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体育館を出ると、私たちがさっきまでいた教室の中に、1人の女の子がいた。女の子、というより女性って感じだ。
黒のパンツスーツに、赤いコルセット。スタッズの付いた革手袋をつけていて、足元にはかなり高めの歩きにくそうな、学校には不似合いな赤いヒール。全身が赤と黒で統一されている。
更に印象的なのが膝あたりまで伸びたくせっ毛。ここまで髪を伸ばす人もなかなかいないだろう…首には唯一白い、包帯が巻かれている。なんだか近寄り難いつんとした雰囲気を与えるけど、すっごく美人さんだなあ…。
「あのう、すみません」
私がおずおずと声をかけても、向こうから全く反応は返ってこない。不機嫌そうな表情でじっとこっちを見つめてきている…。そんな顔も綺麗だと思ってしまう程には顔が整っていた。
「ど、どうしよう、笑至さん…」
「どうするもこうするも、彼女と話をするだけだよ」
笑至さんはさらっとそう言うと、女の人に向き直った。
「初めまして。ボクは"超高校級の探偵助手"笑至にえる。失礼だけど、貴女のお名前を伺ってもいいかな?」
笑至さんがそう言うと、女の人はようやく口を開いた。
「…照翠法子。"超高校級の弁護士"とは私のことだ。これ以上の用が無いならとっとと帰れ凡骨」
とってもいい声だけど、今さらっと酷いこと言われたような…。凡骨って、今まで生きてきて初めて聞いた罵倒かもしれない。
「わ、私は宗形こむぎです。お、お花の世話をするのがすきで、えっと、あの……」
「貴様の趣味の話になど私は興味が無い。用が無いなら帰れ。私に二度も言わせるな」
「ご、ごめんなさい!」
(ひえ〜っ、き、気難しい人だ…!)
そんな私の様子を見て取ったのか、笑至さんが照翠さんと話を続けてくれる。
「すまない、彼女は少し気弱な性格でね。もう少し優しく話をしてあげてくれると助かるよ。残念ながら用はあるし、ボク達は今は帰る気がない」
「………」
照翠さんは私をじっと値をつけるかのように観察している。こ、怖いなあ……。
「流石に突き放しすぎたか?…そうだな、気軽に私を"先生"と呼ぶことを許可しよう」
「せ、先生……?」
私が復唱すると、照翠さんは小さく頷いた。
「先生…ね。なかなか面白いこと言うんだね、照翠さん」
(笑至さん、結局先生って呼ばないんだ…)
「私たちは今みんなに聞き込んでこの学園についての情報を集めてるんですけど、先生は何か知っていることってありませんか…?」
先生、という言葉を使ったら同じ高校生相手なのに自然と敬語になってしまう。
「貴様は情報を相当する対価も渡さずに手に入れようとしているのか?」
「え!?ええっと、その……」
「申し訳ないけど、今は払えるモノは持っていないね。ボクは家に帰れば、それなりにお金はあるんだけど」
言葉に詰まってしまったところを、笑至さんが引き継いでくれる。
「私は例え知っていることがあったとしても、貴様らには一つも教えん。…この回答で満足か?」
「…分かったよ。まあまた何か聞く機会があるかもしれないしね」
笑至さんは何か言い返すのかと思ったら、案外あっさりと引き下がった。
「せ、先生は、どうしてヒールを履いてるんですか?ずっとそれで過ごしてたら歩きづらそうなのに…」
代わりに、ふと思った疑問を尋ねてみる。照翠さんは考えるような仕草を見せた。
「ヒールを履く理由?……そうだな…ヒールの足音と映画やドラマで裁判長が叩いている小槌の音は少し似ているだろう?相手の同業者や検事のトラウマになったら愉快だなと……冗談だ。」
「じ、冗談なんですか!?なんで…!?」
私が思わず大きな声を出すと、照翠さんは露骨に不愉快そうな顔をした。
「黙れ三下。騒ぐな。私は眠いんだ」
「ひえっ……」
「まあまあ、そう怒らないでよ、照翠さん」
笑至さんが場を取り持つように会話に入ってくる。
「…私が貴様ら如きに怒ってやってるように見えるのか?随分とおめでたい自意識らしいな」
「………」
笑至さんも黙ってしまった。心なしか、少し苛々した不満げな顔で照翠さんを見上げている。照翠さんは私より少し身長が高いくらいなのに、なぜか見下されてる感がすごいな…。貫禄があるというか、なんというか。
「…次に会う時は、もう少し私を退屈させない会話をしろ、凡骨」
しばらくの沈黙の後、照翠さんは最後にそう言い残すと私たちに構わず、カツカツとヒールの音を鳴らしながら教室を出ていった。
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1階の廊下の奥にある食堂に行く廊下の途中で、足早に歩いていた男の子とすれ違いそうになった。
「あの……」
私が声をかけると、その子はびくっと肩を震わせた。
「な、何か…用でしょうか……」
髪や肌は色素の薄い感じで、そこだけ見ていれば爽やかな印象を与えるのに、やけに猫背だ。
綺麗な顔には絆創膏や湿布がたくさん貼ってあって、着ている服もぼろぼろになっていたり、どこかで転んだのか、ところどころ汚れていたりしている。
「貴方は…出口を探しているのかい?」
「は、はい……見つからなかったですけど…でも、どうしてそれを……」
笑至さんが尋ねると、男の子は小さく頷いた。
「探偵の勘ってやつだよ。と言ってもボクは助手だけど。笑至にえるだ、よろしくね」
「私は宗形こむぎです。"超高校級の園芸部"って呼ばれてます。よろしくお願いします」
