魔法少女つばさ☆マギカ   作:辰真

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六章『偽物だって、分かってる』

 上下の感覚すら怪しい空間に剣戟の音が響き渡る。白いマントを靡かせ、彼女――美樹さやかは魔女へ突進する。だがそれが考えあってのものではない事はその場にいる誰の目にも明らかだった。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 さやかが叫び声を上げる。翻るマントの裏から取り出した剣を弾かれては取り出し、自身の防御など考えずひたすらに魔女の本体を狙って飛びかかる。

 その無防備な状態を魔女が見逃す筈もなく、振り上げたさやかの腕が魔女から伸びた《影》によって斬り飛ばされた。しかし彼女はそれに怯む事なく残っている腕で剣を取ると、それを即座に振り下ろす。

 

『――――!』

 

 魔女が絶叫する。それは自身のダメージからなのか、それともダメージをものともしないさやかに怯えてか。さやかはその間にも剣を取り出しては次々と魔女の身体へと突き立てていく。

 負けじと魔女も自身の影を刃のように変え、さやかの脚に、腹に、顔に突き立てる。

 見ているだけでも痛々しい光景に、まどかも女性人格のつばさも目を向けて居られなかった。何故さやかがあれだけの攻撃を受けて一瞬たりとも怯まないのか。その理由をつばさ達は知っていた。

 

 魔法少女としてキュウべぇと契約した者は魂をソウルジェムへと変化させ、肉体と分離されている。そして肉体から送られる痛みがソウルジェムへと伝わる前に、その痛覚の調整が入る。戦闘のダメージで動けなくなるのを避けるためだ。つまりそれは、やろうと思えば痛覚を完全に遮断する事も可能という事になる。

 

『あまりオススメしないんだけどね。動きが鈍くなるし』

 

 隣に立つキュウべぇが呆れた様子で呟いた。本来、肉体を動かすためにも痛覚は使われている。それを消してしまっては上手く動かせないはずだ。事実、さやかはまともな回避行動を取れていない。初めはぎこちない動作ながら、回避しようと足を縺れさせていたのだが、痛みを感じないと分かるなり回避どころか防御すらせずに突撃し始めてしまった。痛覚を遮断しているため、周りの音すら聞こえておらず、つばさも変身こそしているものの、自身の魔法は基本的に威力が高すぎて連携無しでは援護すらままならない。

 

「さやかちゃんっ……!」

 

 まどかは両眼に大粒の涙を浮かべながら彼女の名を呼ぶ。だがさやかは視線すらこちらには向けず、ただひたすらに魔女を攻撃する。まるでそれしか知らないように。

 

「何やってんだよさやかセンパイ……!」

 

 つばさは歯噛みしながら目の前で繰り広げられる魔法少女と魔女の我慢比べを睨んだ。

 先日のマミとの一件以来、親友であるまどかですら彼女とまともに会話すら出来ていない。それに対して、一人になる事が多くなったさやかが何をしているかというと、今目の前で繰り広げられているようながむしゃらな戦いだ。

 普通、そんな戦い方をしていてはいくら不死身に近いとは言え限度がある。だがさやかは違う。その願いによって発現している凄まじい回復力があるのだ。魔女の攻撃が与えるダメージよりも、彼女の回復力の方が殆ど上だ。

 一見、それは無敵に見えるが、実際にはそうではない。その高い回復力に頼れば頼る程、彼女のソウルジェムは穢れを溜め込んでしまう。

 

「あっはははっ!」

 

 さやかの狂ったような笑い声が哀しく響く。恐らくあの声すらさやか自身の耳へは届いていない。無意識的に上げる笑い声の異常さに、まどかは言葉を失っていた。

 

「痛みなんて、簡単に消しちゃえるんだぁ…………!」

 

 一筋の涙がさやかの頬を伝う。

 痛みを消す。それは自身の肉体を、魂を、人ではない何かと決め込んでしまった表れであるようで、つばさは目を閉じた。

 

 ――嫌だ。嫌だよこんなの。

 

 先日の一件から表面上は立ち直っているつばさだが、さやかのあの様な姿を前にして必死に目を逸らしていた事実を思い出さざるを得なくなる。 もう、男性人格を消した所でマミやさやかと同じになるだけなのだ。魔女になるという運命を課せられた魔法少女にしか、自分はもうなれない。

 つばさは殆ど無意識で自身の内にある扉を叩いた。扉と言ってもイメージ的な物だが、これを叩いてもう一人のつばさを呼び起こすのである。ここ数日で入れ替わりの自由が増したものの、全ての現状を受け入れられないつばさは自ら自身の殻に閉じこもる事が多くなっていた。それは丁度、今までの男性人格が母親からの虐待から逃げるのと同じような事だったが、彼女はそれに気づかずに深い眠りに就く。

 

「っ……」

 

 目覚めた男性人格のつばさはすぐに辺りの様子を見回した。尋常ならざる気配でここが結界の中である事は容易に分かった。

 

「美樹先輩…………」

 

 結界内での入れ替わりによって、つばさは何故自分が呼び起こされたのか把握した。この所のさやかの戦い方の凄惨さに女性人格が耐えられないのだ。

 逆に、つばさは妙に冷めた目でその光景を見ていた。かつて恒常的な虐待を受け続け、魔女相手に腕を噛みちぎられた彼にはさやかに本来走っているはずの激痛が朧げながらに想像できる。その痛みを、彼女は消しているのだ。戦う為に、それが間違いだとは思わない。だが今、人としての矜恃を彼女は失っている。

 まるで、仮初めの人格を生み出して、虐待から逃げている自分を見ているようで、つばさは顔を顰めた。今はそれでもいいのかもしれない。だがいつかそれは反動となって彼女に襲い掛かる。今まさに、二人のつばさが互いの存在を消そうとしているように。

 

 一度、甲高い絶叫が響いた後、魔女がついに息絶えた。今回もさやかの気合勝ちだ。結界が消えていくと同時につばさは変身を解く。対してさやかは腱の切れた足を引き摺りながらこちらにやってきた。その血塗れの体を直視できないまま、まどかは消え入りそうな声で呟く。

 

「こんなのってないよ……こんなの、さやかちゃんの為にならない…………!」

 

 隣に立つつばさも無言で頷いた。さやかは一瞬目を見開くと、たちまちその表情を憎悪に満ちたものに変える。

 

「はぁ? アタシの為って何?」

 

 じろり、とその生気の感じられない瞳が二人を睨む。

 

「あんたら二人は気楽よね。人間だし、特別な才能はあるし。でもねアタシは違う。才能も無ければもう人間でもない。だからああやって戦うしかないんだ!」

 

 違う。そう言いたいものの、二人は言葉を発せられなかった。それは独りで戦うからだ。確かにまどかは魔法少女になっていないが、さやかを誰よりも心配して、危険を省みず人間の身で魔女と戦う場にまで赴いている。それにつばさも、戦う力を持っている。彼女と違って魔女化に怯える必要だけはない体だが、彼女と手を取り合って戦う事はできるはずだ。だが、差し出した手を掴む術を互いが知らない。

 あの時、初めてマミと出会い、差し出された手を掴まなかったつばさ。きっと彼女もこんな気持ちだったのだろう。今更になって彼女の気持ちに気付き、つばさは俯く。

 

「もう終わったし…………帰る」

 

 話は終わりだと言わんばかりにさやかは変身を解こうとする。

 そこに、一つの声が響いた。

 

「――――あーあ。先越されちまったか、くそっ」

 

 聞きなれない少女の声につばさ達は振り返る。そこには赤い髪をポニーテールで纏め、身の丈よりも長い槍を担いだ少女の姿があった。その現代には明らかに浮いた井手立ちは彼女が魔法少女であることを物語っている。

 

「誰よアンタ」

 

 今の機嫌の悪さをぶつけるようにさやかが少女へと問いかけた。少女は担いだ槍の石突をかつんと地面に下ろして答える。

 

「佐倉杏子。……しっかし、どいつも見かけない顔だな……新人か?」

 

 杏子と名乗った少女は目を細めてさやかを見た。その様子にキュウベェとさやかが答える。

 

『やあ杏子。その通りだよ』

 

「そうよ。悪かったわね」

 

 そこまで言ってないだろう。杏子と名乗る少女はさやか達を一瞥し、お返しとばかりに吐き捨てるように呟いた。

 

「全く、ここまで育てたのに大損じゃねーか」

 

 その一言で、場の空気が凍る。

 

 ――育てた? 魔女を?

