荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第三一話 異動命令

「リーパー、あの端末を貸してほしい。それと手伝ってほしいことがある」

 

 羽衣丸がイヅルマを出立した日の夜、その言葉と共にケイトがリーパーの部屋を訪れた。空賊の襲撃などもなく、二段ベッドの下で地球から持ち込んだポータブルプレイヤーで音楽を聴いていたリーパーは、ヘッドホンを外して身を起こす。

 

「端末を貸すのはいいけど、手伝いって?」

 

 同じく地球から持ち込んだタブレット端末をリュックから取り出しつつ、尋ねる。地球の技術や文献に興味津々のケイトはよくリーパーからこうして端末を借りては電子書籍を読んでいたが、手伝いまで頼まれるのは珍しい。

 

「明日以降の作戦の立案。皆に説明するための資料を作成したい」

「作戦? マダムからは何も聞いてないけど…」

 

 イヅルマを出発した羽衣丸は、南にあるカイチという街へ向かっているはずだ。カイチにはハルカゼ飛行隊を雇っているガデン商会の本拠地があるというが、そこまでの道程で何か仕事があるという話は聞いていない。

 

「この仕事は極秘。イヅルマを出立した直後にケイトも聞かされた」

「他の人たちは?」

「レオナは知っている。他の隊員に明日の仕事の内容を説明するための資料をこれから作成する」

 

 急に入った仕事―――というわけではなさそうだ。どうやらルゥルゥは何かの理由があって、今までこれから引き受ける仕事の内容を黙っていたらしい。

 

「よし、わかった。じゃあさっさと終わらせよう」

 

 パイロットというのはただ飛行機を飛ばせばいいものではない。飛行計画、ブリーフィング資料、報告書やら申請書やら、その上隊長ともなれば決済などもしなければならない。意外と書類仕事が多いのだ。

 だからパソコンで説明用のスライドを作成し、投影するなんて朝飯前だ。幸い端末は2in1仕様でキーボードとマウスが付属しており、文字入力なども苦にならない。資料の投影には小型プロジェクターを使えばいいだろう。

 

「感謝」

 

 ケイトはそう述べると、テーブルに持ってきた地図を広げた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、キリエたちは朝食後まもなく、レオナに会議室を兼ねた娯楽室へと呼び出された。

 

「朝早くから呼び出して悪いわね。緊急の仕事よ」

 

 娯楽室でキリエ達を待っていたのはルゥルゥとサネアツ、そしていつぞやの時みたいにプロジェクターの準備をしているリーパーとケイトだった。緊急の依頼と聞いて、キリエ達は顔を見合わせた。

 娯楽室の扉には「立ち入り禁止」の札が張られ、レオナがドアに内側から鍵をかける。どうやら他の船員たちには聞かれたらマズイ仕事らしい。否応なく、娯楽室の空気が張り詰める。

 

「あなたたち、イケスカの現状は知っている?」

「イサオがいなくなってから悪い奴らで殺し合ってるんでしょ?」

 

 ルゥルゥの質問に、「それがどうした」とでも言うようにチカが答える。

 コトブキ飛行隊がイサオを倒してから、イケスカは自由博愛連合の残党が勢力争いの内戦を繰り広げていると新聞には書かれていた。そのおかげでかつてイジツの中心とまで言われたイケスカを訪れる者はほとんどいなくなり、危険だからと新聞社も記者たちをイケスカから引き揚げさせてしまった。

 

 そのせいで今のイケスカについてはほとんどが伝聞か噂話、あるいはイケスカから帰ってきたごく少数の命知らずがもたらす情報しかイジツには伝わっていない。イジツ最大の都市であるイケスカは、今や外界から隔絶された存在も同然だ。時折イケスカの内戦に参加していたという連中が酒場で手柄自慢をしているが、あれだってどこまで本当の話か怪しい。

 

「そう。でも今はイケスカの内戦も収まって、復興が進められている。そこで新しいイケスカの代表者が、今度イヅルマで各都市の代表と今後について協議するためにやってくるの」

「ははーん、わかったよ。つまり運ぶのはその代表者ってことだね」

 

 キリエがどやぁと胸を張ると、「正解だ」とレオナ。羽衣丸は以前もユーリアをガドールから運んだことがあったので、そのことを思いだしたようだ。

 

