荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第六話 Intruder

 その日、ラハマの街はこれ以上ない混乱に包まれていた。ラハマを拠点とするオウニ商会。そして空賊や自由博愛連合から何度もラハマの街を守ってくれたコトブキ飛行隊から、緊急の通信が入ったのだ。

 

「ユーハングの戦闘機がラハマ飛行場に着陸する。受け入れ準備をされたし…って、いきなり無茶言わないで欲しいなぁ…」

 

 かつてラハマの貴公子とも呼ばれた町長が、そう嘆きつつ雷電の操縦席に太った身体を押し込む。この雷電はラハマの街が所有する、数少ない戦闘機のうちの一機だ。自警団の97式戦闘機に比べて圧倒的に火力も速度も上昇力も上、空賊にも十分太刀打ちできる街の守り神だが、町長はなぜだかこの雷電でもユーハングの戦闘機にかなわないのではないかという気がしていた。

 

 イケスカ動乱の話については、ラハマの街にも広く知れ渡っている。「ジェットエンジン」と呼ばれる新型発動機を搭載したイケスカの戦闘機が、あのコトブキ飛行隊の隼を次々撃墜していったらしい。ジェットエンジンはユーハングの最新技術であり、イジツでもあまり研究は進んでいないものの、今回やってきたユーハングの機体は、そのジェットエンジンを積んでいるようだ。

 

「ユーハング人が平和的な人だといいんだけどなぁ」

 

 もうすぐ町長選が始まる時だというのに、余計な問題は抱えたくなかった。

 しかしユーハング人がどのような者であれ、見ず知らずの者である以上警戒を怠るわけにはいかなかった。既に自警団を出動させて飛行場から住民を遠ざけた上で、対空砲を搭載したトラックを周辺に配置している。万が一ユーハング人がラハマを襲うつもりであれば、何としても撃墜する覚悟を固めていた。

 

 

 ラハマ自警団の97式に続き、雷電が離陸する。街の外れで、二隻の飛行船がラハマに向かって飛行を続けていた。オウニ商会の羽衣丸と、ガドールの飛行船だ。そこから少し離れたところを、7機の戦闘機が飛行している。

 

「なんだ、この戦闘機は…」

 

 町長は、コトブキ飛行隊に取り囲まれるように街へ向かって飛行している青い戦闘機を見て、思わずそう呟いた。少なくとも、町長の知る戦闘機の形とは大きくかけ離れている。プロペラが無いし、翼もまっすぐ伸びていない。まるで三角定規のような翼だ。

 

「ユーハングではこんなものが飛んでるんですかね…?」

 

 97式の操縦桿を握る自警団長も青い戦闘機に目を奪われつつも、コトブキ飛行隊と並んでいつでも射撃できる位置につく。もしも不審な動きを見せれば、容赦なく撃つ。それが自分の街を守るということだ。

 

 

 

 

『ユーハング機へ、着陸を許可』

「了解」

 

 リーパーはそう答え、街への着陸コースを取る。

 上空から見た街は、かなり小ぢんまりとしている。カラフルな屋根の民家が立ち並び、その中心を大通りが貫いている。郊外には飛行船が二隻は係留できそうな広大な飛行場が備えられているが、鉄筋コンクリートでできた高層ビルなどは一つも見当たらない。

 

 大通りのあちこちで、フランカーを見上げる街の人々が見えた。ジェットエンジンの轟音は、街の人々にとっては聞き慣れないものなのだろう。誰もかれもが皆ぽかんと口を開けて、上空を旋回するフランカーを見上げていた。

 

「着陸態勢に入る」

 

 誘導こそないものの、滑走路の広さは十分。着陸するのに支障はない。ギアを下ろし、フラップとエアブレーキで速度を落とし、いつも通り着陸。きちんと舗装されているおかげで、エンジンに異物を吸い込む恐れもなかった。管制官がいたら「見事だ、ボーンアロー1」と褒めてくれただろうか。