 

 杏子の意味深な発言につばさが口を開くよりも早く、さやかが杏子へと掴みかかった。

 

「育てたって、何?」

 

 一触即発、つばさとまどかは思わず身を竦める。だが杏子はさやかの剣幕に全く動じず、その手を振り払って答えた。

 

「言葉通りの意味に決まってんだろ? ちまちま使い魔なんて狩ったってグリーフシードを孕んでないんだ。四、五人ぐらい食わせて魔女にしてから狩れば――――」

 

 彼女が言い終えるよりも早く、さやかの平手打ちが彼女の頬を打った。

 

「っ……何すんだお前!」

 

 即座に杏子がさやかの胸ぐらを掴み返す。

 

「アンタ……それでも魔法少女!? 自分の為に魔女を育てるなんて……バカじゃないの!?」

 

 さやかは一気にまくし立てる。そうだ。自分の為に他人を犠牲にするなんて間違っている。

 表面上はそう思うものの、つばさは自分が杏子と同じであると気づいて俯いた。彼もまた、もう一人の自分を犠牲に生きようとしているのだから。

 

「バカはテメェだ! 他人の前に自分の命を優先して何が悪い!」

 

 杏子はさやかを突き放すと、片手で担いだ槍の先を彼女の鼻先に突き付ける。

 

「お前あれか? 他人のために契約して悲劇の主人公でもやってるつもりの奴か?」

 

 嘲るように杏子は槍先を揺らす。さやかはその一言に答えるように、一瞬で取り出した剣で目の前の槍を打ち払った。

 

「図星かよ。くっだらねー…………」

 

 呆れた様子で彼女は呟く。その隙を狙ってさやかは飛びかかった。

 

「馬鹿に……すんなぁ!」

 

 怒声と共にさやかは剣を振り下ろした。杏子の得物はリーチこそあれど、懐に入られれば反撃には向かない。だが彼女は焦ることなく、槍の石突を地面に付け、振り下ろされた剣を片手で握った槍で受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

「怒んなよ、ド素人」

 

 さやかは杏子の間の前に着地する。

 

「ま、なっちまったもんはしょうがねぇんだ。これから自分のために使ってけばいいさ」

 

 先ほどまでの剣幕からは意外な程落ち着いた声で杏子は肩を竦めてさやかを諭す。

 

「だからって、他人を犠牲にしていい訳ない!」

 

 対するさやかは聞く耳を持たず、再び手に持った剣を払うように振った。

 杏子は槍を両手で握ってそれを受け止める。同時に彼女の表情が飄々としたものから殺気を伴ったものへと変化する。

 

「……言っても分からねぇ奴は殴って聞かせないとわかんねぇか?」

 

 杏子の口元が小さく歪む。さやかは一瞬怯み、一歩下がったが、槍の存在を思い出して反射的に少女に突進した。

 

「遅ェ!」

 

 杏子はその場でくるりと回る。その動作に合わせて彼女の手に握られていた槍が分裂し、蛇の様に空中でとぐろを巻いた。

 振り抜かれたさやかの剣がその渦の流れに巻き込まれて弾き飛ばされる。無防備になったさやかの脇腹を、少女の短くなった槍が貫いた。さやかは咄嗟に突き出された槍を片手で掴み、空いたもう一方の手で剣を振り下ろす。

 

「コイツ……!」

 

 杏子はすぐさま飛び退き、槍を引き戻して元の形状へ変える。

 さやかはどくどくと血を流す脇腹の痛みを気にしていないようにデタラメな突進を仕掛けた。それだけで杏子は彼女の戦法を見抜き、忌々しげに睨んだ。

 

「痛覚消してまで……人間辞めてまで守るもんなのかよ、それは…………!」

 

 凄みのある声で杏子は問いかける。だがそれはさやかには届かない事をつばさ達は知っていた。戦う彼女に、もう言葉は通じない。

 杏子もそれを悟ってか、槍を構え直してはっきりと宣言した。

 

「言っても殴っても分からねーんだったら……殺されても文句言うなよ」

 

 明らかな殺意と共に、彼女は再びさやかと刃を交える。先ほどまでが手を抜いていたと分かるほどの早さでさやかの体が殴打と斬撃の応酬に傷ついていく。

 

「ふっ……!」

 

 杏子はトドメと言わんばかりの気勢を発して身をひねり、回転の勢いを槍に乗せて突き出した。今までと段違いの威力がさやかの剣を砕き、全く衰えぬ勢いで彼女の頭部を吹き飛ばした。

 

「きゃあっ!」

 

 その光景にまどかは悲鳴を上げて顔を覆う。つばさも直前に目を伏せてその光景から目を逸らした。

 

「なっ……!」

 

 吹き飛ばされた頭が高速で再生し、さやかは折れた剣を放り捨て、新しい剣を取るのももどかしく素手で杏子に殴りかかった。その様子に彼女は驚くものの、咄嗟にさやかの腕に分割させた槍を絡ませて止める。

 

「な、何だコイツ! なんで平気なんだ!?」

 

 動揺する杏子の一言でつばさははっと目を開ける。彼女はソウルジェムの、魔法少女の秘密を知らない。だからこそ頭部を吹き飛ばされても生きているさやかに驚いている。

 そうであるなら、魔女の仕組み――穢れ切ったソウルジェムが魔女になる事も知らない可能性が高い。つばさは反射的に駆け出した。

 さやかのソウルジェムはその戦法と先の魔女との戦いでかなり穢れを溜め込んでいるはずだ。さらに杏子との戦いで穢れを溜めてしまえば、いつ魔女になっても不思議ではない。だが両者に引く気がない以上、誰かが止めるしかない。

 

「鹿目先輩、これ預かって!」

 

 つばさは自身のソウルジェムをまどかに渡し、戦いの渦中に飛び込んだ。

 

「つばさ君!? 駄目だよ!」

 

 まどかの制止を無視し、つばさは戦いを続ける二人の間に飛び出した。

 瞬間、振り下ろされたさやかの剣が彼の片腕を切り飛ばし、突き出された杏子の槍が脇腹を貫く。即座にやってくる気が遠くなるような激痛。だがいつからか慣れてしまった痛みだ。一瞬気が飛んだつばさだがギリギリのところで意識を踏み留める。

「お、おい! 何考えてんだお前!?」

 

 突然の乱入者に、杏子は突き刺した槍を引き抜いて怒鳴る。さやかもつばさの血で濡れた剣を取り落とし、倒れそうなつばさの体を支えた。

 

