魔法少女つばさ☆マギカ   作:辰真

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四章『僕に出来る事、あるのかな』

 

 蛇のような魔女を倒したその日、つばさは昨日に引き続きマミの部屋にお邪魔していた。結界が解けた事で中に運び込まれた人達も結界から放り出されたものの、事態の収拾には相当の苦労を要した。

 

 得策なのは知らず聞かずで通し、人が集まる前にその場を離れるのが正解だったとつばさは思う。だが巻き込まれた一般人の一人――入院中の幼馴染である上条恭介を、危険も顧みず一人ででも救おうとしたさやかがそれに従う訳もない。結局、倒れている被害者達を発見したという名目で警察に通報してなんとか事なきを得たという形だ。

 

 いろいろと追及されかねないため、良くも悪くも口が回るキュウべぇを付けて警察への事情聴取はまどかとさやかに任せたという訳だ。もちろんつばさとマミが居た事は秘密にしておくために警察を呼んですぐに二人は裏路地を進んでこの部屋に移動している。

 

「今日も、色々ありましたね」

 

「ええ」

 

 ずず、と音を立てて紅茶に口を付ける。その様子をマミが半目で睨んだ。音を立てて飲むのはマナー違反なのだろうか。その手の知識に乏しいつばさには何が悪いのか断定できない。

 だがそれ以上に、つばさは会話の切っ掛けを掴めずにちらちらとマミの様子を窺っていた。先ほどはなんとか協力して魔女を倒す事には成功したが、次も協力できるかははっきりしていない。それだけ重い事実を今日の戦いで知ってしまったからだ。

 

「そういえば、つばさ君にはソウルジェムの浄化を見せていなかったわね」

 

 ふと、マミがティーカップをソーサーに置いて口を開いた。平静を装っているがそれが空元気であることをつばさは見抜いていた。しかしそれを指摘するわけにもいかず、つばさは小さく頷く。マミはポケットから先ほど見たときよりも明らかに黒ずんだソウルジェムを取りだした。汚れではない。どことなく禍々しい何かを感じる。

 これが《穢れ》というものなのか。背筋に走る悪寒に、つばさは口を結んだ。

 

「魔法を使えば使うほど、ソウルジェムは穢れていく」

 

 マミはそう呟いてポケットからもう一つ、ソウルジェムにどことなく似た黒いアクセサリを取りだした。その色を見た瞬間、つばさは思わず息を飲んだ。

 黒。何もかも飲み込むような漆黒の闇。その色に似た色をつばさは知っていた。いや、知っているなどというものではない。今しがた見たではないか。ソウルジェムの《穢れ》の色と同等の色だ。

 動揺したつばさはマミとソウルジェム、そしてもう一つの《種》を見比べる。

 

「これはグリーフシード。魔女を倒す事で手に入る魔女の《種》よ」

 

「種……………………」

 

 その言い回しに、引っかかる物を感じてつばさは眉間に皺を作った。その疑問に答えるかのようにマミは語る。

 

「このまま放っておけば、グリーフシードは再び《発芽》するわ」

 

「っ……!」

 

 ぞくり。先ほどの戦闘を思い出して背筋が凍る。倒しても復活するなど、終わりのない戦いではないか。つばさの緊張に気づいたマミはぎこちない笑みを浮かべて宥める。

 

「大丈夫。キュウべぇに回収させれば《発芽》させずに処理できるから」

 

「…………信用、できるんですか?」

 

 先ほどの戦いの最中、つばさが気絶している間に判明した三つの事実。

 ソウルジェムは契約者の魂から生み出されるという事実と、それによって肉体と魂は分離されてしまっているという事実。

 そして、魂が抜けた肉体は、つばさ達人間の倫理観で言えば死んでいるという事実。

 その全てはキュウべぇが秘匿していた情報だ。理由はただ『聞かなかった』から。そして不要な情報だと判断したから。それだけの重要な事実を隠していた相手をどう信用すれば良いのか、つばさには分からなかった。マミはティーカップに残る紅茶の水面を見つめながら答える。

 

「……少なくとも、本人の口から聞いた情報については真実だと思っていいと思うわ」

 

「聞かれない限りは、説明する気はないってところですね…………」

 

 マミは小さく頷く。彼女の言う通り、キュウベぇは聞いた事については必ず答える。そうでなければ先ほどの会話でも、秘匿していた情報は隠し通しているはずだ。それをしなかった以上、その点についてはある程度信用できる、はずだ。

 

「でも…………知っている情報から思いつきすらしない事は知りようがない」

 

 つばさは小さく呟いた。確かに、思いついた疑問なら端から聞いていけばいいかもしれない。だが手持ちの情報から想像すらつかない事はやはり知りようがないのだ。

 

「今は、思いつく限りの事を聞くしかないわ。それより《浄化》の続きよ」

 

 マミはそう言ってそれぞれの手に持ったソウルジェムとグリーフシードを突き合わせる。その瞬間、ソウルジェムの中を漂っていた《穢れ》がグリーフシードへと移っていくのが目に見えて分かった。

 

「グリーフシードはソウルジェムの穢れを吸収してくれる。とは言っても、限度があるからまた新しいグリーフルシードが必要になるわ」

 

 穢れを吸いきったグリーフシードを掌の上でどうしようかとマミが迷う。直後、その迷いに気付いたかのようにどこからが声が聞こえた。

 

『そのグリーフシードはそれ以上穢れを吸うと危険だね。回収させてもらうよ』

 

「……鹿目さん達はどうしたの?」

 

 一瞬目を見開いたが、マミは居たって冷静な――突き放すような態度で声の主、キュウべぇを見遣った。キュウべぇはさして気にした様子もなく、てくてくとマミの傍まで歩き、掌からグリーフシードを咥えて放り投げた。小さく弧を描いて落下するそれを、ぱかっと開いたキュウべぇの背中が飲み込んでしまう。背中が咀嚼しているかのようにもごもごと動く姿はシュールを超えて最早生物としてグロテスクだ。

