勇者の日誌   作:Yuupon

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13(女神日記)

 

 

 

 一日目

 私の存在が完全に消えてしまう前に記録に残すことにした。

 まず初めに、私は女神だ。女神アルテミシアという名前で、この世界を見守っている。

 ……いや、正しくは見守ってきた、というべきか。

 経緯をここに記しておこうと思う。

 簡単に言えば、女神アルテミシアは魔王と戦い、そして敗北した。

 その結果、女神としての権能はおろか、存在ごと魔王に消されてしまったのだ。

 もう、人々の記憶の中に女神の記憶は残されていないだろう。

 私の存在を覚えている者はこの世界には誰一人存在しない。

 辛うじて、消される寸前に女神としての力を世界中にばら撒くことで私自身の消滅は免れたが、今の私はそこらの魔物にも倒されてしまうちっぽけな存在だ。

 今も魔王の魔の手からどうにか逃げているけど、いつ見つかるか……。

 見つかれば今の私なんて容易く消されてしまうだろう。

 ……消されるわけにはいかない。

 

 

 

 二日目

 魔王の魔の手から隠れるため普通の人間として過ごすことにした。

 この有様では女神なんてとうてい名乗れないからだ。

 それでどうにか人里に逃げ込んだけど、やっぱり村の人は誰も私のことを覚えてないみたいだった。

 それどころか村に置いてる女神像すら、昔からあるけど何の像か分からないらしい。

 ここまで徹底されるとむしろ感心する。

 女神としては天界に残してきた天使達とどうにか連絡を取りたい……きっと、私が消えて混乱してるだろうから。

 

 

 

 十日目

 風の噂でルッカ王国が勇者調査を行ったと聞いた。

 二人の勇者が見つかったとか。

 ……おかしい、本来勇者は一人しか居ないはずなのに。

 もしかしたら女神という存在が消えたせいで、世界に不具合が生じているのかもしれない。

 もしくは単純にどちらかが偽物か、あるいは。

 ……女神の力があればそれも分かるんでしょうけど、今の私には何も分からない。

 いったいこの世界に何が起きているの?

 

 

 

 十五日目

 魔物の追手が激しい。

 力を失った私には逃げるしかない。

 助けてくれる人もいるけど、甘えるわけには……。

 私が狙われている以上、迷惑をかけてしまう。

 どうにか、どこかで再起をはからないと。

 せめて天界に残してきた天使たちと交信が出来れば。

 

 

 

 二十五日目

 ゴルドの街を勇者が救ったという話を聞いた。

 ひとまずは勇者に追いつくことを目標にして、本物の勇者なら助けを求める方針でいこう。

 そうでなければ、また対策を考える。

 

 

 

 三十日目

 ゴルドの街に辿り着いたが、既に勇者の姿は無かった。

 何でも街を救った後、足早にこの土地を去ったとか。

 急いで追いかけたいけど、どこに行ったのかが分からない。

 それにゴルドの街から先の魔物は私一人では相手出来ないから、すぐに向かうことは断念した。

 代わりに山中の休憩所に向かおうと思う。

 あそこは元々、私の信徒達が作った山の教会だ。

 それなりにアイテムもあるはずだし、そこで潜んで足取りを追う準備をしよう。

 

 

 

 三十五日目

 山の教会に辿り着いてから三日がたった。

 ここ数日間、私を追う魔物は見ていない。

 上手く撒けたのだろうか? いや、でも魔王がそんなに手ぬるいはずがない。

 現に、買い出しにゴルドの街に降りた際に、ルッカ王国でジャイアントフライが出たとか、リベリアの街でガイコツリーダーが出たという話が噂になっていた。

 この周辺にもそれらしい魔物が再配置されるのは時間の問題だろう。

 その前にどうにか天使達と連絡を取らないと。

 

 

 

 

 三十八日目

 山の中で勇者を拾った。

 いくら弱ってても間近で見たから間違いない。

 全身に毒が回ってたので急いで解毒した。

 何故こんな山の奥にある小屋の近くに?

 ゴルド~リベリア間を移動するなら普通山は迂回するはずなんだけど。

 

 

 

 三十九日目

 勇者が目覚めた。

 話を聞いてみると、ゴルドの街に向かっていたらしい。

 しかも毒消し草も持たずに一人で、とか。

 ……もしかしなくても馬鹿なのかしら?

