荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第二四話 無慈悲な摂理

 一人で何でも出来るなら、編隊なんて組む必要はない。レオナは以前、ザラに言われた言葉を思い出していた。あの言葉でレオナは、それまで拘っていた「誰かに借りを作りたくない」という気持ちから抜け出し、本当の意味でコトブキ飛行隊の皆に頼ることが出来た。

 一人で何でも出来ないからこそ、皆で助け合う。それがコトブキ飛行隊だ。だが―――。

 

「あいつは―――」

 

 レオナは空賊の群れに真っ先に突っ込んでいったリーパーの隼を見て、思わず言葉を失った。ヘッドオンで二機を撃墜し、さらに敵機の群れをかき乱しつつ一機を撃墜。今は空賊の紫電の背後を取って追いかけまわしている。

 空賊たちも突然単機で突っ込んできたリーパーに驚いたのか、動きが乱れている。この好機を見逃すわけもなく、レオナは攻撃を命じた。二機編隊を組んだ隼が、紫電の群れに食らいつく。

 

「リーパー、一人で無茶をするな!」

「了解」

 

 一言だけ、返事が返ってきた。

 リーパー機の機動は、どこか異質だった。リーパーは紫電の一機の背後を取り、ひたすら追いかけている。数十メートルの距離まで近づき、右に左に旋回して振り切ろうとする紫電にぴったりと追随している。中々撃たないのは、必中を狙っているからなのだろうか。

 

 空賊の紫電がバレルロールを打って、リーパー機をオーバーシュートさせようとする。だがそれを見越していたかのように、リーパーの隼が全く同じタイミングで、しかも空賊の紫電と全く同じ軌道でバレルロールを打った。バレルロールでリーパー機を躱したと思ったのか、安堵したらしい紫電の戦闘機動が一瞬鈍くなる。だがリーパーはぴったりと背後についたままだった。

 

 ようやくリーパーが発砲した。放たれた銃弾は至近距離から紫電の操縦席を背後から撃ち抜き、風防が割れ赤い液体がべっとりと飛び散る。機体がふらふらと降下を始め、その頃にはリーパーは他の機体を追いかけていた。

 

「まるでエンマね…」

「ああ、だがどこか違う。やろうと思えばいつでもやれたはずだ」

「そうですわ。第一私は、あんないたぶるように敵を追いかけ回したりはしませんわよ」

 

 エンマも空戦では、目を付けた相手を追い回すことが多い。リーパーも先ほど敵機を追い回し、その末に撃墜していたが、もっと早く撃墜出来ていたはずだ。なのに彼は中々撃とうとしなかった。

 

「死神のエンブレムは伊達じゃない、ってことか…」

 

 いつ相手を殺すかタイミングを伺う死神。あの距離まで近づいていれば、機銃を撃ちまくれば何発かは当たったかに違いない。だがリーパーは確実に、一撃で敵機を撃墜出来るタイミングを伺っていた。そしてリーパーが放った銃弾は全て敵機に命中し、確実にパイロットの命を奪った。

 

「後ろに敵が…」

 

 リーパー機の背後から二機の紫電が迫っていることに気づき、キリエが警告しようとする。だが最後まで言い終える前に、まるで最初から背後の敵機に気づいていたかのようにリーパーは回避行動を取っていた。後ろにも目があるみたいだ、とキリエは思った。

 機動性に勝る隼の特性を活かし、リーパーがハイGターンを決める。旋回中にリーパー機が発砲し、背後からならば気づかれていないだろうと慢心していた紫電を一機撃ち落とす。そのままリーパー機はもう一機の背後を取り、攻守が入れ替わった。また追いかけっこが始まり、数秒後、紫電が撃墜される。

 

「なんだコイツは!」

 

 一方空賊たちも、次々と確実に仲間を仕留めていくリーパー機の存在を脅威と捉え始めていた。最初はリーパーの機体よりも、コトブキ飛行隊の方を脅威と考えていた。だが流石のコトブキ飛行隊でも数で圧倒できるだろうと余裕をこいていられたのもつかの間、空賊たちの意識がコトブキ飛行隊に向いている間に、次々と仲間がリーパーに落とされていた。

 

 死神のエンブレムを付けた隼はいつの間にか背後に忍び寄っていて、こちらがいくら回避行動を取ってもまるで見えない糸でつながっているかの如く正確に追随してくる。そしてこちらの機動が鈍ったその一瞬に、必中の銃弾を叩き込んでくるのだ。

 こちらが背後を取っても、トリッキーな機動でいつの間にか背後に回られている。それが一対一であっても、一対二であっても同じだ。それ以前に、中々背後を取ることすらできない。まるで後ろにも目がついているかの如く、攻撃が回避されてしまう。

