魔法少女つばさ☆マギカ   作:辰真

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EX-02『家族(後編)』

「ここは……僕が抑えます!」

 

 恰好を付けるように、つばさは箒を構えた。

 もちろん虚勢でしかない。魔女に近づくのなんて怖いし、一人で戦うなんて御免だ。でも、身を呈して自分を守ってくれた相手のために、少しでも出来る事をしたい。数の優位だの、戦術だの、そんなもの関係無しにそう思った。

 

 

 

魔法少女つばさ☆マギカ ExtraStory03『家族(後編)』

 

 

 

「ごめん、頼んだ」

 

 どこか申し訳なさそうにさやかが頷く。彼女が気遅れする事など何もないのに。だがそれが美樹さやかの美点の一つなのだろう。誰かのために身を投げだせる強さ。その半面、誰かの負担になりたくないと思ってしまう強さのような弱さ。それを分かってるからこそ、つばさも身を呈して戦える。

 

 少し離れた場所に座り込んでいた魔女が立ち上がった。

 先ほどまで自発的に変身こそ出来なかったが、こと戦闘だけならさやかより経験は多いと自負している。殆どがマミとのタッグによるものであるのが不安要素だが、少しの時間を稼ぐぐらいはできるはずだ。

 つばさは油断なく箒を強く握りしめる。自分が今するべきは倒す事ではない、さやかの回復までの時間を稼ぐ事。倒すのはそれから協力してすればいい。

 

「ふー…………」

 

 張りつめた息を細く吐き出す。だが、魔女は動かない。

 

「つばさ、後ろ!」

 

 さやかの声に従って背後に視線を向ける。そこには先ほどまでさやかを切り刻んで通り抜けて行った使い魔が反転して襲ってきていた。それと同時に前方の魔女からも使い魔を用いた同様の攻撃が放たれる。

 

「失礼します!」

 

 咄嗟に背後のさやかを抱え、つばさは片手で箒を地面に叩きつけた。瞬間、放射状に発生した突風が一瞬暴風の壁を生み出し、木の葉の使い魔の勢いを相殺する。

 その間に、つばさは箒の推力で大きく跳躍し、使い魔の挟撃から逃れる。

 

「よし、もう大丈夫!」

 

 空中で抱えられたままのさやかが叫ぶ。つばさが咄嗟に手を離すと、さやかは両手に剣を携えて魔女へ飛びついた。

 

「美樹先輩、待って!」

 

 だがつばさは慌ててその後ろを追いかける。回復するまではつばさの予定通りだったが、いきなり魔女に攻め入るとは思っていなかった。

 どこか焦るようなさやかの仕草。それが再びつばさが望まぬ道を進んでいく行為と知ってか知らずか、彼女は背後からの制止を振り切って魔女の眼前に躍り出た。剣の投擲があまり有効ではない以上、さやかには接近戦を行うしか術がないのは事実だが、魔女本体の行動パターンすら測りかねる今ではあまりにも早計過ぎる。

 

「くっ……またこいつら!」

 

 さやかは両手に携えた剣のうち、左手の剣を魔女に突き立て、もう一方の剣で魔女の皮膚を切りつける。だがその攻撃場所に的確に使い魔が集まり、魔女まで刃を届かせようとはしなかった。

 

「美樹先輩、離れて!」

 

 しつこく攻撃を続けるさやかの耳に、悲鳴にも似たつばさの声が聞こえた。気づけば魔女本体の腕がさやかを掴もうと伸びてきている。しかし足場は安定せず、頼みの掴まり所は左手の剣のみ。緊急事態にテンパるさやかを他所につばさは冷静に指示を出す。

 

「トリガーを引いて!」

 

 そこでさやかははっと我に返った。

 素早く左手の持ち手に添えられた引き金を引き絞る。瞬間、刀身部分が射出される構造が駆動し、宙ぶらりんでその反動を受けれないさやかの方が宙に弾き飛ばされた。

 

「わっ……とぉっ!」

 

 眼前に迫る魔女の掌。だが咄嗟に宙に飛んだ事でその軌道はギリギリ逸れる。さやかは魔女の掌を踏み台に大きく跳躍。そのままつばさが飛んできた彼女の手を取って退避。

 

「…………無茶しすぎです!」

 

