型月(FGO)のぐだ子・マシュ・ジャンヌ・沖田総司・清姫のハーレムの完結編です。もう続きはありません。
ぐだ子の名前は、藤丸立香です。
主人公の名前はリクエストして下さった方のお名前をお借りしています。
主人公の名前:シャドー・ノルドマン
心身ともに心地よいと感じる空間。なんとも居心地が良すぎて、現実に帰るのが億劫になって少々困ってしまう。
北欧神話の主神オーディンの正妻とされるフリッグが、
ここ最近では、いい依り代を探しているらしいが、なかなかピンとくるものがないらしいことを、シャドーが聞き惚れて頭が痺れるほどの美しい声で語る。シャドーが苦手な長々とした話だ。元来、女性というのは話し好きである。親しい仲でもそうでなくても、長々と有意義でない時間を気軽に過ごすものだ。フリッグもそうであるらしい。同じような内容を、さも含蓄のあるものであるかのように語っていたり、人間では理解しきれない高度な優れた詩歌のようであったり、はたまた一言一句全て聞き逃せないほど心に迫るスピーチであったりした。
そんじょそこらの小賢しい女の話口ではない。全て聞いた。聞き惚れていた。無礼にも、次はどうなのだろうと期待してしまうほどに熱中していたのだ。内容的には目新しいことはない。どのように華麗に音を奏でようが、内容に変化などない。普段のシャドーでも、シャドーでないものも、勘弁してほしいものであるのだ。普通のものであるならば。
だが、かの方は、どのような存在であるか。最高位の女神だ。夫であるオーディンに匹敵する知恵と洞察力をもつ女神。結局は失ってしまったが、息子バルドルのために、世界中の万物に不可侵の誓いを立てさせるほどの強き母性を持つ女神である。
そのような女神が、シャドーのために動いて下さる。なんという勿体なき贅沢だろう。
嬉しきことだ。実に嬉しきことではないか。単純に嬉しさがある。ベラベラ語ることは不敬でしかない。嬉しいのだ、とても。嬉しいに決まっている、シャドーが自身を曲げてしまうほど。故に、この溢れんばかりの嬉しさが、フリッグに伝わることを恐れてしまう。
シャドーという存在が、まだ半分は人間の身である存在が、より許されてしまうのではないか。
このような待遇をされていることも大分まずい。喩えようもなく豪華な場所である、フリッグの宮殿、フェンサリルに招待されてしまうのも時間の問題である。それは、まずい。神に認められしまう。たとえ、残りの人間性を失くし、神として完成されたとしても、まずいものだ。バルドルの子にして、フリッグの孫であるアースガルズ中でも最も賢明で雄弁な神、司法神フォセルティすら、偏った判決をするだろう。かの悪神の受けた蛇の毒液を受ける以上の刑でも、漬けられる程度でも済まないほどの正当な刑を受けるはずだ。
だけれど、そのようなことはどうでもよい。フリッグはそれを許容しようとはしないのだ。母性と愛を守護する女神であるフリッグは、彼女以外にとってはいくら正しい道理であろうと、蝶が羽を休めそうなほど綺麗な髪を振り乱してまで否定し続けるだろう。
シャドーのために。そのシャドーが愛した者達のために。
愛子であるシャドーのことは当たり前だが、彼が愛した者達は何故か。簡単に言おう。結局はシャドーのためだ。
“シャドーが愛したことを後悔させないようにするため”だ。
シャドーの愛するという行動が、フリッグはとてもお気に入りなのだ。人間という枠組みで言えば、ありえないほど大きな愛をシャドーは持っている。どれほど上手く飾り立てようと、シャドーの愛は“気色悪い”。
いつまでも感じていたい熱などありはしない。火傷をするだけならまだしも、大火事になるほどの熱量をもって襲い掛かることもある。愛とは燃えるものだ。燃え盛るものだ。シャドーもそうである。破滅願望を極めた愚か者だ。自分を薪にして自分ごと燃え盛るなど、愚か者以外の何物でもない。間違いなく、気色悪いものだ。
であるからこそ、正しくシャドーは人間として優れている、といえた。
北欧神話において、生命の始まりの一つである火。それを人間レベルに当てはめて、上手く扱えているのがシャドーだ。他の人間は誰も彼も下手くそである。鷲の巨人であるフレースヴェルグが、思わず風を起こして少しだけ火の勢いをあげたくなるほど下手くそだ。
シャドーは愛を言い訳には使う気がない。
他は言い訳にして傷つけ傷つく。なんとも耳に良い言葉を並べ立てては、相手も自分もひどく苦しむ。ボロボロになって、立つこともままならなくなるほど疲れ切ることは当たり前。心が擦り切れ、泣くこともできないほどに壊れてしまう無惨な様。そして、そのような様を見て、群衆は、愛とは素晴らしい、と高らかに叫んでいる。
愚かではないか。愛というものは、燃え尽きた灰だと叫んでいるのだから。しかも、その灰を雑に撒き捨てては、誇らし気に、愛は素晴らしい、と。
愛とは燃えるものだ。燃え盛るものだ。灰ではない。燃え尽きるものではない。
愛を願いながら力をふるう。愛ゆえに足を引っ張る。愛がため目を失う。いくつも暗い影を落とすものだった。決して晴れることはない闇に覆われるものがあった。何年も、世紀が幾度変わろうと、燃え尽きたものを愛だと間違え続けている。
そのような愚かなる者達、人間。その人間を、シャドーは、間違いなく愛している。
真摯に愛を持ち続けた。愛とは、燃えるものであると。愛とは、燃え盛るものであると。
愛とは、深い思考などしなくても良いものである。愛というものは、言い訳にできるものではないのである。
愛してほしいから愛しているのではない。
シャドー・ノルドマンが愛するというのなら、こうするのだ。愛しているよ、と空に放る。特定の誰かにではなく、限定的なものでもなく。無形であり、無造作であって、取りこぼすことを厭わない愛し方だ。愛され方もほぼ同じである。好きにする、好きにしろ、というものなのだ。
押しつけはしない。求めもしない。火の扱いに慣れている。
そのようなだからこそ、シャドーは許されていい存在ではない。きっと、彼が神として位を持ってしまったなら、世界は燃えるだろう。人間の住む領域では留まらず、九つの世界をすべて燃やすだろう。シャドーが神となったら、彼はやっと、全力をもってみんなと愛せるだろうから。
過日の【人間として頂点で在った】シャドーの献身と、折節の【不可能を可能にする半端者】シャドーの雄姿を、薪にして全てと燃え盛るだろう。
これは、悪神だ。紛うなき悪神だ。
このようなことはフリッグは予言できている。彼女も燃えることになる可能性もあるのだ。であるが、それがどうしたと、かの女神は優しく母の顔で微笑むのだ。愛子のためならば、構わないのだろう。小さな命が、心の底から叶えたいことを為せるのだ。嬉しきことだと信じて下さっている。
こうして見守って下さる女神に不敬などできやしないではないか。とても、とても、嬉しきことだ。
その思いで、なんとか苦労してお花見をしようというだけになった。花を愛でるのは女神もお好きであろうから。
「お花見なら、お団子、だよね。沖田さん!」
「緑茶あるんですかねぇ。紅茶もいいですけど、お団子といったら濃い緑茶ですよ」
「桜餅ははんごろし派? それともみなごろし派?」
「おいしいならどっちもOKですよ」
「じゃあ、味噌餡はあり派?」
「時と場合によりますねぇ」
庶民系日本人ズは花より団子であった。立香と沖田は、日本の様々な茶菓子を思い浮かべながら、それに合うお茶が出てくることに期待している。ちょっとの空腹でも毒であるのだから、満足なら世界を救えるだろう。
「きっと素敵な桜が見られるんでしょうね、清姫さん」
「そうですね。ですが、枝垂桜はあまり見たくありませんね」
「桜、といばソメイヨシノですよね。どれもこれも桜は綺麗ですが、山桜もいいものだとか」
「えぇ、“吉野の桜”といえば本来、山桜のことを指しますから」
「そうなんですか。何年たっても美しく咲き誇る桜は素敵ですね」
ふふふ、と華やかな乙女らしくお花の話で盛り上がるのは、ジャンヌと清姫である。元は、農夫の娘と貴族の娘で教養の差があるが、感じ入るものに差はないのだろう。花の散り頃に思いをはせる横顔は、やはり女である。
「枝垂桜の花言葉は“ごまかし”。山桜の花言葉は“あなたに微笑む”」
「フランスでの桜の花言葉は“私を忘れないで”」
「さくら味といわれるクマリンは外敵から身を守る物質なんですよね、シャドーさん」
「人間の口に入りながらも、まだ花開くというのは生存競争に勝っているということだろうな」
ほんわかと和やかに笑うのはシャドーとマシュだ。濃い話のような薄味にしたいような話。深く突っ込むと底なし沼、浅く踏み込んでも地雷なので、順当に生きていたいのなら、上手く乗るしかない。
普通の女の子の体力しかないものなどいやしないのだ。乙女パワーは無限大。乗らざるを得ない、このビッグウェーブに。大人しく藻屑となるしかない。肉も骨も余さず溶けることを求められている。もうどろどろねばねばと、嚥下するのが果てなく困難であろうと、普通の女の子なぞおらんのだ、ここには。
男と女達。ライオンはメス達が狩りをする。狩りというものは、強者の立場でしか行えない。獲物は抵抗むなしく食われる定め。集団を組み確実に獲物を食らうのだ。シャドーたちは人間の形をしているが、どうせ枠組みは動物で括れるものだ。どれだけ知性があろうと、抱くものは知性だけでは決して為しえはしない。今も続く人類史でも、種と畑は必ずある。
悲しいまでに、人生とはクソゲーである。
「もうそろそろか」
シャドーだけはそのようなことなど考えもせず、シャドーの特性の一つである【世渡】で、とある空間に六人はいる。【世渡】はレイシフトなしで異世界を自由に行き来することが可能なものだ。基本的に多用するものでもないし常用するものでもない。今回は、花見をするための場所へ行くためである。
フリッグとの戯れの場は、かの女神が愛子であるシャドーとの歓談のためだけのもの。そこに行くためには用いないし、今回はそこに行くためではない。ただの人間である藤丸立香は勿論のこと、サーヴァントである彼女らのためにも、場所のランクを下げねばならないのだ。フリッグと会うより前に、彼女たちが耐えられる場所が必要なのである。神自体の存在感は言わずもがな、かの方々おわす場所も凄まじいのだ。ランクを下げねば霊核が消し飛んでいく。本来ならば、女神が彼女らに合わす必要などどこにもない。シャドーが目を掛けているからこそ、そのような場を提供して下さっているのだ。
それでも花見の場へ直行すると、文字通り消し飛んでしまう。だから、【世渡】である程度慣らし、目的の場でも大丈夫なようにしている。
「シャドー様御一行ですね。私は貴方達を迎えに来たものです」
静かな声。けれど、耳に軽く残る音。声域では、メゾソプラノであるだろう。心持ち、頭が痺れる。
「こちらへ」
突如、二つに分かれさせられた。シャドーと女性たちで分断される。女性たちが何か言っている様子はあるが、声は聞こえない。
「どういうつもりか、聞いても?」
一つの抵抗もしてはならない。相手は神だ。シャドーはフリッグに目を掛けられているとはいえ、他の神、かの女神の侍女が同じようではない。
「心に厚化粧をしたままでは不敬です。神にも貴方達の中だけであっても、そうでしょう?」
シャドーは笑う。思惑が分かったのだ。女達は困惑する。何がどうなっているのか分からないのだ。
「分かった。おやりになるといい」
シャドーは愛しい女達に背を向け、目の前にいる美しい女の形をした者に両手を広げて迎えた。頭でも心臓でも容易く食い潰せるように。そのような果断な行動を見ると、ベール越しにとても楽しそうに笑った。新しいおもちゃをもらった子供のような、純真で邪悪な笑みであった。楽し気に指を振るう。間違いなく北欧ルーン文字である。何かを描くが、わざとであろう、複雑にされギリギリ読み取れない。
それを見届けると、どこかに落とされる。体はひどく重く、指の感覚すら曖昧になり、頭がぼやけていく。
シャドーは沈む意識の中で思いを馳せる。かの方のお遊びに付き合うのはどうでもいい。けれど、どうか。願わくば、愛おしき彼女たちが心から痛んでくれることを。
ふと目が覚めた。視界に入るものは形を持たない。
だけれど、視覚が捉えた刺激に瞼を閉じそうになる。強烈な光によってのものではない。眼球と視神経を物理的でない何かが攻撃している。【英霊転身システム】の一部を使うべきかと悩む。しかし、結局使えるものではないことを悟る。そのようなズルは面白くないのだろう。重くズキズキする目をなんとか活用する。失明するかもしれないと思うが、しょうがないと諦めよう。細胞さえあればどうとでもなる。
認知機能が上がって捉えたものは、青い世界だった。少しづつ取り戻していく感覚が、水の中にいるのだ、と情報を寄こす。手足を動かそうが手ごたえはない。声として出そうとする口に水のような何かが流れ込み、発声すら許されない。溺死するのでは、と脳が混乱するが、呼吸はできるし、肺にも胃にもそれは溜まらない。
ただ何もできないのだ。そのことに少々困る。すでに時間の感覚すらわからなくなっている。これでは、ただの遊び飽きられたおもちゃではないですか。
