イヅルマ。巨大な建物が並ぶ大きな街で、空から見下ろした街並みは迷路のように入り組んでいた。飛行船製造で有名な街ということで、大きな工場がいくつも立ち並び、飛行場もかなりの規模がある。
嵐の翌日、羽衣丸は空の駅に避退していたハルカゼ飛行隊とカナリア自警団を伴い、イヅルマに到着した。コトブキ飛行隊がイヅルマの飛行場に着陸するなり、先に降りていたハルカゼ飛行隊の面々が彼女たちに駆け寄る。
「お疲れ様です、レオナさん! 昨日は助けていただきありがたく存じ上げまする!」
機を降りたレオナに、開口一番そう言ってユーカが頭を下げる。ハルカゼ飛行隊の隊長である彼女に倣い、他の面々も感謝の言葉を述べた。
「コトブキ飛行隊の方々に来て頂かなければ、あのまま空賊に撃墜されていました」
「すいません、私たちが未熟なばっかりに迷惑を掛けて…」
落ち込む副隊長のエリカ。彼女はエリカとベルに護衛されて輸送機と共に戦闘空域を離脱した機を纏めていたが、何も出来ずに逃げ回るしかない自分たちの不甲斐なさに腹が立っているのだろう。唇をかみしめる彼女を見て、レオナは「落ち着け」とでもいうように両手を掲げた。
「全員無事なら何よりだ。それに、礼を言うべき相手は私じゃないだろう?」
「そうだ! 昨日雷雲を突破してきたあの青い隼のパイロット! あの方がギリギリで私たちを助けてくれたんですよ!」
駆け出しで空戦の経験はさほど多くないユーカであったが、青い隼のパイロットがコトブキ飛行隊並みに優れた腕を持っていることは、なんとなくわかっていた。それに最短コースを飛ぶために雷雲を突破し、風を味方につけて予測不可能な機動をするその腕前。きっと大ベテランのパイロットに違いない。
「凄いよなー、雷雲を突破するなんて。アタシらはどうにか雷雲に入らないように右往左往して逃げるしか出来なかったのに」
「いや、それが普通だと思うわよ?」
ボーイッシュなオレンジの髪をした少女、アカリの言葉に、ザラが微妙な笑顔を浮かべて答えた。ザラも長いこと空を飛んでいるが、あんな無茶をするパイロットにはそうそう出会ったことがない。
「それで、その青い隼の操縦士の方は?」
「彼ならもうすぐ着陸するわよ、ほら」
ザラが指さした方向を見ると、ランディングギアを下ろして着陸態勢に入った青い隼が目に入る。隼は模範にしたいくらいの見事な軌道で滑走路に着陸し、駐機場まで前進した。
中に乗っているのは一体どんなパイロットなんだろうとユーカは息を呑んだ。あんな空を知り尽くしたようなパイロットだ、きっと自分たちやレオナよりも遥かに年上の大人に違いない。ハルカゼ飛行隊の面々も同じように考えているのか、緊張で固まっているようだった。そんな彼女たちの様子を見て首を傾げるレオナと、反面彼女たちの思い込みに気づいているらしく悪戯っぽい微笑みを浮かべるザラ。
エンジンの止まった隼の風防が開き、中からヘルメットを被ったパイロットが姿を見せる。バイザーを上げ、ヘルメットを脱いだその下から現れた顔に、ユーカは少し驚いた。
「え? あの人ですか? まだ私たちよりほんの年上くらいにしか見えないんですけど」
「驚いたでしょ? でも昨日あなたたちを助けようとして無茶をしたのは、まぎれもなく彼よ」
「あの年であんなに凄い動きが出来るなんて、きっともう何年も空を飛んでいるんでしょうね」
感心したように言うベルの背後で、「いや、二年目のペーペーだって」とチカが口を挟む。
「えっ!? じゃあガーベラたちとほとんど同じじゃん!」
「ひょぇぇ…きっと人間じゃないんだよ…」
口々に驚きを示すガーベラとダリアをよそに、ユーカは青い隼のところへと駆け出していた。隼から降りてきた若い男―――リーパーが、駆け寄ってくるユーカを見て首を傾げる。
「あの! あのあのあの! 昨日は助けていただきありがとうございましたっ!!」