 グリーフシードを回収、あるいは咀嚼したキュウべぇはマミに向き直ると、彼女の質問に答えた。

 

『まどか達には別のボクが付いてるよ』

 

 別のボク、という言い方に違和感を覚えるものの、その意味を理解してつばさは黙り込んだ。

 統合思念体。キュウべぇは自分の事をそう言っていた。詳しい事はともかく、大まかな意味は分かる。つまる所つばさ達がキュウべぇと呼ぶこの生物は肉体こそ別々に存在しているが、その意識は1つなのだ。

 

「……隠していた事がバレたから自由に姿を現すようになったの?」

 

 努めて冷静な声でつばさはキュウべぇを見据える。キュウべぇはまさか、と肩を竦めて答えた。

 

『ボクらが統合思念体である事は必要ない限り秘匿しているのは事実だ。でもそれは君たち人類が悪いんだよ。あまりにも自分たちと懸け離れた生命体を前にして興味よりも恐怖が先行しがちだからね』

 

 キュウべぇはやや愚痴の混じった口調でつばさに向き直る。

 

『さて、このまま君たちとの関係性を失うのも少々ながらボクらにも不利益だ』

 ゆらりと尻尾を振り、キュウべぇは言った。

 

『ここは一つ、腹を割って話そうじゃないか。あ、普通の人は死んじゃうのかな?』

 

 それがキュウべぇの渾身の冗談だったのか、あるいは腹を割って話すという言葉を物理的な事だと思っているのか。どちらにせよつばさもマミも、その場で言葉を発せなかった。

 

 

 

 キュウべぇの提案を蹴った訳ではないが、その場で聞きたい事を全て聞けるとはつばさもマミも思わなかった。それ故、今日のところは解散とし、明日までに聞きたい内容を纏めてくるという事で解散となった。この件について、マミはさやかへどう事実を伝えるか困っているようで、この事を彼女に口外しないようキュウべぇに念押ししていた。こうしておけばある程度信用はできるだろう。その様子を見ながら、つばさはキュウべぇにさらに念を押した。

 

「鹿目先輩に言うのはいいけど、そこから美樹先輩に伝わらないようにしてね」

 

『分かった。さかやには言わないように伝えておくよ』

 

 キュウべぇはそう言って窓から部屋を出て行った。残った二人はお互いに会話の切り口を見つけられず、しばらく静寂が部屋を包んだ。

 先にその静寂を、マミがすっかり冷めてしまった紅茶を片づけながら破った。

 

「すごいわね、鹿目さんから伝わる可能性なんて全然考えてなかった」

 

 マミは心の底からつばさを褒めているのだろうが、当のつばさは苦い顔を浮かべてそれに答えた。

 

「……昔から、親に隠し事が多いので」

 

 下手な情報一つで、家庭内の虐待に繋がる日常。今でこそそれが殆どないのは母親の手法が変わってきたのもあるが、一重に上手な情報の隠ぺいを行う術を磨いてきたからだ。その背景の事情を悟ったマミは申し訳なさそうに俯いた。

 その様子につばさは両手を振って苦笑いを浮かべる。

 

「気にしないで下さい。大丈夫ですから」

 

 だがマミの表情はあまり晴れる事は無く、キッチンへとその姿が見えなくなるまでつばさはその表情を崩す事は無かった。だが蛇口の水がステンレスを叩く音が耳に届くなり、つばさはその表情を苦いものへと変え、目の前のガラステーブルに肘を付けて突っ伏した。

 

(何やってるんだろう、僕は)

 

 先の発言は、殆ど八つ当たりだ。つばさはそう自覚していた。別に、自分の事を話す事自体は問題は無い。だが、もう少し言い様があったのではないだろうか。どうにもマミ相手だとその言い回し――自負する上手な情報の隠ぺいが出来ていない。出来ているのなら、素直に応答するだけでよかったはずだ。

 つばさは自問自答を脳内で繰り返し、一つの答えに至った。

 

(これも、人格の消滅なのかな……?)

 

 実際に見た訳ではないが、隠し事の類が苦手なのは女性人格の方だ。逆に男性人格のつばさは社交性に若干欠ける。もしも人格の消滅が進み、その消滅した部分を女性人格の部分が補い始めてるとしたら? 今まさに、事情はどうあれ男性人格であるつばさが魔法少女である彼女達とまともに交流出来ているのも全てその一環だとしたら……?

 これまで気付かなかった自身の変化を自覚し、つばさはぞっとした。意思の強い方が残るとは聞いていたが、もしかするとある程度どちらかの消滅が進行してしまえばいくら残っている意思が強くなろうとも逆転などできないのではないのではないだろうか。

 

(これは、キュウべぇにも聞けないかもしれない)

 

 キュウべぇも、つばさに起きている現象は相当に特異な現象と見ているはずだ。その結果がどうあれ、前例がない以上は明日キュウべぇに聞いたところで確定情報は殆ど得られない可能性がある。

 

「つばさ君?」

 

 不意に声を掛けられ、つばさは跳ねるように頭を上げた。そこには心配そうに隣に座るマミの姿。

 

「あ……すいません、ちょっと考え事してて」

 

 平静を装って、先ほどと同じく苦笑を浮かべる。だがマミは一度目を細めると、小さい溜息を漏らした。

 

「……人格の消滅、進んでるのね」

 

「……よく、分かりましたね」

 

 会って数日しか経っていないというのに、考えを読んでしまうとは。

 だが良く考えてみればこの状況で、好き好んで自分の事を話さないつばさが人前で悩む程の事など、それぐらいしかマミは知らないだろう。

 つばさの隣に座る少女は視線の先を定められず、綺麗な金髪を弄る自らの指を見つめて話す。

 

「魔法少女の力も、姿も、そして契約も、全部心が生み出すもの。だから、心を強く持てばきっと――」

 

 その言葉が紡ぎ終わるよりも早く、つばさは口を開いた。

 

