魔法少女つばさ☆マギカ   作:辰真

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五章『誇って良いと思います』

 まるで後頭部をハンマーで殴られたかのような衝撃だった。いや、一瞬だけでもその先の答えに気付いてしまった分、つばさが受けた衝撃は逆に小さかったかもしれない。

 どれだけそうしていただろうか。その場に居る全員が目を見開き、絶句したまま身じろぎひとつできなかった。

 

『魔法少女、つまり、魔女になる前の少女って事だろう?』

 

 周りの反応など意に介さず、キュウべぇは勝手に話を続けるが、最早その言葉もまともに頭に入らない。

 

「魔女が生まれたら、その魔法少女は……どうなるの?」

 

 掠れた声でマミが尋ねた。そうだ、喜ばしい訳ではないが魔女が生まれるだけなら本人がその場で倒してしまえれば、グリーフシードが手に入って一石二鳥ではないか。

 

『絶望した魔法少女のソウルジェムこそがグリーフシードになる。と言ったら理解できるかい?』

 

「っ……!」

 

 キュウべぇの返答に、マミは息を飲んだ。つばさも漏れ出しそうになるため息を堪えて、口を結ぶ。

 

『実際、絶望し、穢れ切ったソウルジェムがグリーフシードになるその時こそが最もエネルギー量が多いんだ。つばさの体質は確かに半永久機関ではあるけど、余りにも特例過ぎて他に転用できる技術ではないし、入れ替わりが百回分でも足りないぐらいのエネルギーが一度で生まれる』

 

 淡々と話を続けるキュウべぇに、つばさは掴みかからんとする衝動を抑えて呟いた。

 

「そして生まれた魔女は他の魔法少女が狩るって仕組みなんだね……」

 

『その通りだ』

 

 震える手を必死に胸元に抑え込んで、つばさは黙り込んだ。

 どこまでも効率的で、どこまでも非情な仕組み。それが許せなくて、彼はキュウべぇを睨み続けた。

 

『僕に怒ってもしょうがないだろう? これは必要な犠牲なんだから』

 

 悪びれる様子も、つばさの視線に竦んだ様子もなくキュウべぇは話す。ついに堪え切れずにつばさは叫んだ。

 

「君たちが作った犠牲じゃないか!」

 

『それは違うよつばさ。勘違いしないんで欲しいんだけど』

 

 怒りを顕にしたつばさに対して、キュウべぇは飄々とした態度で答えた。

 

『あくまで僕らはエネルギー回収のために魔法少女という技術を持ってきたに過ぎない。確かに魔女になってしまう副作用はあるけれど、魔女自体は僕らがこの星に来る以前から存在したんだよ。遥か昔、裸で狩りをしていたような君たちがあの怪物とまともに戦える方法があったのかい?』

 

「それは……」

 

 ない。だがそれを認めてしまえば、魔法少女という効率重視のシステムまで、部分的には認めてしまう事になる。

 

『それに文化だってそうだ。魔法少女が生まれた事で、この星の文化はどんどん革新していった。彼女達の犠牲を孕んだ上でね。その技術――今なら銃器当たりが妥当かな。そういうのを駆使して戦う魔法少女もいなくはない。だけど、その技術も魔法少女という犠牲があったからこそのものだ。それでも君は不要な犠牲だったと言えるのかい?』

 

「……」

 

 何も言えない。キュウべぇがその念話能力を用いて、その光景をつばさ達の脳裏に投影して見せたからだ。ある者は魔法少女の力で国を導き、またある者は魔法少女でありながら、その人ならざる力によって畏怖され、処刑される光景。どれもこれも、歴史に関する授業でなんとなく聞いた事がある話と重なる。

 

『魔法少女になる素質はその因果の強さに依る部分が大きい。事実、強力な素質を秘めた子は王族の血を引いていたりする事が多かった。そしてそういった子達は例外なく時代に変化をもたらしてきた』

 

 その凄惨な光景も、余すところなく脳裏に投影され、全員が吐き気を堪えるように口を押さえた。

 

『しかし、どういうわけか普通の女の子であるまどかには歴代の魔法少女を遥かに超えるだけの素質がある。世界の法則さえ書き換えかねないほどの力がね』

 

「っ……まどかにまで手を出すな!」

 

 咄嗟に、さやかが自身のソウルジェムを光輝かせ、一瞬で魔法少女の姿へと変わり、まどかとキュウべぇの間に割って入った。

 

