魔法少女つばさ☆マギカ   作:辰真

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三章『あなただけが頼りなんです』

 

 

 意識がはっきりしてくる。まるでまだ夢のような光景が目に映る。一瞬夢の中かと思ったが、近くで発せられた発砲音でつばさの意識は一気に現実へと引き寄せられた。

 

「ここは……」

 

 言われるまでもなく魔女の結界の中だ。昨日とは明らかに景色が違うが、似ている異質感。結界を作っている魔女が違うとこうも内装違ってくるのだろうか。

 

「つばさ君!」

 

 頭を振りながら自分の置かれた状況を分析していたつばさを叱咤するようにマミが声を張り上げる。つばさはその声に一度びくっと肩を震わせて顔を向けた。

「細かい話は後。今は目の前の使い魔を倒す事を考えて!」

 言い切るなり、どすんと再び発砲音が響く。そして構えた銃の砲口が見つめる先――使い魔と運ばれる人間の集団、そしてそれに切りこんでいく、先ほどあったばかりの先輩の姿を見つけてつばさは息を飲んだ。

 

――あの人は自分の幼馴染を救おうとしている。

 

 ふいに脳裏に浮かんだ情報。自分は一体どこでそんな事を知ったのか。その疑問は次に自分の姿に気づいた事で吹き飛ばされてしまった。

「あ、あれ……何この格好……」

 明らかに、魔法少女然とした自分の姿につばさは絶句した。だがしびれを切らしたマミは再び彼を叱咤するように怒鳴った。

 

「後って言ったわよ!」

 

「は、はいぃっ」

 

 その声で若干の現実逃避から戻ったつばさは、手に持った箒を構える。だがどうすればいいのだろうか。眉根を顰めたつばさにキュウべぇが耳打ちした。

 

『その魔法の力は君の願いから生み出されたんだ。君が思うようにやれば思う通りになるよ』

 

 あまりイメージが掴めないが、きっとそうなのだろう。つばさは一度目を瞑ってイメージする。この状況に際して、自分がどうしたいのか。何をすれば良いのか。

 数秒間の沈黙の後、目を開けたつばさは両手で箒を握って構え、風の流れを現実の光景に投影させる。

 

「美樹先輩! 跳んでください!」

 

 現実に投影したイメージを具現させるべく、つばさは前方の障害――単身でサーベルを振り回すさやかに声を掛けた。それに気づいたさやかはすぐさま高く跳躍する。

 そしてその空いた空間――ちょうど使い魔程度の高さを、地面を舐めるように走り抜ける風のイメージを、つばさは箒の一振りで実体化させた。ひゅん、と突風が地面すれすれを駆け抜けていく。使い魔の高さは六十センチメートル程度だ。その高さから落下した程度なら生身の人間でも怪我はしない。

 かくして、発生した突風はまるでだるま落としのように使い魔を捉え、通路に広がる集団すべてを奥へと押し込んだ。おまけというように残ったそよ風が落下する人々を受け止め、ふわりと床へ降ろす。今のつばさに可能なのはここまでだ。

 だから、つばさはタイミングを合わせるように叫んだ。

 

「マミさん!」

 

 その意図にいち早く気づいていたマミは既に先ほどから使っていた銃ではなく、巨大な大砲を構えていた。そしてつばさを一瞥。

 

「上出来よ、つばさ君」

 

 ぱちん、とウインク。それに伴い魔法によって発生した星のような火花が大砲の導火線に火を着け、そして大音量とともに砲弾が放たれる。放物線を描いて押し出された砲弾は、使い魔の集団へと飛来し大爆発を起こす。その光景を見ながら、つばさはその圧倒的な威力に驚いて唖然としていた。

 

 硝煙の臭いに時折口元を押さえながら一同は顔を突き合わせて相談する。今ので運ばれてきた人と最初の一人を合わせて計九人。とてもじゃないが一人一人を運んでいられる人数ではない。もたもたしていれば奥に居るであろう親玉に逃げられてしまうだろう。

 かと言って巻き込まれた一般人を置いていくわけにもいかない。状況はあまり変わらず、変わったのは人数だけだ。

 

「そうね、結界が解けるまでここに誰かが残る必要があるわ」

 

 口元に手を当て、考える仕草と共にマミは三人の表情を窺った。

 まずはつばさ。魔法少女に成り立てで、不定期な人格の入れ替わりによって不安要素が最も高い。消滅の魔法は強力だが、その力をまだコントロールできているとは言い難い。

 

 次にさやか。つばさよりは戦闘に対して不安要素は少ないが、先ほど連れてこられた幼馴染を見てからの反応を鑑みれば、この場から引き離すのは精神面で相当に危ない。

 

 そしてまどか。魔法少女として契約はしていないため、戦力として当てにはできない。契約を強制するつもりはない以上、ここに待機させるのが上策だろう。

 

 そうなると必然的にさやかとつばさ、どちらかを引き連れ、どちらかを連れていく選択をせねばならない。問題はどちらを連れ居ていくかだ。マミとて万能ではない。さやかの状態を慮れば連れていくべきはつばさだ。だが昨日戦った――正確には二度戦った魔女と違い、今奥に居るであろう親玉は未知の能力の敵だ。そんな相手に魔法少女になりたての、しかも魔法少女として戦うのは完全に初めてになるであろう男性人格のつばさを連れて行って大丈夫だろうか。いっそ、二人ともここに置いていって自分一人で戦うのも一手ではないだろうか。

 

(ジレンマね)

 

 舌打ちをこらえてマミは必死に打開案を探す。結局どの方法を選んでもリスクはどこかに発生するのだ。それならば、とマミはさやかに視線をやり、指示を出した。

 

「美樹さん、鹿目さんはここに残って使い魔からこの人たちを守って。その間に私とつばさ君が親玉を倒すわ」

 

