荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第一四話 HANGAR

「もしこいつが何かトラブっても、直すのは無理だな」

 

 リーパーの顔を見るなり、開口一番ナツオが言った。その手にはいつものイナーシャハンドルではなくレンチが握られている。

 

「ですよね」

「部品がありゃ何とかなるかもしれないが、その部品すらないんじゃあな。しかもこいつはこんぴゅーたー? とかいうものがあちこちに使われているんだろ? しかも真空管じゃなくてよくわからない基盤回路を使ってる。私たちの手には負えないな」

 

 朝食後、リーパーたちは町長専用の雷電を格納している滑走路脇の洞窟を訪れた。そこにはナツオ達羽衣丸の整備士たちが集まっていて、さっそくフランカーの様子を確認していた。彼女たちにとっては未知の機体だろうが、それでも興味の方が勝っているらしい。あちこちのパネルを開き、内部を覗き込んでは何事か話し合っている。

 

 地球に帰還するその時まで、フランカーは何としても飛べる状態を保っておかなければならない。この機体は孤立無援と言っていいリーパーの最大の武器であり、そして生き残るための術でもあった。

 リーパーはラダーを昇って操縦席に乗り込み、機体に備え付けてあるメンテナンス用端末を取り出した。そしていくつかの項目を確認する。今のところ、機体にトラブルは発生していないようだった。

 

 ヴェルナー社が開発した画期的な航空機生産方式で、供給される戦闘機の数は大きく増加した。戦闘機の増加はパイロット不足と同時に、整備士不足という深刻な問題も生み出した。それを解決するために、先進各国では戦闘機や兵器への人工知能(AI)の導入が積極的に進められた。

 

 部品を始めとして機体各所にセンサーを配置し、AIが常に機体の状況を把握する。部品の劣化や故障が発生した場合は直ちに各種端末にトラブルの個所が表示され、これにより以前は一々パネルを開けて目視で探すしかなかったトラブル箇所や劣化部品が、パイロット一人で把握できるようになった。またエンジン等の部品自体の耐久性と信頼性が向上したこともあって、定期的に行われる整備やオーバーホールの頻度を大幅に減らすことが可能になった。

 

 もっとも飛行時間や回数ごとの定期的な整備は欠かせないし、部品が故障すれば交換する必要もある。だがイジツにはジェットエンジンについての知識を有する整備士はほぼいないだろうし、各種センサーが取り付けられた部品だって存在しない。何より機体を飛ばすためのソフトウェアについては、恐らく誰も何も知らないだろう。

 

 つまり壊れたらそれっきりということだ。全部あるいは一部でも代替出来る部品があれば遠慮なく飛ばすことも出来るのだが、それは無理なことだ。

 

「これは何?」

 

 いつの間にか隣にやって来ていたケイトが、リーパーの持つメンテナンス端末を興味深そうに眺めている。

 

「あー、これは機体のメンテナンス用端末だ」

「ブラウン管よりも薄く総天然色での表示が可能。興味深い」

「見る?」

 

 頷いたケイトに端末を渡す。ケイトは端末に表示される機体の3D図と実機を交互に眺め、何かを確認しているようだ。彼女にとってこの機体は宝の山みたいなものだろう。タップしただけで画面が切り替わることに驚いているようだが、すぐに操作方法を把握したらしい。機密事項にはロックがかかってるから見せるくらいなら問題ないと判断し、リーパーはケイトにしばらく端末を貸すことにした。

 

「うわー、改めて見ると大きいな。雷電が子供みたいだ」

 

 チカがフランカーと、隣に駐機する町長専用雷電を見比べる。コトブキ飛行隊が使用する隼よりも一回り大きいサイズの雷電だが、フランカーはさらに全長も全高も雷電の二倍はある。フランカーの胴体に雷電をぶら下げて飛べそうだ、とチカは思った。

 

「ねえ、これってどのくらいの速さで飛べるの?」

「最高速度はマッハ2.3だね」

「マッハ?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げたチカに、「音の速さの2.3倍ってことさ」と上から声が降ってくる。いつの間にかフランカーの操縦席に座っていたアレンだった。

 

「隼の最高時速が520キロ程度だから、だいたいその4倍以上の速さで飛べるみたいだね」

「凄い、私たちじゃ追いつけないや」

 