「ええと、君は…ああそうだ、レオナさんの後輩だっていう…」
「はい!」
「ソヨカゼ飛行隊だっけ?」
真顔でそう言ったリーパーに、ユーカはずっこけた。そんなリーパーを見て、キリエが助け舟を出す。
「ハルカゼ飛行隊だよ。あんたって名前を覚えんの苦手なの?」
「まあ、そんなところ。そうか、君がレオナさんの後輩か」
「はい。改めてお礼を言わせていただきたく…」
「あー、全員無事だったならそれでいい。怪我も無かったんだろう?」
空賊の襲撃で機体に穴は開いたが、奇跡的に全員ケガもなく、あの空域を離脱することが出来た。もしもコトブキ飛行隊とリーパーの救援があと少し遅れていたら、きっと殿として空賊の相手をしていたユーカとベルは撃墜されていたに違いない。
「あの! まだパイロットになって二年目って本当ですか!?」
「訓練生だった頃を含めればもっと長いけど、実戦に出てからって意味じゃ確かにそうだけど」
訓練生時代が3年、実戦に出てから1年半程度。それがリーパーの飛行経験だ。地球の基準ではペーペーもいいところだが、イジツでは特に操縦免許等も必要ないので、子供の頃から飛行機を飛ばしている者も多いと聞く。
「二年目であんな飛び方が出来るなんて…」
「はいはーい! 質問です! どうしたらあんな風に飛べますか!」
感心するベルの横で、ユーカが再び手を上げた。そんな彼女たちを見て、エンマが呆れたように言う。
「あなたたち、彼の機動は真似するものではありませんわ」
「え、どうしてですか?」
「命がいくつあっても足りない」
ケイトが端的に、しかし本質を突いた答えを言う。雷雲に突っ込み、強風を利用して本来出来ない無茶な機動をする。命知らずの大馬鹿野郎にしか出来ない空戦だ。下手に真似をすれば、それこそ敵と戦う前に墜落しかねない。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「ああ、俺は―――」
「こいつはリーパー。ユーハング人だよ」
リーパーが本名を名乗る前に、キリエが先にエリカに答えていた。ユーハング人、という言葉にハルカゼ飛行隊がざわめく。
「ユーハング人? 本当にいたんだ」
「アタシたちと同じ人間なんだね」
「話でしか聞いたことなかったから、本物を見るのは初めてだよぉ」
まるで珍獣でも見るかのような視線で上から下まで眺められ、リーパーは少し困惑する。興味津々といった彼女たちに、「はいはい、彼はこの後用事があるからその辺にしてね」と、ザラが手を叩いた。
「用事? どっか行くの?」
「『穴』の情報がないか、ここの自警団本部で教えてもらいに」
「そういうわけで、私たちはこれから自警団の本部に言ってくる。また後で会おう」
「はい、お疲れさまでした!」
ユーカ達はそう言って、自警団本部の方へと歩いていくコトブキ飛行隊を見送った。その少し後ろを、興味深そうに周囲を見回しながらリーパーがついていく。
「ユーハング人かぁ、でもそれなら凄い空戦技術を持ってるのも納得だなぁ」
「飛行機はユーハング人がもたらしたものだから、ユーハングだとイジツ以上に飛行機が発達していて、誰もが空を飛べるようになっているんでしょうね」
「ユーハングの話聞きたいなぁ、どんな世界なんだろ」
ハルカゼ飛行隊の面々が口々にユーハングへの想いを語る中、ユーカは昨日のリーパーの戦闘を思い出していた。悪天候すらも味方につけているのではないかと思うような、縦横無尽で予測不可能な戦闘機動。自分もあんな風に戦闘機を飛ばすには、あとどれだけ頑張ればいいのだろうか。
一方自警団本部に向かってイヅルマの市街を歩くリーパーは、迷路のような街並みに目を取られていた。
かつての東京ほどではないものの、大きな建物が並ぶイヅルマは、イジツでもかなり発展している部類に入るのだという。