 その指示に文句ひとつなくさやかとまどかが頷いた。どこかにリスクは発生するのが避けられないのであれば、ここに確実な戦力――つばさよりは戦闘経験があり、尚且つここを死守するだけの目的があるさやかを残すのが無難だ。さらに使い魔が新たな犠牲者を運んできてもさやかならここで足止めする事も可能だ。

 

 つばさにも可能かもしれないが、先ほどと先日の戦い方を見る限りはあまり自身での戦闘向きな能力は持ち合わせてない可能性がある。マミが確認した限りでは突風を巻き起こす力と、手に持った箒で掃いた物を消滅させる力が彼にはある。前者は使い魔を一カ所に纏める能力として、そして後者はどの程度まで効くかは未知数だが、現状では当たれば必殺の一撃となるものの、魔法少女に成り立ての彼が使いこなすには荷が重すぎる力だ。期待半分、不安半分な気持ちでマミはつばさと視線を合わせた。

 

「ぼ、僕ですか……」

 

 ぎゅっとつばさは手に持っていた箒を胸元で握りしめる。不安そうで、足を震わせている姿をみれば女性人格の時よりよっぽど女性に見える。マミは泣きじゃくる子供をあやすようにつばさの髪にそっと触れた。

 

「大丈夫。きっとできるわ」

 

 もちろんどこにも保障は無い。だがマミはつばさに、そして自分にも言い聞かせた。その意図を察したつばさは余計不安そうな表情を見せて俯く。

 やはり、今朝の件といいこの子は他人の感情を読み取るのが上手だ。一体どれほど相手の顔を伺って生きていればこの年齢でこうなるのか。

 

 そんなマミの心配を他所に、つばさはうつむけた視線の先――意識が回復しないまま倒れている人々の顔を視界に入れた。意識は回復していないが、皆悪夢にうなされるように苦しい表情を浮かべている。もし、こんな場所でこの人たちが起きてしまったらどうなってしまうのだろう。

 

 思い浮かぶのは、あの夢の自分の姿。例え夢でも、あれはほぼ現実の自分に起きていた事だ。そんな怖い思いを、他人にさせてしまうのか。

 夢の激痛と、かつて母親から受けた虐待の傷の痛みが重なる。あの痛みを、誰か――目の前に居る誰かが受けるのを黙って見ている事だけは、つばさには――力を手にしてしまった彼にはできない。

 

 ――例え、自身が望まなかった契約でも。

 

 つばさは手に持った箒を握り直す。先ほどの怯えとは違う、別の意志を持って。

 

 ――この身に宿った力が、誰かを救えるのなら。

 

 こんな自分にでも、何かができるなら。今はそれを成すべき時ではないのだろうか。つばさはうつむけていた顔をゆっくりと上げて答えた。未だに怯えは孕んでいるが、それでも必死の思いが浮かんでいる。

 

「……行きましょう」

 

「ええ」

 

 マミも満足そうに頷いた。つばさはすぐさま箒に跨り、ふわりと浮きあがる。マミはすぐさまその後ろに飛び乗ると、つばさの腰に腕をまわした。

 

「行きます!」

 

 爆風、と勘違いするほどの推力を発し、つばさは離陸した。

 

『おっと、僕もこっちにいくよ』

 

 加速の寸前、何かを予感したのか、キュウべぇがつばさの帽子の上に飛び乗った。

 飛翔してから数分、一本道でできた通路を突き進んだ先でふいに広い空間に飛び出した。高さのまばらなテーブルと、周囲を囲むように置かれた巨大なお菓子の箱、そしてその箱を貫くように、憎悪を叩きつけたかのように突き立てられたフォークやナイフが目立つ。つばさはごくりと息を飲み、箒の推力を弱めてふわりと地面に着陸した。

 

「ここ、ですかね」

 

 周囲を警戒しながらつばさが呟く。見たところ魔女らしき姿は見えない。物陰に隠れている可能性を考慮してか、マミが背中をこちらに向けながらマスケット銃を手に取った。

 

「気をつけて、どこから来るかも分からないわ」

 

「はい」

 

 張りつめた空気の中でつばさは槍のように箒を構える。極度の緊張で拍数が上がり、どっどっという鼓動の音がやけに耳に残る。

 そこで、視界の端で何かが動くのが見えた。あまり大きくは無い。使い魔だろうか。

 

「マミさん、あっちに何か居ました」

 

 背中を合わせながら、つばさはマミを物陰が動いた方向へ向けさせて箒でその場所を差す。

 

「かなり小さいから使い魔かも」

 

 あの大きさなら先ほど通路で見た使い魔よりも小さいだろう。軽く安堵していたつばさをよそにぼそりとキュウべぇが呟く。

 

『小さいからといって使い魔とは限らない。気をつけるに越したことは無いよ』

 

 そうなのか、とつばさは生唾を飲み込む。初見があの巨大な魔女だった事もあって魔女はもっと巨大で異質なイメージが強い。

 

「でも……親玉である事は間違いないようねっ」

 

 そこで、マミが突如発砲した。そのタイミングを見計らっていたかのようにお菓子の箱の陰から飛び出した小さな影が跳ねるように飛び回る。

 

「……団体さんもいるみたい」

 

 飛び回る小さな影がお菓子の箱を叩くたび、箱の口が開き、中から大量の使い魔が沸いてきた。一瞬その光景に竦みあがるつばさだが、マミの放つ銃の頼もしいまでの大音量にすぐさま正気に戻る。

 

「さっきみたく纏めれるかしら?」

 

「はい、何回かに分けてよければ多分」

 

 使い魔の数は先ほどの何倍もいる。もしかすると一度で全てを纏める事はできるのかもしれないが、今のつばさにそんな巨大な風のイメージは脳裏に浮かべる事すらできないだろう。

 マミはそれで十分というように頷くと、辺りを跳ねまわる親玉を狙って発砲を続ける。

 

「タイミングは合わせるから、思い切りやって!」

 

「はい!」

 