『無論、強制はしないよ。でも――』

 

 キュウべぇはまどかの瞳を射抜くように見つめると、肩を竦めて呟いた。

 

『さやかの十倍以上の働きはできるだろうね』

 

「このっ……悪魔!」

 

 激怒したさやかが手に持った剣をキュウべぇの頭部目がけて振り下ろす。

 つばさも慌てて魔法少女の姿へと変身したが、それでも既に振り下ろされた剣を止めるだけの技術はなく――

 

「そこまで」

 

 ぎぃん、と金属が打ち鳴らされる音と共に、振り下ろされた剣がキュウべぇの目の前で止まった。その十センチメートル程度しかない隙間に差しこまれた、一丁のマスケット銃によって。

 

「マミさん! なんで止めるのさ!」

 

「落ち付いて美樹さん。キュウべぇはいくら殺しても無駄なの」

 

 それは昨日、マミが行った事。あの後キュウべぇはすぐさま別の体で現れた。今回も同じ結果に終わる事だろう。

 しかし、魔法少女の姿になっていないままでも武器だけ出せるとは。

 マミとの経験の差につばさは舌を巻いた。自分にも同じ事ができるだろうか。そう考えたが、同じ魔力で出来たものとは言え木の箒ではあの剣を止められる気がしなかった。

 

「それより、美樹さん、つばさ君。ソウルジェムを貸してもらえるかしら」

 

 どこか穏やかな、そしてこの状況に置いては酷く落ち着いた声でマミは微笑みかけた。

 その様子に冷静さを取り戻したさやかは渋々と自身のソウルジェムを手渡す。

 

『どうするつもりだい?』

 

 怪訝そうにキュウべぇが首を捻る。

 

「二人のソウルジェムも浄化しておかないといけないでしょう? 穢れをため込み過ぎて魔女になってしまうのなら、少しでも小まめに浄化しておかないと」

 

 キュウべぇにすら、その柔和な表情は薄れない。さやかとまどかは彼女の意図を察してほっとした様子を見せた。だがつばさは、その笑みの裏に隠された何かに気付き、静かに、だが誰にも気づかれない程度に身構えた。

 

『だけど、もうグリーフシードはないだろう?』

 

「そんなもの、いらないわ」

 

 両手に三つのソウルジェムを握りしめ、マミは弾かれたようにベランダへと駆け出した。その意図をいち早く理解したキュウべぇとつばさは同時に窓際まで駆け出す。

 だが時遅く、マミは窓ガラスが割れるのも気にせずに両手に持ったソウルジェムを外へと投げつけた。

 

「魔法少女が魔女になるのなら……そうなる前に死ぬしかないじゃない!」

 

 マミの狂ったような叫び声が室内に響く。キュウべぇの身体能力では届かない。既に三人のソウルジェムは弧を描いて見滝原の住宅街へと落下しようとしていた。この高さから落下すれば粉々だ。そうなれば当然、死ぬ。

 

「っ――――!」

 

 瞬間、つばさはベランダの縁に足を乗せる。契約の折に魔法によって強化された体は以前のつばさではまるでできないような動作も軽々とやってのけてしまえる。だが魔法少女の姿になるにはソウルジェムに触れている必要があった。そもそも、自分の意志で変身した事のないつばさにはそのイメージを直には浮かべれない。例え自分のソウルジェムを掴み取り、変身して残り二つを取ろうにも間に合わないのだ。

 緑、青、黄色。三つのソウルジェムを視界に入れ、つばさは見滝原の空を跳躍した。つばさの手は二本。選ぶのは――。

 

(青と黄色……!)

 

 つばさは伸ばした両手でなんとか二つのソウルジェムを掴み、胸元に大事に抱え込む。例え強化された体とは言え、人間の肉体という部分に変わりはないゆえ、耐久力に大差はない。この高さから落下すれば唯では済まないだろう。

 

 だが自分の犠牲で二人分の命。守れるのなら安いものだ。つばさは恐怖も後悔も無くやがて襲ってくるであろう衝撃を覚悟して目を伏せた。

 そこに、酷く落ち着いた声が響く。

 

「……この状況で他人の命を優先するなんて、どうかしているわ」

 

 その声につばさははっと振り返る。

 そこに居たのは、つばさのソウルジェムを手に持った、長い黒髪の少女。空中に居るというのに、動揺を微塵も感じないその姿はある種の神秘性すら感じさせる。

 

