荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第二一話 GAUNTLET

 タネガシ。湖に囲まれた山のような地形のこの街は、貴重な水源地帯ということで昔からマフィア同士の抗争の舞台となってきた。血で血を洗う抗争が幾度となく繰り返され、そのたびに大勢の死者が出たという。そんなタネガシだが、今は一つのマフィアがタネガシ一帯を治め、大規模な抗争は起きていないらしい。

 

 タネガシ二号と羽衣丸は目的地であるタネガシに到着後、荷下ろしと乗員の休養で数日滞在することとなった。タネガシ二号を襲っていた空賊を撃退したリーパーは、船長からうちで働かないかとの誘いを丁重に辞退し、レオナと一緒に街へと出かける。他のコトブキ飛行隊の面々は、それぞれ行きたい場所があるのか自由行動を取ることになった。

 

「マフィアが牛耳ってるって聞いたからもっと治安が悪いと思ったんですけど、そうでもないみたいですね」

「彼らも無駄に血を流すことを好む連中ではないからな。住民としてもきちんとみかじめ料を納めておけば、有事の際にはマフィアに守ってもらえる。実際に空賊連中への対処は自警団ではなく、マフィアが主体となってやっているそうだ。持ちつ持たれつといった関係だな」

 

 リーパーの前を歩くレオナが、まあ悪い話でもないと続ける。地球、それも日本だったら考えられないことだろう。癒着だ暴対法だと騒がれ、街から追い出されているに違いない。それにニュースを見ていると、とても反社会勢力のアウトローたちが良い人のようには思えなかった。

 だが街の治安がいいということは、実際にマフィアたちがきちんと活動していることの表れなのだろう。皮肉なことにこのタネガシの自警団は団長の汚職で一度解散する羽目になり、現在は再編途中らしく、彼らの分までマフィアが治安維持活動を担っているとのことだった。

 

「拳銃、持ってくる必要はなかったですね」

「いや、最近タネガシでもガラの悪い連中がまたうろつきだしたらしい。マフィアじゃないが、空賊まがいの用心棒連中だ。イケスカの内戦で雇われてる連中が、こっちに流れていると聞いている。使わないに越したことはないが、持っておいた方がいいな」

 

 そのマフィアの一人に、リーパーとレオナは用事があった。レオナはタネガシを納めるマフィアの幹部の一人と面識があり、その幹部は情報通とのことだった。

 リーパーが元の世界に帰るには、イジツの空に不定期で現れる「穴」を見つけなければならない。そのために羽衣丸に搭乗して各地の空を飛ぶことになったが、自力で見つけるにも限界はある。一応ラハマの自警団に貸しを作った関係で、ラハマ近郊に「穴」が開いたらすぐに教えてもらう手筈になっているが、それだけではやはり足らない。各地に人脈を作っておく必要があった。

 

「すいません。自由時間なのにわざわざ付き合わせてしまって」

「いや、気にするな。君も元の世界に帰りたいんだろう?」

「もしかして、借りを返したいって考えてます? それなら―――」

「いや、これは貸し借り抜きの話だ。困っている人がいたら助けたい、そう思っただけだよ」

 

 

 

 二人が訪れたのは、一軒のバーだった。目的のマフィアの幹部と関係のあるバーらしく、「自分に用があったらここに来い」と教えてくれたらしい。

 

「そんなに仲が良いんですか? どんな関係で?」

「彼女と初めて会ったのはアレシマでね、そこで素晴らしいものを売ってくれたんだ」

「素晴らしいもの?」

「おへやではしるくんというトレーニング器具だ! しかも一台しかない貴重なものなんだぞ。アレのおかげで飛行船の中でも走ることが出来てとても便利なんだ」

 

 なぜかトレーニングの話になると、レオナは目を輝かせる。ランニングマシンみたいなものか、とリーパーは思った。確かに飛行船の中ではランニングが出来ない。飛行甲板には戦闘機が係留されているし、ナツオら整備員たちが作業をしているので自由に走る、と言うことも出来ない。通路は狭く、走ったら迷惑だ。

 

「ちょっと待っていてくれ、彼女と連絡を取ってくる」

 

 レオナはそう言って、カウンターに向かいマスターと何事か言葉を交わしている。恐らく、そのマフィアの幹部とやらに会いたいと告げているのだろう。マスターとレオナはそのまま店の裏に行ってしまい、姿が見えなくなった。