 やや上ずった声でつばさは箒の先を使い魔の群れに向ける。マミはそれに合わせ、いつでも大砲を撃てるように空いたもう片方の手で取り出したそれを担ぐ。

 先ほどのように、風のイメージを思い浮かべる。簡単だ。なぜならこのイメージは――。

 

「えいっ」

 

 ――学校での清掃の動きなのだから。

 床を掃くように振り抜いた箒が呼応して突風を巻き起こす。清掃時間中、他の生徒が強く振り抜いた箒の風で埃が巻き上がるのをつばさは何度も見ている。中学生になりそのような光景は減ったが、まだ半年程度しか中学生として過ごしていないつばさには未だありありとその光景はイメージできる。

 竜巻のごとく吹き荒ぶ風が使い魔を触れた者から次々と巻き込み、一か所へと集める。

それを一瞥するなり、マミは右手にもったライフルを親玉へと放ち、すぐさま放り投げる。

 

「伏せて」

 

 この状況でも、冷静なマミの声。つばさは咄嗟にしゃがむとその頭上を大砲の先が通り抜ける。空いた右手を添えて、発砲。

 発射の衝撃を真下で全身に受けながら、つばさはその爆音に耳を抑える。魔法で強化された肉体で無ければこの時点で鼓膜が破れていただろう。

 

「またお願いね」

 

 マミは弾切れの大砲をまるでダンボールでできているかのように軽々と投げ捨て、再び両手にライフル銃を握る。

 つばさも再び立ち上がると次の群れへと目を向けた。だが未だ増え続ける使い魔の数はこのペースで捌き切れる量を遥かに超えている。

 

(どうしたら……)

 

 一番確実な方法としては、より強力な突風を発生させ、効率よくまとめ上げてしまう事だろう。だが自分に攻撃に使えそうな程強い魔法が出せるとは到底思えなかった。さりとて、あの突風魔法のイメージは清掃からだ。媒介が箒である以上、さらなる突風をイメージするのは難しい。

 ここで、つばさはキュウべぇの言葉を思い出した。

 

 ――その魔法の力は君の願いから生み出されたんだ。君が思うようにやれば思う通りになるよ。

 

 《もう一つの人格の消滅》という願いが元になった魔法。それが何故この箒による突風魔法と繋がるのか。

 

「そういう事、だろうなぁ……」

 

 誰に言うでもなく、つばさは呆れ気味に呟いた。

 別に、突風だけなら巨大な団扇という手もあるのではないだろうかと思わなくもなかった。だがつばさの読みが正しければ、この魔法は箒でのみしか使えないはずだ。なぜなら、この清掃という動作に意味があるのだから。

 

「本質は《消滅》、ね……」

 

 室内のなゴミを掃くために。不要な人格を消すために。この動作でなければいけないのだ。全く、あっちの人格に文句を言えたものではない。つばさは困った顔で箒を構え直す。

 自分の魔法の本質が《消滅》であるのなら、他にもやりようがあるはずだ。幸い、敵は徒歩でやってきているし、近づかれても突風でなぎ払える、もう少しだけ考慮する事は可能だ。

 問題はその方法だ。敵を一か所に纏めるにはどうすればいいだろうか。吸い寄せる。引き寄せる……。

 

「……よし」

 

 くるんと箒を回し、つばさは近づいてくる集団へと目を向けた。思いついた方法でなら、先ほどの風よりも強く、確実に吸い寄せられる事は間違いない。

 今までと違い、箒を上段に構えてイメージする。箒や掃くという動作による比喩的な表現ではなく、それは純粋な《消滅》のイメージ。全てを、そして己すら消しさる破滅的な力。小さな深呼吸を挟み、つばさは目を見開いて振り上げた箒を振り下ろした。

 

「せぇぇぇぇい!」

 

 ばしっと、箒が折れかねない勢いで地面に叩きつけられる。箒に渾身の力を込め打ちだされたイメージは――。

 

「マミさん伏せてぇ!」

 

 打ち出したそれが力を発するよりも早く、つばさは背後のマミを庇うように飛びつく。

 

「わっ」

 

 突然の衝撃にマミは構えていた銃を跳ねあげたまま引き金を引いてしまう。火薬に火が付き、

 

「―――ぇ」

 

 何も聞こえなかった。あるはずの発砲音が何もマミの耳には届かなかった。

 それと同時に、少しの浮遊感と背後へと引き寄せられる感覚。つばさが咄嗟に彼女を庇うようにして箒の柄を地面に突き立てていなければ、おそらくその引力に引かれていただろう。

 ゆっくりとその引力に従うようにマミはつばさの肩越しにその発生源へと目をやった。

 そして、その先に、床でもなく、壁でもなく、何もない空間にぽっかりと穿たれた黒い穴を見た。穴はひゅうひゅうと風を吸いこみ続け、掃除機のように周囲の空気ごと使い魔を吸い寄せていく。

 

「何、あれ」

 

 掠れた声でマミはつばさの顔を見る。つばさは突き立てた箒に必死に両手でしがみ付きながら答える。

 

「突風じゃ間に合わなそうだったので……真空ってどうかなと」

 

「そ、そう……」

 

 少し唖然としてマミは再び黒点へと目を向けた。確かに使い魔はその黒点の中心へと吸い寄せられては居るのだが……。

 

「もう、ブラックホールじゃない? あれ」

 

 吸い寄せられた使い魔が黒点に触れる度、バキバキと使い魔が折れ曲がり、ひしゃげて消え去っていく。もはや集まったところをマミが砲撃にて一網打尽にする必要すらない。呼び出された使い魔が全て吸い込まれたと同時に黒点がゆっくりと消えていった。

 

「よし、あとは親玉だけね」

 

 吸引力が弱まり、立っていられる程度になると同時にマミは立ち上がる。つばさも突き立てた箒を全力で引き抜き、残る親玉を探す。

 先ほどのブラックホールで倒せて入れたら良いのだが、さすがにそれは都合が良いというものだ。その証拠に、物陰に隠れてやり過ごしたのか、先ほどの親玉がちらりとその半身をお菓子の箱の影からのぞかせる。

