‪GRiMOIRE 20-21   作:Pの手帳

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Call me “Brando” - 14

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 今は昔の英雄時代。

 正教の原理主義に堪えられなくなったエタルニアの人々をブレイブ・リーがまとめあげ、土のクリスタルを簒奪。アンチ・クリスタリズムを提唱し、反旗を翻しました。

 腐敗した正教を立て直したアニエス・オーリアとの講和──の最中、また新たなる敵として、グランツ帝国皇帝を僭称するオブリビオンが立ちはだかります。

 このように、ルクセンダルクは大きな争いを乗り越えて参りました。

 けれでもやはり、貴族と僧職を頂点とする身分制度を社会構造の核とする正教と、平民の支持が政権基盤であり、議会制を採用している公国は、水と油のように交じり合わないものでございます。

 正教は未だに公国の土のクリスタルの運用については大変批判的である一方、国土のほとんどが雪に包まれているエタルニアからしてみれば、カルディスやエイゼンの肥沃な大地にいくつもの荘園を作り、平民を働かせて莫大な財を成している貴族たちの容喙に等しい発言には、憤りしか感じないというのが現実でございます。

 加えてエイゼンやナダラケス、各地で独自の文化を営む部族たちも、自分たちが正教の貴族社会に反強制的に組み込まれていることには当然ながら不満があり、公国が自由主義を掲げていつかの如く正教と相争うのであれば、すぐにでも内応するような気配がございました。

 

 正教原理主義、クリスタル崇拝の廃絶。

 人民の真なる繁栄を夢見て。

 

 エタルニアの冷たい空気に、鉄と硝煙の臭いが立ち込め始めておりました。

 開戦を望む叫びは、議会のみならず、市民運動となって、北の大地に広がっております。

 ブランドーは、親オーリア閥、厭戦派の有力貴族でございます。

 いつかその日が来てしまうと思っておりましたが──お屋敷が襲撃を受けたのは、雪深いある日のことでございました。

 

 お嬢様はいつかのように、珍しくのんびりと、椅子に掛けて紅茶を飲んでおられました。

 天鵞絨の黒い生地に金糸をあしらって仕立てた眼帯は、人形めいたお嬢様の美しさをより一層引き立てていらっしゃいました。

 表の──大門の騒ぎにはまずわたくしが気づきました。

 騒ぎといっても、喧騒の類ではございません。

 予定外の訪問者が複数人現れ、どうも平時見かけない問答になっているようだということ。

 お嬢様はわたくしの声掛けに立ち上がり、窓から門を一瞥すると、カップの紅茶を飲み干し、

 

「開戦派ね」

 

 とおっしゃいました。

 それから御屋形様たちが外出中であることを含め、いくつかのことをわたくしに確認されますと、部屋の呼び鈴を滅茶苦茶に鳴らしました。

 これは屋敷の人間すべてに避難を促す合図、つまり、

 

「屋敷を捨てるわ」

 

 ということでございました。

 わたくしも手早く屋敷から離脱する準備を整えます。

 恐怖はありません。

 わたくしたちは最低限の荷物を整えると、部屋を飛び出しました。

 

 屋敷を襲撃するということは、もはやそこに至るまで舵を切ったということ。

 今回の襲撃を凌いでもまた近いうちに再度の襲撃があり、不毛な消耗戦が始まることは想像に難くない。

 お嬢様だけであれば籠城戦も望むところだが、大勢の使用人まで守り切ることは難しい。

 そういうご判断でございました。

 

「屋敷がどれだけ荒らされるか──で、どの辺の人間が動いているかもわかるしね」

 

 行先は西──西北西と決めました。

 西都レイターク。ブランドーの別荘地がございます。

 東に渡ってシャンポリオンを頼る筋もございましたが、そちらはサカヅキ様が押さえに行っているだろうから、手の回らないだろう西方に向かって情報戦に寄与するほうが後々有利に働くだろうという見立てでございます。

 なんだかんだ、このエタルニアという国を平らかにするということに関しては、サカヅキ将軍のご尽力が必須だと、お嬢様も考えておいででした。

 

