドッシリなされてるから、余計敵わないんだよ。幼馴染たちのお母さんもおはしゃぎになってるから向こうも大変かもしれない。向こうのお父さんもうちのお父さんと同じく、ビールが発泡酒に代わる具合に色々と削減されているらしい。

 

 

『ふふ』

 

 

 笑い声だ。電話越しで小さくてもよく聞こえる。鈴を転がすという言葉がよく似合っていた。小さな鈴をつついて転がして楽しんでいる少女のものだった。

 

 

『そういう弱めなところも"いいな"』

 

 

 なのに、少女が終わってしまう。笑い声がまた聞こえる。口元を隠しているのか、より小さく聞こえる。でも、しっかりとはっきりと聞き取れた。聞き取ろうとした。

 

 聞き逃すことができないんだ。言葉の所為、朝比奈先輩の所為、俺自身の所為で。

 

 言葉が、ただの感想で終わってくれない。ただの単文なのに、複雑がすぎる。どういうところだ。何が弱めだ。どうして”いいな”なんだ。

 朝比奈先輩が、アイドルのままでいてくれない。アイドルから降りようとしないでほしいのに。華やかで、遠くて、近寄れない所にいてほしい。そこから降りて来ようとなんてしないでほしいのに。

 俺が、自分の分を越えようと足掻こうとしている。勘違いが起こる。期待をする。欲深く、なるのに。女性として意識していいと勘違いしたくなる。恋愛対象として見てくれてると期待を持ってしまう。釣り合わないのに、付き合いたいなんて強欲なものを抱きだしてしまうのに。

 

 困る。困る、困る。困るよ。

 

 なのにさ。

 

 

「どういう意味での”いいな”なんですか?」

 

 

 欲深いから俺の口が滑る。

 

 

『どういうのでしょうね? 自分で考えてみませんか?』

 

 

 言葉でだけなら冷たいもんだ。でも節々程度じゃなく全体が、すべて女性らしさを香わせてくる。またもやその所為で思い出してしまう。あの顔を。好きだった女性(ばっちゃま)の顔が、好きになった女性(ひと)の顔に変わってしまっていた。誰よりも女性らしく、どんな男を惹き吊り混ませる、とても綺麗なお顔。恐怖を感じるよりも欲深さが増しただけだった。

 

 

「意識、しちゃいますけど」

 

『ふふ、そうなっちゃうんですか?』

 

 

 コロコロと鈴を転がすような笑い声。数個の鈴を手のひらで弄んでいる女性らしいものだ。

 

 

「はい、楽しみにしてください」

 

『はい。じゃあ……楽しみにします』

 

 

 女性の朝比奈先輩は笑った。電話越しだけどどういう風に笑ったかがよく分かった。引っ掛かったと舌なめずりをする山猫のような蠱惑魔の顔だ。

 

 

「では、もう遅いのでおやすみなさい、良い夢を」

 

『ええ、おやすみなさい、シャドーくん。しっかり寝てくださいね』

 

 

 朝比奈先輩が切るのを待ってから携帯を静かに置いた。

 

 アイドルの朝比奈先輩は可愛らしい。愛おしい。守ってあげたいものだ。なにせ、アイドルであるから。俺と同じ場にいるわけではないから。朝比奈先輩の舞台に俺は上がれない。アイドルと一般人は一緒に並び立つなんてできないんだから。

 

 でも、朝比奈先輩はアイドルなのに舞台の上から俺にちょっかいを仕掛けてきた。声がよく聞こえるように近づいてくる。手に触れそうなくらい寄ってきてくる。それでも、降りてはこない。舞台の上から俺で遊んでいる。やれるものならやってみなさい、と愛らしく手を振っているんだ。

 

 なら、もうだめだ。もう、許さない。

 

 舞台から引き釣り降ろす。手を掴んで舞台から降ろしてやる。他のファンの声が聞こえないように耳を塞いでやる。絶対、びっくりさせてやるさ。

 

 アイドルだから、女性として見ないように努力してたのに。先輩だから、女性として見ないよう我慢してたのに。未来人だから、女性として見ないよう枷鎖してたのに。かわいいから、ずっと見ないようにしていたのにさ。

 

 

「ちくしょー……、好きが止まんねぇじゃんかよぉっ!」

 

 

 蓋をしてたのが溢れ出る。振りすぎた炭酸飲料よりも大量に爆発していく。諦めてたのに火をつけられたならこうなるしかないだろうに。ニトログリセリンよりも爆発のひどさが凄いんだぞ、俺は。

 

 

「くっそー! 寝るぞ、俺っ!」

 

 

 好きが大暴れして止まらないけど無理やり寝る。

 

 気合で寝た。

 

 

→1141323269915112

 

 

 

 *****

 

 Enhancement E.M. ──-Anima.Animus   

 

 Q.四○四: Did ■■■ want ■■■ noise-filled ambivalence? Or did ■■ beg for ■■■ noisy ambivalence? 

 

 H*A: Haloe Effect + Caligula Effect + Hard to Get Techique.

 H*A:Both of them have taken things too far on thier own,and both of them will be in trouble!! 

 

 ──────────────────────

 

→Not all wishes are sincere.

 

 

 

 

 _____*:

 

.Go out before it gets too hot. When you go,walk quietly and stay on the road.

 

 

 ──────────-^^──-

 

 

 また余裕がなくなっていた。

 

 かわいいなぁ。シャドーくん、かわいいなぁ。

 

 からかってるのにたくさん反応してくれて、本当にかわいい。なんてかわいい男の子なんだろう。

 

 明日からもっとからかってあげよう。どんなことしてあげようかな、ちょっとほっぺつついたりとかしてあげようかな。それとも、もっと男の子が好きそうな感じにからかったら、もっとかわいい感じになってくれるかもしれない。

 

 夢の中で作戦考えよう。もっとかわいいを見るために、いっぱい想像してあげよう。

 

 もっともっとかわいいシャドーくんを見せてほしいな。

 

 

 

 

 **********

The real difference between men and women is whether they can be conscious of their partner or not.

 

 *Which one of them is the hunter? *

 

→Of course, who knouws,right? 

 

 

 

 +‘‘+*

 

 

 いつも通りに目覚める。いつもなら軽く身支度なんてして走りに行く。習慣だからもそうだけど、走ると気合が入るからよくやる。見た目には出ないようで、幼馴染にいっつも気の抜けたタイヤみたいな顔してるなんて、朝の挨拶の後よく言われる。

 けれど、今はそんなことできない。危険だからもある。他の理由というか、これが理由としての全てだ。走り出した途端もう止まらなくなる。暴走機関車のように、燃料が切れてもそれまでの加速でぶっ壊れるまで走り続けてしまう。狙いを決めたんだ。そうなるに決まっているさ。

 

 昨夜の朝比奈先輩。いや、昨夜までの朝比奈先輩は確信犯だ。全部狙っておられたのだ。可愛らしいだけのピクシーだったはず。でも、本当はあのティターニアがからかうためだけに着飾った偶像でしかなかったんだ。

 ひどいなんて言葉は撤回する。ずるいなどとはほざかない。そのからかいに全部過剰に反応してしまった俺が悪かっただけなんだから。からかうってことは大きな反応を期待して行うもんだ。恥じらうのは朝比奈先輩ではなく俺だと。乙女の羞恥心などドコにもなかったのに、お嬢さんがなんてことをと照れに照れてしどろもどろになった。それは勘違いし戸惑って混乱した。全部しなくて良かったはずなのに、俺はした。

 

 朝比奈先輩がアイドルであったから。高嶺の花で在られたから。雲よりも上の天におわす女神様であるはずだ。けど、そんなものは全部勘違い。堕天なんてのはされてはいないし、高所から根が外れて降りてきてもいない。そもそも、朝比奈先輩ご自身が自分をアイドルだなんておっしゃってないんだ。なんて当たり前のことに目を向けなかったんだ、俺は。俺含めて周りがそう囃してただけだ、我らのアイドルだ、などとは。

 本物のアイドルとは違いテレビを見るより、近場で会える。話なんてのもできる。自分の名前を呼んでもらって、朝比奈先輩の名前も皆に聞こえるくらい普通に呼べた。

 

 だというのに、愚かしくも俺は見れるだけでありがたやありがたや、なんて大変失礼すぎる愚行を犯しつづけてきたんだ。

 

 なんという、なんという。なんて、もったいないことをしてきたんだ、俺ってやつは。ハルヒ様の、やっぱりシャドーはあほたろうね、という啓示がしっかり聞き取れるほど後悔した。

 

 昨夜のアレでやっと気づくのはあほすぎる。あほのあほだ。あほオブあほでしかないじゃないか、俺。

 

 ちゃんと男の子してるのかわいいねって、からかってた。やっぱりかわいい男の子だねって、からかわれてた。そうさ。あの"いいな"は二つ文字を隠してたんだ。”かわいいな”だ、朝比奈先輩が本当にずっと言っていたのは。女の子すぎるじゃん、朝比奈先輩。ずっと女の子じゃんかよ。初日の朝、あの困った顔も着飾ってたってことだろ。俺のこと、かわいいな、って思ってたんだろ。

 

 許さないぞ、朝比奈先輩。絶対許さないぞ。

 

 かわいいって思ってくれて恐悦至極だと思った。前までの俺なら、な。でもさ、わかっちゃったもんね。ネタバラシのギリギリだったけど、もう全部仕返するからね。

 

 ずっと、朝比奈先輩のこと好きだったんだから。

 

 やり返すための英気はいくらあっても足りない。だから、今は寝ておく。

 

 朝飯の時も、その少し前の時間も、それからの時間なんてのも全部。

 

 仕返ししてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 *+,-*

 

 

 時間は皆で食堂に集まるより少し早め。心身整理のために部屋を軽く掃除して部屋から抜ける。おかげでヒンとを見つけられた。

 気忙しいけれど、勝負というものは速さが命だ。パワー全ブリやバランス型よりも、俺はスピードを重視したステータス配分をよくやる。それでICBMをよく使って世紀末にするブランドでちょっと痛い目を見るが、他は大体これでクリアしてきた。キャラの能力をプレイヤーが動かしてなんとかすればいいから。書道だってスピード力のあるのが評価されやすいんだし。

 

 なんでも自販機で目当てを何とか当てる。初日から罰ゲーム商品もあったが普通に大当たりもあったんだ。女性向けの高級化粧品とか当たったんだ。その時は近くに居た喜緑先輩に差し上げた。喜んでくださって何より。そういうことが何回か起こり、その都度近くに居た喜緑先輩に差し上げた。だが、狙いは喜緑先輩ではない。団長様はおまけで、朝比奈先輩が気に入りそうなものをお渡ししたいから。

 

 目当てのお品を素敵な袋につめて準備OK。さ、朝比奈先輩がいそうなところを探そう。そうして朝比奈先輩の教室を始め、大分うろちょろした。途中で佐々木に会ったが、適当に挨拶してスルー。なぜ俺の教室付近に来たのか分からないが、どうでもよかったので置いといた。俺の身長が少しだけ平均に届かないことを、さんざんに教えてくれたからじゃない。

 

 で、いると思われるのは保健室だけとなった。

 

 団長様のおわす場所。我らがSOS団の主柱であらせられる涼宮ハルヒお嬢様がおわす場所だ。ちょうどこの三日間、みかじめ料を納税していなかったんだしちょうどいい。

 

 保健室へ足を進める。

 

 

→「はよざいやすっ、団長!! 入らせていただきやす!!」

「おはようございます、団長さん。今、入ってもいいですか?」

→「おはようございます。朝比奈先輩、いませんか?」

 

 

 

 

 |||||

 

 

「おはようございます、団長さん。今、入ってもいいですか?」

 

 

 そう声をかけてノック。で、少し待つ。女性がいるところに男が無断で入るのはアウトだ。向こうの許可を得るまで入ってはいけない。小さい頃もやらかしたことがあるので一時待機しないといけないんだ。

 

 すこし物音がした。ハルヒが目覚めたから、というわけじゃない。そうだったなら、よくもツラ出そうと思えたわね、と地を這うような声で威圧してくるはずだ。それがない。つまり、他の誰かだ。かといって変質者とかイレギュラーではないだろう。そういうことだったら長門や喜緑先輩がとっくに対処されている。

 

 

「おはよう、シャドーくん」

 

「あぁ、朝比奈先輩もいたんですね、おはようございます」

 

 

 もちろん、朝比奈先輩だ。あえて偶然を装う。佐々木からの情報通りだ。情報提供料として昨日気まぐれに売店で当てた、めっちゃくちゃ旨そうなおやつを渡した甲斐がある。高いバターの香ってもはや麻薬レベルだから。嗅いだだけで幸福感がやばいもん。

 

 

「入っても平気ですかね?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ。お見舞いなんですよね」

 

「それもあります」

 

「んと……。あ、みかじめ料?」

 

「サンタクロースの亜種からのプレゼントでーす」

 

 

 またからかわれてしまう。だがもう手で口元を隠しながら笑う朝比奈先輩。またお嬢さんを装ってなさる。

 

 

「団長様、三日分のプレゼントです。お納めくださいませ」

 

 

 サンタクロースと自称させてもらったが本人が起きていないからできたことだ。起きていたら、そうなの、で、空を飛ぶトナカイ何処なの、っと羽交い絞めにされながらツメられるんだ。残念ながらマジモノではないため空飛ぶトナカイなど所有していないし、そもそもトナカイなんて家族旅行先で見かけたぐらいだ。飼えないよ、あんなん。でかいんだよ、普通に。二mもある生き物飼えないよ。角含めたらプラス一m以上のでかさの生き物一般家庭で飼えるわけないでしょ。そらトンネルは入れないから寒さの中で待機させるよね。てか、どこでトナカイって買えるのさ。解体された成れの果てである肉を親戚からもらったことはあるけど、そんなだったもの見せても、あんたの次の姿がこれよっと睨まれるだけだ。

 

 そう思いながら朝比奈先輩の隙を狙いつつ、いい感じに包装されたものと素敵な袋を専用ラックに奉納していく。三袋を納め終わり、団長様の方角に拝礼しておく。願掛けぐらい許されるだろう。

 

 頭をあげて、朝比奈先輩に向き直る。

 

 いざ、尋常に勝負だ。

 

 

→「朝比奈先輩にお渡ししたいものがあるんですよね」

→「朝比奈先輩へ宣戦布告に参りました」

→「好きです、朝比奈先輩」

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

「朝比奈先輩にお渡ししたいものがあるんですよね」

 

「へー、なんでしょうか、ワクワクします」

 

 

 あまりの様子だ。まるで童女のように無垢すぎる喜び様だからだ。仕掛けるのを待っておられるということだ。まるで何をやってもいいよ、効かないからという宝石箱の中身を吟味している最中のお嬢様だ。俺が腹芸なんてできないのをよくご存じの方だ。余裕なんてない。腹芸のかわり腹踊りをしてとっ散らかし行くのが俺の戦闘スタイルなんだから。

 

 

「朝比奈先輩って書道部でしたから、そういう関係です」

 

 

 質素ながら上質な包装されたのを手渡す。朝比奈先輩はSOS団に加入するまでは書道部だった。さっきのお片付けで思い出せて今日の俺の冴えはいいことに内心ニヤついてた。といっても、書道関係の知識は詳しくない。筆の毛質が八個以上あるってのを知ってるぐらいだ。

 

 

「え、覚えててくれてたんですか? うれしいなぁ」

 

 

 開けても大丈夫ですか、と上目遣いで聞かれて遠慮なく頷く。ちっさい女の子のようにビッリビリに破り散らしてほしかったが、そうはならず専用の茶器を吟味するお嬢様のように静かでお淑やかに中身を取り出された。

 

 

「筆……あ、竹筆ですね」

 

「ええ、竹筆を是非朝比奈先輩にお渡ししたくて」

 

 

 一本ずつ手に取って色々確かめておられる。竹筆は、竹を筆の部分、墨汁を染み込ませて文字を描くところにも使われている筆。他の毛筆にはない独特なものが描けるらしい。

 

 

「竹筆って、めちゃくちゃ腰が強くて荒々しい字が描けるって聞いたことあるんですよ。普通の毛質より墨が染み込まないからかすれまくるらしいんですよね。かくしがまえ、とか、けものへん漢字で使うと、とてもいいって聞いたこともあります」

 

 

 ばっちゃま教室でそういうお話も聞かされてた。ばっちゃま作はしっとりと上品なもので、俺と言えばほぼ書き殴りだ。それでも、ばっちゃまは勇ましい格好のいいのを描いたわね、と謎お菓子とともに褒めてくれた。そういう感じで今も俺の字は筆じゃなくても激しい字だ。書き殴りではなくなったが、長門に綺麗な字なのに勢いが強すぎると突っ込まれたことがある。俺の本名と合わさると、戦国武将の掛け軸にありそうですね、と古泉に褒めてもらったこともある。俺がよく使い慣れたのは竹筆だったんだ。

 

 

「いつか使ってくれたら嬉しいです」

 

「ええ、大事にします。来年の年賀状、期待してくださいね?」

 

 

 来年も仲良しでいてくれるとすでに告げられてしまった。こちらのいつか、の意味が分かっておられるに決まっているのに。

 

 

「シャドーくんも来年はパソコンソフトのじゃないので頑張って欲しいです」

 

「はい、いい感じの道具揃えて賀詞も挨拶とかいろんな言葉も頑張りますね。宛名とかめっちゃ気合い入れて書きますから」

 

「綺麗に、お願いしますよ?」

 

「頑張ります、期待もよろしくですからね?」

 

 

 綺麗に若干やられるも、なんとか返答を仕返しといた。朝比奈先輩への贈り物を差し上げたので、それじゃ、と保健室から去る。ハルヒの自室と言うわけじゃないけど、寝ている女の子に男がやたら近くに居てはいけないのだ。特に、他にも女の子のいる場では。

 

 特に、その他の女の子にドキドキしているのに目移りしていると思われるのは男が廃るだろう。

 

 それでも不甲斐ないことをしている。保健室から上に昇る階段にさえ届かない距離で顔を覆っていた。朝比奈先輩の全てが綺麗だったからだ。壁に体の全面を押し付けて他の何も視界に入れないようにしていた。今は光に当たってキラキラ光っている埃の粒すら見えない。そもそも見たくない。そんなものでさっきの朝比奈先輩の綺麗さを霞ませたくなかった。

 

 綺麗だったんだ。目を三日月に細めて、口を隠して笑う上品な笑み。それが、あの時は違った。口元が見えていた。指をずらして隙間から口元を露出されいたんだ。血色のいい甘そうな唇だった。リップを塗っているせいでより目を逸らさないといけなかった。朝比奈先輩に敗北などしたくない。女の子に負けてはいけないのだ、男と言う生き物は。三回戦中一回ぐらいは勝たないといけないんだ。今は一度も勝てていないが負け続けているわけじゃないはず、今のはそうテニスでいうなら、サービスエースを連続で取られただけで何も問題はない。すぐデュースにしてやるし、なんならリターンエースで勝ちあげるさ。

 

 でも、そういう気概は一旦中止。あの綺麗さに恋焦がれていよう。口元から逃げるために顔を逸らしている途中でも、綺麗さしか見せなったあの朝比奈先輩を。愛らしく少し膨らんだ鼻、やわっこいだろう持ち上がっていく頬、なんで逃げちゃうのと言いたげに追いかけてくるおしゃまな瞳。全部、綺麗だった。綺麗すぎて今それしか思い出したくないくらいに綺麗だった。

 

 ずっと、のどぼとけの下、鎖骨の中心よりも下の所がとても苦しくなる。泣きそうなくらい痛くなんかない、喘息的な嫌な苦しさなんてもない。重たくて、苦しかったんだ。どこにも発露できない好きがそこで暴れているんだ。早く出せっと暴れている。その機会はあの時あった。けど、綺麗さにびっくりして押し込めてしまったんだ。むしろ頑張って閉じ込めた。朝比奈先輩の綺麗さにびっくりして、俺の小さくいてほしいエゴイズムがビビっちゃったからだ。

 

 

「……まずったよなぁ」

 

 

 ここまででも嫌なくらい理解できた。

 

 朝比奈先輩に勝てるわけがない、ということだ。

 

 

→which one was the trap? 

