羽衣丸は荷物の積み替えと乗員の休養を終え、いよいよタネガシを出立する日がやってきた。次の目的地はイズルマという、飛行船建造で栄えている街だ。この第弐羽衣丸も、その前の羽衣丸も、そのイズルマで建造されたという。
今回イズルマを訪問するのはタネガシで積み込んだ商品を運ぶだけでなく、定期点検も兼ねてのことらしい。大規模な損傷などは受けていないが、それでも空を飛ぶものである以上、定期点検を怠るわけにはいかない。現地では3日から4日程度滞在する予定とのことだった。
「タネガシ管制塔、こちらコトブキ飛行隊。離陸許可を求める」
出立当日、コトブキ飛行隊とリーパーはタネガシ飛行場の滑走路で離陸許可を待っていた。羽衣丸を始めとした飛行船にも飛行甲板はあるが、係留中は使用不可能となる。その時に空賊などの襲撃を受けては応戦が出来ないため、飛行船を係留する時は護衛機は全て地上に下ろすのが一般的だった。
既に羽衣丸は係留塔を離れ、街を出ようとするコースを飛行している。羽衣丸がタネガシの郊外に出たところで、後から離陸したコトブキ飛行隊とリーパーが合流する予定だった。
「…返事がないな」
「寝てんじゃない?」
チカが呑気そうに言った直後、ようやく管制官から応答があった。だがその口調はどこか慌てている。冷静沈着が求められる管制官がこの状況では、何かあったに違いない。
『コトブキ飛行隊、アローブレイズ飛行隊、離陸を中断せよ。緊急事態が発生した』
「緊急事態?」
『空賊に襲撃され、被弾した輸送機が緊急着陸する。一時待機せよ』
あらまあ、とザラが口に手を当てる。空賊が空を行き交う飛行船や輸送機を襲撃するのは珍しくないことだが、このタネガシ近辺でもそんなことが起きるとは。
「あれ!」
キリエが東の空を見て叫ぶ。見ると青空をバックに、黒い煙の線が走っている。その出どころは1機の百式輸送機からで、その機体は今にも墜落してしまうのではないかと思うほど、左右にふらついていた。
「護衛機が見えないな。撃墜されたのか?」
「あれ、マズくない?」
被弾した輸送機は何とか着陸態勢を取ろうとしているようだが、エンジンをやられているのか十分な推力が得られていないようだ。それに主翼にも被弾しているらしく、ロールしそうになる機体を無理やり抑え込んで、どうにか水平を保っているようにも見える。
滑走路に飛行場の消防車と救急車が入ってきて、輸送機の不時着に備える。だが輸送機の機体は既に限界を迎えていたらしい。突如右エンジンから火が噴いたかと思うと、急激に高度を落としていく。空中で複数の爆発が起き、そのたびに輸送機が大きく揺れた。
地上からでもパイロットの必死の形相が、風防越しに見えた。何とか滑走路を塞がないようにと最後まで頑張っていたのか、それとも単純に操縦不能に陥っていたのか。
斜めに傾いた機体が滑走路脇の誘導路に接触したかと思うと、轟音と共に地上で待機しているコトブキ飛行隊の隣を、火の塊となった輸送機が滑っていった。
「くそっ!」
着陸に失敗した輸送機の破片が周囲に飛び散り、機体に破片が当たる乾いた音が響く。墜落した輸送機はいくつかの破片に分裂し、その中で一番大きい胴体部分が誘導路脇の格納庫へと転がっていく。爆発音と共に、脱落したエンジンが派手に吹き飛んだ。
「うわ…」
チカが思わず言葉を漏らした。あの状態では、パイロットの生存は絶望的だろう。消防車が駆け付け消火を始めたが、火の勢いは弱まらない。
『レオナ、聞こえる? 緊急の依頼よ』
管制塔の指示を待っていたコトブキ飛行隊とリーパーに、先に離陸していた羽衣丸のルゥルゥから通信が入る。
「マダム、依頼とは?」
『タネガシに多数の空賊が接近中よ。恐らく、今墜落した輸送機を襲った連中ね。そいつらを迎撃してほしいと、今タネガシの市長から連絡があったわ』
「空賊が到達するまであとどれくらいですか?」
『10分から15分といったところね。低空を飛行して、タネガシまで接近してきたみたい』
タネガシにも自警団はいるが、現在再編中の上に練度も低いと聞いている。おまけにさっき墜落した輸送機が転がっているのは、自警団の戦闘機がある格納庫の前だ。格納庫自体は無事のようだが、輸送機の残骸を退かさないと出撃できないだろう。
『報酬は普段の3倍出すと市長は言っているわ。それで、どうするの?』
「受けるしかないでしょう。今対応できるのは私たちしかいない」
いいな、皆。とレオナ。ノーと言える状況ではなかった。今すぐ対応できるのは、離陸準備中だったコトブキ飛行隊とリーパーたちだけ。自警団は出撃出来ないし、自警団に代わって実質的に街を守っているゲキテツ一家の連中が今から離陸準備を始めたとしても、最初の機が上がる頃には空賊がタネガシの目と鼻の先まで迫っている。