「でもそれならば、なぜ我々に仕事の依頼を? そもそもイヅルマで会談が行われるのであれば、来訪者の護衛と移動に責任を持つのはイヅルマ自警団のはずでしょう?」

「そうですよルゥルゥ、私は何も聞いてませんよ?」

 

 エンマに続いて、サネアツが声を上げた。だがルゥルゥはサネアツの顔を見て、一言。

 

「当然よ、あなたに教えるのは最後って決めてたもの。外部に漏らされたら困るから」

「私はそんなに口が軽い人間じゃありませんよ!?」

「冗談よ。もっとも、今回の仕事のことをギリギリまで黙ってたのも、先方からの依頼の条件なの」

 

 どゆこと? とチカが首を傾げた。護衛を依頼しておきながら、そのことを直前まで伏せておいて欲しいとは。

 

「そのことについてはこれから説明するわ」

 

 ルゥルゥが目配せすると、頷いたケイトが談話室のライトを消す。リーパーがプロジェクターを操作すると、談話室の壁にイヅルマ周辺の地図が投影された。昨日の夜、ケイトが持ってきたものをリーパーのタブレット端末で撮影し、データとして取り込んだものだ。

 

「ブリーフィングを始める。今回の輸送、および護衛対象はイケスカの新市長。顔は私も知らないが、名前はレナというそうだ」

「あら、よく似てる名前ね」

 

 コトブキ飛行隊の隊長であるレオナと、イケスカ新市長のレナ。名前からして女性だろうか? そんなことを考えつつ、リーパーはマウスをクリックした。

 

「現在イケスカからは複数の隊に別れて使節団が向かっている。一隊はイケスカからイヅルマへ最短コースで向かう。飛行船にその護衛機が一個中隊と、規模が大きい。イヅルマ自警団もこの飛行船と合流すべく、今頃発進している頃だろう」

 

 地図に飛行船のアイコンが表示され、イケスカからまっすぐ西のイヅルマへと矢印が伸びる。イケスカからも戦闘機のアイコンが東に向かって伸び、途中の荒野でそれらが交わる。

 

「普通に考えれば護衛が多い方に代表が乗るはずだけど、そうしない理由があるのね?」

「ああ。イケスカの新市長は多くの勢力に命を狙われているらしい」

「まあ、物騒ですわね」

「なんで殺されそうになってんの?」

 

 キリエが尋ねる。

 

「イケスカの内戦は終結したが、レナ市長と敵対していた勢力が完全にいなくなったわけじゃない。そう言った連中が攻撃を仕掛けてくる可能性がある。それと…」

「新市長の主義主張が、各都市を治める議員や大企業の方々と真っ向からぶつかるものなのよ」

 

 ルゥルゥがレオナの後を継いで言った。

 イケスカの新市長はイジツの人々の平等を謳っているらしい。曰く、各都市の大企業は自分たちだけ儲かっておきながら、その利益を市民に還元することはない。その上物資輸送を担う商会などは離れたところにある小さな街に対して過大な運賃を請求しており、困窮する地方都市をさらに追い込んでいる。

 税制などを改正し、大企業や銀行に対する税率を引き上げ、その収入で貧しい人々を支援すべきだ―――イケスカ新市長の主張はそのようなものらしい。

 

「うわぁ、そりゃ色んな人に狙われて当然だね」

「大都市の議員は皆、大企業や銀行の代表者ですもの。自分の利権にしがみつくダニどもですわ。そんな連中に喧嘩を売るような真似をするのだから、命を狙われてもおかしくはないですわね」

 

 おまけに、イケスカは自由博愛連合の本拠地だったこともある。たとえ新代表にその気がなくとも、自博連の復活を危惧する人々からすれば、危険の芽は小さい内に摘んでおいた方がいいと考えることもあるだろう。

 

「そういうわけで、新代表は飛行船には乗らずに別ルートを使う。つまり陽動だ」

「厳重な警備でいかにも重要人物が乗ってますって形を装って、裏口を使うってわけね」

「そうだ。この飛行船を使い、イヅルマ自警団と合流する進路を第一ルート。もう一つを第二ルートと呼ぶ」

 

