「オウニ商会からの援軍はまだなのか!」
タネガシへ向かって全速力で航行中の飛行船では、船長がマイクを片手に今にも泣きそうな目をしていた。明日にはタネガシへ到着できるというタイミングで空賊に襲われるとは、まったくもってツイていない。
近くに街はなく、一番近くを飛行中の飛行船が「あの」コトブキ飛行隊が所属するオウニ商会の羽衣丸だったのは幸運だった。だが彼女たちの到着までこのタネガシ二号が持ち堪えられるか、正直なところ怪しいものだ。
「また1機撃墜されました! 護衛機、残り3!」
船橋のレーダー員が叫ぶ。タネガシ二号を襲ったのは、この辺りを根城としているスナネズミ団と呼ばれる空賊たちだった。以前から目撃情報があり、その時には隼1型を使用していると聞いていたのだが、今日襲ってきた連中はどこかで手に入れたらしい三式戦闘機飛燕に乗ってやって来た。
タネガシ二号にも護衛機はいたが、いかんせん数が少ない。護衛機8機に対し、空賊は20機。既に5機が撃墜され、残った機も逃げ回るので精一杯だ。
『とっとと飛行甲板を開けて降伏しやがれ! でないと護衛機を全部撃ち落とした後でブリッジに鉛弾をぶち込むぞ!』
オープンチャンネルの無線機からは、荒々しいスナネズミ団長の降伏勧告が聞こえてくる。空賊の狙いは輸送中の鉱石だ。飛行船ごと乗っ取って、後で飛行船共々どこかで高く売りさばくつもりだろう。
空賊たちは飛行船を丸ごと捕獲したいのか、まだ船体に損害はない。だが護衛機が全て撃ち落とされたら、もう出来ることは無くなる。そうなる前に何としてもコトブキ飛行隊に駆けつけてもらいたいところだが―――。
「来ました! 羽衣丸からの援軍です!」
「来たーっ! 早くコトブキ飛行隊に空賊を撃退するよう言ってくれ!」
「それが…コトブキ飛行隊ではないようです。援軍は単機、6機ではありません」
「単機だとぉ?」
イケスカの戦いで活躍したコトブキ飛行隊のことならば、飛行船乗りであれば誰もが知っている。6人の女性パイロットで構成されるエリート用心棒集団。単機で来るはずがない。
「敵か?」
「通信が入っています」
まさか空賊側の増援ではないよなと思いつつ、船長は無線機のマイクを握り、ヘッドホンを耳に当てた。
『こちらオウニ商会所属、アローブレイズ飛行隊隊長のリーパー。これよりタネガシ二号の援護に入る』
「アローブレイズ飛行隊? 聞いたことないぞ! それに1機だけの飛行隊があるものか、コトブキ飛行隊はどうした!」
無線機から聞こえてくる若い男の声に、船長はがっかりした。今さらたった1機で何が出来るものか。護衛機が何機か撃ち落としてくれたとはいえ、敵はまだ10機以上残っている。
『コトブキ飛行隊は空戦で燃料、弾薬を消耗し補給作業中だ。当機に遅れて到着する』
「1機だけでこの状況が何とかなるものか! もうおしまいだぁ…」
『コトブキ飛行隊が来るまでの時間稼ぎはしてみせる。敵機とそちらの護衛機の機種は?』
何とかなるとは思えないが、コトブキ飛行隊が来るまで時間を稼いでもらえるならばそれでいい。船長は藁にも縋る一心で、リーパーと名乗った男に空賊の情報を伝えた。
『敵はスナネズミ団という空賊だ。三式戦闘機に乗ってるが、細かい型式まではわからん。まだ15機残ってる』
「了解。そちらの護衛機は?」
『紫電だ。急いでくれ、もう3機しか残っていない!』
船長が悲鳴のような声を上げる。事態は切迫しているらしい。
コトブキ飛行隊の補給を待たずに先に出発した判断は正解だった。もしも補給を待って編隊を組んでいたら、今頃護衛機は全て撃墜されていただろう。
