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わたくしは、お二人の後ろに三歩遅れて続きました。
「そのディアマンテってやつ?
早いとこ出てくるといいわね」
「あなた、私の話ちゃんと聞いてた?」
「だって私らが寿命で死んだ後に出て来られてもしょうがないじゃない。
ぶっ殺せないでしょ」
「いや、それは、確かにそうなんだけど……というか、私らって、ブランドーさんは……」
「今更ミス・ブランドー? 距離感どうなってんの?」
「な、なによ。
じゃあどうすればいいのよ」
「あんたって勝手にあんたのこと好きになるやつばっかと接してるせいで、自分から友達作るのヘタそうね」
「そんなことないわよ」
エンプレス様が口を尖らせます。
それからまた数十秒の沈黙があったでしょうか。
「その……正直、ちょっとそういうのは苦手よ」
エンプレス様が口を開かれました。
「はあ?」
「だから! 友達作るのとか!
あなたが言ったでしょ!」
「おまえ話題のテンポおかしいだろ」
「うるさいわね!
あなたのせいよ!
私、普段こんなんじゃないから!」
「声でか。
あんたは人たらしみたいなところあるから、それ活かせばいいんじゃないの」
「人聞き悪いわね……」
「あんたは私と違って素直に人を褒めたりするのがキライじゃなさそうだから、まあ、そういうことよ」
「なによそれ。
おべっかしろってこと?」
「あんたが本当にそう思ってることをそのまま言ったら、おべっかって受け取るやつはあんまいないでしょ。
そういう褒め言葉みたいのを相手に自然に受け取らせる空気みたいなのを持ってるやつが人たらしって言うのよ」
「よくわかんないけど……試してみるわ。
とにかく素直に相手の良いところを言えばいいのね」
「そうよ。……なんなんだ、この会話」
お嬢様はため息をついて、ちょいちょいとわたくしを手招きされました。
わたくしは手荷物をあさります。
こんなものしかございませんがと、ジェリービーンズの瓶をお渡ししました。
「なにそれ、宝石みたいなの」
「宝石」
わっはっは、とお嬢様は声をあげて笑いました。
「あんた、ちょいちょい可愛いこと言うわね。
初めて見たの?」
お嬢様はジェリービーンズを空に放り投げ、落ちるところを器用に口で受け止めました。
それからもう一粒、真っ赤なジェリービーンズをつまみ、エンプレス様に弾いて飛ばされました。
さすがのエンプレス様は、とくに動揺した素振りもなく空中でそれを掴むと、ちらっとお嬢様を横目で見た後、思い切って口に入れました。
「なにこれ……」
「バカみたいに甘いでしょ」
「でもおいしい」
ふふ、とお嬢様が微笑みました。
「ジェリービーンズを初めてゼネオルシアの惣領に食わせた女になったわ。ちょっと悪くないわね」
いつの間にか上機嫌になっているお嬢様は、次々とジェリービーンズを頬張ります。
ジェリービーンズを頬張りながら、
「ミス・ブランドーじゃなければなんでもいいわ。
好きに呼べばいいわよ。
リトでも、ブランドーでも、マルグリットでも」
「マルグリット?」
「私の本名。
本名っつーか、リトがそもそもマルグリット」
「そうなの? 知らなかった」
「あんま言ってないから。
フルネームなんて、墓石に彫るしか役割ないでしょ?」
「そんなことはないでしょう……」
「だから身内と敵には知ってもらわないといけないと思ってんのよ。
私を看取るやつか、私を殺すやつか……」
「私はどっちかしらね?」
ふふん、と笑うエンプレス様に、
「はあ? そりゃ看取るほうでしょ?」
当たり前だろうという顔で、そうおっしゃいました。
「な、なんでよ」
「なんでって、一緒にそのディアマンテってやつぶっ倒すんだから。
私になんかあったら、あんたが生き残って私の墓の面倒見なさいよ。
墓石になんて彫ろうかな~」
「いや、だから……そう!