「ア、アンタ……何で……!?」

 

 杏子と同じく動揺するさやかに目をくれず、つばさは瀕死の肉体に鞭打ってまどかへと手を伸ばす。その視線は彼女の手に握られているソウルジェムを真っ直ぐ捉えていた。つばさの意図を察したまどかは半泣きで伸ばされた手にソウルジェムを握らせた。

 つばさの手にソウルジェムが握られると同時に、その治癒機能が発揮される。先に損傷の酷い部分を修復され、つばさは今にも死んでしまいそうなか細い呻き声を漏らした。

 

「ぅ……」

 

 流石にさやか程の治癒力は持っておらず、再生が追いついていない腕から血液がぼたぼたと流れ落ちる。つばさは立っているのもままならず、ふらふらと近くの壁に背中を預けた。

 

「なんだ……お前も魔法少女か」

 

 気勢を削がれた形で杏子は槍を下ろして呟く。そしてつばさの格好を舐めるように見て肩を竦める。

 

「契約して男になるなんて、変わった奴だな……」

 

「違います……」

 

 つばさは必死に首を横に振る。例え瀕死の状態だろうとそれだけは譲れない。

 

「アタシ……帰る」

 

 つばさが喋れる程度に回復した事を確認したさやかが呟く。その一言に誰かが反応するよりも早く彼女は走り出した。

 

「さやかちゃん!」

 

 そんな彼女を呼び止めるようにまどかがその名を呼ぶ。だがさやかは立ち止まること無く曲がり角の先へとその姿を消してしまった。

 

「なんだアイツ」

 

  不満そうに杏子が変身を解いた。これ以上やり合う気はないらしく、つばさは張り詰めていた息を盛大に吐き出した。

 

「鹿目先輩、行って下さい」

 

 つばさは何とか笑みを浮かべ、まどかに一つのグリーフシードを投げ渡した。これは先ほどの魔女のものではなく、最近の戦闘でつばさが手に入れた物だ。

 

「で、でも」

 

 まどかは不安そうな表情でつばさと杏子の顔を交互に見た。杏子が瀕死のつばさを襲う可能性を心配しているのだろう。それに気付いた彼女が呆れたように答える。

 

「瀕死の奴を痛ぶる程落ちぶれちゃいねーよ」

 

 つばさもそれに習って一度頷く。まどかは納得していないながらも、ぎゅっとグリーフシードを胸元で抑えてさやかを追った。そこで始めて、二人の戦闘中、無言を貫いていたキュウベぇが口を開いた。

 

『あの状況を止めたのはいいけど、捨て身はオススメできないな』

 

「僕も二度とやりたくないよ……」

 

 溜息混じりに答えるつばさ。戦いは止めれたので良しとしよう。そう思う彼を諌めるようにキュウベェは恐るべき事実を告げた。

 

『君は確かに魔法少女特有の肉体にはなっている。君の肉体がどれだけ損傷しても女性人格が死ぬことはない。でもね、つばさ。男性人格である君の魂はその貧弱な肉体に宿っているんだ。さっきみたいな事で肉体的な死に到れば……死ぬのは君だ」

 

 さぁっとつばさは自分が青ざめるのを感じた。もしも先の行動で頭にでも攻撃が当たっていたと思うとぞっとする。

 しかし、キュウベェは追い打ちを掛けるように口を開いた。

 

『もう一つ言っておくと、女性人格が起きている時に肉体的な死が起こっても君は死ぬ。これは覚えておいて欲しいな』

 

 絶句するつばさ。だが何とか言葉を絞り出す。

 

「……今日は随分と協力的だね」

 

 その返答にキュウベぇは呆れ気味に肩を竦める。

 

『君の生死は直接的には僕らの利益に関係しないんだけどね。君が死ぬとまたマミが何をし出すか分からないから』

 

 まさか、とつばさは素っ気ない返事を返した。僕はそこまで信頼されるような人間ではないし、それらしい事もしていない。ただ、彼女への恩義を返したかった。それだけだ。

 そこにタイミングを見計らってか、話を聞いていた杏子が口を挟んだ。

 

「なんだ、お前もマミの知り合いだったのか」

 

 いつの間にやら取り出したスナック菓子を頬張り、彼女はつばさの顔をまじまじと見た。

 

「……コレかぁ?」

 

 杏子は自身の小指を立てて懐疑的な視線を送った。つばさは慌ててそれに答える。

 

「ちっ……違います! 僕は別に、そんなんじゃ……」

 

 段々と小さくなる声でつばさは否定した。少なくとも見ず知らずの他人に茶化されるような間柄ではないはずだ。だが杏子はその反応に何かを感じ取ったらしく、ニヤニヤと笑みを浮かべた。だがその表情もすぐに消え失せ、真面目な顔へと切り替わる。

 

「なぁ……アイツ、今どうしてる…………?」

 

 探るような京子の視線。つばさは先日の一件を話していいものか少し迷った。だがどちらにせよ彼女にも魔法少女と魔女の関係などを伝えなければならない。つばさは痛みの引いてきた体を杏子に向けておずおずと話し始めた。

 

 

 

 

「どういう事だよそりゃあ!」

 

 突如、耳元で杏子が怒鳴った。その怒りの矛先はキュウべぇへと向けられている。

 

『どうもこうも、僕はちゃんと聞いたはずだよ。契約をしてまで叶えた願いなのかって』

 

「それで分かるかよ……!」

 

 杏子は歯軋りしながらキュウべぇの首を掴んでありったけの力を込めていた。このまま首を折らんとする勢いだ。

 魔法少女の秘密と魔女の秘密。つばさの予想通り彼女はその事実を知らなかったようだ。

 

「おい! お前も何とか言ってやれ!」

 

「ええっ?」

 

 つばさの目の前にキュウべぇを突き出して杏子は怒鳴り散らす。元々大人しい彼がそんな反応を返せるはずもなく、ただただ杏子の剣幕におどおどする事しか出来ない。その態度にまで苛立ちを募り出した杏子が再び怒鳴る寸前に、それは起きた。

 

「おい! 男ならもっと……ってどうした?」

 

 ふらり、ふらり。急にふらつき始めたつばさを杏子が訝しげに睨む。言うまでもなく、女性人格との入れ替わりだ。

 

『これが入れ替わりだよ』

 

 首を締められているはずのキュウべぇが淡々と答えた。杏子は全く苦しむ様子すらないキュウべぇを放り投げ、ふらつくつばさの体を支えた。入れ替わったつばさは彼女の腕を掴み、怒鳴った。

 

「アタシは女だっつーの! 大体、さやかセンパイに攻撃しといてどういう態度よそりゃあ!」

 

「あぁ?」

 

 急変したつばさの様子に杏子は顔を顰めた。今の発言からも分かるとおり、この数日間で女性人格は男性人格の記憶を入れ替わりの一時間前後まで共有するまでに至っていた。

 

「なんだコイツ……」

 

 心底面倒臭そうに杏子は掴み掛かってくるつばさの手を払う。それでもつばさは一直線に杏子に掴みかかろうとしていた。

 見兼ねたキュウべぇはひょいとつばさの頭に乗り、その大きな尻尾で視界を覆った。

 

「どいてよキュウべぇ!」

 

『やれやれ、感情に素直なのは美点かもしれないけど、その直情的な性格は褒められたもんじゃないな。あっちのつばさ以下だ』

 

