「展示飛行…ですか?」
ラハマに来てから4日目。呼び出され羽衣丸の社長室を訪れると、そこには申し訳なさそうに部屋の隅で縮こまる町長と、いつも通りキセル片手のルゥルゥが待ち構えていた。
「そうなんだよ。君のおかげでこのラハマに大勢の人が来たのは良いんだけど、『ユーハングの戦闘機は飛ばないのか』って皆うるさくて」
リーパーがラハマに飛来して以降、この小さな町を訪れる人の数は以前と比べ大幅に増えていた。ユーリアと共にやって来たガドールの議員たちは言わずもがな。他にも70年ぶりに再来したユーハング人とその戦闘機を目当てに大都市からも議員や大企業の重役が訪問し、それを追って新聞記者たちまでもが詰めかけている。ユーハング最新鋭戦闘機飛来のニュースはあちこちの街に伝わり、一目見ようとフリーの飛行機乗りたちまでもが集まってきてしまっている。
おかげでラハマの飛行場は飛行船と輸送機がひっきりなしに飛び交い、通りには人が溢れている。どのレストランやバーも満員で、旅館はとっくに部屋が埋まった。泊まる場所がない人々の中には、仕方なく野宿している者すらいるという。
「このままだと人が集まりすぎて事故が起きそうなんだ。だからいったん彼らを収めて帰ってもらうためにも、どうか一度皆の前で飛んでもらいたいんだ」
街を訪れる人間が増えるのは、ラハマにとって悪いことではない。飛行場は使用料の収入が増えるし、レストランや旅館も客が増えることを望んでいた。だがこのペースだと、街全体がパンクしてしまう。バーやレストランの従業員は休みなしで働き続けているし、飛行場はもう駐機スペースがない。
彼らの目的はリーパーが乗ってきたフランカーだ。それを見たら帰ってくれるだろう。せっかくの客を返してしまうのはもったいないが、受け入れ態勢が整っていない以上、この状態が続けば大きなトラブルが発生しかねない。
「もちろんお礼はします。街を救ってくれた君にこんなお願いをするのも悪いとは思うけど…」
「…マダムは何も言わないんですか?」
町長が話している間、ルゥルゥはずっと黙ったままだった。何か言ってくるかと思っていただけに、思わずリーパーはそう尋ねていた。
「この話、受けるか受けないかはあなたが決めることよ。一応オウニ商会で面倒を見るとはいえ、何かを強制するような真似はしないわ」
「そうですか…」
リーパーは腕を組んだ。残燃料はまだ余裕が十分ある。部品の劣化も一回程度の飛行では進まないだろう。何より今は資金が必要だ。
ひとまずオウニ商会で用心棒として働かせてもらいたい、ということはルゥルゥには伝えてある。だが用心棒になるにはまず、戦闘機を買うお金が必要だ。ここで展示飛行をしてその代わりにお金を貰えれば、当座の目的である戦闘機の購入に大きく近づけるだろう。
何よりフランカーを維持するための燃料代と弾薬代も必要だ。ナツオが伝手を当たってくれたことで、時間はかかるかもしれないがジェット燃料と30ミリ機関砲弾は入手できるかもしれない。だがどちらも需要のなさからハンドメイドで作るのは目に見えており、入手には高い金が必要になるだろうとナツオは言っていた。
何より、この世界には自分以外にも地球から迷い込んできた者がいるかもしれない。もしも自分以外にも地球からイジツにやって来た者がいたら、協力して帰る道を探すべきだろう。そう言った人のためにも、フランカーを飛ばして存在をアピールするということには意義がある。
「…わかりました、やりましょう」
「本当かい? 助かったぁ」
町長がほっとした顔で胸を撫で下ろした。展示飛行など地球でもやったことはないが、まあ何とかするしかない。
翌朝、ラハマの街はこれまで以上の賑わいを見せていた。
前日に町長から「ユーハングの最新鋭戦闘機が展示飛行を行う」と街中に連絡があり、住民も観光客も企業の重役たちも、揃って見学席に指定された飛行場脇の広場に集まった。
広場には出店も並び、さながら祭りのようだ。休暇のコトブキ飛行隊もリーパーの展示飛行を見学するべく、広場に向かう。
「あっ、いらっしゃーい」
「ジョニーじゃん、どうしてここに?」
広場の脇に並ぶ屋台の一つでは、パンケーキとカレーを販売していた。パンケーキにつられて屋台に向かったキリエは、店主の顔を見て驚く。普段は羽衣丸でサルーンをやっているジョニーが、屋台を開いていた。
「いやあ、これだけお客さんが集まってるからね。稼げる時に稼いでおかないと」