 チカが今まで遭遇した機体の中で、一番速かったのがイケスカの戦いでケイトを撃墜した銀色のジェット戦闘機と、イサオが乗っていた震電改だ。だがそのどちらよりも、このフランカーは速く飛べるのだろう。

 

「随分重そうな機体ですが、重量はどれくらいなんでしょう?」

「えーと、大体17トンですね」

「ということは、隼の9倍…それでいて隼の4倍以上の速さで飛べるなんて信じられませんわ」

 

 恐らく羽衣丸に搭載したら、重さで飛行甲板が抜けてしまうに違いない。重爆撃機である飛龍が二機分の重量。それでいて爆弾搭載量は飛龍の8倍以上。イジツからしてみれば驚きの塊の機体だろう。

 イジツの―――元は70年前にユーハングが持ち込んだものだが―――戦闘機とは根本的に設計思想が異なるのだろう、とエンマは思った。隼が格闘戦で敵を制するための機体であれば、フランカーは遠くから戦闘空域まで急行し、長射程の兵器を以て敵機を撃墜するための機体。昨日聞いたところによるとフランカーのレーダーは150キロ以上先の戦闘機を探知し、同じ射程距離の誘導式ロケット弾で撃墜できるのだという。求められている用途が異なるのだ。

 

 もっとも、格闘戦性能は同時代の戦闘機の中でもフランカーは1、2を争うらしい。高速性能に加えて格闘戦能力も求められ、さらに航続距離と兵器搭載能力まで要求された結果、このような大型機になったとエンマはリーパーから説明を受けた。値段が高いことを除けば優秀な戦闘機だとリーパーは言った。

 四式戦闘機「疾風」や五式戦闘機のようなものか、とエンマは思った。あれらも速度や武装、防弾装備の優れた高性能戦闘機だ。隼ほどではないが、格闘戦能力も優れている。

 

「おーい、ちょっと来てくれ」

 

 ナツオがリーパーを呼ぶ。彼女の足元には、フランカーの機体から外された増槽が台車に乗せられ横たわっていた。昨日の戦闘でほぼ増槽内の燃料を使い切ってしまったため、機動性と燃費向上のために取り外したのだ。機内燃料はまだ満タンに近く、オーストラリアへの長距離飛行のために普段は搭載しない増槽を装備していたのが幸いだった。

 

「こいつがジェット燃料か。灯油…とはまた違うんだろ?」

 

 増槽内にわずかに残っていたジェット燃料が入ったボトルを、ナツオが手に取る。

 

「主成分は灯油とほぼ同じですが、色々な添加剤が入ってます。あと上空で氷結しないように水分も除去したり。可能であればそれと全く同じものが入手出来ればいいんですが…」

「完全な再現は難しいだろうな。取引先のナンコー石油で分析してもらうが、作れるかどうかはわからない」

 

 灯油でも飛べることには飛べるが、極力リスクは避けたい。ただでさえ交換用の部品が存在しないのだ。可能であればJP-8規格のジェット燃料を使いたいところだが、最悪の場合は灯油で飛ばすことになるだろう。

 

「こっちは、作れるかどうかは運だな」

 

 そう言ってナツオが手に取ったのは、フランカーの機関砲の弾薬ドラムから取り出した30ミリ砲弾だった。「うわっ、でかっ」とキリエが目を見開く。

 

「やだ、すごい大きい…」

 

 ザラが砲弾を見て呟く。なんか引っかかる言い方だなとリーパーは思ったが、確かに30ミリ機関砲弾は大きい。イジツのどの航空機関砲の砲弾よりも、遥かに大きいだろう。

 

「確かにこんなものを食らったらバラバラになるな。隼の12.7ミリ弾の2倍以上はある」

 

 搭載されている30×165ミリ弾は、薬莢の長さだけで隼の12.7×81ミリ弾の全長を超えてしまう。太さに至っては牛乳瓶並みに太く、まるで杭のようだった。

 レオナは昨日の空戦でフランカーに撃たれた零戦がバラバラに吹き飛ぶのを見たが、この砲弾を見ればそれも納得だ。リンクで繋がれた30ミリ砲弾が10発ほど、パネルを開けて露出された機関砲から引き出されてくる。機関砲自体の大きさも、隼のホ103とは比べ物にならないほど大きい。

