「凄い機動だね、まるで踊ってるみたいだ」
後席のアレンが手摺を掴みながら言う。離陸直後の急激な機動でも減らず口を叩けるとは、この男も意外といいパイロットなのかもしれない、とリーパーは思った。
「それで、ジェット戦闘機に乗った感想はどうだ?」
「最高だね。このままお酒を飲めればもっと嬉しいんだけどね」
「それはダメだ」
フランカーは巡航速度を維持したまま、高度を上げていく。レーダースクリーンの端に、6つの輝点が表示される。リーパーに先立って離陸していた、コトブキ飛行隊だ。IFFなど搭載していないので当然敵味方の識別は出来ないが、距離と機数からコトブキ飛行隊で間違いない。
「凄いね、この距離でもうレーダーで捕捉できるなんて。羽衣丸搭載の物より性能がいいんじゃないかな?」
「地球での空戦は距離が命だからな。先に相手を見つけた方が勝つ」
と言っても、最近では
特殊な磁気を帯びたその鉱物が風に吹かれて地球を循環しており、レーダー波を妨害してしまうことがある。AWACSやレーダーサイトの超強力なレーダーですら時折機能不全に陥ってしまうこともあり、目視可能圏内に入ってようやくレーダー探知、なんてこともある。
ステルス戦闘機の登場で既存の戦闘機は全てただの的になるかと思われていたが、そんなことは起きなかった。むしろレーダーの不調が発生することで、既存の古い戦闘機でも十分戦える環境が発生している。アフリカの反政府勢力では、今もMiG-21やF-5Eといった古い戦闘機が主力として使われていて、しかもそれが活躍していると聞いたことがある。
「今の速度はどれくらいなんだい?」
「マッハ0.9」
「遷音速か、でもこれが最大速度ってわけじゃないんだろう?」
リーパーはスロットルをわずかに前進させた。機体が加速し、マッハ1を超える。
「おめでとう。あんたは今、たぶんイジツで初めて音速越えの飛行機に乗った男になった」
「それは嬉しいね。できれば最大速度も体験してみたいんだけどな」
「燃費が悪くなるからダメ。こっちで調達できるんなら話は別だけど」
隼や飛燕、疾風に搭載されているレシプロエンジンの燃料はガソリン。一方ジェット戦闘機に使われているのはケロシン―――つまり灯油だ。理論上ガソリンも使えないことはないが、不調が発生したら困る。リーパーにはエンジンをオーバーホールできる技術はないし、あったとしても部品が無い。地球への帰還を目指すには何としてもフランカーは飛ばせる状態を保っておかなければならず、ガソリンをぶち込むなんてのは言語道断だった。
「イケスカではジェット戦闘機用の燃料を精製していたと聞くけどね」
「イケスカ?」
「イサオっていうわるーい奴がいてね、そいつが市長をやってたイジツで最大の都市さ。ジェットエンジンを実用化していて、さらに地球から迷い込んできたジェット戦闘機も運用していたらしいよ」
そのどっちも今はないけどね、とアレン。自分以外にも時折イジツに迷い込んでいた人がいたらしいことは彼から聞いていたが、ジェット戦闘機まであったとは。
「じゃあそのイケスカってところに行けばジェット燃料を入手できるのか?」
「それは難しいと思うよ。イケスカはイサオがいなくなってから内戦が勃発してね。今は何とか収まりつつあるみたいだけど、今も治安は悪いと聞いている。それに反イケスカ連合だった僕らがのこのこ出て行ったら、銃弾で挨拶をしてくるんじゃないかな」
イサオが「穴」の向こうに消えてから、彼が率いていたイケスカを始めとする自由博愛連合に加わっていた街は分裂した。イサオがいなくなっても自由博愛連合の理念を掲げ、都市の統一に邁進しようとする者たち。イサオに成り代わってイジツを牛耳ろうと権力を求める者たち。そして自由博愛連合から脱退しようとして住民同士で意見が分裂する街。