そのようなことを心の中で伝えると、青い世界に何か小さいものがヒラヒラ沈んできた。一つきりではなく、いくつもいくつも沈んでくる。その正体は何かと見ると、花のようだ。何の花かは分からない。地球上に存在する花はおおよそ知っているが、これはなにか分からない。一見枯れているように見えるからかもしれない。けれど、それは枯れているのではない。草花の水分を抜いて作る乾燥させたもの、ドライフラワーであると分かる。それは一種類だけではないようだ。たくさんの乾燥した花びらがやってくる。この水のような世界の中に来ても、生気豊かな状態にはならない。もうすでに飾り物であるのだ。
それをもって、どうしてやろうか、と考えていると、青い水の世界に花びらでもないものが見え始める。見慣れた愛らしいものだ。
清姫が、花びらを一つずつ丁寧にちぎって喜んでいる。疑いようもなく喜んでいた。あどけない童女のようでありながら、遊びの激しい女人のようである。焼け殺されようとも疑わなくてはならないものであった。
「あなたへの愛はなんなのでしょう」
こちらに語り掛けてはいない。清姫自身に語り掛けているのだろう。どうしたいのかわからないようだ。
「あなたへの愛はどうなのでしょうね」
こちらが何かしら信号を発してみようとあがくが、何もできていない。まだ、出番ではないようだ。清姫は花びらの一つをまた沈めてくる。
「あなたへの愛はないのでしょうか」
まだのようだ。清姫は、花びらのなくなった花だったものに笑みを向ける。飾り物に生気はない。
「あなたへの愛を知ってしまっていいのか」
俺のところまでやってきた花びらは留まらず、俺より下へ下へと沈んでいく。飾り物に用はないのだ。
「もうどうでもよいなんて、諦めて喜んでしまうの」
清姫は飾り物にすらならなくなったドライフラワーを、とても大事そうに胸に抱く。彼女が壊したものを大事にしている。
「ねぇ、シャドー様」
こちらの存在には気づいてはいない。一人だからこそ、化粧を取る気なのだ。
「もういいの。嘘を喰らうのはもういいの。愛なんて、本当は知りたくなんてなかったんですもの」
そう言って、清姫は喜んだ。【人間らしく喜んでいた】けれども、疑わざるをおえないものである。このあどけない可愛らしい顔は、嘘であるのだ。パチパチと燃えている火が、パタパタと消え逝くとは早すぎるではないか。
そして、青い世界が揺れる。俺が動き出せたからだ。水泳はできる。素潜りも、スキューバダイビングもやったことがある。深く沈みそうになるが、全力で清姫の所へ。上から押されているような感覚があり、なかなか清姫に近づけない。この正体は、分かっている。清姫がしているのだ。本人だけのチカラではないが、基礎は清姫のもの。
【人間】清姫が、彼女の持つシャドー・ノルドマンへの愛を攻撃する、薄明るい狂喜。俺を害さず、清姫自身を害す行い。致命傷を負う自傷行為であった。
それを清姫が自ら望んで敢行している。であるから、俺を強く拒む。障子のように薄いくせに、開けることを拒んでいる。
ならば、それでもいいと、ちゃんと無垢に伝えてやりたい。他になにも思うことはないのなら、そうするといい、と。清姫は愛したものに袖にされた過去がある。愛に狂いたくなる年頃にそんなことをされれば、愛など諦めたくもなるだろう。その苦しみに苛まれ続けてることが辛すぎるというのなら、俺も諦めて清姫の喜ぶ様を遠くにしていよう。辛くない程度に逃す気がない鋭さを丸めてしまえ。俺は辛すぎて必ず泣き狂うだろうが。
淑女らしい奥ゆかしさと綺麗に崩したような熱を持った清姫と愛を知る時間は、いつも時が過ぎるのをあっという間に感じたほどの、喜ばしいものだった。清姫との時間は喜びに満ちていた。けども、そう思わなくなろう。言い訳をしてまで愛してやりたい気持ちを押し殺す。自ら首を引き裂いたいほどの苦しみがあるが、そうしよう。
心が割れるほどに辛いけれど。二度と、清姫を愛しはしない。
ただし、“清姫が実態無き情念を覚えていなければ”の話だ。
かの神らしいやり口に、首の筋肉が勝手に痙攣する。清姫が愛を知るために行ったものを、しっかりと思い出させる。皮膚を清姫が突き破る感覚、清姫に肉を貪られる感覚、流れ落ちる血が清姫とともになる感覚。清姫はこれによって愛することに喜びを感じれるようになった。愛せるのなら愛したい願望が叶えられて本当に良かったと、俺も喜んでいたことを知っていただろうに。これだけでも清姫が喜ぶことを知れて、俺はとても喜んでいたのだ。清姫は、ちゃんと愛を知ろうとしていたのだ。俺が清姫のことを愛しいと感じていたことを、頑張って知ろうとしていたではないか。嘘が怖い、嘘が怖いと怯えながらも、今まで努力しながら知ろうとしたではないか。
そうだからこそ、“愛したことはどうしようもない嘘であるなどと、清姫には否定させやしない”
「清姫」
青い世界で、強く発声する。【愛しい人間】清姫のために。泡が出てくるだけで、清姫に届いているのか分からない。
「愛を知るのが怖いか? 愛がどうあっても怖いのか?」
怒声にならない程度に発声する。清姫に届かせるためだけれど、心を割るものではないから。
「愛とは、どうしようもなく怖いものだ」
事実を伝える。愛とは、とてもとても怖いものだ。
「愛を持ってしまえば失う悍ましさに身が竦む。愛を捨てようとすれば渇きに手足が動かなくなる」
愛とは、視界が利かなくなるほど怖いものなのだ。
「だからこそ。俺は清姫を愛しているから、貴様を愛することができない悍ましさに気が狂いそうになる。俺は清姫を愛しているから、貴様を愛せなくなる渇きに何にもする気がなくなる。しかし、その怖さを知っているからこそ、シャドー・ノルドマンは清姫に愛を抱けるんだ」
青い世界がユラユラしてまともではなくなる。清姫の姿が見えなくなってしまう。俺の愛が届いているからこその否定によって、世界ごと押し流さそうになる。
「俺は愛を持つ者である。清姫の愛をもって恐怖を踏み倒す者である。貴様が飾り物だけであるわけがない。清姫、貴様が求めたいものは、飾りで事足りるか? そうではなかろう。貴様の実態無き情念、愛に恐怖している場合ではない。貴様は、愛することに恐怖などしやしないだろう?」
すぐ近くに泡が立つ。遠くから頑張ってやってくる。浮力によって溺れないようにしているが、溺れてもいいと手足を頑張って動かして、俺の所へ沈んできてくれる。
「清姫、貴様を愛おしいと思う者がいる。貴様は、そいつに恐怖するか」
少しだけ圧が軽くなったから、手足を総動員して近づく。顔が見えるところまできた。喜びの顔でここまで沈んできたのだ。
「怖く思っても笑いませんか」
鷹のような目と見つめ合う。チカラに屈しなくなった、少しも逃さず俺を探し求めるその喜ばしき眼から、水が流れているのが見える。この世界が終わることを教えていた。
「悪いが、笑う。顎が外れるほどに大笑いする」
「ひどい殿方ですね」
一緒に沈もうと抱き合った。
「怖くて逃げだしたいけれど、シャドー様の愛を知りとうございます」
「ちょっとだけ怖がり屋な可愛らしい清姫よ、存分に愛を知れ」
首に咬みつかれる。おざなりにしてしまった欲望を露出し、意志の弱さを克服した乱暴さで喰い荒らされる。偽善も偽悪も全て余さず暴き貪らせるのだ。青い世界に血化粧をして俺と清姫との愛をより生気豊かに飾りたたせる。それは、いつも以上に心が壊れそうなほど痛み、いつも以上に心を壊されてもいいほど喜ばしいものだった。
「あぁ…っ。シャドー様、清姫はアナタが怖く思うほど愛しております」
愛おしい清姫も、そう喜んでくれている。疑う気もないくらい、飾らない恋をする微笑ましい少女の喜びがあった。
この世界は、もう神からしても見ていいものではない。それを理解なさったのか、パチンと音が鳴った。まるで、チャンネルを変えるときの音のようであった。
首が寒い。ともに喜んでいた清姫がいないのだ。
ぼやけた嗅覚が捉えた世界さえも、先ほどとは全く違うものだった。清姫がいなくなったことに寂しい気持ちはあるが、心配はしていない。神は気まぐれだが、気に入れば贔屓なさるものだから。きっともう少しだけ悪戯されてから、目的の場所へ送られているはずだ。
呼吸をする。鼻から空気を取り入れる。それしかできない。取り入れた空気は、うまいとは決して言えないものであった。優しい香りではないし、思わず呼吸をいったん止めてしまうほどの重たさだ。口呼吸に変えようと思ったが、この世界が終わるまで、これはこのままのはずである。潔く諦めて鼻を慣らす。
灰の匂いが充満している。
諦めた世界。終わろうとする世界。かろうじて生きたものが、意義なく終わったということ。ここに足掻こうとしているものは数えられる程度。
少しだけ戻った知覚が捉えたのは、クモだ。触肢の先端に膨らみがないことから、このクモはメスなのだろう。煤けたこの灰色の世界で、彼女は巣を作るためか糸を吐いている。巣を作ったところで獲物などいないだろうに。わずかな生を本能に従って生きていた。糸を上手に獲物を抜け出せなくさせる罠として張り巡らせていく。たまにゴミが落ちてきて巣がぐちゃぐちゃになる。その箇所の糸は切り離して、彼女は巣を作り続けている。その様子を嗅覚を麻痺させて待つだけなのが現状だった。糸がぐちゃぐちゃになったおもちゃは捨てるしかない、とおっしゃっているのか。
そのようなことを心の中で浮かばせると、灰が降り出した。一見雪のようなそれは、力尽きたものだった。しんしんと降ってくる。それは彼女の巣にも積もっていく。灰をゴミと判断して巣の主が糸ごと排除していくが、止むことなしに積もっていってしまう。すぐに巣が耐えきれなくなって壊れた。主にも降り積もる。彼女は己の体に積もる灰を払っては、また巣を作ろうと糸を吐き出していく。まだ灰は止まない。繰り返しであった。
何度も彼女は糸を吐き出していく。巣を作ろうとしては完璧に出来上がる前に壊れた。彼女は諦めるということを知らないようだ。再び糸を吐き出す。また壊れる。けれど、また糸を吐く。あまりにも非情な状況に彼女が怒りを覚えないはずはない。
十九回目のチャレンジ。彼女の体力はもう限界のはずだ。ここで尽きてしまうのだろうか。今度はなかなか上手くいっている。灰が少なくなってきたのだ。よくよく嗅覚を感じてみると灰の匂いが少しだけ遠くなっている。そして、優しい香りがしてきたのだ。それで心が和むほど、嗅ぎなれた香。
「シャドー。あなたとの愛はどうすればいいのでしょうか」
農夫の娘だったからか、虫の扱いには慣れているようだ。彼女に餌を与えだした。死んだ餌ではなく元気そうな生き餌だ。彼女の巣に落とす。どうにかして逃げ出そうともがきだした餌は、それによって気づいた彼女に捕食対象として認識される。糸を絡める。餌は抜け出せない状況に陥った。もう彼女の思い通りである。
「私は、あなたと結ばれたくてたまらない」
彼女は餌にありついた。体に活力が満ちるだろう。寛容性などない。
「あなたのものになりたいんです」
彼女はそんなに大きくないので接近しやすいはずだ。寛容性などもう持たない。
「あなたを私のものにしたいんです」
決して小さくない餌だったものをかみ潰して粉々にしてしまう。寛容性が存在しなくなった。
「あなたの愛を私だけに下さいませんか」
ジャンヌはまた餌を与えだす。できるだろうに、ちょうどいいオスは渡さない。
「誰にも与えないでほしい。誰でもいいのはいやなんです」
餌は絡みつく糸から抜け出せない。彼女はもう誰も彼をも餌として受け入れるだけだ。
「でも、そうはしないのでしょう。そのままでいつづけるんでしょうね、あなたは」
彼女の本能は喰らうことしかなくなった。あまりにも怒りに満ちる出来事がありすぎたせいで、自己防御しかできなくなってしまった。自分というものだけを受け入れ続けるしかなくなってしまったのだ。
「私のシャドー」
彼女と、社会性を持つ気が無くなってしまった、ジャンヌ。彼女のように、ギリシャ語で訳された聖書で、怒りとは情熱やエネルギーと学んだ【人間】ジャンヌ・ダルク。次々に化粧が進む。
「だからこそ、あなたが持つ愛を解消しましょう。私が求めるもののために」
灰が降り注ぐ。もう彼女達は止まらない。デリケートな情熱を間違ったまま引っかけ続けるのだ。ジャンヌは怒りながら笑っているのだ。止まない情熱を凄まじいエネルギーにして、笑っている。【人間らしく怒っているのだ】しかしながら、諦めさせなければいけないものである。ごうごうと燃えるよりも、じわじわ燃える方が長くあれるのだから。
やはり、灰の世界が揺れる。俺が動き出せたからだ。呼吸しかできなかったせいで、口や鼻の中だけでなく肺や胃の中まで灰だらけだ。呼吸不全で何度も咳き込みながら、無理やり動く。鎖のようなもので束縛されているような感覚があり、思うように動けない。この鎖は、まさしくジャンヌのものだ。清姫のときと同じように、チカラを貸し与えられている。