 

「この機体には何発機関砲弾が装填されているんだ?」

「150発ですね」

「少ないな。発射速度は?」

「毎分1500発から1800発、ってところですね。引金(トリガー)を引きっぱなしにしてたらあっという間に弾切れですよ」

 

 ミサイルが主体の現代の航空戦では、機関砲を使うこと自体があまり多くはない。それでも最近のユージア軍との戦闘では格闘戦(ドッグファイト)がしょっちゅう起きていて、機関砲を用いた戦闘も重視されるようにはなってきている。

 隼のホ103機関銃の発射速度は毎分800発で装弾数が一丁辺り270発。それに対しフランカー搭載の30ミリ機関砲は発射速度は倍以上だが、砲弾の搭載数は半分近い。彼我の速度があまりにも速い現代戦闘機同士でのドッグファイトでは、敵機があっという間に照準から外れてしまう。照準に納めた一瞬のうちに、どれだけの砲弾を送り込めるかが重要であるため、1秒で数十発も発射できるサイクルとなっているのだ。

 

 一昨日の威嚇射撃と昨日の空戦で、既に30ミリ弾は50発ほどが消費されてしまっている。機関砲弾の複製が出来れば丸腰で飛ぶこともなくなるのだが、問題は使用している砲弾が電気発火式の信管だということだ。

 

「単純な撃発式なら複製も簡単なんだろうが、電気発火式はな…。ユーハングの戦闘機に搭載されてるのは、ほとんどが撃発式信管を使う機関銃だ」

「じゃあ作るのは無理そうですね…」

「いや、昔ユーハングが持ち込んだ数少ない電気発火式の機関銃があるらしい。まうざーだかもーぜるだかは忘れたが、その機関銃の銃弾を作っている工廠があるって誰かが言ってたな。そいつらなら、もしかしたらこの砲弾を複製できるかもしれない。お高くなるだろうが…まあ知り合いを当たってやるよ」

 

 リーパーが頭を下げると、「いいってことよ。こっちも面白いモン見れたからな」とナツオが笑う。弾倉から取り出した30ミリ砲弾を15発、複製のためにナツオに預ける。作れるかどうかは運と金次第だろうが、希望は持てる。

 

「だが、これは無理だな。どう考えてもイジツじゃ作るのは無理だ」

 

 そう言って背伸びしたナツオが手を触れたのは、ハードポイントからぶら下がるミサイルだった。リーパーも、その点は最初から期待していなかった。

 

「イジツの技術では近接信管付ロケット弾の複製が限界。それもイケスカ内乱が起きている今は、作れるかどうかも怪しい」

 

 リーパーが渡した端末を片手に、ケイトがミサイルのシーカーを眺めながらナツオの後を継いで続ける。イケスカでコトブキ飛行隊を襲撃したジェット戦闘機は、どうやらリーパーと同じく地球から迷い込んできたものらしい。

 ケイトが描いてくれた戦闘機の絵と、それが搭載していた兵装から、リーパーはイケスカが運用していたのがF-86D戦闘機だろうと推測した。初期のジェット戦闘機で、爆撃機を撃墜するため機銃ではなくロケット弾のみを搭載した機体だ。

 近接信管の製作には高度な技術力を要するし、作った後の品質管理も厳格に行わなければならない。イジツで最も発展していたイケスカであればそれも可能だっただろうが、内戦中の今もその技術力を保っているかどうかは怪しい。

 

「結論。複製可能なものは燃料と機関砲弾のみ」

「まあ、わかってはいたけどさ…」

 

 ラハマの住民も他の街からやって来た議員や会社の重役たちも、フランカーを無敵の戦闘機か何かと勘違いしている。確かに満足な補給と整備が受けられるのであれば、きっとフランカーはイジツの空では敵なしだろう。しかしミサイルも機関砲も撃ち尽くしてしまえば、後はただ飛ぶことしか出来なくなる。それ以前に燃料が無ければ飛ぶことだって出来ないし、故障した部品を使い続ければ墜落する可能性だってある。

 

 フランカーは文字通りリーパーにとっての命綱だ。地球に帰還する手段として、そして地球に帰還するその日まで、自分の価値を高めておいてくれる道具。こいつが使い物にならない事態は考えたくもない。

 

「これからどうやって生きていけばいいんだろうな」

 

