荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第五話 SKIES UNKWON

『こちらオウニ商会所属、コトブキ飛行隊。青い戦闘機のパイロットへ、所属と飛行目的を述べよ』

 

 無線機から日本語で女性の声が聞こえてきた時、リーパーは内心胸を撫で下ろした。どうにか言葉が通じる人間がいるらしい。先ほど飛行船に漢字が書かれていたので日本語と英語で交戦中の両勢力に呼びかけていたのだが、どちらも通じなければどうしようかと思っていたところだった。

 

「こちら、国連軍タスクフォース118所属ボーンアロー隊。当機は現在移動命令に従いオーストラリアへ向けて飛行中」

『オーストラリアとは?』

「ええ…?」

 

 リーパーは困惑した。地理に疎い人間でも、流石にオーストラリアのことくらいはわかるだろうに。

 リーパーは敵意が無いことを示すため、スロットルを落として隼の一機と並んで飛行していた。フランカーと付かず離れずの距離を保ちつつ、ぴたりと隣を飛んでいることから、パイロットの腕は良いらしい。

 リーパーは隣を飛行する、紫の矢印が尾翼に描かれた隼のパイロットが、銀髪の少女であることに気づいた。先ほどの空戦でどの隼も飛燕や疾風を一機や二機落としていたが、そのパイロットがこんな少女であるとは。

 

 リーパーはヘルメットのバイザーを上げ、酸素マスクを外した。この高度と速度であれば、呼吸困難に陥る恐れはない。

 

「あー、情けない話だが、当機は現在位置を見失っている。ここはどこか教えてもらえないだろうか?」

『遭難?』

「端的に言えば、そうなる。今飛んでいる場所はどこだろうか」

『ラハマ南西から50キロクーリルの空域』

「ラハマ? クーリル? すまない、何を言っているのかさっぱりわからない」

 

 リーパーの心の中で、一つの疑問が膨れ上がっていく。ここは本当に、自分がいた世界なのかと。

 現役の飛行船に、レシプロ機で行われている空戦。無論戦闘機は自分の生まれ故郷で作られた機体なのだから、きっと日本と何か関係はあるのだろう。しかしここが本当に地球なのか、リーパーは自信を持って断言できなくなっていた。

 

 

 

 

 

「どうやらあの機体は遭難したらしい」

「遭難って…乗ってるのは素人なの?」

 

 ケイトの通訳を聞いて、キリエは呆れた。自分の位置を見失うなんて、新米操縦士がやることだ。

 

「それにしても大きいね、この戦闘機」

「隼の二倍はありそうね」

「ねー、あの戦闘機の尾翼のマーク、エンマのに似てない?」

 

 通訳のケイトが青い戦闘機の真横を並んで飛ぶ間、他の機体はその後ろをぴったりとついていく。青い戦闘機の操縦士に交戦の意志はないようだが、それでも万が一に備えてだ。もしも不審な動きを見せたその時には、レオナは攻撃命令を出すつもりだった。

 

「まあ失礼な! あんな気味の悪いマークと一緒にしないでください」

「でも似てるじゃん、ほら大鎌描かれてるし」

「あれは死神でしょう!」

 

 チカの言う通り、青い戦闘機の尾翼には大鎌を携えた骸骨―――死神が描かれている。奇妙なのは、その頭にピンク色のリボンが上から描かれていることだった。確かにエンマのパーソナルマークである大鎌とバラという要素のうち、片方だけ当てはまってはいる。しかしエンマのマークが美しさを感じさせるものであれば、青い戦闘機のマークは不気味と言えた。

 

「だいたいなんですの、あれは。リボン付きの死神なんて、ますます気色悪いですわ」

「可愛くしたかったのかな?」

「だったらそもそも死神なんて機体に描かないと思うけどねぇ…」

 

 僚機の会話を聞きながら、レオナは無線機のチャンネルを切り替えて、再びケイトに通訳を依頼した。

 

「なぜ先程、空賊を逃がした? あなたは空賊の仲間なのか?」

『空賊? そう言われることもあるが…』

「空賊?やっぱこいつ敵じゃん!」

 

 早とちりしたキリエとチカが、青い戦闘機への攻撃位置に付こうとする。「早まっちゃダメよ」とザラがたしなめ、レオナは続きを促した。

 

『こちらからも質問だ。そちらはユージア軍と何か関係があるのか?』

「ユージア軍? なんだそれは?」

『ユージア軍も知らないのか…となるとやっぱりここは…』

 

 青い戦闘機の操縦士が、先ほど空賊を追い散らしつつ彼らを逃がした理由を話し始める。

 

 

 

 

 

「こちらとしては、あなた方と敵対する意図はない」

 

 リーパーは誠心誠意、自分の意志が伝わることを願って理由を述べた。もっとも、通訳してくれているのが無機質な声音の少女であれば、その誠意もどこまで伝わるか疑問だったが。

 

「国連軍としては現在行われている戦闘行為を見過ごすことはできない。そのため戦闘を停止させるべく、あのような手段を取るしかなかった」

『私たちや空賊を撃墜しなかったのは?』

「撃墜命令が出ていない。威嚇射撃をするのが精いっぱいだ」

 