「掴まって」

 

 少女が伸ばした手をつばさは慌てて掴んだ。その瞬間、世界が制止した。

 比喩表現などではなく、文字通りにつばさを取り囲む世界が止まっていたのだ。

 

「え……ええっ?」

 

 世界が灰色に染まり、風も、音も、全てが止まってしまった。その中でどういうわけかつばさと、目の前に突如現れた少女だけが行動できている。少なくとも、つばさの消滅の力とはあまり結びつくイメージが沸かない現象だ。そうなれば、必然的にこの状況を作り出しているのは目の前の少女である。

 

「あなたも……魔法少女なんですか?」

 

「そうよ」

 

 事務的に少女は答える。まるでキュウべぇだ。

 

「……あれと一緒にしないでもらえるかしら」

 

 つばさの思考を読み取ったかのように少女は忌々しげな表情を浮かべて呟いた。

 少女はつばさの手を握ったまま一度近くの民家の屋根に着地し、再びマミのマンション――先ほどつばさが飛び降りたベランダまで跳躍した。

 

「この能力は誰にも言わないで」

 

「あの、お名前は」

 

 ふわりと、ベランダに少女の足が付く直前。つばさは恐る恐る少女の名を訪ねた。

 

「暁美ほむら」

 

 こちらを振りかえらずに少女は答える。手を引かれ、つばさもベランダに着地すると同時に灰色の世界が一瞬にして本来の色を取り戻した。

 

「えっ!? つ、つばさ君……!?」

 

 まどかが、突然目の前に現れたつばさに目を丸める。つばさはその反応にぎこちない笑みを浮かべながら、暁美ほむらと名乗った少女の能力をおぼろげに察した。

 恐らくは時間停止か、それに付随する能力。だがそれを秘匿する理由までは分からなかった。動揺するまどかだったが、つばさの隣に突然現れたもう一人の人物の姿に掠れた声を漏らした。

 

「ほ、ほむら……ちゃん」

 

「……」

 

 ほむらは自分が呼ばれた事には全く関心を見せず、変わりにキュウべぇに視線を移した。

 

『ここに居るという事は、盗み聞きでもしてたのかい? 趣味が悪いなぁ』

 

 おどけたようにキュウべぇが首をかしげる。だがほむらはそれを意に介さず、あくまでも冷静な表情で口を開いた。

 

「一つ、聞きたい事があるわ」

 

 先ほどまでのキュウべぇなら答えていただろう。

 だがキュウべぇはつばさの予想を裏切るように思わぬ返事を返した。

 

『僕も君に聞きたい事があるんだ。丁度いい、取引しよう』

 

「……遠藤つばさ。彼には魔女にならない可能性がある。間違いないかしら」

 

『暁美ほむら。君は一体何者だい? 僕らは魔法少女になった子の顔は全て把握しているはずなのに、君という魔法少女の存在は最近まで全く知らなかった。君は一体、どこの誰と契約をしたんだい?』

 

 二人がそれぞれの疑問をぶつけた。ほむらの質問はつばさを、キュウべぇの質問はまどかを驚かせた。

 

「キュウべぇ、それ、本当……?」

 

 つばさはキュウべぇに尋ねる。だがキュウべぇはあえてそれを相手にせず、ほむらと向き合ったままだ。

 

『その回答への答えはイエスだ。そこまでなら答えられる』

 

「ならこちらも同程度。私はあなた達と契約している。これは事実よ」

 

 お互いに、手のうちは晒したくないようだ。しばしの沈黙が続く中、ふいにキュウべぇが踵を返した。

 

『仕方ない。交渉は決裂のようだ。早くさやかを元に戻そう。流石に肉体の方は五分以上止まってると脳死しかねない。…………まぁ直せるけどね』

 

「そのようね。今日のところは引き上げるわ」

 

 ほむらはそう呟いてベランダから飛び立とうとする。そして自分の手に掴んだものの存在を思い出したかのように視線をつばさに向ける。

 

「これは返しておくわ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 射抜くようなその視線に辟易してつばさは自分のソウルジェムを返してもらう。ほむらの手とつばさの手が重なる瞬間。

 

「あ……」

 

 再び世界が停止した。ほむらは大して気にした様子はなく、淡々と言葉を紡いだ。

 

「私の能力は時間停止。これならキュウべぇに聞かれずに済むわ」

 

