荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第二話 Home

『ボーンアロー隊、そしてリッジバックス隊。緊急のミッションにも関わらずご苦労だった』

 

 薄暗い搭乗員待機室のモニターに、眼鏡をかけた口髭の男が映し出される。男はリーパーとオメガの雇用主であるアローズ・エア・ディフェンス&セキュリティ社の代表にして、タスクフォース118指揮官を兼任するグッドフェロー。今は地球の反対側から、衛星中継でデブリーフィングを行っている。

 

『かろうじてXB-0が人口密集地帯へ墜落する事態は避けられた。リーパー、お手柄だったな。まさか操縦席をピンポイントで爆撃するとは思ってもいなかった。しかもレーザー誘導式のバンカーバスターを、無誘導で放り込むなんて』

「うちのエース様に出来ないことなんてないからな」

 

 なぜかオメガは自慢げだった。

 

 フレスベルグを撃墜したボーンアロー隊は、その足でリッジバックス隊の基地へと向かった。元いた基地は壊滅的な被害を被っており、到底着陸できる状況ではなかった。

 

『既に話は聞いていると思うが、あの機体はXB-0フレスベルグ。ユージア連邦が某国から接収した重巡行管制機だ』

 

 某国がぶち上げた空中艦隊構想の一環として建造されたモデルで、アイガイオンがギュゲスとコットスとの編隊を組んで真の威力を発揮する機体であれば、フレスベルグは爆撃から艦載機運用、電子戦に防空と全てを一機で賄えるように設計された機体らしい。その分全ての性能が中途半端になってしまったらしいが、アイガイオンと比較しコンパクトで、単機運用が可能というメリットがある。

 

「フレスベルグは以前、ヨーロッパ戦線にて他部隊により撃墜されたと伺っております。それが何故、また現れたのですか?」

 

 短い黒髪に整った顔のケイ・ナガセ―――エッジが、グッドフェローがこちらを見ているであろうカメラを向いて問う。この基地に来る途中で、リーパーたちもナガセから詳細な話は聞いていた。フレスベルグはヨーロッパのとある都市を一機で焦土に変え、国連軍に多大な被害をもたらした後、作戦参加部隊の4割損失―――つまり全滅だ―――と引き換えの決死の反撃で撃墜されたという。

 

「フレスベルグだけではない、アイガイオンやその随伴艦も、ここのところ各戦線において目撃される回数が増えてきています。アイガイオンに至っては我々の手で撃墜したというのに」

「二回も、な」

 

 オメガがナガセの言葉に付け加えた。一度目は東京上空で、もう一度は他の戦線で、リーパーたちはアイガイオンを撃墜していた。それもギュゲスやコットスといった、同じくデカブツの随伴艦と共に。

 それらの重巡行管制機が、最近あちこちの戦線で目撃され、国連軍に多大なる被害を与えているらしかった。

 

「あんなデカブツ、一機作るだけでどれくらいの金がかかると思う? 金だけじゃない、あんな巨体を飛ばすには広大な滑走路と工廠が必要だ。それを何機も運用できるなんて、ユージア軍はよっぽどの金持ちなんだな」

 

 ヨーロッパからアジアのユーラシア大陸にかけての広大な地域を統合する形で樹立された連邦国家、ユージア。世界一の軍需企業であるヴェルナー・ノア・エンタープライゼス社の軍事部門トップだった男、キャスパー・コーエンが、「世界が混乱の中にあるにもかかわらず、私腹を肥やす国家や官僚を粛正する」と宣言して生まれた国家。難民たちや国連の支援が行き届かない貧しい国々の賛同を得て樹立されたユージア連邦と、国連は今戦争の真っただ中にある。

 

 ユージア連邦はヴェルナー社の工廠や生産設備を接収。ユージア連邦に加わった国々から人員を募り、強大な戦力を有している。しかしそんなユージア軍でも、アイガイオンなどの空中艦隊やフレスベルグを次から次へと生産するのは難しいのではとオメガは思った。

 金と資源はどうとでもなったところで、どこで作るかという問題がある。全幅500メートルを超える重巡行管制機を、そこらの戦闘機や輸送機と同じ工場で作ることはできないし、どこから飛ばすのかという問題も起きる。

