エンドロールで爆睡しているキリエの腹筋が素晴らしいと思いました(小並)。
多分キリエの方がつくべき所についていると思うんですけど(名推理)
「パンケーキ♪パンケーキ♪ あパンケーパンケーパンケーキ!」
哨戒飛行が終わり、早めの夕食を取るべくジョニーズサルーンに向かうキリエたち。重要人物が乗っているということで、コトブキ飛行隊はリーパーも加えて24時間の哨戒飛行を行っている。そして今しがたキリエとザラのコンビの哨戒飛行が終わり、手すきのメンバーは早めの夕食を取ることとなった。
リリコ特製の甘いシロップのかかったパンケーキを思い浮かべながら、サルーンの扉を勢いよく開くキリエ。この時間はまだ羽衣丸クルーが利用する時間帯ではないはずだが、今日のサルーンには先客がいた。
イケスカ新市長のレナと、その護衛の男たちだった。レナはパンケーキをナイフで切り分けつつ、微笑んで一礼する。「あ、どうも」と返し、キリエはずかずかといつもの壁際の席に向かう。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「パンケーキで!」
「だと思ったわ」
ザラとレオナ、ケイトはビールを、チカはオレンジジュースを注文する。エンマはリーパーと共に、2時間の哨戒飛行に出たばかりだった。通常は哨戒飛行など空賊が多い空域を通る時以外には行わないが、今の羽衣丸にはレナ新市長が乗っている。今のところ情報漏れによる襲撃の兆候はないものの、万が一を考えてのことだった。
「昨日もパンケーキ、今日もパンケーキ。明日も明後日も10年後もパンケーキ! ああ、何と素晴らしいことか! パンケーキ万歳!」
リリコが運んできたパンケーキを、キリエがさっそくナイフで切り分ける。すると「パンケーキが好きなのですか?」と背後から女性の声が聞こえた。
声の主はレナ新市長だった。
「うん! 私パンケーキ大好き! ふわっふわで甘くて…! あなたもパンケーキが好きなの?」
「おいキリエ…」
仮にも大都市の市長に対して失礼にならないかとレオナが声を上げたが、「私も好きよ」とレナ市長。
「パンケーキ、初めて食べた時はこんな美味しいものが世の中にあるんだって感動したわ」
「そーそー! パンケーキ最高! パンケーキの素晴らしさをわかってるなんて、あなた中々できるね」
「ふふ、どういたしまして。あなたがコトブキ飛行隊のキリエさん…でいいのかしら」
あれ? キリエは思った。まだ自己紹介をしていないはずなのだが。
「イケスカの人間であなたたちコトブキ飛行隊を知らない人はいないわ。特にパンケーキが大好きなキリエさん、あなたのことはよく知っていますよ」
あのイサオ氏を撃墜されたとか。その後のレナ市長の言葉で、一気にサルーンの空気が悪くなる。「え? え? なに?」と慌てるジョニー。
自由博愛連合の本拠地があったイケスカ。そしてレナ市長はそのイケスカの内戦を制し、新たな指導者となった人物だ。イケスカ内戦の原因となったイサオの消失と、彼を撃墜したコトブキ飛行隊。キリエ達を恨んでいてもおかしくはないのではないか―――レオナはそう思った。
「ああ、あなたを責めているのではありません。彼は間違ったことをしていた、私はそう考えています」
「てっきりイケスカの人だから、イサオの信者かと思ってたんだけど」
チカの言葉に、「そういう人もいますね」とレナ。
「確かに彼の言葉は立派だった。だけどその根底に私利私欲があったのが間違いだった。世の中の全てを自分が取り仕切った方が上手くいくと考え、そのために全てを欲したのが彼の敗因。私はそう考えています」
「イサオたちが立派? 言うこと聞かない街は爆撃して、自由を奪おうとしていた連中が?」
さっきまでパンケーキ仲間を見つけたとばかりに友好的な雰囲気だったのに、疾風雷神の異名の如くキリエは喧嘩モードに入っていた。彼女が自博連とイサオにされたことを思えば当然だが、喧嘩はしていい時と悪い時があり、そして今は間違いなく後者だった。
止めた方がいいかしら? とザラは横目でレオナを見た。たとえキリエが正しいことを言ったのだとしても、議論をしていい時と場所がある。そして今はその時ではない。正しいことを言っても反感を買うことはあるし、その相手の地位が高い場合、こちらが何か不利益を被ることだってある。
