‪GRiMOIRE 20-21   作:Pの手帳

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Call me “Brando” - 11

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 いつかのこと。

 その日、お嬢様はサカヅキ様との対局を終え、憮然とした表情でチェス盤を睨んでおられました。

 しばらくして、屋敷の敷地からサカヅキ様が離れたことをわたくしに確認させますと、おもむろにチェス盤に手を伸ばされました。

 お嬢様は、サカヅキ様、白の下したチェックメイトから、まるで時間を巻き戻すかのように、正確に七手ほど前の盤面を再現されます。わたくしは駒の動きをすべて記録するように申し付けられておりますので、間違いございません。

 お嬢様は無表情に、そう、人形のような無表情で、淡々と白黒の駒を動かしていきます。

 黒が白にチェックメイトを下し、お嬢様は一仕事終えたように、深く椅子に体重をかけました。

 わたくしは特段の根拠は持たず、しかし強い確信を持って、お嬢様にひとつ、質問をいたしました。

 つまり、なぜ毎回、手を抜かれるのか、と。

 お嬢様はわたくしを横目で見て、しかし何も答えず、顎を撫でながら、不敵に笑っていらっしゃいました。

 

 

 

 

 

 38

 

 お嬢様はシーリス様──宙に浮く禍々しい眼球から、赤紫の光線を立て続けに放ちました。

 地面が抉れ、土煙が辺りを満たします。

 

「リト、来るぞ」

「ええ。──プロテジャ」

 

 防壁を用意したのとほぼ同時、土煙から黒い影が飛び出し、お嬢様に襲い掛かります。

 繰り出された剣が防壁を打ち砕き、

 

「エアロジャ」

 

 お嬢様の旋風が、影と土煙を吹き飛ばします。

 全身を焼かれ、皮膚からぶすぶすと煙を噴き上げながら、それでもエンプレス様は悠然と立ち上がります。

 

「それでも生きてんの、信じらんないわね」

「ジャ系も使えたか……」

「ん?

 ああ、まぐれまぐれ。ラ系までしか使えないで~す」

 

 エンプレス様は深く息を吐き出すと、右手に携えた黄金の剣を構え直されました。

 シーリス様による奇襲が成功するまで、ずっと鞘に収まっていた長剣でございます。

 柄頭から刀身に至るまでが黄金に輝いている、世にも珍しい剣でございました。

 お嬢様は目を細めると、耳打ちでもするようにシーリス様にたずねます。

 

「あれが稀人の武器?」

「そうだ。終端(オメガ)の剣と呼ばれている。

 彼女の傷を再生しているのも、おそらく終端の剣の権能のひとつだ」

「なるほど。ずるいわね」

 

 のんびりと答えながら、お嬢様はまた平然と光線を射出されます。

 しかし今度はエンプレス様の障壁に阻まれ、眼前で霧散してしまいます。

 

「あれも剣の?」

「そのようだ」

「なら──」

 

 ばちばちと電流がお嬢様の周囲で弾けます。

 

「サンダジャ!」

 

 そう言って放たれたのは、三本の巨大な氷柱──アイスジャです。

 これもまた、エンプレス様の障壁に阻まれます。

 

「属性全対応型? 困るわね」

「安い引っ掛けも通用しないと見える。

 リト、来るぞ」

 

 エンプレス様は剣を振りかぶり、お嬢様に向かって強く踏み込みます。

 間髪入れず、エンプレス様の()()()()()()()()()の光線がエンプレス様を背中から撃ち抜きました。

 見れば、お嬢様の傍に浮遊する眼球がひとつ。

 もうひとつの眼球は、先ほどエアロジャで周囲を吹き飛ばした際、エンプレス様の背後に潜ませておいたのです。

 前方のリト・ブランドーと後方の眼球。

 エンプレス様は一瞬、ほんの一瞬だけ判断に迷ったのち、左に跳び退ろうとされました。

 お嬢様は、

 

「ストンラ」

 