 

「そろそろ弾切れしそうだし……一気に決めるわ!」

 

 言うが早いか、マミは胸元のリボンの端を掴むと親玉へとそれを向ける。瞬間、リボンの端が蛇のように勢いよく伸び、親玉の体を拘束する。目標が身動きできない事を確認するとマミは空いた手で巨大な大砲――先ほどのものとは比較にならないほどの巨大な銃を取りだし、掴んでいたリボンを引いた。

 ずるり。

 

「「えっ……」」

 

 つばさとマミの声が重なる。どこか爬虫類の脱皮を連想させる光景とともに、親玉の口から何かが這い出てきた。どこかお菓子のマスコットキャラクターじみた、手足を持たない真っ黒な蛇のように長い生き物。親玉が引っ張らっれると同時に這い出てきたそれは、どういうわけか親玉の大きさを遥かに超える巨大さでその身を持ちあげ、二人を見下ろした。

 

「っ……つばさ君!」

 

 目があった。そう思うと同時にマミはつばさに飛びついた。しかしそれよりも早くその巨大な蛇は大きく口を開けて飛びついてくる。この速度じゃ間に合わない!

 

「くっ!」

 

 つばさは咄嗟に手に持った箒の先を突き出し、その体制のまま藁の先から推力を生み出して加速。

 

――ぐちゃり。

 

「あ……!」

 

――ぼき、ぼき。

 

 骨が砕ける生々しい咀嚼の音。蛇に食われたのは――

 

「う……あああぁぁぁぁ!」

 

 自分の腕だった。脳が焼け切るのではないかと言うほどの激痛につばさは目を見開いて悲鳴を上げた。肘から先が焼けるように熱い。いや、もう肘から先はないのだから錯覚に等しい幻痛だ。

 

「つばさ君! 魔法少女は痛覚を抑えてるから大丈夫よ!」

 

 パニックになっているつばさの肩を揺すりながらマミは必死に声を掛ける。だが止まっていればまたあの化け物が自分たちを食べるために飛びかかってくる。マミは胸元のリボンを近くのテーブルの脚へと飛ばし、つばさを抱え、リボンがゴムのように縮む力で一気に飛び出す。

 直後、今まで自分たちが居た場所ごと巨大は蛇は地面を抉るようにかみついた。ぽっかりと歯の形状を成して穿たれた穴を見てマミは確信する。あれは魔女だ。

 

「ああ……ぁぁぁあっ……!」

 

 ガチガチと歯を打ち鳴らすつばさ。その異変に気付いたのは物陰に隠れていたキュウべぇだった。

 マミが隠れるようにお菓子の箱を背にして着地すると同時に近づいてきたキュウべぇがテレパシーでマミに伝える。

 

『これはまずい。マミ、早く止血を』

 

「ええ」

 

 言われるまでもなくマミは魔法でつばさの肘から先の細胞を再生させ、肘を包むように皮を張る。痛みが和らいだからか、つばさはがくりと意識を失ってしまった。

 このまま魔法の力で腕の再生も可能だが、この状況でそれを実行している時間は無い。

 だがそれを遮るようにキュウべぇが首を横に振った。

 

『駄目だマミ。つばさの痛覚は抑えられていないんだ』

 

「どういうこと?」

 

 止血を終えてようやく肩で息をしながら聞き返す。

 

『本来、魔法少女になった子の魂はソウルジェムになる。だけど多重人格のつばさは男性人格を肉体に宿したままになっているんだ。これじゃあ魔法で痛覚を遮断する前に脳に痛みが届いてしまう』

 

 いつになく饒舌なキュウべぇ。だがマミは今しがた聞いた内容の意味を一瞬理解できず、かすれた声でもう一度聞き返した。

 

「……キュウ、べぇ」

 

 なんだい。とキュウべぇの感情の乏しい視線がマミへ向けられる。その視線にぞっとしながらも、マミは一つ一つ言葉を繋いで質問する。自分の存在を決定する重大な問いを。

 

「魂が、ソウルジェムになるって……どういう、事……?」

 

 マミの掠れた声に対して、キュウべぇは教科書を読みあげるかのようにその問いに答えた。

 

『ソウルジェムは魔法少女の魂を変換させて生み出される。ああ、もちろん魂としての機能は損なわれないから安心していいよ』

 

 そうじゃない、と叫びたい気持ちを堪える。ここで叫べばあの魔女がこちらの位置を特定してしまう。一度大きく深呼吸をし、マミは腰を降ろして足元のキュウべぇに詰め寄る。

 

「じゃあ……今ここに居る私は? 心臓だって動いてるし、呼吸もしているわ」

 

 首筋がちりちりと焼けつくような焦燥に駆られながら、マミは自分の胸に手を当てた。私は、この巴マミという少女は間違いなくここに居るのだ。でたらめとしか思えない。いや、そう思いたい。

 だがキュウべぇは首を振って淡々と答えた。

 

『ソウルジェムから脳を介して信号のやりとりを行っているだけさ。その気になれば呼吸も鼓動も、止めても何ら問題は無いよ。まあ、そんな事をすれば魂の方が耐えられないんだけどね』

 

 その回答にマミは愕然とした。契約の際にそんな話は聞いていない。

 

「そんな事、一言も言ってなかったじゃない……!」

 

 憤りを孕んだ声でマミはキュウべぇの首根っこを掴んだ。自分は選ぶ権利などなかった。だが他の――マミと関わる事で魔法少女になったつばさやさやかは違う。彼女たちにはそれを知った上で選ぶ権利があったはずだ。

 その意図を察してか、キュウべぇは心底不思議そうに首をかしげた。

 

『――だって、聞かなかったじゃないか』

 

