荒野のリボン付き   作:野獣後輩

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第七話 Blind Spot

「初めまして、ユーハングの方。私はこの羽衣丸を所有するオウニ商会の社長、ルゥルゥよ。あなたのことはリーパーとお呼びすればよろしいかしら?」

 

 会談場所である飛行船。その客室の一つで赤いドレスに身を包んだマダム・ルゥルゥが待ち受けていた。貴賓室なのだろうか。赤を基調としたやや広い部屋には、高級そうな家具やテーブルが置かれている。

 彼をここまで連れてきたレオナ、そして通訳を務めるケイトと共に貴賓室に足を踏み入れたリーパーは、ルゥルゥを見て「デカいな」と思った。存在感と威圧感、そして身体の一部的な意味で。

 

「いえ、リーパーというのはTACネームなので」

「TACネーム? 何かしらそれは」

「あだ名のようなものと思って頂ければ。私の名前は…」

 

 リーパーは本名を名乗った。TACネームは無線傍受されても個人を特定されにくい、同姓同名の隊員がいても誰かわかるという理由でパイロットごとにつけられている愛称だ。リーパーにもきちんと親がつけてくれた名前があるし、同僚のオメガにも名前はある。しかしパイロットは地上でもTACネームを使うことが多いので、名前を聞かれてついTACネームを名乗ってしまう者もいる。

 

「なるほど、あだ名なのね。でもあなた個人のことについて色々と知られるとマズいこともあるかもしれないし、リーパーと呼ばせてもらうわ」

「はぁ、ご自由に」

「それでリーパー、無線であなたとレオナの通信についてはこちらでも聞かせてもらっていたけど、改めてあなたの口から色々と説明してもらうわよ。あなたは誰でどこから来たのか、このイジツにどのようにやって来たのか」

 

 どのように、と言っても自由意志でここに来たわけではないのだがと思いつつ、リーパーはこれまでの経緯を正直に話すことにした。アローズ社のパイロットとして世界中の基地を飛び回った中で、何事も正直で嘘をつかないことが一番だというのがリーパーが得た経験則だった。嘘をつけば相手の信頼を損なうし、仮にその場をしのげたところで、新たな嘘をつかなければならない。何よりこの孤立無援の状況下では、イジツの住民の信頼を失うことは命取りになりかねなかった。

 

 リーパーは正直に話した。自分の所属。移動命令に従って離陸した直後、真っ暗な空間に突入し気づいたらここにいたこと。そこで遭遇したコトブキ飛行隊と空賊たちの戦闘を見過ごすことが出来ず、双方引き離すことで対処したこと。決して自分は彼女たちの言う「空賊」の一味ではないこと。

 

「なるほど。あなたはどこかの街の自警団員とかではなくて、雇われのパイロットなのね」

「いわゆる傭兵です。正規軍の一部では我々のことを空賊という者たちもいますが…」

「あら、別にあなたの生き方を責めているわけではないわ。為政者の掲げる下らない正義とやらのために空を飛ぶよりも、お金という目的のために空を飛ぶ人間の方がよっぽどわかりやすいし」

 

 リッジバックス隊辺りが聞いたら怒るだろうな、とリーパーは思った。彼らは国連の掲げる正義を誇りにして飛んでいる連中だ。

 

「しかし、傭兵会社があんな戦闘機を所有しているなんて、ユーハング…あなたの言うところの地球はとても技術が進んでいるのね」

「いえ、この飛行船を見て自分も驚きました。こんな巨大な飛行船が使われているなんて。しかも戦闘機の発着艦も可能だとか」

 

 リーパーが何より圧倒されたのは、その大きさだった。下手をすると米海軍の最新鋭空母並みに大きい船体が宙に浮かんでいて、しかも全通式の飛行甲板まで備えている。

 地球でも第一次世界大戦後に航空機を搭載できる飛行船を作って空中空母として運用していたらしい。だが羽衣丸のように飛行甲板など備えていなかった上に、実用的でないとしてすぐに廃れてしまったと聞く。空中空母というジャンルが確立したのは、某国が開発したアイガイオンやフレスベルクが実用化されてからだ。

 

「あら、地球では飛行船は飛んでいないの?」

「100年ほど前までは盛んに用いられていました。しかし大きな事故があって、危険だと判断されてからはほとんど飛んでいません」

 

 リーパーはこの飛行船は地球からしても宝の山だろうな、と思った。

 恐らくこの飛行船の浮揚ガスにはヘリウムガスが用いられている。戦闘すら想定に入れた飛行船に水素など使っていたら、あっという間に爆発炎上してしまうだろう。

 地球で飛行船が廃れた理由の一つに、浮揚ガスに爆発炎上しやすい水素を用いざるを得なかったことがある。地球でのヘリウムガスは90パーセントがアメリカ産で、戦略物資に指定され輸出を制限されたために飛行船の浮揚ガスには入手しやすい水素が使われていた。しかし水素ガスの飛行船の爆発炎上事故が起こったために、飛行船自体が危険な乗り物と見なされ廃れてしまったのだ。