 彼女の話を邪魔するわけにもいかず、リーパーはウェイトレスにサイダーを注文した。レオナを待っている間、客が置き忘れたのであろう新聞が隣の椅子に置いてあったので、なんとなく拾い上げて読み始める。

 

 ケイトからある程度のイジツ語の読み方は習ったが、まだ一々イジツ語から英語へ変換し、そこから日本語へと理解するのは中々時間がかかる。それでも、新聞に何が書かれているのかはわかった。

 

『イケスカの内戦終結へ。協和派が勝利』

 

 イサオがいなくなった後、彼が率いていた自由博愛連合はいくつかの勢力に分裂した。自由博愛連合に加盟していた中でも最大の都市、イケスカでは、複数の勢力による内戦まで勃発していたことは、リーパーもある程度話は聞かされていたので知っている。

 

 リーダーを失った自由博愛連合は過激派と協和派、そしてその他諸々の勢力に別れて、自博連における主導権争いをしていたのだという。過激派は「イサオの意思を継ぐもの」を称し、彼が行っていたような過激な行為を続けていた。空の駅に銃撃を加え、反自博連勢力の飛行船を襲撃したり、街に爆撃を行ったり。以前もコトブキ飛行隊とその過激派の間でひと悶着あったらしい。空賊みたいな連中だ。

 

 協和派は、自博連の理念自体は素晴らしいものだという考え方の勢力で、イサオが表向き語っていたような「協力してイジツの諸問題を解決しよう」という勢力だった。イサオのせいで自由博愛連合の威信は地に落ちたようなものだが、それでもその理念自体は正しいと思う人は大勢いる。その理由の一つが、空賊の跋扈だ。

 空賊は未だに大勢の人々を苦しめており、その空賊を強力な武力を以て撃退するという自由博愛連合の方針に共感する人は多いらしい。特に空賊やならず者のせいで家族を失ったり、家を失って難民になった人々の支持を得ているようだ。他にも空賊の被害に悩まされている小さな街も、多くが口には出さないものの自博連に賛同している。

 

 その協和派と過激派が今まで内戦を繰り広げてきたが、協和派の勝利となったと新聞には書かれている。過激派のほとんどは降伏し、リーダー格だった連中は軒並み処刑された。今は協和派主導でイケスカの復興が始められている。

 

「どこの世界も似たようなもんだな」

 

 リーパーは運ばれてきたサイダーを口にしつつ、そんなことを思った。地球でもイジツでも、主義主張による争いは無くならないらしい。

 

 

「なんだオメェ! 俺と一緒に酒が飲めねえってのか!」

 

 空気を震わせる罵声が背後から聞こえ、リーパーは思わず振り返った。ボックス席に座ったいかにもガラの悪そうな男たちが、ウェイトレスの腕を掴んで無理やり自分たちの席に引き寄せようとしている。酔っぱらっているのか、それともここをキャバクラか何かと勘違いしているのか。

 

「お客様、ここは女の子と遊ぶ店では…」

「うるせえんだよ! こっちは金を払ってんだ、少しくらいサービスしろよ!」

 

 若いウェイトレスはそれなりに整った顔をしており、男たちが手を出そうとする気持ちもなんとなくわかった。だがここはバーであって、キャバクラではない。店員の言う通り、女の子と遊びたいのなら他の店に行くべきだろう。

 だが男たちは嫌がるウェイトレスの姿を見て増々興奮したのか、彼女を強引に自分たちの隣に座らせた。怯えるウェイトレスに向かって顔を近づけ、ニヤニヤしながらその身体を撫でまわす。黒いジャケットを着たリーダー格らしき男が、気味の悪いニヤケ面でウェイトレスに迫る。

 

「なあ、俺たちイケスカの内戦に行ってたんだよ。だから疲れてるんだ、マッサージしてくれよ」

 

 そう言って男の一人がウェイトレスの手を掴み、自分の股間に持っていこうとしたのを、流石にリーパーも見過ごすことは出来なかった。余計なトラブルは御免だが、かといって何もしないわけにはいかない。

 

「おい、その辺でやめとけ」

 

 だが男たちはウェイトレスに夢中で、リーパーのことには気づいていない。マスターとレオナは店の裏に行ってしまっていて、残っている店員たちもどうすればいいのかおろおろしている。男たちに絡まれているウェイトレスは、今にも泣き出しそうだった。

 

「やめろって言ってんのが聞こえないのか」

 

 こうなっては仕方ない。リーパーは立ち上がり、ウェイトレスを掴んでいた男の手を払う。そして強引にウェイトレスを立たせると、カウンターの方へと押し出した。

 