 命令無しの独自判断で行う威嚇射撃も、本当なら軍法会議に送られても仕方ない行為なのだが。もしもこの場に命令と規律に厳格な早期警戒管制機(AWACS)の管制官がいたら、顔を真っ赤にして怒っているだろう。以前ヨーロッパ方面での作戦時に管制下に入った機体、名前は確かサンダー「石頭」ヘッドだったか。彼も相当頭の固い管制官だった。

 

「双方の交戦理由がわからない状況では、どちらか一方を攻撃することは出来なかった。その空賊連中があなた方を撃墜するのを見過ごすことは出来なかったし、逆にあなた方が空賊を撃墜することを手助けすることも出来ない」

 

 敵味方がわからない状況で、一方に肩入れすることは出来なかった。だからああして、双方を引き離すことしか出来なかったのだ。

 

『そちらが空賊でないことは理解した。もう一つ質問がある』

「なんだ」

『あなたはユーハングの人間か?』

 

 ユーハング。そんな言葉聞いたこともない。

 何かの勢力の言葉だろうか、とリーパーは思った。それか彼女たちにしか通じない意味を持っている言葉か。

 

「ユーハングとは何か?」

『70年前、「穴」を通ってこのイジツにやって来て、そして帰っていった人々。ユーハングとは「日本軍」とユーハングの言葉で呼称する』

「日本軍? こちらの所属は国連軍だが…」

 

 自衛隊のことか? と思ったが、どうやら違うらしい。それよりも引っかかったのは、イジツという単語と、「穴」のことだった。

 リーパーの中で何かが繋がった。ここがどこなのか、それがわかったような気がした。わかりたくない気もしたが。

 

「穴と言うのは、空に浮かんでいた穴のことか?」

『肯定。その穴を通り、ユーハングは他の世界からこのイジツにやってきた』

 

 他の世界。どうやらここは、リーパーの暮らしていた世界とは別の世界らしい。

 

 

 

 

 

 

『…私はユーハングではない。だが恐らく、その人々が来たのと同じ世界からやって来たと思われる』

「思われる、というのはどういう意味か」

 

 レオナが通訳を依頼する前に、ケイトが質問していた。口調はいつもの通りだが、そこに興奮の感情が浮かんでいることをキリエは気づいていた。

 無理もない。兄のアレンが長年研究していたユーハングの人間が、今この場にいるのだ。穴とユーハングのもたらすものを独占しようとしたイサオによって、アレンは飛行機を撃墜され重傷を負った。そのアレンの研究が一気に進むかもしれないとあれば、いつもは冷静なケイトですら興奮してもおかしくはない。

 

『私は自分の意志でここに来たわけではない。元の世界で飛行中、気づいたらここに迷い込んでいた』

「迷ったって、子供じゃないんだから…」

 

 大きい戦闘機に載ってるくせに、パイロットはルーキーなのか。キリエはそれが気に入らなかった。

 それに青い戦闘機自体も気に入らない。このエンジン音を聞いていると、イサオを思い出してしまう。キリエを撃墜寸前まで追い込んだ男。何とか一矢報いたものの、結局は自分の手で倒すことが出来なかったサブジーの仇。イサオは消えていく「穴」の中に飛び込んでいったが、今どこで何をしているんだろうか。

 

「生きててくれないかな? じゃないと私の手で倒せないし」

「物騒なこと言わないでくれます、キリエ? それにあのクソ野郎がまだ生きてたら、奴を殺すのは私ですわ」

 

 エンマの方が物騒じゃん、とキリエは思った。

 

「コトブキ飛行隊、一度状況を整理する。全員話を聞いてくれ」

 

 レオナがそう言って、無線機のチャンネルを切り替えるよう指示した。どうやら青い戦闘機のパイロットに聞かれたくない話らしい。

 

「あの青い戦闘機はユーハングの世界からやって来たものだそうだ。幸いなことに、空賊の一味ではない。そして私たちと敵対するつもりもないそうだ」

「ほんとかな?」

「今は信じるしかないわよ」

 

 ザラが言う。少なくとも、青い戦闘機がユーハングのものであることは疑う余地もない。あんな飛行機、イジツでは作れない。

 だが本当に彼はこちらと敵対する気はないのか。もしかしたら「穴」の向こうに消えていったイサオが、ユーハングで作った仲間なのではないか。そんな疑念が絶えない。

 

「そして彼は遭難してイジツにやって来て、今はユーハングの世界に帰還する手段を探している。マダム、聞こえていますか?」

 

 ケイトが通訳する青い戦闘機の操縦士との会話は、無線機越しに羽衣丸のルゥルゥに全て伝わっていた。

 ルゥルゥは敢えて、交信内容をユーリアには繋いでいなかった。70年ぶりに現れたユーハング。70年前イジツに飛行機や文化といった様々なものをもたらし、イジツの地に産業革命を起こした人々。イジツはユーハングがもたらしたものによって、人々の生活が飛躍的に進歩した。だが今のユーハングの世界は、それ以上の発達を遂げているらしい。