 ピンチを凌ぎ切り、つばさは小さく息を吐く。さやかは勢いよく飛び上がると、つばさの箒に乗り上がる。だが後輩に叱咤されてかおもしろくなさそうな顔を浮かべていた。

 

「ごめん……でも、ちまちまやってたら逃げられちゃうよ」

 

 それで死んだら元も子も無い。

 つばさはその一言をぐっと堪える。考え方はマミと似通っているつばさだが、今それを口にするのは憚られた。二人の仲を取り持つためにも今はあくまでも中立の思考で無ければならない。さりとてあのような行為を繰り返させる訳にもいかない。

魔女の攻撃を受けず、さやかの射程内からも離れた適度な距離を保ちながらつばさは考える。

 

(どうする……マミさんだったら…………)

 

 今ここに居ない自分の恩人であり、師であり、大事な人の事を想い浮かべる。ベテランである彼女の援護があるからこそつばさも戦えている。その彼女抜きで行う戦闘がこれほど辛く、心細いとは。

 とは言え泣きごとも無駄な事はつばさも理解している。だからこそ彼女であればこの状況をどう打開するだろうか。それがつばさにとっての攻略の糸口だった。

 以前に鍛練を重ねれば扱う魔法の幅も広げられるとは聞いている。だがこの場にいる魔法少女はどちらも初心者。そんな芸当ができるはずもない。そうである以上は手持ちのカードを上手に扱うしかない訳だ。

 

(これまた厳しい)

 

 つばさは追いかけてくる魔女と使い魔を引きつけるように、かつ射程に踏み込まれないように飛行を続ける。さやかもつばさの言葉を理解したか渋々とその様子を窺っていた。

 その間にもつばさは頭をフル回転させて状況を整理していく。なんとも理不尽なことにつばさ達にはアドバンテージを取れるような手札が存在しなかった。

 

 まずはつばさ。

 消滅の魔法での必殺の一撃と風による防御が主な手札。しかし必殺の一撃は相手との接触が前提条件になり、風の防御は使い魔の露払いにはなるが、巨体を持つ魔女相手には攻撃に全く転用できない。

 

 続いてさやか。

 ケタ外れの回復力、そして貫通力の高い剣の投擲が主な手札になるだろうか。剣の一撃は重くはあるが範囲が狭く、積み重なった使い魔に阻まれてしまう。回復力は素晴らしい物ではあるが、《攻撃を受ける》事が前提である以上好んで発揮したくはない力だ。

 

(最善手は何時も通りだけど…………)

 

 つばさの言う最善手とは、相手の足を止め、必殺の一撃に部類される箒による刺突攻撃《ステッラ・カデンテ》を当てる事だ。防御無視、一撃必殺のデタラメな攻撃手段だが、別段無敵という訳ではなくなかなか厄介な弱点がある。

 当たった先から対象を消し飛ばす関係、正面の防御と兼ねた技だ。反面構えている間は左右上下背後と無防備で、仮に構えを解いて防御体制に入ってしまうと有り余る勢いで相手に向かったまま明後日の方向を守ってしまう。

 

 また、箒の先から攻撃を行う事と推力を発するという役割が重複しているため、加速と構えを両立することが出来ない。一度加速し、構えを取れば軌道変更は困難。その上次第に勢いは衰えて行く。つまるところ、攻撃力に特化した大技だ。速度の速い相手や絡め手を使ってくる相手には通用し辛い。

 それを補ってくれていたのがマミのリボンによる拘束魔法や連続した砲撃による相手のコントロールなのだが、それをさやかに期待するのは酷だろう。

 

「どうする? 正直アンタの攻撃に頼るしかないと思うんだけど……」

 

 沈黙に耐えかねてか、眼下の魔女に警戒しながらさやかが口を開いた。お互い結論は同じようだ。つばさは渋い顔を浮かべて答える。

 

「それが妥当でしょうけど……相手の行動が制限されてるか攻撃がこない状況でないと無理ですよ」

 

 具体的に要求するならマミの援護。

 その一言は抑えつつ、ちらとさやかの表情を窺う。どうやら彼女も自身の未熟さとつばさの要求の難しさは理解した様子で難しい顔を浮かべていた。

 

