荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第一六話 Armory

「おっ、ようやく戦闘機買えたのか」

 

 羽衣丸の飛行甲板に運ばれてきた一機の戦闘機を見て、ナツオがリーパーに声をかけてきた。ペンキの入ったバケツを持ち、機体に何かを描いていたリーパーが振り返る。

 

「ええ、これからよろしくお願いします」

「任せときなって、何かあっても部品さえあれば完璧に直してやるよ。もっとも、機体を大切に使わねえとイナーシャハンドルケツにぶち込むけどな」

「気をつけます」

 

 リーパーは新しく自分の愛機となる戦闘機を見回した。一式戦闘機隼。優秀な運動性能で格闘戦能力に優れた機体だ。それなりの防弾性能もある。不満な点と言えば武装が12.7ミリ機銃が二挺と貧弱な点だが、現状手に入る戦闘機の中ではこれが最も優秀だった。

 

 

 

 

 

 

「え? これじゃ足りない?」

 

 展示飛行と諸々の仕事でどうにか隼を購入できる金額が手に入り、リーパーは飛行機業者を訪問したのは昨日のことだった。業者に用事があるというコトブキ飛行隊も同行する。イジツでは戦闘機を始めとした航空機を販売する業者があちこちにいるのだという。

 リーパーたち民間軍事会社の社員も戦闘機を使って仕事をしているが、基本的に機体は会社の支給品だ。いくら大量生産で値段が下がったとはいえ、それでも戦闘機など個人の手が届く装備ではない。

 もっともMiG-21やF-5Eと言った古い機体はほぼ投げ売り同然で兵器市場に流れているらしく、リーパーの指導役だったヴァイパーが搭乗していたMiG-21も、自分で買ってカスタムを重ねていき、第4世代機に負けないほどの性能を持っていた。それにリーパーがイジツに乗ってやって来たSu-30SMも、テストパイロットを引き受けたグランダー社からのプレゼントで、所有権はリーパーにある。

 

 イジツでは空賊が蔓延り、用心棒稼業が盛んだ。だからこうして飛行機業者も成り立っており、用心棒たちは自分で戦闘機を購入し、どこかの商会と契約を結ぶ。修理に掛かる費用や弾薬、燃料代も自腹だが、仕事を成功させればそれ以上の収入が得られる。

 

 リーパーが訪問した飛行機業者は中古の機体も扱っており、コトブキ飛行隊やナツオたちとも取引のある信頼できる業者だった。だがリーパーが業者を訪れると、彼は申し訳なさそうに上記の言葉を述べたのだ。

 

「最近空賊連中が増えていて、そのせいで用心棒の飛行機乗りが増えて戦闘機の需要が高まってるんだ。ここのところ、毎日機体の値段が上がってる。一週間前ならその金額でも隼が買えたんだが、悪いな」

「そうだったんですか…」

「九七式辺りなら買ってもお釣りが返ってくるぞ?」

 

 リーパーの手元にある金額では、目標の隼2型にわずかに足りない。それより安い機体となると九七式戦闘機くらいだ。だが九七式は格闘戦能力なら隼以上だが、固定脚で速度が出ないし武装も7.7ミリ機銃二挺と隼よりさらに貧弱だ。貧しい街の自警団か、操縦士になりたての人間が買う機体だろう。練習機である赤とんぼもあったが、非武装の機体など論外だ。

 

「ガドールのおっさんたちが金くれるって言ってたじゃん。そいつらから貰ってくればいいんじゃないの?」

「あの人たちとはあまり関わりたくないんだよなあ…」

 

 一緒にやって来ていたチカの提案に、リーパーは苦い顔をした。この世界で迷子も同然のリーパーを保護しようと申し出る商社や都市の議員たちは何人もいたが、その目当てはリーパーの持つ知識とフランカーだ。

 そういった連中の中には大金を積んでリーパーを自分たちの手元に置いておこうとする者もいる。彼らのところに行けば中古の隼どころか、新品の飛燕だって買えるだろう。だがあからさまに金儲けのための道具としか自分を見ていない彼らを頼る気には全くなれず、リーパーはそれらの誘いを全て断っていた。彼らのところにいたら、イジツ中を回って帰る手段を探すことが出来なくなる。恐らく、一生軟禁状態に置かれるだろう。