リーパーは機体を傾けて窓の外を見た。下の方に飛行船が一隻と、その周辺を飛び回る戦闘機が見える。追われているのは、タネガシ二号の護衛機である紫電だろう。悪い機体ではないそうだが、いかんせん数で押されている。
だがこういう状況を、リーパーは以前にも経験したことがある。ユージア連邦から亡命する技術者と、その家族を乗せた2機の旅客機の護衛。たまたま哨戒飛行中だったリーパーが現場に急行し、その護衛を行った。運悪くエレメントを組んでいた仲間の機体が不調で帰還していたこともあり、単機で十数機の敵機と渡り合いながら旅客機を護衛する羽目になったものだ。
「始めるか」
幸いリーパーの高度は空賊たちより上で、しかもまだ気づかれた気配はない。飛燕は武装と速度では隼よりも上だが、旋回性能では隼の方が優れている。
まずは奇襲で一撃を加えてから、場を引っ掻き回してやる。リーパーは無線機のスイッチを入れ、眼下で追われている紫電に呼びかけた。
「翼に1と書いている紫電、聞こえるか? これよりそちらに加勢する。三つ数えたら、大きく右旋回しろ」
『あんたは誰だ!』
「早くしろ。そっちももう限界だろう?」
長時間の空戦を続けているためか、護衛機のパイロットたちには明らかに疲れが見える。それは空賊たちも同じだが、数が多い分空賊たちの方がまだ良いコンディションなのだろう。何機もの敵に追いかけまわされ続けていられるのも、あと少し。このままでは動きが鈍ったところを撃墜されてしまう。
「カウントする。1…2…」
相手の返事を待たず、リーパーは機首を下げた。重力に引かれ、隼の機体がぐんぐん加速していく。紫電を追いかけまわしている空賊たちは、目の前の獲物に夢中で頭上から迫る隼に気づいていない。
機体が軋み、操縦桿が震える。空中分解しないギリギリの速度を保ちつつ、隼は上から飛燕の群れに襲い掛かる。
「3、今だ」
リーパーの言葉を信用したのか、はたまたたまたま回避行動をとったのか、紫電が大きく右に旋回した。それにつられて後を追う飛燕も、右に旋回する。リーパーが狙った通りの軌道を、飛燕の群れが描く。
スロットルレバーに備えられた発射ボタンを引くと、軽やかな銃声と共に12.7ミリ弾が放たれる。照準器の先には今まさに紫電を追って旋回した飛燕があり、放たれた銃弾が飛燕の翼に吸い込まれていくように突き刺さる。旋回中にエルロンが吹っ飛んだ飛燕が、くるくると回りながら編隊から脱落し、下降していく。
リーパーは降下を続けながらさらにもう一機を照準に納め、再び射撃。今度は飛燕の機首に命中し、銃撃を受けた飛燕が機首から黒煙を吐いて落ちていく。
「なんだ!?」
「上だ!」
突然二機を墜とされた空賊たちが周囲を見回し、一人が上から降下してくる隼に気づく。すれ違いざまに、その青い主翼に大鎌を持った死神が描かれているのが見えた。何かの冗談なのか、ピンク色のリボンが頭についている。
隼は紫電のさらに下へと降下し、そして地表近くで機首を上げた。急降下からの急上昇で、機体が大きく震える。機体の振動がダイレクトに操縦桿に伝わってくるのは、フライバイワイヤが基本の現代機では味わえない感覚だな。空戦の真っただ中であるにも関わらず、そんなことを思う。
そのままほとんど垂直に上昇し、頭上を紫電が通り過ぎたところで発砲。ちょうど隼の真上を通り過ぎる形となった飛燕が、下からエンジンを撃ち抜かれる。失速する前に機体を水平に戻す。
「このやろ、ふざけやがって!」
空賊の団長は紫電を追いかけるのを止め、突如乱入してきて3機も部下を落とした謎の青い隼を追いかける。だが旋回性能に優れる隼は、団長が発砲しようとする直前で右へ左へと旋回し、それにつられて機首を振る団長の飛燕は、徐々に速度を落としていく。速度を活かして一撃離脱に徹すればよかったのかもしれないが、今まで乗っていた機体と同じ感覚で格闘戦を挑もうとしてしまった。
