「ん? にーちゃん面白いエンブレム付けてるな」
レミ組の屋敷に向かう途中、フィオがリーパーの来ているフライトジャケットを見て声をかける。リーパーがフライトスーツの上に着ているジャケットは、地球から持ってきた荷物の中に入っていたものだ。右肩部分に死神のパーソナルエンブレム、左方にはボーンアロー隊のエンブレムワッペンが貼り着けられ、背中にはタスクフォース118の紋章であるスリーアローヘッズが刺繍されている。せっかくだし皆でお揃いのジャケットを作ろうと誰かが言い出し、タスクフォース118の隊員に販売されたものだった。
「そのエンブレム…死神か? にしては頭にリボンが着いてるが。なんだか気味が悪いな」
「ちょっとフィオ、失礼でしょ?」
「ああスマンスマン、悪かったなにーちゃん」
ローラに注意され、素直に頭を下げるフィオ。「着いたっすよ~」とレミが案内した屋敷は、数人の男がたむろする洋風の建物だった。
「クロ、客人が来たんでちょっと人払いしてほしいっす」
クロと呼ばれた男にレミがそう言うと、あっという間に屋敷の中から人の気配が無くなる。マフィアというより、暗殺者みたいな連中だな。リーパーはなんとなくそう感じた。
「改めて、手前はゲキテツ一家幹部のレミ。よろしくっす」
「私はオウニ商会所属、コトブキ飛行隊隊長のレオナ。レミさんとは面識があるが、あなた方とは初めましてになる」
「おお! あんたがあのコトブキ飛行隊の! わたしはゲキテツ一家幹部のフィオだ、よろしく」
レミはレオナと知り合いらしいが、フィオとローラはそうでもないらしい。だが彼女たちの活躍は広く知れ渡っているので、名前は知っているのだろう。レオナが差し出した手を、フィオががっちりと掴む。有名人と会えて嬉しい、という顔だった。
「どうも。俺は…」
「あなたのことは知ってるっすよ。ユーハングから来たパイロット、通称リーパー。ラハマを襲った自博連残党の爆撃機3機を、たった1機であっという間に撃墜して見せた。話題になってるっすよ」
「なに? ローラ知ってたか?」
初耳だと言わんばかりにフィオが尋ねると、ローラは呆れたような顔をする。
「フィオ、あなた新聞は読まないの?」
「マフィアにそんなものは必要ない。必要なのは腕っぷしと部下とシマの住民の尊敬を集める人柄だ!」
「つまり活字が苦手ってことっすね」
「うぐっ…」
「新聞くらい読まないとダメっすよ。情報収集の基本っすから」
そう言ってレミがテーブルの上にあった新聞をフィオに手渡す。新聞には大空をバックに飛ぶフランカーのモノクロ写真が、一面に大きく掲載されていた。「新たなるユーハング人、来る」、そんな見出しが新聞には踊っている。
「飛行機乗りの間じゃ話題になってるっすよ。速度も機動もイジツの戦闘機じゃ全く太刀打ちできないって、こぞって皆が情報を集めてるっす」
それに…とレミが続けた。
「タネガシ二号の船長から聞いたっす。何でもタネガシ二号を襲っていた空賊15機を、たったの1機で蹴散らしたとか」
「それは本当か?」
「確かっすよ。船長がしきりにウチの護衛に引き抜きたいって言ってたっすから」
「そうか。にーちゃん、ありがとう。礼を言わせてくれ。タネガシの船を守ってくれて感謝する」
そう言ってフィオは頭を下げる。「どうもっす」「ありがとうございました」と、レミとローラも続いて礼を述べた。
「最近空賊どもが増えているって話は聞いていた。本当だったら
「空賊が増えているのは、やはりイケスカの内戦が終わったことと関係があるのか?」
レオナの問いに、レミが頷く。
イケスカの内戦では各勢力が用心棒を雇って戦力を増強し、その中にはかつてイサオと繋がりのあった空賊連中まで含まれていた。大勢の用心棒が、職を求めてイケスカの空を飛んでいたという。
だが内戦が終わってしまえば用心棒の需要は減る。優秀な連中は新しいイケスカの飛行隊として今後も雇われることになるだろうが、それ以外の連中―――ほとんど空賊みたいな用心棒たちは、契約が打ち切られて行き場がなくなった。そうして職にあぶれた用心棒たちが、空賊になって各地で飛行船や街を襲ったり、さっきのバーのように街で暴れたりしているのだという。
「最近は街同士のやり取りも増えて飛行船の発着回数も増えていて、護衛が追い付かないんです」
「飛行機乗りの需要は増えてると聞いていたが、そういう事情があったとは…」
「おまけに最近はああいったガラの悪い輩がこのタネガシをうろつくことも増えてきてるんだ。ゴロツキどもと空賊、両方に対処しなきゃならん」
みかじめ料を貰っている以上、マフィアは街の治安を守らなければならない。もしも街にゴロツキやチンピラがのさばっていても、ゲキテツ一家が何もしなければ、あっという間に堅気の人間はマフィアを信用しなくなるだろう。彼らの心はゲキテツ一家から離れ、街から追い出されるかもしれない。
だからバーの時のように、ゲキテツ一家が街を見回って治安を守っている。だが街と街を結ぶ飛行船まで守るとなると、どうしても手が足らない。街の飛行船には用心棒を雇って自衛してもらうしかなかった。
「はいはい、空賊の話はそこまでっす。そろそろ本題に入るっすよ。それでレオナさん、私らに依頼したいことがあるっすよね?」
「ああ。彼が元の世界に帰るための手助けをしてほしいんだ」