 ほむらは一度キュウべぇの背中に視線を向ける。

 

「あなたが魔女にならない理由をキュウべぇから聞き出して欲しい。次に会う時までに、お願いするわ」

 

 突然の申し出につばさは驚いた。そもそも何故この人は、そんな事を知っているのだろう。

 

「どうして、そんな事を知っているんですか?」

 

 つばさは強張った面持ちで尋ねた。そんな事はないと思いたいが、もしも魔法少女同士で争う事になってしまえばこの《時間停止》の能力を持つ暁美ほむらという女性に勝つ手段は皆無だからだ。質問一つにすら機嫌を窺う必要がある。

 しかしほむらは機嫌を損ねた様子はなく、ただ冷静な表情を崩さずに首を横に振った。

 

「それは答えられない」

 

 その言葉に強い意志が込められているのを感じ、つばさは素直に従った。

 

「……お願い」

 

 最後に一言。それまでの超然とした姿からは想像できないような、何かに縋りつく言葉がやけに耳に残った。ほむらの手が離れると同時に再び元の世界に戻る。

 

「また会いましょう」

 

 とん、と軽い音を立ててほむらはマンションの屋上へと飛び上がった。

 その様子を見送りながらつばさは割れた窓ガラスをまたいで室内に戻る。そこで、まどかの悲鳴のような声が響いた。

 

「た、助けないってどうして!」

 

『当たり前だろう? マミはもう魔法少女として放置できない精神状態にある。そんな彼女をわざわざ生き返らせて、さやかまで危険に晒すつもりかい?』

 

「それは……」

 

 まどかが視線をつばさに向ける。同様にキュウべぇもつばさへ振り向くと状況を説明した。

 

『つばさ、さやかのソウルジェムを彼女に触れさせてくれ』

 

「……マミさんは?」

 

『言っただろう。彼女はもう魔法少女として危険な存在になってしまった。ある程度の知識を持って、魔法少女を魔女にする前に殺そうとする。無作為に人を襲う魔女を斃す力すら奪おうとする彼女をこのまま生き返らせるわけにはいかない』

 

「……君たちが事実を隠していたからだ」

 

 ぎゅっとつばさは両手に持ったソウルジェムを庇うように抱く。

 

『言いがかりだ。僕らはちゃんと説明はしている』

 

 これでは先ほどまでの会話と大差ない。キュウべぇとの説明不足に対する認識の差は最早痛いほど理解している。

 つばさはほむらの言葉を思い出すようにキュウべぇに提案をした。

 

「な、なら取引しよう」

 

 自分がこんなに話すのは珍しい。つばさは噛みながらも懸命に言葉を紡ぐ。

 

「暁美ほむらの能力について教えて上げる。だからマミさんを許して」

 

『……なるほど、それでさっきつばさはあの高さから助かったわけだね』

 

 キュウべぇは丸い瞳でつばさを射抜くように見つめた。ここで頷いては情報の価値が下がってしまう。つばさはありったけの虚勢を持って答えた。

 

「さあ、どうだろうね? それもマミさんの件には目を瞑るなら話すけど?」

 

 背中に冷や汗を感じながら、つばさは冷静を装って肩を竦めた。

 キュウべぇはしばらく考えるような素振りを見せると、仕方ないようにため息を吐いて答えた。

 

『仕方ない。今回については目を瞑ろう。但し、次に同じ事を起こそうとするなら近辺の魔法少女にも声を掛けて巴マミを殺す。文句ないね?』

 

 つばさは頷いた。元よりこれ以上マミにこんな事をさせるつもりは毛頭ない。

 

『さあ教えてくれるかい? 暁美ほむらの秘密を』

 

「マミさんを生き返らせてからね」

 

 つばさは飄々とした態度でぱったりと倒れているマミの隣に膝を付いた。その隣に立つまどかにはさやかのソウルジェムを手渡す。

 

「さやかちゃんっ……!」

 

 まどかは手に持った青いソウルジェムを大事に抱え、倒れているさやかの傍に駆け寄った。つばさもまた手に持った黄色のソウルジェムをマミの手に握らせる。途端、ソウルジェムが仄かに発光し始めた。それなりに時間が立ってしまったため、脳死からの修復が始まっているのだろう。

 

『さ、いい加減教えてもらえるよね』

 

「分かってるよ……」

 

