【完結】とある再起の四月馬鹿(メガロマニア)   作:家葉 テイク

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第二章 良き寝覚めの為に

   第二章 良き寝覚めの為に 

Morning_Call.

 

   1_04/01 9:20

 

 

 

「ま……魔神!?」

 

「ああそうだ。連中、お前の中身が三年前の過去のものだと既に気付いているぞ。色々あって老成したお前ではなく、何も知らないウブなお前を好き放題からかえるとあって、いつもの数割増し本気で()()()()()()()()()()。その警告の為に私も同行したというわけだ」

 

 

 ま、魔神か……! どうしよう!? あんなのが複数で来られたら、ただじゃれつくだけでも地球が何度か終わりかねないぞ!?

 っていうか魔神が理想送りにされてないのも疑問なんだけど、まぁ多分そこも俺がなんか関係してるんだろうし……。

 

 

「警告は有難いけど……どうするんだ!? なんか気に入られてるのは嬉しいけど……魔神にじゃれつかれたら、流石にただの人間の身じゃなんともならないでしょ!? レイシアちゃんの身体を傷つけるわけにもいかないし……」

 

『あ、わたくし達AIM思考体になれるから、究極的には肉体が滅んでも大丈夫ですわよ。肉の器は壊れても作り直せばいいんですし』

 

「なんか超越者みたいなメンタルになっちゃうのはダメぇ!! ヒトは身体が壊れたらおしまいなの!! 一つしかない身体は大切にしないといけないの!! そこを踏み越えたら色々とダメになってしまうものなの!!」

 

『だってぇー……上条にフラれた以上、普通の人生を送る意味もないですしぃー……それならいっそシレンとずっと一緒に不死の道を歩んでも……』

 

「くっ……このへんは実際にフラれてない身ではなんとも言えない……! 未来の自分に託す!」

 

 

 なんとかレイシアちゃんに人としての一生を全うさせてあげてくれ。いやまぁ、お前が『レイシアちゃんと一緒に人外になるならそれでもいいかな』って思うなら別にいいけど……。

 

 

「お前ら」

 

 

 と、懊悩している俺達へ、オティヌスが冷ややかに声をかけた。

 

 

「じゃれ合っているのは結構だが────そろそろ、来るぞ」

 

 

 その、次の瞬間だった。

 

 

 ひらり、と一枚の手紙が、俺のところに舞い降りてくる。手紙だと分かったのは、その一枚の紙の上に筆で書かれた字が幾何(いくばく)か踊っていたからだ。

 その字はあまりにも達筆すぎて普通の高校生には解読できないほど難しかったが、レイシアちゃんの解読能力を駆使して読解してみたところ、要約すると次のような内容だった。

 

 

『拝啓 真なる外より出でて過去より来たりし我らが「天敵」

 

 過去からこの時代へ来て、きっと困惑していることだろうと思います。我らの知恵が貴女の現況を打開する一助となるべく、今からそちらへ出向きましょう。

 限界まで力は弱めておくので、貴方の世界を壊すことはないと思います。たぶん。もし壊れてもあとで内緒で直しておくのでご容赦せらるべきの状、件の如し』

 

「…………これただの犯行予告だ!?!?」

 

 

 一通り音読してから、俺は我に返って手紙にツッコミを入れてしまった。

 

 ちくしょう、なんだこの丁寧なわりにフランクに世界をぶっ壊す可能性について仄めかした最悪な予告状は! いったいどうすればいいんだ!?

 

 

『……うわぁー、達筆ですわねぇ。これ、誰からかしら。日本文化圏の魔神っていうと……』

 

「なあ、レイシア。件の如しってなんだ?」

 

『件というのは妖怪のことですわ。件は正直な妖怪だから、この文書にも件のように嘘はありませんよという意味です』

 

「はぇー」

 

「おい令嬢。嘘を吐くんじゃない。そいつは民間語源だろう。件という妖怪の発生は江戸時代後期だが、『件の如し』という言い回しは平安時代まで遡っても残っているぞ。その理屈だと件という妖怪が平安時代からいたことになるじゃないか」

 

『チッ……無学なバカが恥ずかしい勘違いを一個増やすだけだから別にいいではありませんの』

 

「お前達がフラれたの、そういうとこだと思うぞ」

 

『うるッッッッせェェェええええええですわねッッ!!!! テメェだって一緒にフラれてボロッボロに泣いてたじゃありませんの!!!!』

 

「れ、レイシアちゃん。どうどう。落ち着いて。落ち着いて。上条さんが半泣きになってるから」

 

「そうそう。あと、いい加減に話題を儂の方に戻してくれんと、さしもの寛容さを持つ儂でもちと拗ねてしまうが」

 

「ほら僧正もこう言ってることだしって僧正!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 うわっ!? 本当にいつの間にか僧正がすぐ隣にいた!! 絶対なんかド派手に『──そして襲い掛かる魔神達!?』って感じに来ると思ってたのに、僧正が単品で来た!?