「言い争いになりそうだったら止めよう」とレオナが目で告げていたので、頷いて前を向く。キリエが声を荒げても、レナ市長は微笑んだままだった。
「あなたたちにとって、自由とは何かしら?」
レナが問う。
「全部自分で選んで、自分がやったことは全部自分で責任を持つこと!」
「立派です、模範解答と言っていい。でも世の中には自分のやったことにさえ責任を持てない人が多い。世の中全ての人がキリエさんみたいな方であれば、問題は何も起こらない」
「だからイサオは自分たちで全て管理するんだって言ってたけど、あんたもそういう人?」
チカの言葉に、レナが首を横に振る。やや険悪な雰囲気に、レナの護衛―――片羽の異名を持つ金髪の若い男が顔をしかめた。
「いえ、自由は何よりも尊重されるべきものです。ですが、各々が無制限に自分の自由を追求していった場合、それは他者に対する不自由になる」
「は? なにそれ?」
キリエが反論のために口を開く気配が伝わってきたので、流石に止めた方がいいだろうとレオナとザラが立ち上がりかけた時だった。
「レナ、そろそろ部屋に戻る時間だ」
片羽が立ち上がり、わざと大きな声で言う。
「あら、もうそんな時間かしら?」
「明日は朝から多くの人に会うんだ。今から休んでおかないと倒れるぞ」
「もう身体は良くなったのだけど。でも、あなたの言うことなら従うべきね」
いつの間にかパンケーキを完食していたレナが、「ごちそうさまでした」と手を合わせて立ち上がる。
「明日他の都市の議員の方々と討論会を行うの。ラジオでも生放送する予定だから、よろしかったら聞いていただけませんか?」
レナはリリコとジョニーに礼を言って、サルーンを後にする。彼女について出て行こうとした片羽を、レオナは呼び止めた。
「助かった。あのままだったらキリエとチカが市長を怒らせていたかもしれない。止めて頂き感謝する」
「レナに休息が必要なのは事実だ。それに彼女は議論が好きだからな、止めなければ朝まで続いていただろう」
片羽と呼ばれる傭兵のジャケットには、機体に描かれているのと同じ番犬のエンブレム。リーパーが着ているのと似ているな、とレオナが思ったのも束の間。片羽は今度こそサルーンを出て行った。
「そういえば気になっていたのですが、リーパー、あなたは何故パイロットになりましたの?」
一方その頃、羽衣丸の周辺を哨戒飛行中のリーパーに、編隊を組むエンマが唐突に問いかけた。そう言えば彼女とはあまり話す機会がなかったな、とリーパー。
「うーん、何ででしょう。昔から飛行機乗りの家系だったっていうのはありますけど…」
「なんとなく、ということ?」
「そうじゃないんです。ただ、どうして最初に空を飛びたいと思ったのか、それを忘れてしまって」
エンマさんはどうしてパイロットに? とリーパーが尋ねる。
「私の家系は貴族で」
「没落したんでしたっけ?」
「直截的なその言い方、嫌いではないですが、好きでもありませんわよ?」
「すいません」
「…まあ、間違ってもおりませんわ。それでも昔はまだ裕福で、タミルと共に全寮制の学校に通う余裕はありましたの。でもある日、空賊に両親が財産を巻き上げられたことがわかって…」
エンマの両親は中々のお人よしらしく、空賊に財産を巻き上げられた後も、彼らにたかろうとする人々を無条件に信じてしまい、時折騙されそうになっているようだ。
今度こそエンマの実家は完全に没落。大事な屋敷すら維持するのが難しいという状況にまで追い込まれてしまったエンマに、高額の学費がかかる学校に通い続ける選択肢はなかった。
「両親がまた騙されないように、そして屋敷のソメイヨシノを守るために、ラハマで仕事を探していたらレオナにコトブキ飛行隊へ勧誘されましたの」
「学校辞めてまで働くなんて、立派ですねぇ…」
「差し支えなければ、あなたのご両親について伺っても?」
リーパーは空を見上げた。荒野の彼方に沈んでいく太陽と、反対側からやってくる夜の闇。その二つが混じり合った夕方の空は、地球で見上げたそれと何ら変わりなかった。
