後書きには帚木くんのプロフィールやオシオキ案が書いてあります。
0
分かるだろう? 閉鎖的な場所では、信頼をなくした者から死んでいく。
1
六日目の朝。超高校級の絵本作家である帚木と、超高校級のバスガールである熊谷の二人が、外廊下にて、死体となって発見された。
死因はおそらく失血死。
首元にある深い切り傷や、流れ出て土に染み込んでいる大量の血液が、彼らはどうしようもなく死んでしまっているのだということを雄弁に物語っていた。
死体は既に冷たく、夜のうちに殺害されたのではないかというのが、保健委員の所感であった。
ただでさえこの孤島は、寒い海風が吹いて底冷えしているというのに、それ以上に、この二人は冷め切っていた。
第一発見者は藤袴と篝火の二人。
朝時間になって、これから外で体を動かそうとしたときに、二人の死体を発見したのだという。
つい昨日の夜まで笑い合っていた同級生の死体を目にすると言うのは、彼らにとってはあまりに大きな衝撃だったに違いない。藤袴は普段見せない動揺した挙動が目立ち、気持ちを整理する時間が欲しいと、待雪の手を借りて外まで空気を吸いに行きさえした。
殺人が起きてしまったことへの動揺は、波紋となって、さまざまな人へ悪影響を与えている。
少なくとも、人が死んでしまった今、笑っていようと思える人間は一人もいなかった。
(いつかは起こると思ってたけど、実際にこうして人が死ぬと、なんだか気後れするな)
「んんう。ねえ、ききょーくん。もう少しの間こうしていてもいい?」
澪標は死体を怖がるように、今朝からずっと彼の腕に身を寄せていた。身長差もあってか、それはかなりおかしな格好だったが、なにより澪標が本心から怖がっているわけではないというのが、一番の違和感の原因だった。
単に彼女はこの場に乗じて、いちゃつきたいだけなのかもしれない。
「あの……立竝さん。今は離れてくれませんか」
二人の死体からはいくらか離れたところで、雲隠は面倒くさそうに腕を動かした。彼女の鼓動とぬくもりを感じることは満更でもない心地だったが、しかし状況が状況なために、こういった行為はいくら雲隠でも躊躇われた。……のだが。
「だめです。はなしません」
「…………」
ついぞ離しそうになかったので、雲隠はやや強引に腕を引っ張って澪標を振り解くと、逃げ込むように、事件の捜査のために死体付近に集う複数人の人混みへと身を隠した。
雲隠には、事件の真相を解き明かすことができるほどの英名さなどない。
しかし彼には、他の誰よりも優れていると、あの澪標でさえ 太鼓判を押す一つの特技があった。
「そうね。あなたはこういうの、私よりも上手だものね」
後から追いかけてきた澪標が、雲隠の横で意味ありげに微笑んだ。
雲隠は静かに頷くと、早速、事件現場全体に視線を巡らせた。
状況証拠から問題点を発見すること。
彼にとってそれは、息をするほど容易い仕事と言える。
そも彼は機械技師である。壊れたものを修復するために問題点を探し出すということを、常日頃からやってきた。
一眼見ただけでモノの構造を把握し、耳を澄ませるだけで機械の不調を感じ取る。それこそが彼の才能であるし、何よりその才能はこんな時でも役に立つだろうと思われた。
もっとも殺人現場なんてものを目にするのはこれが初めてだし、機械を診るのと同じように行くかなんて分からなかったが、やれることがあるかもしれないならやってみようという、あくまで打算的な考えの元に、彼は事件現場へと足を踏み入れた。
死体を見るのは初めての経験だったけれど、別に抵抗はなかった。
血の色って、こんなに濁ってるんだなという感想しか出なかった。
珍しいものを見つけた時のようにまじまじと血溜まりを見つめていると、
「……クマガイさん」
と、掠れた悲鳴が耳に入った。それは超高校級の料理人、待雪薫の声だった。
気分を悪くした藤袴に付き添っているはずの彼女だが、手に持っている魔法瓶を見る限り、どうやら食堂までお茶を淹れに行っていたらしい。