「今じゃあちこちの街でマフィアが跳梁跋扈してる有様で、おまけに自由博愛連合の兵器類も空賊に渡ってしまってる始末だ。イケスカにジェット燃料が残っているかどうかも怪しいし、残っていたとしても快く譲ってくれることはないだろうね」
「それは残念だ」
リーパーはそう返し、目視圏内に入ってきたコトブキ飛行隊の編隊を一瞥する。隼の二倍以上の速度で巡行するフランカーはあっという間にコトブキ飛行隊を追い越し、さらに遥かな高みへ向かって飛んでいく。
「~っ、あのやろー!」
追い越しざま、フランカーがバンクしていったのを見てキリエが唸る。まるで「ここまでおいで」と馬鹿にされているかのようだとキリエは感じた。ムキになってフルスロットルでスピードを上げるが、隼とフランカーの距離は離れていく一方だ。
「こらキリエ、編隊を乱すんじゃない」
「あいつ私たちのことバカにして!」
「あら、単に挨拶しただけじゃない? 昨日話した限り、あの子、悪い子には見えなかったわよ。唐揚げにレモンをかけるのは別として」
「ちょっといい戦闘機乗ってるからって私らのこと舐めんなよ!」
「ちょっといいどころではないと思いますわよ」
エンマはさらに高度を上げていくフランカーを見て、綺麗だと思った。無論自分の隼が一番であることに変わりはないが、それとはまた別の美しさを感じる。余計なものをそぎ落とし、性能だけを求めたものに宿る機能美だろうか。
「彼が昨日穴から出てきたのはこの空域だな?」
レオナが地図を眺めながら、現在地を確認する。リーパーの記憶通りならば、彼女たちが今飛行している空域が「穴」が開いていた場所となる。下には街が見えるが、今はもう誰も住んでいない。地下資源が枯渇し、5年ほど前に住民が皆立ち去って廃墟となった街だ。
「チカ、空に異常は見えるか?」
「特におかしいところはないよ。穴も見当たらない」
雲が出ているものの、「穴」が開いていればすぐに見つけられる。レオナは編隊を散開させ、円を描くように飛行を続けながら空を見た。チカの言う通り、「穴」はどこにもない。「穴」が出現する前兆とされる三つの輪っかも見当たらない。
一方のリーパーもコトブキ飛行隊と共に旋回を続けながら、無線機で司令部を呼び出してみた。だが何回コールしても、応答はない。地球の衛星軌道上には無数の通信衛星が打ち上げられていて、地球のどこにいようともリアルタイムで国連軍司令部とのデータリンクと交信が可能だった。しかしそれが出来ないということは、「穴」は開いていないのだろう。
「やっぱりダメか…」
事前に「穴」について話を聞いていたとはいえ、実際に帰り道が見つからないことはリーパーにショックを与えた。昨日の今日で「穴」が都合よく現れていてくれないかと期待していたのだが、やはり現実は厳しい。
「明日来たら開いてる…なんてことはないよな」
「君には申し訳ないけど、たぶん、ないだろうね」
「だよな…」
「穴」の研究家でもあるアレンにそう言われてしまうと、そうなんだろうという気がしてくる。
アレンの話によれば、大きい「穴」についてはある程度事前にどこに出現するかの予測ができるらしい。しかしその「穴」がリーパーが元いた地球と繋がっているかは出現するまで分からない上に、「穴」になりかけのまま消えてしまうこともある。そしてアレンの計算では、次に「穴」が出現するのは、短く見積もっても一年後だそうだ。
リーパーが出てきた小規模な「穴」ならば、不定期で出現を繰り返している。だが同じ場所に連続して現れることは滅多にない上に、計算で次の出現時期と場所を予測することも難しい。
「つまり俺が帰るにはイジツの空を飛び回って穴を見つけるか、あるいは一年後まで待つしかないってことか」
「そうなるね。僕としては後者をお勧めするよ」
「だが一年も待ってられない、戦争はまだ終わってないんだ」