 

 

 

 ||¥||

 

 

 意外なことにこんな朝からシャドーくんが保健室に来た。みかじめ料の未納で慌ててたみたいで、涼宮さんにドアの向こうで入室許可を待っている。もう慌てん坊さんなんですから、涼宮さんはまだお休みなんですけど。シャドーくんって普段ふわふわとしてるだけなのに、こういう時は慌てん坊なの本当にかわいい。

 

 代わりにアタシが保健室に入れてあげた。あ、ひどい。あたしのことはおまけ扱いだ。だから、またからかっちゃう。いつものふわふわと宛てのなさそうな声で訂正させようとしてくるけど、おまけ扱いはひどかったからまたするからね。

 

 みかじめ料を渡している間、声もかけてくれないんだ。ひどいな、あたしのことより涼宮さんに気が行くんだ。ひどいなー、あたしのことやっぱり涼宮さんのお見舞いの、ついでなんだ。ひどい男の子だなー。かわいい男の子なのに、そんないじわるするのひどいと思うよ、シャドーくん。

 

 って、プレゼントくれるんだ。うれしいな、可愛い感じのくれるのかな。でも、シャドーくんの可愛いって感じるのり○んを買っている子と同じなのかも。うーん、大きなリボンとかもらっても困るんだけどな。そういうのが似合うのと着けたいなって思うのは全然違うんだけどな。似合うけど着けたくないのはいらないよ、シャドーくん。

 

 でも、あたしが書道部だったの覚えててくれたのはうれしいな。でもでも、竹筆はちょっともらっても困るよ。あたし、字はゆったり静かな感じで描きたい方なんだよ、シャドーくん。大事にするけど使うのもっと先になっちゃうじゃない。他の筆なら試し書きとかしてすぐにでも楽しめたいのに、やっぱりシャドーくん残念。残念でかわいいな。狙いが外れてるの、かわいい。頑張って見つけてこうしてプレゼントしてくれたけど、残念な感じなの本当にかわいい。

 

 だから、またからかっちゃうね。もっとかわいい男の子みたいなの見たくなっちゃったんだから、しょうがないよね。だって、本当にしょうがないんだよ? シャドーくん、かわいいんだもん。かわいいかわいい男の子なのが、悪いんだもん。ふふ、かわいいシャドーくんの所為なんだもん。

 

 やった、またかわいいの見れちゃった。目移りするシャドーくんが悪いんだもんね? あたしのことをついででおまけなんだもんね? こういうふうに遊ばれちゃってもしょうがないよね? 

 

 

「残念だったね、かわいいシャドーくん」

 

 

 もう一回だけ逃げちゃったかわいい男の子に笑いかけてあげた。

 

 

 

 :::::::::::::::::::

 

 

Who will remove the trap from the beast?

 _________That is definitely not the role of the hunter.

 

 

 

 

 

 

 ^^^^^^^

 

 

 朝食、昼食。不思議なことに何もなかった。いじられ過ぎることもなく、妹ちゃんのガチャポン面白ご飯処理もなかった。この日、この三日目にして、ようやく普通のご飯が食べられた。朝はハンバーグ定食、お昼はとんかつ定食。美味しかった。とても安心できる美味しさだった。ファミリーレストランでよく食べたあの味の、美味しいごはんだったんだ。ハンバーグにはケチャップとタルタルソース、とんかつには味噌だれに柚子胡椒。うちの家の味まで再現できたんだ。市販のものを使っているから当たり前だけど。うちだとほとんどお母さんが期限前処理として、ソースを混ぜすぎて大変なことになったりもした。だが、あの嬉しい美味しいお味に再び会えたことに感激した。幼馴染は俺のそんな様子にド○ペをいつものようにくれた。返礼として面白商品を進呈しようと思ったら、ド○ペを取り上げられかける。人の好意になんてことをするのだろうか、あやつは。

 

 そうもありつつ俺は今幸せだった。初日から大分やられっぱなしで情けのうござったが、今だけは最高にハッピーだ。喜緑先輩の穏やかな眼差しのおかげで更に幸福感に満ち溢れている。何も憂うことがないことがこんなに素晴らしいなんて知らなかった。このままお昼寝も決められたら、もう俺もエンジェルの仲間になれるかもしれない。でも怠け者すぎてクサフグあたりに変えられそう。防波堤で干物にされるしかないのせつないね。そんなありえもしないifを空に放り投げてお昼寝プレイスを探す。日当たりがよくて風通りもよくていい感じに学生感を味わえる場所といえば。そう、ゲンコツ広場だ。

 

 新体操選手のようにピョンピョコしながら我が憩いの場へ。小学生ぐらいの頃にこれをしていたら先生にめちゃくちゃ怒られたけど、今は何も気になどしない。途中で鞍馬に見立ててニンレイズもどきもやるほど、いつもの俺流のふっわふわ感が出てきた。持ち手部分がないから軽くグニャルだけだったけど、楽しかった。汗を軽くかくことが出来たのも真に良きだ。

 

 

「あ、シャドーくん」

 

「こんちわっす、朝比奈先輩」

 

 

 気合入れたくせに朝から負け落としにされた朝比奈先輩の前でも、なんら問題はない。勇ましく着崩した服の内へ外気を取り込んでのっほほんともできている。胸元だろうと腕ら辺だろうと腹回りだろうと、バサバッサと自分の冷却に勤しめる。

 

 

「んー……」

 

 

 何か考え込んでいる朝比奈先輩。今なら何かやり返しが出来そうだ。やるとしたら何にしよう。この着崩しただけでだらけな感じの今をおしゃれなんて言い張るか。それとも、普通にいつも通りに話しかけるべきか。いや、あえてまた気合を入れなおして再戦でもしておいた方がいいのかな。

 

 

→「どうですか、いい感じにおしゃれに見えますかね?」

→「運動神経って未来でも必要なんですかねー?」

→「朝比奈先輩、書道の筆って赤ちゃんじゃなくても人毛でのってあるらしいですね」

 

 

 

 

「運動神経って未来でも必要なんですかねー?」

 

「え?」

 

 

 いつもの俺を取り戻す。そのためにいつも通りに話し出した。

 

 

「ほら、俺たち人間ってナントカ原人とかやってウホウホしてましたけど、今そんなことないじゃないですか」

 

「え、あ、はい。そうですね、ウホウホしてないです」

 

「ハンターしかしてなかったですけど農作とかやり出したりしてるじゃないですか。酪農も同じ感じで」

 

「そうですね。酪農でウホウホのを飼うことはないですけど」

 

 

 人間は利便性を追求し続けてきた。デッドオアアライブしかない狩りから、自分たちで育てて安全に安定な食料供給を作り出せた。安全で危なくなくて量もある程度約束されるなら、そっちをよりやりだしてきたんだ。狩りのための狩猟能力よりも、農耕やら酪農のための技術能力の方が重宝されるようになったんだ。

 

 

「ハンターの能力ってピンキリしかないじゃないですか。でもですよ、農耕とか結構経験でいけること多いんですよ。おばあちゃんの知恵袋~的な感じのを皆知ってればご飯安全安心に食えてけるんですよ。能力主義から技術主義に移るのは当たり前ですよね。技術は受け継げるんですから」

 

「はぁ、そうですね」

 

「たとえば、俺がこんなことできてもっ」

 

 

 と朝比奈先輩に当たらないように下がってバク宙を何度かやってみせる。朝比奈先輩はいつも通りパチパチと観客様らしく上品に拍手して下さった。

 

 

「今現在進行形で地球上の生き物すべての寿命が三年伸びましたーってことは起きないですよね」

 

「そりゃそうですよ、関係ないんですもん」

 

「ですよね、じゃあ朝比奈先輩もやってください」

 

「え、嫌です、無理です」

 

「えぇ、やらなくていいですよ。言っただけですから」

 

「もぅ、シャドーくんっ!」

 

 

 からかったと思われたのかプンスコされてしまう。サコッシュから献上品としてお高めスイーツをお渡しする。やたら体を動かしてきたけどどこも潰れてはおらぬ。そういう技術だ。

 

 

「で、ですよ。話を戻します」

 

「あ、っと、なんでしたっけ? バク宙の必要さですか?」

 

「違いますよ。未来でも運動神経っているのかなーってのです」

 

「あぁ、そんな感じのでしたね。それで、どうしてそういうのを?」

 

「多分、というか当たり前のように今のバク宙なんての原人時代なら誰でもできたんじゃないですかね。老若男女構わず、いや流石に赤ちゃんは無理ですけど。老人っていうレベルも八十九十とかじゃなくて、古代から見たらのじっちゃんばっちゃん世代ぐらいの……多分三十もないですね。平安時代でも四十まで生きるの稀だったらしいですし。全員出来ましたよ、きっと。朝比奈先輩ぐらいでも延々とできたと思いますよ。一時間とかできないのハズカスーレベルですよ、きっと」

 

「は、はずかすー?」

 

「ファミコンゲームで出た言葉です。恥ずかしいなーで合ってるはずですよ、たぶん」

 

「へぇー。あ、長野とかだとしょーしーって言うらしいですよ。笑止ってのからきたんですかね?」

 

「わぁお、信州人のお口殿様かよ。って、ともかく、今の朝比奈先輩はできないじゃないですか。他にもできない人たくさんです。練習すればってありますけど、古代の人らは練習もなく一発でイケたと思うので古代人スゲーって思います。んで、練習しないといけない俺ら現代人って運動能力劣化しとんねって話ですよ」

 

「あー、そうですね。でも、できなくても困らないですよ。マンモス狩りませんし」

 

 

 カートゥーンアニメのマンモス肉食べたいなとか思いつつも話を続ける。

 

 

「そうですよね。ハンターっていますけどそういうの害獣駆除ってので、やたらめったら借り放題ではないですし、そもそも日本とかご飯事情飽和状態ですしね。コンビニ行けばあるし、総菜屋さんだってあるし、配達なんて手段だってありますし」

 

「コンビニのおにぎり美味しいですよね。あたしツナマヨも好きです」

 

「美味しいですよね。塩むすび好きです、俺」

 

「へー、シャドーくん向けにあるんですねアレって」

 

「俺以外も顧客いますよ」

 

 

 ちょっとばかし塩むすびがディスられてるような気がするけど置いておこう。アルコール臭いおじさん達がたくさん買ってたりするから需要あるんだよ。いや、俺酒飲まないけどさ。

 

 

「とにかくとにかく、狩猟系とか含めて運動能力いらない世代ですよ、俺達ってのは。歩くのだりぃなら自転車とかバイクとか車とか、運転もだりぃならバスとかタクシーありますし、長距離なら船とか飛行機、たまにセグウェイもできますし。運動神経は娯楽的な価値しかないのではと、未来では」

 

 

→一言飲み込んで、それに、と前置きを置く

 

 

「運動神経を犠牲になんか進化するかもしれないのかなって」

 

「進化」

 

「元々生き物って四足歩行がデフォルトじゃないですか。頸椎とか腰椎のダメージ的に二足歩行は良くないですし。それで俺たち人間みんな二足歩行がデフォルト。知性とか理性とか他の生き物よりよくなりましたが運動神経なんてのはどれにも劣るようになりました」

 

 

 ゴリラさんはもちろん猿にも握力は人間と桁違いだ。人間の女の子がそうそう林檎を握りつぶすことなどできないが、彼らの雌は他愛ないことだ。なかなか握りつぶせない人間はどうするか。過熱して柔らかくしてから潰すなり、マッシャーなどで潰したりと頭を使いだした。力の代わりに頭が発達したからできることだ。だが、これでも多少は力がいる。オーブンなど結構重いものがあるし、マッシャーを使うったって割とパワーがいる。その僅かにかかるパワーも必要のない未来ではどうなるのか。自称猫型ロボットの未来ではオートメーションでご飯が基本の世界になっている。わざわざまな板や包丁も使わず、調理中に必要なボウルやパットも要らず、鍋やフライパンなど絶対用いない。そんな画期的な世界だという。コックとか板前が絶滅している世界だ。ボタンを一度押せばステーキでもフォアグラでも、ふぐ刺しも全部作れる。幼馴染が貸してくれた星新一含むSF小説では成分の配合だけでそいつらを作れるだとか。味噌と牛乳を合わせてとんこつ味(嘘)~ではなく、たんぱく質がどれくらい油分がどれくらい、塩分濃度、他成分配合率などなどで正真正銘とんこつ味になる。しかも、何度作ってもちゃんととんこつ味ができる。

 

 そういう世界に原始的な力はいらないんだろう。握力? ペンを握る機械などなくタッチパネルの世界だ。脚力? 生来の歩行不自由者だろうがそうでなかろうがアシストするマシーンでどうとでもなる。体幹? 老若男女全員に合わせた道路整備や社会構造になっているんだ。自前で必要なのは咀嚼力や嚥下能力、肺活量ぐらいだろう。表情筋なんてのもあるだろうけど、いい表情を映し出せるデバイス辺りがあるだろうから基本的に必要ないはずだ。

 

 未来では、少々ディストピアめいた世界では運動神経も能力も退化しきっているのかもしれない。そして、別の能力が新たに生まれているかもしれない。林檎を自力で潰す機能より、理知的に工夫して潰す機能を備えるようになったように。シックスセンスだか、セブンスセンスだか分からないけど何か生まれているのかもしれない。○ータイプ、とか○-ディネーターとか。

 

 

「進化してなんかすげー能力生まれてそう。今だと架空っていうか詐欺しかないマインドリーダーとか、マインドコントローラーとか」

 

「んと、SFみたいな?」

 

「そうですそうです。それで現代文のテストとか楽になるかなーって。あと、嫌な方のアンジャッシュも起きない世界なんかなーって」

 

「テストは自分で頑張ってくださいよ」

 

「丸ごと一冊ならわかりますけど、いきなり切り抜きで来られてもってのが多いじゃないですか。この時のけんじの気持ちを説明せよってあっても、切り抜かれている前の文で別解釈、後の文でも別解釈。そもそも全部読んでからだと印象的に違うってありまくりますし」

 

「小説問題だとよくありますよね。中勘助のとか森鴎外とか村上春樹のとか。そこだけ抜き出されても、ってよくありますね」

 

 

 あとで読もうと思っていたのがテストでネタバレされた、と少々プンプンしながらお話して下さる。こんな感じに隙だらけな朝比奈先輩が俺達の時代にエージェントとして来られているんだ。運動神経がお世辞にも良くない素晴らしく可愛いだけの朝比奈先輩が、エージェントなんだぜ。

 

 未来ではあらゆる面で人間と言う生き物が全員生きやすいように介護されてる。なんてのは、想像で終わらせたいね。

 

 でもさ、そんな未来の方が朝比奈先輩には生きやすいんだろうな。俺は、多分逆で、生きづらくてまいっちゃうね。フワフッワと自分で舵とらないと真っ逆さまに転げ落ちちゃっているのかも。

 

 いつまでもこんなにかわいい朝比奈先輩でいてほしいんだから。

 

 

 

 

 ○

 

"Who's there? "  Bunny said, "I didn't bring any cake or wine, but open the door."