 

 ヘリウムは医療分野やハイテク産業での需要が急増しており、地球ではヘリウム不足が深刻化している。しかしこのイジツでは、巨大飛行船をそれこそ何十隻でも飛ばすことが出来るほど、ヘリウムは豊富なようだ。資源会社がここを見つけたら、大喜びで採掘を始めるだろうな、とリーパーは思った。

 

「そう、ユーハングはこことまた随分違った発展をしているようね。ところで地球では、イジツのことについてどれくらい伝わっているのかしら?」

「いえ、まったく知られていないと思います。現に私も、ここに来るまで何も知りませんでしたから」

 

 リーパーが学校で習った歴史でも、昔々異世界との交流がありました、なんて記述はなかった。もっとも、政府のごく一部が今でも知っているという可能性はある。

 その昔、70年ほど前にこのイジツに訪れたのは、地球で日本軍と呼ばれる人々だったという。「穴」の存在が軍事機密に指定されていて、敗戦と共に全ての資料が処分されてしまったのなら、イジツの存在が現代に伝わっていなくてもおかしくはない。

 

「それじゃ、今後も地球から継続して人や物が定期的にやってくる、なんてことはないのね」

 

 リーパーの話に、ルゥルゥは少し落胆した。ルゥルゥとしてはユーハング人が今後定期的にやってくるようであればリーパーを通じて彼らとの繋がりを作っておいて、彼らがもたらすものをオウニ商会経由でイジツに供給できればと期待していたのだが。

 しかし元々リーパーは迷子と言う話を聞いていたので、落胆の度合いはそこまで大きくなかった。リーパーと彼の頭の中の知識、そして彼が乗ってきた戦闘機だけでも十分に価値はある。

 

「ところでこちらからも聞きたいことがあるんですが―――」

 

 リーパーが口を開きかけたその時、ドアの向こうで何やら騒がしい声が聞こえた。

 

「ちょっ、駄目ですってばユーリア議員!」

「ドードー船長以下の男はどいてなさい! ルゥルゥ、ユーハング人と一緒にここにいるんでしょ! 開けなさい、開けないとこっちから入るわよ!」

 

 言い終わる前に、貴賓室のドアが勢いよく開かれた。部屋の中に入ってきたのは、さっきまでガドールの飛行船に乗っていたユーリアだった。その後ろには彼女の阻止に失敗したサネアツと、興味津々と言った感じに貴賓室を覗き込んでいるコトブキ飛行隊の面々。

 

「あなた、何考えてるの!? せっかくユーハング人が来たってのに、独り占めする気なの?」

「あら、いけないかしら?」

「当然よ! なぜあなたがユーハング人の身柄を預かることになってるわけ? 一商会がユーハングとの関係を取り仕切るつもりなの?」

「でも彼はイジツ滞在中に、我がオウニ商会の世話になることを承諾しているわよ? まさか本人の意思を無視して、ガドールにでも連れていくつもりじゃないでしょうね?」

 

 それをやったらあの男と同じよ、とルゥルゥが呟くと、ユーリアは苦々しげにルゥルゥを睨みつける。あの男、というのはイサオのことだ。「穴」の向こうに消えていった男、彼がこのイジツに残していったものは良いものも悪いものも多い。しかしその強権的、独善的な手法をユーリアは嫌っていたし、彼がいなくなって一年が経過した今もその考えは変わらない。

 

 リーパーはルゥルゥとユーリアが何事かを言い合っているのを聞きながら、こっちも中々デカいなと思った。主に態度的な意味で。

 

「彼女は誰なんだ?」

 

 そう傍らのケイトに尋ねる。が、リーパーの言葉を聞いたケイトとレオナは驚きで目を見開いた。

 

「あなたはイジツ語が話せるのか?」

「驚愕」

「いや、正確には知りません。たださっきからあなた方の会話を聞いていると、地球での言語によく似ているなと思って」

 

 話を聞いている限りだと、イジツ語の文法や単語は英語とそっくりだった。いくつか意味の分からない単語やよくわからない発音もあるが、イジツ語は英語とよく似ている。

 ここに来るまでは色々なことがあって頭がいっぱいであり、彼女たちの話す言葉をよく聞いている余裕が無かった。しかし落ち着いて話を聞いていると、どうも彼女たちが話している言葉が英語によく似ていることに気づいたのだ。そして試しに英語を話してみたところ、見事にこちらの意図が伝わった。

 

「これは驚きね。ユーハングとイジツの言葉が似てるなんて」

「こちらの言語で書かれた本か何か頂ければ、より共通点がわかるかもしれません」

「後で新聞を持ってこさせるわ。それで、あなたはこれからどうするの?」

 