 を唱え終えていました。

 まるでエンプレス様が左に飛び込むのをあらかじめわかっていたようでした。

 いえ、実際にわかっていらっしゃったのでしょう。

 前後を阻まれたエンプレス様は、シーリス様の射線から逃れようと、左右のどちらかに回避する。

 その際、右手で剣を持っている都合上、右に跳べば武器の無い左半身をがら空きにする。

 したがって、左。

 ストンラが拳大の石を弾き飛ばし、まるで吸い込まれるかのようにエンプレス様が降ろそうとした左足の踵に収まります。

 それは平時でありましたら、エンプレス様の行動を阻害する要因にはなりえなかったものでしょう。

 ところが今は前方に強く踏み出そうとしたところを急に方向転換し、不安定な姿勢、重心であったため、まさにお嬢様の首にその剣の切っ先が届くという必殺の間合いであるにも関わらず、石にすべって転ぶという失態を演じてしまわれます。

 仰向けに倒れ込んだエンプレス様を、

 

「グラビジャ」

 

 地面に縫い付けます。

 頭上にはふたつの眼球が浮かび、エンプレス様をじっと見つめていました。

 先ほど同様、赤紫の光線がエンプレス様を貫きます。

 お嬢様はエンプレス様を光線で八つ裂きにしながら、ゆったりと後ろ歩きをして距離を取りました。

 もはや決着が着いたのではないかと思われるような状況ですが、なおもエンプレス様は立ち上がります。

 まさしく不死身。

 

「リト・ブランドー」

 

 対峙するエンプレス様が、声をあげられました。

 

「どうしてここまでする?

 私を殺してあの二人をブランドーの庇護下に置く──これか?

 それがあの二人の望みだと信じている?

 それともおまえ自身の望みか?

 まともに話を持ち掛けてもどうにもならないことはわかっていたから、一足飛びに決闘を仕掛けた──そういうことか?」

 

 お嬢様はそこで初めて、逡巡したご様子でした。

 おそらくその辺りのことを、何もわからないままに叩いて叩いて叩く、ということ自体が、お嬢様の作戦なのだと思います。

 戦いというのは自分のやりたいことを押し付けたほうが強いと、そういうことをお嬢様は常々おっしゃっていましたから、おそらくエンプレス様に何がしかの心構えをさせるということ自体が敵を利することだと考えていらっしゃるのでしょう。

 とはいえ、エンプレス・ゼネオルシア──これほどの騎士が、その手を止めて問いかけた言葉を、まったく無視して追撃を行うということはまた、お嬢様の矜持が許さないということもございましょう。青い血というのは、難儀な生き物でございます。

 

「本を読んで……それが面白かったのか、そうでなかったのか、よくわからないときがある」

 

 お嬢様がおっしゃいました。

 

「でも、誰かがその本をつまらなかったって言ってると、滅茶苦茶に反論してやりたい気持ちになったりする。

 そこで私は私の感情を知るけど──でもその本のどこか良いとか気に入ったとかは、わからないままなのよ。

 だからって、私の気持ちがやっぱり嘘だってことにはならない。そうでしょう?

 まあ、なんか……そういうことよ」

「それに命を賭けるのか」

「理屈じゃないのよ」

「ゼネオルシアはブランドーとの交流を断っているわけではない。

 二人に会うことなら、別に難しくはなかった」

「そういうことじゃない。

 そういうことじゃないでしょう。

 あんたわかんないかな。

 わかんないのかもね。

 あんたが気に入らないのよ。

 逆恨みって言ったでしょう。

 あんたが立ってる場所に私が立ってたかもって思うと、腹が立ってしょうがないのよ。

 ねえ、こんな情けないこと言わせないでよ」

「おまえ──あなたってやっぱり、本来あの二人は自分のそばにいたはずだ、って思ってるのね」

「なによ。それの何が悪い──」

 

 エンプレス様は剣を構え直し、切っ先をお嬢様に向け、

 

「悪い」

 

 断じるようにおっしゃいました。

 

「ふん。

 いいわよ。

 私は私の欲望のために戦うわよ。

 あんたはあんたの義務と責任のために戦いなさいよ」

 

 そのお嬢様の言葉に、エンプレス様の雰囲気が少し変化したと見て取ったのは、果たしてわたくしだけだったでしょうか。

 

「傲慢ね」

「知ってるわよ。私は──」

「うるさいわね……」

 

 今度ははっきりと、その変化を感じました。

 不穏で、不安定な激情。

 

「さっきから黙って聞いてたら、べらべらべらべら……随分おしゃべりが好きなのね?」

「んな……話を振ったのはあんたでしょ」

「あなたがあなたのことを喋るのは好きにすればいい。

 でもあんたにはわかんないだとか、義務だのなんだの、知ったような口を利くじゃない」

「なによ。

 言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「目ざわりなのよ」

「は?」

 

 頓狂な声が、お嬢様の喉から漏れました。

 

「ちょっと先に会っただけじゃないの?」

「いや、なんの話……」

「なんでそんな上からなの?

