荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第二八話 A Fresh Youngster

「こんの大馬鹿野郎!」

 

 羽衣丸の飛行甲板に、ナツオの怒声が響き渡る。覚悟はしていたがその大きな声に、キリエは思わず首をすくめた。

 

 空賊と戦っていたハルカゼ飛行隊とカナリア自警団を救出し、近くの空の駅へ誘導した後、コトブキ飛行隊は羽衣丸へ帰投した。着艦するなり、キリエとリーパーはナツオに頭をぶん殴られた。

 

「雷雲の中に突っ込むなんて何考えてやがんだ! おかげでこっちはお前らの機体を総点検しなきゃならんだろうが!」

 

 お冠のナツオの背後では、キリエとリーパーの隼に取りつき、あちこち覗き込んでいる整備士たちの姿。戦闘機に雷が落ちると、機体の表面に小さな穴が開く。

 翼の外板にほんの一ミリか二ミリ程度の穴が開いたところで、飛行に支障はない。だが問題は燃料タンクだ。燃料タンクに穴が開いて中身が漏れてしまったら、何かの拍子で気化したガソリンが爆発しかねない。そのためナツオたちはキリエとリーパーの機体が戻ってくるなり、燃料タンクに穴が開いてないかチェックする作業に追われていた。

 

「でも、結果的に皆無事だったから良かったんじゃない? ハルカゼも何とかって自警団も全員助けられたし」

「偶然と幸運と根性に頼るのはパイロットとして下の下だ!」

 

 ナツオの代わりに口を開いたのは、二人の前で腕を組み、仁王立ちするレオナだった。整備班の班長と、コトブキ飛行隊の隊長。その二人が揃ってお説教という光景は、なかなか見られない。

 

「確かに今回は幸運にも全員無事に帰ってこれた。だがお前たちのスタンドプレーで全員を危険に晒す可能性だってあったんだ。キリエ、スタンドプレーは慎めと何度も言っているだろう?」

「それに落雷で機体が花火になってたらどうするつもりだったんだ?」

 

 レオナとナツオの言っていることは理解している。レオナの命令を無視し、勝手にリーパーについていった自分も悪いということはキリエも自覚していた。だが全員助けられたんだからそれでよかったじゃないか、というのがキリエの偽らざる感想だった。

 

「リーパー、お前も無茶をし過ぎだ。名目上は別の飛行隊ということだが、当面は私の指示に従えとマダムに言われているだろう? なぜ私の指示を聞かなかった?」

 

 うって変わって、今度は諭すような口調でレオナがリーパーに尋ねる。キリエと違い弁明も口答えもせず、機を降りてからずっと黙っていたリーパーが、ようやく口を開く。

 

「…あのままだと、レオナさんの後輩たちの救援が間に合わないと思ったからです」

「確かに、雷雲を避けて飛んでいたら時間はかかっただろう。君が彼女たちを危ないところで救ってくれたことには感謝している。だがそれとこれとは話が別だ。なぜ、わざわざ危険な真似をする?」

 

 リーパーはハルカゼ飛行隊の面々とは一度も会ったことが無いはずだ。顔も名前も知らない、そんな人たちのために、リーパーは危険な雷雲へと突っ込んでいった。彼をそこまで突き動かすものは何なのか、この場にいる面々は誰も知らない。

 

「もう二度と、目の前で誰かが死ぬのは御免なんですよ」

 

 

 ―――リーパー、またな。スラッシュ、ベイルアウトする。

 

 

 リーパーがボーンアロー隊に入ってすぐの頃、何かと突っかかってきた国連軍のエリート。嫌味な奴だったが、悪い奴でもなかった。そんな彼と何か通じ合えたと思った直後、彼はリーパーの目の前で死んだ。被弾した機体から脱出したところを、無人機に攻撃されて。

 

「だけど俺が指示に従わなかったことは事実です。大変申し訳ありません」

 

 命令違反は重罪だ。コトブキ飛行隊は軍隊ではないが、そのことは指示に従わずに好き勝手に動いていいという理由にはならない。

 