 ――暁美さん、ごめんなさい。

 つばさは心の中でほむらに謝罪しながら時間停止能力について、あの状況から分かる事をキュウべぇに伝えた。

 

『なるほど、時間停止能力、か……』

 

 キュウべぇは考え込むように首を捻った。どうやら腑に落ちない点があるようだ。

 

『つばさと同じ、概念干渉を起こす能力を発現させた魔法少女か……それだけの素質の持ち主なら見逃すハズがないんだけどなぁ』

 

「僕もさっきあったばかりだし、これ以上は分からないよ」

 

 ここで変に勘ぐられて、マミの蘇生を妨害されるわけにはいかない。つばさは困ったように口を尖らせてみた。キュウべぇもその気はないように首を振ると、ほむらが飛び去っていたベランダへ視線を向けて答えた。

 

『流石にたった数分の接触でこれ以上の情報は求めてないよ。問題はその能力の条件だ』

 

 キュウべぇは珍しく困った様子で話を続ける。

 

『つばさが体験した範囲で判断するなら、自身と触れている物体だけが時間停止の影響から抜け出せる。つまりそれ以外には一方的な優位性を発揮する事になる』

 

「そうだね…………僕もそれは思ったよ」

 

 出会ったときの冷たい雰囲気などから考えて、最悪敵対する可能性が無いと言い切れない。キュウべぇはつばさの返答に満足そうに頷いた。

 

『現状、暁美ほむらの行動目的が分からない。今は魔法少女が増えるのを防ぐために行動しているみたいだけど、恐らく魔法少女と魔女の関係を知っている人間だ。魔女の発生を防ぐために既に魔法少女となっている子を狙う可能性は十分にある』

 

 つばさは小さく頷いて見せる。だがその胸中では別の思考が巡らされていた。

 確かにほむらが何を目的に行動しているのかは不明だ。いくら時間停止能力があると言っても、使用した分だけソウルジェムは穢れてしまう。そう考えれば偶然あの場に居合わせたという可能性は低い。キュウべぇの言う通りつばさ達の会話を密かに聞いていたのだろう。

 だが、どうして隠れて聞いていたのか。まどかの反応から察するに、面識のある相手のようだった。隠れてまで会話を聞いている理由が思い浮かばない。そこで、つばさはほむらとの会話を思い出した。

 

 ――私の能力は時間停止。これならキュウべぇに聞かれずに済むわ。

 

(キュウべぇから隠れている?)

 

 思い当たる点はそれぐらいしかない。理由は分からないが、キュウべぇから隠れたいという気持ちは分からないでもない。だがそれだけで隠れる理由にはなりえないだろう。

 現状では情報が少なすぎる。つばさは諦めてマミとさやかの意識が戻るのを待った。

 その間に一度だけ、ほむらとの会話の中、彼女が一瞬見せた表情を思い出した。つばさの中にある可能性を知り、縋るような表情でその秘密を聞き出す事を頼んできた彼女。もしかすると彼女は――

 

「う、ん……?」

 

 マミがか細い声を漏らし、はっとつばさは我に返った。どうやら蘇生は成功したようだ。同じようにさやかもぼんやりとした様子で起き上がる。

 

「あれ……私」

 

「さやかちゃん!」

 

 両目に涙を溜めたまどかが息を吹き返したさやかに飛び付いた。わんわんと泣きじゃくるまどかの頭を反射的に撫でながら、さやかは自身に何が起こったのかをゆっくりと思いだしていく。

 

「あ、ははは……」

 

 抑揚のない声でさやかは笑った。助かってよかった、などと言う安堵のものではない。間違いなく自分が死に掛けたという実感に、笑うしかない。そういう表情だった。

 

「まどか、アタシ、どうしよう……ゾンビだよ、こんな体…………!」

 

 縋るようにさやかはまどかの体を抱きしめる。その姿に、つばさもまどかも、何も言えなかった。先ほどまでなら、少しは気の利いた事をつばさは言えたかもしれない。だが今は違う。魔法少女になった上で、理屈は不明だが、唯一助かる可能性を持っているのだ。誰かより恵まれた状況で、掛けれる言葉など空々しい。

 同様に、魔法少女として契約していないまどかも、さやかに掛けられる言葉を見つけられないようだった。

 せめてもと、まどかはさやかの体を一生懸命に抱きしめた。それに耐えきれず、さやかは先ほどまでのまどか以上の声量で泣き始める。

 