ハイGターンで大きく旋回した隼に、団長も追随しようとする。しかし旋回性能の差は大きく、あっという間に隼は団長の後方に回り込んだ。
「くそっ、撃てない!」
団長を助けに入ろうとした仲間の機体だが、隼は団長の乗る飛燕の背後にぴったりとくっついて離れない。団長が回避運動を行っても、そのすぐ真後ろの位置をキープして味方に射撃をする隙を与えない。発砲したら確実に団長の機体まで巻き込むのは目に見えており、仲間を撃ち落としたらと思うと空賊は引き金を引けなかった。
「おい、早く何とかしろよ!」
隼に背後を取られ追いかけまわされている団長は恐慌状態に陥っていた。隼は団長がいくら回避運動をしても、まるでその機動を読んでいたかのように後をついてくる。自分がいつ撃たれてもおかしくはない状況だと思うと、団長の気は狂いそうだった。
こいつは死神だ。必死に操縦桿を右に左に倒し、何とか追跡を振り切ろうとする団長は、隼に描かれていた死神のマークを見てそう感じた。死神が大鎌を振り上げて、いつ自分を殺そうか狙っている。その頭に描かれていたリボンのピンク色が、団長の目に焼き付く。
隼が発砲した。翼を銃弾が貫通し、燃料タンクに引火する。団長の操る飛燕が、炎に包まれながら降下していく。
「よくも団長を!」
隼の後を追っていた空賊が、団長が落とされたのを見て激昂する。発射ボタンを押し込むが、目の前にいた隼は一瞬のうちに照準器から外れてしまっていた。
どこへ行った? そう思ったのもつかの間、頭上を何かが遮り操縦席の中が暗くなる。見ると団長を撃墜したばかりの隼が、バレルロールを打って飛燕の背後に回り込んでいた。
これが狙いだったのか。空賊は隼の操縦士がなぜ団長に中々発砲しなかったのか理解した。考えなしに団長の機体を撃墜していれば、同士討ちの恐れがなくなりすぐに後続の飛燕に撃墜されてしまう。だからタイミングを見計らっていたのだ。
団長を撃墜した直後に、後続の仲間が発砲してくることは簡単に予想できる。こちらが射撃を開始するタイミングを読んで、隼は団長機を撃墜すると同時に、バレルロールを打ってすぐ後ろについていた飛燕の背後に回り込んだ。前方と後方に同時に注意を払いつつ、双方との距離を見計らわなければできない芸当だった。
「こいつ、後ろにも目がついてるのか…?」
再び隼が発砲。機首の12.7ミリ機銃が火を噴き、水平尾翼を吹き飛ばされた飛燕がコントロールを失いふらふらと降下していく。空中にパラシュートが二つ開き、地面に激突した無人の機体が爆発炎上した。
「なんだコイツ…!」
他の護衛機を追いかけまわしいたぶっていた空賊たちも、本能的にこの隼は危険だと認識したらしい。タネガシ二号の護衛機である紫電から離れ、青い隼を追いかけようとする。ドッグファイトから解放された紫電が3機、一時離脱して再度編隊を組む。
今度は追いかけられる側となった隼だが、その高機動性を巧みに活かして中々照準に入らせない。低空ギリギリを飛行し、渓谷や丘陵の地形にぴったりと追随して地面すれすれをキープしている隼相手には、飛燕の速度を活かした一撃離脱戦法は難しい。下手に上空から降下すれば、そのまま地面に激突してしまう。空賊たちは弾を無駄にばらまきながら、ムキになって青い隼を追う。
『味方が1機やられた! 用心棒の増援だ!』
突然、上空から青い隼を狙おうとしていた飛燕が、黒煙を吐いて降下していく。その上空には緑を基調とした迷彩を施した、6機の隼。
『コトブキ飛行隊!? くそっ、逃げるぞ!』
オレンジの円に赤い二翔のプロペラマーク。そのエンブレムを知らない空賊はいない。今まで数々の空賊たちを撃墜してきたコトブキ飛行隊だ。まともに戦って勝ち目のない相手であることは、この場にいる誰もが理解していた。