 

 

 ====86=====

 

 

 

 やっぱり男の子だね、シャドーくんは。ただの男の子。いつもの自由で気まますぎるマイペースなままの、ただの男の子だ。面白いお話だったけど、もうちょっと何か別の面白い話して欲しかったなぁ。まぁ、ただの男の子なんだからしょうがないよね。期待しすぎてもしょうがないよ。だって男の子なんだもん、シャドーくんは。

 

 今朝まではかわいい男の子だったけど、面白い男の子に戻っちゃったの少しだけ残念だなぁ。もっと慌ててほしいのになぁ。かわいいとこが見たいのに戻っちゃったの、本当に残念。目線があちこち行ったり声が上擦ったままになっているの、とっっってもかわいいのに残念。慣れてないんだなって、余裕ないんだなって、そわそわしたままになっちゃうのがかわいいのになぁ。

 

 ただの面白い男の子は、ちょっと違うのになぁ。話しが面白いのはいいけど、見たいのはかわいい男の子なのに戻らないでほしいよシャドーくん。

 

 もっと、もっと、かわいいシャドーくんを見てたいのになぁ……。

 

 

Apparently, the lynx is distressed."How can we welcome them? "

 

 

 }‘{}

 

 

 その後といえば、ゲンコツ広場で健やかスリーピングなんてできっこなく、気分で体育倉庫で寝た。夢の中でドッチボールをする夢なんてのを見た。けど、コロッケでやるな。ソースかけてある方が威力強いっていう謎ルール作るな。最終的にコロッケの投げ合いじゃなくてソースかけ合戦になっちゃったじゃないか。コロッケにソイソースかけた俺をレギュレーション違反にしたアイツ許さないぞ。醤油も合うんじゃい。関東だとコロッケそばなるものあるから合ってるんじゃい。めんつゆって醤油入っとるんじゃ、コロッケに醤油は邪道とは言えないじゃないか。

 

 なんて考えてたらお腹が空いてきた。まだ六時前だというのにペコペコだ。ここから帰ったらご飯タイムが長すぎて飢え死にしそうだな。面白お菓子で難をしのごうかって、思い出したのはお母さんのアレ。牛肉コロッケやクリームコロッケ、かぼちゃコロッケ、コーンポタージュコロッケなんて色々あるけどコロッケしかおかずないのは拷問なの。変化球で大福コロッケやイチゴコロッケ来たけど拷問感は何も変わらなかったよ。むしろ拷問でしかなかったの。衣に塩コショウしてあるから惨かったんだよ。

 

 腹ペコだけどまだご飯タイムには早いし、今度こそゲンコツ広場広場で寝てもいいかな。

 

 

→我が栄光のためにしばし休息を

→ぶらり途中下校北高の旅だ

 

 

 空腹なんで寝仏スタイルだ。ゲンコツ広場へ、さぁ行こう。テーブルの上で寝仏しちゃうもんね。

 

 

「あー、シャドーくんだ!!」

 

「よう、お疲れさん」

 

 

 るんるん前進していたら幼馴染兄妹に遭遇した。テーブルの上で寝仏しているのは、間違いなく妹ちゃん。それをやめなさい、と諫めているのは間違いなくその兄だ。

 

 

「菓子いるだろ」

 

「今日はいいや」

 

 

 気分でないので断ったら困惑している気配をビシビシ感じた。その気配は幼馴染兄妹から強く感じる。

 

 

「どうした、具合悪いのか」

 

「いや、別に?」

 

「バ○リンいる?」

 

「頭痛も何もないんだよ?」

 

 

 兄妹は真剣にお互い視線だけで何か会話しているようだ。とても失礼を感じる。

 

 

「ブロークンファンタズムしたのか?」

 

「何の幻想壊したのだ。何も壊れとらん」

 

「頭が噴火しちゃったの?」

 

「俺の頭って活火山だったんだ。まったくもって違うけども」

 

 

 二人が頭を抱えだしている。なにをやっておるのだ、この子らは。

 

 

「いや、お前が菓子いらんとは海が割れるだろ」

 

「モーゼに怒られんよ? 俺も怒るし」

 

「蛇さんに手足生えちゃう……」

 

「蛇足……? それとも進化してるって意味なの? それとも別の意味なの?」

 

「隙あらば菓子を口に放り込んでるお前が、だから。なぁ?」

 

「いつも○ービィみたいなのに……」

 

 

 ピンクの悪魔と同じに何故かされていたらしい。彼、いや彼女? だってお腹痛くなったりしたら食べないでしょ。漫画の方でそういうのあった気がするけど。

 

 

「なんか嫌なことでもあったか?」

 

「んー?」

 

 

 嫌なことの心当たりなどない。そもそもどうしてそんなことを聞かれているのかよく分からない。疑問だらけの生返事に幼馴染は深刻な顔をやめてくれないようだ。

 

 

「誰かに嫌われちゃったの?」

 

「んん~?」

 

 

 嫌われた心当たりもありはしない。そもそも誰かというものにも何の当てもないのだから。疑問しかない生返事に妹ちゃんも深刻な表情になっている。

 

 そのまま深刻な兄妹になってしまった。口には出していないが彼らは視線で相談し合っている。俺をいい感じに慰めるためにどうしてあげようか、などといらぬことを考えているんだ。

 

 

「別に嫌なこともないし、フラれてもおらぬよ」

 

「フラれる?」

 

「フラれちゃったの?」

 

「いや、それは言葉の綾なので」

 

 

 困ることになった。幼馴染は昔からお人好しだ。今もハルヒに連れ添うのが当たり前になっている男だからだ。その妹である妹ちゃんも同じ。普段危なっかしい所ばかり見ているけれど、時折年相応にお姉さんらしく振る舞おうと頑張ってくれる。無駄な頑張りを俺にやろうとしてしまう。

 

 

「なーんもないから。うん、ないんだよ。うん」

 

「あるやつの言葉だ」

 

「あるやつだ」

 

「ねーのよ」

 

 

 こうなると兄妹は頑固である。白状するまで許してくれぬのだ。二人がかりでもある、勝てぬのだ。三分ほど無駄に粘ったが徒労だった。俺は敗北者になったんだ。

 

 

「朝比奈さんに勝てないと」

 

「はい」

 

「何が勝ちで何が負けなんですか、シャドーくん」

 

「分からないです、はい」

 

 

 尋問だった。幼馴染は朝比奈先輩のファンだ。というか北高の男子で朝比奈先輩のファンじゃないやつはいない。朝比奈先輩のファンじゃないなんてお前は人ではないと言えるレベルにいない。俺もファンだし。

 

 

「遊ばれている。いや、朝比奈先輩に弄ばれていると?」

 

「はい」

 

「あら、かわいい坊やだこと、って?」

 

「はい。例えば……」

 

 

 武力による尋問ではない。けども、生きた心地のしない圧力を幼馴染たちからずっしりと感じる。尋ねているのは幼馴染兄の方。やけに怖かった。静かに眺めているのは幼馴染の妹様。非常に怖かった。怖さから逃れるには俺はずっとある程度はボヤしつつ白状し続けるしかない。

 

 

「いつもかわいいかわいいって壊れたテープみたいに言ってたのに」

 

「はい」

 

「その癖、最近言わないのに」

 

「はい」

 

「朝比奈先輩にやり返さたら、このように大負け犬になっちゃうんですか」

 

「なら、お前はどうできるよ」

 

「犬になります」

 

 

 尋問官が犬宣言しないで。怖さに別のものがブレンドされて苦しいよ。

 

 

「羨ましい。どうしようもなく羨ましい。俺にやってくれずに、お前にだなんて……なにやったんだよ?」

 

「なにもしてないんですぅ……」

 

 

 幼馴染から憐憫を感じる。哀愁も帯びている。道場が心地いいなんて知らなかった。

 

 

「なーんにもしないからー」

 

 

 妹ちゃんが声をようやく出した。飽きていたのか棒付き飴を咥えながら話してくれる。

 

 

「いーっつも言ってたんでしょー、かわいいーって? それ言わないからー」

 

「いや、だって」

 

「なんで言わなかったのー? かわいいーって思ってるのにー」

 

「他のやつも言うし」

 

「シャドーくんは言ってないよねー?」

 

 

 妹ちゃんが兄の方に尋ねる。すぐさま思い出せてしまうのか兄の方が同意してしまう。

 

 

「俺とつるんでないときは知らんが、部活中でも前はよく言ってたんだがな」

 

「それは、ハルヒとかが止めたから」

 

「すぐ無視ってやってたから、いつのまにかハルヒも、好きにしろ、ってなってたろ」

 

「あれ~~?」

 

 

 バレておったのか。何故、どうして、何がどうなっている。

 

 

「なんで言わないの~」

 

「いやー、君のお兄さんとかがね?」

 

「聞きなれてたというか、気にもならなかったというか」

 

「もー、ほらー」

 

 

 尋問官が居られる。すごく優秀な方が居られる。

 

 

「なーんーでー、言わないの!」

 

 

 可愛らしい口調だ。一音一音しっかり舌足らずな甘やかしい声。それが、ものすごくコチラの緊張を煽る。ずしんずしんと目の前に戦車が迫ってくるような緊張感が。

 

 

「脈なしだと思いまして」

 

 

 幼馴染兄が口を挟もうとしてきたが、妹ちゃんに阻止されている。

 

 

「感謝されるんだけどそれだけだから、諦めていて」

 

 

 思い出すだけで嬉しさと苦さで頭がぐちゃぐちゃになる。心の底からかわいいと言っていたが、朝比奈先輩はありがとうございます、という一言だけだった。嬉しそうにしてくれて喜んでもいてくれたが、たったそれだけで。

 

 

「所詮俺のファンの一人ってことで、諦めて」

 

 

 他のやつらも言っていた。俺よりカッコいい人からも面白いやつからも、色んな男に言われていた。そいつらもありがとうございますだけだ。でも、同じように嬉しそうにして喜んでもいた。そいつらと同じような扱いだったんだ、俺は。

 

 

「驕りが過ぎる」

 

「キョンくん」

 

「いや、驕りすぎるだろ」

 

 

 ごもっともだった。ファンとアイドルが結ばれるなんざおとぎ話でしか叶わないものだ。現実を見ていなさすぎる哀れな道化な俺だ。

 

 

「相談されたことあるんだぞ、俺」

 

「キョンくん」

 

 

 妹ちゃんが幼馴染を止めようとしている。優しい子だ。俺のために幼馴染を諫めようとしてくれるんだから。しかし、幼馴染は妹を無碍に扱った。どこから取り出したのか分からない大量の飴を妹ちゃんの口に詰めたのだ。

 

 

「おわぁっ」

 

 

 そんな妹ちゃんとその兄にびっくりした。そのまま幼馴染に頭を掴まれる。縮んでしまう。

 

 

「シャドーくんに何かありましたかって。心当たりないからないですって言ったよ、俺。そしたら」

 

 

 すごく困った顔された、と俺に言った。困っていたのはその時も今も俺なのに。

 

 

「何か嫌なことしちゃったかなって、嫌われちゃったかなってずっと不安であられたぞ」

 

 

 怒気の籠った声ではなかった。今も幼馴染すら困惑していた。

 

 

「みんなに言うのにあたしに言わなくなっちゃったって、ずっと悩んでたぞ朝比奈さん」

 

 

 ずっと俺たちは困っていた。

 

 

「言ってよかったんか……」

 

「つーか、言わなきゃいけなかったっていうか?」

 

「脈ありだったのか?」

 

「あぁ、そうかもな」

 

 

 確証欲しいよ、と俺が呟く。それに、俺は欲しくないと幼馴染がつまらなそうに言う。

 

 

「ハルヒとか長門にも言ってた時、すげー羨ましそうに見てた」

 

「朝比奈先輩が?」

 

「ここで他のやつの話しないわ。古泉がそうだって思うか?」

 

「やめてくれよ、怖いだろうが」

 

 

 その熱い視線は幼馴染が独占してていいから。

 

 

「他の子にも言ってたろ? その時もすげーもどかしそうな顔だった」

 

「具体的に」

 

「好きな子を取られた顔」

 

「ぐはー……」

 

 

 幼馴染は非常に難儀な顔をしている。俺はその対照的になっていた。

 

 

「で、ユーはフーがラブなの?」

 

 

 気だるげな様子で聞いてくる幼馴染。もっごもっご、と更に口を大変にしている妹ちゃん。

 

 

「俺、朝比奈みくるさんが好きです」

 

「アイドルのー?」

 

「アイドルじゃなくても好きです」

 

「ファンの癖にー?」

 

「北高のアイドルのファン辞めます」

 

 

 もっごもっごな妹ちゃんが更に大変になっているようだ。兄は無慈悲に連キャンディーする。

 

 

「さぁ、あっち向いてくーださーい」

 

 

 気だるいまま幼馴染が校舎を指さす。朝比奈先輩だ。俺の教室に何故かいる朝比奈先輩だ。窓が開いてるので、もう何も聞き逃せない朝比奈先輩がいる。

 

 

「こんばんわ、かわいいみくる先輩」

 

 

 ようやく言う覚悟ができた。

 

 

 ++++

 

 

 一つ吹っ切れつつも雲行き残念なまま階段を上る。

 

 

「あぁ、シャドーさん」

 

「喜緑先輩」

 

 

 と、部屋への帰り道で降臨された。困ったときの喜緑先輩。間違いなく俺のソテイラ様だ。

 

 

「もしかしなくても、お困りですね」

 

 

 ふわりふわりと俺の近くに降りてこられるソテイラ様。踊り場なのに舞い降りて下さるソテイラ様だった。救いを求めんがため一歩近寄ろうとした。

 

 と、左手をパーで出された。無言で待機。よし、があるまで待機だ。

 

 

「まず今、ミスです」

 

「?」

 

「はい、ミスしてますよ」

 

「はい……はぃ?」

 

 

 俺のハテナを気にせず、一つ指を折られた。残り四本。

 

 

「お昼もミスです」

 

 

 お昼。みくる先輩のことだろうか。まさか、ご飯か。詳しく伺おうとする前に指をもう一本折られてしまう。

 

 

「で、です。朝、ミスのミスですよ」

 

 

 みくる先輩なのだろうか。それとも、もしかして佐々木? まさかまさかのご飯なのか? 尋ねることなど許さないかのように残り二本になってしまう。

 

 

「あとは」

 

 

 満面の笑み。シャボン玉が弾けたような笑顔。

 

 

「言いません」

 

 

 なんて言われた。困ったので空っぽに笑い返しといた。

 

 

「言いませんからね、シャドーさん?」

 

 

 シャボン玉がまたふわりと浮かび上がるけど、俺は目を逸らすしかない。

 

 

「頑張って、悩んで悩んで……悩みまくってください」

 

 

 夕日に照らされた喜緑先輩は茶目っ気たっぷりにそうおっしゃる。それだけ言って踵を返されてしまう。楽しそうにクルクル回っているその手とともにサヨナラにされてしまった。それならもう、俺は目を逸らすしかない。

 

 今は目を離さないといけないって、ずっと思っているんだから。

 

 

 

 

 )’’(

 

 

 

「ふぅー……っ」

 

 

 急いでシャドーくんの教室から逃げかえってきた。今はなんとかなって落ち着いている。あれは大変だった。今もずっとも大変。けど、今は少しは平気、大丈夫。誰もいないおかげで、安心して落ち着けるんだから。

 

 

「シャドーくんてば……っ!!」

 

 

 ずるいというものが声に出せない。声に出すともっと大変になるって分かったから。そうだけれど、ずるいと思う気持ちは我慢なんてできない。

 

 心の中で暴れた。ずるいずるい、ずるい! ずるだった。あれはずるでしかなかった。頑張って気にしないようにしてたのに、ああいうのはずるすぎるんだもん!! と、目をぎゅっと閉じて口もぎゅっときつく閉めた。

 

 心の中で大暴れした。どうしてあんなことにするの? あんなことにされたら恥ずかしいのに。あんなことにされたら困っちゃうのに。あんなことだから落ち着かなくなっちゃったんだから。 と両手を口の上に被せて強く自分を抑えていた。

 

 

「もー……、もーっ!!」

 

 

 息すらしづらいけど、声を出さずにはいられない。だって、自覚してたくせに無自覚なフリしてて。だって、無自覚なくせに自覚しているフリなんてしてて。

 

 

「かわい、くないっ」

 

 

 勢いよく吐き出した言葉は、歯と一緒に手のひらにぶつかる。だけど、それだけで何とか抑えようとした。頑張ってなんとかしようとしてたから、シャドーくんの所為で。

 

 

「全部シャドーくんの所為、ほんとにシャドーくんが悪いんだもん……だって、だってずっるいんだもん!」

 

 手も緩んでしまわないように強く口元に押し付ける。自分の唇がどう動いているか意識してしまう。意識なんてしたくないから、しゃべりづらいまま口を懸命に動かした。

 

 だって。だって、シャドーくんの所為なんだから。

 

 まだ直接触ってくるなら準備できる。やっぱりかわいい男の子なんだから、って余裕にお相手してあげられる。うっかりで、を分かってあげれられるから。うっかり、触っちゃったのねって。そういうのがかわいくて楽しくて、そんなシャドーくんがすきだから。

 頑張って意識しないように注意してさりげない感じだと思って、っていうかわいい男の子をわかってあげられるんだから。頑張ってはバレてるもん、目が忙しいから。意識しないようには知ってるよ、声が上擦ってばっかりだから。注意してるの見過ごせないんだよ、言葉が明け透けすぎなんだから。さりげない感じなのは違うんだからね。そういうところもかわいくて嬉しくて、そんなシャドーくんがすきなんだから。

 

 頑張ってるのもバレて、意識しないようにも知られて。注意してるのも見過ごしてもらえないし、さりげない感じなのも違和感にしかならない。そんなかわいいかわいい男の子がいいのに。だって、かわいいんだもん。頑張ってるのかわいいな、バレてるの気づいてないのに。意識しないようにしてるのもかわいい、知られてるなんて思いもしないなんて。注意してるのもかわいいもん、見過ごしてもらえないとは欠片も考えてないんだよね。さりげない感じなのもねかわいいの、違和感を覚える暇もないお間抜けさんなんだもん。そういう色んなところがかわいくてかわいくて、そんなシャドーくんがすきだったから。

 

 これがかわいいもん。すきなところになるもん。こんなかわいい男の子だもんね。かわいいシャドーくんは、そういうかわいい男の子でいるべきなのにね。そういうかわいい男の子がすきだから。

