‪GRiMOIRE 20-21   作:Pの手帳

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Call me “Brando” - 7

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 エタルニア大陸には、首都であるエタルニア公国を中心に、東西を横断する鉄道網が敷かれております。

 西方には、聖女の懐剣として有名なシェリー・カーマインの名前で知られる、レイタークがございます。いわゆる、西部六州のひとつになります。

 他にも、ガテラティオやグランシップの街、かつて公王が過ごされた吸血鬼城の跡と、周辺の村々がございます。

 東方にはブレイブ・リーの生地である墓標の村がございますが、やはり何より有名なのはシャンポリオンの街でございましょう。

 数百年前までは名もない寒村のひとつだったそうでございますが、魔女シャンポリオンが暮らすようになって以来、その庇護を求めて多くの人々が集まった結果、街として発展したと聞き及んでおります。

 わたくしは今、お嬢様とともに大陸横断鉄道オライオン号に揺られて、シャンポリオンの街を目指しております。

 がたごとと揺れる車内に、飛ぶように過ぎ行く風景。

 わたくし、鉄道に乗るのは初めてなものでして、落ち着きを無くしてしまって、座席に着いてもどこか腰が浮いているような調子だったのですが、ご経験がおありのお嬢様はさすがに堂に入ったご様子で、私室のソファでそうするかのように背もたれにどっかりと体重を預け、肘掛けに肘を突き、物憂げな表情で外を見てらっしゃいました。

 しかし鉄道というのは不思議なものでございますね。

 これほどびゅんびゅんと道を行きますのに、ゆったりと海を行く船よりは随分揺れが少なく感じます。

 船の類はどうも苦手なのですけれど、鉄道でしたら長い間乗っていても元気でいられそうな気がいたします。

 

 さて、この魔女様と会うための道行き。

 以前よりシャンポリオン様に御目通りすべく、お嬢様から文を認めていらっしゃったそうなのですが、先日お返事をいただき、このような仕儀になっております。

 

「不思議な人よね」

 

 旦那様、つまりお嬢様の御父上のお名前を借りる形で、ブランドー家から送った文、当主の封蝋付きの立派なものですけど、これには無しのつぶてでしたのに、あらためてお嬢様から文を認め、一度お会いできないかとお願いをしたところ、ひと月もせずに『いつでもいらしてください』とお返事があったそうでございます。

 

「どんな方かしら」

 

 ぼんやりとしていらっしゃるお嬢様の頭が思い描いているのは、言葉通りにシャンポリオン様のことでございましょうか、またあるいは、エンプレス様のことでございましょうか。

 いつかお嬢様がエンプレス様についてひとしきりのことをわたくしに語ってくださってから、具体的な形でエンプレス様と決着をつける必要がある、ということを折に触れておっしゃるようになりました。決着が必要だと考えているのは私だけだろうけど──と言い添えながら。

 件のノースモア様とクジ様は、人狩りを巡る闘争の中で寄る辺を失い、そしてエンプレス様の庇護を受けたということで、その成り行きに関して、お嬢様にしては珍しく()()があるのでございました。

 ただし本当に()()をつけるか否かについては、そのための準備を進めながら、最後の最後で踏ん切りがつかなかったようなのですけれど、わたくしが、いえ、つまりその、懺悔しておきますと、お嬢様の胸のうちで燻る炎に油を注ぎ込み、その最後の踏ん切りをつけさせてしまったのは、わたくしであったかもしれません。

 わたくしはてっきり、寄る辺無き者(デラシネ)のお二人を巡ってお嬢様とエンプレス様が相争い、敗北し、再び挑むために雌伏の時を過ごされているとばかり思っていたのです。

 そのようなことを申し上げましたら、憮然としたお顔で、自分が譲ったのだとおっしゃるものですから、

 

──はあ? 闘いもせずにでございますか?

 

 と口を突いて出てしまったものですから、いやしかし、こう申し上げますとまことに失礼でございますけれども、あんなに情けない顔でわたくしを見上げていたお嬢様の顔は、後にも先にもございません。

 あんた言うようになったじゃない、とお嬢様はおっしゃっておりましたが、なるほど確かに、なんと失礼な口ぶりでございましょうか。

 貴い方に首を刎ねられても不思議ではないくらいの言葉でございますけれど、とはいえお嬢様にそうされても、わたくしは取り立てて後悔ということは、いえ、以後お傍に侍れないことは残念でございますけれど、それ以外には、悲しみも何もないよう気もいたします。

 そんなわたくしの感慨はさておき、そのシャンポリオン様とお会いなるという行為は、お嬢様いわくエンプレス様と決着を着けるに当たって不可欠、ということでございました。

 それが気持ちの面で何らかの区切りをつけるためなのか、それとももっと実利的な面で必要なことなのか、わたくしには測りかねますが、ともかくわたくしたちはシャンポリオンの街を目指し、旅の空にありました。

 

 

 

 

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 街というのは普通、遠巻きに田畑や民家がちらほら現れたかと思ったら、進んでいくうちにその数があれよあれよと増え、密集し、いつの間にやら人だかりができている、そのようなものだと思うのですけれど、シャンポリオンの街は鉄道の停車駅に直結しておりますので、汽車を下りてすぐ、賑やかな街の喧騒を耳に感じることができます。

 それからわたくしたちは街の顔役のおひとり、商工会ですとか町議会ですとかに肩書きを持っている方ですけれど、その方と面会し、シャンポリオン様を訪問するに当たっての打合せをいたしました。