「危ない」
街並みに見とれていたリーパーは、突然背後からケイトに腕を掴まれてその場に立ち止まった。そんな彼の目の前を、汚れてボロボロの衣服を身にまとった少年たちが、腕に果物やパンなどが詰まった箱を抱えて走っていく。
「待て!」
そう叫び、警棒を掲げて少年たちの後を追うのは、自警団と思しき格好の男たちだった。どうやら少年たちは泥棒らしい。だが自警団が既に動いているのであれば、わざわざ手助けをする必要もないだろう。
転んだ少年の一人に自警団員が馬乗りになり、その顔に警棒を振り下ろす。顔を庇おうと少年の動きが鈍ったところで、もう一人の団員が手錠を嵌めた。
「お前たちは残りの連中を追え! 俺はこいつを詰所に連れていく」
団員たちが二手に分かれ、残った連中が拘束された少年を乱暴に立たせる。そして警棒で小突きながら、元来た道を引き返していった。
「この泥棒が。子供だからって許されると思うなよ、牢屋にぶち込んでやる」
「ここんとこ毎日お前らみたいなコソ泥の相手だ。いっそのこと浮浪者は全員追い出しちまった方がいいんじゃねえか?」
捕まった少年が助けを求める視線を周囲の人々に投げかけるが、彼を見つめる人々の視線は冷たい。子供とはいえ泥棒で捕まったのだから当然ともいえるが、それにしては何か様子がおかしかった。
「また難民かよ、いったいどれだけやってくるんだ?」
「自警団だけじゃ足りねえ、俺たちの手で難民どもを追い出してやらなきゃな」
あからさまに少年に敵意を向ける者もいた。リーパーは引き留めてくれた礼をケイトに行ってから、尋ねた。
「このイヅルマって街は治安が悪いのか?」
「イヅルマの治安はイジツの諸都市の中でも良好、だった」
「だった?」
「最近は難民の流入が増加し、それに伴う問題も発生していると聞いている。今の子供たちも難民と思われる」
難民、ここでもその言葉を聞くとは。難民たちが作り上げた巨大国家と戦っていただけに、リーパーが難民に対して抱く気持ちは複雑だった。
「それにしても、なぜ難民が? 紛争でも起きてるのか?」
「色々な原因があるのよ。空賊に襲われて逃げ出してきたり、そもそも住んでいた街の資源が枯渇して収入が無くなったり」
ザラが代わりに答えた。空賊は都市間を行き交う飛行機や飛行船を襲うだけでなく、街を襲うこともあるらしい。大きな街では自警団の戦力が充実していたり、そうでなくとも裕福であれば腕利きの用心棒を雇うことが出来る
だが小さな街ではそれが出来ない。ラハマがそのいい例だ。小さい街では自警団の戦力は質も量も乏しいか、そもそも自警団すら存在しないところもある。そういう街を空賊は襲って、なけなしの金や収穫されたばかりの作物などを丸ごと奪い取っていくのだ。
そういった街の人々が取る手段は二つ。一つは屈辱に耐え空賊に大人しく望むものを差し出し、彼らが暴れないで帰ってもらうように祈ること。もう一つは街に見切りをつけて出て行くことだ。生まれ育った町を捨てることになるが、空賊に生殺与奪を握られるよりはよっぽどマシ、と言うことだろう。
人々が街を出て行く理由はもう一つ、資源の枯渇だ。
ラハマはかろうじて質のいい岩塩が算出され、それを主な交易品として何とか成り立っている。だが仮に岩塩の算出が途絶えてしまったら、ラハマの街は収入を得る手段は無くなる。観光資源はなく、かといって投資を呼び込めるような産業の土台があるわけでもない。だからこそ町長はリーパーがフランカーでエアショーをやってくれることを期待しているのだが、資源枯渇とそれに代わる新たな産業の発展という問題が解決されたわけではない。
石油でも鉱物でも、算出が途絶え収入が無くなってしまえば、途端に街は立ちいかなくなる。人々は税金を払えなくなるし、街も生活サービスの提供が出来なくなる。その結果街はどんどん貧しくなり荒れていく。