【人間】ジャンヌ・ダルクが、シャドー・ノルドマン本人でもジャンヌ自身でもなく、シャドー・ノルドマンが持つ愛を攻撃する、華やかな嚇怒。俺もジャンヌも、誰一人として傷つけない、俺が持つ愛という概念を叩き潰す気だ。一人っきりの侵略戦争である。
ジャンヌは、孤軍であるのを分かっていながら血汗を流すことを厭わない。だからこそ、俺を認めない。香り立つほど傍に居るというのに、幻だと頑なに認めないのだ。
だけども、好きにするといいと、無防備に晒してしまいたい。認めたくないものは大なり小なり必ず存在するのだから、気が済むまで好きにするがいい、と。神を信じ、自身も血に塗れながら同胞とともに国を救った。血に塗れることに恐怖を感じることができないほど、普通の少女から変わってしまった。その中で、纏った血にどのような思いを馳せたのだろうか。きっと、単純な疑問を抱いたことだろう。手を取り合えるのに、どうして、と。
だからこそ、俺の愛に抱いてしまったのだろう。手を取り合うのは、どうして、と。そうやって、病んでしまうのなら、好きなだけ引っかけ回し続けるといい。必然的に、俺はどうしようもない愚物に成り下がるだろうが。
素朴な少女らしさと順当に積み上げたような熱を抱くジャンヌとの愛の距離は、よくもどかしさに口が動かなくなってしまうほどの、照れを含むものだった。どうすればもっとうまく近づけるか考えては、考えたことが何も叶わずこっそり落ち込んだこともあった。でも、それをすぐ無くそう。下手糞でも愛してやりたい気持ちを叩き潰す。脳まで病んでしまいそうなほどだが、そうしよう。
心が潰えるほどに苦しいけれど。絶対に、ジャンヌを愛しはしない。
だが、“ジャンヌが自己防御本能を過剰にしていなければ”の話だ。
かの神の狡猾さに、腰骨すら引き抜かれてしまいそうである。ジャンヌとの愛の距離を縮めようと、長く腰を据えていたのを思い出させる。長話は苦手だけれども会話し続けた。色んな人と交り合った。様々な距離を近づけていったのだ。これにより、ジャンヌは情熱的に愛することができるようになった。愛があるから愛するという機械的なものではなく、自分なりに愛するようになったのだ。自然な女の子らしさに、みんな笑い合った。俺もそうだった。誰も彼も嬉しいと思うものだ。それを見て感じて、ジャンヌは愛を受け入れやすくなったではないか。俺がジャンヌも愛するように、ジャンヌも俺も愛するようになったではないか。俺の愛を思い通りにできないことを、嬉しそうにしていた姿があったのだ。
であるから、“愛することは敵意しかない攻撃であるなどと、ジャンヌには否定させやしない”
「ジャンヌ」
灰の世界で、なんとか声を出す。【愛しき人間】ジャンヌのために。灰は雪のように音を吸うようで、ジャンヌに届いているか分からない。
「愛が形としてあれば満足か? 愛が重さを持っていれば安心するのか?」
ひどすぎない程度に単調な発声をする。ジャンヌに届かせるためだけれど、心を潰すものではないから。
「愛することは、侵略行為と何ら変わりはない」
事実を伝える。愛するとは、奪い取ることだ。
「愛せば返ってくるものに執着する。愛されれば贈られるものに強欲になる」
愛するならば、奪い取らねばならないのだ。
「そうだからこそ。俺はジャンヌを愛しているから、貴様の愛がどれほどでも執着する。俺はジャンヌに愛されているから、貴様の愛をもっとと強請る。これほどまでに、シャドー・ノルドマンはジャンヌ・ダルクと愛をもって一緒にいたいのだ」
灰色の世界がチリチリと認知できないほど霞んでいく。ジャンヌの姿が見えなくなる。俺の愛を理解し受け入れてくれたことで、認めたくないと本能がずっと強くなり、世界ごとかき消されそうになる。
「俺は愛を持つ者である。ジャンヌ・ダルクの愛をもって征圧する者である。貴様がこの程度のことで怒りに我を忘れるものか。ジャンヌ、貴様が求めるものは、誰をも攻撃するものではないと理解しているだろう。貴様の過剰な防御本能を、俺の愛を否定するな。俺と貴様との愛も否定するわけではなかろう?」
微かに優しい香りが混じる。灰に塗れながら這ってくる。離れてしまえば呼吸に苦しむことすらないというのに、目にも灰が入って辛そうだ。積もれば重たいのは同じなのだから、指先を動かすことさえ辛かろう。
「ジャンヌ、貴様を愛おしいと思う者がいる。貴様は、そいつを否定するか?」
ほんの少しだけ緩んだようなので、懸命に這う。口元が灰に汚れながらも見える。怒りを抱きながらも這いまわって来てくれたのだ。
「否定なんてしたら怒るでしょう?」
鷹の嘴を思わせる台詞。チカラさえ根負けさせた、上手に引っかけてしまうその怒りを滲ませながらの言葉は、心を穏やかにさせる優しい香りとともにある。世界が終わるというのだ。
「あぁ、醜悪に怒り狂う。誰もが幻滅するほどに怒る」
「まぁ、それは大変」
鉛のように重い体を、どうにか小指だけ引っかけ合った。
「私だけのものになってくれないシャドーの愛を受け入れます」
「ほんの小さい我儘も可愛らしいジャンヌの愛を受け取ろう」
小指を絡ませ合う。クモの巣を思わせるほど芸術的なものだ。抜け出せない理想が形として、思い通りにできない現実は重りとなって描かれる。本能と理性、どちらも等しく犠牲にする。終わろうとする世界で、俺とジャンヌの愛は確かに生きているのだ。それは、どうしようもなく心痛むほどに綺麗なもので、どうすることもできずに心惑うまでに花開くものだった。
「シャドーのジャンヌは、とてもとても、シャドーを愛しています」
愛おしいジャンヌも、そう笑っている。むやみやたらな教義関係なく、普通の恋する少女らしくほんわかとした笑いだ。
この世界は、もう神からしても嗅ぎ回ってはならない。それを理解なさったのか、プツンという音が鳴る。まるで、電源を入れなおしたときの音のようであった。
手がかじかむ。一緒に笑い合っていたジャンヌがいなくなったのだ。
温度はまったく分からないものの、何かに触れているのはなんとか分かる触覚が、別世界だと教えていた。ジャンヌがいなくなったことを惜しく思うが、きっと大丈夫だろう。清姫と同じように、つつく程度におちょくられたあと丁重に送られているはずだ。
触覚を頼る。触れているものをベタベタと触る。それしか叶わない。質感からいって生き物を触っているのか、完全には把握できない。かといってガラスといった無機物でもないかもしれない。そのうえ、土のような有機物と無機物が混合したものなかも判別しかねる。弾力があるような無いような不思議な感覚を感じるだけだ。まだひたすらはっきりしない触覚を使い続けるしかない。
ゼラチン質の柔らかさを、厚めの板越し触っている。
不可思議な感覚だった。柔らかさも感じるし、板の硬さも感じる。自然に感じるものと不自然に感じるものが同時に来るので、少々混乱する。少し慣れてきたら、チクチク程度から激痛を感じるほどの刺激が襲う。反射的に触るのをやめたが、向こうから触りに来ているのか刺激が頻繁に来る。
おかげでか、知覚が微量に戻ったようだ。それによって、刺激の正体がクラゲの触手であることを理解する。サカサクラゲのような薄いピンク色の体を持つクラゲだ。サカサクラゲの特徴がありながら、ハナガサクラゲのような華やかな触手と傘を持ち、拍動が元気であったりゆったりであったりしていてるクラゲのキメラがいた。運がいいのか悪いのか、それ一匹だけだ。が、かなりでかい。俺一人など、おやつていどに食べられてしまうほどに大きい。いいことのはずだが、まだ死なないようだ。触っていて楽しい感覚から、さぞ生命体として美しい形なのだろうと知る。そして、沈みかけては泳いで浮き上がる行動に、弱り切っている様子はないことも触覚から知る。目下の状況は、落ち着く暇もなく刺激を触覚がしきりに教えてくるだけ。動作不良を起こしたおもちゃを叩いても治りはしないのを、分かっておられるでしょうに。
そのようなことを心の中で愚痴てしまうと、光が消える。近くにあった、薄いピンク色が消えたのだ。ピンク色は緊張を和らげ、安らぎを与える。緊張感も苛立ちすらも覚えなかったのは、これの仕業もあったのだろう。それが無くなった。キメラクラゲが透明になる。触覚に来る刺激は相変わらずあるので、キメラクラゲが消えたわけではないはずだ。つまりは、おやつにされるということなのだろうか。
困る事態に陥りかけている。先の二人と同じように、この世界もチカラを借り受けているのだろうが、俺を愛してくれている誰かの世界である。その誰かだけのチカラでなら素直におやつにされるが、そうではない。だからといって、壊そうとしてはならない。愛している人に自分を激しく拒絶されることなぞ、五人の誰もが望んでいるはずがないのだから。必ず悲劇になる。そのような無情なことなぞ、俺の存在が丸ごと消されたとしてもやるものか。それでも、かの神ならば美しい顔でニヤニヤ楽しんで下さるだろう。が、俺もそんなもの叶える気も望む気もないのだから諦めていただきたい。
つらつら、また愚痴のようなものを並べていると、引っ張られる感覚がある。おやつにされそうだった。触覚をたよりに逃げようとするが、無駄であった。傘の下面の中心部に連れていかれる。口のある場所だ。それを知れたのは、五感が一時的にある程度回復したからだ。
だからだろう。沖田の姿を見ることができた。透明な色になったキメラクラゲの傘の上で、膝を抱えている姿。そんな小さい様子だが、隠れた敵意を微弱な触覚でなんとか感じ取る。そのせいで、他の五感はもともと役立たずだったが、さらに役立たずになる。俺のことを礼節など気にせずに、塞がらない穴を開けるために突き破ろうとしてるのだ。
「シャドーさん、何故わたしは、女なのでしょう。でなければ、あなたを強く求めなかったのに」
沖田を乗せたキメラクラゲが揺れる。不安定になってしまう。
「シャドーさん、どうしてわたしは、あなたを求めてしまうんでしょうか。しなければ、わたしは鈍らなどにはならなかったのに」
沖田を乗せたキメラクラゲが傾く。不安定が治らない。
「あなたを求めて鈍らになってしまうのは、すごく、きついんですよ」
キメラクラゲの上にいる沖田が震える。不安定なまま固着する。
「未熟で、意気地なしで、ばかげている存在なんて、いやですよ。普通にいやです。そんなのになんて、決してなりたくなんてないんです」
キメラクラゲの上で沖田がぐらつく。不安定で変わる気がない。
「だから、あなたを拒絶しますから」
沖田がためらいを捨てる。不安定だと容認しだす。
「わたしはわたしでなくなるのがいやなんです。自分で変わるならいいけれど、他でもないあなたによって壊されたくない」
沖田は抵抗をやめた。不安定と納得する。
「あなたに酷いことします。許さなくていいです。許されたら、余計、ダメになっちゃいますからね」
戸惑わなくなった沖田だ。不安定しか許せない。
「わたしはシャドーさんを愛さなくなりますから。あなたを、もう決して愛したりなんかしない」
思いつめた沖田が敵意に満ちる。それで世界がピンク色を帯びていたことを、ようやく知った。静脈血のような暗い色だ。その色合いと沖田は似合って欲しくないのに、似合ってしまう。撫子色で落ち着いてほしいのに、暗い敵意がどす黒くする。化粧のノリが良くなってしまう。それで更に苦心するのだ。心を苦くしてしまうほど沖田は哀しんでいる。【人間らしく哀しんでいる】だがしかし、認めることだけはしていけないものである。種火がちびちび燃え出したのなら土をかけるのではなく、おがくずをかけてもうもうと勢いを上げようではないか。
ようやく、ピンクの世界が揺れる。俺が動き出せたからだ。やたら刺激にさらされた触覚は、頼りにしていいのか迷うほど心許なくなっている。温度は冷温どちらもはっきりせず、痛覚は壊れたのか感じもしないし、そもそも触れているのかそうでないかすらわからなくなってしまった。構わず触れようともがく。その触覚頼りの不安定な感覚が三半規管どころか脳にもやって来て、いいようもない不快感に翻弄される。このふわふわとした落ち着かないのは、確かに沖田のものだ。先の二人同様に、手伝われている。
【人間】沖田総司が、シャドー・ノルドマンだけを攻撃する、冷酷無比な哀傷。沖田は自分を傷つけるものは、シャドー・ノルドマンだけであると結論づけ排除しようとしているのだ。誤った判決で汚れる必要などないのに、どちらも汚れようとしていることに気づいていない。
沖田は血に塗れた人間だ。善悪などどうでもいい、斬る必要があるなら斬ってきた人斬りだ。汚れることに慣れてしまった女である。それゆえにこそ、俺をより求めない。汚れたから洗って綺麗にしたものを、ずっと汚いままだと嘆いているのだ。
そうであるから、どうにでもしろ、と手足を投げ出して無抵抗になりたくなる。小さな棘で命落とすことはありえないことではないのだから、斬り刻むなり斬り捨てるなり、自由にするといい、と。聖杯にかける望みである“最後まで戦い抜くこと”。肺を患い死が近づくにつれ、思うように動かなくなっていく自分に、どれほどの苦悩があったのだろうか。症状は心も確実に殺していったはずだ。元に戻りたいと、切に願ったことだろう。