 あっちのつばさ以下。その単語だけは聞き捨てない。つばさは仕方なくその場で振り上げていた手を降ろした。男性人格以下など、自身こそが本来の人格だと信じている女性人格には容認できない。

 

『やれやれ、二人揃って血の気が多くて困るよ』

 

 つばさの頭から降りたキュウべぇが杏子ともども言い捨てる。二人はほぼ同時にキュウべぇの首根っこを掴んで答えた。

 

「「一緒にすんな!」」

 

 

 

 

「――――で、二重人格を治すために契約したってか」

 

 その後、つばさは杏子と近くの公園のベンチで語らっていた。男性人格のつばさがベテランである杏子でも知らなかった魔法少女と魔女に関する情報を持っていたため興味が湧いたのだという。興味が湧いたというが、その本心はまだ口にしていない情報があるかを聞き出す事にあるのだろう。

 

「バカだなぁアンタ。そんな事で契約するなんてさ」

 

「バカとは何よバカとは」

 

 スナック菓子を咥えて杏子が呟く。つばさはすかさずその発言にも食いついて仏頂面を浮かべた。

 

「だってそうだろう? 自分が本物だって言うんならそんな契約必要ないじゃないか。自分が本物だって言ってりゃいいんだからさ」

 

 あっけらかんと答える杏子を尻目に、つばさは俯いた。確かに彼女の言う通りだ。自分が本来の人格であるのならそんな契約をせずとも、病院なり何なり、治療を受ける手だってある。だがそれについて母親が一度たりとも許可を下した事は無い。母子家庭で治療費が無い事を理由に却下されるだけだ。

 

「それでもアタシには…………お母さんしかいないのよ」

 

 つばさは掠れた声で呟いた。その言葉に杏子はスナック菓子へ伸ばしていた手を止め、つばさの話に聞き入った。

 

「分かってる。自分が……アタシの方が偽物だって、分かってる」

 

 母親の言う事は絶対だ。それが真実かどうかなんて関係ない。それを望まれているからだ。母親が本物と言えば本物で、偽物と言えば偽物になる。女性人格のつばさがそうまでして本物であろうとしたのは、それしか居場所が無いからだった。

 

「流石に、男の身体で、学校で皆の目を見てたら分かるよ。やっぱり自分が偽物なんだなって」

 

 男子の目も、女子の目も、そして教師だって自分を、もう一人のつばさを憐れむような視線を向ける。そこに偽物である女性人格の居場所は存在しない。社会の中で自分は病気という異物でしか無いのだ。

 

「だからこそ、アタシをたった一人認めてくれるお母さんのそばにいたい。だから契約した。それをバカ呼ばわりされる筋合いない!」

 

 つばさは段々と声を荒げる。杏子はそんな彼女の様子を見ながらベンチの背もたれに寄りかかって呟いた。

 

「そうだな、アタシも似たようなもんだしな…………」

 

「え?」

 

 訝しむつばさを尻目に、杏子はスナック菓子を咥えて答えた。

 

「仕方ねぇ。色々聞いちまったし、アタシの昔話ぐらいはしてやるよ」

 

 言うなり、つばさの脳裏に見覚えの無い情景が浮かび上がってきた。四人の家族と教会だ。所々が朧げで、真っ黒に塗り潰された箇所が多々ある。

 

『この方が早いだろ?』

 

 脳裏に杏子らしき声が響いた。テレパシーの一種と言った所なのだろうか。そう考えていたつばさを他所に、杏子は何処か沈んだ声で呟いた。

 

『良く見ておきな。魔法少女の本質がどんなものかをさ』

 

 其処から先はどちらも口を開く事はなかった。つばさはごくりと息を飲んで脳裏に浮かび上がる光景を見続けた。

 杏子はどこかの神父の娘として生まれた。幸せな家庭で、優しい両親と、まだ幼い妹と暮らしていた。父は新聞の悪いニュース一つを読んだだけで、この世の中を憂い、涙を流すような人物だった。

 ある日、彼女の父は決意した。この世の中を変えようと、より平和な世界にしようと新しい宗教を立ち上げようと決めたのだ。

 

 最初は教典には書かれていない事を信者に教えた。だが、この最初の一歩が間違いだった。その事実が本部へと伝わり、彼は教会からその名を除名される。信仰に背いた者の言葉など、誰も信じない。

 それでも彼は努力した。自分の足で、沢山の家を周り、沢山の場所で演説を行った。まだ幼い杏子も、彼女の妹も、一生懸命な父の姿を信じた。いつか父の声が届く日が来ると。救いはあるのだと。

 だがいつまで立っても来ない救いに、杏子も、彼女の家族も限界だった。

 

 そこに現れたのがキュウべぇだ。杏子はキュウべぇの勧誘に二つ返事で答えた。敬愛する父のため、守るべき妹のために。ただ一言、皆に父の言葉を聴いて欲しいと。

 その願いは見事奇跡を起こし、次の日から父の言葉を聞きに教会まで赴く者が殺到し始めた。願いは叶ったのだ。それは同時に、彼女が魔女との戦いの運命を背負った事になる。

 だが杏子はそれに充足感を覚えていた。父のために願い、背負った戦いの運命。だがそれは父の片棒を担ぐようで、ただ背中を見ていた自分にできる事があるという事実を杏子は喜ばしく思った。表では父が、裏では杏子が世界を平和に導いている。その実感があった。

 

 ある日、杏子は魔法少女の姿で父と出会った。別に自分の秘密を打ち明けるつもりなどない。ただ魔女を倒し、家に帰ってきただけの偶然の遭遇。父は杏子の姿に気づくなり、彼女が悪魔に憑かれていると断じ、急に信者が増えたのも騙されていたのだと嘆いた。

 その言葉は杏子を傷つけるのには充分だった。だが杏子は怒る事も悲しむ事もしなかった。その秘密がまた、父の尊厳を踏み躙ったのだから。それでも彼女は魔女と戦った。まだ希望があると、できる事があると信じたかった。

 それからすぐ、杏子が外出している間に父は残る家族と共に首を攣り、家に火を放った。直後、耳を塞ぎたくなるような杏子の絶叫と共に映像は暗転していった。

 

『つまらない話だよ』

 

 話はこれで終わり。そう言いたげに杏子から送られてくる映像が途絶えた。つばさは何も言えず、俯いたままの顔を上げれなかった。その様子を見兼ねて杏子は諭すように話す。

 

「希望と絶望は等価だ。誰かの希望の分だけ、誰かが絶望する」

 

再びスナック菓子を頬張り、杏子はその一つをつばさの口元に押し込んでニヤリと笑った。

 

「だから自分の為に魔法の力を使いなよ。絶望なんて何も知らずにのうのうと生きてる連中に押し付けちまえばいい。こっちは命張ってんだからさ」

 

 それが彼女の持論。自分も似たような理由で願ったつばさにはそれを断じる道理は無い。

 それでも、

 

「誰かのために願うことが間違ってるなんて事……ない」

 

 幼馴染の為に願ったさやかを、その気持ちを否定する事など出来ない。杏子は怒鳴ったりはせず、ぼんやりと灰色の空を見上げて呟いた。

 

「……絶望は自分持ちだぞ」

 

「うん……」

 

 つばさは頷いた。それは事実だろう。願いに対しての代償は、あまりにも大きい。

つばさもまた、その事実を受け入れなければならない。

 

(さやかセンパイ。あなたは、その願いにどんな希望を見出したんすか)

 

 他人のために願う事を間違いだと思わない。だが決してそれが自分の希望に結びつくとは限らない。なら、まだ魔法少女と魔女の秘密を知らずに契約したあなたは何を希望に――――