「つばさ君……?」

 

 意識を取り戻したマミが横たわったままつばさの顔を見上げた。どこか夢うつつな様子で、ぼんやりとした表情で当たりを見回す。

 

「ひっ……」

 

 その後ろで、さやかが弾かれたように飛び退っていた。信頼していた相手に殺されかけたのだから当然だ。今のさやかにマミがどのように映っているのか、つばさはおぼろげに察した。

 

「美樹先輩……今日はもう、お開きにしましょう?」

 

 ぎこちない笑みを浮かべてつばさはさやかに向き直る。さかやは小さく頷くと、逃げるように自分の鞄を掴んで玄関まで早足で歩く。まどかもそれを追うように部屋を出ていった。

 つばさは二人を玄関まで見送ると、すぐさまリビングに戻った。また自殺を図られては溜まったものではない。

 流石に起きてすぐ自殺を図ろうとはしなかったようで、リビングに入ると項垂れるように目を閉じてソファーに体を預けるマミの姿が映った。寝ているのか、起きているのか。つばさは静かにその隣まで移動した。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぼそり、とマミは呟く。つばさは難しい表情で首を横に振った。

 

「謝る相手は、美樹先輩です」

 

「うん……」

 

 マミは静かに頷いた。しばらくの沈黙の後、目を開いたマミはか細い声を漏らした。

 

「たまにね……余裕がなくなる時があるの」

 

 つばさは静かにその言葉に耳を傾ける。

 

「先輩ぶってるけど、やっぱりつばさ君の言う通り。時折、さやかさんみたいに自分の意志で契約できた子達が妬ましくなる。だから、強がって、お姉さんぶって、自分を保とうとしてる」

 

 マミの独白を聞きながら、つばさは衣擦れの音も気にするようにマミの隣に座る。マミは泣き腫らした両目でつばさを見た。

 

「本当は、頼られるような先輩じゃないのよ……嫉妬深くて、ヒステリックで、ダメな子なの」

 

 マミの両目から大粒の涙がこぼれ出す。それはまるで泣きじゃくる子供のようで、つばさは珍しく柔らかい笑みを浮かべて答えた。

 

「そんな事ないですよ」

 

 そっとマミの頬の涙を拭う。

 

「僕だって嫉妬します、ヒステリックになる時もあります。……っていうか、僕なんて毎日ネガティブですよ」

 

 つばさは困ったように肩を竦める。マミは意外そうな顔でこちらを見ていた。滝のように零れ落ちていた涙が止まるのを感じ、つばさは会話を再開する。

 

「マミさんがいなかったら、僕も美樹先輩もどうしていいか、きっと分からなかった。一人で勝手に魔女に挑んで、死んじゃっていたかもしれない」

 

 知らぬ間に魔法少女になってしまったつばさを導いたのは彼女だ。右も左も分からないつばさのために、身を張って戦い方を教えようとしてくれたのも彼女。

 

「だから僕、思うんです。マミさんの願い……《命を繋ぎ止める》って、あなただけじゃなく、魔女に襲われる人や僕らみたいな不慣れな魔法少女を死なせない願いだって」

 

 ただ素直に、つばさは思った事を口にした。

 願いは、その場で叶うだけじゃない。叶った後も続いていく呪いであり、希望だ。

 だからこそ、これ以上マミに自暴自棄な事はして欲しくなかった。つばさはマミの手を握りしめ、自分の胸に当てる。とくん、とくんと、魔法少女となっても動き続けている心臓の音を伝えるため。

 

「この命は、マミさんが救ってくれた命。マミさんが居てくれたから、僕はここに居られる。だから――」

 

 つばさはありったけの思いを、その言葉に込めた。

 

「だから、誇って良いと思います。魔法少女である事を。多くの犠牲を出さないために、魔女になる前に死のうとした事を。僕は、あなたを否定しません。……もちろん、本当に自殺しようとしたのは肯定しませんけどね」

 

 魔法少女の秘密を知って、直にキュウべぇを撃ち殺した事も。魔女の生まれる仕組みを知って、さやかとつばさ共々自殺しようとしたのも。全ては、命を繋ぐため。見知らぬ人たちの命すらも救うため。感情的な行動だったかもしれない、ヒステリックになっていただけかもしれない。それでもその根底には、彼女の願い――《命を繋ぎ止める》という思いが確かにはあったはずだ。つばさはそれを信じた。