 レオナの合図でリーパーがマウスを操作すると、さらにイケスカからもう一本、矢印が今度は南西に向かって伸びていく。

 

「つまり私らは、もうかたっぽのルートで来る人たちを迎えに行けばいいんでしょ?」

「いや、このルートも陽動だ。ここには私たちとは別の商会が合流のために向かっている。第二ルートで来るのは百式輸送機と護衛一個小隊だが、新代表は乗ってない」

「え? なんで!?」

 

 スライドに映る地図に、新たに矢印がアニメーションで描き加えられた。イケスカからまっすぐ南に向かい、途中で西に転進するルートだ。

 

「このルートを第三ルートと呼称する。ここには新代表が乗った二式複座戦闘機屠龍と、護衛機が一機ずつやってくる予定だ。羽衣丸は彼らと合流する」

 

 羽衣丸の現在地から北東に矢印が伸びていき、第三ルートと交錯して派手に点滅する。昨日の夜張り切ってアニメーション効果まで付け加えてしまったが、ここまでやる必要はなかったかなとリーパーは少し反省した。

 

「なんでここまでやる必要あるの?」

「それはね、新体制のイケスカ内部にスパイがいる可能性があるからよ」

 

 レオナに代わり、ルゥルゥが答えた。

 新しいイケスカとその代表を脅威に思う企業や議員は多い。そんな連中がイケスカにスパイを送り込んで、情報を外に流している可能性もある。だからルートを三つに分けたのだ。

 

「第一ルートは陽動で、第二ルートを使って新代表が移動すると知らされているのはイケスカの幹部の中でも少数。もしも第二ルートを移動するイケスカ使節団が襲撃されれば、イケスカ幹部の中にスパイがいるということになるわ。ルートを三つに分けたのは理由は単に襲撃の可能性を減らすだけじゃなく、イケスカ内部のスパイをあぶり出すことも目的みたいね」

「この第三ルートの存在を知っているのは?」

 

 エンマの問いに、「私たち、オウニ商会だけよ」と答えるルゥルゥ。

 

「ああ、もう一人いたわね。この話はユーリア議員経由で私に持ち込まれたの」

「ユーリア議員が…それはまたどうして」

「反自博連同盟の先鋒に立っていた彼女に敢えて自分たちの移動ルートを正直に教えることで、自分たちが自博連とは違うとアピールしたいんじゃないかしら? 仮に第三ルートが襲撃されなければ、ユーリアはひとまず話が出来る相手と向こうは判断できる。仮に第三ルートを使った新代表が襲われれば、それはユーリアが誰かに襲撃を命じたことに他ならないと判断できるでしょう?」

 

 イケスカの新代表は、ユーリアが信用できる人物か否か、それを確かめたいらしい。それに自分たちの移動ルートを素直にユーリアに教えることで、彼女からの信頼も得られる。

 新しいイケスカがかつての自博連と同じように、イジツの支配に乗り出すのではと警戒している人間は多い。ましてや、それが成り行きとはいえ反自博連同盟を率いていたユーリアなら尚更だろう。いくら自分たちは自博連とは違うとアピールしたところで、聞く耳を持たず問答無用で攻撃しようとする連中もいるはずだ。

 

 自分たちの移動ルートを正直に彼女に教えてしまうのは一種の賭けだ。もしもユーリアがイケスカの新代表を信用していなければ、合流地点にオウニ商会は現れず、第三ルートも襲撃を受けるだろう。だがユーリアがイケスカ新代表と話し合う機会を設けたいと考えれば、依頼通りに羽衣丸がやってくる。イケスカ側としても、今後話し合える人間は誰かを判断するいい機会になるというわけだ。

 

「ユーリア議員が我々を指名したのは…」

「なんだかんだで、彼女も私たちを信用してくれているってことでしょうね」

 

 ルゥルゥの言葉に、サネアツが嬉しいような、あまり嬉しくないような、そんな微妙な表情を見せる。あんなにキツイ女性は、サネアツも苦手なのだろう。リーパーは以前ユーリアと会った時のことを思い出した。

 