 痺れを切らした開戦派が、いつか厭戦派の貴族に対し具体的な圧力を掛け始めるというのは、かなり前からブランドー家の中でも議論されておりましたから──はて。そういえば、なぜわたくしが、その議論に参加させられているのか──、今回の有事も想定の範囲内ということで、大きな混乱もなく屋敷からの撤退は行われました。

 予定外ではありましたが、予想内。

 のはずが、お嬢様は屋敷を出てからこっち、ずっと何事かをぶつぶつと呟いておりまして、それは尋常の様子とは異なりました。

 頃合いを見計らってお声を掛けますと、お嬢様はかぶりを振って、

 

「なんでもないわ。

 ただちょっと……早すぎると思っただけよ」

 

 と怪訝そうな顔でおっしゃいました。

 

 

 

 

 

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 馬車を乗り継ぎ、足も使い、街道を進み、宿場町を越えて、わたくしたちはひたすら西を目指しました。

 とにかく先を急ぐ旅でございましたから、身繕いも最低限で、お嬢様のおぐしもかんばせも旅の埃に汚れ切って、惨憺たる有様でございました。食事だって満足に取れませんでしたから、まだ屋敷を出て数日というところでしたけれど、元より偏食で小食のお嬢様はなお一層痩せてしまったかのようで、わたくしはとにかく気が気でありませんでした。

 道中お嬢様はずっと考え事をしているようで、口数も多くありませんでしたが、ある人気のない街道で、シーリス様に話しかけられました。

 

「シーリス。

 あんたって、私の意思と関係なく攻撃したりできる?」

「できないな」

「そう。

 じゃあ条件を指定して、それに当てはまったとき、私の指示なく攻撃することは?」

「可能だが、相応の具体性が必要になる。

 君の望む結果にならない可能性がある」

「例えば?」

「野盗が行く手を阻んだときに自発的に攻撃せよという指示があったとする。

 これはおそらく、実際には実行されない」

「それは……目の前の人物が、野盗であると断定できないから?」

「そうだ。

 目の前の人物が、自分は野盗だと宣言すれば攻撃をすることになるだろう。

 私は判断する知能は有するが、決断する機能は有さない。

 したがって、まずもって間違いなく野盗であると類推できる場合においても、私は私の攻撃を決定しない」

「オーケー。

 質問を変えるわ。

 シーリスって、私のことをどれくらい知ってるの?

 つまり……私の記憶というか、過去を覗き見たりすることができてるわけ?」

「そういう機能はないし、いわゆる、情緒的な表現をさせてもらうが、君の心を読む、ということはできない」

「じゃあ前に話したけど、私があげた目玉と、私の五感が共有されているので全部ってこと?」

「そうだ。後は君と対話し、君とともに経験した以上の情報はない」

「あとは元々の記憶? それは話せないんだっけ」

「結果的には、そうだ。

 君の知り得ぬ私の記憶を積極的に開陳することはない。

 これは邪眼に共通するルールではなく、私固有の……個性、というやつだ」

「ふうん。まあいいわ。

 でもわかった。

 あんたは私の意思とは無関係のところで意思を持ち、それに基づいて対話が可能ってことよね」

「そうだ」

 

 そんなやり取りがございました。

 

 

 

 

 

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 別荘地が押さえられている可能性は、大いにある。

 

 お嬢様は道中、無表情にそうおっしゃいました。

 わたくしはともかくレイタークに辿り着けば道が拓けるのだと盲目的に考えておりましたが、当然といえば当然の、そのお言葉を聞いて、重たい足がより鈍重になったように感じました。

 しかしこういうときこそ、召使いが主のために働かなくてはなりません。

 お嬢様さえご壮健でいらっしゃれば、何事も最終的にはうまく回っていくに違いありませんから、それが損なわれないようにということが肝要でございましょう。

 お嬢様は別荘地が開戦派の手に落ちている場合、野に伏せつつ、南方に渡る機会を探ると、そういうお心積りでございました。

 エイゼンも北部はずいぶんと公国の開戦派に毒されてきているようでございましたけども、ハルトシルト以南は未だ古い家柄の騎士たちが治める領土が広がっております。ブランドーにも横の繋がりがありますし、それこそゼネオルシアの大領がございます。

