荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第二五話 UNEXPECTED

「あら、彼は来てないの?」

 

 夕食の時間になっても、リーパーはジョニーズサルーンに姿を見せなかった。既にコトブキ飛行隊や手の空いた羽衣丸クルーが夕食のためにサルーンにやって来ているが、その中にリーパーの姿はない。空賊を撃退し羽衣丸と合流してから、彼の姿を誰も見ていなかった。

 

「病気かなぁ?」

「顔色、歩行共に問題はなかった。体調不良の可能性は低い」

 

 首を傾げたキリエに、ケイトがすかさず返す。

 

「あっ、班長! リーパー見なかった?」

 

 整備士たちと共にサルーンにやって来たナツオにキリエが尋ねたが、皆首を横に振った。

 

「あいつか? いや、見てないぞ。機体の整備が終わったのを確認してから、それっきりだ」

「そういえば、どこか落ち込んでいるようにも見えましたわね」

「落ち込む? 何で? 空賊もやっつけて、報酬もたくさんもらって、悪いことなんて何もないのに」

 

 チカがリリコの運んできたカレーうどんを口にしながら、何をバカなことをと笑う。

 タネガシを襲おうとしていた空賊を撃退した後、タネガシの役所から飛行機で今回の報酬が運ばれてきた。今回は全員で空賊撃退に当たったため報酬は七等分したが、それでも結構な額だった。どうやらゲキテツ一家が礼として、大目に報酬を支払ってくれたらしい。

 タネガシの街に被害はなく、報酬もいつもより多くもらえた。チカの言う通り、悪い話など何一つない。だがリーパーは羽衣丸に戻ってからも、明らかに喜ぶ様子はなかった。

 

「彼、自分を責めてるのかもしれないわね」

「責める? 何を? 空賊を全員撃墜出来なかったこと?」

「私たちが離陸する前に、空賊に襲われた輸送機が墜落していただろう? あれを救えなかったのを後悔しているのかもしれない」

「でも、あの輸送機は私たちが離陸するはるか前に空賊に襲われていましたわ。あのタイミングでは、私たちが何をしようとあの輸送機を救うことは出来なかったと思うのですが」

 

 滑走路に墜落した百式輸送機の乗員は、全員死亡していたらしい。本来タネガシへの着陸予定はなかったが、タネガシ近郊で空賊に襲われ緊急着陸を試みていたようだ。輸送機の護衛機も全滅していたという。

 確かにエンマの言う通り、目の前で空賊に襲われていたのならばともかく、自分たちが離陸する前に離れた場所で襲われていたのでは、何も出来なくて当たり前だ。そのことで誰もリーパーを責める者はいない。あの輸送機の乗員たちは、ただ運が悪かった。それだけの話だ。

 

「何でそこまで自分を追い詰めるかな? もっと気楽にやればいいのに」

「能天気なキリエには自分を責めるとかいうことは出来ないもんね」

「うっさい、バカチ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐチカとキリエ。キリエの言う通り、リーパーももっと肩の力を抜いて飛べばいいのに。ザラはそう思った。

 だが隼から降りた時のリーパーの顔を見て、ザラはレオナと初めて会った時のことを思い出していた。あの時の彼女もリーパーも、どちらも自分を責めて思いつめた顔をしていた。駆け出しだったレオナは、リノウチ大空戦での自分の未熟さを思い知らされ打ちのめされていた。その時のレオナの様子は、今でもよく覚えている。

 

 

 

 

 コトブキ飛行隊と羽衣丸のクルーが夕食を終え、一時間ほどたった後、客が誰もいないサルーンにリーパーが一人やって来た。グラスを磨いていたジョニーが「いらっしゃい」と声をかける。

 

「注文は?」

「サイダーを」

「食べないの?」

 

 リリコの問いかけに、リーパーは無言で頷く。その目は伏せがちで、テーブルの上で組んだ自分の両手を見つめている。

 リリコがサイダーの入ったタンブラーをリーパーの上に置いた。「ありがとうございます」と返したものの、その手がタンブラーに伸びることはない。

 

「ここにいたのね。あなたの部屋に行ってみたんだけど、行き違いになっちゃって」

 

 その声で顔を上げると、ザラがリーパーの前に立っていた。

 

「あら、まだお腹が空いてたの?」

「飲み直しよ。ビール2人分お願い」

 