「……攻撃はどのぐらい抑えればいい?」

 

 何か考えている。つばさは冷静に、淡々と事実を述べた。

 

「可能な限り短く見積もって5秒です」

 

 5秒、短いように聞こえる言葉だが、コンマ1秒が生死を分けるのが魔法少女の戦いというものだ。その重みをじっくり反芻し、さやかが剣を構えた。

 

「その5秒、アタシが何とかする」

 

「でも――――」

 

 さやかには無理だ。そう言おうとしたつばさの口をさやかの手が抑えた。

 

「言いたい事は分かるよ。今だって自分が情けなくてしょうがない。

 でも、絶対大丈夫。やりきれる自信なら、ある」

 

 何かを覚悟した、澄んだ瞳。

 マミとのいざこざも、魔女と戦う不安もない、さやか生来の、愚直で、正義感の塊のような目。ろくな方法じゃないのは、つばさには感じ取れてしまっていた。

 だが、確実な手段なのは確かで、お互い生き残れる手段であるのも確かだった。

 つばさは数秒悩んだうち、小さく頷く。

 

「お互い、自分の魔法は過信しちゃ駄目ですね!」

 

「アンタは自信がなさすぎなのよ!」

 

 お互い吐き捨てるように呟いて別れる。さやかは魔女へと直進。つばさは急停止して空中で魔女へと向き直り箒を構える。箒の先へとため込まれる魔力。目の前のさやかが魔女の標的になり、その巨大な腕が近づいていく。

 

「行きます!」

 

 それが合図だった。

 轟音とともに箒が加速。またたく間にさやかを追い抜き、魔女の腕をスレスレで通り抜ける。その先には魔女のもう一方の手がつばさへと伸びていた。

 

「…………!」

 

 急加速による風圧のなか、声を上げる事もままならない。眼前に迫る手。だが、もう遅い。

 

「……さっせるかぁぁぁ!」

 

 つばさの眼前を、今度はさやかが駆け抜けた。飛行能力こそないが、さやかは空中に障壁を作り、それを蹴る事で『跳ぶ』事ができる。彼女はその勢いのまま伸びてくる手に体当たりを仕掛けた。魔法でも、キックでもパンチでもない。ただ単純に、跳躍の勢いのまま自身の質量を叩きつけただけの特攻。並みの人間なら一瞬で自らぺしゃんこになっているその一撃は、僅かながら魔女の腕を弾き飛ばした。

 

「あとは……任せて!」

 

 急激な圧力と衝撃で体のあちこちから出血するさやかを尻眼に、つばさは眼前の標的を見据えた。すばやく箒を反転させ、槍を突き出すように魔女へと放つ。

 

「――――《ステッラ・カデンテ》!」

 

 結界内に、普段からは余り想像できないつばさの叫び声が轟く。箒と共に流星と化したつばさは魔女の胴を貫き、余る勢いのまま一気にその背後へと躍り出る。こうなれば最早見るまでもなく、有り余る消滅の力が内部から広がり、魔女は消え去るだろう。しかしマミがいない今、つばさは何が起きても対処できるよう、空中で反転して着地する。

 

「美樹先輩!」

 

 予想通り消滅していく魔女の肉体を睨みつつ、つばさは近くに居るはずのさやかを呼んだ。しかし彼女の治癒能力を考えれば心配しなくても無事だろう。そう考えれてしまう自分を見つけ、若干嫌悪を覚える。

 

「大丈夫……!」

 

 姿は確認できないが、さやかの掠れた声を聞き、つばさは少し安堵して息を吐いた。だがその隙を狙って、消えゆく魔女が動いた。

 

「つばさ!」

 

 悲鳴に近いさやかの声でつばさは自分に向けられた殺気に気づく。死角から感じる、一つの気配。

 

「間に合え!」

 

 どん、と鈍い音が響く。さやかの剣が射出されたのだろう。ぎらりと鈍い光を湛える刃が真っ直ぐにつばさの背後へと向かう。

 魔女の攻撃は先ほどから何度も見た。使い魔による投擲。弱い――いや、小さな願いだったからか、魔女自身もそこまで脅威となる強さではなかった。普通の魔法少女なら負傷はあれどそう苦戦しない相手だ。普通のなら。

 

「……っ!」

 

