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光はミナ様に届く前に、おそらくはシェルらしい障壁に阻まれて搔き消えました。──威力が、弱い。
ミナ様は先ほどからの柔和な表情を崩されません。
「どうしたの、リト」
「シーリスッ!」
お嬢様は間髪入れずに眼球の視線を自らに向け、肩口を撃ち抜かせました。
肉の焦げる臭いが、立ち昇ってきます。
ぎりぎりと歯を食いしばるお嬢様が、顔を俯けた、絞り出すように、自分に言い聞かせるようにおっしゃいます。
「私が一度、そういう判断をしたのだと……この痛みが教えてくれるはず……」
ミナ様はゆったりとした足取りでこちらに戻っていらっしゃいます。
お嬢様は顔を上げると、不敵に笑われました。
「ミナさん。
あなたは私の古くからの友人ね。
恩人でもある。
あなたにどれだけ助けられたかわからない。
間違いなくそう。
でも痛ってえ……!
この痛みが本物ってことは、つまり、私の頭のほうがおかしくなってるってことよね……!
なるほど、認知の魔女!」
お嬢様の独白のような言葉に、ミナ様はどこか困ったように微笑むだけでございます。
「殺意がなくとも、憎悪がなくとも、ただ戦え。
できる。私にはできる」
「リト。自覚はあると思うが──」
シーリス様の声に、お嬢様が舌打ちをされます。
「やっぱ駄目?」
「
そのやり方では……」
先ほどの、シーリス様の光線の威力が弱かった理由がわかりました。
わたくしもお嬢様がおっしゃることを、おぼろげに理解できております。
ミナ様は、認知の魔女。
何がしかの奸計を弄して、リト・ブランドーを陥れようとしている。
そう頭で考えながら、しかしわたくしは、ミナ様を十年来のお嬢様のご友人であるという認識を捨てずにいられません。
なぜこの親切なご友人を、お嬢様は攻撃していらっしゃるのだろうか──という思いで頭がいっぱいになるのでございます。
これはおそらく、お嬢様も同様のはず。
敵を敵として認知することがシーリス様の力の源であるならば、それを友人であると思いながら放つ攻撃に力が乗らないことは自明でございました。
「シーリス、色々と聞きたいけど──クソッ。
そんな悠長なこと言ってられないか」
数歩の距離まで近づいたミナ様に、お嬢様は半歩後ろに退いて、構えを取り直されました。
「あんたは──なんなの? 何が目的?」
お嬢様の鋭い声に、ミナ様はおどけたように肩をすくめました。
「目的? 目的ってどういうこと?
リト。
あなた、困っているのよね。今日はどうしたの?
私が駆け付けるのなんていつものことじゃない。
遠慮しなくていいのよ。
私はいつでもあなたの力になりたいの」
「ああ──うん。そう。そうね」
お嬢様はどこかほっとしたような顔をして、構えていた腕を下ろします。
わたくしはその背中を叩き、気を確かに、とお声がけをいたしました。
「あ──そう、だわ。あぶねえ!」
お嬢様は肩口の傷をぎゅっと指で押して、ぎりぎりと歯噛みをされました。
「ミナさん──じゃない。あんたか。
ええと。
そうだ。
いつかは開戦派の暴動が起きると思ってた。
けど、早すぎる。
あんたが手を引いていたの?」
「何の話?」
「あんたは開戦派なの?
それとも私個人の敵なの?」
「どうしてそんなことを言うの?