その思いがあるからこそ、俺を鬱陶しいくらい愛したのだ。自分を肯定するには否定から始まるものだからだ。その否定が強くなりすぎて、沖田自身に殺されそうになっているというのならば、ふらふらと逃げないように捕まえて鋭く穿つといい。俺が足掻くこともできなくなることは必須だろうけども。
お年頃の娘らしさと、強固に編み込んだような熱を帯びた沖田との愛の交信は、叶うならばいつまでも通信していたいと何度も何度も飽きることなく願うほどのものだった。今度は何を共通して一緒に楽しもうか考えていると、朝になってしまうことが頻繁にあった。されど、もう断絶しよう。ジャミングで理解不能になろうと愛してやりたい気持ちを握り潰す。不眠症状で考えることもままならなくなるだろうが、そうしよう。
心が折れるほどに痛いけれど。決して、沖田総司を愛しはしない。
しかし、“沖田が不安な状況を人の所為にしすぎていなければ”の話だ。
かの神のそそのかし術に、裸足で逃げ出してしまいそうである。沖田との愛の交信を増やそうとして、茹ってしまった頭を思い出させる。おそるおそる体に触れ合い、びくびくしながら心に触れ合い、おっかなびっくりしても全てに触れ合った。これにより、沖田は新選組の沖田総司としてではなく、女の沖田総司として愛を育んでいった。愛の形が様々あることを知り、自分だけの愛で愛そうとしたのだ。不器用な女の子らしさに、沖田自身も楽しんでいた。俺も同様に。誰かを愛したことがある者ならば、誰もが楽しむものだ。その誰か達とも触れ合って、沖田は愛を求めるようになったではないか。俺の愛を受けて、更にいろんな愛を求めるようになったではないか。求める愛がたくさんありすぎて楽しんでいたのをちゃんと知っているよ。
したがって、“愛があるから人の所為にしてしまいたくなるほどの敵意で不安になるだなんて、沖田には否定させやしない”
「沖田」
どす黒く濁ったピンクの世界で、ひきつけを起こしてでも声を出す。【愛しき人間】沖田総司のために。ゼラチン質の弾力性によって跳ね返されているようで、沖田に届いているか分からない。
「愛が明確であれば落ち着くか? 愛が情け深くあれば安心するのか?」
一音一音丁寧に、発声する。沖田に届かせるためだけれど、心を折るものではないから。
「愛があるのは、鬱陶しい不安があるということだ」
事実を伝える。愛するとは、不安定になることだ。
「愛があり続ければ人の所為にして臆病になる。愛を失くそうとすれば人の所為にして心配する」
愛するならば、不安な状況にいなければならないのだ。
「ゆえにこそ。俺は沖田への愛があるから、貴様が俺への愛をどうするのか臆病になる。俺は沖田への愛があるから、貴様は俺への愛でどうでるのか心配になる。このように鬱陶しく心を揺らがせたとしても、シャドー・ノルドマンは沖田総司との愛があり続けてほしいのだ」
ピンクの世界が落ち着きなく、縦横無尽に揺れ動きながら薄くなっていく。沖田の姿が見えなくなる。俺との愛を把握し受け取れたことで、欲しくなんてないと葛藤が大暴れして、世界ごと薄まってしまいそうになる。
「俺は愛を持つ者である。沖田総司の愛は俺のためであると自慢して回る者である。貴様がこれしきの哀しみで鈍らなどになるものか。沖田、貴様があって欲しいのは、敵意に飲まれたものではないとつかみ取れているだろう。貴様の隠しきれない敵意を、俺の愛を拒絶するな。貴様と俺の愛をも拒絶なんてしてしまうのか?」
優しい桜色に触れられる。他の色になんか染まりきってやらないと突き進んでくる。突き進まなればキメラクラゲの毒によって激痛に襲われることはないのに、叫びだしたいだろう口を引き結んでいた。軽度の毒であっても腫れ上がるのだから、痛くて痛くてたまらないはずだ。
「沖田、貴様を愛おしいと思う者がいる。貴様は、そいつを拒絶するか?」
軽度のものに落ち着いたのか、腫れた部分をも存分に動かす。健康的なピンク色の爪が少しだけ見え出した。哀しみでどうしようもなくなりながらも、突き進んできてくれたのだ。
「拒絶なんかしたら、シャドーさんがすっごく哀しんじゃうじゃないですか」
鷹の爪の如き笑顔を見せつける。チカラなど剥ぎ棄てて、獲物を捕まえるために鋭い哀しみを多分に含んだ笑みは、求めたいだけで鬱陶しさなど感じない。世界はいらないのである。
「うむ。ドン引きするほど哀しみに暮れる。もう笑えなくなるほど哀しむ」
「うわ、それはめっちゃいけませんね」
痛みぐらいしか感じないけれど、それでいいと額を合わせて触れ合った。
「痛んで泣きたくなるほど愛しますからね、シャドーさん」
「甘酸っぱい刺激をもった可愛らしい沖田への愛を抱き続けるさ」
互いに額をぐりぐりと押し付ける。そこにクラゲのようにゆったり動く心臓が血液を大量に送り出す。浮き上がってくる関係が動脈へ、沈んでいく背景が静脈へと流れる。新しいものも古いものも、いくらでも荒波にもませる。ふわふわと頼りなく不安定な世界でも、勝手に安定して大騒ぎをしているのは俺と沖田との愛だ。それは、暴れまわりたくなるほど心がはしゃぎだすもので、寝ることを忘れてしまうほど心が跳ね上がるほど、落ち着く暇がない日常だった。
「シャドーさんっ、沖田さん特製の愛をた~っぷりとご堪能あれ!」
愛おしい沖田も、そう楽しんでくれている。誰かの所為にせず、自分由来の恋を楽しんでいく元気な少女の温もり。
この世界は、もう神からしても触っていいものではない。それを理解なさったのか、カチッと音が鳴る。まるで、スイッチを入れ替えたときの音のようであった。
額を中心に冷え込む。温かさを分かち合った沖田が傍に居ないのだ。
なんの音だかよく分からないものの、可聴域で収まる程度の音を聴覚が捉えた。そのおかげでか、またもや異なった場所に連れ出されたのだと知る。沖田が空回っていないか心配になるが、まぁ平気だろう。清姫やジャンヌと共通して、ウンデット*1程度のちょっかいを出された後でスマートに送られているはずだ。
耳を澄ます。音の聞こえる位置と正体を探る。それは許されているのだ。音の範囲は声楽的音域に収まる。その音は俺の声より高いようだ。声域はC4以上E6以下、ソプラノとおそらく呼ばれる音。ボーイソプラノのような少年っぽさはなく、カストラートのように野性的ではない。きっと、この音の主は男ではない。少女だ。艶やかに色づいた女性の声になる前の、淡い色を恥じらってばかりの乙女のものだろう。だが、それぐらいしか分からない。正体を知らねばどうしようもないのだから、ひたすら聴覚を酷使する。
理性を溶かす柔らかさと、本能を騒がせる甘ったるい歌声。
正確には歌声ではなく、鼻歌だ。体に音が響きやすい。本人はもちろんそうだろうが、俺も同じように体に響いている。欲求がほんの少しだけ脳をせっつく。このまま聴覚を頼り続ければ、盛り付いた獣になりそうだ。それでもまだ余裕はあるので、理性を休まずに激動させる。女神のお力があればこんなに苦労もしないのだが、贅沢は言えないので聴覚から仕入れた情報を、理性で濾しながら運用する。
目に見える成果として、ほんのわずかに知覚が戻ったらしい。鼻歌より近くに、ウサギがいることを確認する。耳が垂れていたりそうでなかったり、色も様々、繁殖している様子が見られないことから雄か雌のどちらかだけしかいないようだ。激しい喧嘩をする様子も見られないことから雌だけなのかもしれない。野生ではなくペットのようで、比較的大人しそうだ。一羽につき一ケージの中で、牧草らしき植物をもしゃもしゃと頬張っている。小さい塊達が微動していた。特にひっかることのない世界かもしれない。濾しきれなかったものがそのように唆してくる。うさぎの咀嚼音は、別に理性も本能も攻撃などしはしない。縄張り意識を強くさせる要素も今のところはない。彼女たちがケージから出なければ、彼女らも俺も平和であった。しかしながら、この平和な世界に置き去りにされたままでは困る。咀嚼音も耳障りになる時は来るのだ。音が鳴りっぱなしになったおもちゃは、放置していても収まりはしませんよ。
そのようなことを心の中でつぶやくと、ガシャガシャと音が鳴りだす。彼女らがケージから出たがっているようだ。ここがオレンジ色の世界だと、それで理解する。その光が彼女たちを刺激しているようなのだ。ウサギは夜行性なので、人より光を感じやすい。オレンジのように赤系の色より、青や緑系のほうが見やすいはずなのだが、彼女らが頬張っていたものに見向きもせず光に興奮している。発情しているようにも見えた。
繁殖を見守っている余裕などはない。エドヴァルド・グリーグのピアノ協奏曲第二楽章アダージョの如き鼻歌は、俺を獣にする気満々なのだ。理性が蒸発して交ざりにいってしまうかもしれない。またも同様に、チカラを押し売り強盗のようにレンタルさせているのだろう。期限は俺が燃え散るまで。成功して花開くように燃え散るにしろ、失敗して花売りのように燃え散らかすにしろ、かの神はたいそう愉悦なさるだろう。失敗はする気はない、成功程度で納める気はない。大成功でなくてはならないのだ。大成功でなくては、俺と彼女達は愛し合えないのだから。失敗などすれば朽ち落ちる、成功程度では枯れ果てる。どちらも華やぐ先はないのだ。であるならば、大成功、花籠めに燃え盛る。花咲き乱れる中で、もろともに燃え盛るべきなのだ。
理性が燃え尽きそうである。せめて水蒸気爆発してくれ、と願いながら耐えていると、鼻歌が近くに聞こえだす。今までの中で一番よく聞き取れる。聴覚がしっかり働いているようで、余さず官能さも脳に届ける。それでクラクラする本能を懸命に押し込みながら、発生源を探っていく。
ようやく、正体を知覚する。前の三人に比べれば、ごく普通の一般人の少女、藤丸立香がいたのだ。生まれたての姿であった。どこも隠していない。それが、普段の俺ならば簡単に抑えられる欲望を過剰にさせる。俺の性的嗜好は女性だ。過剰になるのはしょうがないだろう。俺を興奮させる姿の立香は、鼻歌を歌いながらケージを一つずつ開けていく。彼女らは脇目も振らず、一心不乱にどこかに向かう。鳴く声やスタンピングが聞こえてくる。そんな繁殖相手を求めに行ったのだろうか。このオレンジの世界で繁殖しても意味は無さそうなのだが。
全てのケージを開け放っても、立香は鼻歌を歌い続けていた。痺れるように誘惑されるもので、きつい。ただの鼻歌だというのに、俺を獣に堕とすものになっている。アマデウスやファントムなどから声楽などを一緒に習っていたことを思い出す。音楽は官能的なものである、と教わった。聞き惚れる音というのは、本能的に落とされてしまっているというのだ、と。このあと色々長々と教わっていたが、要約すれば、生き物は誰しも音で恋に溺れるということ。このようなことを聴覚を介しながら回想をしていると、やはりか、五感が上手く働かなくなる。俺のことを獣に堕とし、腸に重石を入れて溺死させる気なのだ。
「私ね、シャドーさん。あなたが欲しいんです」
立香は鼻歌を歌いながら甘くなる。食べ頃だと誘っているのだ。
「シャドーさんはね、私だけの大事なものに欲しいの」
立香は鼻歌を歌いながら鮮やかになる。早くお食べと唆してくる。
「シャドーさんの前で見栄なんて張りたくない。私のことをちゃんと理解してくれるのは、シャドーさんだけだから」
立香の鼻歌は歌うだけで魅了する。空腹感を飢餓感にしてしまう。
「シャドーさんが傍に居ないのが本当に嫌。私が寂しくて堪らないのを止めてくれるのは、シャドーさんだけなの」
立香の鼻歌は歌うだけで蠱惑する。隆起が収まらなくなっている。
「みんなはそうじゃない。みんなはシャドーさんじゃないから、わたしが本当に欲しいものじゃないから」
鼻歌を歌う立香はフワフワしている。下腹部がマグマのような熱を持つ。
「みんな違うの。みんなは全然違うの。みんな、わたしからずっと外にいる人たちだから」
鼻歌を歌う立香は柔らかそうである。貪欲な欲望がある。
「シャドーさんは違うの。シャドーさんは誰とも違うの。シャドーさんは、わたしが触れるぐらいちょっとだけ外にいる人だから」
鼻歌を歌う立香は素直である。音程は安定している。
「だから、ね。みんないやなんだ。みんな、みんな。シャドーさんもみんないやなんだよ」
立香の鼻歌は不安定だ。高い音が掠れだす。
「みんな、いや。シャドーさんであってもいや。わたしを頑張らせるから、ずっといやだった」
立香の鼻歌は宙ぶらりんだ。低い音が出にくいようだ。
「わたし、みんなもシャドーさんもいや。もう頑張りたくないんだよ、わたし。なのに、まだ頑張らなきゃいけないだなんて、ひどいじゃない」
立香の鼻歌が止む。
「みんな愛したくなんかないよ…っ! 誰も彼も、そんなんじゃ愛せるわけないじゃない……!!」
立香の泣き声が聞こえ出す。
「シャドーさん、ごめんなさい。わたし弱いから、あなただけでも愛したかったけど。やっぱり、ね。無理だったんだよ」
立香の泣き声が響いていく。
「シャドーさんすら、愛せないんだよぉ……」
