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行楽日和の良く晴れた日でございました。
ガテラティオ近郊の高原に、いくつもの家の子女たちが集まり、お茶会を行っております。
こちらはいわゆる家々の交流会でございまして、表面的には派閥の垣根を超えた催しになっておりました。
いくつかの力ある家、つまりゼネオルシアやバーガンディが主催でしたから、当然エンプレス様もご出席されるだろうと踏んでおります。
とはいえ十数、いえそれ以上の数の家が参加しているお茶会ですから、人数も相当なもの。
使用人を含めますと、一家につき最低十人、いや二十人以上でしょうか。ともかく何百人という人間が一堂に会しているわけでございますから、エンプレス様と同道する以前の状況でございます。
ブランドー家も他家と同様に何十人もの使用人が付いてきており、お嬢様も外行きの顔で微笑んでおられました。
このご様子ですと、今日、決闘までに事を運ぶのは難しいかもしれません。
当然お嬢様もその点についてはご理解されていると思いますが、焦りは見えません。
今日の日を迎える前に、
「勝たなきゃいけないのよ。
決闘することが目的じゃない、そいつは手段だから。
そこを焦ると……私は負ける気がする」
ということをおっしゃっておりました。
だからもし今日、何もなくても、気にしない、と。
そういういきさつがございましたから、今日のところは本当に何事もなく終わるかもわからないと、少々のんびりとした気持ちで側に仕えておりました。
空の高さと、流れる雲が美しゅうございます。
それでもやはりリト・ブランドーという少女は、波乱とともに生きるという宿命があるのでございましょうか。
淑やかに座ってらっしゃったお嬢様が、やおらに立ち上がり、一方を睥睨されました。
見れば、すらりとした女性が、側仕えを引き連れて、ゆったりとこちらに向かって歩いておられます。
完全に調律されたかのような美しいかんばせ。
銀色の髪が太陽の光を受けながら揺れて、きらきらと光を放つようでした。
装いは、ドレスではなく、スカートですらない。長い脚を誇示するようなぴったりとしたパンツ。
エンプレス・ゼネオルシア。
初めて拝見いたしましたが、一目でわかりました。
異彩を放つエンプレス様に、周囲の者は羨望の眼差しを送っております。
お嬢様は舌打ちをしながら、エンプレス様を迎え入れました。
「御機嫌よう」
と完璧な微笑みを浮かべるエンプレス様に、
「御機嫌よう」
お嬢様はいかにも不機嫌な声を返されました。
「ご挨拶がまだでしたので。
ブランドー様」
「そっすね」
エンプレス様がけらけらと声をあげて笑われます。
「不機嫌そうね」
「お蔭様で」
「あら。私のせい?」
「大体ね」
「私、何かした?」
「逆恨みってやつよ」
エンプレス様は、またけらけらと笑われます。
「逆恨みって正直に言う人、初めて見たわ。
何か私にできることがあるといいけど」
「じゃあパヤエル・ノースモアとランドグリーズをよこしなさい」
「それは無理」
いきなり切り込んだお嬢様に、エンプレスは表情も変えずに答えます。
「なんでよ」
「なんでよって、犬や猫の子じゃないんだから」
「似たようなもんでしょ。
私の猫返しなさいよ」
「あなたのものじゃないでしょう」
「いいからよこしなさいよ」
「だからペットみたいに……堂々巡りね」
「じゃあ、本人たちの意思があればいいわけ?」
「半分はね」
「はあ?」
「色々と複雑な問題があるでしょう、そこは」
「問題ってなによ」
「あの子たちは危険すぎるでしょう。
悪い大人から守るためには、ゼネオルシアの旗の下にいるのが一番よ」
「あんた脅迫したんじゃないの。
ランドグリーズの処分を見送るかわりに、邪眼の力を使わせろとかなんとかって」
「そういう穿った見方がしたいなら、そうしたら?」
「ブランドーだって、あの子たちを守れる」
「ハハ」
エンプレス様が小さく笑います。
「冗談でしょう」
朗々とした声に、ぞっとするような瞳。
それを皮切りに、ぴりりと剣呑な空気が満ちたのがわかりました。
「エンプレス・ゼネオルシア。
あんたにその気はないかもしれないけど、私は一番わかりやすいやり方でこの件に決着を付けたいと思ってる」
「勝手な人ね」
「でも断らないでしょう。
あんた、騎士の王様なんだもんね」
「そうね。そうよ」
賑やかな、活気ある喧騒が次第に鳴りを潜め、取り巻きの皆様が二人から距離を置き始めます。
そこで、
「こらこら」
と、割って入る者がおりました。
お嬢様とエンプレス様を含む周囲の視線が、その黒髪の少女に注がれます。
少女は見事なカーテシーを披露されました。
「みんなびっくりしてるわよ」
「え……あっ……と……ミナさん」
ミナ・カルカテルラ様。
日頃からお嬢様と懇意にされており、わたくしにも大変良くしてくださる──方だ。