 

 だから。

 

 

「な~ん~で~~~~っつ!!!」

 

 

 少し大きな声で叫んだ。自分の手にかみつく勢い。一応校舎内ではないけどはしたないから。そのはしたなさなんて砂粒ぐらいの匙加減でしかないけれど、なんとか頑張って抑え込んだ。だって、ほんとに、なんでなんだもん。なんでそうなるの、シャドーくんは。なんでそうしてくるの、シャドーくんってば。なんでそんなことになってるの、シャドーくんはさ。

 

 ふんにゃりって笑うのは知ってる、よく見てたし。ちょこっと焦り気味ににへへへ……って照れ笑いも知ってる、よく見ていたんだし。とってもかわいいかったから。でもね、あれは違う。ふにゃりでにへへへ……なのに、全然違う。あれは、どうしようもなくかわいいでいちゃいけないものだもん。

 

 あたしはシャドーくんにただかわいいでいてほしいのに、かわいくなくなってて困っちゃう。

 

 

「あ……」

 

 

 全然かわいくないシャドーくんを思い出していってしまう。穴の開いた風船みたいな少年らしいあの声で、あたしにかわいいと言ってくれていたあの時。鶴屋さんやお友達から言われ慣れているし、涼宮さんからも言われ慣れているあたしへの言葉。自分を褒めてくれると嬉しかった。その後ちょっと嫌なことが起こっても、もう近寄ってこないでっていうほど嫌いになる人はいない。からかわれているだけなら、ちょっとだけ嫌な気持ちになるから仕返しなんてしちゃう。けど、嫌いになんてなっていない。好きだった。親愛としての好きがあった。その好きが減ることも無くなることもなくて、普通に好きだったの。

 

 だけれど、シャドーくんにかわいいと言われるだけで、何かが減る気がした。無くなった気もした。さっきはそれに焦ったのもある。あたし自身に今と同じく、なんでなんでとぐるぐるしていた。一回だけ。一回だけ言われた。それが怖さを今読んでいる。だって、減って無くなっていくんだもの。

 

 

「……あたしの」

 

 親愛する心は減りもしないし無くなってない。かといって、不快感とか嫌悪感なんて何処にもも生まれてない。じゃあ、何が減ったの。なら、何が無くなったの。

 

 よく分からない怖さで更に強く目を瞑って耳も塞いだ。

 

 それなのにさっきもことも思い出しちゃう。

 

【かわいいみくる先輩】

 

 何度もこれが頭の中で再生される。キョンくんたち含めたのを盗み聞きした所為なのかな。罪悪感よりも嫌悪感に苛まれた。

 

 ようやく言ってくれたのことに嬉しくて喜んでいるあたし。それを可哀そうに眺めているあたしがいる。それら全部を見てひどい嫌悪感があたしに生まれていた。

 

 

「あのかわいいは、どういう意味でいいの?」

 

 

 からかい? ただのお世辞? いつもみたいに勝手に口が動いただけ? 

 

 好きって意味だと信じたい。あの話からそう確信したい。でも、今まで言ってくれなかったから信用できない。好きだと思いたいのに、思いきれないのはどうしてなの。みんなには言っていたから? それも、あるけど。シャドーくんは、あたしにも言ってくれた。けれど、みんなにも言っていた。あたしは今までずっと言ってくれなかったのに。ある日から一度も言ってくれなかった。どこかでシャドーくんがあたしのことそう言ってたよも、聞くこともないくらい。なのに、みんなには言ってた、ずっと。涼宮さんにも長門さんにも、鶴屋さんにだって。

 

 シャドーくんはあたしのことが好きだと信じたい。それでも、あたしが浮かれているだけだと思うと何も信じることができなかった。

 

 勘違いだったら怖い。嘘だったら怖い。今、ずっと、怖くてしょうがなかった。

 

 なのに、どうしてだろう。

 

【かわいいみくる先輩】というシャドーくんの声が、ずっと心の奥にまで響いている。怖い。怖い怖い。

 

 怖いのに。

 

 

 

 

 +()+

 

 

 夕飯時、一緒にお食事した。勿論みんな揃ってさ。でも、妙なことになった。むしろ謀られている最中だからか距離がある意味絶妙だった。SOS団の団員同士以上を感じずにいられない距離間。

 

 俺が好きなみくる先輩。その人が、俺の真向かいにおった。真向かいで佐々木と喜緑先輩を左右に置いて、食事をとっていたんだ。なるほど、流石だ。安易にアプローチすれば、左右が物理的でないが蓋をしてなかったことにされる。口がお上手なのだ、悩ましいことに。進撃するようにアプローチすれば、両者が視覚では捉えられないナイフとフォークのあのサインで終わらせられる。口がお綺麗なのだ、悔しいことに。死に物狂いでアプローチすれば、どちらも仮想的な氷水を浴びせられ失格にされる。口がお達者なのだ、切ないことに。

 

 この時に、嬉しい時だったのに、なにも出来なかった。目を光らせられてるとか、警戒されてるとか、すでに監視の勢いなどというものは欠片もない。佐々木と喜緑先輩は何も気にせずに今まで通り。俺たち男組はいつも通り何の気ままもできない。幼馴染は妹ちゃん、古泉は場の空気を読むのに忙しい。何もかもが悩ましい事態だ。

 

 そしてなにより、俺の隣には鶴屋先輩がいたんだ。いつものように明るく楽しいお方、いつも通りからかって場を賑やかにさせてくれるお方。それが佐々木と喜緑先輩を身に着けたみくる先輩ともどもからかわれる。アピールできない、堂々とアピールができない。案の定、いつもの俺でいないといけなかった。少しでも過剰反応すれば佐々木が突っ込む。少しでも過少反応すれば喜緑先輩がつついてくる。ゲームオーバーにされてしまうんだ。悩む暇もなく悩むしかできないフィールドだったんだ。

 

 みくる先輩にちゃんと好きとはまだ伝えてない。それなのに、勝手に告白したなんてことになってしまえば、みくる先輩は断る。いい笑顔で断る。だって、そういう雰囲気になってるから。ジョーク告白にされ、残念会を開かれ、なんにも始まらなくなっちまう。

 

 好きなのに信じてもらえなくなる。それも、二度と。もうワンチャンスなんてない。もう、なくなる。

 

 警戒しかされていないんだ。自分のこれからの未来について、自分のこれからの行動について、自分のこれからも願うものについて。全部に警戒して、先にある俺自身に対しても非常に警戒されている。巣穴に帰る途中で外敵の気配に気づきだしたんだ。

 

 そんな臆病すぎるウサギちゃんだから、こんなにじっくりやらしてもらっているのに。撫でてもらうのは好きだけどやりすぎるとストレスになるし、餌も調整したいいものをあげても体調を崩しやすいし、かよわいかわいい生き物なだけと思ったら割と凶暴でもあるし。難しい生き物すぎるよ、女の子ってさ。

 

 夕飯は判定も何もなく、敗北した。みくる先輩を見てる暇もなく俺はいつも通りをしなくてはならなかった。口惜しく、名残惜しく、お気の毒様状態。どう好きと伝えよう、どうやって好きになってもらおう、どうすれば好きだと知ってもらえるだろう。その悩みも悩みで終わるだけの虚しき沙汰だ。行動できないから。目で好きと言えない、口で好きと言えない、雰囲気だけで好きと言えない。非常に無情にストレスまみれになった。

 

 そうだから、もう夜襲をかけると決めたんだ。

 

 俺がみくる先輩を好きなのは変わらない。アイドルとファンという立ち位置で満足できない。夕方、好きだと告白しきれなかった。逃げられてしまったからだ。多分に好きと言う意味も込めてかわいいと言えた。そこから全力で告白しようとした、のに。なのに、だ。逃げられた。わざわざ俺の教室にいたのに、逃げた。俺をよく見ていたのに、俺がどんな気持ちなのか聞いていたろうに、逃げたんだ。

 

 あんまりだ。あんまりだよ、みくる先輩。

 

 だからこそ、理解して頂こうじゃないか。俺の気持ちも、ご自分の気持ちも。

 

 探し回ろう。

 

 ご自分のお部屋に戻っていないことは把握済みだ。しかも、今雨も降っているから外にはいないはず。

 

 探す。

 

 絶対見つけて、分かってもらう。

 

 

 

 =*=

 

 

 夕ご飯、一緒に食べられてよかった。鶴屋さんがどうしてかシャドーくんの隣で食べだしたのは気になったけど。うん、一緒に普通に食べられたからいいかな。佐々木さんも喜緑さんも助けてくれてよかった。一緒に食べてくれませんか、だけですぐに色々察してくれて本当にありがたい。おかげで、誰からもちょっかいだされないですんだんだもん。

 

 見慣れたシャドーくんだった。かわいい男の子のシャドーくんだった。いつものシャドーくんがそこにいたの。

 

 それでよかったと思った。いつものシャドーくんでよかったって。かわいい男の子のシャドーくんがいるって。安心していた。あの怖さが消えて、さらに安心した。

 

 そう安心していなきゃおかしいんだもの。

 

 かわいいから、嬉しくなるはずなのに。かわいいから、楽しくなるものなのに。かわいいから。

 

 かわいいからじゃない。ちがう。かわいいけどちがうの。かわいいんだけど、ちがう、ちがうの。

 

 かわいいシャドーくんはあたしが見たい。あたしだけが見たいの。佐々木さんであたふたするのかわいいけど、ちがうの。どうしてかわいくなってるの、ちがうじゃない。喜緑先輩でおたおたしてるのかわいいけど、ちがう。なんでかわいくしてるの、ちがうじゃない。鶴屋さんであわあわしているのかわいいけど、ちがうんだよ。誰にでもかわいくしてるの、ちがうってことわからないの。

 

 皆にかわいいのは、違う。間違い。大間違い。落第。失格。退場。絶対ダメ。

 

 またこうやってかわいいことのみんなに見せちゃってるんだろうな。怖いという感情が悲しさに塗り替えられていく。

 

 今も歩いてくる彼に、ほら、また悲しくなっていく。

 

 

 

 ’^’

 

 

 ずっと校舎内を探していた。いない。自分の部屋に戻ってもいない。トイレ閉じこもりなんかもないだろう。上から下左も右も、全部探したがいない。

 

 なら、旧校舎しかない。

 

 SOS団のアジトにでもおられるということだ。

 

 目的地が決まって走り出そうとした。けど、足は止まる。旧校舎の方で小さめの明かりを見つけた。旧校舎と新校舎の通りのところでだ。携帯での光かもしれない。

 

 そこに着くまでに音はよく響くだろう。渡り廊下だからだ。地面に接着しておらず新校舎と旧校舎の繋ぎとして宙に浮いている。あまり重量があると繋ぎ目からすぐ壊れて落ちていってしまう。それなりに軽めの作りだ。尚更、音や振動が響きやすい。組み立てにもなるべく軽くなるよう組み立てられているし渡り廊下なので一本の筒のような構造だ。そこへ走っていこうものなら、追い詰めに来たぞと誰でも分かってしまうだろう。誰がそんなことするのも、絶対に分かる。

 

 しょうがないと、歩きになった。逸る気持ちが足にも出る。競歩ほどのスピードになった。

 

 そして、ようやく会えた。逃げずに、帰らずに、どうでもよさそうに待ちくたびれているようで。

 

 みくる先輩は待ち人を求めているような焦燥感と、今にも帰りたそうな倦怠感を持って出迎えてくれた。

 

 

「こんばんわ、みくる先輩」

 

「こんばんわ、シャドーくん」

 

 

 いつも通りの挨拶。違和感がある。

 

 

→「みくる先輩、なんかありましたか?」

→「なんか俺やっちゃいましたか?」

→「どうかしたんですか、みくる先輩」

 

 

「みくる先輩」

「シャドーくん」

 

 

 俺が違和感から何か尋ねようとするも、みくる先輩に遮られた。そして、みくる先輩は一歩後ろに下がる。みくる先輩の教室はそっち側にはない。そっち側は旧校舎の方。捕まえられる方へ下がったんだ。

 

 

「どうして、かわいいの?」

 

「え?」

 

「はやく答えて?」

 

 

 質問がよく分からず聞き返すも無視される。どういうことなのかしょっぺえおつむを探しているが一つに引っかかりもありゃしない。しびれを切らしてみくる先輩は十、九……とカウントダウンされている。

 

→「かわいいわけじゃないです」

→「かわいい、じゃないんです」

 

 

「かわいいのは、みくる先輩に決まってるでしょ」

「……っ!!」

 

 

 泣きそうな顔をされた。言って欲しくなかったって顔をされた。俺には、言って欲しくなかったって言う顔。

 

 

「かわいいんです、みくる先輩は」

 

「言わないで……」

 

 

 か細い声だ。頑張って泣かないようにしているからか、余計苦しそうに聞こえた。

 

 

「ずっとみくる先輩はかわいいんです」

 

「お願い、もう言うのやめて」

 

 

 涙声になっていた。拒絶があった。嫌悪感もあり、何より俺そのものを否定し続けている。

 

 

「俺は、ずっとみくる先輩のことかわいいって思ってます」

 

「いやだよ、やめて。ねぇ、お願いだから、やめてよ」

 

 

 どうしようもない拒絶になる。崖の上に花がみくる先輩なら、崖下の荒れ狂う海に落とされた俺は、本当にどうしようもないだろう。手が届かず、二度と触れず、絶対に好かれない関係になった。

 

 

「最初はただのファンでした。ミーハーでしたよ。ワーキャーしているのに混ざって言ってただけです」

 

 

 また俺は傷つける。嫌われたい一心で傷つけた。

 

 

「俺の友達が無謀にも告白するって言っても、正直どうでもよかったです。みくる先輩のことかわいいって思ってましたが、誰の彼女になっても全然気にしませんから」

 

 

 色んなのがみくる先輩に告白した。俺の友達もそうだし、サッカー部のイケメン先輩とか、他校の有名イケメンもしていた。それに、俺の顔がよければ、とか、俺も告白したいな、なんて気持ちは一度も湧かなかった。テレビのワイドショーで誰それが熱愛報道しているのを見て、興味持たないのと一緒レベルだ。

 

 かわいいみくる先輩と付き合いたい、なんて感情一度だって生まれなかった

 

 北高のアイドルはとてもかわいい。北高のアイドルはまさに天使だ。北高のアイドルは誰も敵わない。

 

 高嶺の花だ。届かなくていい、取れなくていい、見てるだけでいい。俺がかわいいと思っていたみくる先輩は高嶺の花だった。見てるだけで十分な存在だったんだ。高望みなんて抱かない。付き合いたいなんてありえない。あわよくば近寄りたいななんてもあるわけなかった。

 

 ただ見れるだけでよかった。誰かと付き合ってもよかったねーで済んだだろう。俺の幼馴染含め男子たちは相手を速やかに消し去ることに勤しむだろうが、俺はそれに乗らない。空気に流されて乗せられるんだろうが、やる気なんてなかっただろう。むしろ、みくる先輩の幸せの邪魔しちゃダメじゃないのとか適当なこと思って何もやらないはずだ。

 

 だから、嫌いなっても平気だったんだ。

 

 

「例えば、古泉と付き合いましたーってなっても全然よかったです。二人ともお幸せにーとか、美男美女でお似合いーで普通によかったんですよ。古泉の彼女がみくる先輩でよかったなって、みくる先輩の彼氏が古泉でよかったねってで。古泉は顔だけじゃなくいい奴だから北高のアイドルのみくる先輩も周りも全部いい感じに幸せにまとめてくれるはずだ。なんか知らんやつが難癖付けてきてもあいつなら、絶対みくる先輩を守ってくれるしいつまでも好きでいてくれるだろうから。そうだから、おめでとーお幸せに―でおしまい。めでたしめでたしだ」

 

 

 あり得る未来だった。顔だけのイケメンじゃない古泉と北高のアイドルのかわいいみくる先輩のカップル。ベストカップルだ。つり合いが取れる。取れすぎる。誰からも祝福されるお似合いの素敵な二人だ。

 

 

「もしかしてだけど、俺の幼馴染と付き合いましたーでも全然いいです。周りから顰蹙買うでしょうが、俺は誰よりも祝福しますよ。幼馴染は優しい奴だから北高のアイドルのみくる先輩を、北高のアイドルなんて肩書を引っこ抜いても幸せにしてくれるはずだ。周りから北高のアイドルであるかわいいみくる先輩から離れろって圧力かけられても、無視してかわいいみくる先輩をずっと好きになってくれるでしょうから。だからこそ、末永くお幸せにでおしまいになります。いやーめでたいめでたい」

 

 

 ありそうな未来は約束された祝福なものだ。だというのに、みくる先輩は泣いてしまっている。大きくて宝石みたいな目から、涙が流れている。宝石を削っているから、こんなにも綺麗にキラキラして見えるんだろうか。

 

 

「他の誰かでももちろん全然いいんですよ。名も知らねぇ誰かでも、ちょっとは知ってる誰かでも。みくる先輩が幸せそうなら誰でもいい。誰の傍で幸せなのか全く気にしません。勝手に幸せでいてください。あなたの幸せそうな顔が俺のものになんて出来るわけないんですもの。その幸せそうな顔は俺には絶対に関係するものじゃないんですから」

 

 

 ひどい、という声を聞いた。ひどいひどい、という声を何度も聞いた。苦しんで辛くて、嫌われてしまった人の声だ。誰よりもかわいい人から、誰よりも嫌われてしまっていた。

 

 

「ひどい? どうして?」

 

 

 だから、より嫌われたかった。誰よりも嫌って欲しかった。みくる先輩にだけは誰よりも俺を嫌いでいてほしいから。

 

 

「なんでそんなこと言うの?」

 

「みくる先輩がかわいいからですよ」

 

 

 当たり前の返答だった。みくる先輩のかわいさに事実を述べただけだ。それにひどいなどと言われる筋合いはない。

 