「それにしても護衛機が一機だけって危なくない?」

「そうですわ。仮に情報漏れが無かったとしても、途中で偶然空賊の襲撃を受ける可能性だってあります。いくら新代表の乗機が複座戦闘機とは言え、実質的に戦えるのは一機のみというのは危険と思いますが」

 

 チカとエンマが懸念の声を上げる。第三ルートでは情報漏洩を防ぐべく最小限の人数と機体での移動を余儀なくされたのだろうが、エンマの指摘した通り、道中で空賊に見つかって襲われる可能性はある。その際に護衛機が一機だけというのは、あまりにも危険ではないかとリーパーも思った。

 

「大丈夫、向こうの護衛機はかなりの手練れそうよ」

「手練れ?」

「イケスカの内戦で活躍した用心棒らしい。今の新代表が率いる勢力が勝利したのも、その用心棒のおかげだそうだ」

「へー、誰なの?」

 

 キリエの質問に、レオナが手元のメモを捲る。だがその前に、ケイトが口を開いた。

 

「詳細は不明。だがそのパイロットは『片羽』の異名を持つと新聞に記載されていた」

「片羽?」

「交戦中に片方の主翼が大破するも、脱出せずにそのまま基地に帰還したことからその異名がついたとされる」

 

 それはすごい奴がいたもんだ、とリーパーは思った。最新鋭のジェット戦闘機であれば、多少の不安定な姿勢なら電子制御と大出力のエンジンで何とかなる。実際に過去にはF-15戦闘機が空中衝突した際に片方の主翼が吹っ飛んだものの、パイロットがそのことに着陸するまで気づかなかったという例すらある。しかし電子制御も何もないレシプロ機では、片方の主翼が大破したらそのまま墜落しかねない。

 

「凄腕とはいえ、たったの二機よ。だから私たちが迎えに行って、イヅルマまで彼女たちを運ぶのよ」

「合流は4時間後の予定だ。何事も無ければ私たちの出番はないが、いつでも出られる準備をするように」

 

 レオナがそう締めくくり、作戦会議が終わる。船橋(ブリッジ)に戻ったサネアツは、早速進路変針をアンナに命じた。アンナとマリアが操舵輪を回すと、南に向かっていた羽衣丸は大きく回頭して北東へ向かう進路を取る。

 

「それにしても、なんで私にもっと早く教えてくれなかったんですか? これでも一応、羽衣丸の副船長なんですが」

「だってあなた頼りないもの」

「はい、頼りない人間ですいません…」

 

 情けない声と共に項垂れるサネアツと、「まーたやってるよ」とばかりに振り向きもしない操舵室のクルーたち。ルゥルゥはしょんぼりとするサネアツを見て、少し笑った。

 

「冗談よ。でも、あなたにも教えられないほど、これが大事な仕事だということはわかって頂戴」

「はぁ…確かにイケスカの新代表を運ぶなんて、責任重大な仕事ですね」

「万が一『お客様』に怪我一つでもさせたらオウニ商会の信用に関わるわ。そこのところ、わかってるわよね?」

「はいっ! 細心の注意をもって仕事に臨みます!」

 

 背筋を伸ばすサネアツ。だが「それでも…」と続けた。

 

「そのイケスカの新代表という方、本当に大丈夫なんでしょうかね? イサオ前市長みたいなことをしなければいいんですけど」

「イケスカの新市長がどんな人間なのか、それはこれからイヅルマで明らかになるでしょうね」

「発言と行動が、我々が理解できるような人間であればいいんですけどね」

「それはどうかしらね」

 

 ルゥルゥは船長の椅子に座ると、キセルを取り出して火を点けた。煙を吸い込み、そして吐く。

 

「その新代表が言ってること、やってることがまともなこと、正しいことであっても、こちらがそれを受け入れられるとは限らないわ」

「それは…どういうことです?」

「世の中は理想論や正論、綺麗ごとだけでは回らないってことよ。もっとも、内戦があったイケスカの人間であれば、そんなことは百も承知でしょうけどね」

 

 内戦を勝ち上がったイケスカの新代表と、利権に塗れた各都市の代表者たち。彼らが何を話し合い、どんな選択をするのか。そのためにもこの羽衣丸は、何としてもそのイケスカ新代表をイヅルマまで送り届ける仕事を全うしなければならない。




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