その話よ。
それはゼネオルシアの仕事なの。
よその家を巻き込んでいい話じゃあ──」
「でも、あんたの背中守れるのって私くらいでしょ」
エンプレス様が息を吞まれた気配が、背中越しにも伝わってくるようでございました。
「あんた、自分が絶対に勝てないって思ってしまうような敵に会ったことある?
そこまで行かなくても、負けるかもしれないって思ったことは?
私ね、グリモア使いには何度か会ったことがあるのよ。
公国のマクラスキーとかね。
でもね、勝てるなって思ったわ。たぶん、五体満足で。
他にも強そうなやつとか、こいつは強いぞって世間で言われてるやつとか、色々見てきたけど、こいつはまずいなとか、やばいぞとか、そういうのを感じたことはほとんどないわ。
サカヅキとシャンポリオン様くらいかな。
サカヅキはシンプルに強いなと思うし、シャンポリオン様は底知れない感じがする。
だからあんたという存在にはけっこう感動してるのよ。
すごいやつだって話は聞いてたけど、想像していたようなつまんないすごさじゃなかったわ。
あんたはすごい女よ。
あんたはどうなの。
あんたにとって私は取るに足らないやつなの?」
ちょうど西日が逆光になって、エンプレス様の表情はよくわかりませんでした。
でもわたくしは、不思議と今のエンプレス様の気持ちがわかるような気がいたしました。
いつかわたくしが、お嬢様と出会ったあの日のような気持ち。
泥中に見る蓮がこんなにも美しいのかと、リト様を見たあたしが思った──そのときの気持ちに似ているのではないかと、そう思ったのでございます。
43
それからまた短い夏と長い冬が交互に繰り返し、行き過ぎていきました。
あの日以来、どこか怠惰で厭世的だったお嬢様の日常は、慌ただしさを増し、今もそれが続いております。
あの日というのはつまり、お嬢様とエンプレス様が、共にルクセンダルクに迫る脅威と戦うことを約束した日のことでございます。
夕焼けに照らされるお二人は、なんだかとっても叙情的で、わたくしは感じ入っていたのでございましたが、しばらくして、エンプレス様がぱん、と手を叩きました。
目を丸くするお嬢様に満面の笑みを向けて、ぎゅっと握った拳を突き出されます。
「なら、早速──目先の危機をなんとかしましょう!」
「は?」
「エタルニアの気温が年々下がってるのに気づいている?
これって土のクリスタルが少しずつ力を失っているのが理由なんだけど……あ、その前に、そもそもエタルニアの凍土は地下深くに氷のクリスタルが埋まっているせいなんだけど、土のクリスタルの力が弱まることでバランスが崩れ始めているのよね」
「は……?」
「火、氷、水、この三つのクリスタルの均衡が崩れ始めているのよ。
この均衡を元の形に正さないと、早ければあと十年もしないうちにルクセンダルクは氷河期に突入して、人類は滅亡するわ。
ううん、それどころか動物も植物もそのほとんどが失われてしまう」
「は? は?」
「リトが仲間になってくれて心強いわ。
これから一緒に頑張りましょう!