「どっちかと言うと、集まってる人はリリコさん目当てだと思うけど」
「…だよね~」
その言葉でジョニーが肩を落とす。ジョニーの隣ではリリコがいつもの恰好で、いつもと変わらない態度のまま客に包みに入った食事を渡している。その美貌と意外と露出の多い恰好に、他所からやって来た男たちが皆屋台に並んでは彼女に声をかける。だがリリコは冷たい態度で次々と男たちの誘いをあしらっていく。
「おーいキリエ、こっちこっち」
先に場所を確保しておいたらしいチカが、大きく手を振ってキリエを呼ぶ。見物客たちは地面にシートを広げて既に酒盛りを始めており、チカの隣に座るザラもビールを手にしていた。足元には、既に空になった樽がいくつか転がっている。
「ザラ、真昼間からそんなに飲んで大丈夫なの?」
「これぐらい平気よ。それにしてもあの子、よく飛ぶ気になったわね」
燃料と部品の消耗は何としても避けたいと言っていたから、てっきり断るのにとザラは思っていた。それをリーパーは二つ返事で引き受けてしまったらしい。今まで色々な人と出会ってきたが、あの子はよくわからない子だな、とザラは思った。
「そういえばユーハングだと自由に空を飛べないんだって」
「え? チカ、それ本当なの?」
「昨日言ってたよ。飛行機を飛ばすには資格を取得して、飛ばす時もきちんと飛行計画を提出して、その通りに飛ばなきゃいけないんだってさ」
「それは窮屈そうですわね。アレシマで戦闘機を飛ばす時も面倒ですけど、そのさらに上をいく面倒くささなんて耐えられませんわ」
大都市であるアレシマは発展している反面、用心棒も飛行機乗りも全て当局に届け出をしなければならない。そういった点から街全てを管理するというイサオの思想に賛同し、自由博愛連合側についた。
「だったら彼も今日は嬉しいんじゃないか? ラハマだと自由に飛行機を飛ばせる」
「ああ、確かに。だから引き受けたのかもね」
「展示飛行って何をするんだろう? 単にまっすぐ飛ばすだけじゃ来た人が怒りそうだけど」
その時、松葉杖をついたアレンが、ケイトに支えられてやって来た。彼の片手には酒が入ったスキットル。アレンもここで飲むらしい。「こっちこっち」とキリエが手招きし、アレンがよっこいしょとシートの上に座る。
「アレン、今日は乗せてもらわないの?」
「さすがに今日は止めとけって言われたよ。吐かれたりしたら困るって」
「そんなに凄い機動するつもりなのかな」
キリエが首を傾げると、「出て来たぞ!」と観客が誰か叫んだ。滑走路を見ると、格納庫からトラックにけん引されて、フランカーが姿を現す。
滑走路上に引き出されたフランカーから、ジェットエンジンの轟音が響き渡る。レシプロエンジンとは比べ物にならないその音に、観客たちがどよめいた。エンジンの回転数が徐々に上がっていく。
『リーパー、離陸を許可する』
ラハマ飛行場の管制塔から、自警団員のトキワギがそう告げる。昔はいい加減だったラハマの航空管制も、空賊や自由博愛連合の襲撃を受けてからしっかりと行われるようになったらしい。それでも地球と比べると、なんだか物足りなかった。
「高度制限及び飛行制限空域はあるか?」
『ああ? そんなもんねえよ』
「それはいいことを聞いた」
地球の空では考えられないことだった。アクロバットチームも高度制限や飛行可能な空域に頭を悩ませ、その中で四苦八苦しながら演目を決めているというのに。ブルーインパルス辺りが見たら、涎を垂らして羨ましがる環境だろう。
リーパーはスロットルを上げ、機体がふわりと宙に浮く。これだけ大勢の人が見ている前で、恥ずかしい飛び方は出来ない。
「飛んだぞ!」
誰かが叫び、シャッター音がそれに続く。大都市からやって来た新聞記者たちだろう。記者たちは広場の最前列を確保し、ユーハングの最新鋭戦闘機の一挙手一投足まで見逃すまいとしているようだった。
離陸したフランカーはランディングギアを格納すると、すぐさま急上昇した。空気が震え、それだけで観客が歓声を上げる。離陸直後の急上昇など、イジツの戦闘機では出来ない。
フランカーは逆スプリットSをきめ、それからロールした。翼の端から
「テールスライドやるのかな? レオナの十八番だけど」
上昇するフランカーの速度が徐々に落ちていき、やがて完全な失速状態に陥る。そのまま機首を下げるのだろうとチカは思ったが、一向にフランカーの機首は上を向いたままだ。まるで糸で宙に吊られたかのように、機首を上に向けたまま、その機体が徐々に降下を始めている。まるで手品でも見ているかのように、観客は皆ぽかんと口を開けて空を見上げていた。