 

「きらいなの?」

 

 

 はっきりと聞かれた。二の句を告げなくなる。

 

 

「あたしのことが、っきらいだから、そんなこと言うの?」

 

 

 涙声で聞き取りにくいはずなのに、頭にこびりついていく。

 

 

「ははは……。はは、そっか、きらいだったんだ、あたしのこと。そっかー……」

 

 

 泣いている。苦しそうで辛そうで、どうしようもなくなっている。それでも、声がやたら晴れやかだった。

 

 

「ごめんね、今まで。ずっとあたしのこと嫌いだったんだね」

 

 

 もう嬉しそうにそんなことを言い出していた。もう、笑っている。嬉しそうに。とても嬉しそうに。

 

 

「ふざけないでくださいよ」

 

 

 嫌いだった。

 

 

「え?」

 

 

 嫌いだった。

 

 

「嫌いな訳ないでしょ、普通に考えて」

 

 

 今、全部嫌いでしょうがない。

 

 

「だって……」

 

「嫌いって言いましたっけ? あなたに嫌いなんて言ってないです。みくる先輩のことが嫌いなんて一度も言ってない」

 

 

 嬉しそうだった顔。晴れやかで綺麗だった顔。それが、また苦しくて辛そうで、嫌いになっている。

 

 

「じゃあ、じゃあっ、なんなのっ!? 嫌いじゃないならなんなの!! さっきからずっと言ってたよ? どうでもいいって、興味なんてないって。それなのに……っそれなのに!!」

 

 

 大粒の涙がまたこぼれていく。どんなに大きな宝石でもこんなに削られていくなら、消えちゃうんじゃないかってぐらいたくさん泣かれた。

 

 

「かわいいって言ってたよね?」

 

「はい」

 

「今まで言わなかったくせに。それなのに、さっきは言ってくれて。なのに」

 

 

 逃げようとしてもいなかった。俺に対する敵意があったから。一矢報いるだけで済まず縊り殺す気の強い敵意があった。

 

 

「あたしに、かわいいなんて言わないでよ……っ」

 

「いやです」

 

「怖いよ。嫌だよ……、やめてよお願いだから」

 

「いやだ」

 

 

 どうにか隙を狙って必ず害してやろうとしていた。別にそうされても構わなかった。そうされるようなことをずっとしていたんだから。物にやりたきゃやってみろと思っていた。

 

 

「かわいいよ、みくる先輩」

 

 

 耳を塞ごうとしていた。不可能だった。指先だけでなく両肩もガタガタ震えてまともに動けないようだから。塞ごうという意思があるのさえ奇跡なんだから。まぁ、しょうがないと思った。

 

 

「みくる先輩はかわいいんだよ」

 

 

 飛びかかろうとしているみたい。不可能なことだ。太ももからつま先までずっと足が笑い出したまんまだから。立っているのさえ奇跡なんだから。それも、まぁ、しょうがないと思った。

 

 かわいい、と何度も言ってあげた。一歩一歩踏みしめて近づいて、逃げて欲しくないからすり寄るぐらいにゆっくりと。みくる先輩にちゃんと近づいた。

 

 そして、目の前に立ちふさがってあげる。みくる先輩のまともに動かない両手を取った。怯えからかその視線は俺ではなく、その自分の手に行った。都合が良いことだ。俺の右手はみくる先輩の左手を握る。逆の手も同じようにだ。そのままゆっくりみくる先輩の眼前まであげて差し上げる。それでも俺と目を合わす気がないようだった。好都合でしかなかった。

 

 みくる先輩の手をみくる先輩の耳に当てる。耳を塞いで差し上げた。お望み通りにして差し上げた。恐怖心からの防衛反応だろう、目をあちらこちらにしてまともに目を合わせてくれない。

 

 

「みくるさん、好きだ」

 

 

 聞き取られないように静かに告げた。みくる先輩の手が震えていた。さっきからずっと震えていたが、一瞬強く跳ねたようだ。気にも留めず、声を出してあげる。

 

 

「いつからか、かわいいに好きを隠して言ってた。かわいいって言われ慣れているからバレないと思ってずっと言ってた」

 

 

 気にしない存在が気になる存在になっていたから。

 

 

「他のやつも言ってたもんね。女の子も男子も、みーんながみくるさんのことかわいいって言ってた。だから、俺の好きなんかバレないようにかわいいだけ言ってたよ」

 

 

 木を隠すなら森の中だ。叶いっこないんだから湖に投げ捨てず、そこら辺に埋めといたんだ。

 

 

「でも、言えなくなっちゃったんだ、ごめん」

 

 

 自分で埋めたくせに埋めてた場所が分からなくなったように、俺はあの頃どうしようもなく困っていたんだ。

 

 

「みんな同じ対応だったよね。かわいいって言ったら、ありがとうございます、で終わり。女子も男子も、俺も。みんなにかわいいって言われたら、みんなにありがとうございます、で終わりだった」

 

 

 特別扱いされたいと主張しているんじゃない。されたい気持ちはずっと今もあるけど、今聞いてほしいのはそういうことじゃないんだ。

 

 

「それで、好きって言ってるのがバレなくてよかったって、思えなくなった。男子の中には俺と同じなのがいたよ。分かるよね? 告白慣れしてるんだから。そういう慣れで片づけられちゃうんだって思ったから」

 

 

 何故か耳を塞いでいる手を動かされた。うっとうしいからかなとか思ったけど、遠慮なく無視した。

 

 

「みくるさんのこと諦めた」

 

 

 強く手を動かされる。暴れているみたいだった。無視しかしない。

 

 

「ずっと、好きって意味で言ってた。でも、興味なかったのか、それともどうでもよかったのか。いや両方からか、全部ずっとありがとうございますで終わりだったから、諦めた」

 

 

 何か言おうしているみたいだ。実際声にしているのかもしれない。だけど、俺にはよくわからなかった。

 

 

「で、この三日間。みくるさんが俺をかわいいって遊んでたね。こういう人かーって困ったよ。自分が言われて楽しいし喜ぶから、俺にもやったんだろうけどさ。ごめんね、困るだけだったよ」

 

 

 頑張って諦めたのに。頑張って蓋をしたのに。頑張って好きをやめていたのに。

 

 

「また、好きが出ちゃうから困った。かわいいな好きだなって今まで我慢したのがたくさん出てきて、すっごく困った」

 

 

 みくるさんを見かける度、好きが出る。みくるさんの声を聞く度に、好きが出てくる。みくるさんと話せたなら、好きが止まってくれなくなった。ずっとずっと好きだらけになって困り続けていたんだ。

 

 

「それでも、今みくるさんが困っているから、頑張って好きとめようと思うんだけどさ。ごめん、無理だ。好きだもん。すっごく好きなんだもん。かわいいって誤魔化す気もなくなるぐらい、今もすっっっごい好きだよ」

 

 

 大変困らせてしまっている。好きな人になんてことをしているんだろう。それと同じく俺自身も大変困っている。好きな人になんて様を見せてしまっているんだろう。

 

 

「ぁ、の……っ」

 

 

 あ、なんか言われそう。とっても怖い。いつの間にか両手を自由にしてしまっていた。みくるさんが自由になったということだ。口での攻撃も、手足からの攻撃も、なんでも俺に攻撃できるということだ。

 

 あぁ、とてつもなく怖い。

 

 

「ごめんね。ずっと好きだよ、みくるさん」

 

 

 怖くてしょうがないから脱兎のごとく逃げ出した。何か言われる前に全力で逃亡した。言い逃げって最高だ。言ったが勝ちだもんな。俺の勝ちだぜ。常勝将軍様だぜ。

 

 ……ま、明日からずっと敗北者なんだけどさ。

 

 

 

 =~=

 

 

 あはは、減ってる。あははは、失くなってる。それでもいいやってなっていく。いやになって、いやが止まってくれなくて、いやなままでいいやってなっていく。

 

 かわいいって言ってくれた。ずっと待っていた言葉を言ってくれてた。嬉しくなって喜んじゃう言葉を、シャドーくんが言ってくれたけど。嬉しくなれない、喜びなんてない。

 

 かわいいに意味が籠ってなかった。からかってはいない。不快感がある。お世辞でもない。不快感が続く。何の意味もないかわいいを言われている。ゴミをそこら辺に捨てるひどい人と一緒のことをされている。興味のなさがあった、どうでもよさがあった、冷たさも感じれない無感動なかわいいを投げ捨てられた。

 

 ミーハーで言ってくれた時もあったよね。それでも、嬉しかったよ、喜んでもいたよ。いいんだよ、言ってくれるだけで。かわいいって言ってくれるだけよかったんだよ。なのに、こんなひどいネタ晴らしはしちゃいけないのに。なんでかわいいで終わってくれないの? 

 

 知らない未来を想像なんてしないでよ。そんな未来知らない、いらない。あたしが未来人だから、そういうお話でからかっているのかな? そんなどうでもいいifのお話されても困っちゃうよ。そんな未来ありっこないもの。そんな未来ありえないもの。そんな未来、来なくていいんだもの。

 

 ひどい人がいた。目の前でずっとひどいことをしてくる人がいた。好きになりたかった人だったのに。あたしのことを女の子として好きになって欲しい、あなたのことを男の子としてすきになりたい。そうだったのに。

 

 だから、全てを絞り出した。

 

 なんとか声に出せてよかった。清々したから。今までの全てにうんざりだったから。向こうも色々と腑に落ちている顔をしてる。うん、お互いうんざりから清々できてよかったよね。

 

 嬉しそうに言えてよかった。嬉しくてしょうがないはずだもん、胸のつっかえが無くなったんだから。嬉しそうにしてなきゃ嫌だもん。嬉しいと思ってないと全部嫌になるんだから。これで終わったってちゃんと嬉しくならないといけないよね。

 

 ならないといけないのに。どうしてまたひどいことするの、あなたは。どうでもいいなら好きってことじゃないんでしょ? ひどいことしてこないでよ。勝手に気を持たくせにひどいことずっとしないでよ、お願いだから。興味なんてないなら好きなんてことないってことじゃないの。ひどいことどうしてするの? 勝手に期待しちゃうようにしたくせにひどいことし続けないでよ、お願いだから。

 

 好きじゃないなら嫌いしかないじゃない。好かれてないなら嫌われてるってことじゃない。

 

 嫌われたくない人に嫌われるのも、もう嫌なのに。どうしてずっと今もひどいことしかしないの。

 

 かわいい、って言わないで、本当にお願いだから。期待しちゃうから。その期待しちゃうの嫌いだから。お願いだからやめてよ。嫌いなくせにかわいいなんて言わないでよ。お世辞にもからかいにもならない、そんなかわいいなんて聞きたくない。バカにしているの? 嫌いだからバカにしてるのかな。本当はかわいいなんて思ってなくて、かわいくないってバカにしているのかな? 何度も言ってくるそれが全部悪意そのものにしか感じられない。目に見えない石を投げつけられているようだった。

 

 それにあたしの全部が痛くなる。目にガラスが刺さったようなひどい痛みが。耳が燃やされていくようなひどい痛みが。口が切り刻まれるようなひどい痛みが。手足が鈍器で潰されるようなひどい錯覚も起きる。全部、全部、あなたのせいで、こんなに痛い。

 

 いつの間にか自由の利かなくなったあたしの手。指先がまともに動かない。掴んだ手の温かさに少しでも嬉しいと感じる度に、嬉しいと感じるほどあたしの全部がもっとひどく痛くなっていく。腫れていくような、刺されていくような、痺れるような、爛れていくような。ずっとずっとひどく痛くなっていく。その痛みからも逃げたいのに。

 

 あなたが優しくあたしの耳を塞いでいく。まるでとても大事なものを傷つかないように丁寧にしまってしまうみたいな、何処までも続く優しさがあった。

 

 痛みが分からなくなる。まだじくじくと痛んで、しくしくとも痛み、ぴりぴりと痛んでもいて、じんじんと痛み続けている。それが、一瞬分からなくなった。

 

 意味が分からないことを言われたから。好きではないくせに、意味の分からないことを言われた。嫌いなくせに、意味の分からないことを言われる。全く意味の分からないことをずっと言う人だ、あなたは。

 

 聞きたかったのはそういうことじゃないよ。いや、知れてよかったけども、そうじゃなくて。あ、本当にそういう意味で言っていたの、シャドーくん。そういう意味で言ってたんだ、シャドーくんは。気のせいにしてなきゃいけないなって思ってたのに、本当に、好きって意味で言ってたんだ。なら、もっと早くちゃんと言ってよ。違う。告白慣れしてるから、お礼の言葉で終わらしたんじゃなくて。嬉しかったの、本当に。喜んでいたんだよ、本当に。だから、お断りでもないし遠慮なんてのでもなくて。

 

 あ、お願いだから待って。違うよ。違うの。諦めないでよ、お願いだから。違うよ? 違うから。シャドーくんがどうでもいいからなんて思ってない。だから、ありがとうございますってちゃんと言ったんだもん。シャドーくんのこと興味ないなんて言ってないじゃない。だから、ありがとうございます、っていつも返していたんだよ。ありがとうございます、にたくさん嬉しいって気持ちあったんだもん。ありがとうございます、にずっと喜んでるよって気持ちあったんだもん。分かるじゃない、シャドーくんのかわいいであたしがどんなに嬉しいのかなんて。分かるに決まっているじゃない、シャドーくんのかわいいであたしがどれほど喜んでいるかなんて。

 

 違うの。分かってよ。違うよ? お願いだから、違うから、分かってよ。だから、この三日間も違うんだよ? 

 

 かわいいって言葉以外なのも、聞きたくて知りたくて言って欲しくてしょうがなかったから。

 

 だって、シャドーくんのかわいいって、あたしのこと好きだって意味だったから。

 

 だから、聞きたくて。好きって言って欲しくって。好き、って。好きって、言って欲しかっただけだもん。

 

 ──女の子なら、好きな男の子に言って欲しいに決まっているじゃない──そんな、複雑すぎるあたしの事情があったとしても。

 

 

「ぁ、の……っ」

 

 

 気づいた物ごと全部伝えないといけない。だけど、口すらまともに動いてくれなくてまた泣きそうになった。

 

 ちゃんと言おうとあたしの全部に力を籠める。痛みはなかった。よく分からないけど、ずっと嬉しくてずっと喜んでいてそれどころじゃなかったんだと思う。

 

【好きみたい、シャドーくんがあたしのことを】それが血のようにあたしの全部に巡って大変だった。

 

 だから、逃げられちゃった。脱兎如くってこういうことなのかな、ってぐらい全力で逃げられちゃった。言い逃げもされちゃって、すっごく悔しい。

 

 

「あーぁ……もーっ!」

 

 

 あたしの足だと絶対追いつけない。シャドーくんのお部屋に突撃しようとしても、部屋主さんが入ってもいいよってしてくれないとお部屋に入室出来ないから、今日は無理かな。

 

 くすくすとちょっとそこで笑ってた。埃みたいなのはこの空間だとないらしいけど、一応気を付けて綺麗そうなところに座り込んでくすくすしてた。

 

【好きみたい、シャドーくんがあたしのことを】これがずっとあたしをくすくす笑わせてくる所為で動けない。嬉しすぎるし喜んでいるの終わらないし、大変。くすくすが大きくなりすぎて何かに体が当たっちゃう。そこから落ちてきた何かが軽く頬をつっつくかのように刺さって床に。なに笑ってるのよ~みくるちゃんっていう涼宮さんの悪戯に似て、ちょっとイラっとした。とりあえず片さないとと思ってそれに触る。紙。プリントかな。爪でひっかくようにしながらプリントを拾い上げる。

 

 保健体育のプリントみたい。乱暴にしたせいでちょっと切れ目が入っちゃってる。誰かのものなんだから大事にしないといけない。イライラしつつも体を戻してプリントをちょっとだけそれなりにてい丁寧にしわも伸ばしておく。

 

 そうだから、目に入るものがある。

 

 投影、という単語。防衛機制の一つ。自分の中にある受け入れたくない不都合な感情や衝動を、他人のものだと思い込むこと。例として、自分が相手を嫌いだけど、醜聞を気にして、相手が自分を嫌いなんだと思い込むとある。自分の認めたくない衝動などを相手に押し付けること。先生の言葉のメモとして、持ち主さんが書きこんだものがあった。他人に感じる一方的な嫌悪感は、自分の一部分に対する嫌悪であることがほとんど、と。

 

 当てはまる人がいた。シャドーくんと、あたしだ。

 

 あたしはシャドーくんが好き。なのに、シャドーくんはあたしのこと好きじゃないみたいと思っていた。だから、嫌いになっていった。でも、そう思う自分が嫌いだから、シャドーくんはあたしのこと好きではないと思い込んでた。遊ばれてる、からかわれている、と勘違いして嫌われいるだなんて間違ってしまう。それに、他人に感じる一方的な嫌悪感は、自分の一部分に対する嫌悪であることがほとんど、って言うメモ。当てはあった。ずばり、これだった。

 

 好きなのに好きって言ってくれないから嫌い。まさに、あたしだ。まさに、シャドーくんだ。

 

 

「も──……っ!!!」

 

 

 シャドーくんがひどい。あたしはもっとひどい。

 

 

「あたしも。シャドーくんのこと、ずっと好きだったんだ」

 

 

 口に出した言葉を、何度も呟いた。勝手に間違えて空回りしていた、あたし。間違わないようにして空回りした、シャドーくん。勝手に勘違いして暴走していた、あたし。勘違いにしようとして暴走した、シャドーくん。

 

 

「ずっと、好きだったよ」

 

 

 はっと、今更口を閉じる。誰にも聞こえていないとは思う。盗聴器なんてあるわけないし、他の誰かなんてあたしだけ。シャドーくんにさえ聞こえない今。

 

 

「あはは……はぁ、逃げちゃったし、明日、あたしまで大変になっちゃうかな」

 

 

