‪GRiMOIRE 20-21   作:Pの手帳

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【前回までのあらすじ】
リト・ブランドー、不滅の魔女シャンポリオンと出会う


Call me “Brando” - 8

 18

 

 人間という種が有する造形美という点において、わたくしは、わたくしがこれまで生き、出会ってきた、実在する人物の中で、お嬢様に優る存在はないということの確証を日々更新しているのですけれど、この日初めて、美しさの行き着く先には様々な場所があるのだという知見を得ることができました。

 雪のように白い肌や、整った顎先の輪郭に鼻梁、大きく美しい瞳に豊かな睫毛、こうした部分は、無論、造形の違いはあれども、お二人に共通して見られる傾向でしたけれど、一個の人間としてまとまった姿は、お嬢様がどこか人形然とした美しさであるのに対し、シャンポリオン様は内から生命の力を感じ取れるような、溌溂とした健やかさ、美しさがございました。

 装いもまた、白いブラウスに緋色の前掛け、いわゆるエプロンドレスと申しましょうか、物語に出てくる魔女とは掛け離れた格好でして、腕をまくったその姿は、失礼ながら、屋敷の主人とはとても思えないものでございました。

 

「甘いもの大丈夫? ココアでいい?」

 

 そんなことをおっしゃいながら、シャンポリオン様はせわしなく居間と台所を行き来されております。

 無論のこと、そのような雑事はわたくしがやって然るべきですが、シャンポリオン様に「座ってていいから」と強く制されまして、さすがにお言葉通りに座りはしませんけれども、為すべくもなくこうして控えております。

 シャンポリオン様はココアを入れたカップを三つ用意すると、

 

「どうぞ」

 

 とお嬢様とわたくしにすすめました。

 逡巡するより前にお嬢様が、「お言葉に甘えなさい」とわたくしに目配せされましたので、失礼して椅子にかけることにいたしました。

 

「ごめんね。なんかばたばたしてて」

「こちらこそ突然お邪魔して申し訳ありません」

「突然じゃないよ。お手紙もらってたし」

「しかし、シャンポリオン様ともなると、お忙しいでしょうから」

「やることはあっても、それに追われてないから。

 とか言いながら、あれこれやっちゃうんだけど」

 

 シャンポリオン様はココアを少しずつ飲みながら、ゆったりと話されます。

 

「人と会って話すのも大切だと思っていて……こうして今も私をたずねてくれる人がいるのは、幸福なことだね」

 

 だからそう畏まらないで、とシャンポリオン様が微笑みます。

 なんとも不思議な御方でございました。

 目の前でココアを飲む少女の、その声、顔、姿かたちはお嬢様とそう変わらない歳の頃に見受けられますが、一方で、どこか玄妙な、たしかに年輪を経た大樹のような雰囲気も感ぜられるのです。

 それが所作によるものか、何なのか、そこは判然としないのですが。

 

「シャンポリオン様をたずねる者は、山といるでしょう」

「そうかな?

 そうかも。

 意外とそうでもないかも。

 面白いと思うのは、会えるとか、会えないとか、自分たちで決め込んでいる人が、たくさんいることだね。

 私は会う人の肩書きを知らないし、物やお金を求めたこともない。

 でもその人たちは、格が足りないとか、お金が足りないとかで、魔女に会えないと騒いでいる」

「それはまた──なんとも愚かしいことで」

「ううん?

 愛くるしい人たちだと思う」

 

 お嬢様の背筋がわずかに伸びるのを感じました。

 

「そうやって私に会うためにたくさんの関門を越えなければならないと思っている人がいれば、ふらっと現れる人もいる。

 サカヅキくんもそうだね」

「サカヅキ? 議会のサカヅキ様ですか?」

「うん。

 実はサカヅキくんから、あなたのことは少しだけ聞いてるの」

「サカヅキくん、ですか」

「そこ?」

 

 わっはっは。

 と、シャンポリオン様は声をあげて笑われます。

 

「そうだね。

 サカヅキくん。

 これでも直したんだよ。

 サカヅキちゃんだと嫌がるから。

 でもこっちはサカヅキくんが首の据わんない頃から抱っこしてたからさ、もう将官ですとか言われても困るよね」

 

 シャンポリオン様はため息をつかれます。

 

「急に落ち着いちゃったみたいな感じ。

 でもそんなこともないよね。もう何十年……」

「あれで落ち着いてるんですか?」

「そうだよ。

 あなたくらいの年の頃は自分のことカリスマ剣士っていってたよ」

「カリスマ……?」

「うん。

 跳ねっ返りでさ。

 見ていて冷や冷やもしたけど、根は良い子だしどっか抜けてて、愛らしい子だった」

「サカヅキ様とは、どういう?」

「あの子に剣を教えてあげたんだよ」

「えっ。

 シャンポリオン様は剣士でもあらせられるのですね」

 

 シャンポリオン様が不敵な笑みを作ります。

 

「剣士っていうか、時間があったからね、百年とか二百年とか、真面目にやってみただけだよ。

 人間って普通、百年もしないうちに死ぬでしょう。

 だからそのうちのどれだけの時間を何に費やすのか、そのことに才能があるのか、それで食べているかどうか……迷うよね。

 私には時間はたくさんあるみたいだから、試しにやってみるかってやってみただけ。

 それで物にならなくても、みんなのように苦しむことはないから。

 結局自分に才能があるのかどうかっていうのは、うーん、やっぱりどうもわかってないけど、百年も真面目にやると、見えてくるものはあるなと。

 そんな風に思うよ。

 さて」

 

 シャンポリオン様は空になったカップを手に持つと、椅子を立たれます。

 

「シャンポリオン様。

 うちの者が」

「そう?