 あの青い戦闘機は金の塊以上に価値がある存在だった。あの青い戦闘機とそのパイロットを確保できれば、オウニ商会はさらなる発展を遂げられるかもしれない。いくら旧知の中とはいえ、ユーリアに青い戦闘機を渡すことは出来なかった。

 

「聞こえてるわレオナ。青い戦闘機のパイロットにこう伝えてちょうだい。『あなたが元の世界に帰還する手段が見つかるまで、我々が保護する』とね」

「元の世界に帰還するだけなら、穴を見つけてそこに飛び込めばいいだけでは?」

 

 サネアツが首を傾げた。

 

「馬鹿ね、宝の山をそう簡単に手放すわけないでしょ。それに…ケイト」

「最近出現する穴は、戦闘機一機が通ることが出来ないほど小さいものが多い。あの戦闘機では間違いなく入れない。赤とんぼでも難しい」

 

 「穴」を研究し続けていたアレンのおかげで、計算によって次に穴がいつどこに開くか大まかな予想は出来る。しかし当面、イケスカやラハマに空いたような大規模な「穴」は開かないだろうというのがアレンの予想だった。

 

 アレンが予想できるのは大規模な穴の出現だけで、不定期にイジツの各地に出現する小規模な「穴」の予測までは出来ない。今回あの青い戦闘機が迷い込んだのも、そういった計算で導き出せない小規模な「穴」からだろう。不定期に、しかもいつどこに現れるかわからない、さらに通れるかどうかもわからない穴の出現を待つのは、博打も同じだ。

 

「ということで、どのみち彼は当面イジツに留まるしかないのよ」

「断ったら?」

「それも一つの選択肢ね。まあこの状況じゃそれも難しいでしょうけど、話を受けるのも断るのも彼の自由よ。さ、ケイト。彼に伝えてちょうだい。一人でこの世界を当てもなく飛び続けるか、私たちの保護を受けるか」

 

 

 

 

 

 

 

『空の穴は不定期に開く。そのため、今すぐあなたが元の世界に帰還することは難しい』

 

 リーパーはその言葉を聞いてがっかりした。彼女たちの話を聞く限り、以前も地球からこの荒野が続く世界に迷い込んできたり、あるいは自らの意思でやって来た者たちがいたらしい。だがリーパーが通ってきた「穴」は、人工的に開くことが出来ないようだ。

 

「次に穴が開くのはいつか、わかるのか?」

『大まかな予測が出来る。ただし100%の保証が出来るものではないし、繋がった先がユーハングの世界とも限らない。直近の予測では、次に大規模な穴が開くのは1年後』

 

 1年か…とリーパーは呟いた。それに「穴」はリーパーのいた地球だけでなく、他の世界に繋がることもあるらしい。「穴」が開いているからと飛び込んでいった先が、人間の生きられないような世界だったらと思うと恐ろしい。

 

 ただし、「穴」が開いている間は元の世界と無線通信が可能であることは、オメガと通信が繋がっていたことではっきりしている。空に「穴」が開いていないか飛び回って、「穴」を見つけたら無線で元の世界か確かめて―――となると、気の遠くなるような時間が必要になる。

 

 だからと言って、この世界に1年も留まっているつもりはなかった。今のリーパーは国連軍の一員なのだ。次に行われるというユージア軍への大規模作戦を何としても成功させるために、早いところ元の世界への帰還の道筋を立てなければならない。

 

『こちらから選択肢を提示する。このまま一人で穴を探して燃料切れになるまで飛び続けるか、私たちの保護下に入るか』

「…タダで保護してもらえるわけではないんだろう? 何が目的だ?」

『現在のユーハングについて教えてもらいたい。政治、経済、軍事、技術、その他諸々。そしてあなたが搭乗しているその戦闘機についても、可能な限り技術開示を行ってもらいたい』

「断ったら?」

『あなたはこの荒野を一人で彷徨うことになる』

 

 実質的な選択肢はなかった。彼女たちの申し出を断れば、リーパーは何も知らないこの世界を一人で生きていかなければならなくなる。穴を見つけるまで飛び続けて燃料切れでどこかへ不時着し、機体をダメにするよりかは、彼女たちについていってこの世界の情報を集めると共に、元の世界へ帰還できる「穴」を見つけるまでの生活基盤を築いた方がいい。

 

 

 

 

 

 

『…了解した、そちらの指示に従う』

 

 青い戦闘機の操縦士がそう答えたのを聞いて、ルゥルゥはさっそくラハマと連絡を取った。あの戦闘機が着陸できるよう、飛行場を空けておいてもらわねばならない。この件に関してはオウニ商会が主導権を握れるよう、他の街に誘導するつもりはなかった。

 あの戦闘機はこのイジツに様々なものをもたらすだろう。それによっては、このイジツはさらなる発展を遂げられるだろう。あるいはさらなる混沌を招くか。いずれにせよ、あの青い戦闘機がもたらすものは、使いようによっては宝にも毒にもなる。

 

「70年前に来たユーハングは、良いものも悪いものも、美しいものも汚いものも、このイジツにもたらした。今度来た彼がもたらすものは、いったい何かしらね?」




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