「荒川……幸です……よろしくお願いします…あ、あまり近づかないでください……」
そう言うと荒川くんはそそくさと私たちから距離を取ろうとする。後ろを見ずに下がったためか、尻餅をついて転んでしまった。
「いてて……」
「だ、大丈夫!?」
「あぁっ……また転んでしまった…あはは、今日も不幸だな……」
荒川くんは苦笑いしてそう言うと、のろのろと立ち上がる。
「怪我はないかい?」
「し、心配しないでください…不幸なことはよくあるので…慣れてますから……」
荒川くんはふるふると首を横に振った。
「君のその発言からして…君の才能は運に関わるものなのかな?」
「は、はい……一応、"超高校級の幸運"って言われてます……お、おかしいですよね、あはは……」
遠慮がちに荒川くんはそう言った。さ、さっきのは幸運というか、不運なように思えたけど…。
「幸運ね。さっきはそうは思えなかったけど、実は貴方、とんでもないラッキーボーイだったりするのかな?」
「そ、そんな…!僕…幸運なんかじゃ、ありません……ただの不幸ですから……」
荒川くんはそう言って俯く。話している間にちょっとずつ詰めていた距離はまた離されてしまった。
「…こ、この学園って16人が恋愛をするんですよね…」
しばらくして、荒川くんが小声で尋ねてきた。
「そうだね。正確には17人だったけど…ジョーンさんはちょっと特別みたいだしなあ」
「16って、偶数じゃないですか…ぜ、全員卒業するには、絶対、誰かが僕と組まなきゃいけないんですよね……」
「まあ、全員卒業を目指すならそうしないとだよね…」
「……はあ…」
荒川くんは悲しそうに大きなため息をついた。
「ぜ、全員に卒業して欲しいけど……僕とペアになる人が可哀想です……僕なんかとつ、付き合うなんて……」
「そんなことないよ…!荒川くんはかっこいいしまだ会ったばっかりだけど優しい人なんだってわかるよ。もっと自分に自信持ちなって!……はっ」
熱く語ってしまった自分に気づき、顔がかあっと赤くなる。見ると、荒川くんも顔を真っ赤にしていた。
「ご、ごめんなさい…気をつけます、あ、ありがとう……」
「う、うん……」
「ふふ、お互いタコさんみたいだね」
笑至さんがそんな私たちの様子をにこにこと見守っていた。うう、ちゃっかりいい立場にいるなあ…。
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荒川くんと別れて2階に上がり、曲がり角を曲がろうとした瞬間。
「きゃっ…!?」
「うわあっ…!?」
勢いよく、何か柔らかいものにぶつかって尻もちを着いた。顔を上げると、同じく座り込んでいる灰色の髪の女の子と目が合う。
「ごめんなさい!大丈夫?怪我はない?」
「だ、大丈夫…!」
立ち上がろうとすると、彼女は素早く起き上がり手を差し伸べてきた。その手を取ると思ったより強い力でぐっと引っぱられて起き上がる。
「よしっ、と…ごめんねえ、おねーさん急いでて前がよく見えなかったみたい」
「ううん、私も前を確認してなかったから全然、気にしないで」
「ふふ、ありがとう。きみはいい子だね」
女の子はにっこりと笑った。
やや長めの灰髪をポニーテールにしている子。紺色のセーターの上に、幼稚園の先生が着るようなピンク色のうさぎさんがプリントされたエプロンを着けている。そして胸が大きい。さっきぶつかった柔らかいところはここだったのか、と思い知らされる。女子の私が羨ましくなるようなスタイルの良さだ…。
「やあ、初めまして。ボクは"超高校級の探偵助手"笑至にえるだよ」
「私、宗形こむぎ。"超高校級の園芸部"って呼ばれてます。君の名前は?」
「おねーさんは、月詠すぴかだよ。そうだねえ、"超高校級のベビーシッター"って言われることが多いかな」
「ベビーシッターってあの、赤ちゃんを預かるみたいな職業?」
「うん、そうだよ。おねーさんは小さい子が大好きなんだ、自分より小さい子はみんな可愛くて仕方がなくて…」
そう言って月詠さんは私と笑至さんをにこにこと見つめている。確かに月詠さんの方が背が高い。なんだか仲のいい子と遊んでるのを、お母さんに見られたみたいな気分だ…。
「あまり子供扱いしないでほしいな。ボクらは貴女と同じ高校生だよ」
笑至さんがちょっとムッとしたように言う。
「ああ、ごめんね…これ、クセみたいなもので。自分より身長が低い子を見ると、つい頭とか撫でたくなっちゃうんだよねえ」
そう言いながら月詠さんは私の頭を撫でている。嫌じゃないから別にいいけれど、無意識なんだろうか…。
「月詠さんはどうして走ってたの?」
「ああ、えっと、実は変な男の子に追われてて…」
月詠さんが後ろを確認しながら声を潜める。
「変な男の子?」
私が聞き返すと、月詠さんはなにかを思い出したように顔を赤くしてまくし立てる。
「初対面で、し、下ネタとか言ってくるの!それで逃げたらなんで逃げるの〜って追いかけてきて…ありえないよねえ、下ネタを言っていいのは大人になってからだよ…!こむぎちゃんとにえるちゃんもあの子には気をつけてね!」
「わ、わかった!」
初対面で下ネタを言ってくる男の子…。今まで会った人も個性派揃いだったけど、さらにとんでもなさそうだ、肝に銘じておこう…。
「確かここって厨房があったよね?みんなの分のご飯を作ってこようかなあ」
「へえ、すごいね。料理は得意なのかい?」
「朝飯前だよ、料理だけに。ふふ、おねーさんに任せてよ」
月詠さんは楽しそうにそう言うと、下の階へと降りていった。全員に挨拶を終えたら、後でお手伝いをしに行こう。