「強く強くって、無理言わないで下さいよ」

 

 まただ。つばさは我に返って顔を顰める。思っている事をつい口に出してしまう。普段なら絶対にしない事なのに、こと今日に限っては枷が外れたようにぼろぼろと口から零れてしまう。

 だがマミは動じた様子もなくじっとつばさの顔を見ていた。ばつが悪そうにつばさはその視線から逃れるように俯いた。

 

「ごめんなさい。ちょっと焦り過ぎちゃったみたい」

 

 しばらく無言を貫いていたマミだが、つばさがこれ以上喋らない事を察してか肩を竦めて口元に笑みを浮かべた。

 ちらりとその表情を横目で窺いながらつばさは呟いた。

 

「……怖いんです。思ってる事を口に出すのが」

 

 自身の家庭の事情など、必要がなければ口にする事すら吐き気がする。だがもう一つ。今自分の身に起きている事だけは伝えておきたい。つばさはそう思い、この静かな空間で唯一の聞き手であるマミに顔を向けた。

 

「言えば言うほど、僕らしくなくて……まるで、もう一人の僕になっていくみたいで」

 

 これが人格の消滅だとしたら、それはとても恐ろしい事かもしれない。自覚症状が殆どないのだから。いつか近い未来に、自分は、自分でも気付かずに消えてしまうのかもしれない。そう思うといてもたってもいられなかった。

 

「もし、もしもこれが僕の人格の消滅だとしたら……僕は、僕自身でも気づかないまま消えてしまう……」

 

 少しずつ、溶けるように。だが、決して混ざる事はなく、自分が消えていく。

 いつの間にか震えていた手に、暖かい感覚が広がる。はっとしたつばさはその温もりの熱源――マミの手に気付いてその先にある彼女の顔を見た。

 

「大丈夫。きっと大丈夫よ」

 

 ふわりとした笑みを浮かべて、マミはつばさの手を強く握りしめた。だがそれは、余りにも頼りなく、弱々しい。かろうじてつばさがそれに気づけたのは、マミの手もまた、彼と同様に震えていたからだ。

 

 そこでつばさは思い出した。マミも秘匿されていた魔法少女の秘密を知ってしまっているのだ。既に人間としての機能がどこまで残っているのかすら定かではないマミ。それに比べれば、自分はまだ、普通の人間としていられる可能性が残っている。

 

 自分の境遇が、他の誰かよりも恵まれている事など、初めての経験だ。こんな時、目の前で震える女性に掛ける言葉など、つばさには思い付く事すらできない。せめてもの思いでつばさはマミの手を握り返し、短く答えた。

 

「……はい」

 

 

 

 その翌日、自宅にて女性人格として目を覚ましたつばさは自身の日記に目を通して絶句した。昨日のうち――男性人格のつばさが知り得た情報がそこに書かれていたからだ。

 こんな秘密が無ければ、契約などしなかった。

 

「いや……」

 

 この事実があろうとなかろうと、彼女は契約に踏み切っていた。そう言い切れるだけの確証が彼女の中にはある。

 

「大丈夫。少しずつだけど、願いは叶ってる……!」

 

 ぎゅっと自分の手を握り占め、視線を落とす。昨日も一度ながら《自分の意志で人格を入れ替えた》のだ。その後、昨日のうちに二度目の人格の入れ替えがなかったのを見るとまだまだ契約の際の願いは完全に成就はしていないと見える。そもそも完全に成就していれば人格の入れ替わり事態がないのだが。

 

「不老不死、上等よ」

 

 いつまでも変わらずに、母の傍に居る事ができる。女性人格のつばさにとってこれ以上とない契約の《利点》だ。契約の際に女性になりたいという願いをキュウベぇに指摘されたが、肉体については魔法の力があれば女性に変えるなど容易いらしい。つばさは口元を歪ませながら気分良く身支度を済ませた。

 だが彼女は知らない。そのノート――もう一人の自分が書き連ねた情報から抜けた。もっとも重要な二つの事実を――。

 

「いってきます! お母さん!」

 

 いつものように平和な朝食を済ませ、いつものように挨拶をし、つばさは自宅を出た。その直後、脳に直接声が響く。

 

『やあ。今朝はそっちの方なんだね』

 

 その声を主がどこに居るのか確認もせず、つばさは笑みを浮かべて答えた。

 

『あっちから聞いたよ。不老不死だなんてサービスがいいじゃない』

 

 その機嫌の良さそうな反応に、キュウべぇは少し意外そうに言葉を発した。

 

『君たち人類は大抵この話を聞くと激怒するものだったんだけど……君は違うみたいだね』

 

『不老不死なんて人類の夢じゃない! 願ったり叶ったりよ』

 

『よかった。君とのコミュニケーションは今後も問題なく取れそうだ』

 

 大まかな事情はあっち――男性人格のつばさから聞いているため、その言葉の意味するところは理解できる。

 

『ホント、先輩方もあっちもなーんでそんな怒るかねぇ』

 

『全くだよ。願いを叶えるだけでなく、魔女と戦うためにより良い肉体にしてあげているのに』

 

 奇妙な意気投合。つばさとキュウべぇはどこか楽しそうな会話と共に学校へと続く道を歩いて行った。

 今朝になって、やっとの事でキュウべぇとのまともな会話にこぎつけた女性人格のつばさだが、現在キュウべぇに決して良い感情を抱いていないマミや男性人格と違って、彼女はとてもキュウべぇを気に入っていた。昨日知りあったばかりのさやかとどちらが良いかと聞かれると首を捻るところだが、それを差し引いても彼女にとってキュウべぇの存在は決して無視できない比率を占める事となった。

 

『――つまり、願いによって使える能力に差は出るけど、他の事が全くできない訳じゃないと』

 

『出来ない。という言い方とはまた違うかな。君たち魔法少女の能力は願いに依る部分が大きい。だから願いに関係する魔法は強力かつ迅速に発現ができるという仕組みさ』

 