ユージア軍と国連軍の戦線は膠着状態で、だからこそ次に行われる大規模作戦は何としても成功させなければならない。ここでユージア軍に対して大きな勝利を収めれば、ユージア連邦から離反する国々も出てくるだろう。逆にこちらが負けてしまえば、この戦争に対して態度を決めかねている国々がユージア連邦に加わってしまうこともあり得る。
「そういえば君が来た地球では戦争をやってるって話だけど、どうして戦争なんかやってるんだい?」
「それは…」
ルゥルゥとアレンには戦争が起きていることだけは伝えたが、なぜ戦争が起きたのか、それがなぜ続いているのか、そこまでは話していない。話すとユリシーズ落下まで遡らなければならないし、それを彼女たちが理解してくれるかどうかもわからなかった。
説明すべきかどうか悩むリーパーをよそに、レーダーに新たな機影が表示される。数が多い。リーパーは話を切り上げ、コトブキ飛行隊を呼び出した。
「こちらのレーダーで多数の機影を探知した。機数は約30、このコースだとラハマに向かうコースか。距離はおよそ300」
『そんな数の飛行機が来るなんて話は聞いていない。空賊だ』
「あるいは自由博愛連合の残党か。どちらにせよ、友好的な連中じゃないことは確かだろうね」
アレンがレーダー画面を見ながら呟く。画面に映る機体はどれも小型で、戦闘機のようだ。
「そいつらが何でラハマを狙う? あそこに戦略的な価値はなさそうだが」
「空賊だったら単純に略奪。イサオ連合の残党だったら自分たちを敗北に追いやったコトブキ飛行隊と、反自由博愛連合の街への復讐っていったところかな」
いずれにせよ、仲良くできそうな連中ではないらしい。既にコトブキ飛行隊からラハマの街へ一報が入り、今頃は自警団が大慌てで離陸準備をしているところだろう。ユーリアたちと共にガドールからついてきた護衛戦闘機隊も、同盟関係にあるラハマを守るために出撃するとのことだった。
「それで、君はどうするんだい?」
「どうするって、何を?」
「彼女たちを手伝うのか、それともここで高みの見物を決め込むか」
レーダー画面には空賊が飛来する方角へ向かって飛んでいく6機の機影が表示されている。おそらく後30分もしないうちに、空戦が始まるだろう。6対30では、明らかに分が悪い。
だがリーパーがこの空域に来たのはあくまでも帰還のために「穴」が開いていないか調査するためであって、空賊たちと戦うためではない。それに勝手にどちらか一方に肩入れして、現地の紛争に介入するのは最もやってはいけないことだった。事情もはっきり分かっていない内はどちらかの味方など出来ない。それで数多くの失敗を繰り広げてきたのが国連だ。
『…本機は当空域で待機する』
「あのヘタレ! いい戦闘機乗ってるくせに私たちを見捨てるっての?」
リーパーが送ってきた通信に、キリエは失望し、そして怒った。昨日オウニ商会の世話になったくせに、空賊に襲われそうなラハマの街を見捨てるなんて。ユーハング人は臆病で情けない、恩知らずの連中なのか。
「よせキリエ、彼はこのイジツの人間じゃない。彼に私たちと一緒に戦えなんて言うのは、こっちの勝手だ」
「でも!」
「あの子は迷子なの、本当だったら私たちとは何の関係もない人よ。彼は自警団員でも用心棒でもない」
ザラの言う通りだった。リーパーはあくまでも
自由博愛連合との戦いを経て、コトブキ飛行隊とオウニ商会には新たな契約がいくつかの都市と結ばれていた。それはその都市が空賊などに襲われた場合、近くを飛行中であれば救援に向かうという契約だ。契約を結んだ都市からは毎月契約金が振り込まれていて、今回ラハマに向かおうとしている空賊を撃退するもその一環だった。
だがリーパーはその契約をどことも結んでいない。そして彼は自警団員でもない。いくら良い戦闘機に乗っていようが、リーパーには空賊と戦う義務も義理もないのだ。キリエもそのことはわかっていたが、納得は出来なかった。
「あんにゃろ~、地上であったら一発ぶん殴ってやる!」
前方にゴマ粒をバラまいたかのような飛行機の機影が見えてくる。それらは見る見るうちに大きくなっていき、やがて数十の戦闘機の機影になった。