 

「つばさ、君…………」

 

 マミは掠れた声でつばさの名を呼んだ。

 

「いいの……? 私、居てもいいの……?」

 

 縋るような、マミの視線。つばさはゆっくりと頷いて、マミの手をさらに強く握った。良いに決まっている。理由が必要であるのなら、それはつばさがマミを好いているから。たったそれだけ、だけど、これ以上無い正当な理由。

 

「言ったでしょう? 僕は、あなたに居て欲しい」

 

 二人が魔法少女の肉体がどうなっているかを知った時、つばさが彼女に告げた言葉。居て欲しいから、そばに居る。僕もあなたも、ここに居る。

 

「…………うん……うんっ!」

 

 その言葉の意図を感じ取り、マミは頷いて再び涙を流す。先ほどまでの悲哀を孕んだものとは違う、何か温かいものを含んだ涙。穏やかに微笑むつばさの手を、マミはゆっくりと自分の胸に押し当てる。

 

「マ、マミさんっ?」

 

 ぼんっ、と思わぬ不意打ちに思考が飛びかける。だが同時に感じる彼女の温もりが、彼の意識を繋いだ。

 

「あなたも私も……ここに居るのね」

 

 マミは目を伏せて、小さく呟いた。

 つばさもまた、同じように目伏せて、互いの鼓動を、存在を確かめ合う。どれだけ、人から離れた存在になろうとも、魂がこの身から離れていようとも、二人は確かにここに居る。

 

 

 

『お熱いところ申し訳ないんだけど』

 

 呆れた様子で、それまで静観していたキュウべぇが口を開いた。つばさとマミは弾かれたように離れ、並んでソファーに座り直す。

 

『君たちは感情の揺らぎの不安定な部分を傷のなめ合いで持ち直す傾向があるよね』

 

「……悪かったね」

 

 肩を竦めるキュウべぇを見ながらつばさが答えた。

 

『別に悪いとは言ってないさ。ただそうした行動の一つ一つが感情の揺らぎを一種の病状だと考える僕らには珍しい。だからこそ、感情のエネルギーを君たちから回収しに来たんだけどね』

 

 心底困った様子でキュウべぇは呟く。しかしすぐさま気を取り直して本題を口にした。

 

『さてつばさ、先ほど暁美ほむらから聞いた通り、君だけは魔女にならない可能性を秘めている』

 

 そうだ、とつばさはほむらが口にした言葉を思い出した。

 魔法少女はやがて魔女となる。その運命の輪からつばさだけが外れている仕組みは何なのか。それを知らなければならない。ほむらに頼まれたからというだけではない。自分もまた、その事実を知らずにはいられないのだ。

 

『理由は……まぁ考えれば可能性の話としては思いつく程度のものだ』

 

 試すように、キュウべぇはつばさを見遣った。それに答えるように、つばさは口元に手を当てて考えてみる。

 数多の魔法少女の中で、恐らく唯一、つばさだけが魔女にならない可能性を持っている。それはつまり、遠藤つばさという魔法少女にだけが持っている特徴が原因のはずだ。

 

 つばさが他の魔法少女と違う点。

 最初に思い付くのはやはり男である事。だがこれは感情エネルギーの効率の問題で女性が選ばれているだけのはずだ。男性でも特例はあるはず。

 次に思いつくのは二重人格である事。しかしこれも既に前例事態はあるとキュウべぇは言っていた。こちらの違いは魔女にならない理由として弱い。だが同時に何か引っかかるものを感じ、つばさは考え方を変える。

 

 魔女にならない魔法少女というのなら、その言葉の意味するところは《魔法少女にはなったが魔女にはならない》と言う事だ。つまり、キュウべぇと契約こそすれど、その後に待ちうけている魔法少女から魔女への変化が無いという事。魔法少女の力の根源であり、自身の魂であるソウルジェムが、グリーフシードへと変化しない事。

 

(そういえば……)

 

 つばさは自身の腕を掴んで考える。確かに、ソウルジェムは契約者の魂を抜きだしたものだ。それによって肉体から脳へと発せられる痛覚を操作し、戦闘の激痛によって戦えなくなる事を防ぐ。また、どれだけ肉体が欠損しようとも、ソウルジェムが無事なら死なず、再生する不死に近い体を得る。