 こういったものは当然、お嬢様ご自身が骨を折るようなことではなく、事前に遣いを立ててあれこれと段取りを整えておくものですけれど、そこはお嬢様が手紙のやり取りも踏まえて一思案されまして、シャンポリオン様が、そのようないわゆる貴族的な段取りと申しますか、外堀を埋めるようなやり口に機嫌を損ねてしまう可能性に配慮した結果、このような立て付けになっていると、そういう次第でございます。

 ところが打合せといっても、聞かされたのはシャンポリオン様のお屋敷の住所についての細かい説明くらいでして、わたくしたちが考えていたような、面会に当たっての作法、シャンポリオン様の嗜好や、やってはいけないこと等はまったく聞かされませんでした。

 

「ぜんぶ魔女様が決めることですんで。

 魔女様が会うとお決めになったのなら、それで。

 あたしらがとやかく言うことはねえです」

 

 少々訛りのあるゆったりとした口調で、その老爺はおっしゃいました。

 お嬢様もわたくしも、てっきりシャンポリオン様や、その周辺は街の者が細かく管理していると思っていたのですけれども、まったくそういうことはないということでございました。

 

「雪かきですとか、そういう力仕事なんかは人をやっていますけど、でも、まあ、これも本当は必要なことでもないですわ。

 魔法でなんとかできてしまうでしょうから。

 魔女様はあれこれとかしずかれるのはあんまし好きじゃねえんですけども、あたしらが世話を焼きたくって、それを許してくださってるというのが正直なところです。

 子どもが親に甘えてるようなもんです」

 

 しかし魔女を信奉する身として不安にならないのか、というお嬢様の質問に、老爺はうなずきます。

 

「気持ちのうえでは、そうですなあ。

 要らないお節介なんですけどもね、気持ちはね。

 誰か一人か二人くらいは、ずっとおそばに置かせてほしいもんですけども。

 ただ魔女様も吹雪なんかじゃない限りは、市場やら広場やら、毎日どこかしらに顔を出してくださるんで、あたしらもそれで安心できますんで」

 

 なんともイメージの違うシャンポリオン様のお話に、お嬢様とわたくしは顔を見合わせるのでした。

 

 

 

 

 

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 シャンポリオン様のお屋敷は、街の中心部から少し離れた、小高い丘の上にございました。

 少し離れたというのは、鉄道の行き交う騒々しい音までは聞こえないけれども、丘に立って街の方面を見下ろせば、点々のような人々の営みはわかる、そういった距離でございます。

 さてお屋敷はというと、たしかに一般的な平民の家屋に比べれば大きいものでしたが、ブランドーの屋敷などに比べれば随分こじんまりとしておりました。

 貴族の邸宅のように、大勢の人間が働いて回ることは考慮されてはいないつくりのようでございます。

 門構えも魔女の家といった風情はなく、華やかではございませんが、さりとて質素ですとか地味ということもなく、大変感じの良いものでした。

 庭も大変広く取られておりまして、一見、自然に任せるままにした、野性味溢れる印象を持ちましたけれど、よくよく見ますと、随所に秩序立った工夫、手の入れ方がなされております。

 端のほうには温室もあるのだと思ってお嬢様と見やっておりますと、中で作業をしておりました、街の方でしょうか、その少女が顔をのぞかせませて、

 

「外は寒いでしょう。どうぞ」

 

 とおっしゃいました。

 肩口で切り揃えられた、赤々とした美しい髪にわたくしは目を奪われました。

 赤毛と称するときは普通、色の明るい茶色を指しますけれど、その少女の赤毛は、薔薇や口紅、あるいは鮮血といった、濃く深い紅の色をしておりました。

 根本から先端までが紅で染まり切り、日差しを受けて艶やかに輝いております。

 呆気に取られているうちに、少女はまたすぐ温室に戻られてしまい、わたくしとお嬢様はどうしたものかと顔を見合わせまして、それから扉まで進んで控えめにドアを叩きましたが、屋敷からは反応がなく、また温室のほうから、

 

「どうぞ」

 

 と先ほどの方でしょう、そのように促します。

 お嬢様は眉を上げて温室のほうをじっと見つめておりましたが、ややあって、

 

「お邪魔しましょう」

 

 とドアノブに手をかけました。

 大方の予想通り、鍵はかかっておりませんでした。

 

 室内はストーブの火で十分に暖められておりました。

 壁紙や家具の類が暖色、やわらかな赤色でまとめられておりまして、なんだか目にも暖かな印象でございます。

 どうにも人の気配がしないようでしたが、お嬢様は特に声をあげるでもなく、進んでいって、暖炉のそばにある一脚の椅子に腰を下ろされました。

 いつになく、背筋はぴんと張っております。

 わたくしはお嬢様の斜め後ろに、いつものように立って控えるようにいたしました。

 微動だにしないお嬢様の後頭部をしばしのあいだ見つめておりますと、出入口のドアが開き、先ほど温室にいらした方が顔を出されました。

 わたくしが頭を下げるのと同時に、お嬢様もまたぴしりとした姿勢のままに立ち上がり、

 

「ブランドー家のリトと申します。

 本日は御目通り叶いまして大変うれしく思います」

 

 と頭を下げられました。

 

「クロエです。

 私も会えてうれしい」

 

 温室の少女──いえ。

 不滅と呼ばれた魔女は、ハンカチで額の汗をぬぐいながら、童女のようにいとけなく微笑まれました。 

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