通りすがりに現場を目にしてしまったのだろう。この島にいる女子生徒の中では、おそらく一番まともな性格をしていて、それでいて感受性の高い彼女のことだから、死体を目の当たりにし、過敏に衝撃を感じてしまったのかもしれない。
確かなことは言えないが、待雪と熊谷とは親しい仲のようだったから、彼女の心中というものは、まったくの部外者である雲隠には察し切れないものだった。
「────」
多くの人は、この五日間を共に過ごした二人が死んでしまったことに対して、悲しみを抱いていた。
たった五日であれ、その間に育まれた絆というものは少なからず人の心を縛り付けるらしい。
それが死の恐怖に怯える中で生まれたものなら尚更である。
どうして彼が、どうして彼女が。そんな思いは、絶えることがない。
「匂宮クン」
野分という男子生徒が怯えまじりに……しかし、ある程度の意思と疑念を持って、匂宮の名を呼んだ。
「キミ、確か熊谷クンとの間に確執があったんじゃなかったか」
目敏く眼鏡を押し上げながら、野分は匂宮に問う。
匂宮は、冷静な面持ちで言葉を返した。
「野分、それはなんの話だ」
「……ボクらがこの島にやって来た日、キミは待雪クンの料理に毒が入っているのではと、勘繰っていた。そのとき初めにキミに反論し、待雪クンを擁護したのは……今ここで死んでいる熊谷クンであろう」
「……なにが言いたいんだ?」
「キミはそれを根に持っていたのではないのか、と言ってるんだ」
匂宮と野分の二人を遠巻きに眺めていた竹河の眉が、ピクリと上がった。
「…………」
「否定……はしないのだな」
「……オレはやってない。だが、確かにお前の言う通り、熊谷のやつとの間にそういったやりとりがあったのは事実だ……事実なのだが……」
匂宮は、珍しく言葉に言い淀んでいて、それがますます野分が抱いている疑念を増大させた。
野分の語ったことは事実だった。
初日の朝、匂宮は待雪の料理に毒が混ぜられている可能性を指摘し、そして熊谷がそれを否定した。対立関係が生まれたのは確かな事実なのだ。
それが人殺しの動機に足り得るのかは分からない、だが少なくとも、今この場にいる人々の意識を匂宮へと集中させるのには十分だった。
「キミはそのことで、熊谷クンに恨みを抱いて、それで……それで……っ」
野分が言わんとしていることは嫌でも伝わってきた。
その声色、そぶりに嘘はなく……ただ野分だって仲間を疑うようなことは考えたくないのかもしれなかった。
匂宮に対し、なにか反論をしてほしいとすらも考えていたことだろう。誰だって目の前にいる人間が人殺しだとは考えたくない。
野分が噛み締めるように強く言葉を発しているのは、きっとその節々で、匂宮から反論が帰ってくることを期待しているからだ。
だが匂宮は多くを語らない性格だ。
この島で初めて彼に出会った者が、彼の思想や理念を理解しているはずもなく……また彼を擁護することなんて、できるはずがなかった。
そうして、ますます疑いの目は匂宮に向けられていった。
皆、不安だったのだ。
今のように死体が見つかってしまったとき。自分たちの中に人殺しがいると考えてしまうだけで、恐怖というものは酷く彼らを蝕んだ。
下手をすれば、その恐怖が再び殺人を招きかねないほどに、まともな判断力や正義感というものは密かに侵され始めていた。
これはまずい状況だなと、雲隠は冷静に場を見渡す。
(もし彼が犯人じゃなかったとき……その事実を知るのが彼一人じゃ、きっと弁解しきれない)
「……ええ、このままじゃ、きっとそうなるわ」
「止めないんですか?」
「愚問ねえ」
澪標さんは楽しそうに笑った。
「一つのことを信じるのは、他の全ての可能性を捨てるということ。……それって危険だと思わない?」
その危険な状態に陥ってしまうのも、時間の問題のように思われた。
だがそれは、匂宮を擁護するものが誰もいなければの話である。
弱々しく、今にも消えてしまいそうな声で、彼女は彼のアリバイを証明するのだった。
「ま、待ってくださいっ。彼は犯人じゃない……と思います」
震える声で待雪が言った。
