亜種異聞帯『創世光年運河ゴエティア~ある少年と少女の敗北~』   作:RAINY

5 / 7
ある少年と少女のif

「……い、……(せん)…」

 

「ん、あ?」

 

「起きてください、先輩!」

 

 藤丸立香は微睡の中、マシュ・キリエライトの揺さぶりによりその意識を覚醒させる。

 

「マシュ、おはよう」

 

「おはようございます。ですけど、時間は夕方に近く、悠長に挨拶をしている場合ではないかと」

 

「え?何かあったっけ?」

 

 マシュは慌てているようだが、まだ頭に靄がかかっている立香ではその訳を推測できなかった。

 

「ほう、この私の講義で居眠りとは。君の心臓にはさぞ太い毛が生えていそうだな」

 

「げっ、孔明!」

 

 眉間に堀の深いしわを刻んだ時計塔講師の顔を視界に入れ、立香は現状をようやく理解した。

 

 立香は人理修復後、その功績を称える褒賞と神秘を浴びに浴びた貴重なサンプルの意味を込めて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「孔明、か……。未だに信じられん。この私がかの軍師に憑依され、疑似的なサーヴァントになって人理修復に協力していたとは」

 

「あ、ごめん。つい癖で。ロード・エルメロイが普段の名前なんだっけ?」

 

「二世、ではもうなかったな。ロードは義妹に返した、元よりアレが成人するまでという約束だったからな。今はウェイバー、ウェイバー・ベルベット・アーチゾルテだ」

 

 時計塔講師のウェイバーは腹部を押さえながら自身のフルネームを述べた。

 ちなみに、ロードの称号は返せたが、借金の返済はまだである。その返済が終わるまで、彼はアーチゾルテだ。なお、アーチゾルテでなくなった後でも、義妹から逃れられる保証はない。その辺りが腹部を押さえた理由、胃痛の種である。

 

「先生、そろそろ特別講義は終わったかしら?」

 

「そろそろ夕飯の支度がしたいから、立香を迎えに来たんだが」

 

「ああ!イシュタ、じゃなくて、エレシュキ、でもない。凛さん。それと、エミヤ」

 

「できれば士郎で頼む。そっちの呼び方は、なんだかむず痒い」

 

 教室に現れた遠坂凛と衛宮士郎は、立香からのその呼び名に苦笑する。

 

「わたしが金星の女神と冥府の女神に憑依されて疑似サーヴァントになって、あのアーチャーも召喚されてたとか。人理が曖昧な状態って何が起こるか未知すぎるわね。ところで、あのアーチャーは立香に迷惑かけなかった?お小言を口うるさく何度も言ったりとか」

 

「止めてくれ、遠坂。不思議と俺が気まずくなる」

 

 凛がエミヤの事を言及すれば、士郎がそれを制そうとした。

 自分自身のようで自分自身ではない存在。未来の自分とも言えるその存在とかつて色々やったのもあって、士郎はその話題に触れたくないのだ。

 

「迷惑とかはなかったよ。すっごいオカンだったけど」

 

「ええ、エミヤさんは凄くお母さんでした」

 

「だって、衛宮君」

 

「なんでさ……」

 

 結局話題を制する事ができなかった士郎は得体のしれない羞恥に駆られた。

 

「はぁ……。講義をする雰囲気ではなくなってしまったな。仕方ない、今日はここまでとしよう」

 

「ヤッター!」

 

「ただし、課題を2倍にする」

 

「ソンナー!」

 

 舞い上がった立香はウェイバーの精神攻撃を受け、机に突っ伏す。

 

「まぁまぁ、課題だったらわたしたちが手伝うから」

 

「ここはカウレスさんにも助力を請いましょう、先輩。彼ならきっと力を貸してくれます」

 

「カウレスさんか。そいえばフランの事で色々訊きたがってたし、丁度良いかな」

 

「フラットもジャック・ザ・リッパーの事を訊きたがってたな」

 

「なんか、フラットのジャックとジャックちゃんは違う気がするんだよなぁ」

 

 魔術師の巣窟に相応しくない、和気藹々とした空気が立香を中心に漂っている。奇人変人博覧会たる数多の英霊たちと心を通わせた、彼の冠位コミュ力が成せる技だろう。

 

「ふむ。では。カウレスとフラットも()()()()()()()

 

「大げさだよ、孔め、じゃなくてウェイバーさん」

 

「大げさなものか。君をホルマリン漬けにしようと、多くの魔術師が狙っているんだ。だから送迎を遠坂凛と衛宮士郎に頼んでいる」

 

 前述の通り、神秘を浴びに浴びた貴重なサンプル、魔術師たちが欲しがる魔術触媒なのだ。ウェイバーの警戒心は正当だった。

 

 立香は多くの幻想種と戦い、英霊たちが溢れる戦場を渡り歩き、神の残る神代すら踏破した。彼の中にそれらから流入した神秘の残滓が残っているかもしれない。また、彼は英霊の生き字引、英霊たちの伝説をその目にしてきたタイムトラベラーだ。彼の脳を洗ってその英霊たちの生映像を抜き出し、再現を試みようとする魔術師も居るかもしれない。さらに言えば、彼は多くの英霊の触媒となり得る。彼が英霊から贈られた物品も、亜種聖杯戦争が度々開かれている昨今、物次第では1つだけで一財産稼げてしまう。

 

「もしもの場合、最後の盾はマシュ嬢になる。気を引き締めるように」

 

「はい、覚悟しています。先輩、私は絶対先輩を守ります」

 

 ウェイバーが気を引き締めるよう注意を促すまでもなくマシュは気を引き締めており、全力で立香を守ろうとしていた。

 その思いは立香も疑いようがない。だが、立香は自身を見つめるマシュの瞳に、不穏な影を見た。

 

「マシュ……?」

 

「絶対に、守り抜いてみせます」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ああ、先輩……先輩!絶対です、絶対守ります」

 

 マシュは、いいや、()()()()()()()は水晶に閉じ込められた()()()()()()()()を見つめながら誓う。

 

「先輩を脅かす全てを殺してでも、私はそうしてみせます」

 

 この異聞帯は藤丸立香がゲーティアに負けた異聞帯。より正確に言えば、マシュが心折れてしまった平行世界。

 冠位時間神殿突入前。ゲーティアがマシュに死のない平穏な世界、ではなく、藤丸立香の、影で泣いていた過去と、これからの試練に苦しみ続ける未来を見せた。

 自身の苦しみなら、マシュは耐えられた。自身が立香を守れた末に死ぬなら、マシュは心折れなかった。

 だが、立香の苦しみは違う。彼の幸せを願って命を賭してきたのだ。彼の幸せを願って命を懸けようとしていたのだ。その前提が覆されてしまえば、マシュの心は根底から瓦解する。

 

 結果、マシュは藤丸立香を幸せな夢に閉じ込めるようゲーティアに交渉し、人類を見捨てた。

 

「例え汎人類史()の先輩を殺してでも、異聞帯()の先輩を守ります」

 

 彼女にとって人類よりも、他の何物よりも、異聞帯の藤丸立香(自身の先輩)が大切だったのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。