 そうだね。

 そうしてもらおうか。

 お茶を淹れるというのはなかなか面白いけど、人に淹れてもらったお茶を飲むというのも、また格別だもんね」

 

 わたくしはどこかほっとした思いで、お台所をお借りすることにいたしました。

 

「サカヅキ様のこと、もっと聞いてもよろしいでしょうか?」

「気になる?」

「はい。

 チェスでも何でも、あの方には負けっぱなしなんです。

 握れる弱みは握っておきたい」

 

 シャンポリオン様は、また大きな口を開けてわっはっはと笑われますと、

 

「正直でよろしい。

 あんまり人のことを喋るのもなんだけど、サカヅキちゃん、違った、サカヅキくんなら許してくれるでしょう」

 

 と、うなずかれました。

 

「彼は魔法の大家に生まれた。

 ところが本人はどうも魔法がなじまない。

 それで私だったらどうにかうまく魔法の才を育ててやれないかって預けられたんだけど、あんまり魔法は向いてなさそうだなあと思ったんだよね。

 本人にも聞いてみたんだけど、別に魔法なんか好きじゃないって言うもんだから、なら色々試してみるかと思ってね、剣、杖、槍、弓、徒手、投げ物、馬、とにかくなんでもかんでも、私の知り得る武芸百般これをすべて伝えた。

 体を動かすのは大得意だったみたいで、覚えが良い。

 一番物になったのは徒手と短剣かな?」

 

 お嬢様は興味深そうに相槌を打ちながら、シャンポリオン様のお話に耳を傾けておられます。

 わたくしはそれとなくお二人に紅茶を注ぎました。

 

「魔法を教えてやってくれと言われて預かったもんだから、家に帰すときにどう言い訳したもんかと困ってね。

 箔をつければ勢いでごまかせるだろうと思って、私が二百年くらい前、いや三百年? あ、でも百五十年くらい前か……? まあともかくその頃に覚えたうろ覚えのカミイズミ流──居業、立業、甲冑組討に至るまでの百余本を叩き込んで、免状寄越せってカミイズミの道場を道場破りさせたんだよね。

 無茶苦茶騒ぎになった。

 カミイズミの誰とも面識のない小僧がどうしてかカミイズミの剣を遣って、カミイズミの道場に道場破りに来るんだもん。当然だよね。

 ちょっと反省してる。

 まあともかくそれでひと悶着あったけどサカヅキくんはカミイズミで免状を無事もらって実家に帰ったんだ」

「それで、どうなったんです?」

「いや、駄目だったみたい。反省してる。

 でも勘当されましたって満面の笑みで報告に来たから、まあ、良かったのかな。

 というわけで、あの子は血縁的にはカミイズミでもなんでもないんだけど、最終的に養子縁組でカミイズミの縁戚になったんだよね」

「な、なんだか途轍もない話ですね……」

「一人の人間の半生を語ったら、どんな人だって途轍もない話になるよ。

 ……あら。

 そんなことないって思ってる?」

「いえ、そんなことは」

「リトさん、あなた、面白い人だね。

 大半の人は大した人生を送らないって思ってるでしょ」

「ああ、いえ──まさか」

「でも、そういう人たちの幸福も守られるべきだとも思っている」

 

 いよいよお嬢様は口をつぐまれました。

 

「ごめんごめん!

 こういう分析まがいのことするやつってイヤミだよね。

 嫌わないで」

「いえ。痛み入ります」

 

 何の話だったっけ、とシャンポリオン様が紅茶を一口含みます。

 

「そうそう、サカヅキくんだ。

 その縁があってね、いろいろと私もワガママ聞いてもらったりしてるんだよ。

 私って名前ばっかり大きくなって、自分で動くのが大変になっちゃったから。

 悪魔の弾丸のこととかね」

 

 

 

 

 19

 

「悪魔の……ダークエンジェルですか?」

「うん。

 ありがとうね。

 リトさんも頑張ってくれてるんだって?」

「いえ、そんな」

「あれはね、なんかヤな感じだね。

 また変なのがそそのかしてるような気がする」

「そそのかしている、ですか?」

「うん。デニーのときみたいに。

 取り越し苦労だったらいいけど」

「デニー……さん、ですか?」

「ああ。

 なんだっけ。

 あれ、あの名前。

 えっと……あ、そうだ。

 オブリビオン」

「オブリビオン? グランツ帝国の?