あなたもリトも、私にとって大切なお友達よ。
私もあなたたちにとってそうであったらと、いつも思っているわ。
敵だなんて、そんなわけないでしょう?」
痛ましげなミナ様の言葉に、お嬢様は呆けたような顔をして、それからどこかほっとした様子で息を吐きました。
「ああ。うん。そう、そうよね。
ミナさんが敵……なわけ、ないわよね。
何の話だったっけ……」
「さ、レイタークに急ぎましょう」
「そう。そうよね。そうしましょ──っとと……」
お嬢様とミナ様の間に割って入ったわたくしの背中にぶつかって、お嬢様がたたらを踏まれます。
そして、文句を言いかけるお嬢様の言葉を遮りました。
「────お嬢様。お待ちください。
この方は我々の敵です」
ミナ様は相変わらず、わたくしたちをいたわるような、どこか自分が傷ついているかのような、そんな顔をしてらっしゃいましたが、わたくしが間に入ったその瞬間、瞳が少し揺れたのを、わたくしは見逃しませんでした。
「ふたりとも、どうしたの?
疲れているんじゃないかしら。
何もないところだけれど、少し休憩にしましょうか?
体を休めたら、妙な考えも浮かばなくなると思うわ」
「いいえ、ミナ様。
そのからくりはちっともわかっておりませんけれど、わたくしには関係がございません。
わたくし、ミナ様はお嬢様の友人であると認識しておりますけれども、同時に、敵であるとも確信しております」
「どういうこと?」
ミナ様は不思議そうに首をかしげられます。
険のある表情ではございません。
しかしその目にはやはり、不穏な光が見えます。
「ミナ様のことは、わたくしのような下賤の者にもお優しくしてくださる、得難い方と思っております。
それでも、そんなことは、わたくしにとって些末なことなのです。
わたくしにとって大切なのは、お嬢様を脅かす存在を、お嬢様の前に立たせないこと」
ただ、それだけ。
友人であろうと、恩人であろうと、それは変わりない。
「ミナ様。
ちっとも楽しんでいる様子が見受けられない。
ですからおまえはわたくしたちの友人ですが、きっとリト・ブランドーの敵なのです」
ミナ様はどこか機械的に、また優しげな顔でおっしゃいます。
「どうしてそんなことを言うの?
あなたもリトも、私にとって大切なお友達よ。
私もあなたたちにとってそうであったらと、いつも思っているわ。
敵だなんて、そんなわけないでしょう?」
その言葉が、お嬢様の御心を揺らすたびに、わたくしの敵意は明確になります。
ミナ様──いいや。
「ミナ。おまえはお嬢様の敵だ」
呆然とやり取りを見ていた、お嬢様の手を取ります。
「お嬢様」
「うん」
「お嬢様はわたくしをリト・ブランドーらしかれと教育してくださいました」
「そうね」
「であれば、今日だけはそれを信じてくださいますか。
わたくしが敵とするものが、あなたの敵でございます。
わたくしが敵とするものを、撃ちなさいませ」
お嬢様は目を閉じ、開き、肩口の傷をケアルで癒すと、構えを取り直されました。
「ミナさん。ごめんね。聞いての通りよ。
あんたは私の友達かもしれないけど──今日はぶちのめすことにするわ」
ミナは肩をすくめると、大ぶりの杖を担ぎ直して、言いました。
「──ミューノル。どういうこと?
エリルが効いていない?」
抑揚の欠けた、妙に平坦な声でございました。
「ううん、効いてるわよ」
ミナに、杖が金属のこすれるような声で応じました。
喋る杖。
咄嗟にシーリス様やゴルヌアーツ様が思い浮かびます。
「効いてる?」
「効いてるのよ。
ただ、主人に害を為し得るなら、友達だろうがなんだろうがぶっ飛ばす──そういうことなんでしょうね」
「なにそれ」
「仕込みが雑ってことでしょ?
昔からの友人です~ってんじゃ乗り切れないこともあるってこと。
良い勉強になったじゃない」
「そう」
ミナはうんざりした様子で眉間を揉みほぐすと、いかにも鬱陶しいといった目でわたくしたちを見やりました。
「気に入らない」
小さく呟く声が、冷たい空気の中に響きました。
「ねえミューノル。
私にも鬱憤を晴らす権利が少しはあると思わない?」
「おっ、いいわね!
少しどころかたくさんあるわよ!