『うーん…………とりあえずアタシだったら《消えるっ》! って感じの魔法ならすぐ出せるって事?』

 

『……まぁ、それで問題ないよ』

 

 放課後、日記に示された通りにマミと合流するまでの間をつばさはキュウべぇと楽しく過ごしていた。今後のことも含めて魔法少女について自分で気になった事をいくつか確認していたのだが、どうやら自分の力はなかなか珍しいものらしい。

 

『つばさ、最後にもう一度だけ説明しておくよ。君の《消滅》の力は相当に珍しい能力だ。普通、魔法少女になった子たちが発現するのは物理的な干渉なんだ。

 例えばマミは《命を繋ぎ止める》という願いからリボンを伸縮、操作する能力に長けているし、さやかは《大切な人を治したい》という願いで身体の治癒能力が他の魔法少女とは比べ物にならない速度で行われている。前者はリボンという物体に、後者は肉体と言う物体に干渉する能力だ』

 

 つばさは軽く頷いてキュウべぇの説明を反芻してみる。確かに、前回女性人格のつばさが戦ったときにもマミはその胸元のリボンによってつばさの窮地を救ってみせた。あれは確かにリボンに魔法を使っていると考えられる。

 

『でもキュウべぇ、アタシの能力だって箒で掃いたものを消してるだけじゃない? あれも物理的じゃないの?』

 

 つばさの箒による消滅の魔法も、イメージの原点に振り返れば掃除が元だ。あくまで発現させるためには物理的に、至近距離で箒を当てる必要がある。

 だがキュウべぇは首を横に振ってその問いに答えた。

 

『それが相手を吹き飛ばす、破壊するという魔法なら確かに物理的な魔法だ。だが君の力は掃いたものの存在をその場で無かった事にする。発現にあの動作が必要なだけであって、起こしている現象は有を無にする事――つまり、存在という概念への干渉だ』

 

 また小難しい事を。つばさはしかめっ面で塀の上に座るキュウべぇを見た。その視線を意に介さず、キュウべぇは説明を続ける。

 

『概念への干渉は、相当な因果を持った魔法少女によって初めて可能になる。おそらくは君達――二人のつばさがもつ因果が一つの物として世界に認識されたからこそなんだろう』

 

 キュウべぇの言葉につばさは口をへの字に曲げた。それではまるで一人ではこの契約事態が成り立たなかったような言い草ではないか。

 つばさが反論しようとすると同時に、三人の少女が校舎から出てくるのが見えた。遠目からでも分かるその姿は間違いなく昨日と同じマミ、さやか、まどかだ。気勢を削がれた形で、つばさは小さくため息を吐いてキュウべぇに一言だけ告げた。

 

『二人でもなんでも、あっちが消えちゃえばアタシは何でもいい』

 

 聞いているのか聞いていないのか、キュウべぇは目を細めるだけに留まった。その腹奥で何を考えているのかは読み取れない。

 

「お待たせつばさ君」

 

 それ以上の追求をしようにも、マミ達が到着してしまった。別に、今急いで聞く事でもないだろう。つばさは振り返り、苦笑いを浮かべて答えた。

 

「つばさちゃん。でお願いしますよマミセンパイ~」

 

 その言葉使いに後ろに居たさやかがおっすと手を上げて答えた。その隣でまどかも軽く会釈する。それに合わせてつばさも片手を上げて返した。

 

「……事情は聞いてるかしら」

 

 そこに、さかやには聞こえないよう小声でマミが耳打ちしてきた。日記にも書かれていたが、現状の事はさやかには隠しておく方針らしい。正直に言ってどちらでもいいつばさは特にその方針に逆らう理由もないため、こくりと頷いてみせる。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 そう言ってマミは歩き出した。方角からして今日も彼女の部屋での対談だろう。こと魔法少女関連の話であれば、よほどの事がない限りは親が他界してしまっているマミの部屋が最も話しやすい。かと言ってその場所が提供される事を諸手を上げて喜ぶべき事でもない。なんともどっち付かずな気持ちにつばさは一瞬眉間に皺を寄せる。

 

『マミさん……私』

 

 不意に、重い口調を纏ってまどかが念話を始めた。マミは一度さやかを一瞥し、それに答える。

 

『美樹さんには私から話すから……だから、今は内緒にしておいて』

 

 どうやらさかやだけがこの念話からはずされているらしい。つばさは涼しい顔でその念話に耳を傾けた。

 昨日のうちに例の――魔法少女の契約についての秘密はまどかには話していたようだ。確かに即座に伝えておかねば、その間にキュウべぇと契約する可能性はある。その事実を知ったからか、まどかの顔、目元の下には彼女の寝不足を証明する隈がうっすらと浮いていた。

 だがその様子を見ながらつばさは思う。何故そんなに悩む必要があるのかと。

 

『別にいいと思うんだけどなぁ、不老不死』

 

 これが念話である事も忘れ、思った事がつい念話の中で声として発せられる。しまった、と彼女が思う時は既に遅く、マミとまどかがさっと青ざめた顔でこちらを見ていた。

 

『あー……えーっと』

 

 こうなってしまえば仕方ない。思うままの事を言ってしまおう。つばさは厳しい目つきになっているマミに向けて苦笑いを浮かべて答える。

 

『今日、皆が来るまでキュウべぇに色々聞いてたんすけど……不老不死って言っても魔法で調整して歳は取れるって。 それなら別に、魂がソウルジェムになってようと大差ないと思うんですよ、アタシは』

 

『それは……』

 

 言葉に詰まってマミが苦い顔をする。あくまでこれは自分の考えだ、と付け加えておく事である程度衝突を避ける、女性人格のつばさなりの処世術だ。相手の意見もあるだろうが、とりあえず自分の考えをぶつけてみる。大抵はこれでどうにかなる。

 

『そうっしょキュウべぇ?』

 

 助けを求めるようにつばさは隣を歩くキュウべぇに目をやった。キュウべぇは相変わらずの無表情で、さも当然というように答えた。

 