機種は零戦21型が中心。塗装から考えて自由博愛連合の残党の機体だろう。
「全機、いつも通り2:2でやるぞ。互いにカバーしあうことを忘れるな。コトブキ飛行隊、一機入魂!」
レオナの掛け声と共に、隼が零戦の群れへと突っ込んでいく。ここで時間を稼ぎ、ラハマ自警団とガドールの戦闘機隊到着まで持ちこたえなければならない。もしも突破を許せば、零戦の群れはラハマを空襲するだろう。
「戦闘が始まったみたいだね」
「だな」
コトブキ飛行隊を示す輝点が、空賊たちの輝点の中に突っ込んでいく。IFFを搭載していないので、もはやどれがコトブキ飛行隊でどれが空賊なのか判別できない。こうなってしまえばもう、手を出すことも出来ない。
「別に君の判断を責めるわけじゃないけど、理由を聞いてもいいかな?」
「…ここで戦いに介入したら、俺は引き返せなくなる」
もしも今後「穴」が開いて地球への帰還が可能になった時、この世界との関りが深ければ深いほど、帰るのが難しくなる。彼らに必要とされてしまうことがあれば、自分が帰った後にその人たちはどうなる? それにあくまでも迷子の立場である自分が、イジツの人々の戦いに首を突っ込んでいいのかという迷いもあった。
ラハマの人々は自由博愛連合を悪いように言うが、リーパーはまだ自由博愛連合側の人々と話をしたことが無い。本当は彼らも正義を掲げて戦っているのかもしれない。もしかしたらユーリアたちが間違っているのかもしれない。あるいは両方正しくて、両方間違っているのかもしれない。
「だから今は戦えない」
「なるほど。でもそうも言ってられないみたいだよ」
方位270、複数の機影を探知、とアレンがレーダー画面を見て言う。今いる場所から、ラハマを挟んで反対側の方向だ。そこに複数の輝点がレーダー画面に表示されている。
「なんだ、こいつらは…」
「この反応から見ると、どうやら大型機みたいだね。たぶん、爆撃機だろう。小さいのは護衛機かな?」
「爆撃機だと? 街には一般人がいるんだぞ、それなのに空爆するのか?」
だがアレンの話では、自由博愛連合は以前も自分たちに協力しない都市に爆撃を加えていたらしい。イサオが「穴」を独占するための行動だったが、そのせいでいくつかの都市が焼け野原となった。
「ラハマ飛行場、聞こえるか? そちらに爆撃機が3機向かっている」
しかし自警団の97式と雷電、そしてガドール戦闘機隊の鍾馗は既にコトブキ飛行隊に加勢すべく、爆撃機が飛来するのとは反対方向に向けて飛行してしまっている。今から引き返しても間に合わないだろう。不測の事態に備えて二機、自警団の97式がまだ地上で待機しているとのことだが、たったの二機ではどうしようもない。
「罠にかかったみたいだね。まさかあの数の戦闘機隊を囮にして、戦力がそっちに向かった際に本隊の爆撃機が来るとは」
それで、どうする? アレンがまたリーパーに問いかけた。
「ここで高みの見物を続けて、ラハマの街が焼け野原になるのをただ見ているか。それとも街の人々を救うべく行動を起こすか。ユーハングの人間である君が、この世界の戦いに手を出す義務は確かにない。その結果大勢の人々が死んだとしても、君には関係ないことだろうね」
「…お前、意外と性格悪いな」
アレンが笑う。リーパーは大きく息を吐いて、操縦桿を握り直した。機首を反転させ、爆撃機が飛来する方角へ向かう。
「何かあった時には、お前がちゃんと証言してくれるんだろうな? 俺は正しいことをしたって」
「いくらでもしてあげるよ」
「嘘だったら、松葉杖生活を2か月延長させてやる」
それは困るなあ、とアレンが言うのを無視し、リーパーはスロットルを目いっぱい前進させた。マスターアームオン、交戦準備。
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