空賊討伐に向かった各都市の飛行隊は、この任務に対してかなり楽観的だった。数が多いとはいえ、所詮は空賊。それに対してこちらは各都市の精鋭飛行隊が同じ数だけ集まっている。
普通に戦えば、どうやったって負けることはありえない。星を稼ぐだけ稼いで、さっさと帰ろう。そんな気持ちで空賊討伐に臨んだ合同飛行隊だが、その甘い考えは脆くも崩れ去ることとなった。
『本部より入電、合同飛行隊は戦力の40%を喪失!』
『編隊長がやられた、誰か指揮を引き継げ』
『こんなの聞いていたのと話が違うぞ!』
きちんと整備され、綺麗な塗装の飛行隊の戦闘機が、薄汚れて荒々しいデザインが機体に施された空賊の戦闘機に追い回される。被弾した機体が曳く黒煙の尾が、茶色い大地と青い空に線を描く。
『もうダメだ、撤退だ!』
『どこに逃げるってんだ、すっかり包囲されてるんだぞ!』
事前の情報に漏れがあったのか、それとも空賊風情と侮って満足な情報収集も行っていなかったのか。空賊が集結している「円卓」と呼称された地域に向かった合同飛行隊が目の当たりにしたのは、事前情報の倍以上の数の空賊の群れだった。
しかもただ数が多いだけではなく、中には元自由博愛連合の残党と思しき編隊もいた。自博連がコトブキ飛行隊に敗れ、イケスカでの勢力争いにも敗れた自由博愛連合だが、未だに残党は活動を続けている。そういった連中はイケスカ動乱の初期から生き残っている連中ばかりで、経験も腕もある優秀な戦闘機乗りが多い。
対して各都市の飛行隊は公営ゆえ、比較的実戦の経験は少ない。それに大都市ほど空賊の襲撃を受ける機会も減るし、中には外注としてさらに用心棒に仕事を投げるような場所もある。それでも都市飛行隊ということで腕は良かったが、いかんせん倍の数の敵に取り囲まれてしまえば、多少の腕の差ではどうにもならなかった。
「また一機やられた!」
大混戦の最中、キリエの前方を飛んでいたどこかの飛行隊の紫電が被弾し、炎を機体から噴き出しながら墜落していく。操縦士は機体が炎上する直前に脱出し、今は落下傘で空中を漂っているが、下に広がっているのは「円卓」。電波状況は悪く、環境も過酷。既に脱出したパイロットは敵味方問わず大勢いるが、救助が来るまでに何人が生き残れるだろうか。そもそも、脱出したパイロットを見つけられる保障すらない。
『…いたぞ! コトブキ飛行隊だ!』
電波障害で無線も混信していたのか、そんな通信が聞こえる。「キリエ、上!」とチカの叫ぶ声でキリエが頭上を見上げると、風防越しに編隊飛行するコトブキ飛行隊目掛けて急降下してくる四式戦闘機「疾風」の群れ。
「あの塗装は…」
「自博連の残党」
茶色い迷彩の機体には見覚えがある。ケイトの言った通り、何度も戦ってきた自由博愛連合の機体だ。もっともイサオがいた頃はピカピカだったその機体もかなり薄汚れ、あちこちに補修の痕が見える。イサオがいなくなった後も、自由博愛連合の残党は戦い続けてきたのだろう。
『あいつらさえいなければ俺たちは!』
『あのコトブキ飛行隊を落とせば名が上がる、やってやる!』
『ここで会ったが百年目だ、死んでもらうぞ』
次々と殺到してくる疾風の群れ。それだけでなくコトブキ飛行隊と聞いたのか、それまで他の飛行隊を追い回していた空賊たちが、続々と彼女たち向けて飛来してくる。その間に空賊に追い回されていた合同飛行隊はどうにか戦闘空域から脱出することが出来たが、今度はコトブキ飛行隊が空賊に囲まれる状況となってしまった。
「あいつら全員こっちに来てるよ! レオナどうする!?」