 

 

「私らもいるけどね」

 

「神そっちのけで無邪気に青春を満喫するなんて、いっそ天罰モノの不敬さよね」

 

 

 そ、そして娘々とネフテュスもいる……。

 ……でも、それくらいだな。魔神三人衆しか来てない。もっとオールスター大集合で魔神がドバッと来るのかと思ってたけど……。

 

 

「儂らとて、過去の戦いを経て何も学ばなかった訳ではおらんよ」

 

 

 僧正は、枯れ枝のような細さの指でこめかみのあたりを掻くようにしながら、

 

 

「儂らが重視する人間にも、同様に重視する環境があった。ならばその環境に対する負荷はできる限り軽減せねばなるまい。ちょうど、環境保護に精を出す人間のようにのう」

 

『相変わらず上から目線で反吐が出ますわね。今すぐにでも引きずり降ろしてさしあげましょうか』

 

 

 鷹揚そのものといった僧正に対し、レイシアちゃんは厳しい目つきでそう切り返した。

 ……うーむ? なんか魔神サイドは俺の知る正史のそれよりも大分人間側に歩み寄っているような気がするんだけど、レイシアちゃんの態度がこれなのは、元来の反骨心ゆえなのか、それとも別口でなんかあったのか……。

 ……両方っぽそうだな。

 

 

「ほっほ! ()()()()()()()()()人間から凄まれるというのは心地いい。それだけでも、厳しい選抜に勝ち残って此処に来た甲斐があったというものじゃな」

 

「実際にはただのジャンケン大会でしょー? あんまりドンパチやりすぎると世界中に不幸と幸福が撒き散らされちゃうからさ」

 

「やっぱり窮屈よね、この世界って。そういう意味では、あの理想郷が少し懐かしくもあるけれど」

 

 

 魔神のジャンケン大会か……。

 

 

「まぁよいではないか。せっかく久々にウブなシレンで遊べるというのじゃからのう。さて、此処は未来の知識を教えてやることから始めようかの。たとえばレイシアが初めて幽体離脱した時の醜態とか……」

 

『大概にしないと承知しませんわよこの邪神ども!!』

 

 

 ズウ──と。

 俺の背後で漂っていたレイシアちゃんの存在感が、急速に増大していく。

 

 

「なんじゃ。どうせシレンの体質で()()()()のじゃ。大方、此処での記憶は薄ぼけて忘れられるとかで済むのだから、気にしなくてもよかろう?」

 

『やっぱ何も学んでませんわねこのおバカ! どうせ結果は同じだから大丈夫だろじゃありませんのよ! 最終的に全く同じ世界に戻ってきたけど途中で「しあわせな世界」を壊したんだって思い悩んでいた上条のことをもう忘れましたの!?』

 

「……、」

 

 

 ……あ、レイシアちゃん今、ツッコミのどさくさに紛れてオティヌスの方も殴ったな。

 やっぱり三年経ってもレイシアちゃんの根幹は変わってないというか、こういうときのレイシアちゃんは相当頭に血が上ってるからなあ。とりあえず、落ち着かせないと収拾がつかないぞ。

 

 

「あー、レイシアちゃん。そんな殺気立たなくてもさ。いい加減この未来にも慣れてきたし、テキトーに流すなりするから大丈夫、だ、よ……、」

 

 

 そうして収拾をつけようと、レイシアちゃんの方へ振り返って、俺は思わず言葉尻が弱ってしまった。

 何故か?

 

 それは、レイシアちゃんの碧眼が()()()()()に変色していったからだ。

 

 

「れ、レイシアちゃん……? 目、目……」

 

『ん? ああ……シレン、ちょっと臨神契約(ニアデスプロミス)をやりますわよ。このおバカどもには、やはり一度、完膚なきまでの敗北というのを味わわせてやらねばなりませんわ』

 

「ほっほ!! 動くか、我らが『天敵』! それもいい、『歴史の追放者』とかち合うのであれば、儂らも俗世を気にせず暴れられるからのう!!」

 

 

 ドボジャア!!!! と。

 僧正が両手を広げた瞬間に、目の前に『山』が出来たのを皮切りにして。

 

 

 

()()()()()()()()()?」

 

 

 

 ボッッ!! と、それまで展開されていた『山』が一瞬にして消滅した。

 だが、それはレイシアちゃんが何かしたわけじゃない。証拠に、レイシアちゃんは予想外の挙動に目を丸くしているし──僧正もまた、突然己の魔術が消し飛んだことに困惑しているようだった。

 そして、その消失劇の立役者が誰かは、すぐに分かった。

 

 魔神の『天敵』?