 

 爆撃機の銃座を転用したものなのだろうか。滑走路脇には荷台に風防付きの対空機関銃を搭載したトラックが数台並んでいる。銃口は空を向いているが、もしもリーパーが不審な動きを見せたら、あっという間にハチの巣にされるだろう。

 トラックの周りには、散弾銃やボルトアクション式ライフルを携えた男たちの姿も見える。同じく銃口こそ向けてこないものの、その顔にはどこか怯えや不安の色が見える。

 

『エンジンを切り、風防を開けてほしい』

 

 そう指示があったため、大人しく従うことにした。何かあればすぐに離陸できるようエンジンは動かしたままの方が良かったのだが、どのみち着陸してしまった今、自分の運命はこの街の人たちが握ってしまっている。今から離陸しようとしたところで対空機銃が撃ってくるだろうし、空にはコトブキ飛行隊の隼が旋回を続けている。逃げられはしない。

 

 リーパーは胸の前に取り付けたホルスターから拳銃を引き抜いた。スライドを引いて、いつでも撃てるようにする。

 

『万が一ベイルアウトした際に、敵の部隊に追われて丸腰だったらあっという間に殺されちまう。だから、きちんと銃は持っとけよ』

 

 この拳銃は「被」撃墜王ことオメガから、その言葉と共に誕生日プレゼントとしてリーパーが受け取ったものだった。しょっちゅう撃墜されるオメガは、そのたびに無傷で生還してくる。時には敵部隊と交戦し、時には同じく墜落した味方を救助しながら、いつも帰還していた。オメガの陸戦能力は陸軍一個中隊分、なんて冗談があるほど、地上がどんな危険地帯であってもオメガは帰ってくる。

 

 その時は「墜とされなければいい」と軽く考えていたが、今はオメガに感謝していた。この状況で丸腰、なんて事態は想像したくない。周りを対空機銃と十数丁のライフルが囲んでいる状況では拳銃一丁など非力も同然だが、あるのとないのでは大違い。

 

 いずれにせよ、これに頼る事態に陥りたくはないが。リーパーは拳銃をホルスターに戻し、キャノピーを開く。空を見上げると、コトブキ飛行隊の隼が着陸態勢に入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「初めての飛行場への着陸にしては見事ね。腕はそれなりにあるみたい」

 

 ザラは青い戦闘機の着陸を見て嘆息した。初めて訪れる飛行場へ着陸する際は、勝手を知らないので慎重になる操縦士が多い。慎重になりすぎて、滑走路の手前からではなく真ん中から降りてしまい、停止距離が足りなくなってオーバーランする者も珍しくない。

 しかしあの青い戦闘機は迷う挙動も見せず、滑走路の端から着陸した。度胸がある、ザラはそう思った。

 

 青い戦闘機は滑走路脇のエプロンで待機している。既にエンジンの火は落とされ、風防は開いていた。きちんとこちらの指示に従っている。

 

「なあケイト、アレンを呼んだ方がいいんじゃないか?」

「先ほどのエンジン音を聞いて、既に病院から抜け出していると思われる。呼びに行く必要はない」

 

 「穴」の調査中にイサオに撃墜され、車いす生活を送っていたアレンだったが、最近ではどうにか松葉杖を使って歩けるまでに回復していた。それでも病院でリハビリ生活を送っている彼だが、街中に響いた青い戦闘機のエンジン音を聞いて、いてもたってもいられなくなっているだろう。今頃は病室から飛び出して、飛行場に向かっているに違いない。

 

「コトブキ飛行隊、着陸する。いいか、くれぐれもユーハング人に失礼な真似はするなよ」

 

 レオナはそう言って着陸態勢に入る。見慣れたラハマの飛行場。しかしそこに迷い込んだあの青い戦闘機のせいで、なんだかここが知らない場所のように思えてしまう。

 