 

『まどか……どうしよう……』

 

 不意に、脳裏にさやかの声が響いた。だがキュウべぇはここにいる。そこまで考えて、つばさはキュウべぇの肉体が一つでは無い事を思い出した。恐らくは別のキュウべぇがさやか達の側におり、テレパシーで会話を伝えているのだ。

 

「キュウべぇ?」

 

 行動の真意を図り兼ねてつばさは近くに座っていたキュウべぇを見る。キュウべぇはその視線に気付いて振り向くと淡々と答えた。

 

『聞こえていた方がいいと思って』

 

「……盗み聞きさせるなんて悪趣味ね」

 

 つばさは苛立ちを隠さずに話す。他人の会話をこんな形で盗み聞きするなど納得がいかない。

 

『この前の意趣返しかい?』

 

 だがキュウべぇはそれを先日の暁美ほむらへの発言の意趣返しと受け取ったのか首を傾げる。しかし女性人格のつばさもまた、その時の状況は詳しく知らないのだ。想定していなかった反応につばさも首を傾げた。

 

『仁美に恭介獲られちゃう……やだよぉ…………』

 

『さやかちゃん……』

 

 その間にもテレパシーを通じてさやかの嗚咽と、それを慰めるまどかの声が聞こえた。

 仁美と言う名前には聞き覚えがある。確かまどかとさやかの友人だ。一度会っただけだが、育ちの良さそうな女性だったことは覚えている。

 そして恭介というのは以前病院近くで結界に運ばれていたさやかの幼馴染だ。彼女はその恭介という男性の腕を治すために契約した。だが自身の肉体の状態を知った今、彼女はぱったりと彼に会いに行くのを辞めてしまっていた。その理由を示すようにさやかの言葉が脳裏に響いた。

 

『こんな身体じゃ、愛してもらえない……こんな身体、ゾンビだもん……人間じゃない!』

 

 愛してもらえない。その言葉がつばさの胸を抉る。さやかの差すこんな身体というのは、女性人格のつばさもまた同じなのだから。

 私も、愛してもらえないのか。母親に、立った一つの拠り所すら 、もう失ってしまっているのか――。

 抑えようのない不安が湧き出す。その事実を、現実を受け入れられず、つばさは頭を抱える。

 

 ――嫌。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――――!

 

 ここ数日、何度となく呟いた言葉。どうしてこんな事ばかりなのだろう。 幸せを求めてキュウべぇと契約したのに、求めた幸せはどんどん遠ざかって行く。こんな思いをするために契約した訳ではないのに!

 

「おい!」

 

 焦りを伴った杏子の声に、つばさは我に帰った。気付けば自身の動悸は激しくなり、呼吸も乱れている。彼女は杏子の腕を掴むと焦点の合わない瞳で懇願するように呟く。

 

「嫌……嫌、消えたくない!」

 

 消えたくない。だがどうあっても、いつかは魔女になるという事実が彼女の、彼女達魔法少女の肩を掴んで離さない。

 杏子は錯乱している彼女をどう宥めたものか悩む。そしてその事態にタイミングを合わせるかのようにまどか達の会話にも変化があった。

 

『どうしてだろ……どうして、幸せを願ったのに、こんな事になっちゃったんだろ……』

 

 さやかが虚ろな呟きを漏らす。それはまるで今のつばさとまるで同じ状態だった。

 つばさはそれに気付くこと無く、杏子の腕にしがみ付いてさやか同様に虚ろに呟き続けた。そこに、さやかとつばさ、それぞれの目の前に居るキュウべぇが答えた。

 

『『杏子の言葉を借りると、絶望と希望は等価だ。自分の幸せを願えば、それだけ誰かを不幸にする。誰かの幸せを願えば、自分に不幸が帰ってくる』』

 

「黙ってろ!」

 

 咄嗟につばさの目の前に居るキュウべぇを杏子が容赦無く蹴っ飛ばす。だがキュウべぇは平然とした様子で話を続けた。だがその声はつばさではなく、さやかだけに焦点を当てた物だった。

 

『上条恭介の腕を治して、彼は未来に希望を取り戻した。ならばその分、絶望は君が受けなければならない』

 

 キュウべぇは淡々と事実を述べるように囁く。そんな訳がない。そう言い返したいが、今まさにさやかは絶望しかけている。これは紛れもない事実だ。

 

『もう止めて……』

 

 さやかは軋んだ声でキュウべぇの言葉を拒絶する。だがキュウべぇはそれに追い打ちを掛けるように言葉を紡いだ。

 

『絶望するのが君だけだと思っているのかい? それは大きな勘違いだよさやか。君もまた、腕が治った彼との将来を思い描き、希望を見出したろう? ならその対価の絶望は――』

 

『やめてよキュウべぇ!』

 

 その先にあるものを察し、まどかが叫んだ。だがもうキュウべぇが言う必要もなく、さやかが答えた。

 

『恭介が、あたしの希望の代わりに絶望する……』

 

 信じられない。さやかは掠れた声を漏らした。キュウべぇはそれを補うように説明した。

 

『確かに彼にはバイオリンの才能があるかもしれない。だが人の欲求は無限だ。上へ上へと目指せば……いや、上を目指せば目指す程に上がってきた誰かが挫折する。いつか上条恭介がその壁に対面した時、君は彼を支えれるのかい? 自分で彼に希望を与え、絶望させた君が?』

 

『ああ……あぁぁぁぁ!』

 

『さやかちゃん!』

 

 さやかとまどかの絶叫が重なる。自分の願いが、自分だけでなく、他者までも巻き込んでしまった。それが事実かは最早問題ではなかった。その言葉を信じてしまうだけの事実を突きつけられたさやかには、それを否定するだけの事実がない。

 

『嫌……さやかちゃん! 駄目、駄目だよ!』

 

 何か信じられないものを見ているようにまどかが小さな声を漏らした。その言葉に秘められた物を理解出来ず、だが言い知れぬ不安に杏子とつばさは息を飲んだ。

 

『さやかちゃん! 駄目! 魔女になんてならないでぇ!』

 

 まどかの涙まじりの叫び声が響く。先ほどの言葉の意味を理解し、杏子は深い、本当に深い溜息を吐いた。

 その隣でつばさは目を見開き、さやかがどうなったかをゆっくりと理解していた。

 絶望した魔法少女のソウルジェムはグリーフシードへと変化する。そしてそれは、すぐに魔女となってしまう。なら――――。

 

「……助けないと」

 

 ふらふらとつばさは立ち上がった。今、さやかが魔女となってしまったのなら、まどかはその結界の中ではないか。早く助けないと。一歩踏み出した彼女の前に、キュウべぇが立ち塞がった。

 

『無理だ。今から行っても間に合わないよ』

 

「そんな…………!」

 

 嫌だ。さやかだけでなく、まどかまでいなくなるなんて。そんなのは嫌だ。

 

「嫌……嫌ぁ!」

 

 ふっと、視界が暗転する。こんな現実は嫌だ。その一心でつばさは入れ替わりの扉を激しく叩いた。間を置かず、もう一人のつばさが扉から現れる。

 

 ――代わって! 私と代われ!

 

 イメージの世界で、女性人格は男性人格に掴みかかった。だが彼は全く動揺せずに、すっと伏せていた両目を見開いて尋ねた。

 

 ――今度は、何が理由?