皆の視線が自らに集中するのを感じてか、彼女の小さな肩より一層小さく縮まるのを見てとれた。
「わ、わたしはっ、彼とっ、昨日の夜……っ。トランクのバッテリー交換を終えたときから、フジバカマさんとカガリビさんの二人が死体を発見するまで……ずっと、一緒にいましたから!」
ですから、と待雪は続ける。
「ですから、彼は犯人じゃありません……っ。彼は、わたしとずっと一緒にいましたから、人を殺すなんていうことは、不可能ではないでしょうかっ」
「……そんな話を信じろと?」
竹河が待雪の証言に待ったをかけるようにして言葉を挟んだ。待雪が考えていることを見通さんとばかりに、じっと目を合わせながら問い詰めた。
「貴様と奴とが一緒にいる理由が、まずないだろう」
「り、理由……彼とは……その……幼馴染で……」
待雪は竹河の蛇すら殺しかねない鋭い眼光に萎縮しきっていて、顔色を見るに、どうも体調だって悪そうで、必死に言葉を継ごうとしても言い淀んでしまっていた。
話を聞こうにも、これじゃまともな答えは返ってこないだろうと悟ってか、竹河は不満そうに腕を組んで、多少考え込んだあと、小さく舌打ちをしてから今度は匂宮に尋ねた。
「貴様……」
「…………、ああ。コイツとは幼馴染なんだ。だから昨日は、故郷の話をしていた……海外であれこれやってたらしいから、そっちの話も聞かされたりな」
「ほう……」
「なんせ三年ぶりに会うんだ、積もる話もある。……まあ、島に来た初日は、野分が言っていたようなこともあったからな。なかなか直接、オレから声はかけづらくって……コイツはコイツで、内気なヤツだし」
説明を聞いてもなお竹河は不機嫌そうで、しかし否定するための材料もないからか、それ以上なにかを聞いてくると言ったことはなかった。
ただ、一つ睨みを効かせてから「それも全部、学級裁判とやらで明らかにする。今は判断材料が少なすぎる」と言い残し、現場の検証に戻っていった。
待雪の証言に納得したというわけではなかったようだが、しかしこれ以上議論を交わすことは不毛であると感じたのだろう。
去り際の彼の表情は、興味をすっかり失った、色のない顔だった。
その様子を見て、周囲の生徒たちの反応はまちまちであったが、少なくとも今以上に匂宮に対して疑いがかけられることはなくなった。
物的証拠もないままに、怪しいという理由だけで匂宮が殺されることは無くなったと、雲隠は様子伺いに澪標の横顔を覗き見る。
一種の芸術品のような曲線を描く輪郭に、乳白色の柔らかな頬。
こちらの視線に気が付いたのか、うっとりとした目を向けられ──
おっと、見とれている暇などなかった。
本当に、息つく暇など与えられなかった。
死体という非日常の折に触れ、混乱していた彼らの意識を現実に連れ戻す放送が、島中に響く。
《──、──あ、ああ。……ふむ、どうやら人が死んだようだね。なにぶん諸君も初めての体験だろう。今後の説明も兼ね、一度集会を行う。体育館に集まりなさい》
ブツリ。
一方的に話され、一方的に切られ。
それはあんまりな態度だったが、ただ、これからどうすればいいのか分からないでいた人が多い今、これからの指針というものを与えられることは大変ありがたいものであっただろう。
それに従うかどうかはともかく、少なくとも、従うか逆らうかの二択を選べるようになったのだから。迷うことすらできないままであるよりかはマシだった。
そしてそんな選択肢は、命を握られている彼らにとっては、ないのと同じだった。
2
体育館で話されたことは、概ね以下のとおりである。
残された者たちは人殺しを見つけ出し、晒し上げる。
人殺しは、自分が殺人事件の犯人であると暴かれないように学級裁判で立ち回る。
それが、学級裁判で生き残るための術なのだという。
またその学級裁判は、一定時間与えられる捜査時間の後に体育館で行われるということだった。
それから事件の概要について、運営側も正確には把握できていないため、各々が別室に連れられ、自身の知っている事件の詳細を話さなければならないという。
