荒野のリボン付き   作:野獣後輩

12 / 42
第一二話 Shattered Skies

『えー、それではラハマを救ってくれた我らがユーハングの友人に対して乾杯したいと思います。乾杯!』

 

 ラハマの一角、土俵のような屋外会議室が設けられた広場には、大勢の人々が集まっていた。町長を始めとしたラハマの住人、そしてオウニ商会のようにラハマを拠点として活動している商社の人間だけでなく、普段は街で見かけることのないスーツを着た身なりのいい人間もいる。ユーリアと共にガドールからやって来た議員団と、今日やって来たばかりの各都市の商社代表や記者たちだった。

 

 人々が集まった目的は、リーパーを歓迎するためだった。70年ぶりにやって来たユーハングの人間。ラハマの住民は街を襲った空賊を撃退したリーパーに感謝の意を伝えるため。そして外からやって来た人々はユーハングの最新鋭戦闘機に関する情報を集め、少しでもリーパーと繋がりを作っておくため。

 

 それだけ大勢の人間が集まれるホテルなどはラハマには無い。そのため広場を開放しての立食会が開催されることとなった。街の規模を考えると豪華な料理がいくつもテーブルに並び、人手が足りないということで駆り出されたジョニーやリリコがラハマの人々と共に調理を行う。町長の合図で皆がグラスを掲げ、さっそくリーパーはスーツの男たちに囲まれた。

 

「いやあ、あの戦闘機は素晴らしいものですな。流石ユーハングだ」

「爆撃機をあっという間に撃墜した時は信じられませんでしたよ。まさかあの富嶽をたったの1機で撃墜するとは」

「是非、近くでじっくりと見てみたいものですな」

「ユーハングではあのような戦闘機が主流なんでしょうか?」

 

 誰も彼も恰幅のいい立派なスーツを着た男たちだ。どこかの会社の社長や銀行の代表、といった肩書と共に男たちが名乗るが、彼らにもみくちゃにされるリーパーは一々名前など憶えていられなかった。愛想笑いと共に、怒涛の挨拶ラッシュを受け流していく。

 

「ユーハングからも今後大勢人々がやってくるのでしょうか?」

「さあ、私は迷子みたいなもので…」

「迷子? それは大変だ。ユーハングと再び交流が再開するその日まで、是非我が社でお世話させていただきたい。ご安心を、何一つ不自由な生活はさせませんよ。ユーハングの進んだ文明に比べれば劣るでしょうが…」

 

 この世界(イジツ)での居場所がないというリーパーに対して、保護を申し出る者もいた。もっともその狙いはリーパーの持つ地球の知識と、何よりフランカーだろう。

 

 

 

 ラハマを空爆しようとした爆撃機編隊を撃墜し、ついでとばかりにコトブキ飛行隊や自警団と交戦中だった零戦を撃退したリーパーは、ラハマの住民の歓声に迎えられ飛行場に着陸した。そのフランカーは今は町長専用の雷電と共に洞窟に格納されており、中に誰も近づけないよう自警団員たちが見張っている。

 数キロ先からでも正確に目標まで到達し、爆撃機を一発で撃墜するロケット弾。隼の倍以上の速度で巡行が可能で、最大速度はそれよりも遥かに速いジェットエンジン。300キロ以上先の目標まで正確に探知するレーダー。どれもこれも、今のイジツでは作れないものだ。

 イジツの空を飛んでいる飛行機は、地球で言えば第二次世界大戦時の技術レベルのものばかり。ユーハングか去ってから、イジツの航空技術はほとんど進歩していない。

 

 あのフランカーを複製出来れば、その会社は大きな利益を上げることが出来るだろう。既存の戦闘機が全て空飛ぶ的になってしまうフランカーは、誰もが欲しがるに違いない。あのフランカーを手に入れることが出来れば、それこそイジツを自分の手で統一することだってできるかもしれないのだ。

 

 だから議員や社長たちは、今のうちにリーパーと繋がりを作っておくことを目論んだ。もしも彼が自分のところに来れば、セットでフランカーもついてくる。あるいは今後ユーハングとの交流が再開された時、リーパーに恩を売っておけば彼がユーハングに口利きして、自分たちに有利になる取引を持ってきてくれるかもしれない。