 本名はデニーといったんですか?」

「そうだよ。デニー・ゼネオルシア」

「初耳です。

 んっ?

 ゼネオルシア? デニー・ゼネオルシア?

 ユウ・ゼネオルシアの兄の?」

「うん」

「えっ、いやいや? なんでそうなるんですか?

 ユウとともにオブリビオンに挑んだのがデニー・ゼネオルシアですよね?

 それで時空城で戦死したって」 

「あ、そうなんだ?」

「デニーは、だって光の戦士でしょう?」

「光の戦士?」

「アニエスたちとともに公国と戦って、その後はグランツ帝国に捕らわれたアニエスをユウとともに奪還しましたよね?」

「いや、公国とも戦ってないと思うけどな」

「でもそれだと、一人足りないでしょう?」

「足りない?」

「アニエス・オーリア、ティズ・オーリア、イデア・リー、そしてデニー・ゼネオルシアでしょう?」

「あ、そうなってるのか。

 これぞサンダガを受けたような衝撃ってやつかも」

 

 シャンポリオン様は天井を見上げると、ひどく遠い目をして、何事かをつぶやきました。

 声が小さく、わたくしにはよく聞き取れませんでした。

 かろうじて、リトは知っておくべきか、とおっしゃったのはわかりました。

 

「ちょっと待ってて」

 

 シャンポリオン様はやおらに立ち上がりますと、万年筆と紙の切れ端を持ってきて、テーブルに置きました。

 

「私が今から書く文字を絶対に読み上げないでね。

 目で追ってね」

 

 わたくしとお嬢様は一瞬だけ目配せをしますと、深くうなずきました。

 さらさらと、シャンポリオン様が切れ端に文字を書かれます。

 

  ── 認知の魔女

     秘匿のカルカテルラ ──

 

「読んだ?」

 

 お嬢様は小さくうなずかれました。

 シャンポリオン様は紙切れを摘み上げ、更に小さく丸めますと、暖炉の火に投げ込まれました。

 

「あのね。

 これ、私から口で伝えると呪いがあるかもしれないのでサカヅキくんに聞いてもらえる?

 認知の魔女って言えばすぐわかると思うから。

 なんのこっちゃって思ってると思うけど、たぶん大事なことだから」

 

 

 

 

 

 20

 

「私ばっかり喋っちゃってる」

 

 シャンポリオン様がそうおっしゃって、お嬢様に水を向けました。

 お嬢様は小さく息を吐いて、

 

「エンプレス・ゼネオルシアはご存知でしょうか」

 

 とおっしゃいました。

 シャンポリオン様は、もちろんと首肯されます。

 

「彼女に決闘を申し込もうと思っています」

「そう」

 

 シャンポリオン様は空になったコップの底を見つめながら、おっしゃいます。

 

「生死を問わずに?」

「はい」

「殺し合いってこと」

「はい」

「エンプレスともお友達よ。彼女、良い子だわ」

「はい」

「英雄の資質があると思う」

「はい」

「なるほど」

 

 シャンポリオン様は顔を上げると、先ほどと変わらぬ様子で微笑みを浮かべたままおっしゃいました。

 

「ならやりなさい」

「は────」

 

 お嬢様が息を呑んだのが、背中越しにもわかりました。

 それを見て、シャンポリオン様はまた、わっはっは、と声をあげて笑われました。

 

「どうしたの。

 止めると思った?」

「はい」

「止めて欲しかった?」

 

 お嬢様はその言葉に、今日初めて逡巡した様子を見せ、どうでしょうか、と小さく返しました。

 

「止めても、止められなくても、私はエンプレスと戦うと思います。

 でも、それが正しいのか、正しくないのか、誰かに聞いてみたかった……のだと思います」

「そう。

 サカヅキくんも、親御さんも、聞いたら止めるのは間違いないよね。

 でもまあ、それをそうするしかないと思っているんだったら、もう、他の選択肢なんてないんじゃないのかな。

 そういうものでしょう。

 ここで諦めたって、ああ諦めて良かったな~、なんて思うことはこれから先ないんだから」

「シャンポリオン様にも、後悔がおありですか?」

「そりゃもう」

 

 例えばそうね。

 とシャンポリオン様は指を顎に当てると、

 

「髪を染めなかった自分のことを、ちょっとだけ考える日があるかな」

 

 少しさみしそうに笑われました。

 お嬢様とわたくしは、揃って首を傾げました。

 

 

 

 

 

 21

 

 それからしばらく、また何ということはない雑談が続き、少しずつ日が傾いてきたのを窓からの日差しに感じたとき、お嬢様が切り出しました。

 

「シャンポリオン様のグリモアに、触れさせていただきたいのです」

 

 シャンポリオン様は、お嬢様の目をじっと見つめられました。

 お嬢様も臆することなく、その視線を受け止めます。

 

「目的は、拒絶反応の確認?

 グリモア使いとしての素質があるか、そうでないか、否応なしにわかる。

 合ってる?」

「はい。

 それで──前に進みます」

 

 シャンポリオン様は躊躇なくうなずかれました。

 

「うん。いいよ」

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