疲れ切った立香が素直に警戒心をぶちまける。オレンジが濃くなる。太陽の色だ。世界を照らす色。だからこそ、影が濃くなっていく。化粧を重ねている。そのせいで、心ごと割れそうになってしまっている。バラバラになってしまいそうなほど楽しんでいるのだ。【人間らしく楽しんでいる】だとしても、許されていいものではない。火がよろよろとして燃やすものが足りなくなってきたというのなら、じっくりと消えないよう工夫をすればいいのだ。
やっと、オレンジの世界が揺れる。俺が動き出せたからだ。脳まで甘ったるく痺れさせてくる聴覚は、鼓膜どころか外耳、中耳、内耳まで狂っているのではないかと怪しんでしまう。もしかしたら、一時的に難聴になってしまっている可能性があり、音を言語として正しく捉えているのかすら不明だ。誰も彼もの声が聞こえなくなろうが、今、しっかり聞き取らねばならないのだ。聞き逃してはいけない。耳鳴りとともに頭が痛くなる。ギリギリと痛むのに耐えるため食いしばって、さらに痛む。この脳みそにしがみついてくるものは、立香のものだ。前の三人と似たように、加担されている。
【人間】藤丸立香が、シャドー・ノルドマンだけでなく、誰しもを攻撃する、林檎磨きな享楽。アイツもコイツもいや、誰であっても受け入れられない、とそんなふうに思ってしまう自分ごと打ち壊そうとしている。見た目が悪いものであれば、廃棄処分しかないと決めつけているのだ。
立香は普通の少女だ。本来なら、学校に行って学友と切磋琢磨しながら友情や恋を育み、当たり前のように明日も同じような日になると信じ切って眠りにつけるはずの少女だ。俺とは違う普通の人間の少女なのだ。現状こそ異常でしかない。違うからこそ、俺をどうしても受け入れられない。どのようにでも使い様もあるだろうに、全てどうしようもないものと怖がっているのだ。
だとするならば、離れよう、と顔も向けずに無言で去ってやりたくなる。アレルギーは免疫反応が過剰になっただけで正常なのだから、それで辛いことを我慢せずにする必要はないのだ、と。魔術師の家系でもなく、なにかしら武術を極めたものでもない、一般人の少女だ。泣きたいなら泣く、いやだったらいやを我儘と捉えられることなく、進んでしていいのだ。環境が、人が許さないと、愚かな日本人気質で我慢してきたのだ。あの人も頑張っているから、と勝手に自分も同レベルに精神だけでも追い込んでいた。目の前で人が半分潰れているのを見て、一般人が正気でいられるわけがない。何が辛いのかよく分からなくなるくらい追い込まれたはずだ。
その結果、俺を白痴のように愛そうとした。もうなにもかも、どうでもいいというものがあったのだ。その痴呆めいた諦念が剥がれないならば、掴む力を緩めて奈落に落としてしまえばいい。俺はどうやろうとも抜け出せず、狂うのは回避不能だろうとしても。
普通でない俺と、俺にとっては珍しい普通の一般人の少女である立香との愛の旋律は、思わず眠ってしまいそうになるほど心地いいもので、聞き逃したくないと眠るのがもったいないとも感じるものであった。普通に接しているだけで優しく穏やかな気持ちにさせてくれたことなど、両手両足の全ての指を使ってでも数えきれない。むやみやたらと力を入れる姿は愛らしいものだけれど、普通の少女らしく癇癪を起こす姿はさらに愛らしいと感じたものだ。であるが、間もなく決別しよう。なんの音も奏でられなくなろうが、愛してやりたい気持ちを飲み込む。何も聞こえない世界は恐ろしいが、そうしよう。
心が歪むほどに耐えられないけれど。金輪際、藤丸立香を愛しはしない。
とは言っても、“立香の警戒心と仲間意識が錯綜しすぎていなければ”の話だ。
かの神の手際に、肝を潰して声すら出せなくなりそうである。立香との愛の旋律を続けようとして、喉を嗄らしかけたのを思い出させる。見た目も心もしなくてもいいのを繕っては、解いて暴いてきた。俺ほどでも上手くないにしろ、サーヴァントだけでない色んな人たちが、もたつきながらもほぐしてきたのだ。上辺だけでの世界では決してなく、結んできたものはちゃんとあったはずだ。神がどうしようとも解けはしないものを結んできた。これにより、立香は普通の少女のまま愛してもいいんだと学んでいった。飾ってもいいけれど、飾りすぎなくてもいいんだと知って、普通の少女らしく愛そうとしたのだ。癖のある連中なので四苦八苦だったろうが、共に過ごしていたいという気持ちが増えたのだ。俺も共通して増えた。愛情を少しでも感じてきたならば、他の誰かにも感じてみたくなるものだ。それを無意識的に理解できているからこそ、立香は色んな人と仲良くなりたいと動いてきたではないか。どんなに不格好であろうと、立香が真摯に好意を抱いてくれるから、俺を含めて色んな人が立香を愛しているんだ。普通に好きでいてくれるというのは、とても素敵なことなのだぞ。
であるからして、“愛というものが受け入れることなんて到底できない警戒すべきものだなんて、立香にだけは否定させやしない”
「立香」
濃いオレンジ色の世界に、かすれながらも声を出す。【愛しき人間】藤丸立香のために。舞い上がる彼女らの抜け毛や餌の草たちごと、むなしく宙に漂うだけで、立香に届いているか分からない。
「愛は平等であれば怯えないか? 愛が全部同じであれば怖がらないか?」
子守歌のように、穏やかに発声する。立香に届けさせるためだけれど、心を傷つけるものではないから。
「愛し続けるということは、見栄を張り続けるということだ」
事実を伝える。愛し続けることは、見栄でしかないのだ。
「愛は差別的で平等に与えられないから狡猾にならざるを得ない。愛は依怙贔屓がすぎるもので同じようになれないから懊悩せざるを得ない」
愛するならば、足を引っ張り蹴落とし合うしかない。
「なればこそ、立香が愛してくれている俺は、貴様に平等でない愛を持って狡猾になる。立香が愛してくれている俺は、貴様に贔屓的な愛を持って懊悩する。これほど醜い畜生であろうとも、シャドー・ノルドマンは藤丸立香に愛し続けて欲しいのだ」
オレンジの世界がずっしりと濃くなり、オレンジ色と理解できない色になりながら潰れてだしている。立香の姿が見えなくなる。俺たちの愛を容認し受け取ってくれたことで、怖くてたまらないと妄執が搔き乱れ、世界ごと潰されそうになる。
「俺は愛を持つ者である。藤丸立香が愛し続けてくれるのは俺だからと傲慢になる者である。貴様がこんな楽さに口が利けなくなんかなるものか。貴様が触れたいものは、ちょっとぐらい汚れていても大丈夫だと学んでいるだろう。貴様の弱っちい警戒心や仲間意識を、俺の愛を非難するな。貴様が大事にしてきた俺たちの愛すら非難などしてしまうのか」
鼓膜が振動する。破れるほどの衝撃ではない。赤子のように泣きながら手足を動かしている。彼女らを追えば怖い思いをしないで済むというのに、怖い思いをするのはいやだから今も泣きながらもがいている。怖いことも、苦しいことも、辛いことも、まだまだ経験しなければならないから当然だろう。
「立香、貴様を愛おしいと思う者がいる。貴様は、そいつを非難するか?」
自分の意志で抑え込まず、ありのままの激情を晒しながら来てくれる。女の子らしい小さな可愛らしい趾に渾身の力を込めて走っている。これからの楽しいことを信じて、走り出してくれたのだ。
「シャドーさんをも非難なんかしたら…。シャドーさん、壊れちゃいます」
鷹の趾を連想させる力強い思いやり。チカラを放り投げて、こぼすことなく大事なもののを抱えていける楽しみを学んだ優しい両手は、繋いでいたいだけのもので見栄を張るのを頑張ってしまう。世界は消えるべきだ。
「そうだとも。電池を入れ替えようが、回路を直そうが壊れたままになる。皆、近寄ることすらなくなるぐらい壊れてしまう」
「わぁぁああっ!! そんなの絶対ダメダメなやつじゃないですか!!!」
頭痛が度を越えたの所為なのだろうか。なにもかもがゆっくりに捉えられるなか、頬をスリスリと擦りつけ合った。
「不平等に贔屓しまくってるわたしですけど。シャドーさんを愛し続けますから」
「ティースプーンでつついてくるような悪戯好きな可愛らしさの立香を愛し続けてるよ」
頬が潰れるほどくっつく。うさぎ同士のグルーミングのように互いを思いやるものだ。遠くに行って欲しい不満を舐めとって、近くにあって欲しい厚情を舐めつける。口に入り胃に行き、いつか平等に消化される不満と厚情。ずんずんと潰れていく消えるべき世界すら、学び得てしまった俺と立香の愛の調べからすれば他人事である。それは、いつまでも耳にしていたいほど心が和らぐもので、ゆりかごに揺られていた昔を思い出すぐらい穏やかな心地だ。
「愛し続けちゃいますからね? 心底迷惑だとしても一切気にせずに、愛し続けちゃいますから…っ」
愛おしい立香は、泣きながら楽しそうにしてくれている。どこにでもいる恋を楽しむ、ちょっとだけ頑張りすぎな少女の涙。
この世界は、もう神からしても盗み聞きしていいものではない。それを理解なさったのか、ペラペラと音が鳴る。まるで、ページをまくり上げている音のようであった。
静かな鼓動で起き上がる。思いやり合った立香もすでにいない。
愉快犯な誘拐犯が無事に送り届けて下さっているだろう。茶々をほどほどにして下さっているのかは悩みどころだか、大丈夫だと信じてみる。いたずら以上のことを俺たちにするほど、気に掛ける気はないはずだから。
鼓動は感じるも、なにも熱と感じることができない。血流は分かる。量も速度もいつもと寸分変わりはしない。が、その血にすら熱を感じることはなかった。眼の奥が熱くなることも、頬が熱くなることも、手足が熱くなることすらない。必然的に、そうなるように熱が入る脳も心もだ。不安になる。熱が足りない。足りなければ、もっと薪や燃料がいる。しかし、それを探す術も今はない。不安が身体を固めてしまっているようだ。これではいけない。意志だけは萎えさせやしない。
不安を払拭するため、許されたあらゆる機能を使う。目を凝らし、手足を動かして、鼻を頼り、口を開ける。眼にしっかりと捉えられるものはない。手足の一部分にすら何も引っかからない。鼻は風の臭いも嗅ぎ分けられずにいる。口も何も知覚しやしない。それに、意志が萎えそうになっていくのを感じ取る。しまった、不安が増幅していく。口を大きく開き、なんでもいいから刺激を強請った。
ふいに、口に味が広がる。味蕾が甘みだと教えてくる。しかし、飴のような固形物が入ったわけでも、ジュースのような水分が入ったわけでもない。ただ、甘い、という味が広がった。甘いのだ。今まで味わったどんな甘味よりも甘い。しつこい口に纏わりつく甘みではない。実験のため味わった毒物の甘さよりも、落ち着いて死にやすい甘さだった。とにかくもっと欲しいと思わせず、口寂しいから入れる程度の気軽さがある。それ故に、快楽に弱いものならば、腹が破裂するのも気づかずに強請り続ける代物だった。
その正体は分かっている。ただ一人しかいないのだから。シャドー・ノルドマンという個人だけで、初めて愛せた、離したくなんてない、愛おしい
マシュ・キリエライトが、小さなスズメの雛鳥を数羽、両手で抱えて立っている。そのような姿を、改めて認識した。
熱を上げるはずの脳と心は、今は静まってしまっている。押さえつけられているのだ。何もできないよう、何にも許していない、と手酷く教え込まれる。喉を殴り潰され、手足を抉り取られ、無事なところは一つもないと覚えこまされる。俺は人間としての形も保てていないのに、流石のチカラで尊厳を踏みにじられた。それに眉が攣るほど苛立つ。
ただマシュを認識するしか許されない。今の段階では、彼女だけが拒否しているのかはまったくもって分からない。ただ認識するだけだ。もしかすると、かの神の御戯れがなければ、それすらもできないのかもしれない。けれど、認識できるというならば、やってみろということだ。遊んで壊すのも遊んで楽しむのも貴様次第だ、と背筋を逆なでするように伝えられる。それに喉が裂けるほど苛立つ。
かの神にとって、あれもこれもお遊びでしかないのだ。俺たちの素敵な素敵な愛情も、お遊びにしか見えないのだろう。泥団子を御馳走として食っているのを見て、お腹を壊すぞと心配するでもなく、楽しんでいるなと見守ることすらない。それに目が乾くほど苛立つ。
【人間】の果てを観るのが【神】なのだ。まさしく観劇なさっている。眼にも耳にも入っている、俺たちの愛を、観ているのだ。これは作られた芝居ではない、楽しませるのが目的の催し物でもない。現実に始まっている人類史に深く刻まれるもの、全てと燃え上がる猛り暴れる炎だ。それを、かの神は、蜂蜜酒で更に自分を盛り上げながらご観覧なさっている。それに体中をかきむしるほど苛立つ。
今すぐマシュに走り寄って抱きしめたい。はやくマシュと一緒に好き合いたい。
その感情が、無情にも朧げに浮かぶだけ。全身を発火させ続けるほどの熱情があるはずなのに、クールタイムを強いられる。人間らしさも、年頃の女の子っぽさも、少しずつ学びえている愛おしいマシュに、なにもできない。それに脳が沸き立つほど苛立つ。
上手に飾れないほど愛している。まともに忘れられないほど好いている。なにも出来なくなりそうなほど恋し続けているのだ。
そうだというのに! それほどまでに、マシュ・キリエライトという少女に焦がれているというのに!!
