荒野のリボン付き   作:野獣後輩

42 / 42
第四二話 THE STAGE OF APOCALYPSE

 二機の戦闘機が宙を舞う。

 青い迷彩塗装を施した一式戦と、片羽の先端を赤く塗りつぶした零戦。互いに背後を取り合い、縦横無尽、上下左右を入れ替えつつ戦うその様は、まさに互いの尻尾を追いかけ合う犬の喧嘩(ドッグファイト)だった。

 隼が零戦の背後を取り、射点につこうとしたその瞬間、零戦が機体をロールさせて地面へ急降下を始める。スプリットSからの急上昇で、今度は零戦が隼の背後についた。今度は隼が回避機動を始め、零戦を射点につかせない。

 

「あいつら、まだやってんの?」

 

 呆れた様子でそう言ったのは、トイレに行っていたキリエだった。一緒にいたチカは既に空戦を眺めるのに飽きたらしく、どこかへ行ってしまったらしい。

 

「焚きつけたのはお前だろう?」

「別に私はそんなことしてないし」

「お前が『どっちが強いの?』なんて言わなきゃよかっただけの話だ」

 

 レオナの言葉にバツが悪そうに顔を逸らすキリエ。さっきからリーパーと片羽が行っている空戦は、もとはと言えばキリエたちが発端だった。

 

 

 オウニ商会に自らを売り込んだ片羽だったが、マダムはどうやら彼の真意を測りかねているようだった。片羽は腕のいいパイロット―――リーパーをスカウトする一環で、しばらくオウニ商会と行動を共にして彼の実力を見極めたいらしい。

 腕のいいパイロットは貴重で、それが各地で名の通っているような奴なら尚更だ。オウニ商会はコトブキ飛行隊と契約を結んでいるとはいえ、最近は各地で出没する空賊も多いし、凄腕のパイロットはいくらいても困らない。

 

 熟慮の上、マダムは「仮採用」ということで片羽を雇うことに決めた。彼の売り込みを一蹴するのは簡単だったが、優秀なパイロットは欲しいし、マダム自身も片羽を通じてイケスカの真意を見極めたいのだろう。

 

 

 

 そして始まったのがこの模擬空戦だ。最初は片羽の実力を見るということで、一対一での空戦が始まった。―――が、コトブキ飛行隊で片羽に勝てた者は未だ誰一人いない。ムキになったキリエとチカが二対一で片羽に挑んだものの、それすらあっという間に撃墜判定を食らっていた。

 

 コトブキ飛行隊の3機に対し、片羽とリーパーの2機での模擬空戦も行われたが、それすらも5分もしないで返り討ちに遭った。何回も負けて頭にきたキリエが「あんたら二人でやってみろ」と言ったのが、今まさに頭上で繰り広げられているドッグファイトの顛末だった。

 

 

「それにしてもまだ続いていますの? そろそろ身体も限界だと思いますけれど」

 

 優雅に紅茶を嗜みながらエンマが言う。このドッグファイトが始まって既に5分以上が経過している。身体に強烈なGが掛かる空戦機動は長時間続けられるものではない。空戦機動が激しいほど身体への負担は増す。体内の血液は身体の上下に忙しく押し付けられ、二人の視界は赤くなったり黒くなったりしているに違いない。

 

「二人の実力が高いのはわかった、その辺にしておけ。燃料だってタダじゃないし、いつ仕事が入るかわからないからな」

 

 レオナが無線機にそう言うと、「了解」の声が二つ返ってきた。二機の戦闘機は模擬空戦を止め、滑走路への着陸態勢に入る。

 

「何、仕事?」

「いや、いつ入ってもおかしくない状況ってだけだ」

「なーんだ、さっさと悪い奴らをぶっ飛ばしたいな」

 

 指をぽきぽきと鳴らすチカを見て、また頭に血が上って無茶な戦いをしなければいいのだがと心配するレオナ。だがいつ仕事が入ってもおかしくない状況というのは本当だった。

 

「今じゃあっちこっちの街でパイロットを募集してるものねぇ」

「オウニ商会にもひっきりなしに護衛の仕事が入っている。でも料金を見て帰っていく者も多い」

 

 コトブキ飛行隊は腕利きの用心棒とはいえ、今はオウニ商会と専属契約を結んでいる。彼女らに依頼をするにはまずマダム・ルゥルゥに話を通す必要があるが、自社で雇っている腕利きを派遣する以上通常料金でとはいけない。そこらの並の飛行隊であれば三つか四つは雇えるほどの報酬を要求され、諦めて帰っていく使節も多かった。

