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3階には立ち入り禁止で上がれなかったので、私たちは管理棟の方へとやって来た。家庭科室の中で、男の子がミシンとにらめっこしているのが見えた。
あまり家庭科室の雰囲気とマッチしない子だ。薄ピンクのくせっ毛のショートで、身長が結構高い。紫色のジャージっぽい生地の服を着ている。
「なんだあ?あんたら。俺に何か用か?」
男の子が家庭科室に入った私たちに気づいて声をかけてくる。
「はじめまして、宗形こむぎです。"超高校級の園芸部"って呼ばれてます」
「ボクは笑至にえる。"超高校級の探偵助手"だ」
とりあえず自己紹介をしておく。男の子はなんだか眠たそうに頭をかいている。
「野々熊弘だ、よろしくなあ」
「野々熊くんは、ここで何してたの?ここって家庭科室だよね?」
「男が家庭科室に来て悪いかよ。俺は"超高校級のぬいぐるみデザイナー"だからな。ここの家庭科室の設備を確かめてたんだ」
「ぬいぐるみデザイナー!?男の子なのに…!?」
「うっせ〜!こっちはあんたより身長でけえんだからな!?」
野々熊くんはむっとしたように顔をしかめる。身長はあまり関係ないって言うか、身長が高いから余計に意外性が増してるんだけどな…。
「ああ、それとそこのあんた、入ってきた時に思ったけど、トレンチコートの裾がほつれてるぜ。縫い直した方がいいんじゃねえか?」
野々熊くんがすっと笑至さんのトレンチコートを指さした。
「本当だ。気づかなかったな、これ結構お気に入りなんだけど…」
「貸しなよ、縫ってやるから」
「…いいのかい?ありがとう」
笑至さんがトレンチコートを渡すと、野々熊くんは近くに置いてあった針と糸を使って直し始めた。
その顔は真剣そのものだ。手つきも慣れていて、かっこよくて見蕩れてしまう。
「はいよ。これでいいだろ」
野々熊くんが作業を始めてからものの3分程で、トレンチコートは新品のように綺麗な縫い目に戻っていた。
「すごいね、野々熊くん…!」
「へへ、そうだろ、俺はすげーんだぞ!」
「ありがとう野々熊くん。助かったよ」
「おう!また何かあったら遠慮なく頼れよなぁ」
笑至さんがトレンチコートを着るのを待って、私たちは家庭科室を出た。
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管理棟の1階に降りると、美術室の中に男の子がいた。置かれているヴィーナスの石膏像をじっと見つめている。
「うーん……次の主人公は思い切って石膏像にしてみるとか?インパクトはあるよな…う〜、締切近かったのにこんなところに連れてこられて、いや、締切地獄から逃げられたのは嬉しいっちゃ嬉しいんだけどさ……」
前髪の長い男の子で、髪の右側にピン留めをしている。真剣そうな顔でなにかぶつぶつと呟いているけど、部屋には彼一人しかいない…。
「あ、あのう……」
「ひぇっ!?」
私が声をかけると男の子は後ろに大きくのけぞった。
「驚かせてごめんね。はじめまして、ボクは笑至にえる。"超高校級の探偵助手"さ」
「わ、私は宗形こむぎです。"超高校級の園芸部"って呼ばれてます」
男の子は大きくうんうんと頷いた。汗が浮かんでいるのがはっきり見える…。緊張しているんだろうか?
「貴方の名前は?」
「ヒッ…あ、ぼ、僕…?あ、あ、えと、陰崎日翔、です…。あの、よろしくお願いします……」
「よ、よろしくね」
「アッ今引かれた……?コミュ障発動して初対面の人に引かれるとか、はぁ、ほんともう、やばたにえんのむりちゃづけ……」
なんだか急に落ち込んでしまったみたいだ…。やばたにえん?むりちゃづけ?よく分からない言葉が頭の中をぐるぐると回る。
「さっき主人公とか言ってたけど、貴方は漫画家か何かなのかい?」
「う、うん。僕は"超高校級のギャグ漫画家"だよ。って言っても、僕自身は面白くもなんともないただの陰キャだけど……」
「ギャグ漫画…?おもしろそうだね、陰崎くんの描いた漫画、読んでみたいな」
私がそう言うと、陰崎くんは目を輝かせた。
「僕の漫画を…!!?え、えっと、本当?嬉しいな…今までの青春を漫画に注ぎ込んで生きてきたからさ…ッハハ…しんど……」
喜んでいたと思ったらすぐに悲しそうな顔に変わってしまった。感情の起伏が激しい子だなあ…。
「そ、それにしても、すごいことに巻き込まれちゃったよね!レンアイ学園生活なんて……」
私は何とかしようと、慌てて話を逸らす。
「レンアイ学園生活…ハーレムエンドとかあるのかな。僕は正直デフォルトでいるキャラより隠れキャラを攻略したくなるタイプなんだけど、隠れキャラなんているのかな…まあどっちにしろ僕が主人公になるなんてラノベ展開があるはずないか……ハハ……」