なにもできない今が、許せなかった。もう少し待て、と脳を弄られるが、許せるものか、と反抗した。
手足がえぐり取られたからなんだというのか。喉を殴り潰されたからなんだというのか。他の部位もどうにもならない致命傷を負っているのだとしても。愛おしいマシュになにもできないなど、許せるわけがない。レージング*2などで縛り付けられるものか。ドローミ*3で縛られようが、引き千切ってやる。グレイプニール*4でも縛り付けようものならば、その紐をも引き千切ってやろう。たとえ、グングニル*5すら使われてしまおうとも、無様に貫かれたまま暴れ回ってやる。
そうまでしても、愛おしいマシュとの未来すら閉ざそうとするのか。死者の国ヘルヘイム*6に落とそうが、這い上がっていくぞ。どれだけ惨たらしい姿にされようと、いくぞ。肉が腐り落ちようが、醜い化け物にされようが、愛人マシュが拒絶しないことは、よく理解しているのだから。
「マシュ……っ」
悪声だった。不快でいやな声だった。だが、シャドー・ノルドマンの声だ。
「シャドーさん?」
やはり気づいてくれたのだ。嬉しさで声が更に悪くなる。
「マシュ、あいしてる」
名前しか呼ばせてくれないらしい。それでもいい。それだけでも愛せるのだから。
「シャドーさん、私っ」
今気づいたが、この世界は白いらしい。あぁ、マシュにぴったりだ。
「私、どんどん汚くなっちゃってます」
染まっているだけだ、と言いたいが、名前しか呼べない。白がそのままあり続けることはないのだ。
「皆さんともシャドーさんともいると、なんだか汚くなっちゃうんです」
感情を知ることは素晴らしいことじゃないか、と言いたいが、名前しか呼べない。白ほど染まりやすいものはないのだ。
「シャドーさんも好きです。皆さんも好きです。でも、でも……、嫌いになっちゃうことがあるんです」
名前を呼ぶ。が、雛鳥たちが騒いでしまってかき消される。緊急事態なのはお互い様だ。
「なんで、そんなこと思っちゃうんでしょう。嫌いとは悪感情と学びました。悪い感情を、皆さんに抱くのは間違っているはずです」
名前を叫ぶ。けれど、危機でパニックになる全員には届くわけがない。
「その感情は敵に向けられるもののはずです。なのに、何故か、好きな人にも向けてしまうんです」
名前を力強く叫ぶ。どうにかしようとしているのは、誰も彼も同じだ。故に、誰も聞き届けない。
「先輩も、ジャンヌさんも、清姫さんも、沖田さんも。好きなのに嫌いな時もあってしまうんです」
名前を呼んでいるのをどうにか伝えたい。なにもかも交わらないから伝わりはしないのだ。
「皆さんのこと好きなんです。自信をもって好きって言えます。けど、全部好きだとは、とても言えないんです」
名前を呼んでいるからどうしても繋がりたい。近いはずなのに、なにも届いていないのだ。
「シャドーさんも、同じなんです」
名前を呼んでいるのにどうして聞こえてくれない。通じ合ったのは体だけではないのに。
「シャドーさんのこと好きです。たくさん、一番、好きなんです。それなのに……っ」
名前を呼んでいるよ、となんとか教えたい。言葉だけでない絆があるというのに。
「シャドーさんも、ちゃんと好きになれないんです……っ。好きだから嫌いに、なってしまうんですっ!!」
名前があるんだよ、とちゃんと見せたい。確かなことは見えているのに。
「どうすればいいんですか? 好きなのに。好きの気持ちがあるのに。どうして、どうしてっ、嫌いなんて思ってしまうんですか!!」
名前を聞いて、ともっと言ってやりたい。答えは傍にあるのだ。
「もう、わかりません。もう、わかりたくありません。好きなのに嫌いなんて思ってしまう私自身が、なにより嫌いです」
名前を、知って欲しい。捻くれたものじゃないから。
「だから、もう。私は誰も、シャドーさんも、好きにならなくなります。それだったら、嫌いにもならないでしょうから」
化粧を崩したマシュは雛鳥たちを空に放る。いつの間にか成鳥していたようで、華麗に白い世界に飛んで行った。番を探すのか、餌を探すのか、それとも、寝床を探すのかは、分からない。マシュを置き去りに、彼らは遠くへ行く。敵のいないところへ、飛んでいくのだ。白い世界で残像のように消えていく様は、マシュの気持ちを表しているのかもしれない。置いてきぼりにされてしまったマシュは、彼らを見続けた。義務感でもなんでもなく、それしかできなくなってしまったかのように。そのように疲れ切るほど人間らしくなった。無反応であろうと覚悟を決めてしまったのだ。
“そのような人間らしさなど、持ってほしくない”
やっと、白い世界が揺れる。もう好きにしていい、とかの神が許してくださったのだ。あの時、名前を呼ばせたのは、かの神がより楽しくなると、してやられてしまった。正常ならば、まだ何もせずにいられただろう。そうすれば、マシュをここまで苦しめることはなかった。流石、呼び名の一つに≪人々の恐れ≫というものがある神だ。あぁ、なんという悪神だろう。認識はできる内臓が爛れていくのを、よくよく感じ取った。ありはするはずの口が、シャドー・ノルドマンという存在をぐちゃぐちゃにしながら、吐瀉しそうになっている。胃酸のようなものを強く感じてしまい、吐き出したい欲が止まらない。それは許さない、と必死に飲み込む。その所為で、また内臓が爛れていくが、こぼれることは無いようなので良しとする。なんでもいいから許されたくなるほど辛いが、我慢する。かの神は、これすら楽しんでおられるんだろう。苛立ちは抑える。
【人間】マシュ・キリエライトは、俺も誰をも攻撃することはない。無駄話程度の愛情だった。役に立つものになろうとしていたが、ダメなものだったと誤解した。役立たないけれど、あってもなくてもいいものにしようとしている。それの方がダメだというのだ。
マシュは白い時代が長すぎた。環境によるものだ。今までの女性たちは時代差はあれど、愛情を受けて育ってきた。親への愛はどうであるか、隣人への愛はどのようであるか。それを学びえている。自分自身で考えて、愛に差をつけて誰かに与えてきたのだ。そのような誰でもできることを学びえなかったのだ、マシュは。歴史など学問をある程度修めているのに、その学問にすら学び取ることができなかった。歴史は、人間たちが自己だけでなく他者へも愛を向けられたからこそあるものだ。差は色々あっただろう。共に笑い合えることもあれば、影では嘲笑っていることもあったはず。
そのようなこと、普通ならば誰でも勝手に学んでいる。あいつはここがいいから好きもあれば、あいつはここがダメだから嫌いもあるのだ。完璧な人間など、かつての俺を含めて存在するわけがない。好きな奴がいれば嫌いな奴もいる。だれけども、俺は人間は皆好きだ。善人であろうと悪人であろうと、俺にはどちらも愛おしいものだ。なぜか? 好きなところが魅力的に映る。そして、嫌いなところも魅力的に感じたから。前者はともかく、後者はおかしいと思うだろう。普通は、そうだ。そうであるのは正しい。でも、俺は嫌いなところの一部分が嫌いなだけで、全体で見ればとても嫌いなままにはなれないのだ。ゴミと呼ばれるものが価値あるものだった、というのは歴史が語っている。見方を変えればいいのだ。ここはいいなというものがあるはずだ。それでも気に入らないのなら、無視すればいい。関わらなければ、そいつに使う時間を別のことに使えるのだ。それが、普通の人間。
だが、俺は関わる。俺に手を伸ばしてくれている限り、関わり続ける。誰もがどうしようもないと謗られている存在であろうと、生きていてくれるなら、それだけでも嬉しい。そいつがもういい、と手を引っ込めないのならば、俺の手が千切れようとも掴んで見せる。当然、これは異常だ。正しくない。だからこそ、俺は誰かにそれを無理強いしない。異常だからだ。誰もが最期は一人で旅立つ。それを俺は知っている。でも、一人じゃなかったな、という気持ちはあって欲しい。異常でしかない。
しかし、この異常があったからこそ、今の人類史がある。打算もあろうが、この異常を続けてきた。悲しみの歴史があったはずだ。それと同じくらい喜びの歴史もあったはずだ。色んな人間が異常と普通の中で生きてきたのだ。けっして不幸ではなく、必ずしも幸せなことはなかった。
好きであって嫌いでもある、ということは正しいこと。全部が好きだ、というのはおかしいこと。そう二つに簡単に分けられるだろうか。好悪という言葉は容易に言語化できるものではない。好きに違和感を感じることもあれば、嫌いに感じることもあるのだから。明確にできるものではないはずだ。
だからこそ、好きだけど嫌いでいい。だからこそ、嫌いだけど好きでいい。普通に愛されて普通に愛せる人生を、マシュは、これから生きていけるのだから。手を繋いで歩いて行ける道が、しっかりと見えているだろう。
白い世界は染まりやすい。だって、好きになって嫌いになれるから。白い世界は汚れやすい。だって、嫌いになって好きになれるから。綺麗なだけでは、誰も彼も、自分自身すらも愛せないのだ。一人っきりの世界で生きていくと、間違っている決意をしてほしくない。
だからどうか、“誰も好きにも嫌いにもなれないなんて辛い道を歩かないでほしいのだ”
「マシュ」
正常な声だ。いつもマシュを呼ぶときの、優しい声だ。【愛人】マシュ・キリエライトのためだけのものだ。届いてほしいと、切に願う。
「愛は綺麗であり、汚いものだ。清姫のことを書いた書物にも、よく分かるものがあっただろう?」
願わくば、これから学ぼうとしてほしい、と願う。
「愛は争いの種になることもある。ジャンヌの生きた時代にも、よく分かるものがあっただろう?」
聞きそらそうとしないでほしい、と空を見続ける愛人に願う。
「愛は誰をも幸せにできるものではない。沖田の最期にも、よく分かるものがあっただろう?」
分からないふりをしないでほしい、となにもしない愛人のために願う。
「愛は強くなくてはならないのではないんだ。立香の横顔にも、よく分かるものがあっただろう?」
どうか、幸せになってほしいと、祈る。
「俺はな、マシュ。好きでいたいなら嫌いにもなるべきだと、よく考えることがある。好きなところは長所だけではないからな。でも、嫌いなところは短所でしかない。そいつが変えようとしていないのに、無理やり変えたら駄目だとも考える」
幸せになって欲しいのだ。出来るなら、誰でも幸せになってほしいのだ。でも、一番に幸せになって欲しいのは、マシュだけ。
「じゃあ、嫌いなままでいよう。嫌いは嫌いでいい。無理に好きになる必要はない。好きなところが一つでもあればいいんだ。嫌いなところの方が多くても、好きなところが一つでもあればいいんだよ」
綺麗すぎない、汚すぎない、不確かな白い世界へ。マシュの隣へ進む。肩を優しく叩いて、好きだけど嫌いな俺がいることを、ちゃんと教える。
「だけどな、俺は皆の全部が好きだ。余さず好きだ。どんなに悪いところがあろうが好きになってしまう。役に立たなかろうが好きでいるんだよ」
マシュの目蓋をゆっくり下ろす。見える世界が綺麗なままで本当にいてほしいのなら、そうしてやるべきだ。
「けども、それはシャドー・ノルドマンという個人の話だ」
マシュは涙を流すことができないほど疲れ切っているのだから、丁寧に優しく愛そう。
「シャドー・ノルドマンはマシュ・キリエライトを愛している」
ピクリと微かにマシュが動いた気がした。気にしないよう、丁寧に優しく愛そう。
「マシュの所為でなにも出来なくなりそうなほど恋しているよ。マシュのことを忘れられないほど好きでいるとも。マシュのために上手に飾ろうともできないくらい愛しているんだ」
やっと熱を感じる。マシュの熱だ。目蓋の上の手に、マシュの柔らかい手が重なった。大切にするために、丁寧に優しく愛そう。
「マシュ。俺は、貴様の嫌いなところが何一つ思いつかない。貴様のなにもかもに惹かれている」
綺麗なだけでは愛せない。しかれども、大切だから、丁寧に優しく愛する。
「俺は、貴様に嫌いと言われようとも愛していたいよ。汚い感情だなぁ。嫌いだって言っているのになぁ?」
汚いところも愛してほしい。きっと、まだお互い愛しているだろうから。
「シャドーさん……」
手の内も熱い。涙を流してくれたのだ。幸せになりましょう、と動いてくれたのだ。
「好きでいていいんですか? 嫌いでもいいんですか? ずるい人でもいいと言ってくれますか?」
「いい。もちろん、いいとも。女はずるくていいんだ」
「……っつ。ずるい、のはシャドーさんもです」
「そうか。そうでもいいだろう」
「シャドーさんは、誰も嫌いになれない人だから、ずるいんです」
「……性分だ、許せ」
手を外され、しっかりお互いを認識する。好きが分かった。俺はマシュが好きで、マシュは俺が好きで嫌いだった。どちらも愛していることが、また分かったのだ。
「ずるい人同士、お似合いですね」
「あぁ、ずるいもの同士、末永くよろしく頼む」
抱きしめる。もう離れないことは互いに分かっていたけれど、熱を感じることでもっと分り合いたかったのだ。
「ねぇ、シャドーさん。好きです。嫌いもありますけど、好きもあります。許さなくていいですから、愛してください」
「分かった。絶対に許さない。俺は、マシュが許してくれと言うまで、絶対に許さない」
「……それ、私の負け確定なのですが」
「黒ひげの言葉も上手く使えているな。実に喜ばしい!!」
白い世界が崩れていくのも気にしない。多種多様に染まりだす世界が向こうに見えている。その色彩豊かな世界が、マシュの小さな笑い声が、嬉しいのだから。俺も笑ってしまう。背中を軽く抓られるが、気にしない。