 

「なんだこのバケモンは…」

 

 空賊たちは本能的な恐怖を抱いていた。コトブキ飛行隊を相手にしている時は、まだ人間と戦っているという気がする。だがこの青い隼は何かが違う。淡々と、だが烈火の如く次々と空賊たちを屠っていく。

 

「捕食者だ…」

 

 誰かが呟いた。自分たちはあの死神のエンブレムの機体にとって、「獲物(ターゲット)」でしかない。撃墜して経験値(ポイント)を稼ぐだけの標的でしかない。

 

 

 

「凄いや、7機目を撃墜!」

 

 また1機、リーパーが空賊機を撃墜する。その様子を見て、チカが驚嘆の声を上げた。コトブキ飛行隊が連携して空賊に挑んでいる間に、リーパーは次々と敵機を屠っていく。

 今も紫電に追われているリーパーの機体が、突然180度ロールして背面飛行になると、そのまま下方向へ逆宙返りを行った。スプリットSだ。自機を追ってきていた空賊機と高度差がある形で正対し、下方から紫電に向けて発砲する。下からエンジンを撃ち抜かれた紫電が、黒煙を吐きながら急降下していく。

 

「何かイサオみたいだね」

 

 かつて自由博愛連合を率い、コトブキ飛行隊と激戦を繰り広げた、「天空の奇術師」と呼ばれた男。リノウチ大空戦では一回の出撃で12機を撃破し、レオナの命をも救った男は、反自由博愛連合同盟との戦いでも自ら操縦桿を握って戦った。その機動はどんなパイロットでもついていくことが出来ず、多くの機体が彼によって撃墜された。

 

「あら、どちらかというと一心不乱のレオナじゃありませんこと?」

「いや、彼は確実に敵機を仕留めてから次に移っている。私とは違うよ」

 

 今はこうして隊長機として飛んでいるからこそ、好き勝手な飛び方は出来ないものの、かつてのレオナはともすれば敵機撃墜以外のことを考えられなくなるようなパイロットだった。その結果ついたあだ名が一心不乱のレオナ。だが一心不乱モードと呼ばれる彼女の空戦機動にも弱点があり、敵機に攻撃を命中させると確実に撃墜できたか確認せず次に移ってしまうところがあった。

 かつてアレシマを空賊が襲撃した際、イサオと共にこれを迎撃したことがある。その時のレオナはキリエのように頭に血が上り、ひたすら敵機を追いかけまわしていた。あの時撃墜されなかったのは単純に運がよかったのと、ケイトがレオナを庇って被弾したことで冷静になれたからだった。

 

 リーパーもひたすら敵機を撃墜することだけを考えているようにも見える。だがあくまでも冷静だ。そして炎のように激しく敵を屠っていく。全くタイプの違う人間だが、確かにイサオのようだった。

 

「よくあんな機動していて疲れないね」

「ジェット戦闘機に掛かるGはレシプロ機よりも遥かに大きい。彼にとってこの程度のGは十分耐えられるレベルと推測」

 

 自らも空賊機を撃墜しながら、冷静に語るケイト。その目はさっきから、自由に飛び回るリーパーの方へと向いていた。

 

「ケイトのように冷静で、チカみたくトリッキーな飛び方が出来て、その上レオナのように激しく戦い、エンマの如くしつこく敵を追いかけまわす。一人でコトブキ飛行隊四人分の働きね」

「彼はユーハングでもあんな風に戦っていたのかな」

 

 タネガシ二号を救援した時には、既に戦いはほとんど終わっていたので直接リーパーの腕を見る機会はなかった。だがこうしてリーパーの戦闘を見ていると、彼が地球(ユーハング)でもエースパイロットだったという話は本当だったのだと実感する。

 

「私たちも負けてられないね!」

「ああ、タネガシには絶対に近づけるなよ!」

 

 レオナは敵機の一機を照準に納めると、スロットルレバーに取り付けられた発射レバーを握る。軽やかな銃声と共に12.7ミリ弾が機首の機関砲から吐き出され、曳光弾が空を引き裂く。空賊の紫電の翼に機銃弾が突き刺さり、炎に包まれた機体からパイロットが脱出し、パラシュートが荒野に向かって降下していく。

 

『オラオラ、空賊ども覚悟しろ! ゲキテツ一家ただいま参上!』

 

 無線機からやかましい声が聞こえ、直後6機の機影が戦闘空域に突っ込んできた。機種はそれぞれバラバラだが、機体にはリボルバー拳銃の弾倉を象ったエンブレム。ゲキテツ一家の幹部たちが、ようやく空賊撃退のために到着した。