 オウニ商会に保護してもらうとはいえ、いつまでもただ飯を食らうわけにはいかない。帰還の目処が付くその日まで、自分に何かできる仕事をしながらこのイジツでの生活基盤を築く必要がある。もしかしたら、一生地球に帰れない可能性だってあるのだ。

 

 大都市からやって来たという議員や重役たちの世話になるつもりは全くなかった。彼らが狙っているのはリーパーの持つ知識とフランカーだけで、それらを得るためならばどんな真似をしてくるかわからない。最悪の場合、リーパーを拷問してでもユーハングの知識を得ようとするだろう。昨日のパーティで、リーパーはそのことを肌で感じ取っていた。

 

 ルゥルゥもユーハングの知識とフランカーに興味を持っているようだが、なぜだか彼女は信頼できる気がする。パイロットの勘ではないが、リーパーはそう感じていた。

 

「あんた飛行機飛ばせるんでしょ? なら私たちみたいに用心棒になればいいじゃん」

 

 頭を抱えるリーパーに、キリエが「何を悩んでるんだ」とばかりに言った。

 

「用心棒?」

「そう、あんたもユーハングで似たような仕事してたんでしょ? だったらユーハングに帰れるまでこっちでも用心棒やってればいいじゃん」

「用心棒といったって、あいつは気軽に飛ばせないしなあ…」

 

 リーパーが見つめる先には、今まさにナツオやアレン、ケイトによってあちこちを弄繰り回されているフランカーの姿。飛ばせば飛ばす分だけ、故障のリスクは高まり部品の消耗も進む。それに武装だって残弾に余裕はないし、補充だって利かない。フランカーはイジツの空では無敵だろうが、用心棒稼業に用いるにはオーバースペックの上に、あっという間に戦えなくなってしまう。

 

「別にあの戦闘機じゃなくたってさ、隼とか九七式とかでさ。それともあんた、良いのは戦闘機だけで操縦士としての腕は別なの?」

「…言ってくれるじゃないか」

 

 キリエの言葉で、リーパーの中である程度の覚悟が決まった。元の世界に帰還できるまでオウニ商会の世話になりつつ、こちらでパイロットとして働かせてもらおう。

 

 聞けば羽衣丸は物資輸送の関係であちこちの街を定期的に訪問しているらしい。各地を回るということは、その分不定期に開く「穴」に遭遇する可能性も増えるのではないか。自分ひとりであちこちを飛び回って「穴」を探すより、羽衣丸で用心棒として飛びつつ、「穴」に関する情報を各地で集めた方が、一年後に開く「穴」を待つよりも早く地球へ帰還できるかもしれない。

 

「ありがとう。君のおかげで覚悟が固まったよ。えーと…」

「キリエだよ。一昨日はいきなり突っかかってごめん、私よく頭に血が上りやすいって言われてさ…」

「隊長さんから聞いてるよ」

「あんたはリーパーだよね? 変わった名前」

「リーパーってのはあだ名だ。本名は…」

 

 キリエに名前を名乗ると、彼女は目を丸くした。

 

「あんたの名前ってサブジーに似てるね。もしかして家族?」

「サブジー?」

「私に飛行機の飛ばし方を教えてくれた、ユーハングの人。今はもういないけど…」

「その人も操縦士だったのか?」

「うん。たぶんもう、生きてない」

 

 悪いこと聞いたかな、と思ったが、キリエは気にしてないようだった。

 そのサブジーとやらは仲間と共に「穴」の向こうに帰らず、こちら(イジツ)に残ったのだという。なぜ彼が地球へ帰らずイジツに留まる道を選んだのか、それは誰も知らない。

 「ユーハング人」である自分も、そのうちサブジーの気持ちがわかるのだろうか。今は一刻も地球に帰りたい気分だが、やがて帰りたくないと思うようになるのだろうか。

 

 

 

 

「ところで、一つ聞きたいことがあるんだが」

「なに?」

「あのナツオって整備班長、歳はいくつなんだ?」

「うーん、詳しくは知らないけど大人のはずだよ?」

「…本当に?」

「本当に」

「どう見てもロ…子供にしか見えないんだが」

「本人にそれ言わない方がいいよ、イナーシャハンドルで殴られるから」

「イジツって不思議な世界だなあ」




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