 まだシャドーくんにも聞こえませんように。

 

 

 

 

 |*|”  

 

 来て欲しくなかった新しい朝が来た。正常に時が経っているのなら、今は四日目になる。昨日までの三日間で色々あった。というか、色々自分を猛省したというか。

 

 うちのお父さん的には早朝と言える時間だ。今は朝の六時半ちょっと。気合入れて起きてないと俺でもこの時間は二度寝を優先する。朝に弱くない人間なんていない。赤ちゃんだって朝ほど寝たい。ご老人だって朝だから寝たいはずだ。二度寝三度寝なんて誰だってしたい。お母さんもアラームしないと永遠に寝続ける。お風呂の後とか歯磨きの後とか、すぐ眠くなってしまうもんだ。朝も歯を磨くもの。寝起きの歯磨きはしている最中に起きるけれど、濯ぐまでやったら今日はよく頑張りましたって気分になって布団に戻ろうとする俺が居る。

 

 今もそうだ。部屋から出るのものたくたとし、学校の水道で顔を洗ったり歯を磨いたりしつつのったりくったりした。今日はよく頑張りましたの気分だ。特に昨夜のこともある。とてもよく頑張ったのでお布団に帰りたい。昨夜の所為で愉快な食品おチャレンジなことする気も起きない。お布団にただただ帰りたいだけだ。

 

 昨夜の所為。それまでの過程は良かったと思う。そうさ、古文のテストならなんとかという字を用いているがどうしてか問われていたのを、雰囲気で使ったと書いて怒られた時と同じだった。俺は暗記でしか点を取れない男だ、読み込むなんてのは無理なんだ。

 

 のっそりのっそり、と帰還する。人間の実験で身動きできないようにされたマウスの如く、鬱だから。鬱とはどうしてなるのかの実験で植字や呼吸、排泄はさせるが、身動きさせない実験があった。筒みたいなのにマウスを詰めて行われていたのだ。あんなんネズミさん関係なく鬱になるわい。人間ってホントあほ。窮鼠猫を嚙むって諺は、ネズミさんに何かしら自由が残されているからできるとこれでよく理解できる。特攻して玉砕する自由だ。特攻もできない、玉砕もできない、不自由な筒詰めなどどう考えても鬱になるしかない。不自由なこと=鬱、ってことかもしれないけど、詳しい論述とか論文とか読む気ないしいいや。

 

 俺も今、不自由だ。俺は今、鬱だ。自分で歩いてトイレも行けるし、ご飯も自分で食べにも行けるけど、不自由で鬱でしかない。昨夜の所為でなにもかも自由にできないからだ。

 

 みくるさんの言葉の意味で悩まされている。きらいなの? 、と聞かれてしまったんだ。間違いなく誤解だ。けれど、きらいという言葉は俺がみくるさんに宛ててのものだと捉えられている。ちゃんと好きだと言った。紛れもなく好きだと伝えた。が、その言葉に雁字搦めにされて、進むことも戻ることもできずいるから鬱でしかない。ずっと、考えている。

 

 

「あのあと、なんて言われてたんだろ」

 

 

 ごめんなさい、って告白玉砕? そうあってほしくないけど、そうかもしれない。でも、みくるさんがそういう拒絶ならもっと詳しく言うはずだ。あなたに興味ないの、ごめんなさい、とか。うわ、鬱になる……。 俺自体に拒絶? そうあるわけないと願うけど、そうなのかもしれない。それでも、みくるさんはちゃんと言うはずだろう。あなたは無いから、ごめんなさい、なんて。鬱になってしまうぅ……。

 

 希望的に見たいものすら、自分で打ち砕いている。ああ、鬱だ。不自由に袋小路に収容されているネズミーな俺だ。鬱だ鬱だ。

 

 バイブレーション。タオルと一緒にいれてたサコッシュから振動だ。お布団に行きたいから無視した。しばらくふるえていたが沈黙する。すぐにまた振動していく。電話らしい。画面も見ないようにパカリと開けて通話ボタンを押した。

 

 

「おはよーございます、どーなたでしょーか?」

 

 

 腑抜けた声が出た。

 

 

『おはようございます、シャドーくん』

 

 

 腑が飛び出たような声が出てしまった。

 

 

「ぁのっ!」

 

 

 何も言うこともできないくせに、それは言えた。だけど、その後何も続けられない。

 

 

『来てください』

 

 

 みくる先輩は言っていた。その前の言葉を聞き取れない。

 

 

『あたしの所に来てください』

 

 

 みくる先輩は言う。来てと。逃げるな、どこにも逃がさないという強い執念を感じる声で。

 

 

『教室に、来てください』

 

 

 俺の返事も聞かずに切れる。通話が終わったプープーが聞こえるが、俺は動けない。何を言われてしまうのか、怖いんだ。

 

 好きだけどごめんなさい、ならもう立ち直れないから。

 

 それなのに、振動が手元から。メールだ。気負いながら無意識に開封していた。

 

 ”絶対に来てください” 

 

 みくる先輩の最後通告だ。俺を絶対に断罪する意思表示なんだ。

 

 鬱になっている場合じゃなくなる。身嗜みを整えて、走らずに早足で向かう。それも気持ちが暗いから、いつもの早足よりずっとずっと遅い。だけど、その方がいいんだと思う。俺だって逃げる気が失せるから。みくるさんだって逃げられないんだろうから。時間をかけなさすぎず、早く行き過ぎないように、時間通りよりもうすこし遅れるために。

 

 みくるさんも待ちくたびれてしまうだろうから。

 

 

 ==#

 

 

 朝起きて身嗜みをいつも以上に整える。

 

 あたしのために、シャドーくんのために。

 

 髪を梳かすのもいつも以上に丁寧に。ヘアオイルはサラッとしたものを使う。髪までフワフワしていられないから。お顔は学校の時以上お外でのとの中間ぐらい。可愛いけれど可愛すぎないように、ほんの少しだけ綺麗がよく見えるように。ネイル、シンプルに一色だけにする。ここも見惚れてほしいけれど、一番見惚れてほしい場所じゃないから。お洋服は控えめにしないと、浮ついているだけじゃないのを分かってもらうんだから。

 

 そうしていると、真剣なのに顔がほころんでいってしまって気が抜けてしまいそうだった。誰かのために着飾るのってこんなに嬉しいんだって知らなかった。こんなにも楽しいんだって知らなかった。まだ会ってもいないのにずっと喜んじゃっているなんて全然知らなかったよ。あたし自身のためも嬉しくて楽しくて喜んでいた。それは、誰かに素敵だねって、よく似合うねって、かわいいねって褒めてほしいって気持ちもあった。それ以上に、そう褒められるあたしになりたくて一生懸命だったんだ。誰かに褒められるあたしは、あたしが頑張って作っていたんだから。

 

 シャドーくんが好きって思ってくれるあたしでいたい。そう思っているからこそ、慌てて時計を見る。六時と少し。五時前に起きて準備していたけどもうこんな時間になってる。急いで待ち伏せしないといけないのに、浮かれすぎてた。最後にミラーで自分を全部チェックする。無理しすぎてないかわいいあたしがいた。あたし自身が自信を持ってかわいいと言えるあたしだ。シャドーくんが絶対にかわいいと、絶対に好きだというあたしがいる。

 

 部屋から飛び出して、向かう。シャドーくんの教室へ。本当はお部屋に行けたらいいのに、でも、それはまだあたしもそれは勇気がないからそれでいい。

 

 シャドーくんの教室の前に来た。ふと周囲を見る。警戒とかでも何でもない。ただ懐かしかったからだ。あたしも二年生だったから。進級して今は三年生。大学受験へ向けて頑張っている最中。今は大学受験以外に目を向けてはいけないよと担任の先生が言っていた。去年とは違う言葉だった。去年は、学生を楽しみなさいだったのに。高校は三年もあるけど、二年間しか学生しているのは許されないらしい。

 シャドーくんの教室はあたしがいたところとは違うけれど、やっぱり懐かしいと思う。教室ごとに作りが違うなんて現代だとやらないもんね。磨り減りすぎた床の一部分とか、黒ずんだままの壁の一部とか、掃除不足の蛍光灯とか。全部知っているものだった。あたしがよく見ていて知っていて、あたしも北高の二年生だった。でも、もう三年生。進級したんだもん、当たり前だよね。特別な事情もなしに留年なんて恥ずかしいもの。シャドーくんも進級できていた。一夜漬けで暗記ばっかりに頼るから心配ばっかりだったけど、新入生から二年生になれてよかったよね。

 

 

「シャドーくんも、三年生になるんだね」

 

 

 そんな当たり前のことを呟いた。出席日数が足りなかったり定期テストが残念だったり、素行が悪すぎたりしなければ普通に誰でも進級できるものだ。シャドーくんも新入生から二年生に上がれたように、また進級して三年生になるはず。シャドーくんが三年生になったら、あたしは卒業しているのも普通で当たり前だ。一応進路調査では進学とは書いたものの、実際どうなるか未定。未来の方に戻って別のお仕事をするか、未来に戻ってそこから涼宮さんを観測しているのか、未来に戻って観測した内容をまとめつつ誰かの指導に当たることになるのか。

 

 あたしが北高を卒業したなら未来にいるはずだ。そもそも涼宮さんと遭遇するなんて指令もなかったし、こうして一緒に楽しく部活動までしているのも偶然の産物なんだもの。元々は涼宮さんに直接関わるなんてお仕事でもなかったのだし、こうして三年生になるまで現代にいるのも偶然すぎるものだ。最初の方での定期報告時特に不安はなかった。いえ、ちょっと涼宮さんのことで不安があったけど、そうじゃない不安はあの時なかった。いつからか。SOS団で活動していって、いつからか。定期報告が怖くなった。少し虚偽を混ぜたくなったけど、叱責されるのも怖くて正直に報告はしていた。

 

 だって、別のエージェントを派遣しよう、とか、あたしは現代から撤退しなさい、とかをいつ命令されるのか分からないんだもの。

 

 そんなの怖いじゃない。だって、現代で嬉しかったもの楽しかったもの喜んじゃうものが。だって、あたしのとっても大切なものが取られちゃうのかもしれないんだから。

 

 北高で出来た仲のいいお友達も、SOS団の皆も、この街で会った人たちの。あたしをとっても大切にしてくれた、たくさんの人たちを取られちゃうなんて、嫌に決まっているじゃない。

 

 浮力とか未来で分からないことを学べるなんて素敵なことでしょう。お茶を自分でうまく淹れられるようになったのも素敵なことだった。突飛すぎる人たちだけど辛くて苦しいものなんてない素敵な人たちなんだから。

 

 それを取られちゃうなんて、捨てなくちゃいけないなんて、ひどいとしか言えないでしょう? 

 

 この磨り減って一部分が凹んだ廊下を歩いてどういう気持ちになるのか、勝手にあたしから取らないで。こんな黒ずんだ壁の一部を見慣れるんで見てきたらどんな気持ちになるか、勝手にあたしから取らないで。こういう掃除不足の蛍光灯に照らされて過ごしていくと気持ちがどうなるのか、勝手にあたしから取らないで。

 

 朝比奈みくるがみんなと過ごした日々を取ろうとなんてしないでほしい。

 

 きっとあたしが卒業したら誰かがまた涼宮さんに干渉しに来るはず。あたしに似た人かもしれない、あたしとは真逆かもしれない、もしかして男の子が来たりするのかもしれない。その人が、あたしの大切なものを奪っていくんだ。

 

 男の子だったらどういう人が来るんだろうね。古泉君より背の高い人かな、キョンくんよりちょっと上か下ぐらい? お話が上手な人が来るんだろうけど、涼宮さんを丸め込める人は絶対いないんだろうな。女の子だったらどうなるんだろうね。涼宮さんより高めの人か、長門さんよりは高めの人だろうな。お話が上手い人が来るはずだけど、涼宮さんに丸め込まれ過ぎない人が来るんだろうな。

 

 あたしに取って代わる人は、あたしとは絶対違う人なんだから。

 

 嬉しいだろうなぁ。あたしと違って運動が得意な人だから、一緒に朝ランニングなんか嬉しそうにしちゃうんだろうなぁ。楽しんじゃうんだろうな。お菓子以外にも変なもの食べる人だから、それで楽しそうに話しこんじゃって仲良くなっちゃうんだろうな。喜んじゃったりもするんだろうね。”特攻隊長”なんだもんね、誰にでもまたかわいいって言うんでしょう? 

 

 シャドーくんの扉に触る。いつもと同じだ。三年生のあたしの教室と同じ、二年生だった頃のとも同じ、新入生だった時のとも。あたしが北高で過ごした三年間。シャドーくんも過ごしていく三年間。あたしのはもう少しで終わっちゃう。北高の三年生でも、北高の生徒でもなくなる。シャドーくんの先輩でもなくなっちゃう。もしかしないでほしいけど、そうでなくなっちゃたらもう全部が無くなっちゃうかもしれない。

 

 色んな不安から携帯に手を伸ばしていた。現代の携帯はちょっと操作が億劫だけどもう慣れていた。電話する。居留守をされた。不安を無視してしまいたいから、また電話をかける。いつもの空気の抜けた風船みたいなふわふわな声が聞こえてきてくれた。シャドーくんの声だ。あたしが好きなシャドーくんの声だ。その所為で、もっと別の言葉を言うべきなのに、来てください、と言ってしまった。

 

 これじゃダメかもしれない。自分に言い聞かせるように言って来るんだもの。シャドーくんからもう逃げるな、あたし、と。シャドーくんからはどこにも逃げられないんだよ、あたし、と。

 

 未来に戻ろうとしても、シャドーくんからあたし逃げられないよって。

 

 卒業したからなによって自分自身を脅迫する。未来に戻らなくちゃいけないからなによって自分自身を恐喝する。

 

 あたし以外を好きになって欲しくないんだから、シャドーくんから逃げるなだなんて論外でしょう。あたしだけを好きになってほしいんだから、シャドーくんから逃げるなんて大間違いでしょうって。

 

 メールを送ったあと、見慣れているけどあまりよく知らない、シャドーくんの教室へ足を踏み入れる。中も同じような感想を抱いた。あたしの頃は張り紙もう少し綺麗に張っていたなとか、ロッカー凹んでいるのあたしの頃より多いんだなとか、色違いのチョーク使う先生が担当しているんだなあたしの頃をとは違ってとか。ちょっとの違いを面白く感じる。あたしが北高の二年生だった頃と、シャドーくんが二年生の今は少しだけ色々違うことが面白かった。

 

 

「ね、シャドーくん。あたしもね、北高の二年生だったんだ」

 

 

 未来人なのにもう一度過去に戻りたいって、おかしいかな。

 

 

 #==

 

 

 俺はまた引き返してきた。みくるさんはご自分の教室にいると思っていたからだ。手汗まみれになるまで緊張しながら扉を開けたものの、みくるさんの影も形もない。急いで別の所を探して、もうあれから十五分も経ってしまった。

 

 申し訳なさもあって手が震える。できれば、待っていないでほしい。むしろ、いないでほしいと思っていた。愛想をつかして、いつもの先輩後輩になって終わってしまえばいいと思っていた。

 

 だって、朝比奈みくるさんっていう北高のアイドルのお相手なんて山ほどいるんだから。サッカー部のイケメンエース、学校代表で表彰までされた科学部の秀才君、学校以外でも色んな賞をもらっている吹奏楽部の部長さんとかも。北高以外でも見渡してもキリがないほどいるんだから。俺でなくていい、俺とは別の誰かでもいいんじゃないか。

 

 言ってしまったんだ、本当のことを。ミーハーでかわいいと言っていたって、ただのファンがかわいいと言っていたんだって。周りに釣られて合わせて流れに任せて口走っていただけだったと、正直に白状してしまったんだから。紛れもない事実だから、ただのファンだったのもミーハーなのも偽りだったなんて言えやしない。

 

 見かけるだけでいい、声を聞けるだけでいい。そういう程度のレベルだった。SOS団にどういう因果か入団させられている。”特攻隊長”なんてお役職を団長様から直々に賜った。幼馴染は平になりそうでならなそうな草履係なのに。そんな幼馴染ももちろん北高のアイドルのファンだ。みんなと同じく熱狂的なファン。同じ部活にみくるさんもいるんだって、家に遊びに行った時もよく自慢されたもんだ。それに、俺は特に何とも思わなかった。やせ我慢とかなんでもなく、みくるさんにも白状したようにどうでもよかったからだ。今日の朝比奈さんが~、と幼馴染のだらしない顔で語るものに笑っていたりしたが、それは幼馴染の顔が愉快だったから。みくるさんのアレコレをまた聞きしても、特に何とも思わない。それを話す幼馴染の色々の方が面白いんだから。

 

 入団してからも、あまり変化しなかった。みくるさんに挨拶されても、お茶なんか淹れてもらっても何も変化しなかった。いや、そもそも色々がよく分かっていなかったていうのが真実だ。みくるさんに挨拶される俺が意味不明で、みくるさんに挨拶できる俺が理解不能で、みくるさんとおしゃべりできる俺が異常でしかなかったから。

 

 絶対にありえないことだ。俺が朝比奈みくるさんと触れ合えるなんて、絶対にありえっこないんだ。

 

 入団する前もした後も、しばらくこうだった。ハルヒの魔訶不可思議パワーでしっちゃかめっちゃかなことになっても、みくるさんのすぐ傍にいれる方が魔訶不可思議でしょうがなかったんだ。はるひのしっちゃかめっちゃかも現実で起きている。ちゃんと受け止められる事実だ。みくるさんのすぐ傍にいれるのも現実に起きている。そんな事実は受け止めきれない。

 

 だからこそ、俺は調子に乗っていってしまった。部活中お話なんてしてしまう。部活関係なしに話しかけてしまう。見かけるだけでは物足りなくなって、見かけたら声をかけずにいられなくなる。声をかけたならかわいいと絶対に言うようになる。かわいいと言う度に蓋をしてないといけないものが爆発しそうになっていく。ただの感謝の言葉だけでもどうしようもなくなってかわいいに色んな意味を付加して言いまくっていた。