 今度こそ、マミは言葉を失っていた。そんな子供の言い訳のような理由で、重大な事実が秘匿されていいわけがない。その事を指摘するよりも早く、キュウべぇは肩をすくめて補足を付け加えた。

 

『それに、ソウルジェムさえ無事なら頭が吹き飛んでも死なないし、老化もしない体になったんだ。君たちの文化でなら不老不死は素晴らしい事じゃないのかい?』

 

 こちらの気持ちを微塵も慮らないその言葉にマミは掴んでいた首を圧し折りたい衝動に駆られる。だが、その言葉が全て間違いだとは言い切れないのもまた事実だ。

 

「でもそれは……魂が体にあっての事よ……」

 

 ひび割れた声でマミは懸命に言葉を捻りだした。肉体と精神が分離していて、良い訳がない。少なくとも人間の――マミの感覚ではそうだ。

 

『……君たち人類は本当に不思議だね。この事実で大抵の子が取り乱して僕の話を聞いてくれなくなる。その感覚は未だ理解できないよ』

 

「そう……」

 

 マミは震える手をキュウべぇから離して立ち上がる。まだまだ問い詰めたい事が山ほどあるが、それもどうでもよくなってしまった。

 一種の破滅的思考を宿しながらマミは右手に銃を持った。しかし今ここで自分の頭を撃ち抜いたところで死ねない。なら自身のソウルジェムを破壊すればいいのだろうが、今はその時ではない。

 

「なら、私たちは永遠に分かり合えないでしょうね」

 

『まぁ、文化の違いはそう簡単に埋められる溝じゃないよ』

 

 相も変わらず淡々としたキュウべぇの声を耳に入れながら、マミは引き金を引き絞った。目の前の、キュウべぇへ向けて。

 

『マ――――』

 

 マミ、と呼ぼうとでもしたのだろうか。どこか虚ろな視線で今しがたまでキュウべぇ《だった》肉塊を見下ろす。ここで始末しなければ、次の魔法少女が生まれてしまう。何も知らされないまま、甘言ばかりを聞かされながら、こんな体にされてしまう。それを防ぐためにも、今ここでキュウべぇを殺す事をマミは躊躇しなかった。

 

「マミ、さん……?」

 

 浅い呼吸を繰り返しながらつばさが意識を取り戻す。まだ覚醒しきっていない頭でマミを顔を見上げ――息を飲んだ。

 目の前には返り血を浴びて、その服と頬を真っ赤に染めたマミ。そしておそらくキュウべぇと思われる肉塊。気が動転し、込み上げてきた吐き気をなんとか堪える。

 

「つばさ君」

 

 淡々とした、掠れたマミの声。その頬から、たった少しの水で血を洗い流そうとするかのように一筋の滴が零れ落ちた。だがその身に浴びた血を洗い流すにはあまりにも足りない。その不足を補おうと次々と大粒の滴がマミの両目から零れ落ちた。

 

「つばさ君、どうしよう、私」

 

 ぎこちない笑みを浮かべ、マミは首を横に振る。彼女もまた、思考がうまく回っていないのか端的な言葉を繋ぎ合わせて必死に話す。

 

「私、死んじゃってるみたい……」

 

 感極まって、マミはその場に膝をついて静かに泣き声を漏らした。一体自分が気を失っている間に何があったのか、つばさには想像もつかない。覚醒と共に再び痛みを訴える腕を庇いながらつばさはマミの前までふらふらと移動する。

 

「マミさん、何があったんですか?」

 

 つばさは覗きこむようにマミの表情を伺う。死んでるとは言うがマミの足は見えてるし会話もできている以上幽霊ではないはずだ。

 マミは嗚咽を堪えながら、か細い声でそれに答えた。

 

「魔法少女は……ソウルジェムは、契約した人の魂を変化させたものだって……キュウべぇが……!」

 

 衝撃の事実に、つばさも息を飲んだ。

 

「だから、体には魂が宿ってなくて……それで……」

 

 突然の展開に軽く脳がオーバーヒートしそうなつばさだが、まだ伝えきれていない事があると判断するとなんとかマミの一言一言を漏らさず聞き取る。

 その背後で、聞き慣れた、しかし聞こえないはずの声が聞こえた。

 

『それによって本来は痛覚をある程度コントロールできる。だがつばさ、君はその特殊性によってソウルジェムと肉体の両方に魂が宿ってしまっている』

 

 淡々とした、キュウべぇの声。ありえない、と言った表情でマミは唖然とその姿――傷一つない真っ白なキュウべぇを見つめた。

 

「そんな……」

 

『全く、いきなり酷い事をするなぁ』

 

 キュウべぇは相変わらずの無表情でゆっくりとこちらに歩み寄る。その先に居るのは血まみれの肉塊――キュウべぇだったはずのものだ。

 新たに現れたキュウべぇはその肉塊をドッグフードでも食べるかのように、だが明らかに食事ではない速度で口に含んでいく。

 

『また撃たれてもいいけど、後処理が面倒だから先に言っておくよ。僕らは君たち人類と違って統合思念体だ。ここでまた僕を撃ち殺した所で意識を共有した別の僕が補充されるだけさ』

 

 それを聞き、マミは忌々しげにつばさの陰に隠していたリボルバー式の拳銃を降ろす。

 その合間を縫って、つばさはカラカラの喉からひび割れた声を出してキュウべぇに問いかけた。

 

「キュウべぇ、僕の魂がソウルジェムと肉体に宿ってるって……どういう事?」

 

 自分だったものを平らげたキュウベェは口元に付着した血をぺろりと綺麗に舐めとって答えた。

 

『魔法少女になる時、契約者の魂をソウルジェムへと変える。これは聞いたね?』

 

 つばさはこくりと頷いた。今しがたマミから聞いた事だ。

 

『魔法少女として戦うに当たって、痛覚は一種の障害になる。普通の子供が腕を吹き飛ばされて冷静で居られると思うかい?』

 