 

「レナ市長の話は本当なのでしょうか。今のところ彼女が嘘をついていないという保証は無いのでしょう?」

「本当のことを言っていないという保証も無い。しかし彼女が提示したデータは十分に信頼できる」

 

 エンマとケイトの会話を耳にして、レオナは空を仰ぐ。彼女たちがイヅルマまで護衛したイケスカのレナ新市長。彼女が議会で行った話が、今やイジツのあらゆる都市を混沌の底に叩き込んでいた。

 

 

 

 

 

 イジツの各都市の代表が集まり、イヅルマで行われたイケスカの復興に関する会議。だが会議とは名ばかりで、集まった議員たちはイヅルマの新市長を吊るし上げるつもりだった。

 イケスカの前市長であるイサオの暴挙により、何らかの被害を受けた都市は多い。イサオが穴を独占するために空爆されたり、彼が雇った空賊たちに襲撃を受けたり。大なり小なり、イサオと彼が率いた自由博愛連合により迷惑を被っている。

 

 だからこそ各都市の議員たちは会議の場でイケスカを吊るし上げて、イケスカの有する資産を根こそぎ取り上げようと画策していた。内戦で多くの住民が街を離れたとはいえ、イケスカはまだイジツ最大の都市であり、資源や資産、資金も豊富に残されている。「損害賠償」という名目であれば、イケスカから資産を収奪しても誰も批判することはできない。

 

 その上イケスカは未だ強大な軍備を保有し続けている。内戦終結後、諸勢力が有していた戦力は全てイケスカ「軍」に統合された。その上パイロットたちは内戦で実力を磨き、その戦力はイサオがいた頃を上回っている可能性だってある。再びその矛先が自分たちに向けられたらと思うと、各都市の議員たちは気が気ではなかった。

 

 だからこそ彼らは自由博愛連合の本拠地だったイケスカを徹底的に給弾し、賠償の名目でその資産と戦力を分割して各都市に引き渡すことを要求しようとしていた。そうすればイケスカはもはや自分たちの脅威ではなくなり、ただの一小都市に成り下がる。後は自分たちで好き放題に蹂躙してやればいい。やられたことをやり返そうと議員たちはほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 しかし会議が始まると、いかにイケスカの新市長を甚振ってやろうかと嗜虐的な笑みを浮かべていた議員たちの顔色が変わった。

 レナ市長の挨拶は、まず謝罪から始まった。前市長のイサオと、彼が率いた自由博愛連合のせいで各地に迷惑を掛けたこと。被害を受けた都市の復興にイケスカは全面的に協力すること――――――その次に彼女の口から出た言葉は、イヅルマに集まった各都市の議員たちを―――いや、イジツの全住民を混乱の坩堝に巻き込むものだった。

 

『イジツに存在するあらゆる都市は、30年後に滅亡します』

 

 その言葉と共に議員たちに配布された資料には、イケスカが内戦の傍ら収集した情報や、航空写真がいくつも掲載されていた。

 

 

 

 

 瘴気という有毒ガスがある。地表の荒廃によって生まれたのか、あるいは地下に閉じ込められていたものが地上に噴出してきたのか。火山の有毒ガスにも似たこの瘴気は、ここ十数年で急速に確認される場所が増えた。

 瘴気自体はガスマスクなどを身に着けていれば耐えることは出来る。が、瘴気が滞留する中では普通の生活など望めるはずも無いし、農作物や家畜も全滅してしまう。都市の近辺で瘴気が発生してしまえば、住民は生まれ育った街を捨てて別の場所に行くか、四六時中ガスマスクを身に着けて耐え凌ぐ生活を送るしかない。そして後者を選ぶ人間はほとんどおらず、瘴気に包まれた街は程なくして廃墟と化してしまう。

 

 瘴気はどこかで発生し、風に乗って流れてきているらしいということまではわかっている。これまで瘴気を無毒化する研究と共に、瘴気の発生源についてもあちこちの都市が調査を行った。だが空賊が蔓延る中では満足な調査活動も行うことが出来ず、結局瘴気が出てくるところについてはわからずじまいのままだ。

 

 

 配布資料にはイケスカ軍が行った調査の結果が記載されていた。イジツの各地に航空部隊を派遣し実施した調査の結果、瘴気の発生源は地面に空いた穴―――かつてイジツに海があった頃、海底火山か何かだった場所から噴出していることがわかった。しかも瘴気の発生源は一つや二つではなく、それまで何もなかった場所にもある日突然噴出孔が発生することがあるという。