 

「仕方ない、出直すか…」

 

 そう遠くないうちに、もう一度展示飛行をしてほしいと町長からお願いされている。その時の代金も持ってくれば、機体を買えるかもしれない。もっとも、さらに値上がりしている可能性もあるが。

 

「どれくらい足りないんだ?」

 

 リーパーが帰ろうとしたところで、レオナが業者に尋ねる。業者が見せた金額に、レオナが顎に手を当てて何事か考える。

 

「そのくらいの金額なら、私が出そう」

「え?」

「前に助けてもらった借りがあるからな」

 

 そう言って財布を取り出そうとするレオナ。

 

「いや、悪いですよ。自分で何とかしますって」

「君には爆撃機から孤児院(ホーム)を守ってもらった礼もある。こんな形で借りが返せるとは思えないが…」

「いやいや」

「遠慮するな」

「いやいやいや」

 

 財布から金を出そうとするレオナと、それを押さえるリーパー。意外と力が強いんだな、と彼女の財布を握る彼女の腕を抑えて思う。

 

「あら、いいじゃないの。ここは素直にレオナの好意に甘えておけば?」

 

 金を出すか出させないかで奇妙なバトルを繰り広げる二人を、微笑ましく眺めていたザラが提案する。

 

「いえ、色々お世話になってるのにこれ以上頼ってしまうのは迷惑じゃ…」

「じゃあ、ここはレオナから借りておくってのはどう? これでレオナも貸し一つよ」

 

 これから一緒に仕事をするかもしれない人から金を借りるのもなんだか悪い気がしたが、一か月先まで何もせずグータラしているわけにもいかない。リーパーはありがたく、レオナの提案を受けることにした。

 

「それにしてもあなた、こういう機体は飛ばしたことがあるの?」

「ええ、昔に。訓練生だった頃、最初に飛ばしたのがレシプロエンジンのプロペラ機です」

 

 アローズ社に入社後、最初の実機飛行訓練で使ったのがかつて航空自衛隊で使われていたレシプロの単発機だった。自衛隊が新型練習機を導入する際に払い下げられた機体を、アローズ日本支社が自社訓練機として買い取ったものだ。計器は全てアナログで、レーダーも射出座席も備えられていない機体だった。飛行特性は異なるだろうが、機体の操縦方法については同じ感覚で出来るだろう。

 

 

 業者が倉庫の奥から引き出してきたのは、状態が良好な中古の隼だった。現在もユーハングが残した工廠で各種の戦闘機が作られているが、新品の戦闘機は資金力のある大都市お抱えの飛行隊に回されてしまうことが多い。それは飛燕や疾風、五式戦といった高性能な機体も同じで、飛行機業者もそういった戦闘機は既に在庫切れだとお手上げだった。

 

「懐かしいな…」

 

 アナログメーターだらけの計器盤に、思わず初めて乗った練習機を思い出す。操縦桿を引くと、フランカーに比べると意外なほど重かった。操縦桿と繋がったケーブルで、ラダーやエレベーターを操作するのだから当然だ。だがきちんと操縦桿を倒した通りに、機体は反応してくれる。

 

「いい機体ですね」

「でしょ~」

 

 なぜかキリエが「どうだすごいだろう」と言わんばかりの顔をしていた。

 初期の戦闘機で全体的な性能は後発組に劣るものの、それでも隼であれば十分戦うことが出来るだろう。可能であれば武装も速度も充実し、格闘戦能力も優秀な四式戦闘機「疾風」や、陸軍最優秀戦闘機と言われた五式戦闘機ならば良かったのだが、ないものねだりをしても仕方がないし、そんなものはとても手が届かない。

 アローズに入社したばかりの頃のように、徐々にステップアップしていくしかないだろう。今でこそSu-30SMなどという高性能戦闘機を任されているが、最初の頃は型落ちのF/A-18や初期モデルのF-16くらいしか乗せてもらえなかったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして買った隼を、これからの職場となる羽衣丸へと飛ばして帰る。フランカーに比べるとパワーがない、速度もない、操縦桿も重い上にレーダーもないと何から何まで異なる機体だったが、離陸してから数分後には、まるで昔から飛ばしていたかのようにリーパーは隼に馴染んでいた。

