荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第二七話 Two Pairs

 リーパーを追って衝動的に雷雲に飛び込んだキリエだったが、乱気流にもみくちゃにされ、何とか進路をまっすぐに保つのが精いっぱいだった。機体が細かく振動し、操縦桿から一瞬でも手を放してしまえば、その瞬間に強風で吹っ飛ばされてしまうのではないかと思うほどだ。

 

 それなのにキリエの前を飛ぶリーパーの機体は、吹き付ける強風の中でもいつもと同じように飛んでいる。キリエにはそう見えた。まるでそこだけ風が避けて行っているように、嵐の中でもリーパーの機体はふらついていない。

 

「あんた、どうやったらそんなにまっすぐ飛ばせんの? こっちは何とか飛ばされないようにするだけで精いっぱいなのに」

 

 本当に同じ戦闘機に乗っているのかと思うほどだ。ガタガタ揺れる機体の中、必死に操縦桿を抑えるキリエは思わずそう呟いた。

 

「飛行機は飛ばすもんじゃない、自然に飛ぶもんだ。パイロットはそれに寄り添うだけだ」

「え、それって…」

 

 どうしてサブジーの言葉を知ってるの? キリエが言いかけたその時、「前方に敵機」といつもと変わらず落ち着いた口調でリーパーが続ける。機体が雷雲を抜け、風防を叩きつけていた雨粒の群れが後方に流れて消えていく。

 

 雷雲と雷雲の間を、必死に逃げ回っている二機の戦闘機がいた。隼三型、ハルカゼ飛行隊の機体だ。

 その背後を飛んでいる雷電は、恐らくハルカゼ飛行隊を襲撃したという空賊イカヅチ団の機体だろう。黄色い稲妻が描かれた雷電が20ミリ機関砲を発射し、曳光弾が風雨を切り裂いて黒い雷雲を照らし出す。

 隼は格闘性能に優れた機体だが、雷雲の間に追い込まれてしまっては自由に動くことすらままならない。下手に空戦機動を取ろうものならば雷雲に突っ込んでしまいかねないし、軽い機体では強風で地面や渓谷に叩きつけられる可能性もある。それに常に強風が吹きつけている中では、思った通りの戦闘機動すら出来ないだろう。

 一方で雷電は機動性は劣るが馬力は隼よりも遥かに強力で、エンジン出力にモノを言わせて強風の中を突き進んでいく。こうして雷雲の壁に獲物を追い込んで、身動きが取れなくなったところを撃ち落とすのが、イカヅチ団とやらのやり方らしい。

 

 雷電が二機、ハルカゼ飛行隊を雷雲の方向へと追い込もうとしている。時折その翼内の機銃が火を噴くが、放たれた20ミリ弾は隼には当たっていない。外れているのではなく、外しているのだとキリエは感じた。空賊たちは背後を取って発砲し、ハルカゼ飛行隊が焦る様子を楽しんでいるのだ。

 

「リーパー、やるよ! あんたは右の奴をやって、私は左!」

「了解」

 

 出会った時の印象があまりよくなかったのでハルカゼ飛行隊はどこか苦手なキリエだったが、だからといって彼女たちが死んでもいい存在だなんてこれっぽっちも思っていなかった。大切な後輩たちだ、何が何でも守らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 一方雷電に追われるユーカとベルも、いよいよ体力が限界に近づいてきていた。

 空賊たちに追われ、被弾した機と輸送機を逃がすためにこの場に留まり、そこへ空賊たちの討伐にやって来たカナリア自警団と合流出来たところまでは良かった。だがこの空域では空賊たちの方が一枚上手なようで、ユーカ達はカナリア自警団と分断され、ひたすら雷電に追いかけまわされている。

 

「ダメ、もう…手が…」

 

 ユーカと並んで飛ぶベルの機体が、フラフラと高度を落とし始める。嵐の中で機体をまっすぐ飛ばすだけでもかなり体力を使うのに、その上空賊の機体に背後を取られているのだ。

 二人の機体はまだ致命傷こそ負っていないものの、このままでは雷雲の壁に行く手を阻まれ、袋の鼠だ。隼三型の優れた格闘性能も、この強風の中では空戦機動を取ることすらできない。一方雷電は単調な動きしかしてこないものの、馬力があるおかげて強風の中でもそこそこまっすぐ飛べている。このままいけば疲労で機体をコントロールできず、雷雲に突っ込んでしまうかもしれない。

 

「諦めないで! エリカたちが助けを呼んでくれる。あと少しで助けが来るよ!」

 

 とはいうものの、助けが来るまであとどれくらいかかるだろうか。ユーカたちは空賊に追われている内に、いつの間にか雷雲立ち込める空域に入り込んでしまっていた。

 助けが来るとしても、雷雲を避けてやってくるだろう。となれば相当時間がかかるに違いない。それまで二人とも体力が保つだろうか?

