荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第三七話 DARK BLUE

カナリア自警団の紫電の後をついていくリーパー。今同行しているのはアコとリッタだけだが、残りの団員は現地で合流する予定だった。カナリア自警団は今回の空賊討伐には参加せず、街の付近のパトロールを命じられていたらしいが、「穴」が開いたということで、その防衛に命令が変更されたらしい。

 

「『穴』が開いてからどれくらい経つんですか?」

「自警団の哨戒機が見つけてからもう1時間くらいですね。燃料がギリギリなのでついさっき帰投すると連絡がありましたから、その後はどうなっているか…」

「『穴』って確か不安定なものなんでしたっけ? 私もイケスカ動乱の新聞で読んだくらいなのでよくわからないんですけど」

 

 リッタはそう言うが、リーパーですら『穴』についてはアレンから聞いたことくらいしか知らない。イジツにやって来たのだって不慮の事故でしかないのだし、『穴』についてはイジツの人間ですら知らないことの方が多い。アレンたち研究者はユーハングの残した資料などから『穴』について情報を集めているものの、『穴』が何故開くのか、どういう条件で開くのか、どれくらいの大きさでいつまで開いているのかといったことは、ほとんど占いと同じレベルの予測しか出来ない。

 

 

「リーパーさんはユーハングでどんなお仕事をしてるんですか?」

「俺は…傭兵ですよ」

「え? そうなんですか? なんかふにゃーっとしてる人だからそんな風には見えませんでしたよ」

 

 アコもリッタと同じ感想だった。傭兵というともっと荒々しい人だと思っていたが、地上で会った時のリーパーはそんなイメージとは全く真逆。何を考えているのかわかりにくい人間だと思った。

 

「それにしても、その紫電に描かれてるエンブレムは何ですか?」

「え? これですか? カナリア自警団のマスコットのカナリアくんですよ!」

 

 自身がデザインしたということもあって、アコは胸を張った。

 

「カナリアというと、あの鳥の?」

「はい、そうです!」

「え、それが鳥なんですか? てっきり蛙かクスリでもやってる鳥のお化けかと思いましたよ」

「え゛ぇ゛!?」

「やっぱりそう思いますよねぇ」

 

 ショックを受けるアコと、当然と言わんばかりの態度のリッタ。聞けばアコが直々にデザインしたカナリアくんはぬいぐるみなどのグッズ展開もしているが、その見た目のせいで山のような在庫があるのだという。

 

「自分の家ではカナリアくんのぬいぐるみを庭に置いたら、鳥が近寄らなくなりましたよ。魔除けのお守りとかにお一つどうですか?」

「遠慮しておきます」

「ですよねぇ」

「二人ともひどいですよ!」

 

 そうこうしている内に、他のカナリア自警団の面々もアコらに合流する。いくつかの編隊に別れてパトロール飛行を行っていたが、「穴」の出現で任務が変更されたらしい。

 

「もうすぐ『穴』が現れたという空域よ。もしかしたら『穴』を狙う連中が襲って来るかもしれないから用心して」

 

 70年前にユーハングをイジツにもたらした「穴」。ユーハングがやって来たことでイジツが発展したことから、「穴」からは何か素晴らしいものが落ちてくるに違いないと思っている人は多いし、それを独り占めして自分だけの利益にしてしまおうと考えている者もいる。その最たる例がイサオだ。

 そういった連中は「穴」が現れたり、これから現れると予測している場所に出没しては、「穴」の周辺から人を追い払って強引にでも自分たちのものにしてしまおうとする。そういった連中から「穴」を守るために、カナリア自警団が派遣されたのだ。

 

「あれが、『穴』…」

 

 遠くの空に浮かぶ、奇妙に揺らめく青い円状の空間。写真や絵などで「穴」がどういうものか知っているつもりだったが、こうして実物を目にするのはアコも初めてだった。

 一方リーパーは、自分がイジツにやって来た時とは穴の様子が異なるのに首を傾げていた。リーパーが飛び込んだ穴はまるで電源の入っていない液晶画面のように真っ黒で無機質なものだったが、今目の前に開いているのはまるで水面のように揺らぎ、形も安定していない。色も群青(ダークブルー)で、「穴」の向こうの空が透けて見える。

 

「何か違う…」

 

 アレンの言う「不安定な状態」の穴なのだろう。完全に別の世界とは繋がっていない穴のようだ。

 このまま待っていれば「穴」は別の世界に繋がるかもしれないし、逆にこのままどこにも繋がることなく霧散してしまうかもしれない。だがいつまで待てば「穴」の状態が変化するのかは、アレンも知らないという。このまま状況が変化するまで待つしかない。

 

 

 

 