 最悪フランカーだけでも手に入れたいが、それを動かすためにはユーハング人であるリーパーの存在が必須だ。それに彼の頭の中には、イジツの70年先を行くユーハングの知識がぎっしりと詰まっている。その知識も、きっと金になるだろう。

 

 

 

「彼、大変そうね」

 

 議員や会社の重役に取り込まれるリーパーを見て、ビールの樽を片手にザラが呟く。地上に降りてから、コトブキ飛行隊の面々はまだ一度もリーパーと話していなかった。

 着陸するなりリーパーはユーリアとガドール議員団に取り囲まれ、雨霰と質問を浴びせられていた。それが終わったら今度は町長に呼び出され、そのままこのパーティに直行だ。

 

「ああ。一度礼を言っておきたいんだが…」

 

 ラハマにはレオナが育った孤児院(ホーム)もある。もしも爆撃機がラハマに到達していた場合、もしかしたらホームの子供たちに被害が及んでいたかもしれない。ホームを支えるために用心棒稼業を始めたレオナにとって、子供たちは何としても守るべき対象であり、爆撃機を撃墜して子供たちを守ったリーパーに対しては是非礼を述べたい気持ちだった。

 

「そういやキリエ、地上で会ったらぶん殴るとか言ってなかったっけ?」

 

 カレーのスプーンを口に運びながら、チカが茶化す。しかしリリコ特製パンケーキの皿を手にしたキリエの顔に、怒りや苛立ちといった表情は見られない。

 

「よく考えたらさ、あいつってこの世界で独りぼっちなんだよね」

「独りぼっち?」

「もしも私が穴を通ってユーハングの世界にいきなり放り出されたら、きっと凄く怖いと思う。知らない街に、知らない人たちばかりでさ。そこにはレオナもザラもエンマもケイトもチカも、羽衣丸の皆だっていないんだよ? もしも隼が一緒だったとしても、とても不安になると思う」

 

 しかしリーパーは戸惑いの表情を見せることはあっても、怯えたり不安そうな顔は見せていない。内心きっと怖いだろうに。そう考えるとキリエは、彼に酷いことを言ってしまったのではないかと思う。

 

「私のことをバカにして、って思ってたけど、よくよく考えたらあいつはこっち(イジツ)のことを何にも知らないんだよね。きっとそんなつもりなかったんじゃないかな、って思った。私が勝手に頭に血が上ってただけかもしれない」

「まあ、キリエが自分から反省するなんて。明日は嵐になりそうですわね」

「意外」

「私だって自分の行動を落ち着いて顧みることくらい出来るし!」

 

 キリエはそう言ってパンケーキを口に運んだ。ユーハングにもパンケーキはあるのだろうか、とふと思う。

 思えばキリエがこれまで出会ったユーハング人はサブジーだけだ。サブジーも変わり者で知られていたが、リーパーもだいぶ変わった奴だと思う。

 もしかしたらユーハングはああいった変わった人ばかりがいる世界なのかもしれない。そんなことを考えつつ、キリエはパンケーキのお代わりを貰いに行った。

 

 

 

 一方町長も、大都市の議員や商社の幹部相手の接待に奔走していた。

 ラハマは財政的に余裕がない街だ。主な特産品と言えば岩塩程度で、その他にこれと言った地下資源もなく、また街を支えるような産業もない。コトブキ飛行隊とオウニ商会の活躍でその名が知られるようになったものの、まだまだ知る人はそれほど多くない小さな街のままだ。

 

 今はまだ岩塩が出ているからいいとして、将来その岩塩すら枯渇してしまったらどうなるか。町長はそれが心配でならなかった。ラハマの近くにあるキマノがそのいい例だ。キマノの街は10年前に地下資源が枯渇してしまったため住民が次々と出て行ってしまい、今では廃墟しか残っていない。

 

 もうすぐ町長選で自分の任期が終わるとはいえ、今さえ良ければそれでいいというわけにはいかない。そのためにも大都市からの投資を誘致したり、新たな産業を育てる必要がある。ガドール議員団の来訪にその望みを賭けていた町長だったが、リーパーの来訪でガドール以外からも人がやって来た今はチャンスだった。

 