暴れましょう、ミナ!」
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魔女を号するその力に偽りはなく、ミナは容易くジャ系の黒魔法を連発してみせました。
属性の偏りも見られません。
自然と、戦いは魔法の応酬となりました。
こちら側が決定打に欠けるのは、お嬢様がシーリス様の力を存分に振るえていないことでございましょうか。
わたくしに追従して攻撃の手を休めていないとはいえ、やはりどこかでミナを友人と思う気持ちは取り除くことができていないのです。
殺意。
敵意。
邪眼の根源たる意志の力が今も足りておりません。
対するミナ側は、いかにも手札を残しているといった様子が見て取れます。
グリモアの力が精神支配だけとは限りませんし、おそらくは邪眼に類するあの杖の権能も示されておりません。
邪眼。
瞳を捧げることを以て契約とし、
お嬢様のグリモア、感情を喰らうシーリス様。
ノースモア様の大剣、命を喰らうゴルヌアーツ様。
サカヅキ様の双剣、ケルクスス様。──何を食べるかは、教えていただけておりません。
そして、ミナがミューノルと呼んだ、あの杖。
両目が残っているところを見るに、サカヅキ様同様、まだ契約には至っていないように見受けられます。
もしあれが、シーリス様に相当する力を振るうのであれば、あまりに分が悪い。
そうでなくともこのジリ貧の状況、このまま続けば、敗北は必定でございました。
当方に切り札が、無いでもございませんが──
「あんまり面白くない」
ぼそりとミナが言いました。
「そりゃそうよ。手加減してるんだもの」
「だって、すぐ終わっちゃうでしょう?」
「相手にも本気を出してもらえば?
ちょっとは持つんじゃない?」
「そういうもんか。
まあ、物は試しってことで」
実に挑発的なやり取りでございましたが、それを挑発的だと憤慨できない辺り、やはりお嬢様もわたくしも、依然として彼女の支配から逃れられておりません。
ミナは腰に提げた本に触れます。
瞬間、隣で爆発的なエーテルの奔流を感じました。
ミナを──友人と思っていたあの奇妙な感覚が、消えています。
「エリルは解いたけど。これでマシになるかな」
先ほどまで、どこか戸惑いを隠せていなかったお嬢様の瞳にぎらぎらとした感情が宿り、今にも獲物に飛び掛からんとする獣のように、全身に緊張が満ちているのが見て取れました。
「ミナ。
おまえは何者だ。どうして私の前に立つ」
唸るような声で誰何するお嬢様に、ミナは涼しげな顔のまま姿勢を正し、
「はじめまして、リト・ブランドー。
お久しぶりね、リト・ブランドー。
昨日はどうも、リト・ブランドー」
と、奇妙な挨拶をしました。
気づけばミナの後ろで、蝶が待っています。
アゲハ蝶よりも大きいそれらが、色とりどりのそれらが、無数に舞っているのです。
十、二十、三十、四十、もっと、もっともっと。
ひどく冷えた雪の朝、音のない世界で、中空の水蒸気が結晶化し、太陽の光を受けてきらきらと散っていく、あのきらめきに似ておりました。
くすくすとどこかで、嘲るような笑い声が聞こえてまいります。
音の出どころはひとつではございません。
二つ、三つと重なって、輪唱のように響き渡ります。
その声は蝶たちから聞こえてきました。
いいえ。
違います。
蝶ではございません。
蝶のような翅を生やした、小さな人間でございます。
おとぎ話の挿絵で見た妖精のような存在が、歪んだ顔で、張り裂けそうな口で、底意地の悪い声で、けらけらけらけらと、嗤っております。
辺り一面に影を落とすような妖精の群れが、ダイヤモンド・ダストの輝きを撒き散らしながら、お嬢様を嘲笑しているのです。
「私の名前はミナ・カルカテルラ。
認知の魔女。
あるいは、秘匿のカルカテルラとも呼ばれている」
魔女はそう言って、大変品の良いカーテシーを披露されました。