『そうだね。強いて言えば――』

 

 くるり、とキュウべぇがその場に居る全員を見据えて呟く。

 

『――ソウルジェムが肉体から百メートル以上離れると脳とのやり取りが出来なくて肉体が死ぬ事、破壊されれば即死する事の二点はまだまだ改善できてない問題はあるかな』

 

「――――――は?」

 

 あまりにも唐突な、そして重大な発言につばさは思わず肉声を漏らした。その声に今まで蚊帳の外だったさやかが振り向いた。

 

「何、どうかした?」

 

「あ……や……」

 

 ぱくぱくとつばさは口を開閉させるが、肝心の言葉が出てこない。このままではさやかにだけは秘匿していた念話に気付かれる可能性がある。だがそれ以上に、いや、それどころではない事実が彼女の心を揺さぶっていた。それは念話にて声にならない叫びとなり、直接それを脳内に直撃させたマミとまどかが頭を押さえてその場に膝を付いた。

 

「ちょ、ちょっとどうしたのさ皆」

 

 その光景を目の当たりにしたさやかが動揺を顕にして手近な場所にいたつばさの肩を掴んで揺する。だが頭の中でぐちゃぐちゃになった思考は留まる事を知らず、念話との壁を崩壊させ、絶叫が激流となって響き続ける。

 

 ――そんな話、聞いてない。

 

 視界がブレる。動悸が荒くなり、立っていられなくなる。その様子にさやかは心配そうに声を掛けるがその声も最早、混乱したつばさの耳には入ってこなかった。

 

 ――嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。こんなのは夢だ。あり得ない。

 

 混乱する意識の中、掻き混ぜられた思考が一つの形を成していく。これは夢だと、目を覚ませば全てが水泡に帰す事実無根な話だと。そう言い聞かせようとする。

 ならば、今すぐここから逃げ出したい。これが夢なら、逃げたって誰からも責められない。

 その思考が、眠っていたもう一人のつばさの意識を呼び起こす。

 

 ――こんな事はありなえい。こんな悪夢はお前にこそ相応しい!

 ――変われ!

 ――変われ! 私と変われ!

 

 ゆっくりと、自分の意識が闇へと沈みこみ、同時に何かが浮かんでくる感覚。女性人格が意図的に引き起こした入れ替わりだ。目覚めゆく意識の中。二つの意識がすれ違う寸前、二人は生まれて初めて、目を見合わせた。

 これも消滅の一環か。お互いに存在を認識できなかったはずが、今では入れ替わりというプロセスにおいてのみ、一瞬ながら目を見合わせたという認識が可能なまでに分離している。薄れゆく意識の中、女性人格のつばさはそんな事を考えていた。

 意識の濁流が、ノイズと共にぷつんと途切れる。急にクリアになった念話の中で、マミとまどかがうめき声をあげて頭を振った。

 

「ん……あ、美樹先輩。こんにちは」

 

 どこか寝ぼけた様子を見せ、男性人格に入れ替わったつばさはうっすらとした笑みを浮かべて挨拶した。それまでの様子を入れ替わりの前兆だったと思いこんださやかはため息交じりに彼の肩を力強く叩いた。

 

「全く! 心配させないでよっ」

 

「……す、すいません」

 

 状況を飲み込みながらつばさは軽く頭を下げる。

 もう一人のつばさが秘匿した秘密。それはソウルジェムの秘密だ。不老不死の弱点であるソウルジェムの破壊、そして肉体との長距離での分離だ。秘匿しておいたのは、自身のソウルジェムを砕き、自分の人格が消滅するよりも早く女性人格を消しさるための布石。

 だがその秘匿していた情報は早速漏洩してしまったものの、これも彼の計算の範囲内だった。秘匿しておき、不意打ちで漏洩する事による精神の揺さぶり。どちらかと言えばこちらの方が主目的だったと言える。別段、マミ達に口止めしてもいない以上、この情報は簡単に漏洩する。それこそ今日、キュウべぇから可能な限りの情報を聞き出す場においてはほぼ確実に起こるだろうと予測していた。

 

 そしてそれに付随して起こった現象につばさは内心呻いていた。情報漏洩はある程度狙ってやった事だが、その際に意図的な人格入れ替えを起こされた事はまだ仮定でしかなかったのだ。情報漏洩後、即座に入れ替わりが発生しなければまだ仮定の域をでない話だったのだが、入れ替わりの際、はっきりと感じてしまった《あっちのつばさ》の感情を思い出しながら確信する。これは意図的に起こされた入れ替わりだ。

 

 ――あんたは邪魔だから下がっててよ!

 

 昨日、入れ替わりの際、沈みゆく意識の中で聞こえたもう一人のつばさからの声。あれこそがこの疑問の切っ掛けだ。あの一言に込められた、人格が表に出ようとする意志。それに従うように沈みだした自分の意識。既に女性人格のつばさはある程度人格の入れ替えを意図的に行えるようになっていると言える。それを試すために、ソウルジェムに関する情報のうち、破壊された場合と身体から一定距離離れた場合の現象については秘匿して鎌を掛けてみたという訳だ。

 

 結果、漏洩の直後にぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた意識と共に女性人格は自身の奥へと逃げ出した。それに伴って、つばさはその意識をしっかりと認識する事にも成功している。間違いなく、女性人格は昨日は自分の意志で表に出て、今しがた自分の意志で引っ込んでいった。

 男性人格のつばさが同じ事をできるかと聞かれると答えは即答でノーだ。意識が沈んでいる間、彼の意識は眠った状態にあるのだから意図的に起こしようがない。そう考えるだけでも眩暈がする。日に日に状況が悪くなっているのだから。

 

「うん? でもなんで二人もそんな調子悪そうなわけ?」

 

 つばさの異変の理由を見つけて安堵したものの、マミとまどかの様子にさやかは首をかしげた。事前の会話など男性人格のつばさが知るわけでもなく、またそこまでの状況を判断できるだけの情報は得られていなかった。ぎこちない動作でなんとかマミの方を振り向く。

