――――――十数分前。
結局、『穴』は地球へと繋がらなかった。その可能性は高いと予想はしていたし、覚悟もしていたつもりだったが、こうして実際に目の前で希望が失われる様を見なければならなかったのはかなり堪えた。
もう帰るのは無理なのかもしれない、とリーパーは思いつつあった。アレンの話では1年後に『穴』が開くということらしいが、その『穴』だって繋がる先をアレンは予想できていない。元の地球に帰れる保証などどこにもない。
ならばいっそ、イジツで人生を終える覚悟が必要かもしれないな。リーパーは空賊討伐任務が行われている「円卓」に向かって隼を飛ばしつつ、頭の片隅でそんなことを思った。
ふと視界の片隅に、同じ方向へ向かって飛ぶ一機の戦闘機が見えた。向こうもリーパーの隼に気づいたらしく、翼を振って接近してくる。右の主翼の端だけが赤く塗られた、見覚えのある零戦だった。
『そこの青い隼、お前はもしかしてオウニ商会の用心棒か?』
やや掠れたような、若い男の声。間違いなく、数日前にイケスカ市長の護衛機としてやって来たピクシーという傭兵の声だった。
「そうだ。そちらはイケスカ空軍のピクシーで間違いなかったか?」
『正確に言えば傭兵だが、そう思ってくれて構わない』
「まだ市長はイケスカにいるはずだが、どこへ行くんだ? 先にイケスカへ帰還するのか?」
市長の護衛としてやって来たイケスカ飛行隊だが、イヅルマ側は彼らを警戒しているのか空賊討伐任務には参加させず、周辺空域の哨戒任務を押し付けたらしい。だからリーパーもイヅルマを離れて飛んでいるピクシーの機を見て、イケスカへ帰るのかと思ったのだが、返事は予想外のものだった。
『聞いていないのか? 円卓において合同飛行隊が現在苦戦している。至急増援をという話が来たから向かっているんだが』
「苦戦? 敵は空賊で数もこちらより少ないという話は?」
『事前の情報が誤っていたようだ。現在の味方の損耗率は30%。イケスカ空軍だけでなく、イヅルマにいる用心棒にも片っ端から声がかかっているという話だ』
その言葉を裏付けるように、この空域を飛んでいるのはリーパーとピクシーだけではなかった。塗装も機種もバラバラの戦闘機たちが、円卓に向かって飛んでいる。
『報酬は普段の三倍出すそうだ。お偉方も空賊を叩き潰すつもりが逆に叩き潰されちゃ敵わんと思っているんだろう。面子にかかわるからな、なりふり構っていられないみたいだ』
「こんなバラバラな面子で統率が取れるか怪しいもんだが」
『そうだな。ところで、リーパーと言ったか。お前僚機はいないのか?』
コトブキ飛行隊が僚機と言えばそうなるかもしれないが、厳密な意味での僚機はいない。リーパーが隊長を務めていることになっているアローブレイズ飛行隊は、現在人員一名のみだ。
「いや、いない。俺は別行動中だったが、今はコトブキ飛行隊の支援に向かっている」
『そうか、なら編隊を組もう。リーパーと言ったか、お前の腕前は聞いている。中々優秀なパイロットらしいな』
いきなりの提案にリーパーは少々面食らった。普通編隊というものは、きちんと同じ訓練をした仲間同士で組むものだ。それをいきなり出合ったばかりの人間と組もうと言い出すのは、よほど腕に自信があるのか。
だが悪い話ではない。たった一機で戦うよりも、即席とはいえ編隊を組んでいた方が、背中を守ってくれる仲間がいるだけ安心して戦える。リーパーはピクシーの提案に乗った。
『隊長はお前がやってくれ、リーパー』
「俺でいいのか?」
『お前の腕前を見せてもらいたい』
即席の編隊長が自分でいいのか、と思ったが、どうせほとんど初対面の相手だ。互いの背中を守って戦えるなら、それで十分だろう。
「了解した。それじゃ円卓へ急ごう」
――――――現在
リーパーを始めとした急遽動員された用心棒たちが作戦空域に到達した時には、状況は混迷を極めていた。各都市から集まった合同飛行隊は空賊たちに追い回され、味方の損耗率は40%を突破。後退を始める部隊もあり、味方の統制がほとんど取れていない。
『こんな状況だが…どうするリーパー?』
「とりあえず味方を援護、敵を墜とす」
『シンプルだな…っと。10時方向、あれはお前の仲間じゃないか?』
ピクシーが示した方角を見ると、空賊と思しき零戦数機に追われる隼の機影。その機体に緑色のラインが走っているのを見たリーパーは、それがレオナの機体だと確信した。空戦機動も彼女のものだ。
「コトブキ飛行隊だ。まだ墜とされてはいないようだが、このままだとマズい」
『助けに行くか?』
「あんたがついてきてくれるなら。ついて来なくても行くつもりだけど」
『わかった。それじゃ、花火の中に突っ込むとするか』
コトブキ飛行隊は味方の後退を援護するため、前線に踏みとどまっているようだった。そのせいで多数の敵機から狙われている。レオナだけでなく、他の面々も空賊に包囲されていた。
「俺はレオナ隊長を援護する。あんたは他の機を頼む」
『
太陽を背にして急降下。機体が空中分解しないギリギリのところをキープし、速度を稼ぐ。太陽を背にしているためか、はたまた目の前の獲物に夢中になっているのか、レオナを追う5機の零戦は急降下して接近してくるリーパーに気づいていないようだった。