 

 レイシアちゃんがそう呼ばれる前に、もっと相応しい『天敵』はいたはずだ。魔神によって見いだされ、魔神の新たな希望として、特別な右手を与えられた少年──

 

 

「…………まーたきみらは軽率に世界を滅ぼしかけやがって……」

 

 

 ──上里翔流。

 

 どこにでもいる平凡な少年が、今日に限ってはいつも一緒にいる少女達を一人も伴わせずやって来ていた。

 

 

「特に僧正。きみ、ぼくの介入を回避するために世界を歪めたな? 此処に来るまで、エイプリルフールに輪をかけてのフェイクニュースの数々で街がしっちゃかめっちゃかだ。お陰で簡単にきみ達を見つけることができたけど」

 

「ほほ、さて、何のことやら」

 

「まぁいいんだけどさ。()()()()()()()()()

 

 

 バシュッ、と。

 

 上里くんがそう言って、肩の力を抜いて頭をかいた瞬間──僧正の姿が、一瞬にして掻き消えた。

 

 

「既に言ったろう。『新たな天地を望むか?』と。自分が入滅した地面を支配下に置くきみの術式を考えれば、支配下となった土を()()()きみを理想に送ることなんて難しくない。それと、」

 

「あ、待、」

 

「きみらも同罪だよ、魔神」

 

 

 ボボシュッッッと、いっそ唖然としてしまうくらいにあっさりと、魔神は綺麗に影も形もなく消え失せた。

 

 

「おま、上里……!? なんで魔神を消し飛ばした!! お前もう、魔神への復讐はやめて、理想送り(ワールドリジェクター)を消す旅に出たんじゃあ……!?」

 

「ん? それとこれとは話が別だろう。今まさに世界を滅ぼそうって馬鹿をこのままこの世界においておけるわけがないだろ」

 

 

 ────空気が。

 

 ゆっくりと、徐々に捻じ曲がっていく。

 これまでの、ドタバタながらもなんだかんだで『コメディ』の範疇で片付いていたものが、明確に、もはや拳の衝突なくして終結できない形へと。

 

 そう。まるで。

 

 

 楽しいおふざけの時間(エイプリルフール)はこれで終わりだ、とでも言うかのように。

 

 

「確かに、ぼくはもう魔神への復讐はやめた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それにこの力も捨てると決めた。だが──それと世界の危機に立ち上がることは矛盾しないだろう。ぼくの願望はブレていない。『ごく平凡な自分の世界を守っていく』。それだけさ」

 

「そんなくだらねぇお題目の話をしてるんじゃねぇ! その為に魔神を切り捨てちまったら、その時点で血に汚れたテメェの手で触った『平凡な世界』ってのは血みどろになっちまうんじゃねぇのかよ!? テメェもそれくらい分かるくらいには、救いようがあっただろ!?」

 

 

 上条さんと上里くんは何やら激昂しつつ話しているようだったが、俺としては何か気持ちの悪いものを感じていた。

 上里翔流という人物としては、およそ不自然な行動原理。俺も彼の顛末までを『読んだ』わけではないので詳しくは分からないが、それでも色々あって勝ち取った成長をふいにするような人物でないことくらいは分かる。

 であれば、何故彼がこんな──魔神を消し飛ばすなんて、取り返しがつかない暴挙に出たのか。

 

 

「…………()()()が歪んでいるな」

 

 

 若干どうしたものか考えあぐねていた俺の傍らにいつの間にか立っていたオティヌスが、そんなことを言った。

 

 

「ゴム紐?」

 

「歴史の考え方だ。並行世界というのは、実際に世界が複数あるわけじゃない。一本の『歴史』というゴム紐を想像してみてくれ。このゴム紐を、どう引っ張って形を歪めるか。その歪み方が、我々が『並行世界』と呼んでいるものだな」

 

 

 オティヌスは、依然として言い合っている上条さんと上里くんを眺めながら、

 

 

「魔神が位相を差し挟むのとは、また別種の形で世界を歪めているわけだ、が──なるほど、魔神のレーンではないから、上里も術中に陥っているようだ。どれ人間! 一発問答無用でぶん殴ってやれ! それで歪みが治るかもしれん」

 

「全体的に煽りが雑!!」

 

 

 ツッコミを入れる上条さんだったが、一応そっちの方もちょうど言葉のやりとりは決裂したらしかった。

 静かに拳を握る上里くんと上条さんから視線を外して、オティヌスは俺達に言う。

 

 