 キュウべぇの質問につばさは首を振った。実際にどうなるかは自分の身を持って知っている。

 

『それを緩和し、また激痛で動けなくなることを避けるためにソウルジェムという形で魂と肉体を物理的に切り離す。そしてソウルジェムとなった魂と肉体とのやり取りの間で、肉体から送られてくる痛覚の情報をコントロールしているという訳だ』

 

 戦うために、魂と肉体を切り離す。だから彼女は自分が死んでいると言ったのか。ようやくマミの言葉の真意を察したつばさだが、そこで一つの疑念に気づいた。

 ソウルジェムと肉体で情報のやりとりを行っているというなら、ソウルジェムの役割は本来の人間の脳に等しいとも取れる。

 

「なら、ソウルジェムを破壊、もしくは紛失した時は……」

 

 この先は知っては行けない気がする。だが、その興味と不安をぬぐい切れずにつばさはそれを聞いてしまった。キュウべぇは表情をぴくりとも動かさずにあくまで事務的に答えた。

 

『破壊されればもちろん死ぬ。紛失した場合は……そうだね、ざっと百メートル以上離れたら肉体とソウルジェムの接続が切れるから気をつけた方がいいよ』

 

「そんな……じゃあ、僕も……」

 

 キュウべぇの言葉が全て真実であれば、つばさもまたソウルジェムに魂を移した、いわばゾンビと化しているのだ。胸元のソウルジェムを握り、つばさはマミと目を合わせる。だがマミはぎこちない笑みを浮かべて首を左右に振った。その意図を理解し損ねたつばさだが、マミの口から全てが語られるよりも早く、キュウべぇが答えた。

 

『いいや、君だけは特別だ。魔法少女でありながら、肉体に魂を残したのは君が初めてだ』

 

 つばさは目を見開いてマミとキュウべぇを交互に見た。何がどうしてそうなっているのか、自分には見当もつかない。

 

『これはあくまで予想だけど、あまりにも相反する人格が契約によって分離し、女性人格だけがソウルジェムになったのかもしれない』

 

「女性人格だけが、ソウルジェムに……」

 

 呟きながら、掌の中の宝石を見る。今この中に、もう一人の自分がいる。なら、このままソウルジェムを破壊してしまえば……。

 その意図を察してか、キュウべぇが待ったをかける。

 

『止めておいた方がいいよ。いくら特殊と言っても、契約の際の願いが完全に成立してない以上、何かしらの形で君ともう一人のつばさは繋がっているはずだ。ソウルジェムを今ここで破壊すれば、その繋がりによって君も一緒に死ぬかもしれない』

 

「っ……」

 

 舌打ちしたくなる気持ちを堪えてつばさは忌々しげに自身のソウルジェムを見つめた。どうあっても、契約は実行されるのか。だが冷静に考えてみれば今ここで魔法少女の源であるはずのソウルジェムを破壊したとして、近くに居るであろうあの蛇のような化け物と戦う力も失ってしまうだろう。今考えるべきはこの状況を打開する事だけだ。

 しかし、つばさ一人であの化け物を倒せるとは到底思えない。それを成すにはつばさにはあまりにも経験と知識が足りないのだ。

 

「……マミさん」

 

 様子を窺うようにつばさはマミの名を呼ぶ。だがマミは一度肩を震わせ、鈍い光を湛えた眼でつばさを見上げた。

 

「ごめんなさい……今私、どうしたらいいか……」

 

 相当に動揺しているのは目に見えて分かる。だがマミが戦えなければ、あの化け物から逃げる方法すらない。

 今、彼女が動揺しているのは自身の肉体についてだ。生きていると思っていた自分が実は死んでいただなんて言われたら誰だって驚くし、とても不安な気持ちになるだろう。

 先日、魔法少女になっていたという事実を知らされた自分の心況が、目の前のマミと重なる。何も知らない自分のために、この人は親身になってくれた。それが自分に言い聞かせるための言葉だったとしても……そこには確かに、自分のためでもあるという事実が存在したはずだ。

 

 だから、今度は自分の番だ。

 

 僕はあなたのように、他人の事を考えて何かを出来るような余裕はないけれど、たった一つ、今あなたの前に聳える難題を乗り越えるための答えを持っているから。

 つばさはそっとマミの頭を撫で、自分にできる精一杯の笑みで答えた。

 

「マミさん、魂の在り処だとか、心臓の鼓動とか、そんな事以上に人の生き死にを決める事って、知ってます?」

 

「え……」

 

 つばさの意図を測りかね、マミは唖然とした様子でつばさを見る。

 ここから先の話を、誰かにするとは思っていなかった。つばさにとって、それは苦痛の記憶でしかない。だが今、状況を打破するためじゃなく、ただ純粋に、自分のために行動してくれたマミのためなら、彼女の気持ちを少しでも和らげれるのなら、自分の事など、いくらでも打ち明けれる。

 

「誰かに望まれてるから、人は生きていける。僕はそう思ってます」

 

 男としても、女としても中途半端。そしてその元凶たる母親にもその存在を認められないまま生きてきた。心臓は動いていたかもしれない、魂はそこにあったかもしれない。だが決して生きてはいなかった。

 

「マミさんの周りには、あなたを必要としてくれる人たちが沢山いる。鹿目先輩や美樹先輩、言葉にはしてなくても沢山の人にきっと生きている事を望まれている」

 

 僕にはないもの。という言葉を飲み込み、つばさは続けた。

 

「だから、あなたは死んでなんていない」

 

 自分にできる限界の笑みで、つばさは微笑んだ。その裏では、強烈な吐き気と異常な心拍数を叩きだしている心臓の痛みに耐えながら。

 打ち明けれる覚悟こそあれど、やはり体の方がそれを拒否してしまっていた。脳裏に浮かぶ幼き頃の虐待の記憶が明滅するように映っては消えていく。それ以上平静を装えないつばさはマミに背を向け、まだ残っている左腕で箒を作り直す。