「うっそ、どうやったらあんなこと出来るの!?」
「推力偏向ノズルと大馬力のエンジンなら可能」
「すいりょく…?」
聞き慣れない言葉に、キリエがオウム返しに尋ねた。
「なにそれ?」
「推進力を機首とは異なる方向へ向けることが可能なエンジンノズル。機体の運動性能が向上する」
「それって私たちでも出来る?」
「プロペラ機では不可能」
フランカーは凧のように、斜め上を向いたままほとんどその場に静止していた。ようやく機首を下げると、何事も無かったかのように飛行を再開した。
続いて再び上昇し、失速してから機首を真横に倒すハンマーヘッドターン。これくらいならキリエだって出来る。だが失速反転したフランカーは、まるで独楽のように回転しながら降下を始めた。機首と尾部が外側になって、ぐるぐると回りながら高度を落としていく。フラットスピンだ。
対処を誤ればそのままスピン状態から回復できずに地上へ墜落することになり、観客の中には悲鳴を上げる者もいた。だがフランカーのスピン状態はあっという間に収まり、再びエンジンを吹かして観客の上空を一直線に飛んでいく。
意図的にスピン状態に陥るなんて―――とレオナはリーパーの腕に内心舌を巻く。無論、空中接触等でスピン状態に陥った際に備え、回復させる技術は飛行機の理として身に着けておかなければならない。だがわざと機体をスピンさせるような真似をする奴はいないだろう。それにスピン中は無防備だから、空戦でその技術を使おうとする者もいない。事故に繋がる可能性があるにも関わらずわざとそれをやるということは、自分の腕に自信があるか、機体の性能が優れているか、あるいはその両方だ。
観客の頭上で水平飛行中のフランカーが、徐々に速度を落としていく。そして一気に機首を持ち上げた。上昇するのかと思ったが、高度は変わらない。機首が上を向いているにも関わらず、ほとんど同じ高度で機体は垂直のまま前進を続けている。機体全体がエアブレーキの役割を果たしたのか、一気に速度が落ちた。それでも失速からの墜落、なんて気配は全くない。
「あれはなんていうの?」
「コブラ機動。失速状況での機動性に優れた一部の機体しか出来ない曲芸飛行。実戦向きではない」
「ケイト、どうしてそんなことを知っているのですか?」
エンマの問いに、ケイトは手にした板を指さした。昨日リーパーから借りたという、タブレット端末とかいうユーハングの機械だ。
「ここにユーハングの空戦技術の教本が入っている。非常に興味深い」
機首を上げたまま前進を続けていたフランカーが、ようやく機首を下げる。そして旋回して戻ってくると、再び機首を上げた。同じコブラ機動かと思ったが、今度はなんと機首を中心としてその場で一回転した。クルビット機動というが、ケイト以外はその名前を知らない。イジツの戦闘機では見れない機動に、観客が大歓声を上げる。
「なるほど、あれに乗ってたら確かに吐くかもしれないわね」
「僕としては、是非操縦席であの機動を体感したかったんだけどね」
そう言いつつアレンは、持参したスキットルを呷った。
その後もフランカーは、キリエ達が見たことのない機動を続けた。まるで子供が飛行機の模型を手にして、遊んでいるかのような無茶苦茶な機動ばかりだった。機首と進行方向が全く一致していなかったり、空中でドリフトするかのように最小半径で旋回したり。
「彼、楽しそうね」
「え?」
「自由に空を飛んでいる、って感じが伝わってくるわ」
ザラに言われてみると、確かにそうかもしれないとレオナは思った。同じ戦闘機が飛んでいるはずなのに、先日の空賊襲来時とは全く異なる印象を受ける。
様々な枷から解き放たれた者。まるで空が自分だけのものであるかのように振舞う天界の王。リーパーを見ていると、レオナは何故だかイサオを思い出した。無茶苦茶な機動でコトブキ飛行隊を追い詰めたイサオも、空が自分のものだと言わんばかりに飛び回っていた。
「私たちも、いつかあんな風に飛べるのかな」
ジェットエンジンの轟音が空気を震わせ、それに負けない観客の歓声と口笛が上がる。飛行を終えたフランカーが、ラハマ飛行場に着陸する。
「いや~、助かったよ! ありがとう!」
夕刻。羽衣丸を訪れた町長は、その言葉と共にリーパーの手を固く握った。