「それから、お前達は私と一緒に来い。ヤツを歪めた犯人がこの街のどこかにいるはずだ。そいつを追うぞ」

 

 

 

 

2_04/01 9:40

 

 

 

 で、上条さんを殿にして、この問題の元凶を突き止めるべく走り回っている俺達だが──上里くんがちょっと言っていたとおり、街はエイプリルフール企画でごった返していた。

 どこもかしこもわちゃわちゃと、普段やらないような馬鹿っぽい企画を打ち出してはみんなで笑っている。こんなことがなければ、俺も乗っかりたかったんだけどなー……。三年後の先端科学によるエイプリルフール。やりたい……。俺、前世の頃はソシャゲのエイプリルフール企画とか大好きだったからさあ。

 

 

『気になりますか?』

 

 

 そんな風に周囲に視線をやりながら走っていると、レイシアちゃんがそんなことを問いかけてきた。

 レイシアちゃん、俺に憑依しているから自分で動く必要がないんだよね……。だからか、俺の視線の先とかまでよく見ているのだろう。

 

 

「はぁっ……、まぁね。何もなければ存分に楽しみたいところなんだけど」

 

『まぁ、いいことばかりではありませんけどね。ほら、さっきからスマホで調べていたのですが、エイプリルフールの関係でフェイクニュースが大量に出回ったりとかで、ニュースの信頼性がどうのこうのといった問題も出ているそうですわよ』

 

 

 スマホをすいすいと操りながら、レイシアちゃんはいっそ他人事そうに言う。

 ……っていうかレイシアちゃん、朝からめっちゃスマホ使ってるね。未来のレイシアちゃんはスマホ大好きキャラなんだろうか。……なんか俺のせいな気もするけど……。

 

 

『「エイプリルフール企画専門のプロデュース会社があって、例年は各企業がそこを通しているから混乱も小さくて済んでいるが、今年はそこの会社を通さない企画が多いから統制が取れなくなっている」……らしいですわね』

 

「えぇ、エイプリルフールに元締めとかあるの? ああいうのって好き勝手やるからいいと思うんだけどな……」

 

 

 世知辛い……。っていうか、例年やってるなら今年もちゃんとやってほしいよね。なんか別事業に手を出したりしちゃったんだろうか……。

 

 あ、そんなこと言ってる場合じゃない。今は歴史を操っている黒幕を暴かなくては。

 そう思ったところで、おそらく同じことを思ったのだろう。レイシアちゃんが、先を迷いなく走るオティヌスへと問いかける。……地味にオティヌスも健脚だよなあ。

 

 

『で、手がかりはあるんですの?』

 

「ない」

 

 

 ないのかよ!?

 

 

「……が、現代の魔術師がこんな直近の歴史を操るのは、個人では不可能だ。やるなら複数。……十中八九、集団術式(パッケージ)だろうな」

 

 

 また出た。『パッケージ』。

 

 

「朝もレイシアちゃんが言ってたけど……パッケージって何さ? なんか魔術っぽくない響きだけど」

 

『基本的には、聖堂の修道女達が一斉にお祈りをするタイプと同じですわ。数十人から一〇〇人の集団で一つの術式を起動させるのです。違うのは……たいてい『何かしら』を降ろして利用しているところと、利用者の多くは魔術が使えるだけで専門家ではない素人というところと、その集団独自の『集団幻想』を後付けで追加しているところ、かしら』

 

 

 説明に集中するためか、一旦足を止めたオティヌスに倣って移動を止めたレイシアちゃんは、そのまま人差し指を立てて続ける。

 

 

『たとえば『神の力(ガブリエル)』を集団で召喚したとします。普通の魔術なら、その天使の偶像を使って何やらしますが、集団術式(パッケージ)の場合はさらに『神の力(ガブリエル)は真実を伝える存在だから、彼女が伝えた事実は悉く真実になる』という幻想(ルール)を後付けできるのですわ。多くが魔術の素人だからこそ、そういう無体なことができるんですのね』

 

「な、なにそれ黄金錬成(アルス=マグナ)!?」

 

「実際には、そのルールの後付けの分、術式としてはかなりピーキーになっているがな。今の例なら、『メッセージは必ず電子メールの形で行わなければならない』から受け取ったメールを削除すれば起こった事実すら元に戻る、といったように」

 

『ま、今言ったようなのは極端な例ですわ。神仏の類は扱いが難しいですから、たいてい妖怪だの英雄だのを使った集団術式(パッケージ)に留まるのですが』

 

 す、すごいなレイシアちゃん……。まぁ正史を読んだ知識があるのも大きいとは思うけど、完全にオカルトに関する知識を自分のものにしている……。

 と、レイシアちゃんはそう言っている間もいじっていたスマホをぽんとタップすると、そこで初めてスマホから顔を上げて、こう言った。

 

 

『さて、見つけましたわよ。黒幕』

 

「えっ、早っ!?」

 

 

 もう見つけたの!? 今オティヌスが手がかりゼロとか言ってたところだったよね!? それは流石に快刀乱麻がすぎない!?