 

 その問いに答えず、女性人格は一気にまくしたてた。

 

 ――もう嫌! こんな世界は嫌! どうしてこうなるの!? どうしてこうなっちゃったのよ!

 

 ――……そう。

 

 男性人格のつばさは掴まれた腕をそっと払うと、扉の外へと歩きだした。女性人格はこれ幸いと飛びこむように扉の内に入り、その扉を力いっぱい閉めた。締め出された世界で彼は扉へと振り返り、呟く。

 

 ――現実は辛いよ。僕だって逃げたい。

 

 虐待からも、周囲の奇異の目からも、何もかもが怖い。思い通りにいかない現実が辛く苦しい。彼も同じように今まで思っていた。

 だが今は違う。たった一つ。この不条理な現実の中で、たった一つだけ見つけたものがある。だから彼は外の世界へと踏み出せる。

 

 今、この世界にあの人と居るために――――。

 

 

 

 

「うん……?」

 

 奇妙な浮遊感の中、男性人格のつばさは目覚めた。ゆっくりと目を開けると、視界に映ったのは白い天井。その中で発光する蛍光灯の灯りに目を細めた。

 

「ん、起きたか?」

 

 ばりばりとスナック菓子を咀嚼する音に気付き、彼は身を起こした。そこに居たのは先ほどまで会話していたはずの杏子だ。だが、今居る場所は人格が入れ換わる前とでは明らかに違っていた。白で統一された家具に、ティーカップなどが綺麗に並べられた棚。どちらかと言えばそう――。

 

「……マミさんの部屋?」

 

「どーせアタシはお上品な趣味はねーよ」

 

 つばさの反応に杏子は不満そうに手に取ったポテトチップスを口に放る。その会話に気付いてか、駆け足で誰かが部屋に入ってくる足音が響いた。この状況になると流石につばさにはその足音が誰のものかは容易に想像がつく。きっとマミだろう。

 

「つばさ君!」

 

 彼の予想に反する事なく、扉を壊しかねない勢いでマミが姿を現した。室内の短距離しか走っていないはずだが、その呼吸はかなり乱れている。その姿をケタケタと笑いながら杏子が呟いた。

 

「マミの奴、お前を運んできたら血相変えちゃってさぁ。ビックリしたよ」

 

「ほぇ?」

 

 入れ替わりなんていつもの事だろうに、とつばさは考えたところで一つ、女性人格に代わる前の状況を思い出した。あの時点では路地裏に居た。別に女性人格がマミのところへ行くのもはおかしくないし、先の会話から察する通り杏子とマミが知り合いであるならこの場所を知っていてもおかしくはない。一つだけ気になるのが、今自分がベッドの上で横になっていたという事。別に前日に夜更かしした訳でもなし、いくらなんでもこんな昼間から寝るなんて事はしないだろう。

 

「もしかして……僕、気を失ってました?」

 

「もう一人のお前の方がな」

 

 付け加えるように杏子が答えた。つばさはぼんやりと入れ替わりの時の記憶を手繰り寄せるが、何故あの時にもう一人の自分が逃げ出したのか見当がつかない。

 

「何かあったんでしょうか……」

 

「……本当に、覚えてないんだな?」

 

 試すように杏子が殺気まじりの声で尋ねた。つばさはびくりと肩を震わせて、その質問を口にした事を後悔した。なにやら穏やかではない。

 杏子の剣幕に怯えるつばさを見かねて、マミがその会話に割って入った。

 

「男性のつばさ君は直前の記憶も覚えてないのは本当よ」

 

「ああ、そうかい」

 

 つばさ本人から返事が無かったのが不満なのか、杏子は鋭い目つきでマミを見た。彼女は小さくため息を吐いて、先のつばさの質問に答えた。

 

「アンタ達の仲間……美樹さやかが魔女になった」

 

「えっ……?」

 

 その言葉の意味を理解するのに数秒掛り、つばさは目を見開いた。

 美樹さやかが魔女になった。あまり考えたくもない事だが、その予兆が無かった訳ではない。事実彼女は急激に穢れを溜めてしまう戦い方を続け、魔女を倒した直後に目の前に居る佐倉杏子とも一戦を交えた。途中で彼が止めに入ったものの、その穢れは相当なものとなっていただろう。あの後、さやかは一人でその場を去っていってしまった。もちろんソウルジェムの浄化もしていないままだ。慌ててまどかはそれを追って――。

 

「鹿目先輩は!?」

 

 咄嗟に追いかけて行ったまどかの事を思い出して尋ねる。同時にさやかの魔女化をどこかで割り切ってしまっている自分に気付き、嫌悪した。

 杏子は左右に首を振って答える。

 

「さやかと合流はしてたみてーだけど……目の前でアイツが魔女になったんだ。キュウべぇの野郎が近くに居たから、契約してれば生きているかもしれねーけど」

 

「そ――――」

 

「――それには及ばないわ」

 

 そんな。とつばさが呟くのを遮り、窓際から凛とした声が響く。その声の主を確かめるため、つばさ達はそちらへと視線を向けた。そこには長い黒髪を揺らし、鋭い目つきでつばさ達を見ている少女――暁美ほむらが立っていた。

 そしてその左手の先に、手を繋いだまどかの姿を見つけて目を丸める。

 

「鹿目さん!」

 

「あ……マミ、さん…………」

 

 まどかは心ここにあらずと言った様子で答える。目の前で親友が魔女になるのを見た以上、仕方ない事なのかもしれない。

 だが対照的に超然とした佇まいでいるほむらは一度肩に掛った髪を掻き上げて室内に踏む込む。

 

「さっきの場所からあまり離れてなくて良かったわ……この子を魔法少女にさせたくないなら、目を離さない事ね」

 

 ほむらはまどかの手を引いて、室内へと押し込んだ。足をもつれさせ、倒れかけたまどかをマミが抱きとめるのと見届けると彼女はすぐさまその場を離れようと踵を返した。

 

「おい、ちょっと待てよ」

 

 その肩を、杏子の手が掴んでいた。ほむらは眉ひとつ動かさずに振りむき、答える。

 

「何かしら」

 

 その淡々とした態度に杏子は一度開いている手で拳を作るが、堪えるようにそれを解いて呟いた。

 

「そんな丁度良く通りかかる訳ないだろう? アンタ知ってたんじゃないのか? あいつ――さやかが魔女になる事」

 

「……魔法少女になった以上、魔女になるのは決まっているわ」

 

「そうじゃねぇ!」

 

 びりびりと、その場の空気が震えるほどの声量で杏子は怒鳴った。

 

「お前が近くに居たなら止められたんじゃないのか!? キュウべぇを黙らせるなり、余ってるグリーフシードで浄化してやるなり、やりようはあっただろう!?」

 

 掴んだ腕を震わせる杏子の姿に、ほむらは何かに耐えるように唇を噛んだ。だがすぐさま彼女は杏子の手を振り払い、答える。

 

「あの状況では浄化しても無駄だった。美樹さやかの心はあの時点で絶望しきっていたのだから、浄化したところで穢れを溜めていく一方――」

 

「それでも!」

 

 ほむらの言葉を遮るように杏子は叫んだ。

 

「何かできただろう! 魔法少女の事情を知ってるんだったら……話を聞いてやる事だって、支えになってやる事だって出来ただろう!」

 

 その言葉を引き金に、つばさの脳裏に覚えのない記憶が浮かび上がる。それは、先ほど女性人格が見聞きした杏子の過去。女性人格の記憶を自分が認識できている事にも驚きだが、それ以上にその壮絶な過去を知り、つばさは気付く。

 

(この人は、昔の自分と美樹先輩を重ねてる……?)