ユーハング製最新鋭戦闘機の展示飛行に満足した観客たちは、午後になり徐々に帰っていった。中には今日も泊っていく者もいるが、明日には帰るのだという。人で溢れかえっていたラハマの街は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
もっとも、大企業の重役や議員連中、そして新聞記者たちが帰る気配はない。彼らはしばらくラハマに残り、何としてもリーパーとフランカーについて情報を集めるつもりだろう。
それはそれで、お客様が増えるからいいことなんだけどね。町長はそう言って笑った。
「あ、そうだ。はい、今日の展示飛行のお礼です」
そう言って町長が、札束の入ったカバンをリーパーに渡す。中に詰まった札束は、折れたり皺が出来ていたり。ラハマを訪れた観光客たちから得た儲けらしい。
「あの、これってどれくらいの金額になるんですか?」
ラハマの通貨事情に疎いリーパーは、ルゥルゥに助けを求めた。ポンドや銭といった単位が入り混じったイジツの通貨レートは全く分からない。金額が高いのか低いのか、妥当なのかそうでないのかも把握できない。
町長が持ってきた支払通知書を見たルゥルゥが言う。
「あら、この金額だとあと少しで中古の隼1型くらいなら買えるわよ」
「え? そんなに貰っちゃっていいんですか?」
「いいよいいよ。どのお店も君が来てくれたおかげで商売繁盛して、過去最高の売上を出してるからね。飛行場の収入だって素晴らしいもんさ。これで自警団の戦力も増強できそうだよ」
意外とリーパーが行った展示飛行の経済効果は良かったらしい。ほくほく顔の町長を見ていると、リーパーはありがたく頂いておこうと思った。もっと吹っ掛ける、なんて選択肢はなかった。このラハマの住民とは、可能な限り良好な関係を長く続けていたい。
「ところで、相談なんだけど…」
「何ですか?」
「今日やってくれた展示飛行、またやってもらえないかな? お客さんの中にまた見たい、今度は友達も誘って来るって人が大勢いてね。またやってもらえると、こっちとしてもありがたいというか…」
ユーハングの最新鋭戦闘機の展示飛行を見たいという人は大勢いるだろう。今日フランカーを見た人が友達や親しい人にそのことを話し、それを聞いた人たちがラハマへやってくるかもしれない。そうすればラハマの街は、岩塩以外にも観光客から収入を得ることが出来る。
「もちろん君が無理というのならばこれっきりで全く問題ないよ! あの飛行機が壊れたら直せないっていうのはわかってるから」
町長はそう付け加えたが、本心としてはまたリーパーにフランカーで飛んでほしいのだろう。定期的にフランカーが展示飛行をしてくれれば、それを目当てにした観光客も訪れる。継続した観光収入が得られるかもしれないのだ。岩塩以外に特に産業のないラハマにとって、このチャンスを逃さない手はない。
リーパーは腕を組んで考えた。今日の展示飛行は10分程度だったということもあり、さほど燃料の消費量は多くなかった。着陸後に行ったメンテナンスでも特に異常は出ていない。もう一度やってほしいと言われたら、オーケーと言えるレベルだ。
それにこうして展示飛行を行えば、その分得られる収入も増えるだろう。何があるかわからないイジツの世界で生きていくためには、収入が多いに越したことはない。
「わかりました。ただし、条件があります」
「なんだい?」
「展示飛行は多くても一か月に一回程度。機体への負荷を考えると、それが限界です」
一年後に帰還できるとして、それまでフランカーを飛ばせる状態を保っておく必要がある。もっとも、一年後に開く「穴」が地球に通じているのが前提だが。もしも「穴」が地球に繋がっていなければ、それこそ一生をイジツで終える覚悟をしなければならない。
「この条件でオーケーならば、今後も展示飛行をやりましょう」
「わかった。是非頼む…と言いたいところだけど、一度会議で確認してもいいかな? たぶん皆、賛成だと思うけど」
わかりました、と言うと、町長は今にもスキップしそうな軽やかな足取りで帰っていく。きっと今晩は安心して眠れるだろう。
「嬉しそうね」
「え?」
ルゥルゥの言う通りだった。ただ飛行機を飛ばすだけでお金が貰えるなんて、これ以上に楽な仕事はない。
それに何よりも、イジツの空では自由に飛べる。高度制限も管制もなく、自分の好きな速度で好きなように飛べる。空気を切り裂き、どこまでも。それがリーパーにとっては一番嬉しかった。
ご意見、ご感想お待ちしてます。