リーパーは機首を起こして減速し、空賊たちの背後についた。そしてそのまま一番近くの機を照準に納め、発砲。Su-30の30ミリ機関砲に比べたら遥かに軽やかな発砲音と共に、数発の曳光弾が空に軌跡を描いて零戦の主翼に命中する。燃料タンクを内蔵した主翼はたちまち赤い炎を噴き出し、撃たれた零戦がコントロールを失って急降下していく。
もう一機、レオナを追う機体に照準を合わせた。敵機はレオナ機への攻撃に夢中になっていて、回避運動を取る素振りもない。敵の機動を先読みする必要すらなかった。リーパーがそのまま発砲すると、放たれた12.7mm弾は零戦のラダーを吹き飛ばし、コントロールを失った零戦がくるくる回りながら茶色い大地へ向かった落ちていく。途中で白い落下傘が空中に花を咲かせ、ゆらゆらと降下していった。
流石に二機を落とされ、空賊もリーパーの存在に気づいたらしい。一機がレオナ機の追撃を止め、旋回して回避しようとした。だがリーパーはその回避軌道の先を読み、発砲。自ら銃弾の進路に飛び込む形となった零戦は、右の主翼から炎を噴き出しながら墜落していく。
残った二機もそれぞれ機首を引き上げ離脱しようとしたが、リーパーには不思議と彼らの機動がわかった。「恐らくここを通るだろう」と予想した場所に照準を合わせて発砲すると、その通りに敵機が射線に飛び込んできて銃弾が命中する。レオナを追っていた機体を全て撃墜したリーパーは、彼女の機体の前に躍り出て
『ピクシーよりリーパー、こちらは敵機を全て撃墜した。そちらはどうだ?』
見るとピクシーの零戦52型丙も、ザラ機を追っていた機体を追い散らし、撃墜しているところだった。数える暇はなかったものの、
「こちらも敵機を全て撃墜した。他の味方機の救出に回ろう」
『了解、指揮は任せたぜ』
「よし、
コトブキ飛行隊の支援を終え、リーパーはピクシー機と再び編隊を組んだ。塗装から見ると、追われているのはショウト飛行隊の飛燕隊だろう。隊長であるカミラの指揮が上手いのか、まだ墜とされてはいないようだが、それでも追われ続けていれば体力にも限界が来る。
「とにかく敵機を落として、味方機の離脱を支援する」
『了解、報酬上乗せに期待だな』
一方の空賊たちは、空戦の流れが変わりつつあることに気づき始めていた。
各地から集まってきた空賊や自博連の残党が結集し、討伐にやってきた合同飛行隊を逆襲したところまでは良かった。こちらの数は合同飛行隊の二倍、それに加えて歴戦の自博連残党パイロットたちも大勢いる。負けるはずが無かった。
事実戦闘開始直後は空賊たちが圧倒的に優勢だった。大都市の公営飛行隊を集団で嬲り、撃墜する様に快感すら覚えられるほどだった。空賊たちは合同飛行隊を圧倒的な数を以て分断し、各個撃破に追い込んでいく。
これまで空賊という惨めな立場に甘んじるしかなかった鬱憤を晴らすかのように、空賊たちは合同飛行隊へ苛烈な攻撃を加えた。流石に脱出したパイロットを攻撃するようなタブーこそ犯さなかったものの、空域からの離脱を試みる機体ですら容赦なく撃墜するほどだった。
このまま徹底的に敵戦力をすり潰して、全滅させたのちはイヅルマへ攻撃を仕掛けてやる―――。そんなことさえ考えていたのに、気がつけば味方機が次々と墜とされている。
『ヤバい奴らに追われてる! 誰か助け―――』
ノイズ交じりの交信が途切れ、空中で爆発の華が咲いた。その中を飛び回っているのは空色の一式戦闘機と、片翼が赤く塗られた零戦だった。
『おい、やべえぞ片羽だ!』
『片羽!? なんで奴がこんなところに』
『片羽とコンビを組んでる奴も相当ヤバい、誰か奴を墜とせ!』
右の主翼を赤く塗った零戦に乗る「片羽」という凄腕の用心棒がいるということは、空賊たちの間にも知れ渡っていた。何でも一年ほど前に突然現れた凄腕の用心棒で、とある戦闘で右の主翼を損傷しつつも、無事基地に帰還するほどの実力の持ち主だという。これまで数多くの自博連残党や空賊が片羽に墜とされていて、「右の翼が赤い零戦には気をつけろ」が空賊たちの共通認識となっていた。
その片羽も今はイケスカに雇われていて、内戦終結に一役買ったらしい。そんな片羽がこの空域にいることは空賊たちにとっては悪夢も同然だったが、それでもまだ何とか勝てるだろうという認識はあった。
凄腕の用心棒とはいえ、所詮は一人。取り囲んで一斉に攻撃すれば墜とせる。事実そう考えて攻撃を仕掛けた空賊の編隊もあったが、彼らは悉く返り討ちに遭う末路を辿った。
『あの青い隼はなんだ? 片羽もやべえが、あいつも凄腕だ』
『あの二機が戦況をひっくり返してやがる、このまま放っておいたらマズいぞ』
機種も塗装もバラバラの二機だったが、息はぴったりだった。空賊たちは二機の前に次々と墜とされ、代わりに追い込まれていた合同飛行隊が息を吹き返しつつある。これまでは圧倒的な数の前に追われる一方だった合同飛行隊が、編隊を組み直して果敢に反撃に移り始めていた。
確かにこのままあの二機を放置しておけば、せっかく有利な状況をひっくり返されかねない。それに「片羽」は名の知られた用心棒で、撃墜することが出来ればそのパイロットの名が上がるのは間違いない。いずれにせよ、ここで墜としておくべき敵だった。
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