 

「あれだけの巨大な機体を作る工廠なら、衛星でとっくに見つかってるはずだろ? 何で国連軍はそこを叩かないんだ?」

『工廠が見つけられてないんだ、オメガ。あれらの機体がどこから飛んできたのか、どこで作られているのか、我々はまだそれを把握できてない』

「おいおい、じゃああれは四次元ポケットから出てきたとでもいうのか?」

 

 オメガがリーパーとナガセの顔をちらりと見て言った。確か彼らの生まれ故郷でやっている国民的アニメで、何でも出てくる未来のポケットを持ったタヌキ型ロボットがいたと聞いている。

 

『こちらでもユージア軍の主な兵器生産拠点は大方把握している。が、それらの工廠からあれらの超巨大兵器がロールアウトしたという情報はどこからも入っていない』

 

 モニターの向こうでグッドフェローが苦々しげに言う。宇宙条約で破壊を免れている偵察衛星を使えば、あの巨大機を作れる工廠など簡単に見つけられるだろう。フィルムで撮影した写真を現像し、虫眼鏡を使って分析していたのは冷戦時代まで。今の偵察衛星は地上に置いた煙草の箱の銘柄まではっきりと見えるし、赤外線カメラで人や物の動きまで把握できる。それでも国連軍が敵の工廠を見つけられていないのは、こちらの情報部がマヌケなのか、それとも敵の隠蔽能力が予想以上なのか。

 

『とにかく、こちらで今回襲撃してきたXB-0がどこから出撃したのか調査は継続する。それとボーンアロー隊、急だが移動命令が出た』

「移動? どこへ?」

『オーストラリアだ。次の大規模作戦の準備に当たってもらう』

 

 モニターに世界地図が映し出される。トルコからインド、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸の広大な地域が赤く染められている。ユージア連邦が実効支配している地域だ。オーストラリア大陸は、かろうじてユージア連邦の支配下には入っていない。

 

『移動は一週間後、リッジバックス隊もボーンアロー隊に続いての移動となる。今のうちに荷物を纏め、ゆっくりと身体を休めておけ』

 

 再び地図が表示される。映っているのは日本の関東地区だ。

 

『出発はニホンの百里基地からだ。リーパー、たまには家に帰ったらどうだ?』

 

 グッドフェローの言葉に、今まで黙っていたリーパーが無言で首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 デブリーフィング後、リーパーは基地の格納庫へ向かった。爆弾の直撃にも耐えうる頑丈な格納庫にはリッジバックス隊の震電Ⅱが駐機し、整備員たちが走り回っている。その隣にあるのはオメガのタイフーン。リーパーのSu-30SMはそこからさらに離れたところに駐機してあったが、今機体を取り囲んでいるのはツナギを着た整備員ではなく、白衣の研究者然とした男たちだった。

 

「グランダー社の連中、もう来てたのか。さっき基地が爆撃を受けたばかりだってのに、お仕事熱心だな」

 

 一緒についてきたオメガが、白衣の男たちを見て呟く。

 彼らは軍人でも、リーパーたち民間軍事会社の社員でもない。ヴェルナー社と並び、世界有数の軍需企業であるグランダーI.G.社の研究者だ。彼らはリーパーのSu-30SMの後席に取り付けられた奇妙な物体を取り囲み、そこからケーブルで繋がれたタブレット端末を見て何事か確認している。

 

 データ取り。それが彼らの仕事だ。

 事実上ユージア軍に接収されてしまったヴェルナー社に変わり、グランダー社が国連軍の使用する兵器の大半を供給することになった。さらにグランダー社は国連に対し、資金の拠出まで行った。「ユリシーズの厄災」後、世界経済の破綻で資金不足に陥っていた国連は、グランダー社の支援を諸手を挙げて歓迎した。

 

 代わりにグランダー社はユージア戦争の各戦線に社員を派遣し、兵器のデータ収集を要求してきた。ヴェルナー社の開発した兵器群に対抗するためという名目に、反対する者は誰もいなかった。ノーと言ってグランダー社が国連への兵器と資金の提供を止めてしまった場合、この戦争に打ち勝てる見込みはない。

 

 