「まぁまぁ、今回は彼の判断も間違っていなかったってことでいいんじゃない? 全員無事に戻ってこれたんだから」

「そうですわね。レオナも彼も、どちらの判断も正しかったということでよろしいのではないですか?」

 

 リーパーが頭を下げると、横からザラとエンマが助け舟を出してくれた。レオナはなおも険しい顔をしていたが、頭を下げるリーパーを見て、ふーっと息を吐いた。

 

「…確かに今回は君の判断も間違っていなかったと言える。あのままでは私たちがハルカゼ飛行隊の救援に間に合わなかった可能性もあった。だから、今回の君の行動は不問に付す」

「やったぁ!」

「調子に乗るなキリエ! お前には罰として廊下の掃除を命じる」

「ええっ!? なんでわたしだけ!?」

「お前はコトブキ飛行隊の一員だからだ。それに命令を無視してスタンドプレーに走るのはこれで何度目だ」

 

 口をとがらせブーイングを飛ばすキリエ。そんな彼女を見て、チカがニヤニヤ笑う。

 

「じゃあ頑張って掃除してね、キリエ。掃除が終わった後埃が残ってないかチェックしてやるからさ」

「うっさいバカチ! やな小姑かあんたは!」

 

 ぎゃあぎゃあといつものように騒ぎながら、キリエ達がそれぞれ自分の部屋へと戻っていく。リーパーは彼女たちの後に続かず、ナツオのところに向かった。

 

「班長、今回は申し訳ありませんでした」

「まったくだ。あんな無茶な真似する奴、今まで見たこともないぞ」

「はい。レオナさんに怒られました」

「これに懲りたらもう二度と雷雲になんか突っ込むじゃねーぞ…って言っても無駄だよな。そんな目をしてる」

 

 やれやれ、といった感じでナツオは溜息を吐く。

 

「それにお前、随分な空戦機動をしたみたいだな。あちこちガタが来てるぞ。こいつは整備に時間がかかりそうだ」

「…すいません」

「まあ、こっちも性能を限界まで発揮してくれるような奴の機体は整備し甲斐があるよ。もっとも、ぶっ壊されるのは御免だけどな」

 

 再びリーパーは頭を下げる。だがナツオは背伸びして手を伸ばすと、オイルに塗れた手袋を外して彼の頭をごしりと撫でた。

 

「ま、今回は誰も死なせずに帰ってきたんだ。大目に見てやるよ」

「ありがとうございます」

「礼なんて必要ねーよ。それに、わたしらが整備した機体で墜落とかされちゃ、気分も悪いしな」

 

 ナツオはそう言って、「お前ら、穴一つでも見逃したらケツにイナーシャハンドル突っ込んでかき回してやるからな!」と整備班にハッパを掛けた。

 

 

 

 

 

 

「うー、私だけ掃除なんて…」

 

 夕食が終わり、皆が部屋に戻る中、キリエだけはモップとバケツを手にひたすら羽衣丸船内の廊下を磨いていた。清掃員などいない羽衣丸ではクルーが交代で掃除を行っているが、時折こうして何かの罰として、一人で掃除を命じられることがある。羽衣丸の船内はそれほど広くないし、廊下も狭いが、それでも一人でこなすにはかなりの面積がある。

 

 ぶつぶつとレオナの文句を言いながらキリエがモップを床に擦りつけていると、廊下の曲がり角からリーパーが姿を見せた。あくまでもコトブキ飛行隊の一員ではないという名目で、キリエと違い彼は罰を受けていない。

 

「何よ、人が苦労してるところを笑いに来たの?」

「いや、手伝おうと思って」

 

 そう言うリーパーの手には箒と塵取りがあった。キリエの返事を待つことなく、リーパーは手早く廊下を掃いていく。

 

「命令違反で罰を受けたのは私だけなんだけど」

「でもきっかけを作ったのは俺だし、勝手に動いたのも俺だ。レオナさんは俺がコトブキ飛行隊のメンバーじゃないから罰は与えなかったけど」

 