 

 イチかバチか雷雲に突っ込む、という手も考えたが、ユーカには出来なかった。目の前で幾筋もの稲妻を地面に降らせている雷雲を見ていると、その中に突っ込もうなんて気はこれっぽっちも起きなかった。仮に空賊を撒けたとしても、被雷して機体が爆発するかもしれないし、強風で機体が地面や渓谷に叩きつけられるかもしれない。何より雷雲に近づいただけでも機体を持っていかれそうなほどの強風なのだ。強風で機体がバラバラになってしまうのではないかとすら思うほどだった。

 

「わっ!?」

 

 ユーカの機体のすぐそばを、一筋の曳光弾が掠め飛んでいった。翼に20ミリ弾が命中したが、角度が浅かったのか銃弾が弾かれる。深刻なダメージはないが、次は操縦席に命中したっておかしくない。

 

「ユーカ、前!」

 

 ベルが叫ぶ。いつの間にか二人の前には、黒く大きな雷雲が立ちはだかっていた。紫の稲妻がいくつも地上に落ち、隼の操縦席を明るく照らし出す。

 

「追い込まれた…!」

 

 空賊たちの狙いはどこか甘いところがあると感じていたが、これが狙いだったのか。ユーカは自分の迂闊さを呪った。空賊たちは自分たちをわざと雷雲のある方向へと追い込んでいたのだ。無邪気な子供が虫をいたぶって殺すように、空賊たちもユーカたちが右往左往して逃げ回っている様子を楽しんでいたに違いない。

 

「私たちで遊んでいたっていうの!?」

「ベル逃げて! あいつらは私が何とかするから!」

 

 空賊たちの機動が明らかに変わった、とユーカは思った。今まではどこか遊んでいるような動きだったのが、こちらが雷雲を前に身動きが取れなくなった途端、まっすぐユーカに突っ込んでくる。

 ベルに逃げてと言ったものの、かといって何かが出来るわけでもなかった。空戦で銃弾も燃料も消耗し、さらにこちらの体力消費も著しい。

 さらにヘッドオンでの撃ち合いとなれば明らかにハルカゼ飛行隊が不利だった。隼の風防は防弾ガラスでない上に、武装も12.7ミリが二挺だけ。それに対して雷電は正面風防に防弾ガラスが施され、その上武装も20ミリが四挺だ。正面から撃ち合っても勝ち目はない。強風の中では優れた格闘性能を活かすことも出来ず、速度で逃げ切ることも出来ない。

 

「ーッ!」

 

 真正面から迫りくる雷電、その20ミリ機銃の黒い銃口が見えた。次の瞬間には機銃が火を噴き、そこから吐き出された20ミリ弾が隼をズタズタにしているだろう。

 

 ユーカは思わず目を閉じかけたその時、真正面から迫りつつあった雷電の横腹に、複数の曳光弾が突き刺さった。()()()()()()飛んできた銃弾が雷電の垂直尾翼を撃ち抜き、ヨー方向の安定性を失った雷電が風に吹き飛ばされてくるくる回りながら降下していく。

 

「え? 何? 誰!?」

 

 ユーカが目を見張った瞬間、黒い雷雲の中から一機の隼が飛び出してきた。青を中心とした迷彩を施した機体。その機体に描かれた死神のエンブレムが、ユーカの目に焼き付く。頭にピンクのリボンを付けた死神なんて、気味の悪いエンブレムだなというのが正直な感想だった。

 

 続いてその後を追うように、もう一機隼が雷雲から出てくる。銀色に緑の塗装を施したその機体のロゴマークと、垂直尾翼に描かれた赤い猛禽のエンブレムには見覚えがあった。

 

「キリエさん!」

『ごめん、遅くなった!』

 

 そう言ってキリエはもう一機の雷電を追う。ユーカたちと同じく、まさか雷雲の中を通り抜けてくる戦闘機がいるとは思わなかったらしい。もう一機いた空賊の雷電の反応が一瞬遅れ、その隙に背後を取ったキリエが機銃弾を叩き込む。

 

『後方、さらに敵機』

 

 ユーカとキリエの通信に、知らない男の声が混ざる。青い隼のパイロットだろう。

 空賊の雷電がもう一機やってきて、青い隼の背後を取ろうとする。だが青い隼は機体を90度傾けて水平旋回の姿勢を取った次の瞬間、ほとんどその場で180度機首の向きを変え、一瞬で真後ろを向いていた。