これには二つの意味があるようで、前述した“運営による事件の詳細の把握”に加え、“犯人の自己表明”も兼ねているそうなのだ。
というのも、運営側に自分が殺したのだという説明と証明ができなければ、たとえ自分が事件の犯人であることが隠し通せたとしても、島から出ることはできないらしい。
だから、
ちなみに、例え犯人として申告をしなかったとしても、学級裁判において人殺しであると決定付けられたとき、またそれが妥当な結末であると運営側が判断した場合は“処刑”となるらしいので、人を殺した以上は運営に自らが犯人であることを名乗りでない理由はなかった。
そして雲隠は、その事情聴取に応じている真っ最中であった。
とはいえ、話すことなど何もなく、ただじっと椅子に座らされているだけで、意味を持たない時間だけが長く過ぎていった。
話すことがなくっても、こうして取調べ室で待機させられるのは、部屋にいる時間の長短で犯人であるかどうかを推理することができないようにするためのものらしい。
事情聴取を行なっていた軍人はそう語っていたが、殺し合いなんてものを催す者達が、わざわざ公平性を保とうとするような点に、薄気味悪さを感じずにはいられなかった。
およそ十五分ほどして。
雲隠はようやく外に出ることができた。
それと同時に、いくつかある扉から六人ほどが姿を見せた。
一人一人事情聴取を行うとあまりにも時間がかかるからと、この取り調べはまとめて行われるのだが、今この場にいる人数を見るに、何回か分けて事情聴取は行われるのだろう。
「あ……クモガクレさん」
「……待雪さん」
二番目の扉から出てきた待雪が、雲隠を見て反射的に呟いた。それが聞こえたからか、雲隠は彼女の方を振り返り、目を合わせる。
名前を呼び合うだけで、上手く会話を弾ませることが二人にはできなかった。雲隠に限ってはそうしようともしていない。
待雪はどこかバツが悪そうに重い足取りで歩いていた。
いつにも増して暗い顔で、さすがの雲隠でも疑問に思うくらいであった。
「どうかしたの。元気がないみたいだけど。……もしかして、熊谷さんのこと、気にしているの」
慰めるつもりではなく、単純な疑問から訊ねた。
「いえ……うう、じゃなくて、その……そうなのかもしれません」
否定しようとしたものの、しかし待雪はやり切れないように胸の内を吐いた。
話し始める前に、周囲に人がいないかどうかを確認してから、彼女は語り出した。人に聞かれたくないことなのだろうか──被害者である熊谷の話なだけに、今回の事件に関係があるかもしれないと、雲隠は少しだけ耳をそば立てて聞いた。
「先日、クマガイさんと二人でピクニックに出掛けたんです。……その時から様子がおかしくって……だから、そのとき自分がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって、考えてしまって……」
普段滅多に出歩かない雲隠でさえ、ここ数日の間、待雪と熊谷の二人がともに行動しているのを幾度か見かけていた。
この島にいる誰よりも熊谷に近しい人間だったからこそ、待雪は自分に何かしてやれなかったかと悔いているのかもしれなかった。
「そう……それは、うん」
曖昧な相槌を打った雲隠は、澪標なら気の利いた言葉の一つでもかけてあげられるのだろうかと、取調室で事情聴取に応じている彼女に思いを馳せた。
「僕は、立竝さんをここで待っていようと思ってるんだけど……どうする?」
「わたしは……、食堂に戻ります。朝食もまだ作っていませんから。早く作らないと、昨日仕込んだ分が無駄になってしまうので……」
「分かった。じゃあ立竝さんにも伝えておくよ。あの人、朝はきちんと食べておかないと頭が回らないみたいだから」
「そうですか……今日は和食だとお伝えください」
雲隠は「分かった」とだけ伝えて、待雪から視線を外した。
だんだんと靴の硬い音が遠ざかっていったので、きっと食堂に直行したのだろうとだけ頭の片隅の方で推察した。
3