 

 話をすることでみくるさんのかわいいをたくさん知ることができた。また聞きとか何処から入ったのか分からない情報以上に、たくさんのかわいいがあってそんな情報なんかよりすっごく可愛いことを知ったんだ。ちょっかいかけられたらたまに反抗もするんだ。でも、その反抗もかわいいんだ。部活には出ないだけで話しかけたらちゃんと会話もしてくれる、なんて知らなかった。あまりにもかわいい。宿題を手伝ってくれる時も知らなかったけどかわいいことするんだ。俺的には難問で唸るしかないのを丁寧に教えてくれる。隣に座って、ルーズリーフでみくるさんなりのアドバイスを書いたのと一緒に教えてくれるんだぜ。それで、上手く解けたらファンシーなキャラを隅に書いてよくできましたってみくるさんも嬉しそうにしてくれるんだ。そんなこと俺も知らなかったよ、こんなにもかわいいなんてさ。俺のお菓子にも意外と興味を持ってくれるんだ。主食はマシュマロとか言いそうなかわいい人なのに、枯れ木みたいな色合いのお菓子を食べてみたいなんて興味持ってくれるんだぜ。食べてみくるさん的に残念だったら、泣きべそかきながらちょっと怒って俺の名を呼んでもくれるんだ。全然知らなかった、どうしてここまでかわいいのかなんて。

 

 そんなに色々かわいいを知ったら、口先だけのかわいいにならなくなるに決まっている。本心から可愛いと言い出すのは、みくるさんの傍に居る現実を受け入れていないにも関わらず、時間なんかかからない。夢と現の間で、みくるさんの色んなかわいさに本気でかわいいと思っていった。本気で可愛いと思う度に、蓋をしていたものが蓋ごとぶっ壊して暴れる。

 

 かわいくて、好きだ。好きだから、かわいいが止まらない。かわいいのが止まらないせいで、好きすぎることになっていく。

 

 こんなだから。愛想なんてつかして、いつもの先輩後輩になって終わってしまえばいいと思っていた。

 

 勝手にどうでもよくしていたくせに、勝手に本気でかわいいと思い出した挙句に、勝手に誰よりも好きになってしまったなんて、阿呆が過ぎるじゃないか。

 

 誰よりも、俺だけを好きになって欲しいなんて図々しい。身の程を知れ。愚の骨頂だ。

 

 自分自身への強い失望感とも合わせて扉を開け放つ。

 

 いないでほしい、と誰よりも願った。待ってなんていないでほしい、と誰よりも望んだ。

 

 それなのに。

 

 

「おはようございます、シャドーくん」

 

 

 本当は願わずにはいられなくて、望まずにはいられるわけがないだろうが。

 

 

 #*=*#

 

 

「ちゃんと来てくれたね」

 

 

 今いるのはあたしの部屋ではない。シャドーくんの教室。この学校のシャドーくんがいつもいるクラスのもの。あと少しであたしが二度と来れなくなるもの。

 

 

「おはようございます」

 

 

 いつもよりかわいいと感じるシャドーくんだ。そう感じないとおかしいはずだけど、今は特にかわいいなんて思うところが一つもない。嫌いになったからっていうわけじゃないんだけどね。

 

 

「昨夜もごめんね」

 

 

 だから、精一杯嫌いの理由を作ってみようと思う。

 

 

「いや、俺の方こそご」

「あたしね、知ってたの」

 

 

 嫌いになるために嫌いの理由を作るっておかしいね。シャドーくんの言葉を遮ってまで、嫌いになろうなんて変だね。

 

 

「かわいいって言ってくれる人が、どういう意味でかわいいって言ってるのか。全部、誰のも知ってたの」

 

 

 シャドーくんは、え、と無意味な声を吐き出していた。嫌いになりたい理由ができる。

 

 鶴屋さんと言ったお友達からの好意的な意味しかないかわいいも。男の子からよく聞く下心だらけなかわいいっていうのも。ちょっと嫌味が強い牽制の意味が多分にあるかわいいっていうのも。全部、知っていた。誰がどういう意味で言うのか、特定してすらすら答えられるぐらいに知っていたの。

 

 

「色んな人がかわいいって言ってくれる。その度に嬉しくなるのも困っちゃうのも、悲しくなっちゃったりするのも全部カテゴリーで別けていたの」

 

 

 いつものふわふわしたシャドーくんがそわそわとしている。嫌いなそわそわしている感じだ。

 

 この人はいい人、優しい人。あの人は苦手な人、関わりたくない人。ああいう人は、もう会わないようにしようとか。こういう人とはもっと一緒にいたいとか。もっと大まかに別けるなら、いる人といらない人で別けていた。この人はいる。あの人はいらない。取捨選択をよくしていたの。

 

 

「あたしだって嫌なことする人は嫌いになるよ。涼宮さんが嫌な事したらあたし何してたと思っているの?」

 

 

 シャドーくんは困ったような様子であたしの頭上で目を固定しているみたい。嫌いなところがあった。

 

 嫌なことし続ける人なんていらないに決まっている。あたしだってそういう感情に任せた理屈で動くよ。お仕事だと我慢しなくちゃいけないけど、関わらなくていいなら二度と関わりたくないって人もいる。

 

 

「それと同じようにあたしが好きになることしてくれてたら好きになるんだよ」

 

 

 シャドーくんの目があたしの頭の上にすらいなくなる。あたしの後ろの景色に逃げていた。嫌いが生まれる。

 

 かわいいと褒めてくれるなら好意を抱く。お話して楽しいなら好意を持つ。誰でもそうなるもの。あたしだってそうだよ。北高のアイドルなんて呼ばれているけど、誰にでもいい顔するわけじゃないし誰にでも愛想よくしたいわけないんだから。

 

 

「でもね、誰でもってわけじゃないから」

 

 

 好きになれることをしてくれるから必ず好意しか抱かないなんてことはない。嫌いなことをするからといってその先もずっと嫌悪しかないなんてこともない。好きになれそうでなれなくなっちゃうこともある。嫌いだったけどそうでもなくなることもある。

 

 

「誰でも好きになれるよ。でも、誰でも嫌いにもなるんだよ」

 

 

 教室の出口へ向かう。シャドーくんとは反対の方の扉へ向かう。誰だから分からないけど、後ろの黒板に落書きなんかしちゃっている。学校の備品なのにいけないんだ。その落書き、シャドーくんのも一緒のあるんだね。

 

 

「ね、シャドーくん」

 

 

 振り向かないといけなかった。それでも、難しすぎて出来なかった。怖いわけじゃない、色々が嫌いだからじゃない。ただ、とてつもなく今のあたしには難しいことだったから。

 

 

「きらいでいい?」

 

 

 うつ向いたまま、シャドーくんに告白した。

 

 

 

 _

 

 

→「いやだ」

→「いやだ」

→「いやだ」

 

「いいよ」

 

 

 血反吐を吐く思いだった。それなのにそう出した俺の声はあまりにも軽い。痛くなんかない、平気だと誤解されるものだ。痛くもかゆくもない、大丈夫だよと間違われるものだ。なにも平気じゃないし、大丈夫なんかでもないのに。

 

 

「きらいでいいよ」

 

 

 相変わらず無遠慮な軽さだった。逆撫でるようなものにしか聞こえないものだ。逆上を強請る悪党の台詞と一緒だった。

 

 

「俺のこときらいでいいから」

 

 

 泣きそうなことを自分で言っている。泣きそうになるくせに声が不愉快なほど軽すぎる。手から離れてしまった風船のように、どうしようもない困った軽さしかない。

 

 でも、そう軽くしていないとみくるさんもぺちゃんこに潰れちゃうから。

 

 

「いつでもきらいでいいよ、ずっときらいでもいいよ」

 

 

 逃げていかないのは分かっている。離れていかないのなんて知ってる。だって、自分から檻に入って待ってくれているんだから。簡単に抜け出せるのに、待っているんだから。逃げられるのに、離れて行っちゃってもいいのに、檻の中で待ち続けてくれる。お好きにどうぞってしてくれている。

 

 

「いつか、好きになってもらうから」

 

 

 近寄る。反対の扉にいるみくるさんの方へ。俺も小型で助かった。机や椅子にぶつかる暇もなくするっと近寄ることができる。猫が忍び寄るように、猫が甘えるように、近寄ることができる。

 

 ここへ来た時から、ずっとうつ向いたままのみくるさんの傍に行けた。

 

 

「きらいなんだよ……?」

 

 

 俺の声とは対照的に重たい声だった。このフロアの床が抜けるくらいに重そうに感じる。でも、そうなるのが当たり前だ。俺は今、また告白しているんだから。嫌われるための告白をしているんだから。

 

 

「すきじゃないんだよ?」

 

 

 みくるさんは好きになって欲しいという告白をしているのに。好きだよって告白してくれているのに。俺はそれに今からもっとひどいことをする。

 

 

「必ず俺を好きになってもらうよ」

 

 

 みくるさんの言葉の裏を読まない。2日目の夜のも、その前のも今だけ全部理解を放棄した。みくるさんは悪い人じゃない。嫌がらせを率先してやるひどい人じゃない。嫌いだからって嫌がらせをやるなんてクズなんかじゃない。ああやってからかっていた。俺に甘えていたってことだ。ウサギちゃんが鼻を鳴らしながらくっついてくるのと同じだった。好きだよとアピールしていたんだ。臆病な生き物がちょっと強気な態度をとって気を惹きたがっていただけだ。それを今日の今、思い知らされている。

 

 まだ気を惹こうとしている。まだ俺のことを好きでいる。もっと好きになりたいって、もっと好きになって欲しいって、うつ向いたままで頑張っているんだ。

 

 その理解を放棄する。

 

 気を惹くためになにしようが、無碍にする。むしろひどいことをして困らせようとしていた。

 

 

「難しいこと言っちゃうんだね」

 

「とっても簡単だと思うよ。俺の名前を書ききるよりも、ずっと簡単だよ」

 

 

 難読字ではないと思うけど画数が多すぎる俺の名前。テストの時、名前を書き終わっただけで全てのやる気をなくすぐらいには書くのが大変だ。

 

 

「テストの時、名前書いただけで手疲れちゃうんだもんね?」

 

「ばっちゃまに書道習ったけど、一文字書くのだって面倒くさい時は面倒くさいもんさ」

 

「シャドーくんの字勢いがあるもんね。こう、猛者って感じだもん」

 

「竹筆でよく書いてたからね、癖になっちゃった」

 

「これも、そうなんだ」

 

 

 教室の後ろ側。左右の掲示板スペースに挟まれたもう一つの黒板。運動部のやつとかが大会への意気込みや宣伝を書いたり、女子達が伝言板代わりに使ったり、いつのまにか誰かの力作が乗っていたりする。色々な色のチョークを使って雑に扱っているからか、他の教室より汚い黒板。

 

 その黒板に、俺の名前が書いてある。俺の直筆だ。チョークだから書きづらかったけど、それでもいつも通りの勢いが強めの俺の字。横の隅に書かされた。その俺の名前の周囲でからかいの言葉なんかも書かれている。舌バカ、ゴミお菓子モンスター、主食サルミアッキっていうほぼ悪口。あの赤いのまたくれ、あのチョコどこで売ってるの、このお菓子オススメなんかもある。あたしよりもちみぃ、弟よりミニマム、うちのリンゴちゃんより小さめという虚しくなるもの。

 

 そこにほんの一、二個ぐらいかな。誉め言葉が書かれてもいる。

 

 かわいいね、と書かれている。(笑)付きのとないのがあった。

 

 

「ね、シャドーくん」

 

「なに?」

 

 

 これから言われる言葉は知っている。勘違いでも間違いでもなく、みくるさんの本当の告白だ。裏を読む必要のない。ただの告白をするんだろう。

 

 堂々と告白される姿勢を取る。正拳の構えに似たなんかだ。いつでもこいという気概があった。

 

 が、一気に負けが見える。手を触られただけで腰から下の力が抜けかけた。好きな女の子に触られただけで一瞬負けた。慌てて気合を入れなおす。無意味だった。突き出すようにしていた手、触られた手をみくるさんが引っ張る。合気道でも受けた気分だった。倒れはしないように踏ん張る。それも、一緒に倒れてあげる気概のみくるさんが[ザ・○察官]のリアル難易度にする。避けられるわけがない、現実的に考えて。

 

 好きな人のアグレッシブさにも、好きな人のそんなかわいいさにクラクラしながら踏ん張る。

 

 

「シャドーくんが好き」

 

 

 その俺の耳元で、かわいくてたまらない告白をしてくれた。

 

 

 

 

 

(++)”””

 

 

 

 

 

 嬉しくてどうしようもない。鳥も祝福してるみたいだし、さらにうれしさが募る。ちゅんちゅんと、どこからか鳴いている。あいつら出来てますわ、って茶化すみたいに。

 

 ちゅんちゅんと、よく鳴いている。この四日間一度も聞いたことのない鳴き声が今聞こえている。

 

 

「んんん!?」

 

「わっ、なに!?」

 

「みくる先輩、鳥!!」

 

「鳥?」

 

「鳴いてる、いる!!」

 

 

 スピーカーから流れる音声ではない。声のする方へ視線を向けると、電柱ら辺にもいた。他の所にもいる。校庭のそこら辺。木陰辺り。

 

 それに何処からかシャッターを開ける音。謎のパァンッという音。不特定だけどバイクや車の音。誰か知らんおやじのうるせぇくしゃみ。全部日常から来るものだ。日常にいればいつでも聞こえるものだ。

 

 今までの非日常であった四日間で一つすら聞こえてこない、日常の証が、今聞こえている。

 

 

「え、っと?」

 

「戻れたって、ことですかね?」

 

「たぶん……」

 

 

 気が抜けた。さっきも気が抜けていたけど、更に抜けた。近くの椅子にしがみつく感じで座り込んだ。その所為で色々また抜けていく。覇気も元気のない笑い声が出てしまう。

 

 

「あはははー、もー、なんなんだよー……」

 

「あはは……ほんとに、もー……だね」

 

「そうです。もーですよ、もー」

 

「もーもーって、シャドーくんは牛さんになっちゃったの?」

 

「闘牛にクラスチェンジはいやだよ」

 

「ふふ、あたしもシャドーくんが牛さんになったら困っちゃう」

 

 

 そういえばと気づく。俺の胸元に誰かいる。別に不可思議なことじゃない。みくるさんがいる。俺の好きな女の子がいる。不穏な気配はない。みくるさんがただ笑っているだけなんだから。

 

 女性らしく上品で、女性らしく小悪魔的で、女性らしく綺麗なあの微笑み。誰よりも女性らしく、どんな男を惹き吊り混ませる、とても綺麗なお顔。目を三日月に細めて、口を隠して笑う上品な笑み。山猫のように笑っている。俺が誰よりも好きになるかわいさだらけな笑顔だ。

 

 

「牛さんは恋愛対象にはなりませーん」

 

 

 かわいいだけで済まないみくる先輩の主張だった。

 

 

 

 

 +

 

 

「あら、みくるちゃん。それ入れるの?」

 

「はい、テレビでちょっと入れると良いって出てまして」

 

「みくるー、これも入れないかい!?」

 

「なんです、それ」

 

「バルサミコ酢さ!!」

 

「これにかけるといい」

 

「おー流石、有希っこ! フルーツポンチにかけるのも乙だね!!」

 

 

 

 賑やかだ。姦しいともいう。我らが団長と女子団員&顧問様は楽しまれているようだ。ちょっとした回復祝いなのもあるだろう。団長様の舌を満足させられるといいな。

 

 

「玉ねぎがぁっ! この玉ねぎ野郎がぁあ!!」

 

「だから鼻ティッシュもいるよって言ったのに」

 

「料理中に芸人になる奴いるわけないだろが」

 

「ゴーグルだけでは玉ねぎからの攻撃は防御しきれないんですよ、キョンくん」

 

「鼻にティッシュをシューッ!」

 

「超エキサイティングッしない!!」

 

「永遠に泣き続けるけどいいのか?」

 

「俺は俺の道を行くんだ、シャドー邪魔するな」

 

「だってー古泉、フードプロセッサー俺達で独占しようぜー」

 

「あいさっ」

 

「……っぬわぁぁあぁぁあぁ!!」

 

 

 玉ねぎのみじん切りでボロボロの幼馴染。使うのかな、と思って一個渡そうと思ったけどいいみたいだ。玉ねぎはね、犬猫にも毒だけど人間にも攻撃してくるんだよね。新玉ねぎとかすげー好きだけど、あいつら切断された途端猛反撃してくるから怖いよ。目も鼻も蹂躙してくるの怖すぎ。

 

 学校の調理室を使ってお料理作り。ちょっとした風邪から復帰したハルヒの発案だ。材料はハルヒのカツアゲ、もといお願いで頂いたり、鶴屋さんが持ってきてくれたり、俺達SOS団団員達が買い込んだもの、俺が買ったものだけ念入りに検品されたのは大変失礼に思った。ただのマスタードソースにまで、なんでそんな警戒すんだよ。ハルヒも睨まないでくれよ。ハバネロぐらいは許されるべきだろうに。ジョロキアじゃないからいいだろうに。ハバネロは安全圏にいんでしょ。

 

 なので、味付けを任せてくれない。幼馴染や古泉や傍で監視組、それとなく警戒態勢の長門が許してくれない。俺は面白い変なものが好きであって、皆に嫌がらせがしたいなんて考えていないのに、大変失礼に感じる。

 

 

「古泉はハンバーグになにかける派? 幼馴染ん家は○ケモンの所為でケチャップオンリー」

 

「個人情報漏洩止めろ」

 

「僕もケチャップです。目玉焼きなんてのも乗っけて更に」

 

「あー、いいなーそれ。今度頼んどこ」

 