 だが、この場に居る、殺気を向けられた魔法少女――遠藤つばさだけは別だ。はんば魂をその身に宿した魔法少女。魔法少女なら死なない致命傷も、彼だけは絶命の一撃になる。

 振り向いた矢先、さやかの放った一撃が空を切り、魔女の攻撃――使い魔による斬撃を撃ち落とせずに通り抜けて行くのが見えた。あとは何も障害は無い。ただつばさの頭があるだけ。

 

「ふっ…………!」

 

 反射的に、つばさは箒を振り抜いた。しかし消滅の力は箒の先にしか発生せず、その他の部分の強度は頼りない。

 

「っ……つばさぁ!」

 

 さやかが叫ぶ。

 スローモーになる視界。眼前に迫る刃のような使い魔。

 

「《ルーチェ・ラーマ》!」

 

 一閃。突如刀の鞘と柄のように切り離された箒から光の刃が飛び出し、使い魔を切り裂いた。

 一瞬の静寂と共に魔女の気配が完全に消える。

 

「……ふぅぅぅぅ~」

 

 つばさは張りつめていた息を吐き出し、その場にへたり込む。

 今のは咄嗟の護身術としてマミから訓練を受けていた奥の手だ。いわゆる剣術の居合のようなもので、今のつばさでは身を守る程度にしか役立たない刃を出すだけのもの。こんなものが使えるとは思わなかったが、今は心底マミに感謝する他ない。

 

『どうやら終わったようだね』

 

 魔女の気配が消えたのを感じ取ったのか、まどかに抱きかかえられたキュウべぇがまどかと共に結界内に現れた。へたり込んでいたつばさも箒を支えに立ちあがりそちらへ振り向く。

 

「なんとかね……」

 

 危うく死にかけたからか、まだ頭がくらくらする。そんなふらつくつばさの肩をすっかり治癒が完了したさやかが支えた。

 

「ありがとうございます……」

 

 地に向けていた視線をゆっくりと持ち上げる。だがその先にいるさやかの顔は、魔女を倒したというのにどこか陰があった。

 

「さやかちゃん……大丈夫?」

 

 その様子はまどかにも感じ取れる程明確なものだったのだろう。彼女は不安そうに声を掛ける。

 

「……うん、大丈夫。ただ――――」

 

 まどかの問いに応えるさやか。だがその視線はつばさへと向けられていた。

 

「つばさはもう、一人でも戦えるんだなって思って」

 

「え? 僕なんて全然…………」

 

 マミのようなベテランに遠く及ぶ訳もない。ただマミに教わって、それが少し功を奏しただけの事。さやかも共に戦っていれば変わらないはずなのだ。

 だがさやかは陰りのある顔を歪め、悔しげに呟いた。

 

「アタシは、特別でもなんでもないから…………何もできなくて、情けない」

 

「そんな――――」

 

 思い返すのは先の光景。いち早く魔女の死に際の一撃に気づいたさやかだが、それを止める事はできなかった。下手をすればつばさが死んでいた。その事を悔いているのだろう。首を振るつばさだったが、さやかは沈んだ表情を元には戻さず、拒絶するように突き放す。

 

「ごめんつばさ……やっぱり、今のアタシじゃ足手まといだ」

 

 明らかな空元気。さやかは陰りある笑顔を浮かべ、それだけを言い残して走り去って行く。

 

「さやかちゃん! 待って!」

 

 慌ててまどかもその後を追う。だがふらついたつばさを置いていくのも気が引けてかすぐに立ち止まった。

 

「鹿目先輩……行って下さい」

 

 軽く頭を振り、少しハッキリした意識で答える。

 自分では、今のさやかを救えそうにない。できるならきっと、まどかだけだろう。そんな根拠のない確信があった。まどかは数瞬迷った後、申し訳なく頷いてさやかの後を追った。

 それと同時に結界が効力を失い、つばさは元の空間へと帰ってきた。既に人気はなく、ただただ静かに時間が過ぎるだけ。グリーフシードも落ちておらず、つばさはそっとその場を立ち去った。

 

 

 

 気づいたら、ここにいた。

 

「なんでかな…………」

 

 見上げるのは、すっかり見慣れたマミが住んでいるマンションの入り口。ふらつく頭で歩いていて、気づいた時にはもうここにいて、かといって中には入れずつばさは立ち竦んでいた。淀んできた空からはぽつぽつと雨が降り始め。入口の屋根の下で雨宿りしながら、冷静に自分を分析する。

 

 マミの元に来て、どうするつもりだったのか。

 甘えたい? 泣きたい? いや、それとも魔法少女として、何か強くなる秘訣を知りたいのか? さやかの事を報告にか?