 

『……分かってる。任せて』

 

 立ち直ったマミが念話でその視線に答えた。

 

「ごめんなさい。あっちの方のつばさ君に秘密の相談をされてて」

 

「えー……あたしが除け者にされる相談って何だよー」

 

 明らかな不満を顔に浮かべ、さやかはつばさを睨みながら口を尖らせた。確かにそれなら、記憶を共有してない今のつばさには答えようがない。ここはマミに任せるしかなさそうだ。つばさも肯定するように肩を竦めて苦笑いを浮かべた。

 

「き、昨日のさやかちゃんの事だよ」

 

 マミの背後にいたまどかも同様にぎこちない苦笑いを浮かべて補足する。昨日の事と言えば、使い魔の群れに一人で立ち向かっていた事だろうか。それについては直前の状況まではマミからある程度聞き及んでいる。女性人格が聞きそうな内容とすれば――。

 

「……色恋沙汰ですか?」

 

「う、うん」

 

 つばさの質問をまどかは肯定する。その後の事については日記で伝えてある以上、他に思いく事などそれぐらいだ。

 

「ちょっ……べ、別に恭介とはそういうんじゃ…………!」

 

 途端、意味合いを理解したさやかが顔を真っ赤にし、両手を振って幼馴染との関係について否定した。マミはその姿にくすりと笑って話す。

 

「その途中で入れ替わりが起きちゃって、念話の不具合かびっくりするほど大きい音が響いちゃったのよ」

 

「わ、分かった! 分かったからこの話はおしまい!」

 

 さやかは数回頷くと背を向け、先頭を切って歩き出した。耳まで真っ赤になっているその姿は年下のつばさから見てもほほえましい反応であるが、状況はそれに感けていられるほど楽観できるものではない。

 

『キュウべぇ、そういう事にしといてよ』

 

 つばさはキュウベぇが余計な事を言う前に釘を差しておく。キュウべぇはそれに短く答えると再び歩き出した。

 

『これ以上念話してるとまた怪しまれそうね……続きは部屋でしましょう』

 

『『はい…………』』

 

 マミの提案に二人は沈んだ声で答えた。ちょうどマミが住んでいるマンションが見えてきたため、話を再開するのはすぐだろう。

 

(美樹先輩にはどう伝えるんですか? マミさん……)

 

 ちらりと、念話が切れているため、視線だけでマミに訴えかける。だが彼女はそれに気付いているのかいないのか、表情からは何も読み取れない。問題はさやかへ秘匿している情報だけではないのだから当然ではある。彼女もまた自分の事でいっぱいいっぱいなのだろう。その上で、他人からの――魔法少女としての先輩としても信頼を一身に受けなければならない。

 

(僕に出来る事、あるのかな)

 

 自然とそんな考えが頭を過る。誰もが、少なくとも契約した人間については自分の事でいっぱいであるはずなのに。

 その理由をつばさはおぼろげに察していた。それは現状、キュウベぇに対してこれと言って聞いておく事がないからだ。自分が特例過ぎて、前例を伴った説明は殆ど期待できない。思いついた事はその度聞いておくべきだが、まだ魔法少女としての経験も乏しいつばさには思いつく疑問はそう多くはない。

 

(出来る事をする……しかない)

 

 漏れそうなため息を堪えて、つばさはマンションの前で一度立ち止まった。自分が生き残るために出来る事はあまりないだろうと思う。相手を消して、生き残ってやるなどという意志力はつばさにはない。

 それでも、たった少しだけでも、自分に出来る事はやろうと。

 そう、思った。

 

 

 

 前回と同じように部屋に通され、マミが淹れる紅茶が出来上がるのを待つ。だが前回と違って、事情を知らないさやか以外の表情は晴れない。その空気を読んでさやかも落ちつない様子でまどかに小さく声を掛けていた。だがまどかも曖昧な返事を返すのみで碌な返答が得られない。

 

 そこに四人分の紅茶を乗せたトレイを持ってマミがやってきた。やはりこちらも表情は晴れない。彼女は静かに湯気を立てる紅茶をそれぞれの目の前に置いていく。

 まだ本題の話すらしていないのに喉がカラカラに乾いていた。つばさは早速それに口を付ける。檸檬の香りが鼻腔を付き、気分なのか若干の心が落ち着くのを感じた。

 

「ペパーミント。まずは落ち付きましょう」

 

 紅茶に詳しくないつばさはとりあえず頷いて見せる。ペパーミントが何なのかについては今は聞くべき時ではない。

 つばさはテーブルを挟んで対面に座っているマミを一瞥した。この紅茶にペパーミントをわざわざ入れた理由は何か。今日に限ってはきっと、気遣いだけではない。おそらくマミもまた、自身を落ちつけたい思いがある。年長者であり、先任の魔法少女である彼女はどうしても話を切り出しを強いられる場面がある。おそらく今回がその時だ。つばさはそう判断し、マミの口から言葉が発せられるのを待った。

 

「さて……キュウべぇ、昨日の続きいいかしら?」

 

 その判断を肯定するかのように手に持ったティーカップをコースターの上に置き、マミが口を開いた。

 その時が来た事を察し、まどかとつばさは佇まいを直す。二人の緊張した面持ちに倣ってさやかも自分の佇まいを直していたものの、その理由を計りかねて小首をかしげている。

 

『ああ。なんでも聞いて欲しい。知っている範囲であれば答えるよ』

 

「昨日の続き?」

 

 会話に入るようにさやかはキュウべぇにそれを訪ねる。彼女に対して口止めしているからだろうか、キュウべぇはどこまで話すべきか考えるように口元に手を当てた。

 だがキュウべぇが答えるよりも早く、マミが口を開く。

 

「美樹さん」

 

 名前を呼ばれ、そのただ事ではない声色にさやかは背筋を伸ばした。これから話される内容に、彼女はどんな反応を示すのか。つばさとまどかは自然とマミへと視線を向けていた。