「愛していますよ、シャドーさん」
「愛しているよ、マシュ」
愛し合えることは、こんなに嬉しいことだったのだ。世界ごと崩れ去っても、どうでもいいほど嬉しかった。鷹の翼の如きスピードを発生した愛の軋轢は、心地よすぎる。
ずっと、ずっと愛おしかった。
いつも恋をしている。どうしようもなく好きになった。変わらず愛している。
「愛している、マシュ・キリエライト」
我が生涯初めてにして最後の、たった一人の愛人を、星が堕ちようと愛し続けよう。
おもちゃな世界が、やっとなくなる直前。なにもかも好きにしろと言う心地で、プォーという角笛の音を聞かせられた。耳障りで、少しだけ苛立たしくなる。終焉を告げる音は、いつまでも木霊し続けた。
「よく出来ました」
トリックスターという呼び名を持つロキ様の声は、お淑やかな女性の声にも、優雅な男性の声にも聴きとれる。ロキ様は、その美しい顔に相応しい椅子に座り、俺を眺めていた。ここは一見して厳かな一室に見えるが、どこか洞穴を連想させる。
「よくもまぁ、上手に間違えました」
ニヤニヤした顔。その顔すら美しい。嗜虐的なニヤケ顔だ。この様子は、まだまだ遊び足らないということらしい。手を組み、こちらへ前かがみになる。
「まず、最初に言ってやろうか。お前の愛というのは、“悪”でしかない。お前からどんなに遠く在っても、その悪辣さは離れやしない。近いなら、どうだろう? 悪辣さに目を瞑ってくれるだろうか? いいや、そんなことは決してできやしない。そいつに脳すら焼かれて、無様に呆けちまう。呆けた奴を丁寧に介護することが、お前の愛だ。治す気もない、止める気もない、ましてや更に進ませる気なのが、お前の愛だ。これを悪辣と言わずになんと言うのだろうな」
明確に指摘される。正しかった。反論する気も起きないほど正しいのだ。
「一つ。愛は怖いものだが、お前の愛は誰をも恐怖させるもの。普通の愛は、そんなものじゃない。お前の愛がどうしようもなく怖いものであって、それを基準にするものなんかじゃないはずだ。何故、ちゃんと宣言しない? 嘘つきにされてしまうからか? いいや、そうじゃないよなぁ? お前は愛するものを恐怖させても愛そうという、馬鹿な奴だ。相手のことを思ってでもない。全部、お前自身のためだ。お前が、自由に、存分に、愛するためだ。飢渇してなにも出来ない奴を縛り付けている。あぁ、とっても怖いなぁ」
清姫とのことだった。正しかった。
「二つ。愛することは奪い取ることでも、お前の愛するということは卑劣な略奪でしかないということだ。普通の愛は、そうじゃない。お前の愛し方が卑劣すぎる蛮行なだけで、それが当たり前なんかじゃあないだろうが。何故、そう理解させなかった? 敵対されてしまうからか? いいやぁ、そうじゃない。お前はどんなに敵対されようとも愛そうという、イかれた奴だ。相手のことを思いもしない。全部、お前自身のためだ。お前が、自由に、存分に、愛するためだ。手籠めにしてなにも出来ない奴を閉じ込めている。あぁ、なんて卑劣さだろう」
ジャンヌとのことだった。正しかった。
「三つ。愛するということは不安定になることだろうが、お前の愛するってことは自分勝手に不安定にするということだ。普通の愛は、そんなふうじゃない。お前の愛したいという欲が自分からバランスを崩していくだけで、そんなのがいつもなわけがない。何故、しっかり教えないんだ? 否定されてしまうから? いいや! いいや! そんなわけがない。お前はどう否定されても愛そうという、ふざけた奴だ。相手のことは思わない。全部、お前自身のためだ。お前が、自由に、存分に、愛するためだ。アンバランスにしちまってなにも出来ない奴をつついている。あぁ、ひどく自分勝手すぎるじゃないか」
沖田とのことだった。正しかった。
「四つ。愛し続けることは見栄かもしれないが、お前の愛し続けるなんてことは見栄にもならない小細工でしかない。普通の愛は、その程度のものじゃない。お前が愛し続けるってのは下手くそな小細工をごまかしてるだけで、そういうのが決まりであるわけない。何故、もっと騙さない? 脱走されてしまうから、なんてな? はははっ! そんなわけがないだろう。お前はどこまで逃げようとも愛そうという、危篤な奴だ。相手は思う気もない。全部、お前自身のためだ。お前が、自由に、存分に、愛するためだ。雁字搦めにしてなにも出来ない奴を弄っている。あぁ、いやなくらい悍ましいなぁ」
立香とのことだった。正しかった。
「五つ。愛というものは綺麗なままじゃいられないけども、お前の愛はドブの方が綺麗なくらい汚らしいものだ。普通の愛は、そこまでするものじゃない。お前の愛は綺麗になることがありえないくらい汚いのを隠しているだけで、そのままでいつでもいるものなわけがない。何故、また道化にならない? 永訣されてしまうからだとでも? そんなわけがない、そんなわけであるはずがない。お前は二度と会えなくても愛そうという、マジキチな奴だ。相手など思いやしない。全部、お前自身のためだ。お前が、自由に、存分に、愛するためだ。押し込めてなにも出来ない奴を貪っている。あぁ、凄まじく汚らわしいじゃないか」
マシュとのことだった。正しかった。
「最後に、もう一回だけ観たいものがある」
ロキ様はとても楽しそうな様子で、指を鳴らす。そうすることで、この部屋で俺の存在を許された。俺の姿は人間形態だった。いつもの【人間】シャドー・ノルドマンが存在できたのだ。
「教えてくれよ。お前の愛とは、一体なんだ?」
ロキ様は本当に楽しそうだった。おもちゃで遊ぶことに本当に楽しんでらっしゃった。蜂蜜酒らしき飲み物があるが、今は手を付けもしない。本当に楽しむ気だということだ。
緊張で喉が渇く。できるならコーヒーを、胃がチャプチャプと音がするまで飲みたいぐらいに、喉が渇く。柄にもない緊張感だ。眼を開けていることもままならない。口内がまともではないようで、舌すら痙攣している。
しかし、それをどうにかする。どうにかする時間をも与えられた。
本来なら、この場に存在することすら許されない。たとえ、俺に目を掛けて下さるフリッグ様のお怒りを買ろうとも、俺の存在を消し去ることは当然なのだ。そのこと自体は緊張も恐怖もない。俺は今、ロキ様に許されなければ存在すらできない愚物でしかないのだから。その愚物が、声を出す許可を与えられたのだ。緊張しないはずがない。やらかせば、俺だけでなく愛おしい彼女達にも手を掛けられてしまう。それはどれだけ不敬でも、許せないのだから。
「私の愛とは、悪であります」
正しいことなのだから、前提だ。ロキ様は笑ったままだ。許されている。
「故に、間違い続けます。正解がないことを理解しているのに、間違いだけはし続けます。儚い幻想を追い求め、何も得られず倒れ伏す未来が見えていても、確かなモノがあると信じ、延々と間違い続けるのです」
正解はない。けれど、絶対的な間違いもまたないのだ。まだ、許されている。
「私は親にも友人にも、今まで築いてきた人間関係全てにおいて恵まれてきました。いつも誰かに愛されて生きてきました。だから、私も誰かを愛せました。悪辣なものです。誰かが何よりも恐怖していても愛しました。誰かがどんなに敵対したとしても愛しました。誰かがどのように否定していようとも愛しました。誰かがどこかへ逃げ出そうとしても愛しました。誰かがもう会えないとしても愛しました。正しく、悪辣なものです。私は自由に存分に愛したいだけで、その誰か達を思いやってはいません」
ロキ様の言葉通り、俺は自分勝手に悪辣さばかりの人間だ。続きを、と視線で促されている。
「私の愛は、燃えるものです。燃え盛るものなのです。好きになったから好きでいたいのです。悪辣でしかありませんね。だとしても、本当にそれでしかないのでしょうか。自分以外の誰かがいるなら愛していたいという欲求が、悪であるとはどうしても言えないのではないでしょうか。間違え続ける中に、いつしか間違えじゃないかもしれないものが見つけられるのです。好きになるから好きにしろ、というものがあるのです。愛していいではありませんか。どんなに悪辣であろうとも、私は“シャドー・ノルドマンは絶対に愛されないことを理解しているのですから”」
シャドー・ノルドマンは誰にも愛されない存在である。そのことを口にするのは、やはり苦労する。
「私は愛されない。たとえ、目でも分かるものがあると言われようと、真に愛されることはありえない。【不可能を可能にする半端者】と自称する前、【人間の頂点で在る者】としていても、よく理解していました。私の愛は、悪辣であり、燃え盛るもの。私は愛するものを薪にして燃やすしかできない。共に何かを感じようとも、一緒に時を過ごそうとも、果ては薪として焼べてしまう。絆がある。情がある。しかし、それは証明できやしない。“シャドー・ノルドマンは愛しはするけれども愛されることは求めていないのだから”」
シャドー・ノルドマンは自由に存分に愛したいだけだ。そこに愛されたい欲はない。さんざん、愛されているとはほざいたが、理解もしないし、受け取る気もないのだ。あるものだとしても、俺の中ではないものとしている。
「愛されたいと願うこともなく、望むこともなく生きてきました。それは、普通に恵まれていたからもあるでしょう。環境も人間関係も、さほど苦労はありませんでした。親は私に不自由させませんでしたし、友人たちは私を孤独にしませんでした。だから、ではありえません。普通は、更に愛されたいと思うはずです。では、何故、私は愛したいだけなのでしょうか。簡単です。“愛してくれたものを燃え尽きた灰にしたくないから”」
愛というものは、燃え尽きた灰ではない。
「理屈なく言い訳なく愛されてしまったなら、私は彼らを燃やし尽くしてしまう。……愛はっ、燃え尽きた灰だと、どうして言えるでしょうか!! 愛してくれたものの温かさが残っていようとも、その温かさが消えていく寂しさに何もかも壊れそうになる!! 愛するならば、燃え続けるべきだ!! 自分すら薪になって燃えてしまいたいほど、愛している!!」
愛したい。みんな、みんな、愛おしいから。
「……しかしながら、それは許されないのを理解しています。あらゆるものを燃やすから、何もかも燃やしてしまうから。そのようだから、私の愛は、悪なのでしょう。燃えるというなら、燃えるものが必要です。私の愛は、燃え盛るもの。この星ごと燃やしてしまうでしょうから、許されやしない悪でしかないのです」
そのような悪だから、愛されたら舞い上がってしまって加減が出来なくなってしまうのだ。
「であれども、私の愛は悪だけではありません」
不敬ながら目を合わせて頂いた。
「私の愛は、サクラでもあるのです」
少しの沈黙。ロキ様が、軽く鼻を鳴らしたのを合図に、続ける。
「サクラは、傷ついてしまうと腐ってしまいます。弱いものです。でも、上手くやっていけば毎年綺麗に咲いてくれるでしょう。いつかの誰かといつもの誰かを出逢わせてくれるように、まだ通じ合っていることを教えてくれます。すぐ近くに居なくても、いてくれたことを教えてくれます。幸せを思い出させてくれます」
花見にいく予定だったのだ。大切な幸せがあるのだ。
「私は、愛せたことをとてつもない幸せだと感じます。ふとしたとき思い出せるものは、幸せです。喜び合ったこと、怒り合ったこと、哀しみ合ったこと、楽しみ合ったこと。みんな愛せたことを、幸せだと思い出せます」
清姫との愛が確かにある。ジャンヌとの愛がちゃんとあるのだ。沖田との愛がしっかりあるものだ。立香との愛が疑いなくあるから。マシュとの愛が必ずあるのだから。全て愛おしき幸せな思い出ばかり。悪辣さだけでは、決して生まれないものだ。大事にしたいものはみんなで育んできたのだから。
「私は今もとても幸せですよ、ロキ様」
心の底から笑った。ロキ様もニヤケ顔が、美しい微笑になっていた。
「やっぱり人間は面白い。ミズガルズ*7とアースガルズ*8が別世界なことに感謝しちまうよ。こんなにヘンテコなのが、巨人にも神にもいていいわけがない。ここまでヘンテコなのが人間としているからこそ、俺はこんなにも楽しいんだ」
ロキ様は、本当に楽しそうだ。人間と遊べて楽しんでくれたのだ。
「お前は、自分の愛を捨てられやしない。悪辣さを持った桜を咲かせて、誰ともなく愛していくんだ。苦しいぜ? 辛いって泣き喚こうが、お前は誰かを愛しちまう。愛せるなら愛しちまうからな。そんで、また辛くなる。簡単に押さえつけられるほどの熱量じゃねぇんだ。けど、辛くなっても愛し続けちまう。好きになったら、もっと好きになる。いつまでも、どこまでも、好きになれる。また死ぬほど辛い。お前は自分のカタチを歪めてでも、まともに愛せないんだ。でも、そんなこと理解しても捨てられやしない。お前の愛は、燃え盛るもんだから。お前が消え果てるまで、ずっと、そのままだ。そんなんが、ずっとだ。昔も、これからも、ずっとだろうな。壊れるぞ、お前」
「壊れませんとも。壊れないようにできていますから。万が一、壊れてたとしても、幸せな思い出に支えられて、壊れる前より頑丈になって復活することでしょう」
「はっ! やっぱ、貴様ヤッベェ奴だな。俺が女になって*9迫ってたとしても、拒絶はしないが受け入れないんだろうに」
「愛されたら終わってしまうので」
「またラグナロク*10起こすにしても、お前は抜いてやってやっから安心しな。お前がいると、すぐ終わっちまうからなぁ」