 浮かんでは消えて行く思考の濁流。考えは纏まらず、どんどんと複雑に絡まって行くようだ。

 

「あら? つばさ君?」

 

 そんな思考を遮るように、聞き慣れた声――マミの声が聞こえた。はっとつばさはそちらへ振り向く。

 買い物帰りだったのか、スーパーの袋を片手に、傘を差しているマミがいた。

 

「マミさん……」

 

「もう、来るなら来るって言ってくれればよかったのに」

 

 予定の無い来客に困ったような、それとも突然の友人の来訪が嬉しいような。そんな感情が混ざり合った表情を浮かべてマミは傘を畳む。

 

「…………すいません」

 

 しかし彼女とは対照的に、うなだれるようにつばさは答えた。その様子から何かを感じ取ったマミは穏やかだった表情を真面目な物に変える。

 

「何かあったの?」

 

 何を、どう伝えればいいのだろうか。それすら纏まっていない。つばさは申し訳なく頭を縦に振る。たったそれだけですら大変な労力だった。

 

「とりあえず、上がっていって」

 

 マミに手を引かれ、ふらふらとつばさは彼女の部屋へと向かって行った。その後ろをキュウべぇが無言でついていく。ここまでの道中何度か声を掛けられた記憶がおぼろげにあるが、自分がどんな返答をしたのか覚えていない。

 目の前を行くマミが鍵を開け、いつぞやのように自分を部屋に招く。あの時の警鐘が脳裏に過ったが、今ではそんな感覚も無く、むしろ安堵さえ感じた。

 

(ああ)

 

 なるほど。

 纏まらない思考の中で、一つの解を見出しつばさは細く息を吐いた。甘えたいのも、泣きたいのもある。今日の事を報告する事だってある。だがそれ以上に、ただ単純な、そして認めてはいけないたった一つの理由が、自分をここに連れてきたのだ。

 だがそれに気づいてしまったからこそ、つばさは誰にも聞き取れない声で呟く。

 

「……ただいま」

 

 ここが、自分の帰りたい場所なのだ。自分を一人の人間として見てくれる。たった一つの安心できる場所。それが、マミの部屋。

 自分はどうしてこんな境遇なのだろう。こんな生まれ方をしてしまったのだろう。スレた性格とも言えるだろうが、元々自分を冷めた目で見る傾向のある自分。この数日の出来事で他人と初めて深く関わるようになり、自身の《異常性》というものも理解できてしまった。

 

 生まれか、育ちか。まどかやさやか、マミにだってある《何か》が自分には圧倒的に不足している。その何かが具体的に分かってはいないが、足りない事だけは確かだ。そしてそれは自分の今までの境遇では絶対に望めない物。

 

「え……あの、つばさ君?」

 

 目の前で、マミがうろたえていた。どうしてだろうと首を傾げて、はじめて気づく。自身の頬を伝う冷たい感覚。

 雨の水滴ではない。今でこそ大降りではあるが自分は殆ど降られては無いし、しばらくマンションの屋根下に居た。なら、この冷たさは。

 

「あれ……なんで泣いてるんだろ僕」

 

 自分でも信じられない。つばさは慌てて制服の袖で涙を拭った。それでもなお涙は抑え込まれたつばさの感情から滲み出てくるようにぽろぽろと零れ落ちる。

 

「ぅ……」

 

 どうしても涙が止まらない。耐えきれずつばさは両腕の袖で顔を覆った。

 こんな顔、マミの前で見せてはならない。今の関係を、この居場所のためにも。何よりも今本当に辛いのはマミのはずなのだから。自分が負担になってどうするのだ。

 

「つばさ君」

 

 マミに背を押され、つばさはリビングのソファーに座る。マミはその隣に静かに腰を下ろすと、彼の背中を擦って優しい声で囁いた。

 