 その中で先日、つばさ――男性人格のつばさはその理から外れている事を知った。契約者が女性人格だった事や、その願いなど、様々な要素の結果だ。今のつばさの魂は二つに分かれ、男性人格は元の肉体に留まり、女性人格はソウルジェムに宿ったという。

 

 ――これだ。

 直感的に、つばさはこの事実こそが彼が魔女にならない可能性だと悟った。正確に言うのなら、男性人格のつばさだけが魔女にならない可能性だろう。つばさはそこまで考えた結果を、キュウべぇに伝えた。

 キュウべぇは満足そうに頷く。

 

『その通りだ。皮肉な事だが、男性人格を消してでも生きたいという願いが自分の首を絞めた結果になった』

 

 女性人格の事を指しているのは容易に察せた。つばさも内心してやったりという気分だ。

 だがそれを否定するように、キュウべぇは呟いた。

 

『だが、彼女が魔女となれば、恐らくつばさはソウルジェムという力の源を失って、魔法少女では無くなる。魔女になるその瞬間、君の肉体も間違いなくそこにあるんだ。それを魔女が襲わないと思うかい?』

 

「あ……」

 

 女性人格が魔女になれば、真っ先に襲われるのはつばさだ。その時に、自分の身を守る力も失ってしまう。そうなれば待っているのは死だ。

 どっちにしても、何をしても自分は助からないのか、消えていく運命なのか。つばさはがっくりと肩を落とした。

 だがそこに、一つの凛とした声が響く。

 

「なら、隣に魔法少女が居ればいいのよね」

 

 それまで沈黙を保っていたマミだ。

 何かを覚悟したように自分の膝に手を置いてキュウべぇを見据えている。

 

『ああ、ただ四六時中つばさに張り付いている訳にもいかない。口にするのは簡単だけど、相当に難しいと思うよ』

 

 つばさにはつばさの、彼女には彼女の生活がある。その中で女性人格が魔女になるまで張り付いているというのは流石に無理な話だろう。

 納得のいかない表情のマミを、つばさは苦笑して宥めた。

 

「大丈夫ですよマミさん。今すぐ魔女になる訳じゃないんですし……」

 

「でも……」

 

 なおも食い下がるマミ。先ほどの責任を感じているのか、やはりどこか思いつめた表情だ。

 つばさはそれを少しでも和らげようと、マミの頭を優しく撫でた。

 

「……ありがとうございます。でも、僕たちは魔法少女です。自分の生活を壊してまで、誰かを救っちゃいけない。普段の生活を、その平和を知っているから戦える。絶望を振りまく魔女と戦うなら、僕たちは平和を、希望を持って生きるべきです」

 

 自身で発したその言葉に、ちくりと胸の奥が痛んだ。普段の生活に、僕はどれだけ希望を持って生きているのだろう。それが分からない。

 本当の希望は、願いはきっと、今自分がこうしてマミの頭を撫でているように、自分も誰かに優しくして欲しい。

 だが、マミはこれでいいはずだ。彼女とつばさでは生きている世界が違うのだから。

 魔法少女としてでもなく、見滝原中学の生徒としてでもなく。周りから信頼され、それに答えようとするマミと、周りから奇異の目で見られ、男とも女とも扱われないつばさでは、環境が違いすぎる。

 

「……うん」

 

 マミは穏やかな表情を浮かべると、小さく頷いた。

 その表情もまた、自分に嘘をついたつばさの胸を突き刺すようだった。

 




 文章量的には今回で折り返し地点となります。
今回は原作3話と10話を混ぜたような感じのお話。

 ソウルジェムに発砲はしませんでしたがまとめて外に放り投げちゃう。
マミさんハウスは防音もしっかりしてそうなイメージがあるので他所には気づいてない感じ。
元から忘れてたので文章追加はしませんでしたが窓ガラスはこの後マミさんの魔法でちゃんと直しましたよ!

 つばさ君は自分が嫌いな代わりに他人を立てるような感じの子なのでマミさんが折れそうな時は割と頑張れます。逆に言うと拠り所にはなれてない感じ。
こっからそうなれるといいですね!(放任


 さぁて次回の魔法少女つばさ☆マギカは!

 一度は手に入れたと思った。でもバラバラになってしまった日常。
無茶な戦いを続けるさやかを止められず、さらに溝が深まる日々。
そんな中、つばさ達は赤い髪の魔法少女と出会う。

――――偽物だって事ぐらい、分かってる
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