「あなたは……ああ、いえ、ミナさん」
エンプレス様とも面識があるご様子。
「何を揉めてるか知らないけど、場をわきまえなさい。
お互い引っ込みがつかなくなっているんなら、場所を変えなさい」
ミナ様は向こうの開けた芝生のほうを杖で示すと、お嬢様たちの肩を叩きました。
「この場は適当に取り成しておくから。
行ってらっしゃい」
「いつもすみません、ミナさん」
「いいのよ」
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「ミューノル。どっちが勝つと思う?」
「ゼネオルシアかと思ったけど、甲乙つけがたいわね」
「意外ね」
「ミナはどっちに勝ってほしいの?」
「両方死んでほしいわ」
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「立会人?」
同道するわたくしを見て、エンプレス様がそんなことをおっしゃいます。
わたくしが深々としたお辞儀で返すと、エンプレス様は微笑みながらひらひらをわたくしに手を振られました。
「私のよ」
「別に取らないわよ」
「立会人って言ったけど、止めさせないから安心して。
どっちかが死ぬか、参ったって言うまでやるわよ」
お茶会の人だかりからはずいぶん離れ、我々の他には人影も見当たりません。
風に木々の葉が揺れ、さわさわと音を立てました。
「ここならいいわね。
じゃあいつでもかかってきて──」
言い終わる前に、お嬢様は強く踏み込み、エンプレス様に右の拳を振りかぶります。
エンプレス様は特段動揺したご様子もなく、お嬢様の振り抜いた右腕を取ると、そのままご自身の体をひねらせ、回転を加えながら地面に叩き落としました。
一瞬のうちに、お嬢様は仰向けに倒されました。
エンプレス様はろくに構えも取っておりません。先ほどまでの柔和な表情を浮かべたまま、お嬢様を見下ろしております。
「ファイガ!」
お嬢様は左腕を上空に差し出し、間髪入れずに魔法を放ちます。
エンプレス様はわずかに顎先をそらすようにして、放たれた火球をかわします。
ぞっといたしました。
その鋭敏な動きにではありません。
かくして安閑を砕くように、決闘が始まりました。
お嬢様は背筋を活かして跳ね起き、後方にしりぞくと、また二つ、三つと火球を放ちます。
エンプレス様は右に左にステップを踏みながら火球をかわし、どこかゆったりとした所作でお嬢様に近づいていきます。
お嬢様もまた少しずつ下がりながら、しかし火勢は弱めません。
勝機をうかがっているのでしょう。
「そうねえ」
エンプレス様はどこか気の抜けた声を出すと、歩みを止めます。
それからお嬢様に向かって右腕を差し出されました。
ばちばちと、遠巻きにいても、その手のひらから不穏な音が鳴り響いております。
あっという間に、エンプレス様の手元には、人の頭部よりも巨大な火の玉ができあがりました。
「────ファイジャ」
「シェル!」
火勢は障壁に至っても留まることなく、お嬢様を呑み込みました。
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お嬢様とエンプレス様が対峙しております。
対比的なお姿です。
片方は、先の茶会のときと、ほとんど変わらぬ様子。
もう一方は、汗と泥にまみれ、致命傷は避けているものの、体のあちこちに傷を負っている。美しかったドレスも、もはや襤褸切れのようです。
悠然と立つエンプレス・ゼネオルシア。
肩で息をしている、リト・ブランドー。
戦いは──いえ。戦いにはなっておりませんでした。
お嬢様が拳を振るえば、徒手で受けられ。
お嬢様が魔法を使えば、魔法を返され。
そのどれもが、まるで相手にならない。
そうして何より、その無尽蔵と思えるほどの体力。
息も切らさずに立つその姿は、確かにどこか、我々とは別の領域にある強さを感じさせるものでございました。
左の腰に差した長剣は、まだ抜いてもいない。
エンプレス・ゼネオルシアの力はこんなものではないと、言外に示すかのように。
それでもお嬢様は強く踏み込み、またエンプレス様に肉薄します。
拳打の応酬。
しかしお嬢様の拳がエンプレス様を捉えることは叶わず、逆にエンプレス様の反撃で、今度こそお嬢様は地面に仰向けに倒れてしまいました。
「もういいわよね」
エンプレス様は静かに言うと、倒れ込んだお嬢様に背を向けました。
そう。お嬢様に背を向けられたのです。
今日、初めて。
いいえ、おそらくは、お嬢様が、このエンプレス・ゼネオルシアという少女と出会ってから、初めて。
仰向けに倒れたお嬢様の口元が、魔女のように、三日月を描くように、歪みました。
お嬢様が口の中だけで、小さく小さく、それはもう、間違いなくエンプレス様には聞き取れないであろう小ささで、つぶやきました。
