「何一人で黄昏てんの?」
空賊が撃退されたイヅルマの街には活気が戻りつつあった。今でも市民の外出制限は続いているものの、空賊撃退任務から帰還したパイロットたちはその限りではない。そんな彼らを労うために市内で一番大きなバーが開放され、パイロットたちは自分たちの無事の帰還と、そして帰ることが出来なかった仲間たちのことを想って酒を酌み交わしていた。
お酒が苦手なキリエだったが、パンケーキが食べれると聞いてその宴会に参加することを即座に了承した。酔って尻や胸に手を伸ばしてくる男どもを蹴り飛ばし、パンケーキをお代わりし、そしてちょっとだけ飲んだお酒のせいかトイレに行ってきたその帰り、バーの外のベンチに一人腰かけているリーパーに気づいた。
「あんたのこと話題になってるよ。行かなくていいの?」
「別に。酒はそれほど好きじゃない」
そういうリーパーの手にはサイダーの瓶。キリエはああいう騒がしい場所が嫌いではないしむしろ心地よく感じる時すらあるが、外のベンチで一人サイダーを飲んでいるリーパーを見ると、静かな雰囲気も悪くはないかなと思う。
「隣座るよ」
「お好きにどうぞ…って何を持ってるんだ?」
「自販機のパンケーキだよ。さっきトイレに行く前に見つけたからつい買っちゃった」
「…トイレに持って行ったそれを食べるのか?」
「いいじゃん捌に! トイレの床に落っことしたわけじゃないんだから。あ、これ私のだからあげないからね」
「別に欲しいとは一言も…」
くれと言ってもパンケーキ狂のキリエは一つもくれないだろうが。そのことはわかっていたのでリーパーも余計な口は開かない。
「…皆あんたのこと話してるよ。なんかとんでもない奴が現れたって」
「まぁ、そうだろうな」
リーパーは昼間の戦闘を思い出してそう返す。自慢するわけじゃないが、あれだけの暴れっぷりを敵味方に見せつけたのだ。地球と同じく話題の的になって当然だ。
「さっきの戦いであんた13機も落としたんだって? イサオ以上じゃん」
「そうか、そんなに落としてたのか」
「そうかって…あんた自分の撃墜数くらい数えてないの?」
驚いたことに、あれだけの戦闘を行い13機も敵機を撃墜したにも関わらず、帰投したリーパーの機体にはまだ銃弾が残っていた。隼に搭載されている12.7ミリ機銃の弾数は一丁当たり270発。一機墜とすのに20発も使っていないことになる。
「敵機を落とすのに一心不乱だったからな、いちいち数えてられない」
「はぁ、エース様のお気持ちは私にはわかんないや」
そう言ってパンケーキを口に放り込むキリエ。
「そういやあんた、まだここにいるってことは帰れなかったの?」
「見りゃわかるだろ」
「だよね。それで、あんたこの先どうすんの?」
それはこっちが聞きたいくらいだ、とリーパーは言いたくなった。もしも「穴」が地球に繋がっていたら、今頃はどこかの基地に辿り着いていただろうか。
期待していた分、落胆も大きかった。ようやく元の世界に戻れると思っていたのに、希望は目の前で失われてしまった。今度こそこの世界で腰を据えて生きていく覚悟を固めていく時が来たのかもしれない。リーパーが帰るべき家は、あのダークブルーの穴の向こうへと消えてしまった。
「どうするって言ってもなあ…今まで通りオウニ商会で雇ってもらうか」
「そういや昨日ナサリンのおっさんたちに声かけられてたじゃん、あっちは?」
「いや、さっきその件で話に行ったら先に断られた。『俺たちじゃ足を引っ張りかねん』って」
「まぁ、あんたと組める奴なんかそうそういないだろうね。私だって無理だと思うよ」
とはいえこのまま金魚のフンみたくコトブキ飛行隊の後をくっついて回るというのもどうかと思うし、いつかは独り立ちしなければならない。問題は、組んでくれる相手がいるかどうかだ。
「そういや私の知り合いで一人でフリーランスやってる人がいるんだけど、あんたもそうしたらいいんじゃない?」
「フリーランス? 一人で?」
「そ、ナオミって人」
聞けばキリエと同じくサブジーとやらの弟子で、気の赴くまま色々な勢力を渡り歩いては戦いの日々を繰り広げているらしい。「楽しいから」という理由で空賊と組むこともあるようで、キリエとは何度も戦った間柄だそうだ。そのキリエもナオミの正体を知る前は、彼女に殺されかけたこともあったらしい。
「フリーランス、ねぇ…」
巨大隕石ユリシーズの落下とその後の戦乱が続く地球では、陸海空を問わず傭兵稼業が盛んになった。とはいえ多くの傭兵はリーパーのように軍事企業に雇用されて働いており、フリーランスで色々な会社を渡り歩くという傭兵はそこまで多くはない。
戦闘というのは結局チームワークが重要であり、普段からお互いを知ることが必要だからだ。そしてチームワークを必要としないような奴は調子に乗っている愚か者か、あるいは自分一人で全てを出来てしまう凄腕のどちらかだ。
「それもいいかもしれないが、今は誰かと一緒に飛びたい」
「なんで? あんたの腕なら一人でもやってけるんじゃないの?」
「一人で飛ぶには、この空は広すぎる」
「何恰好つけてんのあんた」
リーパーとキリエが外のベンチで話し込んでいる一方、バーに集まった用心棒たちは昼間の空戦の話でもちきりだった。各々が自分の撃墜数を競う一方で、まだ酒に酔っていない面々は自分たちの部隊に引き抜けそうな実力の持ち主がいないか冷静に店内を見回している。