 

 

『早いと言っても、朝起きてからずっとGMDWの伝手を使って調べてましたので。これでもけっこうかかった方ですわよ』

 

「は、え……?」

 

『あのですねぇ……』

 

 

 レイシアちゃんは、いっそ呆れた様子すら見せて続ける。

 

 

『わたくし、最初の最初に集団術式(パッケージ)を疑っていたじゃありませんの。集団術式(パッケージ)は数十人から一〇〇人単位で行う大規模術式。それだけに、個人で動かすよりも圧倒的に強力な術式が使うことができますが──反面、人が集まればそれだけお金もかかる。ゆえに、お金の流れを調べておかしなところを突けば簡単にボロが出るのですわ』

 

 

 あ、ああ……。単純な魔術師の集まりとは違って、そういう社会的な部分からも追い詰めることができるのね……。

 

 

「フム……。なるほど、言われて合点がいった。余人には気づかれないように、歴史を操作していたんだろうな。もっとも、術式の効かない人間やお前達と接触したからボロが出たようだが」

 

「……接触? でも、別に誰とも会っていないけど……まさか今までの登場人物に犯人がいるなんてミステリじみた話じゃないでしょ?」

 

「おいおい。お前は最初の最初から『その概念』に触れていたはずだぞ。今日がいったい何日か忘れたのか?」

 

 

 鼻で笑うオティヌスの言葉を引き継ぐように、レイシアちゃんが言う。

 

 

『「エイプリルフール」ですわ』

 

 

 

3_04/01 9:55

 

 

 

 結論が出てしまえば、あとは簡単だった。

 

 起点は、最初から明確だったのだから。

 上里翔流の襲来。明らかにそこから、全ての軸が狂っていった。そこで彼は、何と言っていた?

 

 

『特に僧正。きみ、ぼくの介入を回避するために世界を歪めたな? 此処に来るまで、エイプリルフールに輪をかけてのフェイクニュースの数々で街がしっちゃかめっちゃかだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 全ての歯車が狂った少年の襲来。それを手助けしたのが──エイプリルフールの混乱だった。

 そしてエイプリルフールの混乱は、もともとエイプリルフールの企画群を取りまとめていたプロデュース企業の手を離れたイベントが大量に出たことで起きたことらしい。

 これは一見すると、プロデュース会社が何らかの理由で弱体化したことによる弊害のように見えなくもないが──こうも解釈できないだろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 であるならば。プロデュース会社は、そうやって間接的に上里くんを誘導し、俺達に干渉してきた。だから術式の効かない俺達や上条さんと接触し、術式の歴史干渉にボロが出た。

 何故わざわざそんなリスクを冒したのか、についても、ある程度想像がつく。

 

 

「……魔神は……俺達に、この術式のことを伝えるつもりだったんだろうね」

 

 

 レイシアちゃんと喧嘩していた僧正だったが、彼らとの交流はなんだかんだで『コメディ』の範疇だった。まぁ軽めに世界が滅びかねないスケールだったのはご愛敬だけど、彼らは俺達に悪意を持っていたわけではなかった。

 そして、魔神は存在しているだけで歴史を歪めるような規格外だ。もちろん自分達以外の存在が歴史を歪めるようなことをしたらすぐに分かるだろうし、あの時点でそれを認知していた可能性が高い。

 

 いくら俺が魔神と交流を持っていたからって、過去の意識がやって来ただけでああもハッスルするっていうのが、最初から疑問だったんだよな。

 そっちはオマケで、迫る脅威に対するメッセンジャー役をやっていたというのならそれも納得だ。

 

 

『いや、それはそれとしてシレンとわたくしをからかう気満々ではあったと思いますわよ』

 

「ああ。それは私もそう思う。あやつらはそういう輩だ」

 

「そ、そう……」

 

 

 う、うーん……。魔神のキャラがいまいちつかめない……。

 

 

『で。敵がエイプリルフールプロデュース企業で集団術式(パッケージ)を使っていると分かった以上、わざわざ敵の本丸に行かずとも集団術式(パッケージ)を瓦解させれば全部解決するわけなのですが……』

 

「向こうも流石に、そこまで暢気ではないようだな」

 

 

 ズ……と。

 

 まるで虚空から浮かび上がるように、スーツ姿の男たちが物陰からぞろぞろと現れてくる。全員、その手に拳銃を持っていた。

 