 リーパーは口を動かしながら、手慣れた手つきで素早く廊下の隅に積もっていた埃やゴミを塵取りに集めていく。さらに雑巾で床を拭き、あっという間に廊下が綺麗になっていくのがキリエにも目に見えてわかった。

 

「あんた、掃除も上手いね」

「元いたところじゃ新入りが掃除洗濯炊事当番って決まってたからな。否が応でも上手くなる」

「え? でもあんた隊長だったんでしょ?」

「隊長でも俺が一番の新入りだったんだよ」

 

 コトブキ飛行隊の隊員たちにパシリ扱いされるレオナの姿を思い浮かべたキリエは、「ないな」と思った。いくら新入りでもリーパーのような人間に掃除を押し付けられる彼の同僚は、どんな人たちだったのだろうか。きっとチカみたいに図太い神経の持ち主に違いない、とキリエは自分を棚に上げて思った。

 

「そういやさ、あんたハルカゼの連中を助ける前に言ってたこと覚えてる?」

「…なんだっけ?」

「『飛行機は飛ばすもんじゃない、自然に飛ぶもんだ』って。あの言葉、どこで知ったの?」

 

 かつてキリエに飛行機の操縦技術を教えたユーハング人のサブジー。彼はイサオの謀略に手を貸すことを良しとせず、キリエに何も言わぬまま彼女の前から去ってしまった。そしてそのまま、イサオたちの手によって撃墜されてしまった。

 リーパーが言っていた言葉は、そのサブジーがキリエに教えてくれた言葉だった。同じユーハング人とはいえ、リーパーはサブジーと面識はないはずだ。それなのになぜ彼は、サブジーの言葉を知っているのか?

 

「俺のひい爺さんが教えてくれたんだよ。ひい爺さんは―――というか俺の家系は代々パイロットで、ひい爺さんがよく言ってたんだ」

「ひい爺さん? その人もパイロットだったの?」

「ああ。海軍…って言ってもわからないよな。海で戦うパイロットだった。お爺さんと親父は空自で、俺はアローズ社。さっきの言葉もお爺さんと親父から教えてもらった」

「そのひいお爺さんは今も生きてるの?」

「俺が子供の頃に病気で死んだよ」

 

 一瞬、リーパーのひいお爺さんがサブジーなのではないかと思ったキリエだったが、サブジーは穴が閉じた時にユーハングに帰らず、それから70年もイジツに留まったままだった。リーパーのひいお爺さんはもう何年も前に、ユーハングで死んでいるという。サブジーがリーパーのひいお爺さんであるはずがない。

 

 だが黙々と床を拭いているリーパーの横顔が、どこかサブジーと重なってキリエには見えた。頑固そうな真一文字に結ばれた口と、どこか強い意志が籠っている瞳。そして卓越した空戦技術。

 

「ねえ、そのひいお爺さんの写真とかってある?」

「あるかもしれないけど…今手元にあるかな?」

「あったら私に見せてよ」

「いいけど、どうして?」

「私の知り合いがあんたによく似てるんだよね。その人もユーハングから来てさ、あんたみたいに変わってて頑固でへんちくりんなひとだった」

「それって遠回しに俺を貶めてないか?」

 

 困ったようなリーパーの顔を見て、こんな顔も出来るんだとキリエは思った。普通というか、どこか抜けてそうな奴なのに、戦闘機に乗ったら誰も手が付けられない死神になる。人は見かけによらないなと思った。

 彼と戦ったら、その強さの秘訣を知ることが出来るのだろうか。もっとリーパーのことを知りたい。キリエは心からそう感じる。

 

「ねぇ、今度私と模擬戦やってよ」

「模擬戦? 別にいいけど」

「私が勝ったらパンケーキ食べ放題の店で奢ってね! あんたが勝ったら…私があんたにパンケーキを奢ってあげるよ」

「どっちにしてもキリエがパンケーキを食べることに変わりはないんだな…」




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