「んだテメェ! 引っ込んでろ!」

「これから俺たちはその子とお楽しみタイムなんだよ、邪魔するんじゃねぇ」

 

 黒ジャケットの周りで、次々と男たちが立ち上がる。その人数は10人。酔っぱらっているのか、それともストレスが溜まっているのか、その発散する矛先を欲しがっているようだ。

 

 マズかったな、とリーパーは自分の向こう見ずさを少し悔やんだ。黒ジャケットの仲間がこれほど多いとは思わなかった。だが人数が多くても少なくても、恐らく自分は行動を起こしていただろう。

 

「舐めてると殺すぞ、この野郎」

「俺たちを誰だと思ってんだ? イケスカの内戦で20機を撃墜したマキシ飛行隊だぞ。てめえみてえなガキが舐めた口聞いて許されると思ってのか?」

 

 バーの客たちが一斉に黒ジャケットとその仲間たちから遠ざかる。だが怖がっているのではない、むしろこれから起こるであろう喧嘩を楽しんでいるようだ。「さっさとやれ!」と誰かが煽る声が聞こえた。

 男たちがリーパーを取り囲む。一対一、もしくは一対二程度であれば、何とかなる自信はある。だが10人全員となるとキツイ。なるべく人を殺すような事態は避けたいが、最悪の場合は拳銃(これ)に頼らなければならなくなるかもしれない―――。

 

 

 

「お前ら、ここがどこだかわかってんのか!」

 

 突如、若い女の声が店中に響いた。その声がした方向、店の入り口を見ると、一人の少女が腕を組んで仁王立ちし、男たちを睨みつけている。

 黒い帽子を被り、ジャケットをマントのように肩から羽織る少女。だがデカい。身長のわりに態度も身体の一部もデカい。

 

「あ? んだこのガキ?」

「ガキだと? このわたしを誰だと思ってる? ゲキテツ一家幹部の―――」

「うるせえチビ、引っ込んでろ」

 

 ぶちり、と何かが切れる音が聞こえた、ような気がした。

 

「チビ、だとぉぉぉおっ!? お前、このフィオ様をチビって言ったな!? もう許さないからな!」

 

 フィオと名乗った少女が、一番手近なところにいた男の一人に頭突きをくらわした。うげえ、と男が呻き、口からさっき食べたものを吐き出しながらのたうち回る。

 

「んだこのチビ! ガキでも容赦しねえからな!」

「いい度胸じゃねえか、お前ら全員ぶっ飛ばしてやる!」

 

 男たちがフィオに向かっていく。だがフィオはその小柄さを活かし、男たちが繰り出す拳を避け、カウンターパンチを叩き込み、さらに蹴りを入れていく。

 

「このクソガキ!」

 

 男の一人が椅子を持ち上げて、フィオに殴りかかろうとしたので、リーパーは思わずそいつの肩を掴んでいた。そして自分の方を向かせると、その顔面にパンチをお見舞いする。多勢に無勢のようにしか見えないフィオを、放ってはおけなかった。

 

「おう? にーちゃんわたしに加勢してくれんのか?」

「まあ、女の子一人でチンピラ10人を相手にするのは大変だろうなと思って」

「この私を誰だと思ってる? ゲキテツ一家のフィオ様だ! この人数ならタイマンだって負けやしない」

 

 リーパーは殴りかかってきた男の腕を掴むと、そのまま背負い投げを決めた。背中から床にたたきつけられた男に、フィオがジャンピングエルボーをお見舞いする。突進してきた男を避けたついでに足払いをして、床とキスをした男の脇腹に蹴りを入れた。

 横から男が殴りかかってきたので、両手でその腕を掴む。そして思いっきりその身体を振り回して、壁に叩きつけてやった。その横ではフィオが男たちの懐に飛び込んで、アッパーカットを繰り出す。

 

「やるじゃねえか、にーちゃん」

「とはいえ、二人でこの人数は…」

 

 男たちがリーパーとフィオを取り囲む。どいつもフィオとリーパーに殴られ、蹴られ、鼻血を出していたり歯が欠けてしまっている。だが闘争心の方が強いのか、痛みをほとんど感じていないようだ。

 

「この野郎、よくも舐めた真似してくれたな…」

 

 先ほどフィオに顔面にパンチを食らい、鼻を潰されていた黒ジャケットの男が、懐から何かを取り出す。彼の手に握られていたのは、刃渡り20センチはありそうなナイフだった。

 

「おいおい、タイマンに武器を持ち出すのは反則だろ」

 