 

 

 噴出孔の発生個所と発生のペースから今後の予想を行った結果、イジツにある5割の都市は残り10年以内に瘴気に飲まれ、9割以上の都市が30年以内に消滅するという。

 イヅルマ、ガドール、タネガシ、さらにはイケスカまで。規模の大小に関係なく、それらの都市はあと30年以内に瘴気によって滅亡すると報告書には書いてあった。

 

 

 イケスカを吊るし上げるための会議は、すぐさま対策会議の場に変わった。議員の中には「この調査結果はイケスカが捏造したものだ」となおもイケスカを糾弾しようとする者もいたが、今はそれどころではなかった。報告書が事実であれば、自分たちの都市も瘴気によって滅ぶのだ。

 

 

 瘴気のやってこない安全な場所へ移住を進めようという意見があったが、現実的ではなかった。30年後には今知られている都市の大半が瘴気に飲まれ、無事な土地は僅かにしか残らない。それですら、50年後や100年後にどうなっているかもわからない。

 

 未だ探索されていない地域を調査し、安全な土地を探そうという意見もあった。荒野が延々と続くイジツだが、今自分たちが知っている場所だけが全てではないということは誰もがわかっていた。

 東はイケスカ、西はラハマ。そのあたりまでが今知られている「イジツ」という世界。地球と違い海が無いイジツでは、世界の果てまで行くには飛行船で飛んでいくしかない。だが空賊や悪天候に阻まれ今なおイジツの果てを目にした者はおらず、荒野の向こうに未知の世界が広がっている。

 そこならば安全な土地もあるだろう。もしかしたらそこは荒野ではなく、海が残る緑豊かな大地が広がっているかもしれない。そんな願望を口にする者もいた。

 

 

 そして最も多く出た意見が、「瘴気を何とか無毒化、あるいは噴出自体を止めることが出来ないか」というものだった。

 瘴気を無害化する研究は昔から進められているものの、ユーハングですら解決できなかった問題だ。そして瘴気の噴出孔は小さいものは車一台ほどの大きさの穴だが、大きいものだと飛行船一隻がすっぽりと入ってしまうものすらある。小さいものは爆破して埋めるなりすることが出来るかもしれない。しかし後者のような巨大な穴を完全に塞いでしまうことが出来る強力な爆弾は、今のイジツには存在しなかった。

 

 

 

 混乱する各都市の代表たちを横に、レナ市長は「イケスカはこの現象に対応するため全力を尽くす」と宣言するとともに、イジツ一丸となってこの問題に対応することを提言した。

 各都市がバラバラに解決策を模索していたのでは無駄が多いし、リソースの配分も非効率になる。こんな時だからこそイジツの各都市を糾合した統一政府の樹立が必要であると。

 

 

 それはイサオが提言していた自由博愛連合の再来ともいえるものだったが、それに面と向かって反対出来る議員は誰もいなかった。結局レナ市長を誰も非難することが出来ないまま、彼女はイケスカへと帰っていった。

 

 

 

 あと30年でほとんどの都市が滅亡すると言われても、レオナはいまいちピンとこなかった。用心棒として生きるか死ぬかのイジツの空をずっと飛び続けていたせいだろうか。明日も命があるかわからないのに、30年後のことなんて考えたことも無かった。

 だが既に各地で瘴気の発生は増えており、それに伴い町を追われて難民と化す人々も増加の一途を辿っている。故郷も同然のラハマだって、いつまで無事かわからない。

 

 滑走路に降りた隼から、飛行服姿のリーパーが下りてくる。

 彼の元いた世界―――ユーハングがやって来た地球でも、未曽有の大災害が起きたという。大きな星が落ち、空は砕かれ、無数の光の矢が世界に降り注いだ。

 地球では自分たちが滅亡の瀬戸際に立たされていると知った時、人々は一致団結してその危機に立ち向かったという。だが滅亡を免れた後、結局また世界は争いで満たされることとなった。

 

 

 イジツでは人々が協力して、この危機を乗り越えることが出来るのだろうか。滅亡の危機を乗り越えた世界の住民であるリーパーに、その質問をしたいとレオナは思った。飛行機から降りてきたリーパーの瞳はゴーグルで遮られ、その向こうにある瞳は見えない。

 彼が今何を想っているのか、無性に知りたくなった。




ご意見、ご感想お待ちしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。