 そう言ってザラが、リーパーのテーブルの椅子に座る。運ばれてきたビールを一樽、リーパーの前に置いた。

 

「ほら、飲んで。私の奢りよ」

「いや、もう頼んで…」

「まだ一口も飲んでないじゃない。せっかく生きて帰ったのに、そんな辛気臭い顔してちゃダメよ」

 

 かんぱーい、とザラが樽を掲げる。リーパーは戸惑いつつも彼女が差し出したビールの樽を掴み、乾杯した。

 

「やっぱり仕事の後のビールは最高だわ。あなたはお酒飲まない方なの?」

「いや、そういうわけでは…。一人の時はあまり飲まないだけです」

「じゃ、二人だからお酒飲みましょ。ほら、飲んで飲んで」

 

 ザラにそう言われ、リーパーはビールの樽をぐいっと呷った。苦い味が口の中いっぱいに広がる。大人になればビールの良さが分かると子供のころから父親に言われていたが、今になってもあまりよさはわからない。

 

「…あの輸送機の人たちのこと、気にしてるの?」

 

 答えるべきか迷ったが、リーパーは黙って頷いた。空賊との戦闘後、ずっとそのことが頭から離れなかった。

 

「あの人たちの死に、あなたには何の責任もないわ。ただ運が無かった、タイミングが悪かった。イジツの空を飛ぶと言うことは、常に死を覚悟しなければならないということ。いつ自分が死んでもおかしくないという覚悟を持って、飛ばないパイロットはいないわよ」

「ええ、それはわかってます。わかってるんですけど…」

 

 あの時点でリーパーに出来ることは何もなかった。飛行中ならともかく、地上の戦闘機に出来ることなど何もない。ザラに言われるまでもなく、リーパーもそのことは理解している。

 

「でも、考えてしまうんです。もし数分、離陸してるのが早かったら。俺はあの人たちを助けられたんじゃないかって」

「意外ね。ユーハングでエースパイロットと呼ばれるほどのあなたでも、そうやって悩むことがあるなんて」

「…いつも悩んでばかりですよ。でも、空を飛んでいる間だけは悩むことを忘れていられる」

 

 そう言ってリーパーはビールに口をつけた。地球でもイジツでも、やはりビールは苦いものだ。

 

「奇跡でも起きない限り、あの人たちをあなたが救うことは出来なかった」

「奇跡を起こすことを義務づけられてるんですよ、俺は」

 

 酒が入ったせいか、リーパーはいつもより饒舌だった。彼自身そのことを自覚していたが、止めるつもりはなかった。ここにはアローブレイズ隊の面々も、国連軍の仲間もいない。地球では決して吐き出せなかった感情が、リーパーの中から溢れてくる。

 

「俺はいつも誰かに何かを期待されて飛んでいる。俺が出撃すればその作戦は成功する。死神の下は安全地帯だ、死神と一緒に飛んでいれば生き残れる。そう言われてずっと飛んでいた」

 

 最初は新米(ルーキー)ということで、リーパーに向けられる目は他の新人パイロットと同じものだった。だが周囲が彼を見る目が変わっていったのは、ストーンヘンジ攻略作戦空だった。

 あの時リーパーは壊滅した地上部隊に代わって、危険を冒してストーンヘンジに突入し、それらを完膚なきまでに全て破壊した。誰もが無理だと思っていたが、リーパーはそれをやり遂げた。

 

 それからだ。死神のエンブレムが、味方にとって幸運の象徴だと言われ始めたのは。

 作戦中に味方から助けを求められることも格段に増えた。そしてリーパーは、それらの助けを求める声に全て応えた。地上部隊が包囲されていれば近接航空支援で反撃の機会を与え、敵機に追いかけられている味方機がいたら助け出した。

 助けられた味方は口々に言った。「彼は奇跡を起こすパイロットだ」「死神は幸運の象徴だ」「死神についていけば生き残れる」「死神の下は安全地帯だ」「死神が味方ならこの戦争を終わらせられる」。

 

「俺はただただ、助けを求めている人たちを助けようとしただけです。…だけどいつの間にか、俺はどんな絶望的な状況でも勝利をもたらす者として、皆から扱われていた。そして俺自身、そうするのが当然だと思っていました」

 

 だからリーパーは、あの輸送機が墜落する瞬間に、「助けられなかった」と思ってしまった。今目の前でまさに死にかけていて助けを求めている人がいたのに、自分は何も出来なかった。あの時点で出来ることは何もなかったのだと自分に言い聞かせても、輸送機のパイロットの必死な形相が頭に染み付いて離れない。