リーパーは行ったことはないが、ラハマの近くにはキマノという街があった。10年前までは栄えていたが、主要な産出品である地下鉱物が枯渇してしまったために、どんどん人口が流出しついには廃墟になってしまったという。そうやって無くなっていく街が、最近ではどんどん増えているというのだ。
「そうして住むところを失った人々は、大きな街へと向かう。そこなら仕事があって、豊かな暮らしが出来るんじゃないか。安心して暮らせるんじゃないかと思って」
「でも実際には簡単によそ者なんて受け入れてくれるわけもないし、元から住んでいる人たちも自分たちの仕事が奪われるんじゃないかって警戒しちゃうのよね。根無し草が簡単にお金を稼げる職業に就けるわけもないし」
レオナが連れていかれる少年を見て、どこか悲しそうな目をしていた。孤児院で育ったレオナとしては、親が無く貧しいが故に盗みに手を染めてしまった少年にどこか同情する気持ちもあるのかもしれない。
地球でもイジツでも、同じ問題は起きるんだなとリーパーはどこか虚しくなった。同じ人間である以上、同じ問題が起きるのは当然なのかもしれない。もう何十年にもわたって地球で起きている問題が、ようやくイジツでも起き始めたということか。できればそういった悪いところまで、地球の水準に追いついてほしくはなかったのだが。
「イサオがいなくなってからだよね、空賊たちがまた暴れ始めたの」
「難民問題もあちこちの大都市で起きていると伺っていますわ。大都市がその力を背景に小さな街から不当に安く特産品を買い叩いて、結果小さな町がどんどん貧しくなっているとか」
「…私たちがイサオを倒していなければ、こんなことにはならなかったんだろうか」
レオナが溜息を吐く。自由博愛連合を結成しイジツを支配しようとしていたイサオだったが、自博連の理念は傍から見れば立派なものであったとレオナは思うし、実際に自博連のおかげで空賊たちの脅威が鳴りを潜めていた時期もあった。
それに自博連は各都市の特産品の専売制を進めることによって、価格の安定化や不当な買い叩きの阻止なども目標にしていたと聞く。もしも自博連がイジツを統一していたら、空賊たちはいなくなり、小さな街も安定した収入を得て発展出来ていたのではないか。最近各地で起きている問題を聞くたびに、レオナはそう考えてしまう。
「あら、私はあんなクソ野郎に支配される世界なんて御免ですわよ?」
「そーそー、それにイサオって結局自分のことしか考えてなかったじゃん。イサオの奴がトップになったところで、本当にイジツが平和になってたか怪しいもんでしょ」
そう口々に言うエンマとチカ。
「ケイトも同意。そもそも自博連はイサオのカリスマによって成り立っていたもの。仮にイサオが欲望の塊のような人物でなくとも、一個人の存在に全てが左右される巨大組織は必ず立ち行かなくなる」
仮にイサオが清廉潔白な人物だったとしても、結局独裁になってしまうことに変わりはない。どんなに立派な人間でも堕落はするし、そうでなくとも巨大組織の上から下まで全て一人で管理監督するのは不可能だ。必ず目の行き届かないところで誰かが好き勝手してしまう。そう考えると、イサオのカリスマによって成り立ち、イサオが全てを支配する自博連は最初から無理がある組織だったのかもしれない。
「そうよレオナ、私たちがやってきたことは無駄じゃなかった。少なくとも今は、そう思いましょう?」
「…ああ、そうしよう」
隊長の自分が、今までの決断を後悔するようなことを言ってどうする。レオナはそう思い、意識を切り替えることにした。すぐそこまで、目的地のイヅルマ自警団の大きな建物が見えてきていた。
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