 

「もう乗りこなせるようになったの? すごいじゃん」

「まあ、地球だと色々な戦闘機に乗ってたからな」

 

 キリエの言葉で、リーパーはアローズ社で飛ばした戦闘機の数々を思い出す。古いものから最新鋭のステルス戦闘機、空軍機や海軍機を問わず、さらにはA-10のような攻撃機まで任務によっては飛ばしてきた。開発国も設計思想もバラバラだったが、それらに乗り込んで今まで数々の作戦を成功させてきたのだ。今さらレシプロ機くらい飛ばせずどうするという気持ちもある。

 

 

 

 そして羽衣丸でナツオら整備員たちの帰りを待つ間に、リーパーは隼にパーソナルマークを描くことにした。隼の機体は業者から引き渡される際に、注文した通り、フランカーと同じ青と水色を基調とした迷彩に塗り替えられていた。

 

「そういやさ、なんで死神がリボンをつけてんの?」

 

 四苦八苦しながら元のパーソナルマークを描くリーパーを眺めながらキリエが尋ねる。そうだ、とばかりにエンマも続けた。

 

「死神だけならまだしも、ピンクのリボンを着けるなんて。あなたの趣味はよくわかりませんわ」

「どっちも俺が選んだものじゃないんですよ。死神のエンブレムは社長が選んだんだ」

「じゃあリボンは?」

「俺の上司から引き継いだもので、同僚が勝手に描いたんです」

 

 かつてのボーンアロー隊を率いていた、敵にも名が知られるエースパイロット「ヴァイパー」。リボンのようにも見える(インフィニティ)マークは、元々ヴァイパーが機体に描いていたエースと隊長の証だった。だがヴァイパーはパイロットを引退し、隊長の座はリーパーに受け継がれた。その際に∞のマークも一緒に引き継がれたのだが…。

 

「俺の同僚が勝手に『気色悪いマークだな、可愛くしてやる』って…」

「逆に不気味になってなくない?」

「まあ、一度見たらたぶん忘れられないマークにはなりますわね」

 

 おかげで敵味方から目立って仕方がない。おまけに敵には「リボン付きは見つけ次第撃墜せよ」と命令が下っていると聞く。本当だったら死神なんてただでさえ不気味なものをパーソナルマークにしたくはなかったが、今さら他のものを選べと言われても特に思いつかない。好きだろうと嫌いだろうと、このエンブレムは既にリーパーのシンボルとなってしまっている。

 

 さらにリーパーは、三つの矢じりを模した所属部隊のエンブレムも機体に描く。今も所属していることになっている、国連軍タスクフォース118「アローブレイズ」のエンブレムだった。

 リーパーは羽衣丸で用心棒として働くものの、当面はパイロット一人の飛行隊だ。一人で飛行隊を名乗っていいものか悩んだが、ある程度自由に動くためだ。羽衣丸の護衛の際にはかつてのナサリン飛行隊のように、コトブキ飛行隊と協力して飛ぶことになる。

 

「飛行隊の名前はどうするんだ?」

 

 レオナにそう問われ、リーパーは迷わず答えた。

 

「『アローブレイズ飛行隊』で」

 

 たった一人の飛行隊。当面はコトブキ飛行隊と協力し、用心棒として羽衣丸護衛任務やオウニ商会が受けた仕事をこなしていくことになる。編隊(エレメント)を組む僚機がいないのは寂しいが、それでもリーパーはどこか奇妙な安堵を覚えていた。

 これで僚機の命を背負って飛ぶ必要もない。自分の命にだけ責任を持って飛べばいい。誰かから隊長と呼ばれることなく空を飛ぶのは、随分と久しぶりのことだった。




「荒野のコトブキ飛行隊」でサネアツ副船長を演じられた藤原啓治さんが亡くなられました。

頼りなくてクルーたちからぞんざいな扱いをされているサネアツですが、いざという時にはきちんとやる彼のキャラクターが大好きでした。「荒野のコトブキ飛行隊」の登場キャラの中では1、2を争うくらい好きなキャラです。
藤原啓治さんのご冥福をお祈り申し上げます。
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