「リーパー。君もこの依頼を受けてくれるな?」
「もちろん」
「…ということだ。管制塔、離陸許可を」
既に管制塔にもコトブキ飛行隊が空賊に対応するという話は伝わっていたらしい。すぐに、離陸許可が出た。
「墜落機の破片を踏まないように注意しろ。指示は離陸後に出す。リーパー、今回も君は私たちと一緒に行動してくれ」
「了解です」
頼りにされてるのか、それとも手元に置いておかないと何をしでかすかわからないと不安なのか。リーパーは前者であることを願った。
破片が散乱する滑走路に、ゆっくりと7機の隼が進入を開始する。戦闘機ということである程度の不整地運用も想定されている隼だが、鋭利な金属片を踏んでしまえばタイヤがパンクしてしまう。地上の作業員が完全に滑走路上の破片を除去してから離陸するのが望ましいが、それでは手遅れになる。
レオナ機を先頭に、コトブキ飛行隊が離陸を開始する。彼女らに続き、最後にリーパーも離陸を開始しようとしたその時、格納庫の脇を誰かが走っているのが見えた。
「あれは…」
ゲキテツ一家のフィオだった。子分らしき男を何人か引き連れた彼女は、滑走路を指さして何事か怒鳴っている。だがいつまでもその様子を見ているわけにもいかず、リーパーも滑走を開始した。
離陸速度に達し、操縦桿を引き起こす。破片でタイヤをパンクさせることもなく、リーパーが乗る隼はふわりと宙に浮いた。ある程度まで高度を上げたところで主脚を引っ込め、離陸失敗時に備えて脱出しやすいように開けていた風防を閉める。
『こちらタネガシ管制塔。空賊はタネガシの東、方位080から接近中。数はおよそ40。距離は約20キロクーリル、高度は600クーリル。街の上空に到達する前に撃退してくれ』
「了解した」
『頼むぞ、コトブキ飛行隊!』
下を見れば一面の民家が広がっている。もし戦闘空域が市街地の上空に移動してしまえば、撃墜された機体の残骸が人々に向かって降り注ぐ事態となる。それだけは何としても避けなければならない。空賊が街に到達する前に、全機撃退する必要があった。
「空賊の連中、なんでまたわざわざタネガシを襲うんだろうね? ここってゲキテツ一家ってマフィアが街を治めてるんでしょ? そんな人たちに喧嘩売ってタダで済むと思ってんのかな?」
リーパーも全く同意見だった。だが最近になってゲキテツ一家のシマにちょっかいを出してくる空賊連中は増えているらしく、また他の街のマフィアもタネガシに勢力を伸ばそうとしてきているのだという。
ゲキテツ一家の評判に泥を塗ろうとする連中の仕業だろうとリーパーは思った。もしも空賊の襲撃を防ぎきれずに住民に被害を出してしまった場合、ゲキテツ一家の評判は下がる。せっかくみかじめ料を払っているのに、ゲキテツ一家は何をやっていたんだと街の住民は思うだろう。そう思う住民が増えていけば、ゲキテツ一家は反感を買いいずれ街を追い出されることになる。
「リーパー、君は前衛だ」
「了解です。編隊は組みますか?」
「まだ君と連携する訓練はしていない。周囲の状況を確認しつつ、自分の判断で交戦しろ。ただし、離れすぎるなよ」
「了解です。ボーンアロー隊、コトブキ飛行隊の指揮下に入ります」
連携の取れない味方は敵より恐ろしい。が、この状況でリーパーの戦闘力を放っておくわけにもいかなかった。タネガシ二号の時の戦闘で、彼の実力はある程度分かる。一人でも十分戦えるだろうと判断したレオナは、敢えてリーパーを編隊には組み入れなかった。
もっとも、それはリーパーを一人で戦わせると言うことではない。いざという時には自分とザラがサポートに入るつもりだった。
「彼、なんだか嬉しそうね」
隊員らに指示を出した後、二人だけの周波数でザラが話しかけてくる。「そうか?」とレオナは返した。
「私は特に何も感じなかったけど」
「もう、レオナはやっぱり鈍いわね。彼、指示を出してもらえるのがなんだか嬉しいみたいよ。ユーハングだと、いつも隊長として飛んでいるからかしら?」
ザラと二人で始めたコトブキ飛行隊だが、隊員が6人になるまでには時間がかかった。それでも長いこと、レオナは隊長としてザラたちを率いて飛んでいる。だがリーパーは初めての実戦から、ほんの半年で隊長を任されたのだという。
レオナも駆け出しのころに経験したリノウチ大空戦の直後、ザラと出会ってコトブキ飛行隊を結成し、隊長として飛んできた。そういう意味ではレオナとリーパーには、どこか似たところがあるのかもしれない。
「確かに、部下の命を預かって飛ぶことには重責を感じるよ」