 

「ちょ……拳銃!? なんだよ敵は魔術師じゃないのか!?」

 

『イマドキ科学と魔術できっちり切り分かれてる敵の方が珍しいですわよ! 能力者だって自分の能力を使って術式を構築する時代ですわよ!』

 

 

 レイシアちゃんの言葉と同時に、俺の指先から白黒の『亀裂』が展開される。

 音より速く空中を駆け巡った亀裂は、正確に拳銃を切り刻み、敵の武装を無力化するが──

 

 

『……チィ! やはり駄目ですか!』

 

 

 その拳銃も、次の瞬間には()()()()()()()()()()()()

 俺達に干渉できなくても、拳銃の『壊れたという歴史』をなかったことにはできるってことね……。くそう、いよいよなんでもありじみてきたぞ。

 

 

「まずいな……! こっちの攻撃が無限に無効化されるってなると、いよいよ本格的に敵の術式を瓦解させないと勝ち目がないよ!」

 

『分かってますわ! オティヌス! 何か思いつくことはありませんの!?』

 

「悪いが、アテにはするな! 集団術式(パッケージ)には術者の集団幻想というノイズがあるから、正道の魔術知識では解析が難しい……!」

 

『使えませんわねこの駄女神!!』

 

「レイシアちゃん、辛辣すぎ!」

 

 

 レイシアちゃんを窘めつつ、俺は亀裂をスロープのように展開した。

 このままだと、無数の敵に囲まれてじり貧だ。それなら一旦空に逃げた方が良い。流石に向こうも空までは飛べないだろうしね。

 

 と、その時は思っていたのだが。

 

 

「……冗談でしょ」

 

 

 バラララララ……と。

 空からエイプリルフール企画用らしきヘリが近づいてきたのを見て、知らず口から乾いた笑いが漏れていた。

 あれじゃ、空に逃げてもハチの巣は免れないぞ……!? クソ、どうしたら、

 

 

()()()()()()()()()?」

 

 

 ぞっとする間もなかった。

 声に振り返ると、そこには上里くんの姿があった。頬には殴られた痕があるが、他に目立った負傷はない。思わず亀裂を出して戦闘態勢に入りかけた俺だったが──それは寸前で思いとどまった。

 

 その傍らに、同じく頬を腫らした上条さんがいたからだ。

 

 

「ぼくの理想送り(ワールドリジェクター)は、ゴム紐を引き延ばした『余剰領域』に対象を送り込む能力だ。実際に物質を消しているわけじゃないから、ゴム紐をどう引っ張ったところで『余剰領域』に入れたものは戻ってこないぞ」

 

 

 首に左手をやりながら、上里くんは続ける。

 

 

「すまないな、シレンちゃん、レイシア。どうやら、一杯食わされていたらしい。……まったく、こういう時はこの右手を恨むね。どうしてそっちの右手のように無法な術式を自動で無効化する機能がないのやら」

 

「お前またぶん殴るぞ!? それと引き換えに上条さんがどれだけ不幸に苦しめられているか……」

 

「やってみろ。素の殴り合いでならぼくは負けないからな。…………まぁ、それについては後だ」

 

 

 ゴキリ、と。

 上里くんの首が、大きな音を鳴らした。

 

 

「行けよ。無様を晒した詫びはしたい。此処はひとまず、ぼくが全部引き受けた」

 

「…………! ありがとう、上里くん!」

 

 

 無数の黒服に立ちはだかるように立つ上里くんに背を向けて、俺達は上条さんを一行に加えて走り出した。

 

 

 

 

4_04/01 10:25

 

 

 

 

「馬鹿な……! こんなはずでは……!」

 

 

 首謀者の男は、豪奢なソファに座って頭を抱えていた。

 

 『件の如し(メガロマニア)』は、完璧な術式のはずだった。

 破滅的な予言を齎す妖怪、『件』。

 フェイクニュースを扱うサーバにそれを宿すことによって『破滅的』の定義を歪め、自分達好みの予言を吐きださせる『自在予言パッケージ』。

 これを使えば、全てが思いのまま……のはずだったのに。

 

 何故か、術式始動早々、何者かに自分達の存在を嗅ぎ回られたのがケチのつけはじめ。

 自分達の企みを邪魔する連中を潰すよう『件』に予言を出させるも、なんとその予言が外れ。それを皮切りに、『件』を制御していたはずのパラメータがみるみる異常値を叩き出していき始めてしまっていた。

 今はまだ()()()()()()()辛うじて制御できているが、それもいつまで続く均衡か分からない。早く術式を乱す要因を潰さなくては、術式が瓦解し、自分たちが制御の外れた『件』の被害を受けるかもしれない。