「あいつは?」
「まだ外から戻って来てないわよ。キリエもね」
「そうか」
そう返してレオナはコトブキ飛行隊専用に用意されたボックス席へと腰かける。有名なコトブキ飛行隊ということでバーのマスターが気を利かせて用意してくれた席だが、カウンター席と違いナンパ目的の輩が隣に腰かけようとできないのでありがたいとレオナは感じていた。
「せっかくのタダ飯なんだからもっと食えばいいのに。もったいない」
「チカ、口にケチャップが着いていますわ。はしたないですわよ」
しかしチカはエンマの言葉などどこ吹く風といった体で、ケチャップ丼を掻き込むのに夢中だった。その隣ではケイトがお盆に山積みになったハンブルグサンドの包みを開いている。今回の空戦でコトブキ飛行隊に助けられた者も多く、彼女たちの食事代は奢りという形になっていた。もっとも、それをダシに近づこうとする輩もいるのだが。
突然、それまで騒がしかった店内が一瞬で静まり返る。何事かとレオナがバーの入り口を見ると、ひとりの男が入ってくる様子が見えた。リーパーが着ているようなフライトジャケットを纏い、肩には鎖を咥えた犬のエンブレムのワッペン。短く刈り込んだ金髪には見覚えがある。
「片羽…」
宴会が始まった時には姿が見えなかったものだから、てっきり護衛対象の市長のところにいると思ったのだが。店内にいた皆が片羽に気づいて会話を止め、無言で彼の前から退いて道を作る。既に名の知られたパイロットである片羽だが、昼間の戦闘で誰もが彼の実力を目の当たりにしていた。
畏怖と敬意の視線を向けられる片羽。そんな彼とレオナは目が合った。レオナの姿を認めた片羽は、まっすぐ彼女の元へと歩いてくる。
「あいつはいるか?」
「あいつ? リーパーのことか? 彼なら今外にいるはずだが」
「見当たらなかった。入れ違いになったかな? まあいい、あんたたちに話がある」
話し合うレオナと片羽を見て、周囲の用心棒たちがひそひそと何か言葉を交わす。そんな彼らを横目に、「ナンパならお断りよ?」とザラが冗談っぽく言う。
「そのつもりはない。俺をしばらくリーパーと組ませてくれ」
「組ませる? 彼を引き抜くということか?」
「いや、違う。あんたたちとリーパーはオウニ商会に雇われているんだろう? 俺もしばらくの間在籍させてもらいたい」
「マダムにあなたを雇えと?」
話を聞いていたエンマが胡散臭そうな目を向けるが、片羽は首を横に振った。
「いや、金は要らない。ただしばらくの間、奴と一緒に飛ばせてくれ。弾薬代と燃料代、整備費用だけ負担してもらえればそれでいい」
「タダより怖いものはない、とも言いますわよ?」
「その通りだ。何が目的なんだ?」
片羽は凄腕の用心棒だ、それはこの場にいる誰もが認めている。もしも彼がオウニ商会に雇われるようになったら、商会の名はますます上がるだろう。羽衣丸の護衛任務もさらに楽になるに違いない。
だが片羽の意図はそういうことではないようだ。彼はオウニ商会ではなくリーパーに用があるらしい。
「リーパーの腕を見極めたい。そして奴が俺たちの期待に適うような人物であれば、引き抜きたい」
「引き抜くというと、イケスカに?」
「その通りだ」
「堂々とよその人間を引き抜くって言っちゃって大丈夫なの? もしもそれをマダムの前で言ったら、かなり吹っ掛けられるわよ?」
コトブキ飛行隊やリーパーはオウニ商会に雇われて仕事を請け負っている。それを引き抜こうとするのであれば、当然オウニ商会トップのマダムルゥルゥが難色を示すだろう。彼女自身は隊員らに自由が一番だと言っているし、以前引き抜きの話があった時も「自由にすればいい」と言っていたが、それと金の話は別だ。発生する違約金は当然引き抜きの話を持ってきた側が負担することになるが、その金額がどれほどのものになるか、考えただけでも恐ろしい。
「金は問題じゃない、必要なのは腕のいいパイロットだ。パイロットは金さえかければ集められるかもしれないが、『本物』は金を積んだだけじゃ見つけられない」
「なるほど。どこに行くかは結局のところリーパーが決めることだから、私は何も口を出す権利はない。だがあなたをオウニ商会で飛ばせるかについてはマダムが決めることだ」
コトブキ飛行隊の行動については隊員が全員一致で決めることだが、オウニ商会が誰を雇うかという話にまでは口を出せない。最終的にはマダムが決めることだが、どういう結果になるかはレオナも予想できなかった。
「それで構わない。話を通しておいてもらえるか?」
「わかった。それでは明日、羽衣丸まで来てくれ」
レオナがそう言うと、「感謝する」と言って片羽は去っていった。彼が店から出た瞬間、再びバーが騒々しくなる。今の会話に聞き耳を立てていた者たちがどれだけいただろうか。
レオナが交わした約束はあくまでもマダムに話を通しておくということだけなので、その後話がどう転ぶかは片羽とマダムの交渉次第だ。だがもしあの二人が並んで飛ぶようなことになれば、その時はイジツのどんな飛行隊も敵わないようなコンビが誕生するのではないか。今日の昼間の光景を思い出し、レオナはそんなことを考えた。
もしリーパーと片羽を相手にするようなことがあれば、自分たちは勝てるのだろうか。
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