「そんなことないと思うよ。い、陰崎くんにもきっと素敵な出会いがあるかもしれないし!」
「ひ、光属性じゃん……まばゆ…」
陰崎くんが私を見て目を細めた。光属性……?ゲームの属性みたいなやつだろうか。日光は確かに植物にはいいけど…。
この子も相当な個性派みたいだ。石膏像をデッサンすると言い出したので、邪魔しないように美術室を出て寄宿舎へと向かった。
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「あっ!凰凛、やっと人が来たぞ!」
「あら、本当ね」
私たちが寄宿舎の中に入ると、2人の男女がこっちに向かってきた。なんだか絵画の世界から飛び出してきたような2人組だ。
男の子の方は、低めのポニーテールに、膝丈まであるブーツ。顔はかなりの美形だけど、その体つきで男の子だとわかる。ニコニコとしながらこちらを見てきている。か、かっこいいなあ…。思わずじっと見てしまう。
女の子の方は、緑色のさらさらとした長髪に、暗い赤色のマントを羽織っている。服装は動きやすそうだけど、その立ち居振る舞いから、なんとなく高貴なお嬢様みたいな雰囲気が漂う。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って、こういう感じの人のことを言うんだ…。
「ハロー!オレは"超高校級の薙刀士"をやってる切ヶ谷雄町だ。よろしくな!」
「わたくしは揚羽凰凛ですわ。以後お見知り置きを。」
2人に先んじて挨拶をされて、慌ててお辞儀をする。
「む、宗形こむぎです。よろしくお願いします…!」
「ボクは"超高校級の探偵助手"の笑至にえる。よろしくね」
「うん、よろしくー!オレ達、人が来るまでまってたんだよ。何でかって言うと…アレ?なんだっけ?(゜▽゜)」
切ヶ谷くんがきょとんとした顔をすると、揚羽さんが呆れたようにため息をついた。
「それぞれの部屋に違いがないかを確かめるためですわ…まったく、しっかりなさって、雄町」
「そんな感じだった気がする!ごめんごめん!」
「なるほど、それじゃボク達も自分の部屋を見てみようか」
笑至さんにそう言われ、自分のドット絵が上に貼られた扉を開くと、簡素なホテルの一室のような部屋があった。校舎の床みたいに、派手派手じゃないだけよかったのかもしれない。あんな部屋だったら落ち着いて眠れないよ…。
「わたくし達の部屋と変わらないようですわね」
いつの間にか近くにいた揚羽さんがそう言った。
「あの、揚羽さん」
「…わたくしに何か?」
「揚羽さんって、何かスポーツとかやってるの?切ヶ谷くんと一緒に薙刀をやってるとか…?その、すごくスタイルがいいな、と思って…」
そう言うと揚羽さんはにっこりと微笑んだ。
「確かに薙刀は嗜んでいましたけれど、わたくしの才能は"超高校級の軍人"ですわ。現役で従軍しております」
「軍人…!?す、すごいね…」
「それほどでもありませんわ。…あなたの才能も、まだお伺いしていなかったですわね」
「あ、私は"超高校級の園芸部"って呼ばれてるよ。軍人さんに比べると、全然大したことない才能だけど…」
「あら、それで認められているんだから、自信をお持ちになって。才能に優劣はないですわ、専門分野が違うだけよ」
「…うん、ありがとう」
揚羽さん、とっても素敵な人だなあ…。切ヶ谷くんと仲良さそうだったし、もしかしてもう付き合ったりしているんだろうか…?それはさすがに早すぎる、かな。
勝ち目がない、という言葉がぱっと浮かんで、慌てて頭の中で打ち消す。何考えてるの、私…!こんなこと思っちゃうなんて、やっぱりレンアイ学園生活っていう雰囲気に呑み込まれちゃってるのかもしれない…。
「凰凛!そっちも同じだった?」
切ヶ谷くんと笑至さんがこっちにやって来た。揚羽さんはええ、と頷く。
「じゃあ体育館にでも行って、ちょっと体を動かしてこようかな。よいしょー↑」
切ヶ谷くんは大きく上に伸びをする。この状況で体育館で運動って、なんだか能天気で羨ましいな…。
「じゃ!また後で!」
「わたくし達はこれで失礼しますわ」
2人は走って寄宿舎を出て、体育館の方へと向かって行った。
「…切ヶ谷くんと揚羽さんは、いとこ同士らしいよ。お互い長い付き合いで仲良しなんだって」
「へ?」
笑至さんが二人がいなくなったあとに小声で告げる。
「なんか宗形さんが気にしてそうだったからさ。余計なお世話だったら申し訳ないけど」
「き、きき、気にするって、何を…!?私は何も…!」
そう言いながらも自分の頬が紅潮していくのがわかる。切ヶ谷くんの外見が好みなのがあっさりバレてしまった。
どうやら、笑至さんに隠し事はできなそうだ…。