返事を待つ間もなく、曳光弾の雨が上下左右から飛んでくる。この状況で孤立しては確実にやられてしまうが、かといって密集していればすぐに被弾してしまうだろう。
「各機散開! ペアと離れるなよ!」
レオナはそう指示を下しザラと、ケイトはエンマと、そしてキリエはチカとペアを組んで、二機編隊でそれぞれ別の方向へと散開していく。空賊たちは散開した彼女たちを追ってそれぞれてんでバラバラな方へと飛んでいくが、それでもまだ数は多い。
「この後どうすんの?」
「被弾した味方機が脱出するまでの時間を稼ぐ!」
「その後は?」
「どうにかする!」
とはいえ、多勢に無勢だった。レオナが攻撃、ザラがその援護を担当し、向かって来る空賊機の中へと飛び込む。すれ違いざまに二機ほど落としたが、まったく空賊の数は減らない。
『いたぞ、翼端が緑の隼! あいつが隊長機だ!』
『隊長機を狙え、指揮系統を乱せるぞ』
『他の機体と分断しろ、リーダー機をまず墜とせ』
混信のノイズと共に、零戦五二型が10機ほど、レオナたちの編隊に突っ込んできた。空賊は二手に分かれ、それぞれザラとレオナの間に割って入る。レオナの援護を担当するザラだったが、自分も狙われているとあっては回避に徹するしかない。可能な限りレオナとの距離を保とうとするザラだったが、空賊たちに追われて徐々に距離が開いていく。
「ザラ! くそっ…!」
ザラに纏わりつく零戦を一機撃墜したレオナだったが、すぐさま背後から銃弾の雨が押し寄せてくる。機銃弾が翼端を掠め、レオナは一気に隼を急降下させた。だが空賊たちも手練れなのか、即座に彼女の動きに追随してくる。あっという間にレオナはザラと引き離され、零戦に追いかけ回される形となってしまった。
「ザラが危ない、助けないと!」
「どうやって!? エンマ行ける?」
「無理ですわ!」
レオナ機が空賊に追われている様子を目の当たりにした他の隊員たちだが、彼女たちもそれぞれ空賊に追われる身だった。何度も自由博愛連合に煮え湯を飲ませ、ついにはイサオを倒し自博連を瓦解させたコトブキ飛行隊は、空賊たちにとって格好の獲物というよりも、何としても復讐しなければならない相手だった。味方機の損害にも構わず、空賊たちはキリエたちに突っ込んでくる。
一方零戦の群れに追われるレオナは、どこか懐かしい気持ちを抱いていた。一瞬でも気を抜けば容赦なく墜とされるという状況なのに、感慨にふけってしまう。
「あの時と同じだ…」
もう何年も昔、まだレオナが駆け出しの戦闘機乗りだった頃。リノウチ大空戦と呼ばれる戦いがあった。イジツ中を巻き込んだその戦いには大勢の戦闘機乗りが参加し、育った
だが蓋を開けてみれば戦いが始まるなり熱くなって突っ走ってしまい、味方の編隊から離れて孤立。複数の零戦五二型に追い回され、挙句の果てに被弾した。
その時と異なるのは彼女が「駆け出し」から「エリート」と呼ばれるようになったこと、そして乗っているのが九七式戦闘機ではなく隼であるということか。必死の回避運動で敵機の射線から逃れ、なおかつ敵機をオーバーシュートさせて何とか反撃のチャンスを作ろうとするレオナだったが、空賊たちもあの時の零戦のように恐ろしい相手だった。
急減速とバレルロールで一機を前方に押し出し、何とか撃ち落としたものの、依然5機もの零戦がレオナを狙っている。自分たちも狙われている状況では、ザラやキリエたち他の隊員も回避運動に徹するのに精いっぱいだ。
「レオナ!」
思わず叫ぶザラ。だが追われているレオナ機の後方から、1機の戦闘機が接近しつつあることに彼女は気づく。