「起こさないで下さい」
「なんかあったら、俺が真っ先に消してやるよ。その方が、より楽しめそうだ」
暗に、俺は存在しない方が幸せだ、と言ってくださっている。正直に消してやると宣告して下さるので、安心する。燃やし尽くすことがなくなるのことが、本当に無くなるのだから。よかった、という気持ちが漏れてしまった。ロキ様は、そんな俺を少しの間眺めた後、蜂蜜酒を飲んだ。いい肴であったと思いたい。
「ちなみに、今までのぜーんぶ見せてるぜ。初めからずっと。五人とも。ついでに、フリッグのアバズレ*11にもな」
「それはそれは、手間が省けて助かりました。ありがとうございます」
予想はしていた。悪戯好きな神なのだ。楽しいことは勝手に派手にやる神である。
「なんか持ってっか? この林檎とかよ」
邪推したくないがユグドラシルで作っていないと思いたいテーブルの上に、籠いっぱいの黄金の林檎が出てきた。イズン*12様をまた騙したのだろうか。
「不老不死に興味は欠片もございません」
「ふーん。じゃ、スレイプニル*13の子孫でもあとで送るわ。大事にしろよ」
血が濃かろうが薄かろうが、大事にしようと決めた。贈られるのは極端だろう。神基準で、鑑賞用の駄馬か稀代の名馬かだ。どちらもある程度素晴らしいだろうが、素晴らしすぎると世界が大変なので加減はしていただきたいものだ。
「じゃあな、シャドー・ノルドマン」
退室の言葉は出せなかった。もう好きにしろ、ということだった。鷹の選択は、大事である。長生きのために、全身の力を抜く。その身がどこかに送られていくのを、微妙な居心地の中で知った。気を緩めすぎれば具合が悪い、かといって姿勢を正せば座りが悪い。程度な加減を探す。けれど、どれだけ試そうが全て微妙であった。これからがあるので、このような心地は少し困ったものだ。格好がつかないのだ。
それにしても、送ってくださるのはいいが、酔いそうである。吐くに吐けないもどかしさに、気分が滅入る。楽しそうな笑い声が聞こえてよかったとは思うが、正直この酔いをどうにかしてほしかった。どうしようもない俺に対する悪戯に、どうか加減をしてほしかった。格好をつけたいのだというのに。
「愛子!!」
柄にもなく許してほしい、と願っていたら通じたらしく、気づいたらフリッグ様に抱擁されていた。まるで赤子を抱くが如く、優しく繊細な抱擁であった。心身ともに無事なことは分かっておられるだろうが、まだ心配して下さっている。素直に嬉しいと感じた。
「大丈夫ですよ、フリッグ様」
「本当に、ですか? まさかっ、あのTS獣姦もする股を旅する者に、その身を汚されてはいませんね!?」
「フリッグ様、本当に大丈夫ですから」
ゆりかごで、とんでもない言葉が出されるのは慣れたが、これはあまりにアレなのでもうそのようなことはおっしゃらないでほしい。
「そう。なら、いいのです。愛子になにかあったら私は、止むことなく悲しみに暮れてしまうでしょう」
「そのようなことは、決して起こりませんのでご安心ください」
そうフリッグ様に言うと、フリッグ様は俺の目の前に手をかざした。それで、ここから少し遠くに愛おしき彼女達の存在を認識する。
「今でも会えますか、愛子」
愛おしき彼女達は、まだ俺を認識していないようだ。だからこその確認をする。ロキ様とのおしゃべりを彼女たちがどう受け取っていても、大丈夫か、と。俺が愛したことを後悔しないか、と。
「大丈夫です、フリッグ様。私は、大丈夫ですよ」
後悔はしない。できるわけがない。愛してきた彼女達にも俺自身にも、それは失礼すぎるから。振られてしまったなら、胸を張って愛せたことを誇ることしかしない。愛される気など、存在しない。
「そう……。頑張りなさいね、愛子」
「はい」
俺の頭を優しく撫でた後、名残惜しそうに下ろした。手を繋いで歩いていく。初めて歩くような感覚は、懐かしいものがあって目を閉じた。繋いだ手から感じる温かさを離すことが怖くなる。巣立つのに気後れしているのだ。後悔などできるわけがないというのに。
ゆっくりと、歩いた。その気なら数歩で近づける距離を伸ばされた。フリッグ様が心の準備をさせて下さったのだ。ふと、フリッグ様の顔を見れば、どんなことがあろうとも頑張りなさい、と母の顔で微笑んでいた。後悔などしやしないのだ。
だから、声を出してみることにしたのだ。たくさんの美しい花に隠れて見えないけれど、俺がいるんだと、気づいてほしくて。
「おい、みんな、花見を楽しんでいるか」
少し上ずったが、いいだろう。俺を呼ぶ声が聞こえる。たまらなく嬉しかった。受け入れたのか拒絶したのかはまだ分からないが、それだけでも嬉しいのだ。
呼ぶ方へ進む。そこには、愛おしき彼女達が待っていてくれた。俺が現れると、みんな口をつぐんでしまった。何やら言いたそうだが、どういうふうに言おうか悩んでいる様子。それを言うのを待ってみる。俺が愛を捲し立てるのは、今ではないのだ。
もじもじとした時間があった。その間で、フリッグ様の侍女方に誘導される。今度は、ロキ様が化けたのではなかった。
「もう、貴女達。愛子に言うことがあるのでしょうに」
いつもなら俺の至近距離におられるフリッグ様が、一人だけ椅子に座っておっしゃる。俺含めた六人は、本当に座っていいのか悩む肌触りがいいシートの上に座っていた。
「愛子の初めて笑った時の話はしましたし、おねしょをしなくなった話もしましたね。異性のお友達ができたときのお話は……しました。なら、牧場で馬に嘗め回されたお話? これもしましたね。うーん、他には」
「あの、フリッグ様。私の話を何処までなさっているのでしょうか」
「ふふ、たっくさんたっくさんですよ、愛子! 愛子が愛でる子たちですもの、愛子の可愛いところを知ってほしくって!」
「俺は可愛いよりカッコいいと思われたいのですが」
「まぁまぁ、男の子、ですね、愛子! 貴女達、愛子はカッコいいと思われたいようですよ!」
いつも以上にキャイキャイなさっておられる。この様子をどこかで知っているような気がするが、なかなか思い出せない。面識のない男女が親しくなるために間にいる、かの方はどういう名称だったか。
「貴女達」
すっと、フリッグ様が静かな声になる。叱りつけるものではない。諭すためのものだった。
「愛子のためどうであればいいのか。まだ、悩んでいるのですか?」
口を挟もうとするが、目で制される。それは、愛おしき彼女たちのものもあった。
「恐怖しても愛したいですか?」
「はい」
清姫の声だ。愛したい女のものだ。
「どうして? どのように? 貴女はなにも出来なくても愛されるというのに」
「ずっと怖いだけではありませんから。どうしようもなく怖いと思うほどに愛していることを、分かるまで伝え続けます。お人形は嫌ですもの」
清姫は言葉でも視線でも、俺にそう告白した。愛されないのだ、俺は。
「敵対しても愛したいですか?」
「はい」
ジャンヌの声だ。愛したい女のものだ。
「どうして? どのように? 貴女はなにも出来なくても愛されるというのに」
「敵対するだけものではありませんから。ぶつかり合ってしまうほど愛していると、分かるまで届け続けます。好き勝手は私もしますし」
ジャンヌは言葉でも視線でも、俺にそう告白した。愛されないのだ、俺は。
「否定しても愛したいですか?」
「はい」
沖田の声だ。愛したい女のものだ。
「どうして? どのように? 貴女はなにも出来なくても愛されるというのに」
「否定し続けられませんよ。否定が肯定に裏返ってたりするほど愛していると、分かるまで突っ込んでいきます。突くの私の十八番ですから」
沖田は言葉でも視線でも、俺にそう告白した。愛されないのだ、俺は。
「脱走しても愛したいですか?」
「はい」
立香の声だ。愛したい女のものだ。
「どうして? どのように? 貴女はなにも出来なくても愛されるというのに」
「帰巣本能ってのがありますから。そこに帰ることが当たり前なほど愛しているって、分かるまで触れ合ってみせます。わたしのコミュ力舐めないでくださいね」
立香は言葉でも視線でも、俺にそう告白した。愛されないのだ、俺は。
「永訣しても愛したいですか?」
「はい」
マシュの声だ。愛したい女のものだ。
「どうして? どのように? 貴女はなにも出来なくても愛されるのに」
「空は繋がっているのでいつか会えます。どんなに離れてしまおうが絶対に会いに行くほど愛しているって、分かるまで繋がり合います。ルールなんて破るためにあるので」
マシュは言葉でも視線でも、俺にそう告白した。愛されないのだ、俺は。
「………」
何も言えない。何も言ってやれない。何を言っても壊れるのが目に見えたから。愛おしい彼女達を壊したくなんてなかった。
「貴女達」
フリッグ様の声は良く通る。不敬にも耳を塞ぎたくなるほど、よく通る。
「なら、もっと愛子に愛されなさい。躊躇いなど失くし、理想的な関係など捨て去って、今を壊してやりなさい」
フリッグ様は賢母なのだ。母親らしく子を導ける方なのだ。
「もっともっと。愛子を壊す気で愛しなさい。理由なく、言い訳なく、今を壊して愛してあげなさい」
フリッグ様は母の顔で、俺たち六人を見渡した。
「愛されるなら、同じくらい愛してあげなさい。どっちかだけなんて狡いでしょう。ねぇ?」
そのお言葉と同時に、ようやく俺は愛おしき彼女たちを理解した。
あぁ、彼女たちは―――
「愛していますよ、シャドー」
清姫の声、ジャンヌの声、沖田の声、立香の声、マシュの声。全部に魅了される。愛されたいと願っていいのか、と涙が滲む。
どうしていいか分からないほどに、俺は、シャドー・ノルドマンは愛されていた。
「燃やし尽くしてしまう」
「霊火堂の火はずっと燃えているんですって。そのように、シャドー様と燃え続けましょうか」
清姫の声。愛されているのだ、俺は。
「燃え落ちるだろう」
「サン・ジャンの火祭り楽しいですよ。そんなふうに、シャドーと燃え続けるものいいですね」
ジャンヌの声。愛されているのだ、俺は。
「燃え果てるだろうな」
「提灯の火ってそうそう消えないんですねぇ。そんな感じで、シャドーさんと燃え続けるのいいじゃないですか」
沖田の声。愛されているのだ、俺は。
「燃え切るさ」
「パイロキネシス*14覚えますね! 人間やればできるんですから、シャドーさんと燃え続けちゃいます」
立香の声。愛されているのだ、俺は。
「燃え残るものは何もない」
「ムスペルヘイム*15を開拓しますか? 鉄腕なんとかーしながら、シャドーさんと燃え続けていきます」
マシュの声。愛されているのだ、俺は。
言い訳をしてしまいたくなる。愛してほしいから愛しているのではない。ただ愛しているから愛し続けているのだ。そこに、愛されているから愛している、と信じてしまいたくなっている。
許されない。許されるわけがない。俺は自由に存分に愛したいだけだ。悪辣なものがある。それを素直にぶちまけてしまえるほど、頭が緩くはない。
愛おしき彼女たちの目を見る。一人一人、真っすぐ見つめた。害ある攻撃をしたのだ。
――愛している
見つめ合う一人一人に告げた。
――愛している
全員に同じように返された。
もう駄目だ。許されなくていい、と思ってしまったのだ。
「貴様らに、俺は、愛されたいよ」
燃え盛ることを選ぶ。間違いなんかじゃない。彼女たちと燃え続けたいのだ。正解でもない。
「愛している。愛しているよ。俺が愛していたい。貴様たちに愛されているくらい、たっくさん愛したい!!」
格好がつかない顔で愛している女達に告白した。情けない様子の俺を愛する人たちは抱きしめてくれた。嬉しくてしょうがなかった。
「幸せにね、愛子」
優しい香りが包む。目に映るのは、用意して下さった花たちよりも、好きすぎる花たちだ。
「幸せになろうな、みんな」
【人間】シャドー・ノルドマンは彼女たちに愛されて愛している、そう約束されている。
主人公設定
設定
・ゲーティアとの戦闘に勝利後、全サーヴァントの力の使用によって心身に大きな負担がかかり命を落とす。
・しかし、フォウの力で【「人間」と「神」のハーフ】として復活。身体能力は【人間】だった頃と同じだが、魔力と魔術回路は【神】の力が加わったことで大魔術も簡単に発動できるようになった。
☆「英霊転身システム」
・【人間】と【神】のハーフに生まれ変わったため、システムの使用時の負荷は一切かからず、いつでも自由にサーヴァントの姿に変身・能力・宝具が使用可能になった他、変身後の精神は主人公のままでいられるようになった。
☆特性
・「記録」→自身の経験や見たものを全て(一秒、一瞬まで)覚えていることができる
・「魔増(まぞう)」→消費した魔力を自動回復させる
・「世渡(せいと)」→レイシフトなしで異世界を自由に行き来することが可能
☆二つ名
【人間の頂点で在る者】から、【不可能を可能にする半端者】に。
由来:半分は人間。半分は神。普通の人間の寿命を持ちながら神の力も持っているという意味で主人公が考えた名
以上が、シャドー様ご考案の設定です
◎あとづけ設定
北欧神話の最高位の女神のチカラが入っている。
どれぐらいのヒロイン数がいい
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一人
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二人ぐらい
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ハーレム