捜査とはいえ、なにをどうすればいいのだろうか。
目立った行動も起こさずに、待雪はそんなことを考えていた。
「…………」
ぼうっと二人の死体を眺めていても、事件の真相というものはまるで想像がつかない。
なにより熊谷はもう死んでしまったのだから、これから起こす行動の全てが無意味だとすら思えてしまった。
「ユウガオさん……」
その言葉は、ついぞ熊谷に届くことはなかった。
既に彼女は冷たくなっていて、苦々しい匂いを残り香として待雪に届けていた。
二人の死因は、おそらく失血死。外傷は首元の頸動脈を横切るように切りつけられていた切り傷くらいで、そしてそれが致命傷だったのだろうというのが、野分の検死結果だった。
数秒で目眩。一分もすれば死に至っていただろうとも言っていた。即死とはいえ、きっとその数十秒は苦痛に満ちた時間だったに違いない。
その痛みは、待雪には、共感だってできやしないのが、何よりも苦痛だった。
それから、死体の温度や硬直具合からして、深夜帯に行われた犯行だろうとも言っていた。
その時間帯にアリバイがある者はゼロに等しかった。
現に待雪もまた、アリバイがない者達の一人である。
事件現場で蹲り、無味乾燥な空気を歯で噛んでいると、ふと誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
泥のように重くなった瞼をゆっくり親指で押し上げ、涙でぼやけた視界でなんとか、その姿を捉えようとする。すると一人、見慣れた男子生徒が待雪の前に現れた。
「……待雪」
「ああ──ニオウミヤさん」
余韻すら残さず、匂宮は待雪が座り込んでいる場所まで突き進んできた。
残念そうに待雪は俯いたが、意を介すことなく、匂宮は冷たく突き放す。
「どうして、あんな嘘をついたんだ?」
嘘、というのはもちろん、今朝待雪が証言したアリバイのことだった。
二人は昨晩、同じ部屋で、夜を徹して故郷や海外の話などに花を咲かせてなどいない。幼馴染みであるということもまた、待雪にとっては口から出たでまかせであった。
「オレを庇ったつもりか?」
「そんなつもりじゃ……わたしは、ただ……っ」
「もういい。お前がなにを言うかなんて分かってる。どうせ……聞くに耐えない偽善ばかりだろ」
「…………」
反論しようとは思えなかった。
諦観的な思考だった。
固く口を結んだ待雪に対し、匂宮は躊躇いなく言葉をぶつけた。
「……あのときオレがお前に同意したのは、オレが“その証言は嘘だ”と言えば、今度は待雪、お前が疑われることになるかもしれないと思ったからだ。……いや、きっとそうなってた」
待雪は、膝を抱える腕の力をぎゅっと強めた。彼のいう言葉は、痛いほど自分の弱いところに突き刺さるのだ。
「分かるだろう? 閉鎖的な場所では、信頼をなくした者から死んでいく」
「っ、ですけどっ」
「……お前には、オレを助ける義理なんてないんだ。お前のような弱虫は、黙って守られてればいいんだ」
そんなことないなんて言えるはずもなく、待雪はそっと息を飲んだ。
あの場面で待雪が名乗り出なければ、おそらく匂宮は疑われていただろう。……だが、そんな窮地を脱するための術を彼はきっと持っていただろうし、何より恐ろしいのは”嘘がバレてしまうこと”だった。
そうなってしまえば、いくら匂宮でもどうしようもなかっただろうし……彼が言ったように、例え生きながらえても、真に彼らから信頼されることはなくなるだろう。信頼とは、壊れて仕舞えば二度と修復できない代物なのだから。
待雪は苦しそうに息を吐いた。
「……オレはもう、自分で自分の身を守ることができる。失うものなんてなにもない。歳下のお前に助けられる必要もない」
その言葉は待雪の心に深く突きつけられた。
それが純粋な悪意から構成されたものならば、抵抗だってできただろう。けど待雪自身のことを慮って編まれた言葉を防ぐ術のない待雪は、ただそれを受け入れることしかできなかった。
言葉も出ず、今にも決壊してしまいそうな涙腺を刺激しないように、あるいは自身の表情を悟られないように、待雪はより深く俯いた。