 

 空賊は青い隼の背後を取り、有利になったと油断していたらしい。まさか一瞬で青い隼がこちらを向いているなんてことに理解が追い付かず、動きが固まった。動きが鈍い雷電に、青い隼がヘッドオンで銃弾を叩き込んでいく。エンジンを撃ち抜かれた雷電が、雨の中炎を噴き上げて地面に墜落していった。

 

『え? 今のどうやったの!?』

『風を利用してフック機動の真似事を試してみた。まさか出来るとは思わなかったが』

 

 驚くキリエと、冷静な男の声が無線機から流れる。ユーカもキリエと同じ気持ちだった。

 吹き付ける強風に乗って、その場で180度機首の向きを反転させるとは。ユーカは青い隼のパイロットが同じ人間だとは思えなかった。

 しかも彼は、自分たちが飛び込むことを躊躇した雷雲の中をいとも簡単に通り抜けてきた。キリエも同じく雷雲を抜けてきたが、恐らくあの青い隼のパイロットを追いかけて来たんだろうなとユーカは思った。

 

 二機の隼1型が、ユーカ達に近づいてくる。青い隼のパイロットは、バイザー付きのヘルメットを被っているせいで顔が見えない。

 

『あんたたち、ケガはない?』

「はい、なんとか…機体もまだ飛べます」

『ハルカゼの他の子たちも無事だよ。ここから南に空の駅があって、皆そこに退避してる。あんたたちも早く!』

「はい、キリエさん。何とお礼を言えばいいか…」

『話せる余裕があるうちに離脱しろ。我々は何とかという自警団の救援に向かう』

 

 青い隼のパイロットは至って冷静だった。何度礼を言っても足りないくらいだし、何ならキリエたちと一緒にカナリア自警団の救援に同行したいくらいだったが、既にユーカとベルは長時間の空戦機動でふらふらだった。それに、燃料にも余裕がない。

 

 青い隼がバンクして、再び雷雲の中に突っ込む。『待ってよリーパー!』とキリエが言い、後に続いて雷雲の中に消えた。

 

「キリエさんたち、凄いわね…流石コトブキ飛行隊ね」

「あの青い隼を操縦してるのは誰なんだろう? コトブキ飛行隊の人じゃないよね?」

「さあ…でもベテランであることに変わりはないでしょうね。あんな飛び方をしてるんだもの」

「きっと私たちよりもずっと年上で、もう10年くらい飛んでるパイロットなんだろうなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、再び雷雲に飛び込んだリーパーとキリエだったが、今度はさっきまでとは違い無傷ではいられなかった。

 

「ぎゃーっ!?」

 

 耳をつんざく爆音。それと共に突如キリエの視界が真っ白に染まったかと思うと、いきなり機体ががくんと下を向いた。ぐんぐん数値を減らしていく高度計。ようやく、自分が雷に打たれたのだとキリエは理解した。慌てて操縦桿を引き、何とか地面とキスだけはせずに済んだ。

 

「落ち着け。エンジンは無事か? 燃料漏れは起きてないな?」

 

 一緒に飛んでいる仲間が雷に打たれたというのに、リーパーは相変わらずだった。キリエは計器類を一通りチェックし、機体に問題が無いことを確認する。燃料計の減り方に異常は見られず、ナツオ達が整備してくれたエンジンも快調に動いている。通信がノイズ交じりであることを除けば、飛行に支障はない。

 

「あんた、なんでそこまで落ち着いてられんの?」

 

 だがリーパーが答える直前、彼の機体にも雷が落ちた。キリエがそうであったように、リーパーの隼も機首が一瞬だけ下がったが、すぐに持ち直した。そのまま二機の隼は、黒い雷雲から飛び出す。

 

「………」

「ちょっと、何言ってんのか聞こえない」

「前方に複数の機影。紫電と雷電だ」

 

 ノイズ交じりのリーパーの声が聞こえる。彼の言う通り、いくつかの機影が前方に見える。白い塗装の紫電が、イヅルマのカナリア自警団の機体だろう。自警団員は全員で六人とのことだが、今見えるのは三機だけだ。他の機体は、別の場所で戦っているのかもしれない。

 それを追う雷電は六機。まだ雷雲から出てきたキリエ達には気づいていない。まさか空賊たちも、雷雲の中を突っ切ってくる大馬鹿野郎がいるとは思わないだろう。

 

「行くよ、リーパー!」

 