「シーリス。契約を」
「いいだろう。リト・ブランドー」
お嬢様のドレスの
そうして次の瞬間、お嬢様の右目、その眼球が、どろりと融け落ちました。
ああ、聞いていたとはいえ、なんと痛ましい光景でございましょう。
お嬢様は疲労を感じさせない機敏さで跳び上がると、右腕を突き出して狙いを定めました。
無論、その線上には──エンプレス・ゼネオルシア。
エンプレス様が咄嗟に振り返りますが、しかし、遅い。
血に濡れたような赤い瞳をした眼球がふたつ、お嬢様の側で浮かび上がり、エンプレス様をじっと睨んでいます。
「────────────“深淵からの睨み”」
音も立てず、赤紫色の光線がエンプレス様に向けて放たれました。
お嬢様は表情を変えず、立て続けに光線を放ちます。
そしてその手勢を弱めぬまま、左手を掲げ、
「ファイジャ」
身の丈を超えるような大火球を、逡巡なくエンプレス様に叩きつけました。
爆風が辺りを包み、土煙で視界が阻まれます。
「死んでないわよね」
「ああ」
スカートの中に吊るされたシーリス様が答えます。
「エアロジャ」
鼬風の刃が土煙を晴らしていきます。おそらくは、そこにいるであろうエンプレス様を切り刻みながら。
「おお」
視界が晴れるとそこには、長剣を杖にして立つエンプレス様がいらっしゃいました。
そのお姿は、まるで失敗したトーストのように黒焦げで、大変おいたわしいことに、全身の至るところからぶすぶすと煙が立ち上っています。
「それで生きてんの。すごいわね」
遠巻きに立つわたくしのところまで、肉の焦げるいやなにおいが漂ってきました。
そのエンプレス様が、先ほどまでとは打って変わった、強い敵意を宿した瞳で、お嬢様を睨みつけています。
「──クッ」
お嬢様の喉元から、空気の漏れる音がいたしました。
「────ハッ。ハハッ。ははははは」
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら。
お嬢様の哄笑が響きます。
冷静に事を運んでいたお嬢様でしたが、もう堪え切れないといった様子でございました。
「どうしたエンプレス?
なんて顔してるのよ。
どうしておまえがグリモアを──って?」
お嬢様は少し屈むとスカートの中に手を差し入れ、一冊の本を取り出されました。
血に濡れたような真っ赤な瞳が表紙に埋め込まれた、禍々しい本。
グリモア。その名を、邪眼シーリス。
お嬢様はシーリス様の背表紙で肩をとんとんと叩きながら、優雅に微笑まれました。
「私じゃエンプレスにかなわない。
グリモアだって使えない。
そうやって泣いて喚いたら、きっとサカヅキがおまえにそれとなく伝えてくれるって信じてたわ。
どうかあいつの決闘ごっこに一度だけ付き合ってくれとか言われたんでしょう? それで気が済むだろうからとかいってさ。
サカヅキもあんたも優しいわね。
つまんない
そう。
あの日、シャンポリオン様をたずね、そのグリモアに触れた理由。
当然、自分がグリモア使いでないことに踏ん切りをつける──などという、感傷的な理由ではございません。
自身がグリモア使いであることに対し確証を得ること。
シーリス様との契約が滞りなく交わせることの裏取り、でございます。
そうして拒絶反応が起きたこと、お嬢様がそのような確認をされたことは、誰にも漏らしてはいけません。
議会が保有するグリモアで確認した場合、サカヅキ様経由でエンプレス様に露見する可能性がございます。
ゆえにこそ、魔女のグリモアが必要でございました。
シャンポリオン様はサカヅキ様の師匠筋に当たる方ではございましたが、この手の諍いで一方に肩入れすることは無いと、あの歓談の中で確信を得られたのも、幸いでございました。
「あんた、私がグリモア使いであるかどうか、無警戒だったわよね。
サカヅキに話を聞いてるったって、度が過ぎてるんじゃないかってくらい。
やっぱり
お嬢様は、ゼネオルシアがグリモア使いか否かを判別する手段を有していると予想しておられました。
ですから、シーリス様との契約は本当のぎりぎりまで行わないようにする。
逆にそうすることで、大きな油断を誘える、と。
このお嬢様の予想は、どうやら見事に当たったようでございました。
「まあでも、別にそんな難しい話じゃないわよね。
油断大敵だなって、それだけよね。
だが──まだわからない」
お嬢様の顔から笑みが抜け落ち、人形のような冷たさが戻りました。
「これだけの攻撃で死なないあんたを、果たして私は殺し切れるのか?
本気を出したあんたが、これからどれだけ私を追い詰めてくるのか?
やってみるしかない。
さて────再開しましょうか」
二つの眼球がお嬢様の周囲をぐるぐると旋回し、ぴたりと止まって黒焦げのエンプレス様を睨みつけます。
「ゆくぞ、エンプレス・ゼネオルシア」
邪眼の魔女が、ぼろぼろのドレスをひるがえしました。