 

 

「…………こうなれば、手段は選んでいられない」

 

 

 このまま敵を放置していれば、いずれ自分達は自滅してしまう。

 敵をこちらに呼び寄せるのも叶わないならば、あと首謀者の男に取れる手段は一つだけだ。

 

 

「安全装置を解除するのは、危険を伴う行為だが……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

5_04/01 10:25

 

 

 

 

 まるで、今までずっとそこにいたかのような自然さだった。

 気付けば、そこに黒服の男が新たに現れていた。服装や意匠こそ今までの黒服たちと同じだったが、なんとなく分かる。おそらく、この男こそ首謀者だ。だからこそ、他の手駒が全て出払ったこのタイミングで現れたのだろう。

 

 

「随分と」

 

 

 黒服の男は苛立ちを滲ませた声で、そう切り出した。

 

 

「好き勝手してくれたな。ええ? お陰で俺達の計画は台無しだ」

 

『こちらの台詞ですわ。せっかく懐かしのシレンと楽しく過ごす予定でしたのに。とんだドタバタストーリーですわよ』

 

「知るか。死ね」

 

 

 直後。俺達が気付いた時には、()()()()()()()()()後だった。

 

 ────っ!! くそっ、歴史を操作して『銃を撃った事実』を今に差し込んだのか!? なんてでたらめな──

 

 

 ゴイィン!!!! と。

 

 俺が亀裂を展開してガードしようとするより速く、それに対してオティヌスが身を翻していた。

 手に雷光のような輪郭の曖昧な槍を握った少女は、音速よりも速く飛来する弾丸を事も無げに叩き落としていたのだった。

 

 

「……忘れたか? 今の私はシレンの横槍によって『成功』と『失敗』、どちらの可能性も内包することによって永久に魔神性を失っている身だが……逆に言えば、『成功』でも『失敗』でもない『あいまいな力』は操れるのだぞ」

 

「~~ッ!! だったらどうした!!」

 

 

 ズガガガガン!!!! と、今度は明らかに一〇発以上の銃弾が上条に向かって一斉に放たれる。

 しかし上条はこれを、横へ思いきり跳躍するだけで回避してみせる。

 

 

「……お前の魔術。好きな『歴史』を現在に挿入することができるみたいだけど、例外はあるみたいだな。俺達に対して直接干渉するような歴史は、挿入できない。だから自分の行動は好きに変えられるけど、『俺達に命中する』という歴史を差し込んでこないんだ」

 

「……、ふ」

 

 

 図星。

 上条さんの指摘に、首謀者の男は俯いて笑うことしかできなかった。

 上条さんの前兆の感知なら、もはや男が何をしても動き出しでそれを阻止できるし、こっちには全開の白黒鋸刃(ジャギドエッジ)とオティヌスまでいるのだ。

 これは……勝負あったかな。

 

 

「だから言っているだろう! だったらどうした、と!!」

 

「う、ぐっ!?」

 

 

 そこで、俺は後ろから思いきり引っ張られて引き倒された。

 な、あ!? こ、この顔……首謀者の男がもう一人!?

 

 

「ま、さか……自分を、増やして……!?」

 

 

 馬鹿な……!? そんなの、歴史を改変するどころの話じゃないだろ!? 何をどう捻じ曲げたって、同一人物が増えるわけがな、……いや。そういえば、さっきは一度の発砲が一〇発以上に増えていたっけ。

 とすると……たとえばゴム紐を同じ地点で延々ループするようにすれば、そのループ分()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになるんじゃないか? クッソ、迂闊だった!

 

 

「あまりこうも歴史を捻じ曲げるのはこちらにとってもリスキーなのだがな……! おい、動くなお前ら! この女がどうなってもいいのか!」

 

『……………………』

 

 

 首謀者の男は俺のこみかみに拳銃をつきつけながら言うが──上条さんやオティヌスはもちろん、レイシアちゃんもそれを冷ややかな目で見ていた。

 ……あれ? 俺なんかピンチになったつもりでいたんだけど、この温度差はなんだろう?