世界の秩序を保つために!」
「…………は?」
ルクセンダルクの歴史の影で、滅びに抗い続ける英雄ゼネオルシア。
これに全面的に協力することになったお嬢様は、日夜世界中を飛び回っているという次第でございました。
今日は珍しく日がな屋敷に籠もっていられる日でございましたが、お嬢様の表情は険しく、休暇を楽しまれているというご様子は一切ありません。
エンプレス様の持ち込んだ大きな図面を机に広げて、じっとそれを睨んでおられます。
当のエンプレス様は机の端に直接腰を掛け、お出しした焼き菓子をかじりながら、図面を睨むお嬢様の様子をうかがっておられます。
なんだか最近、エンプレス様の所作がお嬢様に似てこられたような気がいたしまして、わたくしは大変心配でございます。これ以上、悪い癖が移らないとよろしいのですが。
「──グランシップ?」
「あら。察しが良いわね。
そのものじゃないけど、そういうモデルよね」
エンプレス様は焼き菓子の屑のついた手をぱんぱんと払う──ああ、なんてこと──と、机から下りて、お嬢様の向かいに立たれました。
「こんなの作って、どうするのよ?」
「どうもこうもないわよ。
ディアマンテは超質量の浮遊体なのよ。
こっちも航行可能な超質量の母艦がなくちゃあ、戦争にならないわよ」
「そうは言ったってこんな金食い虫……まあ、だからグランシップなのか。
この船に一大経済圏を築こうって魂胆ね?」
「そう!」
ぱちん、とエンプレス様が指をはじきます。
「馬鹿の発想だと思うけど」
対照的にお嬢様はため息をつかれます。
「私が考えたってわけじゃないわよ」
「そうなの?
あんたが考えて、誰かに図面を引かせたのかと。
じゃあ誰の発想よ?」
「わかんないわ」
「はあ?
ああ、そういうこと? これも稀人の?」
「たぶんね。
製作者不明の謎の設計図……過去の遺産なのか、未来からの贈り物なのか。
現代の設計者っていう線も捨てずにはいるけれど。
この図面自体は写しだけど、署名らしいものもそのまま残してあるわよ」
「署名っぽいって何」
「そのまんま。ここ、ここ」
「これ……署名なの?」
「たぶん。
寸法とかにはまったく関係ないところに書いてあるから、そうなんじゃないかって思ってるけど」
「いやでも、ただの数字よね、これ。
いち、なな、ごって何よ?」
「わかんないわよ。
でもその数字の上に、一節書いてあるでしょう。
普通、その下には自分の名前を書くものじゃない?」
「そう言われたらそんな気もするけど。
──“いつか
「打倒ディアマンテのために設計された……って言われても信じちゃいそうじゃない?」
「できすぎな気がするけど、まあ、そうね」
お嬢様はその一節の文字を指で撫でると、肩をすくめました。
「いいんじゃないの、好きにしたら」
「なに他人事みたいに言ってるの? あなたが艦長よ?」
「はあ~?」
「他に適任者がいないもの。私より向いてるし」
「面倒くさそうだから嫌なんですけど」
「これは対魔王の決戦兵器で、同時に巨大な商船なのよ?
取り仕切れるのはあなたくらいしかいないでしょう」
「いやなんか……ゼネオルシアでまかないなさいよ」
「無理。
あなたくらい頭が切れて、魔法も使えないと駄目」
「前者はともかく後者は何よ?」
「ここ見て」
エンプレス様は図面の一点を指差されました。
「これだけの巨体を航行させるために、とんでもない大きさの飛行石が必要になるわけだけど、当然単体で完結している巨大な飛行石なんてものは存在しないわけ」
「クリスタルくらいなもんよね」
「だから一定のサイズの飛行石を複数用意して、連結して運用するんだけど、たくさんの飛行石を同時に起動して、かつ飛行石間の反応に同期を取るためには、莫大な魔力とそのコントロールの巧みさが必要になるわけよね。
起動さえしちゃえば、あとは単体運用の飛行石と変わらないけど、火を落とすたびにこの起動シーケンスが必要になるの。だからそもそも相当な実力者がいないと、この船は飛ばないのよ」
「じゃあ艦長と起動係は別々でもいいじゃん」
「いいわよ? その艦長と起動係、それぞれに心当たりがあれば」
「なんで代理を立てるならおまえが探せみたいな感じになってんだよ」
やれやれとまたため息をついたお嬢様の目が、図面の左上で止まりました。
「これ、船の名前?」
「たぶんね」
「ふうん。
ラシカルガイプ────か」