 思わず呆れた私は悪くないと思う。

 まぁ、彼も勇者だ。こんなところで死なれては困るのでキュアの魔法を伝授した。

 ……これでも女神だった身だしね。 

 本来与えるべき加護も与えられてないんだから、これくらいはしないと個人的にも気が済まなかった。

 ただ、一つだけ驚かされた。

 勇者は私のことを見て「女神様」って言ったの。

 驚いて硬直してる間に出て行ってしまって、慌てて外に出た時には既に姿は無かったけど、もしかして彼は女神の存在を覚えてるのかもしれない。

 次に会ったときに聞いて、出来れば協力を取り付けたい……。

 

 

 

 

 四十二日目

 勇者を探しにゴルドの街に降りて二日。

 ようやく勇者を発見した。

 というか向こうから声を掛けられた。

 急に女神様って呼ばれて、そっちを向いたら勇者が笑っていた。

 聞き間違いじゃないーーーー勇者は私のことを覚えててくれた。

 私の事を覚えている人が居た。

 それが凄く嬉しかったけど、でも街中で女神呼びは不味いのでお説教した。

 万が一街の中に魔物が紛れていたら大変なことになるもの。

 今後はアーシアっていう名前で呼ぶように厳命した。

 そのあと色々話を聞いたわ。

 何で私が女神だと分かったのかを聞いたら、当たり前の顔で「女神様だからですよ」と言われて改めて確信した。

 間違いなく彼は覚えている。

 なぜかは分からないけど。

 

 

 

 四十三日目

 天使達と連絡を取るための魔法薬が完成した。 

 情報共有したけど、状況はすこぶる悪かった。

 私が存在を消されたことで、天使たちの力も激減したらしい。

 そして天界は魔王に襲われ、残った天使達も散り散りになったという。

 大天使もあらかた捕縛され、生き延びた天使たちの行方も知れない。

 どうか生き延びてくださいと言って、連絡していた天使も直後に捕縛されてしまった。

 不味い、思っていたよりも魔王の侵攻速度が速い。

 ……私に出来ることをやらないと。

 

 

 

 

 四十四日目

 打開策が見当たらない。

 唯一の良い点としては魔王側に私が女神だとバレてないこと。

 でもそれ以外の全てが悪い方向に進んでいる。

 捕らわれた天使を助ける、魔王を倒す、女神としての力を取り戻す。

 急がねばならないけど、でも。

 そんな時に勇者と会ってどうしたのか聞かれて、つい現状を話してしまった。

 ただでさえろくな加護を与えることも出来てないのに、私の事情を。

 天界が魔王にやられたこと、天使……同僚が殆ど捕まってしまい行方が分からないこと。

 迷惑な話だと思う。でも、全てを聞いた勇者はこういってくれた。

「魔王は勇者が倒すよ、必ず」

 ありがと、ちょっと希望が湧いてきた。

 

 

 

 四十五日目

 まずは順番を決めた。

 一番回避しなければならないのは私自身が捕まってしまうこと。

 そうなれば今度こそこの世界から女神は完全に消えてしまう。

 その上でまず優先すべきは、私自身の力を取り戻すーー魂のオーブを集めることだ。

 とはいえ、場所が分からないからまずはそれを炙り出すところからだけど。

 

 

 

 五十日目

 オーブ集めが芳しくない。

 というのもやはり場所が分からないからだ。すぐ近くにあれば流石に分かるんだけど。

 聞き込みをしても知らないという話ばかりだし……。

 場所を変えた方が良いかもしれない。

 とりあえず北のノーランドに向かうことにした。

 そこからなら他の大陸にも足を延ばせる。

 

 

 

 五十四日目

 勇者と偶然出くわした。

 仲間が増えたらしい、武闘家の少女を紹介された。

 というか一目で分かったけど、この子『龍の一族』じゃない?

 一族にのみ継承されるオーラと呼ばれる特別な力を使い、魔物と生身で渡り合えることからその存在を魔王に疎まれ、滅ぼされたって女神時代に報告で聞いていたけど。

 ……まさか生き残りが居たとは、しかもそれを仲間にするなんて。

 そんな挨拶を終えて今後どこに行くか聞いてみたら勇者達もノーランドに行くところだったみたい。

 誘われたので一緒に行くことにした。

 

 

 

 

 五十五日目

 ノーランドに向かう道すがら、洞窟の中を通っている最中のこと。

 勇者が次の戦闘は任せてくれと言いだした。

 何故か分からなかったけど、次に出てきた魔物を見て納得した。

 ドラゴン、魔王直属の魔物。

 恐らく勇者は私たちの正体にドラゴンが感付くことを恐れたのだろう。

 女神である私と、龍の一族である武闘家。

 どちらも気付かれれば目の前のドラゴンは迷わず報告に戻るはずだ。

 しかし狭い洞窟内とはいえドラゴンはドラゴン。

 一対一では無茶だと止めようとしたが、彼は一人で戦い始めてしまった。

 そして最後には武器を投げてドラゴンの目に突き刺すことで見事に追い返すことに成功していた。

 

 

 

 五十六日目

 ノーランドに着いたことで勇者達とは一時別れることになった。

 まずは生活基盤を整えて、女神としての力を取り戻そう。

 とにかく早急に。

 

 

 

 六十二日目

 すぐ近くに魂のオーブの力を感じて危険種討伐に参加した。

 相手は以前勇者が戦ったドラゴンだった。ただ、以前と違うのはドラゴンからオーブの力を感じたこと。

 恐らくだけど、魔王軍に回収されたオーブを与えられたのだろう。

 以前戦った時より、格段に強くなっていた。

 それでも私達に大きな被害が無かったのは勇者が一人でドラゴンの攻撃を受け持ってくれたからだ。

 ……そして戦いが動き出したのもやっぱり勇者の行動からだった。

 不意に剣を投げ、ドラゴンの目を貫いた瞬間に、急にドラゴンの身体からオーブの力が消えた。

 恐らくは目にオーブを埋め込まれていたのだと思う。

 それが切っ掛けでドラゴンは力を奪われ、討伐された。

 ただ、一つ困ったことがある。

 ドラゴンから感じたオーブ。それが見当たらない。

 隅々まで探してるけど見当たらないし、力も感じないし。

 いったいどこに……?