 

 魔法少女の秘密が父親に露顕し、拒絶され、自分を置き去りに家族に心中された杏子。

 魔法少女の秘密を知った事で最愛の人に触れる事すら躊躇い、絶望し、魔女へとなったさやか。

 対照的な二人ではあるが、その根源的な部分では二人とも《他人のために》契約した。その結果、杏子は家族を失う結果になっているものの、魔女化していない。根源では同じだが、その絶望の受け皿が自身か家族かの違い。杏子は自身が魔法少女である事を知られた事で絶望の受け皿を家族としてしまった。だがさやかは自身が魔法少女である事を隠し通した。結果、その絶望の受け皿は自分自身となった。そこに誰かがいれば。事情を知り、同じ境遇の者が居れば、彼女は絶望しなかったのではないか?

 

「どうなんだよ! おい!」

 

 杏子はほむらを引き寄せ、近くの壁に叩きつけるように押す。ほむらはその切れ長の瞳で杏子を見据え、自分の肩を掴む手を打ち払って答えた。

 

「……鹿目まどかを魔法少女にさせない。私にそれ以上を求めないで」

 

「っ……お前!」

 

 その態度に腹を立て、杏子は彼女の胸倉を掴んだ。いい加減止めるべきなのだろうが、杏子一人の剣幕にすら怯えてしまうつばさには目の前で起こる言い争いを止める方法が分からなかった。そこに、マミの怒声が響く。

 

「いい加減になさい!」

 

 その怒声に肩を震わせたのはつばさだけだったが、杏子は小さく舌打ちして掴んだ手を離した。ほむらは乱れた襟元を直し、怒声の主であるマミに視線を移した。

 

「今ここで……鹿目さんの前であなた達が言い争ってどうなるの?」

 

 まどかに気を使うようにマミは言葉を選んで話す。

 

「美樹さんが魔女になった……それが本当なら」

 

「……倒すしかないってか」

 

 杏子の呟きにマミは無言で頷いた。そうだ、魔女である以上、倒すしかない。だが、そう簡単に納得できる話ではない。相手はさやかなのだ。マミやつばさにとっては仲間であり、杏子にとっては昔の自分と重なる存在である彼女を、自分たちが魔法少女であるゆえに倒さなければならない。

 つばさはその事実に項垂れるように俯いた。いつか、そういう日が来る事はキュウべぇに事実を告げられたあの日から分かっていた。それでも今ここで納得できないのは甘えなのかもしれない。きっとその頃に、自分はいないと、そう思っていたから。

 

「マミさん……何か無いんですか! マミさんだったら、魔女になった人を助けられる方法とか……知らないんですか!?」

 

 縋るようにまどかがマミの袖を掴んだ。だが以前より魔法少女であるマミとて、ソウルジェムの秘密などはつばさ達と一緒に知ったのだ。魔女になった者を救う方法など知りようがない。申し訳なさそうにマミな顔を背けた。

 

「そん、な……」

 

 最後の希望も失ったかのように、まどかは掴んでいたマミの袖を放した。

 重い沈黙が部屋を包む。その沈黙を破ったのは、意外にもほむらだった。

 

「――居るんでしょう? キュウべぇ」

 

『君が呼ぶのは珍しいね』

 

 間を置かず、聞き慣れた声が脳裏に響く。まるで影に潜んでいたかのように、ベッドの下の隙間からキュウべぇが現れた。

 ほむらはキュウべぇを一瞥すると、腕を組んで尋ねた。

 

「美樹さやか……いえ、魔女になった人間が元に戻る方法はあるのかしら」

 

『少なくとも前例はないね』

 

 淡々としたキュウべぇの返答。ほむらは納得したように頷いて、まどかを見た。

 

「分かったでしょう。これが魔法少女になるという事よ」

 

 話は終わり、と言うように彼女は入ってきた窓から去っていった。いつの間にか日は傾いており、夕日が室内に差し込んでいる。やはり、魔女となった人間を救う方法は存在しえない。その現実を受け止め、杏子は拳を壁に叩きつけた。

 

「くそっ……」

 

 壁を叩く音がやけに耳に残る。つばさは手を合わせてマミの様子を窺った。流石に、先日のような行動を取る様子はなく、それだけが救いとばかりに張りつめた息を細く吐いた。

 だがその空気を打ち払うかのように、まどかが呟く。

 

「……前例、ないんだ」

 

『僕たちもこの宇宙の法則の全てを知っている訳ではないからね。もしかすると元に戻す方法もあるかもしれない、というだけさ』

 

「鹿目さん?」

 

 マミが不安そうな顔を浮かべ、彼女の顔を覗いた。日の傾きで映った彼女の表情は何かを決意した、強い意志の宿ったものだった。

 

「……可能性がゼロじゃないなら、私、試してみたい。さやかちゃんを助けれるか」

 

「鹿目さん、それは――」

 

 それは不可能だ。そう言いかけるマミの言葉を遮って、杏子がまどかの目の前に立った。

 

「本気で言ってるのか?」

 

 怒っている訳でも、試しているわけでもない。杏子はその場に膝をついてるまどかを見下ろして尋ねた。まどかはゆっくりと立ち上がり、両手を胸元に置いて答えた。

 

「私、さやかちゃんを助けたい。どんなに可能性が無くっても……それがゼロじゃないなら、私、諦めたくなんかない。大事な……友達だから」

 

 自分に言い聞かせるように、まどかは語る。その様子に杏子は肩を竦め、彼女と自分の額をくっつける。

 

「えっと……」

 

「どうしてさやかに、そこまで肩入れする?」

 

 杏子の行動にまどかは慌てる。だが落ち付いた彼女の声に倣い、まどかは言われたままに答えた。

 

「さやかちゃんは、私が辛い時、いつも助けてくれた。ドジで、何の取り柄もない私を、友達として接してくれた」

 

 自然に目を伏せ、まどかはさやかとの思い出を語りだす。その途端、静かにそれを聞いていたつばさ達の脳裏に、まさに彼女が語る思い出の光景が映りだした。つばさは驚いて小さく肩を震わせたが、隣に座ったマミが小さな声で答える。

 

「佐倉さんの能力は幻覚。本来なら分身とかなんだけど、戦闘中で無ければ触れた人のイメージを回りに投影する事もできるの」

 

「……詳しいんですね」

 

「……昔の、相棒だったから」

 

 昔の、という言葉に秘められた思いを察し、つばさはそれ以上追及せずにまどかが語る思い出に耳を傾けた。まどかがこの見滝原に引っ越して間もない頃の話。友達がうまく作れないまどかに手を差し伸べたさやかの話。出会ってからこれまでの、さやかとの思い出の全て。

 

「私、さやかちゃんが辛い時に、何もしてあげれなかった……だから、さやかちゃんを助けれる可能性があるなら……何だってする」

 

 そこで、脳裏に浮かんでいた光景がさやかが魔女になる瞬間へと移り変わり、途切れる。話終わった事を理解した杏子は付けていた額を離し、答えた。

 

「見せてもらったよ。アンタの気持ち」

 

 どこからか取りだしたスティックタイプのスナック菓子を2本手に取り、その一つを自分で咥え、もう一本をまどかに突き出した。

 

「アタシも手伝う……いや、手伝わせて欲しい」

 

「佐倉さん…………」

 

 まどかは再び泣きそうな顔を浮かべ、差し出されたスナック菓子を受け取った。

 