「親父はまだ生きてます。空自―――って言ってもわからないか。自警団みたいなところで戦闘機のパイロットをやってます。そろそろ地上勤務の歳ですが」
「まだ、ということは、お母上は…」
「死にました。俺が子供の時に」
空を見上げる。一番星が輝く空に、一条の光が走る。
流れ星だ。この世界でも流れ星が見えるんだな、と妙なことで感動するリーパー。彼だけでなく、地球の人間にとって流れ星は良いものではなかったが。昔は流れ星に祈ると願いが叶うと有難がっていたようだが、今は厄災の象徴でしかない。
「それは…悪いことを聞きました」
「いえ、もうとっくの昔のことです。母が一緒にいてくれた時間より、いない時間の方が長いんですから。それに兄と姉もいて、いつも遊んでくれたのでそこまで寂しくはなかった。食事と掃除と洗濯を押し付けられたのはあまりいい思い出じゃありませんけどね。そのおかげで料理と洗濯と掃除のスキルが身について、アローズ社に入った時に苦労せずに済んだのは良かったですけど。あの頃はなんだかんだで楽しかったなぁ」
そこでエンマは気づいた。どこかリーパーの言葉が震えている。
「中学も高校も友達がいて、楽しかった。アローズに入ったせいで連絡は途切れがちになったけど、今でもメールのやり取りやってるんです。外国の写真を送るとあいつら驚いて…そういや今、オメガたちはどうしてるんだろ。俺がいなくても大丈夫かなぁ」
無言。ややあって、リーパーが呟く。
「…なんで俺、こんなところにいるんだろう?」
凄腕のパイロットということでエンマはすっかり忘れていたが、リーパーはまだまだルーキーなのだ。そして社会に出てから数年しか経っていないし、飛行機に乗って実戦の空を飛ぶようになってからまだ二年も経っていない。
普段はあまりしゃべらないせいで気づかなかったが、彼もまたエンマと同じく普通の若者なのだ。故郷に懐かしく思い、そこにいる人々と会いたいと感じるのも当然だ。
エンマも学校の寮にいた頃は、ホームシックになることがあった。こうしてコトブキ飛行隊で働き、羽衣丸でイジツを回って長い間ラハマから離れなければならない時も、時折ラハマのことを思い出しては早く帰りたいと思うことがある。
だけどエンマの周りにはこれまで色々なことを一緒に成し遂げてきた大切な仲間がいる。それに仕事を終えてラハマに帰れば、両親も友人も彼女の帰りを待っていてくれる。だからエンマは今日もイジツの空を飛ぶことが出来ている。
しかしリーパーにはそれらが無い。彼が帰るべき故郷は、遥か「穴」の向こうにある。いくら手を伸ばしても届かず、何日飛行機を飛ばしても辿り着けない遥か彼方。無線を使って大切な家族や友人と言葉を交わすことすらできない。
以前キリエが言っていた。もしも自分が羽衣丸の仲間たちも誰もいない、まったく知らない世界に放り出されたら不安になるだろうと。
不安どころではない、とエンマは思った。きっと耐えられないだろう。コトブキ飛行隊の仲間にも会えず、大切な両親とソメイヨシノが待つ家にも帰れない。誰も自分を知らない世界で生きていかなければならない。そんな状況に置かれたら狂ってしまう人だっているかもしれない。
普段からあまり口数が多くないリーパーだが、きっと今まで一人孤独に耐えていたのだろう。解決できないこの悩みを一人で抱え込み、苦しみ、それでも顔や言葉に出すことなく今まで飛び続けていた。
「穴」はいつ開くかわからない。空いたところでリーパーのいた地球に繋がっているという保障はないし、そもそも開くかどうかすらわからない。アレンの計算だって100%正しいわけじゃないから、一年後に穴が予測した通りの場所に開くかは不明だ。
「…きっと帰れますわ」
だからリーパーの地球への帰還について、エンマに手助けできることは何もなかった。出来るのはせいぜい、こうやって彼を励ますことくらいだった。
エンマ自身は、優しいだけの根拠のない言葉に意味はないと思っている。それに嘆いているだけで何もしない奴には助ける価値もない。
だけど故郷に帰ることも出来ず、もう家族や仲間に会えないかもしれないと悲しむ同年代の若者を罵倒するほど、エンマも鬼ではなかった。
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