 

『手間を掛けさせた。私はゲキテツ一家幹部のイサカ、後は我々が引き受ける』

 

 零戦二一型がコトブキ飛行隊と並んで飛び、翼を振って仲間だと示す。その後遅れてやって来たいくつかの機体は、彼女たちの子分の機体だろう。

 空賊たちは旗色が悪くなったと見たのか、続々と逃げ出し始めた。「一機も逃がすな!」とイサカが言うと、「イサカ、勝手に仕切るな!」とフィオが返す。

 

「凄い暴れっぷりっすねえ」

 

 零戦五二型に搭乗するレミが、逃げる空賊を追撃するリーパーを見て呟く。彼女たちが見ている前で、また空賊の紫電が墜ちていく。やったのはやはりリーパーだった。

 

「隊長さん、迷惑かけちまったな。あと、タネガシを守ってくれてありがとう。後は私らでやるよ」

 

 レオナの機体と並んで飛ぶフィオが、風防越しに手を振る。ゲキテツ一家が迎撃に出たのならもう大丈夫だろう。レオナはそう判断し、羽衣丸への帰船を命じた。逃げる空賊たちが、ゲキテツ一家の手で次々と撃墜されていく。空賊たちが街を襲う余裕はもうないだろう。

 

「リーパー、撤収だ。羽衣丸に戻るぞ」

「了解」

 

 その返事と共に、今まで散々暴れまわっていたリーパーの隼が、急に敵機の追撃を止めて引き返してくる。てっきり全機撃墜するまで戦い続けることを選ぶかと思っていただけに、彼が素直に命令を聞いたのは意外なことだとレオナは思った。

 

「青い隼のパイロット…もしかして昨日のにーちゃんか?」

「ああ、リーパーだ。今はこうしてコトブキ飛行隊と行動を共にしている」

「そうか。ありがとな、コトブキ飛行隊。それとにーちゃん、あんたに助けられたのはこれで二度目だな。礼を言う。この借りは絶対忘れないからな、何か困ったことがあったらいつでも私らを頼ってくれ!」

 

 リーパーは黙っていた。しばらくして、「…輸送機のパイロットはどうなりました?」と返ってくる。

 

「輸送機のパイロット? 飛行場に墜落した機体か?」

「はい、パイロットは…」

「残念だが死んだ。最後に滑走路を塞がないように頑張ったんだろうな。この落とし前は空賊どもに絶対に払わせる、安心してくれ」

 

 イジツではしょっちゅう人が死ぬ。街での乱闘、喧嘩、決闘。街を一歩出れば空賊たちが跳梁跋扈していて、護衛機をつけていても襲われる。人の命が機銃弾一発並みに軽い、それが今のイジツだ。

 だから空戦で人が死ぬのは当然のことだとレオナは思っているし、コトブキ飛行隊の中でそう思っていないメンバーは誰もいないだろう。今までは運よく隊員に死人を出さずにやってこれたが、これから先も上手くいくとは限らない。次の出撃で、誰かが死ぬかもしれない。もしかしたら、自分が死ぬ番が来るかもしれない。

 

 リーパーのいた地球でも、世界を巻き込んだ大きな戦争が起きているのだという。そして彼自身、今まで200機以上の敵機を撃墜してきた。その過程で何人も敵機のパイロットを殺してきただろうし、何人も味方が死ぬのを見て来ただろう。だからリーパーも自分たちと同じく、人の死には慣れているに違いない。レオナはそう思っていた。

 

「…くそっ」

 

 無線機から、小さくリーパーがそう呟く声が聞こえた。何かを後悔するような、そんな声。

 空賊の追撃から戻ってきたリーパーの青い隼が、コトブキ飛行隊と並んで空を飛ぶ。レオナは風防越しに、その操縦席を覗いた。

 リーパーは被ったヘルメットのバイザーを下ろしたままだった。その顔がどんな感情の色に染まっているのか、レオナは伺い知ることが出来なかった。

 

「…戻りましょう」

 

 何かを察したように、ザラがそう促す。レオナとしても、ゲキテツ一家がやって来た以上長いことこの場に留まる必要もなかった。それに空戦で燃料と機銃弾を消耗してしまっている。早いところ羽衣丸に合流して、護衛という本来の仕事に戻らなければならない。

 

「そうだな。コトブキ飛行隊、これより羽衣丸に帰還する」

 

 レオナが先頭に立ち、コトブキ飛行隊がそれに続く。少し遅れて、青い隼が後を追う。

 




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