「妹ちゃんの旗の厳選がまた始まるな」

 

「お子様ランチのみたいなのですか?」

 

「そー、最近は……。──、なんだった?」

 

 

 幼馴染の努力の成果の玉ねぎどもをひき肉に混ぜ込んで、更に空気抜きとかしていく。作り方は古泉先生が教えてくれます。大きさバラバラでもとてもお優しいです。ちょっと変形型にしても怒らないです。あとで普通の小判型に成型させられましたけど。

 

 

「最新は動物系だな。ほら、座禅くんでるおサルのとか見たろ?」

 

「あー、動物シリーズか。一巡ぐらいした?」

 

「この前は……蛇の串焼きを食べてる狸だったな」

 

「実際に狸って蛇食べますよ」

 

「まじかよ。ぽんぽこしてる場合じゃねぇじゃん」

 

「妹ちゃん真似した?」

 

「親と一緒に叱った」

 

 

 どこかの○ブリで出てたイモリの黒焼きとかで同じこと俺もしようとしたなぁ。幼馴染も一緒に叱る側にいたの、未だに疑問が残るよ。お前も食べてみたいって言ったじゃんか。

 

 

「シャドー、ちょっとー!!」

 

「あいあいさー!」

 

 

 団長様からお呼び出しだった。幼馴染と古泉が道場とか色々服んだ視線を送ってくる。心配なんていらんのよ。多分ね。

 

 

「お呼びでございますか」

 

「そうよ」

 

 

 団長様には身長は勝っている。が、僅かにもそれで勝ち誇っていると、笑顔でミジンコ並みに小さくなるようお星さまにお願いするわよ、とか威圧をされる。なので、全力で下手に出る。団長様のお願いなんて絶対叶っちゃうものだからやめておくれよ。

 

 

「みくるちゃんの集中切れてるから構ったげなさい」

 

「涼宮さん!!」

 

「はい、喜んで!!」

 

「シャドーくん!!」

 

 

 まぁ、愛らしくもちらちらこっちを見ていたのは知っていたけども。ハルヒも丸ごとそういうのも観察していたとは恐れ入る。かわいいからちらちら見てくれるの嬉しいけど、怪我とかしたら俺も嫌だしね。

 

 

「湯煎するのも泡立てるのも、根気と集中力がモノを言うんだから。それがゼロな人はあっち行きなさい」

 

 

 確かにそうだ。みくるさんのお家で一緒に頑張っていたものの、泡立てマシーンを酷使しても疲労はする。チョコとかバターの湯煎も割と気を遣うんだもんな。しゃびしゃびになったらもう俺が飲み込むしかなくなるんだから。百グラムのバターをシャビってしまった時、みくるさんもどうしようってなったよね。ボウルって底が丸いから不安定すぎるんだ。

 

 ちょっと慌てていたけど端の方に行く間に大人しくなっていた。しゅんとしおらしくなったわけじゃない。してやったりを頑張って隠そうとしているからだ。

 

 

「ほい」

 

「ありがと」

 

 

 紙パックのジュースを渡す。いつものように、受け取った瞬間ちょっと警戒してそれをよく観察した。悪戯心がある時ない時かまわずでジョーク品を渡していたからだ。勿論、クソまず味とか○味ビーンズのハズㇾどもみたいなのではない。パックに書かれている味とは違う味付けのをよく渡していたりした。ストロベリーと大きく書いてあるのに梅ジュースとかね。ちっさいとこにホントは梅ジュースとか書いてあるから表示法違反とかにはならないよ。

 

 

「これはイチゴです」

 

「……うん、イチゴのだ」

 

 

 This is TOM. No,this is pen.  の直訳みたいな会話になっていた。あれもなんでペンとトム間違えたんだろう。ペンが人間に見えるってすごいよね。トムってそんなにペンに似てるのかな。棒人間ってことなの? イマジナリーフレンドだったの、トムって。

 

 

「シャドーくんの方が悪いのに」

 

「はて、悪いことした心当たりなんてないんだけど?」

 

「いらない調味料とか持ってきたよね」

 

「○人のふりかけは禁止されていないはず」

 

「お米使わないでしょ、今日は」

 

「味変でハンバーグにかけたりするよ、うちだと」

 

「修行させなきゃ……、普通に食べるっていう修業をさせなきゃ……」

 

 

 確かに今日の主食はパンだ。フランスパン祭りだ。鶴屋先輩が御贔屓するパン屋さんのフランスパンたち。こっそり幼馴染と味見してみたが、高いは美味いを理解させられた。噛めば噛むほど甘みを中心にしたうま味が襲う。それをさらに感じさせるように焼けた小麦のいい香りと、ちゃんと味わわせてやると言わんばかりの楽しい歯ごたえ。鬱陶しくならないくらいの香しさ、顎を破壊しない程度の歯ごたえ、甘みとうま味の暴虐さ。スーパーにある食パンたちじゃ勝てるわけがない。アレもアレで美味しいけど、ピーナッツバターやジャムがあってこその美味さだ。このフランスパン達は違う。単体ですべてのスーパー陳列パンを駆逐する。あんこになんか頼ってんじゃねぇ、と言わんばかりにスーパーのアンパン以上の甘みとうま味が顕在するんだ。勝てぬ。

 

 

「でもチラチラ見すぎてたのは事実じゃん?」

 

「それは、シャドーくんの所為なのに?」

 

「そんな気にする? ハンバーグ作ってるだけなんだけど?」

 

「作る前にあたしにあんなこと言うからー!!」

 

 

 萌え萌えキュンとかやってなかったけども。

 

 

「”愛情込めて作るね”なんて言うからー……っ!!」

 

「みくるさんも言うじゃん、一緒に作る時」

 

「他の人の前で言うから~なの!!」

 

「習慣になってしまったので、修行により」

 

「……んーっんん!!」

 

 

 拗ねてるけど嬉しそう。顔はそっぽ向かれてしまっているけど、そういう雰囲気なんてよく分かる。みくるさんちでお菓子とか一緒に作る時もこんな感じなんだし。砂糖とかの分量計る時も、オーブンのとか温度設定の時も、焼き上がりとか出来上がりの時だってこんな感じだ。おいしくなるといいねって言うと、愛情込めてるから美味しいだけだよってちょっと拗ねて言い返すくせに顔はニコニコしてたりするんだから。

 

 

「ま、誰かに作る料理って基本愛情入れるもんなんでしょ? みくるさん師範も言ってたじゃないか」

 

「言ったよ。言いましたよ。そういう修行だったから」

 

「修行の成果を出してやりますよ」

 

「時と場合があるんだから……」

 

「あんな感じに?」

 

 

 紙パックを持ってない方で頬を突いてあげて、そのまま向こうを指さす。

 

 

「キョン―、あたしのチーズ入れといてー」

 

「はいはい」

 

「高いやつよ」

 

「わかってるわかってる」

 

 

 幼馴染を見てハルヒも見ておく。いつも通りの他愛ない感じだけど、微笑ましさまみれで困ってしまう。同じように見ていたみくるさんと目が合った。

 

 あの顔だ。女性らしく上品で、女性らしく小悪魔的で、女性らしく綺麗なあの微笑み。誰よりも女性らしく、どんな男を惹き吊り混ませる、とても綺麗なお顔。目を三日月に細めて、口を隠して笑う上品な笑み。山猫のようなあの微笑み。

 

 間違いなく幼馴染とハルヒに向けていた。

 

 それも俺と目が合うと別物に変わる。好きが抑えられないっていうかわいくってたまらない、どうにも好きだらけになる満面の笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 ++

 

 

「理不尽すぎん……?」

 

 

 案の定、俺もカツアゲされていた。ご飯は美味しかった。フランスの有名店で修行してきた人のパンとか美味すぎて笑ったよ。流石鶴屋先輩、お嬢様だ。ご近所パン屋では味わえない段違いな美味さだった。ご近所パン屋も美味いっちゃ美味いけど、ちょっと贅沢な美味しいパンを食べたいときは寄らない。なるべく普通に美味しいのがご近所パン屋の売りだ。お値段も有り難いので重宝する。ちょっと残念な感じに似てない○ンパンマンシリーズも重宝している。妹ちゃんが喜ぶんだ。

 

 

「完コピした萌え萌えキュンやったのに……」

 

「アレンジしちゃったからだね」

 

「○ツケンサンバは全国民に愛されてるのに……」

 

「結構シリーズあるよね。どれぐらい続くんだろ」

 

「ロー○十三章超えそう」

 

「サンバってそんな続くものだっけ」

 

 

 親戚の披露宴で舞った萌え萌えキュンと○ツケンサンバを悪魔合体したダンスは気に入らなかったらしい。披露宴に来てくださった方は爆笑の嵐だったのに、何故だ。一緒に踊った他の親戚もしばらくチヤホヤされていたのに、どうしてだろう。

 

 永遠の疑問を抱きつつ、部室の隠し棚から、スナック系やチョコ系のものを引っ張り出す。パッケージやら何やらにはスリーナインや、小数点があるのに全然四捨五入しないで無限に続いていたり、何故か数字の前にマイナスがついていたりする。本当に秘蔵だったのに、団長様に献上するしかないなんて切ないなぁ。頑張って保冷とか効くお高い保存箱にしまっていたのになぁ。

 

 

「これ、チョコなのに辛いの?」

 

「ワサビ的なツーン型、それ」

 

「これは……ビーンズって書いてあるけど痺れる酸味って」

 

「それは……食べたらしばらく味分かんなくなる系だったかな」

 

「わぁ……」

 

 

 みくるさんが渡してくれた袋に、賞味期限を確認しつつ入れていく。みくるさんも同じように確認してくれるので助かる。

 

 

「どこで買うの、こういうの?」

 

「ネットサーフィンとか親戚からとか、ネトゲの人からオススメ聞いて」

 

「ちゃんと食べられるんだよね?」

 

「サルミアッキなんかも食品だから、イケルイケル」

 

「あれはお薬だから」

 

「コー○も風邪の時いいらしいしねー」

 

「コー○の会社の人が名誉棄損で訴えてきそう」

 

 

 あれも元はお薬。ペンバートン氏っていう薬剤師さんが、風邪に効くお薬として販売してらしい。当時も嗜好品じゃなくて風邪薬として飲まれてたようだし。海外では風邪にはコー○は当たり前だとか。ま、治るかもしれないねっていうぐらいだけどさ。未だに風邪の特効薬なんてないんだもの。

 

 十ちょっと個ぐらいあればいかな。袋にそれだけ詰めても軽い軽い。みくるさんの肩こりの種にもならないだろう。俺は袋を抱えて、すでに立ち上がっていたみくるさんを見上げる。

 

 

「もういいの?」

 

「もうよくしないと俺の楽しみ消えちゃう」

 

「お菓子を食べたいなら言ってくれればいいのに」

 

「これは別枠というか、別腹というか」

 

 

 女の子には誰にでも搭載されている別腹は俺にもある。みくるさんのお菓子は美味しい。ケーキも美味い、クッキーも美味い、スコーンも美味い。全部美味い。愛情を込められているから殊更美味いもんだ。入れてくれるお茶もお菓子に合わせて色々変えてくれるから、更に更に美味い。美味くて幸せ、可愛い彼女がニコニコしてくれるからずっと幸せ。スーパーハッピーだ。

 

 けど、たまに。たまには、自分の口を滅ぼしたくなる時が来るから。美味しいものを食べるとハッピーだ。だが、そのハッピーも何かしら積み重ねた上でもっと真摯に感じるべきものだ。だから、愉快な方特化のお菓子を喰らいたくなる。純粋に美味しいとは言えない、純粋にオススメなんてできない、純粋に定期購入などしたくない。そんなもの達をたまには喰らいたくなるもんだ。だって、男の子だもん。ラーメンとチャーハンと餃子はいつもセットでないと嫌なんだもん

 

 

「もー、……いこ?」

 

 

 片方の持ち手を持たれる。同じように俺も逆の方を持った。子供が出来たらこういうふうに歩くのかな、なんて考えた。

 

 

「美味しいのじゃダメなの?」

 

「たまには美味しくないので口を滅ぼしたくなるから」

 

「あたしと作ったのだけじゃダメなの?」

 

「そういう美味しいもんのために口滅ぼさんと」

 

「もー! 今度のシュークリームの時ワサビ入れちゃうんだから」

 

「それ前に自爆したことなかった?」

 

「あ、そうだ。なんであたしが食べることになるの、シャドーくんのためにやったのに!」

 

 

 たまにサプライズもされる。今のところ八回中五回ぐらいはみくるさん自身当たりを引いてしまっている。プリン一個ずつだったり、クッキーほどの小さめがたくさんだったりを二人で食べてヒーハーすることもある。お昼ご飯の後のお楽しみだ。サプライズがあるなしに関わらずお楽しみなんだ。直前で、サプライズですって言っちゃうから自分で当たりを引いちゃうんだと思うけど、その様子もとてもかわいいので言わない。

 

 サプライズされる日は決まっているから、俺も色々察するんだから。

 

 

「一つだけカラメルソースじゃないよって言ったの、自分で引いてたね」

 

「ちゃんと食べられるものだけど、甘いだけのお菓子が好きなのに……」

 

「すごく美味しかったよ、サプライズのも」

 

「シャドーくんの味覚は信用できないから」

 

「俺の彼女が辛辣すぎる……」

 

 

 いつも愛情モリモリのお弁当美味しいって言ってるのに、それも信用されてなかったんか。でも、ニッコニッコだったけどなぁ。嬉しくて喜んでいるだけに見えてたけどなぁ。定期的に口を滅ぼしてるから信用ないのか。けどさ、必要なことなんだからしょうがないじゃん。

 

 

「相変わらず、かわいいって言われるのも信用できないよ」

 

 

 俺が言う言葉だ。

 

 

「かわいいって他の人に言われるの、嫌だなー」

 

 

 俺が言う言葉だ。

 

 

「シャドーくん」

 

 

 みくるさんが自分の持ち手の方を引っ張る。意外なことに力が強くて俺はぐらついた。みくるさんを巻き込んで転んでしまいそうになる。慌てて、空いている方の手を壁について阻止した。

 

 みくるさんを追い詰める形になっている。俺の手でみくるさんを追い詰めている形になってしまっている。それは、間違いなく悪手だった。だというのに、みくるさんはそんな俺の手に自分の手を重ねて頬ずりなんてしちゃっている。猫が忍び寄るように、猫が甘えるように、近寄ることができてしまっている。

 

 

「またかわいいって言われたね」

 

 

 俺がまた言われた言葉だった。サプライズする前日にみくるさんの耳に入ってしまうことだった。クラスメイト達のかわいいは、好きって意味じゃないって分かっている。みくるさんもそうだ。それでもサプライズとしてお仕置きを込めるのをやめない。俺もそれを咎めたり止めてくれと頼んだことはない。まだ信用が足りないからだ。

 

 今日もそうサプライズされる日だった。その前の日はみくるさんの信用を無くす日だった。俺を好きじゃなくなる日、俺を嫌いでいる日だ。

 

 俺は今、みくるさんに嫌われている。

 

 

「あーん、するね」

 

 

 俺は荷物を落とした。みくるさんも持っていないんだから、床に落ちる。中身が大変なことに、なんて気にせず言われるまま口を開けた。山猫が舌なめずりするような気配を感じる。目の前の人からそんな気配を感じる。味わってあげるねという優し気配だった。

 

 口に入れられたのはマシュマロだ。野暮ったい食感に一瞬眉を顰める。それにみくるさんが笑った。女性らしく上品で、女性らしく小悪魔的で、女性らしく綺麗なあの微笑み。

 

 

「はい、あーん」

 

 

 次々とマシュマロを口に入れられた。五個ほど口に入れられて食べ終わると、にこりとみくるさんが笑った。誰よりも女性らしく、どんな男を惹き吊り混ませる、とても綺麗なお顔。

 

 

「ね、言って」

 

 

 目を三日月に細めて、口を隠して笑う上品な笑み。山猫のようなあの微笑み。俺を味わってあげるねと優しく誘惑する、好きな女の子の微笑だ。

 

 

「俺が好きって言うのは、みくるさんだけ」

 

「えー、信用できないなー」

 

「好きなのはみくるさんだけだよ」

 

「ふふ、信用が足らないかな?」

 

 

 嫌われている。間違いなく嫌われている。拗ねてるけど嬉しそう。顔はそっぽ向かれてしまっているけど、そういう雰囲気なんてよく分かる。それでも、今だけは間違いなく俺は嫌われている。

 

 

「俺はみくるさんにだけかわいいって思ってる」

 

「信用できませーん!」

 

「好きだよ、誰よりもみくるさんが」

 

「まだまだ信用がないかなー?」

 

「みくるさんが好きだ」

 

「ふふふ、まーだだよー?」

 

 

 どんな女の子よりもずっとかわいくて、どんな女の子よりもすごく愛らしくて、どんな女の子よりもずるすぎるくらいに好きな顔だ。かわいくて愛しくて好きだ。こういうやり取りでも、それは全く変わらない。むしろずっとずっとかわいくて困っている。すごくすごく愛らしくて参っている、誰かと比べようもないくらい好きだった。

 

 

「あたしはね」

 

 

 これから言われる言葉は知っている。勘違いでも間違いでもなく、みくるさんの本当の告白だ。裏を読む必要のない。ただの告白をするんだろう。身構える気も起きず真に受けるんだ。

 

 

「シャドーくんが好き」

 

 

 そっぽ向いてた顔を戻して告白してくれる。山猫のようなあの微笑み、では決してない。

 

 これは。

 

 ……いつか必ず好きになってもらうよ、みくるさん。

 

 

 

 ─goodend レインコートの脱ぎ方をうさちゃんは忘れてしまったようです─

 




グッドエンドです




ハッピーエンドは自サイトの方で読めます。(ゲームブック方式です)読みたい方は私のユーザーページのリンクからお飛びください。

どれぐらいのヒロイン数がいい

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