荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第四〇話 MAYHEM

「おい、あの青い隼を見ろ」

 

 『円卓』での空戦の最中、遅れてやって来たナサリン飛行隊のフェルナンドは、今まさに大暴れしている隼と零戦の編隊を見て何かに気づいた。彼に言われて僚機のアドルフォも隼に目をやると、機体に死神のエンブレムが入っているのが見える。

 

「あのマーク、昨日コトブキと一緒にいた兄ちゃんが来てたジャケットにあった奴じゃねーか」

「腕利きっていうのは本当らしいな。いや、それ以上か」

「あっちの零戦は…って、あれは片羽じゃねーか!」

 

 右の主翼だけを赤く塗りつぶした零戦の噂は、用心棒をしていれば嫌でも耳に入る。1年ほど前突如現れた凄腕の用心棒。イケスカの内戦に協和派として参戦し、内戦終結に貢献したというパイロット。

 イケスカ新市長の護衛としてイヅルマまで来ているという話は聞いていたが、それが円卓に乗り込んでいたとは。しかもどういうわけか、リーパーと編隊を組んでいると来た。

 

「あの二人、どういう関係なんだ?」

「さあな。だが、息はぴったりなようだ」

 

 二人とも長い間編隊を組んでいるかのように、互いの動きがわかっているかのようだ。二人とも手あたり次第に敵機を撃墜しているかのようで、その実互いの死角をカバーする動きを取っている。

 

「片羽が凄腕だというのは当然として、あの兄ちゃんもすげえ」

「ああ、無駄弾をほとんど使っていない」

 

 リーパーは敵機の進路に向かって銃弾を放つと、敵機が自分からその中に飛び込んでいっているかのようだった。偏差射撃は自機と敵機の速度と高度と進路、そして重力に引かれる銃弾の弾道も考えて行わなければならない。簡単なのは敵機に命中するまでトリガーを引きっぱなしにすることだが、その場合は無駄弾も当然多くなる。

 だがリーパーは敵機に弾が命中する前に射撃を止めてしまっている。まるで「これくらい撃てば十分だろう」と確信して引金を引いているかのようだ。

 

 一方片羽は大火力を瞬時に投入し、敵機を撃墜する方法を取っているかのようだ。20ミリ機関砲を2丁、13ミリ機銃を4丁搭載した片羽の零戦52型丙改は、隼の12.7ミリ機銃2丁と比べると圧倒的な大火力を誇っている。機動性は劣るものの、それを補って余りある武装量だった。

 

 今もまた、空賊の三式戦が片羽の零戦に追い回されている。片羽は射撃位置を確保すると、スロットルレバーのトリガーを引いた。瞬時に6丁の機関銃から銃弾が吐き出され、あっという間に敵機がバラバラの金属片と化し、地上に降り注ぐ。

 

「なあアドルフォ、まだあのパイロットをナサリンに勧誘したいと思うか?」

「考えが変わった。俺たちじゃついて行けねえ」

 

 昨日会った時は人員2名のナサリン飛行隊に勧誘していたものの、今の戦いっぷりを見たらその気も無くなった。きっとリーパーをナサリンに引き入れたところで、アドルフォとフェルナンドではとてもついて行くことなど出来ないだろう。二人とも自由博愛連合との戦いを生き残り、それなりの撃墜数(スコア)を持つエースパイロットだと自負しているものの、リーパーの腕前はそれ以上のようだ。

 

「こりゃコトブキ、いやイサオ以上の人材かもしれねえ」

「俺たちじゃ、宝の持ち腐れだな」

 

 また一機、リーパーに狙われた空賊機が火を噴いて荒野に墜落していく。数が足りないと駆り出されたナサリン飛行隊だったが、結局一発も撃たずに終わりそうだとフェルナンドは思った。また一機、空賊機が炎に包まれながら地上へ機首を向ける。

 

 

 

 空賊たちは突如現れたたったの二機に情勢をひっくり返され、混乱の極みにあった。

 先ほどまでは倍の数で圧倒し、これまで散々自分たちを追いやってきた大都市の飛行隊を嬲り殺しに出来ると思っていたのに、乱入してきた片羽が赤い零戦と青い隼が戦況をひっくり返してしまった。最初は片羽という名が知れた用心棒を撃墜することで、自分の名を上げようと息巻いている空賊も多かった。だが彼らはとっくに機体と共に爆散するか落下傘で空中を漂う身であり、自分の愚かな判断の結果をその身を以て知ることとなった。

 

 青い隼はどうせ大した用心棒でもないと舐めてかかっていた者たちも、あっという間に落とされてしまった。さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、空賊たちは片羽とリーパーのコンビから逃げ回るのに必死だ。しかもその間に態勢を整えた都市飛行隊が戻ってきて、組織だった戦闘を再開している。

 

「容赦ない攻撃だ! 全てを焼き尽くすつもりか」

 