 だがそうも言っていられないようだった。

 

「お姉さま、3時方向から複数の戦闘機です!」

 

 ミントの言葉でそちらを見ると、確かに戦闘機が6機、「穴」のある空域に接近しつつある。飛燕が一機と、疾風が5機。青い塗装に緑のラインが入った飛燕と、くすんだ水色をベースに、黒と赤の禍々しいラインが入った疾風は、どう見ても自警団の機体ではない。

 空賊か、とアコが警戒態勢を取るよう命じようとしたその時、無線機のスピーカーから女性の声が流れる。

 

『こちらはパロット社特殊防空隊です。私はウタカ社長の秘書を務めるツバメと申します』

「パロット社?」

「イヅルマで一番大きな会社です。飛行船製造で有名なんですよ」

 

 アコがそう解説した。飛行船製造だけでなく戦闘機の改良なども手掛けており、イヅルマでは知らない者はいないどころか、イジツ有数の大企業であるパロット社。イヅルマ議会でもその影響力は強く、さらにはイヅルマ自警団まで彼らの影響を受け始めている。資金不足からそれまで伝統の名のもとに使われ続けていた紫電から、パロット社の提供した紫電改への機首転換が自警団でも始まっていた。

 

「自分たちで傭兵や用心棒を雇って私設軍隊すら有しているとは聞いていたけれど、まさか本当だったとはね」

 

 シノが苦々しげにツバメ率いる特殊防空隊に目をやる。規律を重んじる彼女からしてみれば、大企業とは言え一企業が自警団に匹敵するほどの戦力を有する軍隊を持っているなど、受け入れがたいに違いない。

 

『我々はイヅルマ市長より自警団の支援を行うよう要請を受けて来ました。これより、「穴」の周辺警備は我々が引き継ぎます。皆さまはお引き取りを』

「何ですって? 何の権限があってそんな…」

『パロット社は日頃からイヅルマ自警団の皆様のサポートをさせていただいておりますので、その一環かと。皆さまは通常の哨戒任務に戻るよう伝えるようにと仰せつかっております』

 

 ツバメと名乗る女性の顔は見えないし、丁寧な口調だが、その実カナリア自警団を見下しているのが言葉の節々から伝わってくる。自分たちが圧倒的に優位な立場だと思っているらしい。

 

「でも、自警団本部からそのような命令は受けていないわよ?」

『きっとお忙しいのでしょう。何せ各都市の飛行隊がイヅルマに集結している上に、空賊討伐の一大作戦の真っ最中ですから』

 

 エルの言葉もひょうひょうとかわすツバメ。嘘だ、とアコは思った。流石に自警団上層部が、大事な「穴」の警備を一企業に委託してしまうなんてことは考えられない。

 

「自警団本部から命令が入っていない以上、私たちは最後に与えられた任務を続行します」

『我々は「穴」を防衛し、たとえ誰であっても「穴」に近づく者を排除せよと命令を受けています。たとえそれが自警団でも…』

「面白いじゃない、私たちとやりあうつもり?」

 

 「穴」を中心に旋回を続け、睨み合うカナリア自警団とパロット社。一方リーパーはそんな両者と少し距離を取りつつ、かといって「穴」から離れすぎない距離を保ち、持ってきていた衛星携帯電話を起動した。

 リーパーがイジツに来た時、「穴」が消えかけている間も無線通信は地球と繋がっていた。もしこの「穴」が地球と繋がっていれば、電波が届くかもしれない。そう思って電源を入れたリーパーだったが、画面に表示されるのは「NO SIGNAL」の文字だった。

 

 位置が悪いのかと、「穴」にさらに近づいてみる。するとたちまち特殊防空隊の疾風が殺到してきて、直ちに退去するようリーパーに迫る。

 

『こちらはパロット社特殊防空隊だ。現在この空域は我々が管轄している。直ちに180度反転し、この空域から退去せよ。従わない場合、撃墜する』

 

 そう告げて隼の背後についた疾風が、威嚇射撃の曳光弾をリーパーの頭上に放った。だからといって「はいそうですか」と引き返すわけにはいかない。リーパーは背後についた疾風の様子を確認する。大企業が金で腕利きを集めたとだけあって、腕は良さそうだ。

 

「ちょっと、何やってるんですか!? いきなり民間人に向かって発砲するなんて!」

 

 どうやって撒いてやるかと考えていた時、アコの紫電が隼と疾風の間に割り込んできた。流石に彼女たちも、威嚇射撃はやり過ぎだと思ったらしい。アコの紫電が疾風を遮っている間にリーパーは旋回すると、再び穴へと接近する。

 