 

 

『……知らないとはいえ、馬鹿ですわね、アナタ。一応、歴史を操る術式を持っているのでしょう? ならシレンの特異性には気づかなかったんですの? それ、歴史の特異点を自動的に均していく特異体質持ちですわよ? ……ああ、なるほど、だからですの』

 

「馬鹿にするな! お前らの考えていることは分かるぞ。この俺の『件の如し(メガロマニア)』の根幹を破壊しようっていうんだろう? だが甘いな! 件は『この時間軸』にはいない! 『件の如し』の民間語源説を知っているか? 件の如しとは、正直な妖怪である『件』のように、この文書は真実を伝えているという意味から来ている──だが、これは実際には間違いだ。これが正解なら、江戸末期に発生した『件』は平安時代からいたことに、」

 

「なる。そこでその逆行性を利用して集団術式(パッケージ)に『件』を過去に送る機能をつけていたというんだろう? だからこの時間軸で集団術式(パッケージ)をどうこうしようとしても意味はない、とな。それについては僧正の手紙を見た時点で分かっていた。あまりにもあからさまに『件の如し』というワードが使われていたからな」

 

 

 そこまで言われて、俺も分かりかけてきた。

 多分、俺が未来に来たのも、その機能が原因だ。奇しくも朝にレイシアちゃんが言っていた御使堕し(エンゼルフォール)のたとえが近い。未来からやってきた『件』という存在に突き飛ばされて、ビリヤードのボールのように俺が代わりに未来にやって来たということなのだろう。

 

 で、あれば。

 

 現状、俺はこの時間軸で唯一、『過去と繋がった存在』だ。

 

 その俺が、この件の如し(メガロマニア)という術式の根幹にある『民間語源』の矛盾を指摘すれば。

 

 

「知っているぞ。『件』っていうのは、確かに破滅を齎す予言をする。それは江戸末期、社会の不安の盛り上がりによって生み出された存在なんだ。…………人の幻想によって生み出された妖怪。アンタ達が作り出すにはうってつけの存在だったのかもしれないけど」

 

 

 ピシリ、と。

 

 空間に、亀裂が走る。

 

 

 それは、いつもの亀裂とは違う。時間そのものの亀裂だ。矛盾を指摘され、歴史の歪曲が元通りになろうとすることによってできた、世界の歪み。

 そこに迷いなく腕を突っ込んで、俺は言う。

 その奥にあった手を、掴む。

 

 

「そんなのはアンタ達に都合のいい後付けだ。そんなくだらない嘘は、ここらで終わりにしよう」

 

 

 ずるり、と。

 

 亀裂から、一体の妖怪が顔を出し、

 

 

 そして、俺の長い一日は、ようやく終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

6_04/01 11:00

 

 

 

 世界が。

 

 ボロボロと、崩れていた。

 いや、違う。俺と世界の接続が、徐々に途切れているんだ。『未来』から『現代』へと戻っているから。

 

 

『いやあ、久々にウブなシレンと会えて、楽しかったですわ~』

 

 

 相変わらず浮遊霊をやっているレイシアちゃんは、頬に片手をあてて、ほくほく笑顔でそんなことを言っていた。

 

 

『最近のシレンときたら、色々慣れてしまって……まぁそこも好きなんですけど、たまにはあたふたするシレンも見たかったですから』

 

「こっちの俺には同情するよ……」

 

『シレン。幽体離脱(アストラルフライト)を習得してもどこまで遠くに行けるかとか試してはダメですわよ。一度迷子になって探すのめちゃくちゃ大変でしたので』

 

「何やってんのこっちの俺!?」

 

 

 なんか伝え聞く話の断片を聞く限りでも、はちゃめちゃなことやってんな、未来の俺……。

 俺はもうちょっと常識的に生きていくことを心がけよう。多分こっちのことは忘れちゃうんだろうけども。

 

 

『ああ、そうそう。最後に一つだけ。……アナタが正しいと信じることを、自信を持ってやってくださいな。きっとそれが、一番の正解ですもの。アナタの半身が保証いたしますわ』

 

「……、」

 

『今回のことは殆ど忘れてしまっても、きっとそれさえ覚えていてくれれば、なんとかなります。……特にこの後なんかは。ちょっとネタバレですけど』

 

「ネタバレて……」

 

 

 なんかこういう言い回しを覚えちゃったのは、俺の責任な気がするなあ……。戻ったら気を付けよう。多分忘れちゃうけど。

 でも、なんだかそれが面白くなって、俺は笑いながらレイシアちゃんに問いかけてしまう。

 

 

「第一、忘れちゃうんならどこに記憶していればいいっていうのさ?」

 

『そりゃあ!』

 

 

 言われて、レイシアちゃんはいいことを思いついたとばかりの笑みを浮かべる。

 ……ああ、何言うか分かった。

 でも、そうか。

 こっちのレイシアちゃんがそんな笑顔でこの言葉を言えるくらい、こっちの俺も、過去を乗り越えられたんだなあ。

 

 なら、ちょうどいい。

 別れの言葉は、これを置いて他にはあるまい。

 

 

 

「『心に』」

 

 

「だね」『ですわ!』

 

 

 ──そして────世界が――――。




エイプリルフールの間に投稿が間に合わなかったのは、途中の演出をやりたかったからです。(嘘です)
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