 

 着陸後、レオナはケイトを引き連れて青い戦闘機のもとへ向かった。他の者は青い戦闘機の操縦士が不審な動きを見せた場合に備えて、隼の中で待機している。もっともエンジンの火が落とされている今、あの操縦士に出来ることはこちらの指示に従って機を降りることだけだ。

 

「ケイト、通訳してくれ。こちらの指示に従って頂き感謝する。そのまま機体から降りてくれ」

 

 青い戦闘機はかなり大きいせいで、操縦席も高い位置にある。隼のように翼に足をかけて飛び降りる―――というのは難しいだろう。

 自警団員の一人が梯子(ラダー)を持ってきて、操縦席の脇に掛けた。操縦席の中で人影が立ち上がる。青い戦闘機の操縦士は警戒するかのように周囲を見回すと、軽く両手を上げ、その後ラダーを降りてきた。レオナはその操縦士の胸に、拳銃の収まったホルスターがぶら下がっているのを見逃さなかった。

 

「変わった格好ですわね」

 

 降りてきた操縦士を見て、隼で待機するエンマが言う。青い戦闘機の操縦士はヘルメットに濃緑色のツナギを身に着けていて、下半身にはさらに何かを纏っているようだ。さらにごてごてと色々なポーチが付いたハーネスを上半身に身に着けていて、あれでは動きにくそうだとエンマは思った。

 

「初めまして。私はコトブキ飛行隊の隊長、レオナだ。こちらは同じくコトブキ飛行隊の一員で、ユーハング―――あなたのいた世界の研究をしているケイト」

 

 レオナはそう言って手を差し出した。まだ若いな、と、青い戦闘機の操縦士を見て思う。歳はレオナとさほど変わらないか、もしかしたらもっと下かもしれない。キリエやケイトと同い年くらいだろうか。

 

 ユーハング人の操縦士はレオナとケイトの顔を見て、それから差し出された手を見た。そしてレオナの手を握り返す。ユーハングにも握手の文化はあるんだな、とレオナはどうでもいいことを考えた。

 

「私は国連軍タスクフォース118所属、ボーンアロー隊隊長のリーパー。着陸許可を頂き感謝する」

 

 ケイトがユーハング人の言葉を通訳する。彼の瞳には怯えや不安と言った色は見えなかった。周囲の様子を伺い、相手がどう動くか、自分はどう動くべきかを考えているらしく、その顔色はいたって冷静だ。

 

「リーパー、あなたがここに来た時の話を伺いたい。同行してくれ」

「…自分が乗ってきた機体はどうなる?」

 

 リーパーと名乗った操縦士が、背後の戦闘機を一瞥する。

 

「格納庫に移動させよう。それで構わないか?」

「ああ。ただし、くれぐれも扱いには注意していただきたい。それと移動目的以外、機体には手を触れないで欲しい」

「承知した。ではついてきてくれ」

 

 交渉成立だ。レオナはコトブキ飛行隊の面々に、エンジンを止めて降りてくるよう命じた。少なくともパイロットがいなければ、あの戦闘機が飛び立つことはない。

 早速自警団員が運転するトラックが滑走路に侵入してきて、青い戦闘機を牽引すべくランディングギアにロープを結ぶ。エンジンをふかして格納庫まで自走させたら、強風で色々なものが吹き飛ばされて滅茶苦茶になってしまうだろう。

 

 飛行場の一角に今まさに着陸しようとしている羽衣丸を、リーパーは興味深げに眺めていた。彼とルゥルゥが会談を行う場所は、まさにあの羽衣丸の中だ。

 

「飛行船が珍しいのか?」

「ああ。私の世界では飛行船などほとんど飛んでいない」

 

 レオナはその言葉に軽く衝撃を受けた。ユーハングではあんな戦闘機が飛んでいるのだから、てっきり飛行船ももっと進歩しているのではないかと思ったのだが。

 




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