「やっぱり誰かの下で飛んでみたいと思うことはある?」
「ああ。自分の判断一つで皆が死ぬかもしれないと考えると、そう感じることもあるよ。だが今の私はコトブキ飛行隊の隊長だ、責任から逃げ出したりはしない」
「それを聞いて安心したわ。…っと、お客さんみたいね」
遠くの空に、ゴマ粒をバラまいたかのような機影が見える。それはあっという間に、40機近い戦闘機の形となってコトブキ飛行隊に接近しつつあった。
「翼の下にガンポッド、紫電ね」
「これはまた良い機体だな、空賊にはもったいない」
とはいえ、隼が一番なことに変わりはないが。レオナはいつも通り、2機ずつの編隊を組むように命令した。キリエとチカ、ケイトとエンマ、そしてレオナとザラの3編隊だ。リーパーは、キリエ達と一緒に前衛を任せることになる。
「行くぞ。コトブキ飛行隊、一機入魂!」
はい! と5人が返事した。だが、リーパーだけは何も言わなかった。リーパーはスロットルを上げ、敵機の群れに突っ込んでいく。瞬く間にヘッドオンで2機を撃墜し、それを合図に空戦が始まった。
「あいつ、いきなり突っ込んでいくなんて…!」
バカ、とレオナは呟くと、自らもザラと共に空賊を追いかける。空賊たちはいきなり突っ込んできたリーパーに混乱しているようで、動きが乱れたところにチカとキリエが後に続き、空賊たちにドッグファイトを仕掛けていた。
「ヘイハチ、早くしろ! この街はゲキテツ一家が守るんだ、カタギに任せてられるか!」
「ですが親分、まだ誘導路に破片が…」
「全部綺麗にする必要はない! わたしの紫電が滑走路に入れるくらいの隙間だけ破片を取り除いてくれればいいんだ!」
一方滑走路脇に並ぶ格納庫の前では、格納庫から引き出された紫電一一型の操縦席に収まったフィオが、フィオ組副長のヘイハチをどやしつけていた。
墜落した輸送機が誘導路に破片をバラまいてしまったせいで、それらを取り除かなければ格納庫の機体は滑走路へ進入できない。フィオは空賊接近の一報を聞きつけて、他のゲキテツ一家幹部と共にタネガシ飛行場でゲキテツ一家が占有している格納庫へと向かった。だが運悪く直前に墜落した輸送機で誘導路が使えなくなってしまい、今はゲキテツ一家の組員を総動員して路面の掃除と整備をしているところだった。
「早くしろ~早くしろ~」
「フィオったら、そんなに急いでるなら自分も掃除した方がいいんじゃないの?」
同じくゲキテツ一家幹部であるシアラが、自らも愛機の雷電に搭乗しつつからかうような口調で言う。既にローラたち他の幹部も機体に搭乗していたが、誘導路が使えるようになるまでもう少し時間がかかりそうだった。
「急いで当然だ! タネガシを守るのはこのゲキテツ一家だ。いくらあのコトブキ飛行隊とはいえ、カタギに任せてたらマフィアの名折れだ!」
「首領が留守の間に攻めてくるとは、空賊たちも意外と頭がいいようだな」
会合に出席していたため遅れてやって来たイサカが、零戦二一型の座席に座りつつ言う。ゲキテツ一家首領がいない間にタネガシを守るのは、残留する幹部たちの役目だった。コトブキ飛行隊に任せて自分たちは何もしなかった、なんて報告はしたくはない。たとえ滑走路を使えるようになるまで時間がかかったという理由があったとしてもだ。
「それにしても、あの青い戦闘機のパイロットは誰かしら? コトブキ飛行隊は6人で構成されているのよね?」
「あの青い隼っすか? 尾翼にピンクのリボンを付けた死神が描いてあったから、例のユーハングから来たパイロットじゃないっすか?」
「死神にピンクのリボンなんて趣味わる~い。フィオならピンクのリボン、似合うんじゃない? 子供っぽくてかわいく見えるかもよ?」
「うるさいシアラ! 誰が子供だ!」
ぎゃあぎゃあと言い合う間にも、組員たちが滑走路に散らばった破片を取り除き、墜落時に抉れた路面には土を盛って均す。フィオたちがやって来て10分もしないうちに、ひとまず誘導路は復旧した。
「行くぞ! 皆私に続け!」
「ちょっと~、何勝手に仕切ってるの?」
フィオたちの搭乗する戦闘機たちが誘導路を通り、滑走路へと向かう。そんな中、ニコはただ一人黙ったままだった。
「(…フィオにピンクのリボン。絶対にかわいい、見たい。今度プレゼントしようかな)」
ニコがそんなことを考えていることなどつゆ知らず、先頭に立つフィオが紫電を離陸させる。空戦が得意というわけではないが、タネガシを守るためには苦手だなんだと泣き言を言っているわけにもいかなかった。
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