 グランダー社はデータ収集のテストパイロットにリーパーを指名し、その見返りとしてアローズ社のパイロットが使う機体を無償で提供することを提案した。民間軍事会社―――平たく言えば傭兵の集まりであるアローズ社は、各国正規軍と異なり自分たちで使う機体を確保しなければならない。民間軍事会社の装備は国民の税金で買ってもらえる代物ではなく、自分たちで稼いだ金で戦闘機を購入し、次の任務をこなしていかなければ給料はもらえない。しかしグランダー社が機体を提供してくれるのであれば、資金面でかなりの余裕がある。

 

 グランダー社がリーパーを指名した理由は深く考えずともわかる。死神、リボン付き、悪魔、鬼神。今や誰も追いつけないエースとなったリーパーの二つ名は様々で、各地の戦線でリーパーは恐れられていた。死神が上空を飛んでいれば地上の士気は上がり快進撃を続け、死神のエンブレムを見たというだけで戦う前に逃げ出す敵もいた。リーパーのパーソナルマークに描き加えられた(リボン)のマークは、死神のマークを気味が悪いと思ったオメガがマシにしてやろうと描き加えたものだった。しかし今やそのマークは、撃墜数をこれ以上誰も数えられないという無限(インフィニティ)のマークとなってしまっている。

 

 グランダーI.G.本社から派遣された研究員たちは、リーパーと共に各地の戦線を移動していた。先ほどフレスベルグに爆撃を受けた基地にも滞在していて、ついさっき連絡機でこの基地にやって来たばかりだった。

 

 彼らが取り囲んでいるSu-30SMの後席に積まれた機械はコプロというらしい。何の略称かはわからないが、リーパーの機体から飛行データと戦闘データを収集しているようだ。またリーパーが飛行中に身に着けるヘルメットも特殊なものを用意されており、戦闘中にリーパーがどこを見ているか、視線移動を検出する機器とカメラが備わっている。

 

 あいつら、あれで何をやろうとしてるんだろうな。そうリーパーに問うても、彼は首を横に振るだけだった。グランダー社の研究員たちは、肝心なことを教えてはくれない。リーパーのフライトデータを収集して、それをどうするのか。何に使うのか、それをオメガはおろか、グッドフェローも詳しくは知らないようだ。

 グッドフェローはグランダー社の介入に反対したらしいが、国連上層部が押し切ったらしい。リーパーをテストパイロットにすることにも最後まで反対していたようだが、最終的にはグランダー社の要求が通る形となった。

 

「ま、きちんと給料払ってくれればそれでいいけどさ」

 

 それがオメガの偽らざる心境だった。 

 

 

 

 

 

 三日後、航空自衛隊百里基地。

 

 

 海を挟んでユーラシア大陸と面している日本は、ユージア戦争における極東戦線の最前線だ。自衛隊に加えて国連軍が各地の基地に駐留し、さらに大陸に築いた橋頭保に毎日のように兵員や物資が輸送されている。時折ユージア軍が海を渡って本土に攻撃を仕掛けてくるものの、今のところ防衛には成功している。

 

 その百里基地の滑走路上には大陸から戻ってきた輸送機の群れに加えて、二機の戦闘機が並んでいる。輸送部隊の護衛がてらやって来た、ボーンアロー隊のリーパーとオメガの機体だった。ボーンアロー3と4、ブロンコとゼブは先日の空襲が原因で負傷し、現在入院中だった。退院までは2週間かかるらしく、今回の移動はリーパーとオメガのみ先行することとなった。

 

「俺は観光に行くけどよ、お前はどうする?」

 

 国連軍専用に確保されている駐機場に機体を移動させ、タラップを降りたオメガがリーパーに尋ねる。今回の百里基地への移動には、グランダー社の白衣の連中はついてきていない。リーパーの機体に取り付けられたコプロも取り外され、Su-30SMの後席はがらんどうだ。何かシステムトラブルでも発生したのか、一度本社研究所に持ち帰るらしい。オーストラリアへの移動後、再度コプロを取り付けるようだ。

 

「家に帰る」

 

 リーパーはそう言って、空を見上げた。雲一つない、どこまでも澄み渡る青空。その遥か上空の衛星軌道上には、今も無数の小惑星片が漂っている。

 