続けてもう1機飛燕が撃墜され、空賊たちは青い隼の追撃を中止して逃げ始めた。飛燕に乗っていてよかった、と空賊の一人が思った。最高時速は隼よりも飛燕の方が上だ。逃げ足だけなら速い方がいい。
「あーっ、あいつら逃げてく! せっかく急いで来たってのに!」
「全員やっつけようよ!」
「キリエ、チカ、深追いは無用だ。それに隼ではどのみち、飛燕には追い付けない」
レオナの言う通り、逃げる飛燕との距離はどんどん離されていく。キリエは唇を尖らせ「了解」と返し、進路を反転し機首をガドール二号の方へと向ける。今まで低空で空賊と追いかけっこを続けていたリーパーの青い隼が、高度を上げる。
「遅くなってごめんね。損傷はない?」
「大丈夫です。あのまま10機相手に追いかけっこを続けてたら、俺も墜とされてました」
「それにしてはずいぶん余裕があるように見えるけど」
リーパーの隼には、一発の被弾痕もない。おまけに不意をついた形とはいえ、どうやら空賊の機体を5機も撃墜したようだ。
何が「時間稼ぎをする」だ、とザラは思った。もしかしたらコトブキ飛行隊が増援に入らずとも、リーパーだったら残りの空賊たちもすべて撃墜していたかもしれない。
風貌越しに見えるリーパーが、ヘルメットのバイザーを上げる。その顔には疲労の色は全く見えない。
空賊たちの動きには、どこか恐怖があるように見えた。何としてもここで撃墜しなければ、次は確実に自分たちが喰われる番になるという恐怖。だから空賊たちは操縦士が疲弊して動きが鈍っていたタネガシの護衛機を放り出し、全機でリーパーの追撃に向かったのだろう。
「まさか単機で5機も墜とすとはな…」
レオナも同じ感想らしい。羽衣丸を襲った空賊との戦闘で消耗した弾薬と燃料を補給し、大急ぎでリーパーの後を追ってきたコトブキ飛行隊だが、結局発砲したのは前衛として突っ込んでいったキリエとチカだけ。残った空賊も、コトブキ飛行隊を見て逃げ出してしまった。
「ユーハングではどうだったか存じ上げてはおりませんが、腕が良いというのは確かみたいですわね」
「同意。地球での戦闘記録閲覧を所望する」
「それは後だ。コトブキ飛行隊は周辺警戒をしつつ、撃墜された護衛機乗員の捜索を行う。リーパー、君は一度タネガシ二号で補給を受けろ。燃料はもう限界だろう?」
レオナの言う通り、リーパーが搭乗する隼に燃料はほとんど残っていなかった。タネガシ二号のいる空域まで飛ばし、さらに空賊たちと空戦を繰り広げていたため、燃料消費が激しい。
既にタネガシ二号の飛行甲板のハッチが開かれ、生き残った護衛機の紫電が着艦を始めている。リーパーが着艦と補給の許可を求めると、タネガシ二号からは二つ返事でオーケーが返ってきた。
「この世界じゃ、空中給油機は必要ないな」
飛行甲板を備えた飛行船が飛んでいて、いつでも補給に戻れるのであれば、長距離飛行でも空中給油機は必要ない。燃料だけでなく、弾薬までも補給できるのだから。ユージア軍がアイガイオンやフレスベルグといった空中空母を運用したがるのもわかる気がした。
「アローブレイズ飛行隊、着艦態勢に入ります」
そう告げて、リーパーは編隊から離れた。
初めてのレシプロ機での空戦にしては、うまくやった方だろう。もっとも今回は相手が空賊で、凄腕の用心棒というわけではない。コトブキ飛行隊ほどではないにせよ、凄腕の用心棒操縦士はあちこちにいる。そういった連中を相手にしても、生き残らなければならない。
この程度の勝利で浮かれていては、次の戦いで堕とされてしまう。リーパーは気を引き締め、タネガシ二号への着艦態勢に入った。
ご意見、ご感想お待ちしてます。