 とはいえ相手方もその辺りの事情はよくわかっていて、港は真っ先に押さえにかかるでしょうから、機を見るということが必要になります。

 それが一週間後か、一ト月後か、あるいは一年後か──それはまだわかりません。

 そんな疲弊が募ったわたくしたちでしたから、彼女に出会ったときは、それはもう、闇深い森を抜けたような心持ちでございました。

 

「ミナさん」

 

 街道の向こうで小さく手を振りながら、わたくしたちを迎えてくださったのは、お嬢様の古くからの友人であるミナ様でございました。

 ミナ様は長く息を吐き出し、安堵した様子を見せると、わたくしたちの肩を抱くようにやさしく叩きました。

 お嬢様もそれに応じるように、ミナ様の手にご自身の手を添えられました

 

「ずいぶん大変だったみたい」

「まあ──少し」

 

 気づかわしげなミナ様。

 お嬢様は苦笑して肩をすくめました。

 

「ミナさんはどうして?」

「公国からの便りが途切れて──ブランドーもね。

 私の手紙も届いていないようで。

 何かあったんだろうと思って……でも、あなたが西に向かってくれていて良かった。

 こうやって落ち合えた」

 

 なるほど、とお嬢様はうなずきました。

 お嬢様たちは、連れ立って歩き始めます。

 ミナ様が先頭を歩き、それにお嬢様が続き、わたくしはお嬢様から一歩半ほど後ろを歩きました。

 

「手紙、ほとんど燃やしちゃったわね」

 

 お嬢様がぽつりとおっしゃいました。

 家を出る際、開戦派への情報漏洩を防ぐため、家にある便箋や書簡の類はほとんど燃やしてしまいました。

 あれらはそれこそ貴族にとって財産とも呼べるものでございましたが、背に腹は代えられません。

 お嬢様が持ち出したのは、たったの二通。ランドグリーズ様のものと、シャンポリオン様のものでございます。

 

「手紙……」

 

 お嬢様は立ち止まると、顎に手を当て、ぽつりとつぶやかれました。

 ミナ様は足を止めているわたくしたちに気づかず、しばらく歩いていらっしゃいましたが、途中でそれに気づくと、振り返って首をかしげられました。

 

「ランドグリーズは、感傷よね。

 シャンポリオン様のは……どうして?

 なんで持ってきた?

 いや、それよりも──いつもらった?」

 

 お嬢様がわたくしに視線を向けます。

 わたくしはすぐに鞄からシャンポリオン様の手紙を取り出し──驚きながら──お嬢様に差し出しました。

 その手紙は()()()()()()()()()()()()のでございます。

 お嬢様は奪うようにわたくしから手紙を取ると、乱暴に開きました。

 

 

 リト・ブランドー。人は有る物を疑い、無い物を疑い得ないが、しかし無い物こそを疑え。邪眼は不親切だが、不誠実ではない。──あなたの友人より

 

 

「サカヅキに聞けって言われて。それで……」

 

 お嬢様は何かを確信したような顔つきに変わって、人差し指と中指で指鉄砲の形を取りました。

 指先のずっと先に、いぶかしげなミナ様がいらっしゃいます。

 

「シーリス」

「ああ」

「ミナさん、が私宛に手紙を送ってきたことってある?

 あんたが私と契約した後で、でいい。

 それから、一度でも」

「無い」

「ブランドー家宛には?」

「無い」

「私から送ったことは?」

「無い」

 

 先ほどミナ様は、公国からの便りが途切れてと、確かにそうおっしゃいました。

 

「そう」

 

 短いお嬢様の受け答えと同時に、赤紫色の煙を曳くようにして、四方に光を放つようにして、血色の眼球が中空に浮かび上がります。

 

「撃て」

 

 声と同時に、血色の光弾がミナ様に放たれました。

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