それはあまりにも過剰的な反応で、傍目から見ればおかしな光景だっただろうが、待雪も匂宮も、それほど気には留めていないようだった。
匂宮が、もう用はないのだと背を向けた。
すると待雪が、目端に溜まった涙を拭って、純粋な気持ちを伝えようと顔を上げた。
「わたしと、ニオウミヤさんとが、逆の立場だったならっ。……ニオウミヤさんならきっと、わたしに同じことをしてくれたと思うんです」
「…………」
「迷惑をおかけしてしまったことは謝ります。ただ……次は、もっとうまくやります」
待雪はそう言い残し、廊下から外へと走り去っていった。
匂宮はじれったそうに頬を擦ると、いくばくか逡巡したあと、待雪が向かったほうへと駆け出した。
【帚木志蔵】
色々あって、ついぞ最後まで本編に登場できなかったキャラクター。更に一章シロと、なにかと不遇な立ち位置。
「そんな……あんまりだよ、こんなのってないよ」
待雪と澪標、それに雲隠の三人がピクニックに出かけ、外で写生を行っている箒木に出会うという話や、食堂で昼食を食べ損なった箒木が急いで飛び込んできて色々話を……という展開も案としてはあったし、ちょっとだけ書いていたりもしたのだが、全て没。
尺の都合もあるが、彼自身あまり食堂に立ち寄らない人間であるということが大きな原因だったりする。
以下細かな設定を含めたプロフィール+オシオキ案(初期設定も混じっているので、多少本編との齟齬あり)。
【SV】
「へへっ。いーんだ、別に」
「そーだね、好きだね、絵を描くのは。画家ってほどじゃないけどさ」
「もしきみが困ったときに、ぼくに助けを求めてくれたら嬉しいって、そう思う。本当に、もしそうだったら嬉しいって思えるんだ」
【名前】
帚木 志蔵/ハハキギ シクラ
【性別】
男
【血液型】
B型
【出身校】
高山師範学校
【好きなもの】
子供
【嫌いなもの】
金の亡者
【才能】
超高校級の絵本作家
【身長/体重/胸囲】
153/48/70
【誕生日】
5/7
【性格】
穏やかで温厚。人に対して恨みを持ったことがなく、また同時に恨みを買うこともなかった善良な人間。基本的に善良で、結構呑気している。内向的な性格ではあるが、人と関わりたいという気持ちがあり、悪戯やおどけた態度をとることが多い。ようは子供っぽいのだ。
【容姿】
背は普通くらい。とはいえ、華奢な体格をしているからだろうか、机の下に隠れていても気がつきそうにない。
古ぼけた色の学生服に、マント。日章旗のマークが彫られた帽子を被り、革製の大きなリュックサックを背負っている(中には紙芝居を作るための厚紙とクレヨンが入っていて、小柄な彼が持つとより大きくみえることだろう)。髪は少し長め、目にかかる前髪を鬱陶しそうにする仕草をよく見せる。
【備考】
母を早くに亡くしている。
逃げ足が早い。
悪戯好きで、子どもっぽい一面がある。まだまだ大人にはなりきれていない、未熟な子供。
【特記事項】
超高校級の絵本作家
絵本とは仔細が異なるが、都内の空き地などで手作りの紙芝居を子供たちに披露していた過去を持つ。おもしろく分かりやすいストーリー、シンプルでありながら独特の世界観が構築された絵。そしてつい聞き入ってしまう物読みの演技力。そんな彼の紙芝居は評判を呼び、やがて大手の出版社に目を付けられ、彼が今までに披露してきた紙芝居を絵本として再構築し販売することになった。それが、彼が絵本作家と呼ばれるようになった由縁である。
本来、紙芝居と絵本とは根本的に異なるものであるのだが、ただ彼は絵本作家としての才覚も持ち合わせていた。紙芝居から絵本に舞台を写すにあたり、絵は技巧の色を更に強め、物読みが出来ぬ代わりに感情に訴えかけるような字と文章を手ずから書き上げる。
今となっては絵本作家として世間に名を馳せる彼だが、時が異なれば、彼の肩書きもまた違ったものになっていただろう。