 

「これから話す事。落ち付いて聞いて」

 

「は、はい」

 

 さやかが頷くのを見て、マミは一度深呼吸する。

 それからは、怪訝そうな顔を続けていたさやかの表情が時を追うごとに青ざめていくのをつばさは見続けた。その表情が何度も昨日のマミ――キュウべぇを撃ち殺した際の彼女の表情と重なってつばさは軽く頭を振り、その思考を打ち消す。

 さすがにこの状況で、例え大した問題がないとは言えキュウべぇを再び攻撃されるのはごめんだ。つばさは念のために掌にソウルジェムを握りしめた。マミまで暴れ出したら手が付けられないが、さやか一人であれば魔法少女としての期間もおそらく大差ない。つばさでもとめられるはずだ。

 

「そん、な……」

 

 さやかの乾いた声が室内に響く。マミも、まどかも、そしてつばさもそれに対して一言たりとも言葉を発せなかった。

 

『さて、全員の認識が統一された所で早速質問を受け付けるよ』

 

 それぞれの気持ちを慮る事なく、キュウべぇが口を開いた。その態度に腹を立て、マミが鋭い視線を向ける。

 

「なら、私から聞かせてもらおうかしら」

 

『順番は任せるよ』

 

 マミはそう言ってキュウべぇに要点を押さえた質問を繰り返した。その大半は、既に知っている事の確認だ。契約に際して、魂がソウルジェムになる点や、破壊されれば死ぬ事。さすがにキュウべぇも聞かれていないの一点張りと言う訳ではないようで、大まかな説明は契約の際の説明でほぼ完了しているようだった。はっきり言って、問題点になっているのは契約のデメリットを簡潔な言葉で纏め上げている事と言える。

 ならば、そのデメリット全てを明かしてもらう必要がある。つばさは目を細めて質問の内容を脳内に構築し始めた。

 

「契約って取り消せないの?」

 

 真剣な面持ちでさやかがキュウべぇに問いかけた。確かに、契約が破棄できるのであればそれに越したことはない。だがそれを否定するようにキュウべぇは首を横に振る。

 

『それはできないと最初に言っただろう? 忘れたのかい?』

 

「忘れて、ないわよ……」

 

 淡い期待だったらしく、さやかは唇を噛んでいた。

 概ねの質問が終わり、つばさは軽く呼吸を整え、自分の番だと言わんばかりに口を開いた。

 

「キュウべぇ、君は何のために契約を取り付けているの?」

 

 これは率直な疑問だ。確かに、つばさ達人間の――現代の子供たちの認識では魔法少女にはマスコットキャラクターが付きものに思える。だがその愛らしいはずのマスコットキャラクターにキュウべぇは該当するとは今は思えない。ならば、契約を取り付けて回っている理由があるはずだ。キュウべぇはそれまでと同じようにつばさの問いにもはっきりと答えた。

 

『君たち人類が宇宙に進出する時代の為さ』

 

「宇宙に進出……?」

 

 つばさの知識でも、人類は既に月や火星に行っているはずだ。怪訝そうな顔をするつばさを見かねてか、キュウべぇは淡々とした口調で付けくわえた。

 

『正確に言えば外宇宙――君たちが認識している宇宙よりももっと外の世界だ。まだまだ時間は掛るだろうけど、その時が来れば、君たちも何かしらのエネルギーを消費する側になる。だがそのエネルギーの総量は僕らを含め、この宇宙に存在する多数の種族で共有されるべきものだ。

 僕たちは生命体の感情からそのエネルギーを生み出す技術を確立している。だが人類はあくまで《消費者》という立場からの参入しかあり得ない』

 

「……人間をあんまりナメてるんじゃないわよ。やり方さえ教えてもらえばすぐに――」

 

 じとっとした目つきでさやかが呟く。その声は明らかな憎悪に満ちているが、キュウべぇは気にした様子もなくさやかの言葉を遮って答えた。

 

『技術そのものを伝える事に異存はないよ。ただ、君たち人類はそれぞれが意思を持った珍しい生命体だ。その意思がある程度の集団――国を形成して生活している。ならその技術の主導権はどこに寄与すればいい? どこかの国に寄与した所で他の国が納得するのかい? そして、その主導権を手に入れるために戦争をしかねないのが君たち人類と言う種だ。僕らは遥か昔から君たちの文化に触れてきたけど、新技術や資源はすぐに争いの火種になる。まずは人類がお互いの利害関係を超えない限り、僕らは外宇宙に進出するための技術を提供する事はできないよ。宇宙に出た先で僕らまで戦争に巻き込まれちゃ堪らない』

 

 やれやれとキュウべぇは首を横に振った。つまるところ、自分たちの不利益な事への予防策と言ったところだろうか。

 同じ次元へ到達するまで待てばエネルギーを良い様に使われるし、かといって技術を与えれば内輪揉めをする。それに巻き込まれないために人類が良い様に使えるだけのエネルギーの貯蓄を手伝い、いつか来るであろう外宇宙への進出を待つというわけだ。

 その理屈は分かるが、それと魔法少女がどうしても結びつかない。

 

「それがどうして魔法少女になるの?」

 

『君たち人類から回収できるエネルギーの中で、もっとも効率が良いのが君たちぐらいの年齢の少女なのさ。さらに細かく言うなら、思春期の少女の心の不安定さによって発生するエネルギーと言ったところかな。そのエネルギーが個々人が抱いている願いを叶えるために必要な総量を超えた時、僕らは素質を持つ者として君たちに魔法少女の契約を持ちかける』

 

 心がエネルギーになるというのは、世の科学者が聞いたら卒倒するのではないかと思えるほど荒唐無稽な話に聞こえた。

 だが続くキュウベぇの言葉につばさのこれまでの思考は吹き飛ばされる。

 

『そしてつばさ、君から回収できるエネルギーの効率はある意味でどんな魔法少女を上回ると言っても過言じゃない』

 