「手助け? 何をすればいいんだ?」
まだ何も言ってないのに、さっそく助けてくれそうな雰囲気のフィオに、少しリーパーは警戒した。もしかして手助けすると言って、その見返りに何か高額な代金をふんだくられるのではないか。送り付け商法とかあるしなあ…とリーパーは少し不安になる。
だがフィオはリーパーの考えていることがわかったのか、笑って言った。
「そんな怖い顔するな、にーちゃん。別に金を取ったりはしないさ」
「え? いいんですか?」
「にーちゃんにはバーであのチンピラどもを追い払ってもらったし、タネガシ二号も守ってもらった礼があるからな。義理と人情がゲキテツ一家のモットー、恩人から金を取ったりしたらマフィアの名が廃る!」
こういう気骨が地球のマフィアやヤクザにもあればいいのだが。大きな胸を張るフィオを見て、リーパーはそう思う。
「空に開く穴がイジツとユーハングを結んでいるのは皆さんご存知だと思いますが、その穴がこのタネガシ近辺に出現した場合、そのことをすぐに連絡してほしいんです」
「穴と言うと、完全に開かなくてよく途中で消えると聞くけど?」
「その状態でも構いません。穴が完全に開いていなくても、無線でユーハングと連絡さえ取れればいい。俺の無事を知らせて、現在の向こうの状況を知りたいんです」
「なんだ、そんなことでいいのか。それくらいならお安い御用だ」
どやぁ、と自慢げな顔をするフィオ。タネガシ一帯を取り仕切るゲキテツ一家にしてみれば、それくらいの情報収集など朝飯前なのだろう。
「他には何か知りたいこととかないっすか?」
「あるっちゃありますが、俺以外にもユーハングから来た人がいたら、その人も一緒に連れて帰りたいなって」
リーパーの言葉で、「あー…」とゲキテツ一家の三人が顔を見合わせる。何かマズいことを聞いてしまったのだろうか、とリーパーは少し警戒する。
「あー、ユーハング人っすね。まあ、いるっちゃいるっすけど。いないと言えばいないっすね」
「なぞなぞですか?」
「あー、他言はしてほしくないんだが、そのユーハング人ってのはうちの親父なんだ」
「親父? フィオさんのお父さんですか」
「ゲキテツ一家の首領っす」
このタネガシを統べるゲキテツ一家。その首領はユーハングから来た人間らしい。と言っても、このイジツにやって来たのはかなり昔のことらしいが。
首領であるゲキテツは抗争が続くタネガシのマフィアをあっという間に納めてしまい、一大勢力を築いた。かつてゲキテツはユーハングのタネガシ方面司令官だったが、自分たちの持ち込んだ兵器がイジツにおける争いを激化させたことに責任を感じ、「穴」が閉じた際に一人残ったのだという。
「そのゲキテツさんはどこに?」
「にーちゃんが来るしばらく前に穴が開いてな、ユーハングに帰った。向こうで続いてる戦いを終わらせるってな。タイミングが悪かったな、にーちゃん。親父がいたら次に穴がどこに開くかわかったかも知れないんだが」
ゲキテツは旧日本軍の軍人だったのだろう。ゲキテツは今でも太平洋戦争が続いていると思ったのか、それとも彼が終わらせたいと思ったのはまた別の戦争なのか。
地球に帰ったゲキテツは驚くだろうな、とリーパーは思った。かつての敵は味方となり、地球規模での戦争が起きているのだから。それとも彼には、そのことも想定済みだったのだろうか。
「親父はいつかイジツに帰ってくるって私と約束したんだ。そういやにーちゃん、ユーハングで親父を見なかったか?」
「いや、そういった人が来たとは・・・イサオさんとやらが来たのは知っていますが」
「イサオだと? イサオがユーハングにいるってのか?」
レオナがイサオが地球でまだ生きているかもしれないことを告げると、彼女たちは一堂に嫌そうな顔をした。リーパーがルゥルゥにそのことを告げた時も、ゲキテツ一家と同じような反応が返ってきたものだった。
「あのイサオってやつ、直接会ったことはないけどなんか胡散臭い奴だったよな」
「私も正直言って、好きにはなれなかったわ。言ってることは正しいってわかるけど…」
「マフィアも厳しく取り締まるって言ってたっすからねえ。あのまま自由博愛連合がイジツを納めてたら、わたしら縛り首っすよ」
総じて、好意的な評価は得られなかった。主張はわかるし、自由博愛連合の理念が正当なものであることも理解はしている。だがなんとなく好きにはなれなかった。自由博愛連合を巡る戦いには巻き込まれていなかったタネガシだが、そこの住民たちも自博連は好きになれない者が多いという。もっとも、タネガシはマフィアに守られているからこその意見かもしれなかったが。
「とにかく、タネガシ近辺で穴が開いてたり、その予兆があればあなたに伝えればいいのね?」
「ええ。あと、他の場所でそういう話を聞いた場合も、出来れば教えてもらえると助かります」
「わかった! にーちゃん、このフィオ様に任せておけ! わーっはっは!」
高笑いするフィオを見ていると、なんとなく安心するリーパーだった。この先訪れる街でも、こうして地元の人々といい関係を築ければいいのだが。情報が多いに越したことはないし、もしも「穴」に関する情報提供者が多ければ、それだけ帰れる日が早くなる。
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