 衛星携帯電話は相変わらず電波が入らない状態で、リーパーは飛行服のポケットから小型ラジオを取り出した。暇つぶし用として荷物の奥底に入っていたものだが、ラジオの電波なら入るかもしれない。

 

『直ちにこの空域から退去してください』

「上司の命令でもなければ勝手に離れることは出来ないわ。あなたたちこそ『穴』を狙って私たちを追い返そうとしてるだけじゃない?」

『我々はイヅルマ市長の要請で自警団の任務の補助を行っているだけです』

「だったら自分たちを追い出す必要はないじゃないですか!」

 

 カナリア自警団とツバメがなにやら言い合っているが、リーパーの耳にそれらの言葉は届いていなかった。ひたすらラジオのダイヤルを弄り、チャンネルを日本の放送に合わせる。だが聞こえてくるのはノイズだけだ。

 

 

 

 ふと「穴」を見ると、その空間が唐突に大きく揺らぎだしていた。まるで池に石を投げ込んだかのように、「穴」のある空間が波打ち、急速にその色彩を失っていく。ダークブルーの空間が、リーパーの隼と同じ空の青へと色が変わっていき、雲のような三つの輪っかが揺れ動きながらそれぞれ別の方向へと離れて行ってしまう。

 

「穴が消える…」

 

 アコの言葉と共に、「穴」―――正確に言えば、その成りそこないは完全に消失してしまった。後に残ったのは雲状の三つの輪っかだけ。それすらすぐに霧散してしまい、さっきまであった「穴」の痕跡はすっかりなくなってしまった。

 その間わずか数分。さっきまで今にも空戦をおっぱじめかねない雰囲気だったカナリア自警団とパロット社は、黙ってその様子を眺めていることしか出来なかった。

 

『…どうやら「穴」は不完全なモノだったみたいですね。我々は帰還します』

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 シノの呼び止めにも関わらず、パロット社の編隊はあっさりと180度変針し、イヅルマへと戻っていく。彼らの目的が「穴」にあることは間違いないとアコは思った。

 巷で言われている通り、「穴」が莫大な利益をもたらすものだとしたら、大企業のパロット社が喉から手が出るほど欲しがっても不思議ではない。「穴」とそこから降ってくるものを手に入れればさらに会社の利益を拡大させ、パロット社をイジツ最大の企業にまで成長させることだってできるだろう。反対に誰かが「穴」を手に入れてしまったら、今度は自分たちの立場が危うくなる。

 

「『穴』が消えてしまった以上、私たちの任務は終了です。ひとまず自警団本部の指示を仰ぎましょう。リーパーさん、あなたはどうされますか?」

 

 イジツに迷い込んだユーハング人ということで連れてきたリーパーだったが、アコの問いかけに無言だった。「リーパーさん?」と再度問いかけると、「…コトブキ飛行隊と合流します」とようやく返事が返ってくる。

 どこか元気がなさそうだったが、それも当然だろう。何せ目の前で元の世界に帰れるかもしれない「穴」が消えてしまったのだ。もしかしたらどこにも通じていない「穴」だったのかもしれないが、期待していた分失望も大きいのかもしれない。

 どんな慰めの言葉を掛けたらいいのかも分からず、アコは「気をつけてくださいね」と返した。コトブキ飛行隊は空賊の討伐任務へ「円卓」に向かったから、リーパーも空賊退治に参加するつもりなのだろう。

 

 リーパーの機体が「円卓」のある北東へと向かっていくのを見送りながら、アコは自警団本部を呼び出した。監視対象である「穴」は消失してしまったが、かといって勝手に帰還していいということにはならない。きちんと「穴」が消えたことを報告し、その上で今後の指示を仰ぐ必要がある。

 

「部長、こちらカナリア自警団のアコです。イヅルマ郊外に出現していた『穴』ですが、先ほど突如不安定になり、消失しました」

『消失? それは良かっ…じゃなくて残念だね』

「今良かったって言おうとしませんでした?」

『だって「穴」なんて開いたら面倒なことになるじゃないか。あっちこっちから「穴」を狙う連中がやってきたりするかも…』

「とにかく、今後の指示をお願いします」

 

 パロット社が介入してきたことは、後で聞いた方がよさそうだった。今ここで話してしまえば、小心者の部長のことだから、「自分が何かしでかしたのではないか」と気が気ではなくなるだろう。イヅルマ市長や自警団長を交えて、事実確認を行う必要がある。

 

『おっと、こうしてる場合じゃない! 君たち、早く「円卓」に向かってくれ!』

「私たちの任務はイヅルマ近郊のパトロールのはずですが…」

『それどころじゃないんだよ! 味方が押されてて、さっきから救援要請が入りっぱなしなんだよぉ!』

 

 




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