 

「わかってはいるんですよ。どんなに手を伸ばしたところで、助けられない人もいるって。でも…」

 

 俯いたリーパーを見て、ザラは彼も普通の若者なのだと言うことを実感した。

 ザラも似たような経験をしたことが何度もある。最初の頃は自分を責めたし、他に何かできたのではないかと考えることもあった。だが用心棒として空を長いこと飛んでいる内に、自分にはどうしようもないこともあるとそれを受け入れられるようになった。

 

 だがリーパーは、まだ戦闘機のパイロットになってからまだ二年も経っていないという。技術だけは超一流だが、普通のパイロットが長い間かけて体得していく考え方や観念などを、彼はまだ身に着けていない。

 ほとんど挫折を味わったことが無いのも、彼が今こうして打ちのめされている原因かもしれないとザラは思った。リーパーは凄腕のパイロットだ。それはザラにもわかる。だが彼は凄腕であるがゆえに、本来誰もが通る道である「失敗」や「挫折」をほとんど経験せずに、エースパイロットとしてもてはやされるようになってしまった。

 

 もしもリーパーが普通のパイロットであれば、彼もここまで悩むことはなかっただろう。自分の力ではどうしようもないこともある。自分の手が届かず、目の前で人が死んでしまうという経験も味わっただろう。そうして皆挫折し、その経験をバネに歩き出す。

 

 

 だがリーパーはどんな絶望的な状況でも「何とかしてしまった」。本来死ぬはずだった人たちを、彼は片っ端から救ってきた。助けを求める声があれば、その全てに応えてきた。リーパーにはその技術があった。

 だからリーパーには挫折という経験がほとんどない。彼は今まで一度たりとも、自分の参加した作戦が失敗に終わるという経験がないからだ。

 

「エース故の苦悩ね…」

 

 いつかリーパーも、失敗を経験し挫折を味わうことがあるのかもしれない。あるいは、ずっと失敗などすることなく、これからも飛び続けるのかもしれない。だけど彼が味わっている苦悩とやらを理解できる人間は、このイジツにどれだけいるだろうか。

 

 今や凄腕の用心棒パイロット集団ともてはやされているコトブキ飛行隊だが、誰もが何かしら失敗や挫折を味わっている。全員一度は被撃墜経験があるし、自由博愛連合との戦いではみすみす敵の罠に引っかかったり、爆撃機全機撃墜という目標を達成できなかったこともある。だから誰もが失敗を経験している。

 

「人生の先輩として、アドバイスしていいかしら?」

「…どうぞ」

「人間、何事も経験よ。今のうちにいっぱい悩んでおきなさい。悩むのを止めるってことは、何も考え無くなるってことだから。もちろん空戦の最中に悩むのはダメだけど、こうして飛行機を降りている間くらいは、悩んだっていいのよ。そしてもっと成長するの。今回の経験だって、きっといつか役に立つわ」

 

 コトブキ飛行隊に入る前に、色々やっていたザラだからこそ言えることだった。ザラも昔は、自分はこのままでいいのかと悩んでいたものだ。そんな時にレオナと出会って、コトブキ飛行隊を結成し空を飛ぶという道を選んだ。

 だがそれまでにやって来た別の仕事の経験が、全て無駄だったかというわけでもない。それらを経験したからこそ、今の自分がある。そう考えれば、無駄なことなど何もないのだ。

 

「あと、もう一つアドバイス。どうしようもなかったことで悩んでいる時は、お酒を飲んで、仲間に愚痴を聞いてもらうのも一つの手よ。もっとも、お酒に逃げるようになっちゃダメよ?」

「ザラさんが毎日お酒を飲んでるのも、何か悩みがあるんですか?」

「あら、私は単にお酒が好きなだけよ? ほら、ビールが冷えてるうちに飲まないと。美味しいビールの飲み方は、冷たいうちに飲むことなんだから」

 

 既に樽が空になっていたザラは「もう一杯追加ね~」とリリコに言う。リリコが運んできた樽を受け取り、「かんぱ~い」とザラ。リーパーは半分ほど中身が減ったビールの樽をぶつける。

 酒は苦手だが、今はこうして酒で気分を紛らわせるのもいいのかもしれない。それが大人の特権というものだろうか。




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