「杏子でいいよ」

 

 杏子は照れ臭そうに頬を掻いて答える。

 

「さっきまでは、やっぱり倒すしかないって思ってた」

 

 彼女の独白に、つばさとマミは顔を見合わせる。口にこそ出していないが、つばさも最早、魔女となってしまったさやかを倒すしかない、そう考えている。だが彼女はそれを否定するように語り続ける。

 

「でも、さ……あと一度ぐらい、信じてみたくなったんだ。奇跡ってのを」

 

 どこか遠くに思いを馳せるように、杏子は夕日を見た。今になって思えば、彼女が昼間のように割り切った考え方を語ったのも、さやかに同じ道を辿らせないためだったのではないだろうか。自分と同じ結末を避けるための、彼女なりの努力だったのではないだろうか。その事実を聞く術を、つばさは持っていない。だが、それを信じたいとは思う。彼女だって、奇跡を信じたい。過去の事が無ければ、きっとマミとだって今も相棒だったに違いない。

 

「……そうね。私も信じたい」

 

 杏子の話を聞き、マミが同意した。彼女もまた、奇跡を信じたいのだ。

 そうなると、残るはつばさの答えになる。全員の視線を集めている事に気付いて、つばさは悩んだ。ここで彼女達の意見に同意するのは簡単だ。つばさ自身、さやかが助かるという奇跡に賭けたい思いはある。だがその可能性の限りない低さを考えれば、奇跡に賭けるだけの、彼女達に振りかかるリスクを考えれば、せめて自分だけでも否定し、止めなければならないのではないだろうか。それを口にできず、つばさは俯く。決められない。生死を分けるかもしれない決断を迫られているのは明白だ。それ故に、つばさにはそれを決断するだけの覚悟も、勇気もなかった。

 さやかは助けたい。だが、無いにも等しいその可能性のために、全員の命を危険に晒す事を良しとはできない。板挟みの状態で、つばさは掠れた声を漏らした。

 

「……少し、考えさせてください」

 

「……うん。そうだよね」

 

 納得した様子でまどかは頷く。

 その気遣いが辛い。つばさは顔を上げずに頷く。

 

「今から探す……のはちょっときついな」

 

 窓の外を見ながら杏子が呟く。さやかが魔女になった時間を考えれば最初の場所に反応が残っている可能性は薄い。今から手掛かりなしに探すとなると虱潰しに探すしかない。

 

「そうね……今日のうちに潜んでいそうな場所の目星は付けて置くわ」

 

「頼んだよ。先輩」

 

 マミの提案に同意し、杏子は部屋を出る。まどかもそれに倣い、自分の鞄を手に取って部屋の扉の前まで移動した。

 

「待って、鹿目さん」

 

「えっと……」

 

 自分が呼びとめられた理由を見つけれず、まどかは首を捻った。マミはまどかの傍に寄って足元に居たキュウべぇを押しつける。

 

「もし魔女と遭遇したら、すぐに私達に伝えてね? ……間違っても、契約なんてしないで」

 

「は、はい……」

 

 突き出されたキュウべぇを受け取りながらまどかは頷いた。マミは不安そうな表情を消さず、出ていく二人を見送った。

 その間も、つばさは先ほどの質問への答えに悩んでいた。そんな彼の様子を見たマミは静かにその隣に腰を下ろす。

 

「……決めれそう?」

 

 彼女の問いに、つばさは首を左右に振った。決めれる訳がない。ここでつばさが拒否したところで、きっと残りの三人だけでもさやかを救おうとするだろう。かといって、さやかを救おうにも可能性は限りなく低く、ベテランであろうマミと杏子の足を自分が引っ張ってしまうかもしれない。そう思うとどちらを選ぶ事も躊躇われた。マミはつばさの心境を察し、自分の膝に彼の頭を引き寄せた。

 

「マミさん?」

 

 つばさは掠れた声で彼女の名を呼ぶ。だがマミはそれには答えず、つばさの頭を撫でながら語り始めた。

 

「私、本当は奇跡なんて信じてないの」

 

 意外だった。彼女の言葉を思い出しても、奇跡を信じたいものだと思っていた。つばさが落ち着いたのをみて、マミは手を止めて話す。

 

「さっき、あの場で皆が諦めても、一人でどうにかしようって思ってた」

 

「そんな……」

 

 人数の問題ではないのは確かだが、かと言って一人でさやかを救えるとも思わない。そんな疑問を抱きながら、つばさは彼女の話に聞き入っていた。

 

「私が信じてるのは奇跡じゃない……つばさ君が信じてくれた、私の願いを――《命を繋ぐ願い》を信じるの」

 

「えっ……」

 

 驚くつばさにマミは微笑む。

 

「私の願いは、皆を救うためにあるって、信じたい。だから美樹さんだって、きっと助けて見せるわ」

 

「マミさん…………」

 

 その思いを否定する事など、つばさにはできなかった。誰に強制された訳でもなく、つばさ自身の言葉で、マミの願いを信じると言ったのだから。

 

「だから、つばさ君も……」

 

 マミの手が、そっとつばさの手を握る。その手から伝わる温もりを、思いを感じ、つばさは小さく頷いた。

 

「……僕も、信じたいです。マミさんの願いを」

 

「うん……」

 

 

 

 マミに見送られたまどかはキュウべぇを抱えたまま帰路についていた。ああは言ったものの、やはり他の人を巻き込んでしまった事に気を病んでいた。

 だから彼女は、今自分が一人である事を確認したあと、小さな声でキュウべぇに尋ねた。

 

「ねぇ、キュウべぇ」

 

『なんだい?』

 

「もし、もしも私が契約したら、さやかちゃんを元に戻せる?」

 

 その問いに、キュウべぇは自身の赤い目をぎらりと輝かせて答えた。

 

『もちろんさ。魔法少女の状態どころか』

 

 キュウべぇは一呼吸置いて、止めとばかりに囁いた。この上なくまどかを揺れ動かす、悪魔の囁きを。

 

 

 

『――元の人間にだって戻せるよ』

 

 

 

 




 前半戦が激動の四日間となっておりますが、今回の後半戦開始時点では数日が経過しています。
当初の予定ではこの期間に本格的なつばさ君の成長が描かれる予定だったりはしたんですが諸々の事情で成長シーンの多くが割愛な感じになってしまいました。
機会があればIFルートって形で公開できたらいいなぁとは。
 補間的な話は差しこめそうなので後々番外編として現在執筆中にございます!

 今回は原作7、8話を圧縮したような感じのお話。
す、すまねぇさやかちゃん。ほんとこの作品でのいい出番が無い……!
後日談的な所でちょっと出番ある予定だから許して……!

 相変わらず自己犠牲マンなつばさ君。
実はこの辺は原作主人公であるまどかさんと対比的だったりします。
 家庭的な部分でも対照的ですが、自分に自信が無い感じなのは共通項。
 決定的な違いは自分を大事にしているかどうか。
自分を大事にしてるからこそまどかさんの行動は尊いのですが、つばさ君のはヤケクソ的なものなのでかっこよくない。
そんな感じを出せてるといいなーと思います。


 さぁて、次回の魔法少女つばさ☆マギカは!
 確証も何もない。ただ救いたい。その一心でさやかから生まれた魔女に挑む魔法少女達。
全員が疲弊する中、マミの窮地に、まどかの覚悟に、二人のつばさの中で、何かが変わり始める…………。

――――アタシの分までしっかりやれよ。
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