 

 

 

 

 六十四日目

 何と勇者がオーブを持ってきてくれた。

 思わず抱き着いてしまったけど、それくらい嬉しい!

 お陰で力の一端を取り戻すことが出来た。

 ……それでも人間で言うなら上級入りたての魔法使いくらいだけど。

 でも、これで前よりも戦える。

 この調子で力を取り戻していけば……!

 ただ、一つ疑問がある。

 勇者が持っていたのなら、何で私はオーブの力を感じ取れなかったのだろう?

 

 

 

 六十八日目

 街の外で魔王軍らしき魔物たちが居るのを見た。

 恐らく、ドラゴンが討伐されたことで確認に来たのだろう。

 幸い、私の存在には気付くことは無かったけれど、かなり敵の動きは早い。 

 ハイディングの魔法で隠れて会話を盗み聞きしたけど、どうやら魔王軍も私の力。

 魂のオーブを探しているらしい。

 その力を使って魔物を強化出来るとか。

 ……一刻も早く回収しないと、でもこのままでは。

 

 

 

 七十一日目

 決めた。

 勇者に正式に協力を要請しようと思う。

 何にせよ今の私には力が、人手が足りない。

 これ以上迷惑を掛けたくなかったけど、でもそんなことを言ってられる場合じゃない。

 勝手に魔王に挑んで、勝手に負けた身分が言えることじゃないのは分かってる。

 でも、背に腹は代えられない。

 

 

 

 七十二日目

 勇者が女神様と呼んでくれた。

 こんな私でもまだそう呼んでくれるのか、と思った瞬間に涙が止まらなくなった。

 勇者はきょとんとしてたけど、この人はどこまで底抜けのお人好しなのか。

 普通、責められても不思議じゃない。

 女神としての役割も全うできず、勇者に与えられるべき加護も与えられない、挙句の果てには力を敵に利用される女神なんてお荷物どころの話じゃない。

 なのに、この勇者は当たり前の表情でそんなことを何とも思ってないかのように接してくれる。

 優しすぎると思う。

 そんな彼だからか、オーブ集めに協力して欲しいと話したときも二つ返事で受け入れてくれた。

 ごめんなさい、ありがとう。

 

 

 

 七十三日目

 海に現れ、船を沈める嵐の魔物。

 恐らく、魔物は各国が連携することを恐れているのだろう。

 だから、お互いの情報が届かないように封鎖を行っている。

 どんな魔物が相手かは分からないけど、でも私に出来ることをやろうと思う。

 大丈夫、勇者達と一緒なら。

 

 

 

 七十四日目

 魔王軍側にも頭の切れるものがいるようだ。

 女神として情けないことに、すっかり騙されてしまった。

 空に現れた巨大な半魚人ーー未知の魔物。

 全身に感じるほどの溢れる濃厚な魔力は、てっきりこの化け物が発していると錯覚していたが、まさか船底に潜む本命を隠すためなどと誰が思うだろう。

 あらゆる魔法攻撃を放っても手ごたえがなく、どう倒せばいいのかと絶望的な空気に陥った船を救ったのはやっぱり勇者だった。

 彼が気付かなければ恐らく、船は沈んでいたと思う。

 しかしこれを考えた魔物は、誰なのだろう。

 空に幻影を浮かべるアイデアを出し、実行できる。相当な強者で、知能のある魔物に違いない。

 

 

 

 七十六日目

 ノーランドの街では早くも勇者のことが噂になっていた。

 嵐の魔物を討ったストームキラーだとか、剣一本でドラゴンを撃ち落としたドラゴンキラーだとか。

 彼こそがルッカ王国から旅立った後、行方をくらませた黒の勇者ではないか、とか。

 自分の事ではないのに、少しだけ誇らしい。

 

 

 

 七十七日目

 貿易が再開されたので、他の大陸に移動することにした。

 まさか勇者たちが一緒の船に乗っているとは思わず、驚いたけど、せっかくなので一緒に過ごすことに。

 三人でトランプをした。勇者にカモにされた龍の少女がムキになっているのが微笑ましかった。

 

 

 

 七十八日目

 龍の一族の少女に模擬戦を頼まれた。

 彼女の実力を知るためにも戦ったけれど、まだ彼女は未覚醒のようだ。

 基本のオーラを練る、纏うまでは出来ていたので恐らくそこまでは教わったのだろう。

 年齢を考えると異常な力だけど、龍の一族と考えれば弱い。

 師が居ないからか伸び悩んでいるのかしら?

 出来ることはしてあげようと思う。

 

 

 

 七十九日目

 ヒントは与えた。

 あとはあの子の発想次第、頑張ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 


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