 大会社の重役たちにお酌をして回り、世間話からラハマに何か誘致が出来ないか話を探る。もっともやって来た議員や社長たちの話題の的は当然リーパーとフランカーのことであり、ラハマの街に関する話はそう多くはない。

 それでも70年ぶりにやって来たユーハング人が最初に訪れた街ということで、ラハマの街を重要視する者もいる。今後新たにユーハング人がやってきたら、リーパーの口添えでここが新たな交流の場所となるかもしれないと考えているのだ。

 

「もしも今後ユーハングとの交流が再開されたら、ラハマにも大勢ユーハング人がやってくるんでしょうなあ」

「今のうちにラハマにも投資をしておくのはどうだろう?」

「この街には外部の人間が泊まれるだけの施設がない。ユーハング人を迎え入れるためのホテルを建設してはどうだ?」

「問題はいつ新たなユーハング人がこちらにやってくるかと言うことだ。彼らの技術を最初に手に入れた者が、このイジツの行く末を左右することが出来る」

「他の商社に渡すわけにはいかないぞ」

 

 

 

 

 

 

 一方企業の重役や議員に囲まれていたリーパーはトイレの名目で人の輪をなんとか抜け出していた。

 こういう歓迎会の場は嫌いではない。だが主賓が自分となると話は別だ。散弾ミサイルのように雨霰と浴びせられる質問を何とかかわし、愛想笑いを顔に張り付け続けているのは苦痛以外の何物でもない。その点、昨日のコトブキ飛行隊の歓迎会は、規模も小さく歳が近い人ばかりと言うこともあって、さほど苦にはならなかった。

 

「あ…」

 

 用を足し、トイレから出た直後、同じくトイレから出てきたレオナと出くわした。会釈して戻ろうとしたリーパーを、レオナが引き留める。

 

「少し、いいかな?」

 

 二人はそのまま近くのベンチに腰かけた。周りには誰もおらず、広場での喧騒が嘘のように静まり返っている。

 

「昨日と今日、君には助けられた。礼を言わせてくれ」

 

 そう言って頭を下げるレオナ。

 

「いえ、礼を言われるなんてことは…それに昨日なんて場を引っ掻き回してあなたたちに迷惑を掛けてしまいましたし、今日だって俺が行かなくたってコトブキ飛行隊だけで空賊に対処出来てたでしょうし」

「だが君が爆撃機を撃墜していなければ、この街は炎に包まれ焼け野原になっていただろう。私はこのラハマで育ったんだ、この街を守ってくれた君には礼を言っても言い切れない。この借りはいつかきっと返す」

「いや、借りなんて…」

 

 生真面目そうな人だなとは思っていたが、やはりその通りらしい。頭を下げるレオナに困惑したリーパーは、思わず空を見上げた。星空のど真ん中に、満月が浮かんでいる。

 

「やっぱり、ここは地球じゃないんだ…」

「え?」

「月の模様が地球と違うんです」

 

 まるでタヌキが逆さ吊りされているかのように見える月の模様に、改めてリーパーはここが自分がいた世界ではないことを実感する。生まれ故郷を離れ、世界各地を転戦し続けてきたリーパーだったが、まさか異世界にまでやってくることになるとは思ってもいなかった。

 

「地球では、月の模様はどう見えるんだ?」

「俺の国ではウサギが餅をついてるって言われてますけど、他の国ではカニだとか、女の人の横顔だとか、色々言われています」

「面白いな。月の見え方ひとつとっても、人によって見方が変わるなんて」

 

 星も地球に比べると、遥かにはっきりと見える。光害が無いためだ。ラハマの街にも明かりは灯っているが、地球の同じ規模の街と比べると遥かに暗い。だから星がはっきりと見えるのだろう。

 それにイジツにはユリシーズが落下していないのも、星が良く見える一因かもしれない。地球に落下したユリシーズの破片は大量の粉塵を舞い上げ、それらは今も気流に乗って地球の大気を漂っている。目には見えないし人体にも影響のないサイズの微粒子だが、それでも気象条件によっては雲一つない環境でも空がぼやけて見えた。明かりのほとんどない山奥の基地でさえ、星があまり見えないこともあった。

 