 自分は心のままに生きてて、私はそうじゃないみたいな言い方、なに?

 私が…………」

 

 お嬢様は思わず後ずさりし、速やかに構えました。

 

「私が!」

 

 エンプレス様が地面を踏みつけると、お嬢様がストンラで弾き飛ばした石が粉々に砕け散りました。

 

「私が! 私が!!」

 

 だん、だん、と立て続けに地面を踏み鳴らし。

 もはやほとんど絶叫に近い声が、辺りに響きます。

 

「義務や責任なんかのために!

 あの二人と一緒にいるって、なんで決めつける!!」

 

 お嬢様の動揺が遠目にもわかります。

 これはさすがに予想外だったのでしょう。

 たしかにわたくしが漏れ聞いていたエンプレス・ゼネオルシアの人物評とはかけ離れた振る舞いでございます。

 

「なんなのよ!!

 なんであなたは呼び捨てで! 私はいつまでもエンプレスさんなの!?

 リトがやってくれた、リトが教えてくれた、リトだったら、リトみたいに、リトリトリトリトリトリト……!

 うるさい!!」

「ち、ちょっとちょっと──はあ!? なに?

 そういうこと!?」

天聖剣(バルビューダ)ッ!」

 

 掛け声とともに、エンプレス様が剣を振り抜きます。

 その瞬間、距離を置いているわたくしですら、目まいに似たものを感じました。

 突如として酸素が薄くなったかのような息苦しさ。

 これはおそらく、大気中に含まれるエーテルの濃度が急激に変化したことで引き起こされたものでしょう。いわゆるエーテル酔いと呼ばれるもの。

 原因は言うまでもありません。

 

「リト! あれはまずい!」

「あーもう! いきなりキレるタイプの女!」

 

 シーリス様が警告します。

 

「急げ!

 しかしリト、おそらく彼女の逆鱗に触れたのは君の不用意な発言だが」

「うるせえな!」

 

 お嬢様は慌てて全方位にあらん限りの魔法的な防壁を築いていきます。

 

「それでも私は絶対!

 リト・ブランドー!

 あなたなんかよりうまくやってみせる!!」

 

 黄金の剣を中心に、風が逆巻くようにうねります。

 エンプレス様の周囲の地面が砕け、巻き上がり、まるで竜巻の中心に立っているかのようでございました。

 周囲の木々から、鳥たちが慌てるように飛び立ってゆきます。

 

「天聖の極意をここに!! 消えてよ!!」

「バケモンが!!」

 

 エンプレス様が黄金の剣を振り下ろすと同時に、閃光が走り、大地が震え────

 

 

 

 

 

 39

 

「あ〜あ」

 

 黄金の剣を構えた少女と、異形の本を携えた少女が、淑女と呼ぶには憚られるようなぼろ切れをまとい、汗にまみれ、泥にまみれ、全身に血をにじませながら、対峙しております。

 

「こっちが全力でぶっ叩いてもちょっと焦げましたってツラで済んでるのに、あんたの一発を私がまともに食らったら即死するんだろうなっていうの、割に合わねーわ」

 

 ぼやくお嬢様に、エンプレス様が肩をすくめました。

 

 空に無数の眼球。

 これもまた、お嬢様が隠していた爪でございます。

 シーリス様の眼球は三つ以上発現することができるのございます。

 グリモアを振るうのは本日が初めてのことでしたが、事前のシーリス様を交えた議論の中で、それが可能であることを結論づけておりました。

 あくまで二つの眼球で戦っていることを印象づけ、再びの奇襲ですべての眼球を解放し、一気に決着をつけるというのがお嬢様の算段でございましたが、エンプレス様の圧倒的な攻撃を凌ぐに当たって、もはや出し惜しみをしている余裕はなく。