 なおも何か喚いているユーリアを無視し、ルゥルゥが続ける。無論、答えは決まっている。

 

「早急に地球への帰還を目指します。私には向こうでやらなければならないことがあるので」

「それは何かしら?」

「…向こうでは今、大きな戦争が起きています。私はその作戦に参加するため移動中でした」

「その作戦とやらは、あなたがいなければ成功しないものなの?」

 

 リーパーは何と答えるか迷った。はい、と答えればなんだか自惚れているような気がする。かといって「死神」だの「リボン付き」だの言われて敵味方に広く知れ渡っている自分が、作戦に参加しなかった場合どうなるか、それも読めない。今までもリーパーの参加を前提とした作戦が、国連軍では実行されていた。

 

「なにあんた、自惚れちゃってるわけ? 別にあんた一人いなくたって、仲間がいるなら何とかしてくれるでしょ。それともあんた、仲間を信用してないの?」

 

 リーパーとルゥルゥの会話を聞いていたキリエが言う。キリエはリーパーに空賊追撃を邪魔されて以来、彼のことが気に入らなかった。

 

「いや、そういうわけでは…」

「おいキリエ、彼に失礼だろう。何をそんなに怒っているんだ」

「別にぃ、怒ってませーん。あんたのせいで空賊連中を取り逃がしたことなんてこれっぽっちも怒ってないですよーだ」

 

 怒ってるじゃん、とリーパーは思った。

 

「すまない、彼女は頭に血が上りやすい性質(たち)でな」

「いえ、俺が彼女の邪魔をしたのは事実なので…」

「まあまあ、その点も含めて誤解を解くためにも歓迎会をするのはどうかしら? ジョニーに頼んでサルーンの用意をさせるわよ?」

 

 リーパーが腕時計を見ると、既に夕方だった。イジツの時間の流れが地球と同じであれば、だが。

 

「マダム、先ほど町長たちが歓迎会を開くかどうか協議していたようですが」

「あれについては私の方から明日やると言っておいたわ。どのみちあなたの戦闘機を見て、明日には大勢の人がこのラハマに押しかけてくるでしょうし。その前にしばらく行動を共にするコトブキ飛行隊と、親睦を深めておいた方がいいわよ」

 

 リーパーは素直にルゥルゥの提案を受けることにした。今のリーパーは外交官も同じだと言うことを自身も理解していた。

 今後「穴」を通じ、再びイジツと地球の交流が再開される可能性もある。その時に彼らは地球人を、リーパーのイメージを通して見ることになる。リーパーが失礼なことをすれば、地球人のイメージも悪くなってしまうのだ。そうなることは避けておいた方がいいだろう。

 

「マダムは参加されますか?」

「私は町長たちと打ち合わせがあるから遠慮させてもらうわ。それに、若い人たち同士の方が盛り上がるでしょ? 副船長、彼に部屋を一つ用意してちょうだい」

 

 羽衣丸はメンテナンスも兼ねて、ラハマの街にしばらく係留の予定だった。その間リーパーは羽衣丸で寝起きすることになる。ラハマの街はこれと言った観光名所も資源もないため、外から訪れる人も数もそう多くはない。アレシマやショウトならば賓客用のホテルでもあるだろうが、ラハマで用意できるのは旅人向けの粗末な宿だけ。そんなところにリーパーを寝泊まりさせるのは危険だとルゥルゥは判断した。

 

 

 しかし、面倒なことになりそうね。ルゥルゥは窓からガドールの飛行船を見て思った。ユーリアと共にラハマにやって来たのは、街同士の提携について話し合うべくガドールから派遣された議員たちだ。議員の中には企業のトップを務める者も多い。そんな彼らが金の卵も同然のリーパーと、彼の乗ってきた戦闘機(フランカー)を放っておくはずもなかった。

 

 ルゥルゥがリーパーをオウニ商会の保護下に置いたのも、オウニ商会の利益のためだけでなく、彼をガドールや他の街の権力者たちから守るためという一面があった。街の権力者には強欲な連中が多い。本人の意思などどうでもいいとばかりに、リーパーとフランカーを力づくで自分たちのものにしようとするイサオのような者たちが出てくるだろう。

 

 最悪の場合、リーパーを殺してフランカーだけ奪おうとする連中も出てくるかもしれない。確かにリーパーの持っている情報も重要だが、あの戦闘機はこのイジツにおける空戦の概念をひっくり返してしまいかねない代物だ。

 あのフランカーを手に入れて複製に成功すれば、あるいは使われている技術だけでも吸収することが出来れば、その街はイジツを征服することすらできるかもしれないのだ。

 

「とんでもないものが落ちて来たわね…」

 

 ルゥルゥは窓から空を見上げて呟く。リーパーの来訪は、このイジツに新たな混沌をもたらすだろう。




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