 また一機、黒煙の尾を引いて落ちていく空賊機を目の当たりにして、誰かが呟く。今のリーパーはまさしくエンブレムの通り死神と化していた。空賊たちは、その死神が振るう大鎌の先に自分がいないことを祈るしかない。もしも死神に狙われてしまえばお終いだと、この場にいる誰もが直感していた。

 

『至急至急、こちら空賊シロヘビ団! イケスカ空軍のグラーバクが…』

 

 ノイズと共に通信が途絶え、爆発炎上する機体の黒煙の中から4機の四式戦闘機「疾風」が姿を現す。灰色と黒の迷彩を施したその機体は、新市長の護衛役としてイケスカからやって来たグラーバク飛行隊を名乗る連中だった。

 片羽と共に、その名は空賊たちの間でも知られている。何でもイケスカ動乱の前から凄腕の傭兵としてイサオの指揮下に入っていたとか、内戦中のイケスカでは烈火の如き活躍で片羽と共に内戦終結に一役買ったという話もある。その腕を買われ、新生イケスカ市と創設されたイケスカ空軍において、教導隊(アグレッサー)としても働いているほどの実力の持ち主だという。

 

『なんでグラーバクの連中が!? こっちには来ないって話じゃなかったのか?』

『俺が知るかよ! くそっ、アイツらには絶対敵わねえ!』

『命あっての物種だ、逃げるぞ!』

 

 4機の疾風はまるで掃除をするかの如く、進路上の機体を次々と墜としていく。彼らが通った後には火を噴き堕ちていく機体と、爆発の黒煙しか残らない。

 その圧倒的な技量を知る空賊たちは、当然逃げる道を選んだ。せっかく各都市の飛行隊を壊滅させ、イヅルマへ攻撃を仕掛けるチャンスだったが、死んでしまってはどうしようもない。イヅルマに各都市の首脳が集まると聞いて密かに連絡を取り合い、総攻撃を仕掛けるつもりだった空賊たちだが、こうなってしまえば作戦は失敗だった。

 

 ならば逃げるしかない。何事も命あっての物種だ。そもそも彼らだって貧しく飢えて死にたくないがゆえに空賊になったのであって、戦って死ぬために空賊になったわけではなかった。

 

『連中は総崩れだ、逃がすな!』

 

 いつの間にか戻って来ていたイヅルマ自警団の団長が、退却を始めた空賊たちを見て叫ぶ。今まで空賊たちに追い回され、戦力をすり潰されていた各都市の飛行隊は、撤退する空賊たちに我先にと追撃を開始した。

 

『おい貴様、そいつは俺が狙っていた獲物だ!』

『知るか早い者勝ちだ』

『誰だ今俺を撃った奴は!? 空賊もろとも墜とす気か!』

『お前がトロいんだよ馬鹿野郎』

 

 さっきまで助けを求めて逃げ回っていた情けなさはどこへ行ったのかと思うほどの威勢のよさだった。各都市の飛行隊は撃墜数(スコア)を少しでも稼ごうと、撤退する空賊たちに目の色を変えて背後から銃弾を浴びせていた。

 

「あの人たち、さっきまで悲鳴を上げて逃げていたのを忘れていらっしゃるのかしら」

 

 そんな都市飛行隊のパイロットたちを見て、エンマが呆れた声を上げる。そんな彼女たちは既に銃弾をほぼ撃ち尽くし、逃げる空賊たちの背中を見つめることしか出来なかった。逆に言えば今空賊たちを追撃している連中は、それまで逃げるのに必死でロクに戦ってすらいなかったということだ。

 

「本当ね、他人の手柄を横取りする男は嫌われるわよ」

「ああ、確かに大手柄だな…」

 

 ザラの言葉に、どこか含みのある答えを返すレオナ。その視線は、戦闘を終えて周辺警戒に当たるリーパーの隼に向けられている。

 リーパーは逃げていく空賊たちには興味が無いようで、既に帰投する準備に入っているようだった。敵とはいえ背中から撃つ卑怯な真似をしたくないのか、それとも単純に弾切れか。

 だが彼が十分と言えるほどの活躍を上げていることは、この場にいる誰もが把握していた。空戦の合間にリーパー機に目をやると、そのたびに彼は敵機を撃墜していた。

 

 レオナの救援に入った時に5機、それからさらに数機を撃墜しているのを確認している。ずっとリーパーを注視しているわけにもいかなかったから正確な撃墜数は把握していないが、僚機である片羽の報告と味方機の目撃証言を突き合わせれば、確実な戦果がわかるだろう。

 

「コトブキ飛行隊、帰還する」

 

 被弾こそしているものの、全機無事であることを確認したレオナは、そう発して機首をイヅルマの方角へ向けた。

 恐ろしい奴だ。鬼神の如きリーパーの戦いっぷりに、そう感想を抱いたレオナだった。

 

 




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