 

「それでも駄目だって言うなら、僕が言います。僕にはこれからどうしたらいいか全然分からない。マミさん、あなただけが頼りなんです」

 

 キュウべぇはもうどこまでを信用すればいいか分からない。魔法少女について右も左も分からないつばさにとって、頼れるのはマミだけなのだ。魔法少女、もとい魔女に関わっている知り合いとしてまどかとさやかも居るが、年季ではつばさと大差ないだろう。

 

「つばさ、君……私――」

 

 マミが何かを言いかける。だがその言葉はふいに現れた黒い影にかき消された。それが何かを判別するよりも早く、つばさは左手に掴んだ箒を前に突き出し、藁の先から発した推力で後方へと跳躍した。

 瞬間、その目の前をその黒い影が食いちぎった。ぶわっと全身から冷や汗が吹き出す。

 

「マミさん掴まって!」

 

 眼前に現れた影――先ほどの化け物が再びこちらを見据える。つばさは箒に跨ると同時にマミの手を掴み、飛翔した。その背後を追いかけるように黒い塊ががちんがちんと、近づく度に虚空に噛みつきながら追いかけてくる。

 

「マミさん!」

 

 つばさは恐怖を抑え込んで振り返らず、箒の操作に集中しながら左手に掴んだ彼女の名を叫ぶ。この状態から攻撃を重ねれば倒せるかもしれない。

 だがマミはたどたどしい口調でそれに答えた。

 

「だ、駄目なの。もう一発しか弾がないわ! それに、こんな体勢からじゃ撃てるような弾じゃないの!」

 

「っ……分かりました!」

 

 とは答えたものの、他に方法らしい手は見つからない。つばさは急上昇から一気に方向転換し、今度は地面へと急降下する。

 

「マミさん! なんかないんですかぁ!」

 

 諦めて、有言実行とばかりに早速マミに頼る。つばさに出来る事と言えば箒での移動と突風と小さなブラックホールの発生ぐらいだ。ブラックホールなら効くかもしれないと思ったが、あれをやるには集中する時間がないとできそうにない。つばさは地面スレスレを滑空し、そこら中に立ち並ぶ異様に足の長いテーブルの隙間を潜りぬけていく。

 

「ちょ、ちょっと待って……!」

 

 つばさの手が命綱になっているマミは必死に左右上下に振られながらも箒の後ろに座る。つばさに比べればマミの方が戦い方はいくらでもあるが、背後から追いかけてくる巨大な魔女相手に使えそうなものはなけなしの砲撃一発と、リボンによる拘束ぐらいだ。

 他の手段を考慮し、マミはある事に気づく。もう一つだけ、未知数の可能性が存在している。

 

「つばさ君、あなたはもう一つだけ攻撃手段を持ってるわ」

 

「本当ですか!」

 

 半場やけっぱちな返事を返しながらつばさは自由になった左手で箒の舵を切って答えた。つばさが持つ最後の攻撃手段、それは箒で掃いた物を消滅させる力だ。

 

「よく聞いて、あなたの箒には掃いた物を消滅させる力があるの」

 

「……なるほど」

 

 ごくりとつばさが生唾を飲み込む音が聞こえた。この説明だけで、それを成す方法まで予測できたのだろう。

 

「言っときますけど、こんな状況で殴りかかるなんてできませんからね僕!」

 

 まったくもって頼もしくない返事。マミは頷きながら他の方法――具体的にはつばさが確実に接近戦闘ができる方法――を考えた。一手だけ、あるにはあるが成功するかはいま一つな所だ。何よりもつばさとの連携ができない限りは成功しそうにない。

 マミは唇を噛んだ。今から言う言葉を、彼は信じてくれるのか。自分ではその自信が持てない。だから、ただまっすぐに彼の言葉だけを信じて、マミはその一手を提案した。

 

「つばさ君、このままテーブルの辺りを移動できる?」

 

 周囲に立っているテーブル群を見回しながらマミは口を開いた。つばさは背後の化け物へと目をやり、一度小さく頷いて答えた。

 

「分かりました……!」

 

 即座につばさは顎を引き、箒の速度を上げた。マミはその加速に振り落とされそうになり、慌ててつばさの腰に手を廻す。同時に胸元のリボンをすれ違いざまにテーブルの足に括り付ける。だがリボンの伸びる速度が箒の速度に追いつけず、二人は急激な減速の衝撃に襲われる。

 

「こっ……のぉ!」

 

 眼前まで迫ってきた化け物の口から逃れようと、つばさはリボンを括りつけたテーブルを軸に急旋回。

 

「頑張って!」

 

「はい!」

 

 マミの応援に答えるように、つばさは先ほどより減速しながらも鋭角なターンを繰り返し、すんでの所で噛みつきを避ける。マミもまた、延々と伸ばさなければならないリボンにイメージを集中していた。そしてしばらくの回避の後、頃合いとばかりにマミが叫ぶ。

 

「つばさ君、右!」

 

 咄嗟につばさは箒の舵を右へ切る。この時点で既にマミの狙いを概ね察した彼は張り巡らされた《それ》――マミの胸元の黄色いリボンを縫うように、絡ませるようにジグザグな軌道で突き進んだ。

 

「上出来よ!」

 

 がくん、と急に箒の機動が軽くなる。振り向けば、リボンを伸ばしたままのマミが箒から飛び降り、化け物のあご下をぎりぎりで落下していた。

 左手でリボンを握ったまま、右手だけで巨大な銃を地面に向けて構える。

 

「ティロ――」

 

 飛行能力のないマミの方が狙いやすい標的と捉えたのか、化け物は急速旋回でマミを追いかけだした。だが既に砲撃態勢を取っているマミの方が早い。

 

「――フィナーレ!」

 

 マミの発声と共に、砲弾が放たれる。その強烈な反動に乗って、マミは急上昇する。その真下を化け物が通り過ぎ、放たれた砲弾が地面に当たると同時に――

 