「ありがとう」

 

「え……?」

 

 その一言に、つばさは抑えていた腕を下ろしてマミの顔を見た。

 自分はまだ何も言ってないのに、その言葉の意図するのはさやかとの今日の一件を差しているのが分かったから。

 

「なんで……」

 

 なんで分かるんですか。その言葉の先をも知ったようにマミは穏やかな顔を浮かべる。そこにつばさが不安にしていた負担を感じている様子は無い。むしろ、弟をあやす姉のような優しさでマミは告げる。

 

「私にだって、少しぐらいなら分かるもの……。

 つばさ君は自分の事の辛さで泣く子じゃないし、私のために一生懸命になってくれてるのも知ってる。

 そんなつばさ君が昨日の今日でそんなに辛くなっちゃうなんて……一つぐらいしか思いつかないから」

 

 それが、さやかとの事。人として見てくれるだけではなく、遠藤つばさという少年を少しだけでも、だが確実に理解している一言。それがどれだけ自分にとって大きい事なのか、言われて初めて、気づいてしまった。

 

「マミさん…………」

 

 もう、涙を抑えられなかった。嗚咽が漏れ、大粒の涙が次々と零れ落ちる。

 つばさは泣きながら、何度も謝罪の言葉を口にした。その度、マミはつばさを赦す。彼女にその権限がある訳ではない。だがそれでも、ひたすらに赦す事がつばさの救いなのだと信じ、赦し続けた。

 止まない雨は無いように、いつか本当に赦される日――つばさ自身が自分を赦せる日が来る。言葉こそ交わさなかったが、お互いにそれを望んで、同じ言葉を繰り返し続けていた。

 

 

 

 




 私的理由で大分投稿が送れましたがEX-01からの展開はこれにて終わり。
時系列的にはここから本編6章に戻るような感じになりますが状況として大きな影響は無いままです。
つばさ君がちょっと自分を変えようかな~どうしようかな~ってキッカケ程度のお話。
 それと同時にさやかちゃんも強くならないとという焦りと自分も体を張った戦い方なら勝てそうみたいな感じに思っちゃうというのがにんともかんとも。

 今回で出たルーチェ・ラーマの意味は『光の刃』みたいな感じの直訳になります。
現状の技術力では超至近距離で防御程度にしか使えない技ですが、教えたマミさんの意図としては簡易な技で応用の仕方を覚えて欲しい意図の方が強い感じ。
多少一緒に戦ったりしてるのでマミさんも少しぐらいはつばさの事を理解し始める頃合いなのかなーとちょっとしっとりしたオチに、雨もしとしとしてました。

 今後の流れですが……EXシリーズの書きためたネタはいくつかあるのですが作品の空気的に必要かどうか悩ましい所があるので一旦止める形にしようかと思います。
EXとはいえ基本暗い雰囲気なのに女装回とか入れて雰囲気壊しちゃう回を入れるのも少し気遅れする感じ。
今後の展開とか別のネタとかEXに適したものが作れた時に増やしていく感じにしようと思います。


 ……という事なのでまだ仮の段階ですが次回予告的なものを一つ。


 魔女の居ない世界。魔獣の居る世界。
誰も知らない、だが確かにそこに居たはずの誰かが願った、世界のカタチ。
 見滝原中学校に通う中学一年生の少年、遠藤つばさ。そしてその双子の姉、遠藤つばめ。
 魔法少女との邂逅、つばさへのみ行われる実母の虐待、1年前の交通事故。三つの事件が、二人の出生に関する秘密へと繋がって行く――――。

 魔法少女つばさ☆マギカ
  [続編]Re:birth the World



 って感じです!
まど神様のお陰でつばさ君の家庭事情もちょっと変わりました。
[続編]よりオリジナル新キャラクターとして遠藤つばめちゃんが参戦です。
見た目的にはつばさ君と全く同じ、差異はつばめの尾のように2つのおさげがあります。性格はそのまま。

 その他いろいろ改変ありの、ループ無しの世界。
[本編]ではほむらちゃんのループの一つという形をイメージして書いてましたがここからは完全に世界観を引き継いだオリジナル展開。その他私用もあるのでのんびりと頑張って行きたいと思います!
どうか次回も、宜しくお願い致します!
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