突然、レオナ機を追っていた空賊機の一機が、翼から火を噴いて墜落していく。さらにもう一機、後方から飛んできた曳光弾にラダーを吹き飛ばされ、独楽のように回転しながら茶色い大地へ重力に引かれて落ちていった。
「誰だ!?」
自分たちの後方に敵機がいることに気づいた零戦が一機、レオナ機の追撃を止めて回避運動を取ろうとした。だが飛んできた曳光弾はその機動を読んでいたかのように零戦の右主翼に命中し、インテグラルタンクに引火した零戦があっという間に火達磨になる。
残った二機もそれぞれレオナ機の追撃を中断し、回避行動に移ったが、無駄だった。後方から飛来する機銃弾はまるで吸い込まれるかのように、その二機の胴体を貫いた。
瞬く間に5機の零戦が落とされた。こんなことをする奴は誰だ。そう背後を振り返ろうとしたレオナの頭上を、一機の青い隼が飛び抜けていく。
『無事ですか?』
その声と、機体に描かれたピンクのリボンを結んだ死神のエンブレムには見覚えがあった。レオナ機を追い越した隼は挨拶するかのようにバンクし、その光景が再びレオナを懐かしい気持ちにさせる。
「イサオ…」
かつて自由博愛連合を率いていた男、イサオ。彼もまたリノウチ大空戦にイケスカ飛行隊のパイロットとして参戦し、1回の出撃で12機を撃墜して「天上の奇術師」と呼ばれた。そんな彼に、まだ新米だったレオナは助けられた。
だが今目の前を飛んでいるのはイサオではない。戦闘機は五式戦ではないし、何よりパイロットは雄弁でお調子者のイサオとは程遠い、口数は少なく大人しい男だ。共通しているのは空戦スキルくらいだろうか。
『違います』
「いや、今のは独り言だ。リーパー、また助けられたな。ありがとう」
『どうも。機体の損傷は? 疲れたなら一回下がった方が良いかと』
「大丈夫だ、まだいける」
『なら安心しました。しばらく休んでてください』
そう言ってリーパーの機体は別の空賊機へと向かって行く。その向こうではザラ機に纏わりついた空賊機に、見たことのある零戦52型が銃撃を浴びせていた。
「あの機体は…」
イケスカから市長を護衛してきたという片羽の零戦52型丙だ。リーパー共々、いつの間にやって来たのだろうか。
近くの敵機には高威力の20ミリ機関銃を撃ち込み、離れた敵には弾道特製が良好な13.2ミリ機銃を放つ。まるで見えない手ではたき落とされるかの如く、次々と敵機が落ちていく。その中を駆け抜ける片方の主翼を赤く塗られた零戦は、さながら次々と獲物を食い殺していく地獄の番犬のようだ。
「ザラ、無事か!?」
「ええ、何とか…彼らに助けられたわね」
「無理はするな、限界なら帰投しろ」
「まだ大丈夫、少し休めばまたいけるわ」
そういうザラの息はすっかり上がっていて、レオナも身体の節々がまだ痛んでいた。回避行動で高いGがかかる旋回運動を続けていたのだから当然だった。高いGが身体に掛かり続けたせいで意識はブラックアウト寸前で、何度気絶しそうになったかわからない。
空戦は非常に体力を消耗する。ドッグファイトは常に高いGが身体を襲う中で、どちらが先に音を上げるかの勝負でもある。そしてその勝負に先に負け、回避運動が鈍った方が死ぬ。
「ああ、まただ」
リーパーの隼と片羽の零戦は二機編隊を組むと、他の味方機を追い回している空賊機へと向かって突っ込んでいく。彼らは数日前に少し会っただけのはずなのに、長いこと編隊を組んでいるかのようにその息はぴったりだった。
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