 お嬢様は適宜回復魔法を使いながら戦闘を継続しておりますが、それでも治癒は追い付かず、あちこちから血が流れています。

 肩で息をするその姿。今度ばかりは演技ではないでしょう。この疲労ばかりは、魔法でも回復できるものではありません。

 対するエンプレス様に、呼吸の乱れは見られません。

 手札のすべてを切ったお嬢様を、わたくしは初めて見るように思います。

 ただその目に諦めの類は浮かんでおりません。

 赤い瞳はむしろ一層炯々と輝き、勝利を掴もうとしている──そう感じます。

 ともあれ、事ここに至ってわたくしにできるのは、この戦いを最後まで見届けることだけでございます。

 

「あんたさあ……」

 

 額に脂汗を浮かべたお嬢様がおっしゃいました。

 

「本気出してる?」

「出してるわよ」

 

 エンプレス様が首をかしげます。

 

「いやそうじゃなくて……こう、もっと引き出しあるんじゃないの?

 なんか、そんな感じがすんだけどさ……。

 変よね。

 あんたと殴り合ってたら、ちょっとあんたのことわかってきたような……」

 

 エンプレス様は顎に手を当て、そうね、とつぶやいてから、答えられました。

 

「これに似た剣をあと四振り持ってる。

 私はそれを同時に展開しながら戦うことができるわ」

「ハッ────ははは。何よそれ。マジか。は~あ。

 なんでそれしないのよ? 手加減?」

「単純に、今持ってきてないもの。

 でも、日を改めるような戦いじゃないでしょう。

 これはだって……今日この瞬間、勝たなくちゃならない。そういうことなんでしょう」

 

 お嬢様は瞑目し、眉間にしわを寄せ、ぎりぎりぎと歯ぎしりをして、それから目を開け、エンプレス様が黄金の剣を構え直すのを見てから、

 

「九十秒後に決着をつける」

 

 そうおっしゃいました。

 

「九十秒?  なんで九十──あ。そう。あなた……」

 

 エンプレス様は目を見開かれました。

 

「あんたの再生は九十秒周期でしょ。

 九十秒毎にあんたはその再生能力の掛け直しをしなくちゃいけないし、その掛け直しの瞬間、終端の剣は別の権能を使うことができない。

 だから私はあんたの次の掛け直しのタイミングでシーリスを叩き込む。

 あんたの障壁はシーリスを阻むだろうけど、その間、再生の掛け直しはできない。

 私の攻撃が続く限り、あんたは今回の再生で治り切らなかった傷を抱えながら障壁を展開し続けることになる。

 あんたは火傷と失血で死ぬと思う。

 どう?」

「そうね。

 だから、私もそれを全力で迎撃する──と思った?」

「ふん。

 あ~あ。

 畜生。

 やんなるわ。

 わかってるわよ。そうはなんないんでしょう。

 黙っとけば私の勝ちだったかもしれないのになあ。

 あんたが殊勝なこと言うからよ。

 ねえ、エンプレス・ゼネオルシア。

 まだ切り札があるんでしょう?

 剣とは別に──何かどでかいのがあるんでしょう。

 今の私の説明で、あんたはそれを切る気になった」

「ええ。

 このままだと千日手だから、どこかで仕掛け合うとは思ってたけど、それだと、あなたに分がありそうだから」

「その剣の仕組みなんて、そりゃ繰り返しやってたら気づくでしょ」

「繰り返しなんて、ないのよ。

 私の天聖剣を受けて立っていたのは、今まで二人しかいないもの」

「一人目は?」

「誰だと思う?」

「はあ? ……ああ、なるほど。そういうことか。ふん。そうかよ」

 

 じりじりと、二人が間合いを計ります。

 両者の瞳に、静かな闘志が燃えております。

 

「私は──エンプレスは、勝敗の分からない戦いに身を投じたかった。

 だが、それはできない。

 ゼネオルシアに敗北はない」

 

 先ほどまでとは打って変わって、底冷えするような声でエンプレス様がおっしゃいました。

 お嬢様はふん、と鼻で笑ってあくまで迎え撃つ姿勢を崩しません。

 

「来なさい。やってやろうじゃないの」

「そういう次元の話ではない。

 リト・ブランドー。

 人間相手に使いたくはなかったぞ。

 これで終わりだ。

 

 

 

 

 

 ────────“ブレイブリーセカンド”」

 

 エンプレス様が何事かをつぶや

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