 返事はノイズで聞こえなかったが、キリエは迷わずカナリア自警団を追う雷電の群れに突っ込んでいく。きっとリーパーなら一緒に来てくれるだろう。なぜだかその確信があった。

 二機の隼が、背後から雷電の群れに襲い掛かる。不意を突かれた雷電が慌てて回避行動を取り、その間に追われていたカナリア自警団の紫電が集結する。

 

「よし、二機!」

 

 キリエが撃墜した雷電が二機、嵐の中地上へと降下していく。同じく二機を仕留めたリーパーだったが、空賊の新手がやって来て、彼の背後にぴったりとくっついた。援護に行きたいキリエだったが、撃ち漏らした二機が反撃を始め、それの相手をするのに精いっぱいだった。

 

 追われるリーパーの隼と、空賊の雷電の距離はかなり近い。さっきの空戦機動を取っても、機首が後方を向く前に撃たれてしまうだろう。だがリーパーなら何とかする。キリエはそんな予感がして、そしてその予感は間違っていなかった。

 

 追われるリーパーの隼が機首を上げたと思うと、一瞬でその機体が地面と垂直に立つ。機体全体がブレーキの役割を果たし、一瞬で急減速した隼を雷電がオーバーシュートし(追い越し)てしまう。

 追う者と追われる者の立場が瞬く間に入れ替わる。機首を水平に戻し、雷電の背後を取った隼が12.7ミリ機銃を発砲する。翼が折れた雷電が、雨の降り注ぐイジツの荒野へ落ちていく。

 

 今の動きは以前リーパーがフランカーで見せてくれた、コブラという空戦機動にそっくりだった。プロペラ機では出来ないとケイトが言っていたが、それをリーパーはあっさりとやってのけた。恐らく吹き付ける強風があるからこそできた芸当なのかもしれないが、不安定な気流を読み、そしてそれを利用しようと思いつき、なおかつそれをやってのけるだけのリーパーの度胸に、キリエは内心舌を巻いた。

 

「あれでまだ2年目なんて…」

 

 歳も自分とさほど変わらないのに、リーパーの機動はベテランパイロットのそれだった。ひどく荒れた空でも機体を自分の手足のように操り、自由に飛び回る天空の王。

 

「サブジー…」

 

 なぜだか彼の機動を見ていて、キリエは思わずその名を口にしていた。かつて自分に飛行機の飛ばし方を教えてくれた頑固なユーハング人。トンビみたいな飛び方だったとイサオに称えられ、そして彼の手下に撃墜されたキリエの大事な人。

 なぜその名が出てきたのかはわからなかった。だがリーパーを見ていると、どこかサブジーを思い出す。

 

『キリエ! リーパー! 二人とも無事か!?』

 

 突如無線機からレオナの声が聞こえてきて、それと共に雷雲の間から五機の隼が姿を見せた。遅れてやって来たらしい、レオナたちの機体だった。

 

『こちらはカナリア自警団団長のアコです! あなたたちは?』

『我々はオウニ商会所属、コトブキ飛行隊だ。そちらの救援に来た』

『あのコトブキ飛行隊ですか!? お会いできて光栄です!』

『挨拶は後だ、早くここを脱出しよう』

 

 レオナたちの機体の後ろには、もう三機の紫電が並んで飛んでいる。先に他のカナリア自警団員を助けてから、リーパーたちに合流したらしい。被弾した機体もあるようだが、致命傷は負っていないようだ。

 

 一方でイカヅチ団も、相手が多すぎて不利だと判断したらしい。突如機首を反転したかと思うと、雷雲の間を通り抜けてどこかへと去っていく。

 空賊を放置しておくのはマズいが、かといって嵐の中追いかけっこをするわけにもいかない。それに目的はあくまでもハルカゼ飛行隊とカナリア自警団の救出だ。その両方を救助した今、いつまでも嵐の中に留まっておく理由はない。

 

『全機、帰還だ。カナリア自警団も我々についてきてください、空の駅まで誘導します。それとキリエ、リーパー!』

 

 突如レオナに大声で名前を呼ばれ、キリエは思わず背筋を伸ばした。これは本気で怒っているな。長い付き合いの中で、キリエはレオナが怒る時の前兆をだいたい理解していた。

 

『羽衣丸に戻ったら覚悟しておけ』

「…はい」

『リーパーは?』

『了解』

 

 雷雲の中で雷を食らい、この分だと羽衣丸に戻ってからもレオナの雷が落ちるだろう。食らうならどっちの雷の方がマシだろうか。キリエは雷雲の中に逃げ込みたい気分に駆られた。




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