希望ヶ峰学園が彼の才覚に見出したのは、その絵本作家としての実力だ。絵本に描かれるものは童話も多く、そして童話とは、幼い子供に対する倫理観や道徳の教育にも繋がる。
希望ヶ峰学園は彼に求めたのだ。日本の行く末を担うであろう子供たちに対する教育の向上を。それはやがては、国の発展にも繋がる。
【美点】
・絵本を読み聞かせるのが得意。
・子供好き。
・明るく無邪気。
・人の気持ちに共感することができる。
・絵が上手
【欠点】
・人に嘘をつくことが苦手。
・思っていることが表情に出やすい。
・頭はあまり良くない。
・好きなことに熱中しやすく、お風呂や食事を忘れてしまうことが多い。
・無自覚に人を傷つけてしまうことがある。
【信仰】
子供に対する愛情を抱いている。楽しんでもらいたい、そして、悪の道に進んでいくような人にはならないでほしいという願いを込めている。
【おまけ(オシオキ)】
『鬼』
気づけばそこは海原でした。
ざぶんざぶんと、波が白く打ち立てます。
やがて見えてきた島を見て、ああ、船の行き先はあそこなのだと、彼は胸が引き裂かれるように辛い思いでそちらを見つめていました。
木舟は砂浜に底を付け、緩やかに動きを止めます。
後ろを振り向くと、猿、雉、犬の格好をしたモノクマが立っていまして──帚木は必死の抵抗を見せましたが、しかしあっという間にその小さな体は持ち上げられ、放り投げられる形で砂浜に足を下ろします。
ただ着せられただけの桃色の羽織に、ただ重たいだけの刀。
その細腕で刀を握ろうにも、どうしたって帚木の腕力では刀に振り回されてしまうので、それはかえって足枷のように彼の行動を阻みました。
帚木は目に涙を溜めて、モノクマへ懇願を繰り返しました。
しかし家臣の猿、雉、犬は興奮したように荒く息を吐き出して、帚木の背を押して、ずんずんと島の中央へと向かっていくのです。
進んで行くに従って、彼の絶叫に、反応する者たちがいました。
頭にツノを生やしたモノクマたちは、武器を構えすらしない帚木を見つけ、意気揚々と襲いかかってきます。
彼は涙を溢れさせ、おかしくなったように頬を引き攣らせながら時を待ちました。
けれど待てども待てども変化は訪れませんでした。何事だろうと腕の隙間から外の様子を覗いてみると、なんと家臣の動物たちが鬼をやっつけてしまっているではありませんか。
帚木は、死への恐怖や生き残ったことへの安堵、喜びなどの感情が複雑に絡み合ってぐちゃぐちゃになった顔を綻ばせて、壊れたように泣き続けました。
やがて鬼も全て倒れ伏せ、帚木は目に見えて明らかになった家臣たちの強さに安らぎすらも見出していました。
自分は生き延びたのだと、傷一つ付いていない手の甲で目元を擦り、とぼとぼと舟がある砂浜の方へと歩いていきます。
……しかし、家臣たちの様子がどこかおかしいのです。何かを期待するように、犬に限っては舌をだらしなく垂らしながらこちらを見ているのです。
箒木は、桃太郎の物語を思い出し、ああ、きひだんごを与えたらいいのだろうと容易に思いつきました。
だけど、腰に手をやっても、それらしい袋というものは見当たりませんでした。桃色の羽織を探っても、どこにも、どこにもきびだんごはないのです。
見る間に、家臣たちの苛立ちが強くなっていくのが分かりました。これはまずいと、どれだけ探しても、目的のものは見つからないのでした。
やがて凶刃が、彼の柔らかな頬を掠めます。
彼は呆気に取られた様子で目を丸くしました。
それでも、家臣たちの攻撃が止むことはありません。
肉がついばまれ、肌を裂かれ、骨はへし折られていきました。
夜が明けるころになって、ようやくそれは終わりました。憤りを露わにしたまま、モノクマたちは砂浜へと去っていきます。
帚木はかつて夢見た将来を思い浮かべながら、一つも無事な姿で残っていないぐちゃぐちゃの指で、地面に絵を描き始めました。
でも、結局力尽きて、夢を果たすことなく、将来に想いを馳せることすらも許されず、孤島にて散るのでした。
めでたしめでたし。
(熊谷さんの分は次回にしますね。ちょうど学級裁判は前後編があるので)