「え、僕が?」

 

 状況も忘れ、やや上ずった声を漏らして首をかしげた。むしろ男性という面が足枷となって効率は悪いのではないかと思ったぐらいだ。

 

『ああそうさ。心からエネルギーを得る方法は簡単にいえば喜んだり、悲しんだりという正と負の感情の揺らぎだ。だからこそ精神的に不安定になり、尚且つそれらの感情のコントロールに慣れていない思春期の少女が適正になるというわけさ。ただ、つばさは例外的に女性としての人格を秘めている。だからこそ魔法少女の契約が成立し、かつ入れ替わりという頻繁に起こる体質によって感情が無と有に交互に推移している。これだけのエネルギー効率は早々無いよ』

 

 褒められているのだろうか、つばさは生返事を返す事しかできない。

 

『僕らの目的はそんな所だ。魔法少女になるのもその後に得られるエネルギーのためさ』

 

「魔法少女になれば、魔女と戦う必要があるから?」

 

『概ね間違いないね』

 

 つばさは目を細めて目の前に座るキュウべぇを見る。元々感情らしいものを一切見せていないものの、嘘を付いているという様子はない。ここまでの発言を信じて良いのだろうか。

 魔女と戦う。それはつばさ自身が体験したように、文字通り命懸けだ。命を掛けている以上、普通の生活を送っていた魔法少女達は身近になった死に怯えるはずだ。その感情もまた、彼らの回収するエネルギーとなるのだろう。どこまでも効率を重視した手法に、つばさは一つ疑問を覚えた。

 

 確かに死と隣り合わせの恐怖と、それを忘れていられる日常。この感情の起伏は決して小さくはない。

 だが人は慣れる生き物だ。つばさがそうであるように、どんなに辛い事だろうと、慣れる事で、忘れる事でその辛さから逃げ出す事ができる。そうなれば、感情の起伏は小さくなっていくはずだ。それをこの効率を重視する統合思念体が看過するだろうか。

 

 答えは、おそらく否だ。

 

 まだ何か、思いもよらない事――もしくは、思ってはいけない事に事実が隠されているのではないだろうか。つばさはおずおずと質問を口にしようとするが、肝心の内容が思いつかない。

 

「キュウべぇ、魔女は、どこから来るの……?」

 

 悩むつばさを余所に、まどかが口を開いた。

 確かに、その疑問は最もだ。だがそれはつばさが質問を始めるよりも前に一度聞かれている事ではなかっただろうか。

 魔女は、人の絶望から生まれ出ずると。

 

『さっきも言ったじゃないか。魔女は人の絶望から生み出される』

 

「そうじゃない。そうじゃないよ」

 

 キュウべぇの返答に、まどかは首を横に振った。

 

「だって、おかしいよ。魔法少女はあなたたちの技術から生まれたものなんでしょう? なのに――」

 

 まどかはそこで一度口を閉じて、つばさ達の顔色を窺った。

 まるで、魔法少女ではない自分が口にしてはいけない事を発しようとするかのように、明らかな迷いを浮かべている。

 だが彼女は意を決した様子で胸元に両手を置いて、言った。

 

「どうして魔女が残すグリーフシードが、あなた達の技術であるソウルジェムの《穢れ》を吸収できるの……?」

 

 それは最初からそういうものではないだろうか。とつばさは一瞬考え、その考え自体に疑問を抱いた。そして、さまざまな事が歯車のごとく噛み合わさり始め、一つの答えを浮かび上げていく。

 

 ――魔女はどこから生まれる?

 

 人の絶望からだ。

 

 ――魔法少女はどうやって生まれる?

 

 人の――少女の願いを糧とし、キュウべぇとの契約によって生まれる。

 

 ――どうしてグリーフシードがソウルジェムの《穢れ》を吸収できる?

 

 そういうものだと、思っていた。だが、そうでないとしたら。

 最初につばさの脳裏に浮かんだイメージは水と油だ。卵を使えば混ざりはするものの、本来相容れない存在。同じように、魔女と魔法少女も、対立の関係にあるからこそ戦っているのだと、そう思っていた。

 

(駄目だ。これ以上先は……!)

 

 これ以上先にある答えに辿り着いてしまってはいけない。あの日の夢よりも、初めてマミの部屋に通された時よりも、圧倒的に耳触りな警鐘が脳裏で鳴り響いている。

 だがその先にある答えを知っている者――キュウべぇは全く動じた様子はなく、むしろ当たり前であるかのようにその答えを口にした。

 

『当たり前じゃないか、だって――』

 

 ――もしも、水と油の関係でなく、両方とも水か油だったら?

 

『――魔法少女の絶望から、魔女は生まれるんだから』

 




 こんにちは。辰です。文字数制限の関係で登録名はtwitterIDのローマ字読み見たくなってますが一応文面上では辰で通させて頂きます。一文字禁止があるとちょっと辛い……!

 さて個人的はお話はここまでにしておいて、四章も楽しんでいただけましたでしょうか?
今回は状況的にも躍動的な場面が少なかったので盛りあがりに掛けているかもしれないですね……。

 男性人格のつばさ君は自分が気づかないうちに消えつつあると感じ、対して女性人格は確実に分離が進んでいると感じています。一体どちらが正しいのか?
それは今後の展開次第……かも。

 描写こそ少ないですが男性人格と女性人格では大分考え方が違っていたりします。男性人格はしっかりと考えて答えを出し、女性人格は直感を信じて答えを出すという違いですね。
この事からお察しの方も居るかもしれませんが男性人格のつばさ君はかなり利口な方です。
その辺の理由は番外編にて補完する形になりそうです!

 さぁて、次回の魔法少女つばさ☆マギカは!
 魔法少女と魔女の関係を知ったつばさ達。それぞれが自身に課せられた運命に絶望する中、つばさとマミが取った行動とは?
 そしてそこに現れる黒髪の魔法少女の目的は何なのか!

――――誇って良いと思います。
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