「君はこれからどうする? 元の世界へ帰れるまではオウニ商会で面倒を見るとマダムが言っていたが」

「さあ…どうしたらいいんでしょう」

 

 いつ元の世界に帰れる「穴」が開くかはわからない。不定期に、しかもどこに開くかもわからない穴を探してイジツを飛び回るのは現実的ではないし、一年後に開くという「穴」を待ってもいられない。おまけに一年後に開く「穴」だって、地球に通じているという保証はないときた。もしかしたら、一生地球に帰還できない可能性だってある。

 今頃地球はどうなっているだろうか? オメガはきちんとオーストラリアに辿り着けただろうか? 家族には自分が行方不明(MIA)になったと伝わっただろうか? 脱走扱いされてないだろうか? 次に行われる作戦は自分抜きでも成功するだろうか?

 

 今まで考えないようにしていたが、やはりどうしても考えてしまう。これからどうすべきか、何を頼りに生きていけばいいのか、まったく分からない。考える余裕も無い。リーパーは途方に暮れていた。

 

「その、私に出来ることがあったら何でも言ってくれ。助けてもらった礼をしたい」

 

 レオナはそう言ってくれたが、何をすればいいのか自分でもわからない。

 だが、嘆いてばかりもいられないだろう。当面はこのイジツで暮らしていかなければならないのだ。誰かの世話になろうが、帰還できる日まで一人で生きることを決めようが、まずは情報が必要になる。

 だがこちらが情報を得るためには、相応の対価が求められるだろう。恐らくイジツの人々は、地球(ユーハング)がどのような世界か知りたがるに違いない。

 

 先ほどパーティの場でイジツの人々と話していると、どうも彼らは地球を理想郷(ユートピア)か何かと勘違いしているようだった。

 無理もない。70年前突如やって来たユーハングは、イジツの人々に様々なものをもたらしていったのだ。飛行機を始めとする技術や文化は、今でもイジツに大きな影響を与え続けている。ユーハングがもたらしたものの中には悪いものや汚いものもあった。だが良いものが多かったことに違いはなく、イジツの人々は今でもその恩恵を受けている。

 

 何よりも自由博愛連合のトップ、イサオが「穴」を独占しようとしていたのがその裏付けとなる。

 イサオは「穴」とそこから出てくるものを独占しようとしていた。「穴」から良いものが出てくるからこそ、イサオは独占しようとしていたのだ―――イジツの人々がそう考えても仕方はない。

 

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

 

 恐る恐るといった感じで、レオナが切り出す。なんでしょう、と返すと、彼女は意を決したようにリーパーに尋ねた。

 

「ユーハング―――地球でも、イジツのように争いは起きているのか?」

 

 そんなもの、戦闘機が飛んでいる時点でわかるでしょう。リーパーはその言葉を飲み込んだ。

 きっとイジツの人々は、ユーハングは平和で争いのない豊かな世界だと思っているのかもしれない。イジツは空賊や街同士の争いが絶えない世界で、大都市を除けば生活だって豊かとはいえない。

 だからこそイジツの人々はユーハングに夢を見る。ユーハングがまたイジツにやって来てくれれば、彼らは色々なものをもたらしてくれる。イジツの人々の生活を豊かにして、争いのない世界だって作ってくれるかもしれない。パーティの場で色々な人と話していると、皆が地球に対して過度な期待を抱いているのをリーパーは実感していた。

 

「ええ、ありますよ。昔から、そして今でも」

「…そうか。地球もイジツと同じなんだな」

 

 そういうレオナの顔は僅かに落胆したような、それでいてどこか安心しているように見えた。ユーハングの人々もイジツと同じ人間なんだな、と呟く。

 

 だがレオナは恐らく知らないだろう。70年前イジツにやって来たユーハングの人間は、世界を相手にして数百万の犠牲を出しながら戦争をしていた人々だと。

 その昔空が砕け、無数の隕石が落下し、数千万の人々が死んだことを。

 そして現在進行形で血で血を洗うような戦争が続いていて、毎日大勢の人々が命を落としていることを。

 

 再び、空を見上げる。

 都会の喧騒もジェット機の騒音も、銃声も爆発音も人々の悲鳴もない、静かな空だった。




ご意見、ご感想お待ちしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。