 

 

 ユリシーズの厄災。ユージア戦争の原因となった20年前の惨劇。

 木製軌道上の小惑星ユリシーズに別の小惑星が衝突し、ユリシーズは1万個の破片となって地球へ降り注いだ。世界各国は隕石迎撃用超大型レールガン「ストーンヘンジ」等多数の迎撃手段を講じ、当初想定されていた人類滅亡という事態は避けられた。

 

 世界秩序の崩壊、という代償と引き換えに。

 

 

 この日本にもいくつかの隕石群が落着し、かつての首都だった東京にも大きなクレーターが出来ている。世界中に降り注いだ隕石群は文字通り厄災をもたらした。空から降ってきたのは悪いものばかりだ。

 

 

 

 

 リーパーは電車で実家まで帰ることにした。リーパーの実家は、百里基地から電車とバスで30分ほどの距離にある。平日の昼間と言うこともあってか、リーパーが乗り込んだ電車は空いていて、座る席を見つけるのにさほど苦労はしなかった。

 

 リーパーは駅のコンビニで買った新聞に目を通した。ここのところずっとユーラシア大陸戦線を転戦していたので、こうしてじっくりと新聞を読む時間もなかった。久しぶりに目にする日本語をどこか懐かしく思いながら、リーパーは新聞を捲る。

 

『未確認機の領空侵犯事件について防衛省がコメント。ユージア軍とは無関係』

 

 そんな記事が一面の片隅に載っていた。何でも一年前、真昼間に突如未確認飛行物体が首都上空に出現したのだという。休日の昼間ということもあってその未確認機は多くの人々に目撃されていて、その際に撮影された写真も載っていた。

 当初はユージア軍の戦闘機と思われたその飛行物体は、スクランブル発進した航空自衛隊機に捕捉され、付近の飛行場に強制着陸させられた。しかし一年にわたる調査の末、ユージア軍とは無関係の機体であったと言うことが、昨日防衛省によって発表されたというのが記事の内容だった。

 

「なんだ、こりゃ」

 

 その未確認機とやらの写真を見て、リーパーは思わず呟いた。前大戦末期に試作されたという骨董品じゃないか。

 名前は確か、震電と言ったか。リッジバックス隊が運用する震電Ⅱの、スピリット的なご先祖様と言える旧日本海軍が試作した局地戦闘機だ。

 

 

 カラー印刷された写真には、真っ赤な塗装が施された震電がビル街上空を飛行している様子が写っていた。第二次大戦中の機体とは思えない、一見ジェット機のようにも見える太い胴体と、主翼を後ろに配したエンテ翼が印象的な独特なシルエット。機体後部にあるはずのプロペラが無いように見えるのは、画像が粗いからだろうか?

 

 

 しかし、この震電はどこからやって来たのだろう? リーパーが覚えている限り、試作機だった震電を飛行可能な状態で保存しているという団体はない。現存するのはアメリカの博物館が分解状態で保管している一機のみだ。

 

 記事を読み進めていくと、震電のパイロットはどこかの商社の会長で、古い戦闘機のマニアなのだという。自分で震電のレプリカを作成し、つい飛行許可も取らずに離陸してしまった―――というのが防衛相の発表だった。機体は没収、パイロットは厳重注意処分で終わり。

 

 何か変だな、とリーパーは思った。この程度の事件なら、わざわざ一年もかけて調査した挙句に、防衛省が会見を開くほどのことでもない。バカな金持ちが昔の飛行機のレプリカを作って勝手に飛ばしました、終わり。と、一年どころか翌日にでも会見が開ける。さっさと無断で飛行したパイロットを警察に引き渡して、航空法違反なりなんなりで処分してしまえば済むことだ。

 にもかかわらず、去年の無断飛行事件について今さら会見を開く。本当は事件の裏には何か特別な事情があって、それを隠したがっているかのようだった。

 

 

 電車が駅に止まり、リーパーは新聞を畳む。久しぶりの帰省だな、と、リーパーは荷物の入ったダッフルバッグを担ぎ、座席から立ち上がった。バッグの中には甥たちに渡すお土産がたくさん詰まっている。

 




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