亜種異聞帯『創世光年運河ゴエティア~ある少年と少女の敗北~』 作:RAINY
唐突な話だが、2016年に人類は一度滅びた。魔術王を語った魔神王に、人類史、人理は紀元前約千年前から3千年間焼かれ続けた事件。『人理焼却』である。
しかし、これは藤丸立香の手によって解決され、人類の生きる未来は取り戻された―――
――とはならないのが、この世界が「Destiny」ではなく『Fate』と題される所以かもしれない。
端的に言えば、人理はもう一度危機を迎えていた。
『人理焼却』から世界を救った藤丸立香、ひいてはカルデアの生き残りは国連の許可なく違反を繰り返したとされ、査察団を送り込まれた。この査察団が、すでに人理の敵対者だった。
この日、この時を以って、人理、敵対者曰く汎人類史はもう一度苦難にさらされる。最初の苦難であった『人理焼却』になぞるならば、『人理漂白』とでも呼ぶべき事件である。
藤丸立香含むカルデアの生き残りは敵対者の襲撃でさらに数を少なくし、命からがら、虚数潜航艇シャドウ・ボーダーという大型特殊車両によってカルデアを脱出していた。
そのすぐ後、カルデアの生き残りであるサーヴァント、シャーロック・ホームズがカルデア設備の全停止を開示した。
「車両を止めてください!カルデアに戻ります、戻らせてください!」
カルデアで生を受け、苦しくも嬉しかった日々を生きた少女、マシュ・キリエライトが悲痛な叫びをあげる。
「あそこには、ドクターの部屋がまだ……!」
ロマニ・アーキマンとの記憶が、もう会えない恩人と居た証明が奪われる。マシュには、それが耐え難かった。
「や、やめんか、今戻って何になる!」
「皆さんとの思い出は奪われてなんていません、奪わせなんてしません!」
カルデアの新たな所長となるはずだった男、現状においてこのカルデアスの生き残りの最高責任者、ゴルドルフ・ムジークがマシュを必死に止めようとするが、マシュは構わず、まだ調整の済んでいない武装の霊体化を解こうとしていた。
「マシュ、駄目だ」
「先輩、どうし……て」
平凡にして少し前まで一般人、しかして人類最後のマスター、藤丸立香がマシュを抑えた。自身の敬愛するマスターとはいえ、そのような日和見に非難の一つも口をつこうとしたが、立香の顔を見て、その非難は引っ込んだ。
立香が、今にも泣きそうな顔をしていたからだ。
「生きなきゃ、駄目だ……、マシュ。ロマンが救ってくれたこの世界で、生きなきゃ、駄目だ……!」
「先、輩……」
死んではいけないと。どれ程辛くても生きなきゃ駄目だと。立香は涙がこぼれそうな程潤んだ瞳で訴えかけた。
彼と共に7つもの特異点を越えてきたマシュには、彼の言わんとする事が伝わり、彼女の動きは押し留められる。同時に、カルデアを失った無力感、それと武装しようとした反動による疲労でその場にへたり込んだ。
シャドウ・ボーダーの乗員全てにマシュの無力感が伝わったところで、外に変化が見え始める。
隕石のように空から飛来する落下物。だが、地面に対してあまりにも真っすぐな落下軌道が隕石でない事を証明している。
〈我々は、全人類に通達する〉
その異常事態を背景に、通信が響く。
〈この惑星はこれより、古く新しい世界に生まれ変わる。人類の文明は正しくなかった。我々の成長は正解ではなかった。よって、私は決断した。これまでの人類史、汎人類史に反逆すると〉
その通信は、全人類に対する宣戦布告。
〈これより、旧人類が行っていた全事業を凍結させる。君たちの罪科は、この処遇をもって清算するモノとする〉
その布告は、全人類、いや、旧人類への死刑宣告。
〈私の名はヴォーダイム。キリシュタリア・ヴォーダイム。7人のクリプターを代表して通達する。この惑星の歴史は、我々が引き継ごう〉
Aチームのリーダー、汎人類史への反逆者、キリシュタリア・ヴォーダイムの演説はその通達で終了した。
カルデアの生き残りはその名に動揺する。彼の思惑を俄かに測ろうとする。だが、そんな時間と判断材料は与えられない。
「混乱の最中に失礼。また通信だ。……これは、カルデアから?」
発信元がカルデアの座標と被るその通信を、ホームズは躊躇いなく受信した。
〈やぁ、カルデア。そしてクリプター。こちらは、鴇崎星だ〉
その通信は、Aチームの一人、しかしクリプターではない男からのモノだった。
〈キリシュタリア・ヴォーダイム。悪いが、君のプロジェクトは乗っ取らせてもらう〉
それは、クリプターにも送られている通信である。
〈汎人類史が正しくなかった事には同意見だ。でも、別の人類史が正解とも言えない。人間は、人間である時点で間違いだ。それは神代に戻そうが神秘で満たそうが変わらない。人間という製品自体が欠陥品なのさ〉
鴇崎は人類の全てを否定した、汎人類史から異聞帯にも渡る人類の全てを。
〈だから、やり直す。この星を転生させる。あらゆる生命を過去にする〉
鴇崎の宣言に、立香たちは聞き覚えがあった。
そう、それは、『人理焼却』の犯人、ゲーティアの言葉に似ていたのだ。
「せ、先輩!あれは!」
「光帯……」
マシュが指差した先の空には、光の帯が走っていた。
その光の帯が何であるか。何故現在の空にあるかは抜きにして、立香もマシュも理解した。
『
〈さぁ。足掻いてくれ、藤丸立香。「希望に満ちた人間の戦いはここからだ」と〉
世界が漂白される速さを上回って、炎が世界を焼いていく。恐ろしい速度で、炎が星に広がっていく。
「ダ・ヴィンチ女史!」
〈分かっているとも!〉
熱量も燃焼速度も
世界そのものを焼こうと星を覆いつくす炎が届かない場所、虚数の海に潜る準備を。
そうして、人類未踏の航海が始まる。