 そう言いつつも、どこか余裕の表情を見せるフィオ。彼女はいったい何者なんだろう、とリーパーは思った。さっきゲキテツ一家と言っていたが、その名前を最近どこかで聞いたことがあるような気がする。

 

 

 ナイフを大きく振りかぶった黒ジャケットが、まっすぐ二人に向かって突っ込んでくる。相手が武器を持っているのであれば仕方がないと、リーパーも拳銃を引き抜こうとしたその時、店内に銃声が響き渡った。

 同時に黒ジャケットが握りしめていたナイフが、刃が根元から折れて柄だけになっていた。黒ジャケットの男はいきなり刃が吹き飛ばされたナイフを見て、戸惑いの色を顔に浮かべていた。

 

「そこまでよ。それ以上やるなら、今度は貴方を撃ちます」

 

 リーパーが振り返ると、店の入り口にまた女性が立っていた。銃口から硝煙が立ち昇る拳銃を構えた、金髪で長身の美女。彼女が黒ジャケットのナイフを撃ち抜いたらしい。

 

「おいローラ、せっかくいいところだったのに…」

「ローラ、だと?」

 

 フィオの言葉を聞いた男たちがざわめく。

 

「死神のローラだ、あいつはヤバい!」

「逃げろ、命あっての物種だ!」

「くそっ、覚えてやがれ!」

 

 ローラ、という名前を聞いた途端、男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。男たちは彼女の持つ拳銃ではなく、彼女そのものを恐れているようだった。「あっ、あいつら金払ってねえ!」とフィオが言ったが、後の祭りだった。

 

「まったく、逃げ足だけは速いみたいだな。おいにーちゃん、怪我はないか?」

「まあ、何とか」

「手間かけたな。本当ならああいった空賊崩れの連中は、私らゲキテツ一家が対処するんだが…」

「ゲキテツ一家?」

 

 首を傾げるリーパーに、「あん? ゲキテツ一家を知らないのか?」とフィオが目を丸くする。

 

「すいません、何分ここら辺には来たばかりで。それで、ゲンナリ一家ってなんですか?」

「ゲキテツ一家だ! 私らはここら一帯を納めてるマフィアだ」

「ああ、思い出しましたよ。昔はこのタネガシは抗争ばかりだったけど、ゲンメツ一家ってマフィアが今はここを納めてるって」

「ゲ・キ・テ・ツ・一家だ! 最初と最後しか合ってないぞ!」

「それで、フィオさんでしたっけ? あなたがそのオゲレツ一家の幹部だと」

「ゲキテツ一家だぁぁぁあっ! お前、ふざけてんのか!」

 

 肩で息をするフィオに、「二人とも、怪我はない?」とローラ。

 

「ごめんなさい。堅気の人間を巻き込んでしまったわね」

「いえ、こちらこそ助けていただきありがとうございました」

 

 リーパーはそう言って頭を下げる。「こちらこそ、ゲキテツ一家のシマを守ってくれてありがとう」とローラも頭を下げた。いい人そうだな、とリーパーは思った。

 

「あーあー、うちの店で派手にやってくれちゃったっすねぇ」

 

 食器の破片や椅子が散乱する店内に、ひょいと一人の女性が顔を覗かせる。その後ろには、自分がいない数分のうちに荒れ果てた店の惨状に困惑するレオナ。どうやら、彼女がレオナと知り合いのマフィアらしい。

 

「レミ! お前どこをほっつき歩いていたんだ! 自分のシマの店くらい、自分で守れ!」

「私も用事があったんすよ~。でもよかったじゃないっすか、誰もケガしなかったっすから」

 

 レミと呼ばれた頭にバンダナを巻いた女性が、ひょいとリーパーの顔を覗き込む。

 

「君がユーハングから来たパイロットっすね~? さっきレオナさんから話は聞いたっす。手前はゲキテツ一家幹部のレミ。流れ雲のレミともよばれてるっすよ。どうぞよろしくっす」

 

 そう言ってレミが手を差し出してくる。その手を握り返しながら、ノーブラか…とリーパーは思った。こちらも中々デカいものをお持ちのようだった。

 

「ここで話すのもなんだから、うちに来てくださいっす。あ、よかったらフィオとローラもどうっすか?」

 

 散らかった店の中では、さっそく店員たちが掃除を始めていた。だが他の客が帰る様子はなく、また酒を飲み始めている。どうやらイジツでは、あの程度の喧嘩は日常茶飯事らしい。

 




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