「ひゅう」

 

 慣れない口笛を吹きながらつばさはその光景を目を丸めてみていた。地面に直撃した砲弾はその衝撃波で周囲のテーブルの足をなぎ払っていく。支えを失ったテーブルは次々と倒れだし、リボンに引き寄せられるように中央へ――化け物へと殺到していく。

 

「はっ!」

 

 小さい気勢を漏らし、マミが仕上げとばかりにリボンを引いた。リボンが急速に包囲の輪を狭め、化け物の巨体を括りつけた。こうなれば最早、身動きする事は不可能だ。

 

「つばさ君!」

 

 着地と同時にマミは上空に居るつばさに合図した。つばさはその合図よりも早く一度急上昇し、合図とともに急降下し始める。

 

「はい!」

 

 威勢のいい返事と共に、つばさは箒による飛行を止め、自由落下しながら箒を振りかぶる。あの大きな口は今やマミのリボンに拘束されて開く予兆は無い。

 

「やぁぁぁぁ!」

 

 力の限り叫び、箒を振り下ろすその刹那――。

 

「っ!」

 

 ぶちり、と化け物の体――リボンで拘束されていない部分が破れた。まるで風船に穴が開いたかのように空気が漏れ出し、そこから拘束されているはずの化け物が再び脱皮した蛇のように這い出してきた。こうなれば拘束されているはずの方はただの脱皮した皮だけだ。つばさは再び飛行するため振り下ろしかけた箒に跨ろうとし、その声を聞いた。

 

「……信じて!」

 

 その声の主を確かめるまでもなく、つばさは口を結んで箒を腰だめに構え、一瞬だけ推力を生み出し這い出てくる脱皮した化け物へと降下する。

 

 ――例え今だけだろうとも、僕を信じてくれたあの人を、今度は僕も信じるだけだ!

 

「やぁぁぁぁ!」

 

 化け物がこちらへと首を向ける。その口が大きく開く。そしてその直後、もう一つの帯――マミの放ったもう一方のリボンの端がその開かれた口を一瞬にして締め上げる。

 

「今!」

 

 マミの合図に合わせて、つばさは構えた箒の先を背後へと向け、化け物目がけて加速した。その風圧にも負けず、目を見開いてまっすぐに敵へ一直線に突き進む。その距離が近づく。締め上げられた化け物と視線が合う。その視線から感じる《何か》につばさは背筋が凍りついたかと思う感覚に襲われた。

 

「っ……はぁぁぁぁぁ!」

 

 その《何か》の正体は分からない。だが握りしめ、振り抜いた箒の先から感じる何かが端からかき消されていく感覚に乗って、怨恨のような叫び声が脳裏に響くようだった。

 消えないその感覚を打ち消すように、つばさは振り抜いた箒を一転させ、着地の衝撃を和らげて着地した。

 どっどっどっ……。

 今になって、心臓の音がやけに鮮明に聞こえてくる。本体が消滅した事により、拘束されていた抜け殻が光りの粒子になって消えていく。もう再生はしない。今度こそ倒せたようだ。それをつばさに伝えるかのように、周囲の世界が天井からひび割れ、ばらばらと崩れ去っていく。

 

「……倒したようね」

 

 疲れ切った声で、マミが呟いた。つばさは一度頷いてそれ以上の言葉を控えた。今日はあまりにもいろいろありすぎただろう。

 つばさにとってはこの二日間にあまりにも多くが変わりすぎてしまっていて、いまさら何が変わっても大差ない。

 

「つばさ君、腕」

 

 隣に立っていたマミがつばさの噛みちぎられた腕に手を添える。その直後、ズキズキとした痛みと共に噛みちぎられたはずの腕が肘先から再生し始めた。

 

「私が得意なのもあるけど……こういうのも、少しずつ覚えていってね」

 

「…………善処します」

 

 つばさは苦笑まじりに答えた。戦闘が終わってから、やっと思い出したように噛みちぎられた腕の痛みを思い出した。魂がこの身にあろうとも、忘れる事だってある。

 だからこそ、確信を持って言える。魂がどこにあろうと、不老不死の体になろうとも、僕も彼女も生きていると。

 そう思うと同時に、ひび割れた世界が元の路地裏へと戻り、戦いの終わりを告げた。

 




 皆さま毎度御愛読ありがとうございます。
シャルロッテが出てきている辺りでお察しですが三章はアニメの三話あたりをベースとしています。

 マミさんはつばさ君が居なかったら例によってマミってたりします。腕一本でマミさんを助けれるなら安い安い。
普通にマミった場合だとまどかさん達も危険ですがまぁそこはほむらちゃんが頑張ってくれる。多分どっかに居る。
さて原作の運命を違えた変わりに、この時点で魔法少女の秘密を知ることになりました。

 つばさ君は運が良すぎるのか無さ過ぎるのか、多大なリスクと引き換えに魔法少女の運命から逃れられるかもしれない存在である事が判明。特例すぎる魔法少女(?)、それが遠藤つばさ君。
 
 シャルロッテの脱皮能力に対して消滅の魔法はほむらちゃんの連続爆破より有効。
脱皮口から当てれば逃げ場なく消滅させちゃいます。

 ちなみに箒の一閃による消滅の魔法は通った空間そのものも消し飛ばしているため映像イメージで言えば革命機ヴァル○レイヴの硬質残光みたいな真っ黒なのが一瞬走るような感じです。

 さぁて、次回の魔法少女つばさ☆マギカは!
 強力な魔女を辛くも倒したものの、魔法少女の秘密を知ってしまったつばさとマミ。手に入れたグリーフシードの使い方を知ると同時、キュゥべぇから情報を聞き出すためもう一人の魔法少女であるさやか、魔法少女になるか悩むまどかをを含めて会合の場を設ける。
 だが、その場で告げられたもう一つの真実とは――

――――僕に出来る事、あるのかな。
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