大正弾丸論破   作:鹿手袋こはぜ

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 一直線の廊下を駆けていくと、謎の黒ずくめは身を翻して角に折れた。恐らく教室に入ったのだろうと思われた。待雪らもすぐさま同じ所で角を曲がり、薄暗い空き教室の中で広がった。

 すると、ジロリ、黒ずくめの何者かが教室内で待雪らを待ち構えていた。待雪は頬に冷や汗が流れるのを感じながら、およそこのあとに来るだろう戦闘に備え形だけ構えた。

 対峙するは全身を黒いマントで包んだ賊。マントが肩やボディラインを隠しているためか体型が分からない──身長さえもその前屈姿勢によって分かりづらいものになっていた。

 だが賊の抱えるトランクが、待雪ら希望ヶ峰学園の生徒であることを物語っている。

 

「誰です」

 

 緊張を感じさせない声色で待雪は問いかけた。一方で賊はなにも答えない。ただ顔を覆う黒い布が卑しく笑うように皺を作った。人殺しという大業を成しても奴には余裕があるのかと考えると末恐ろしくなった。同時にそのような悪逆非道な人間と今まで笑顔で話し合っていたのかと思い、悲しくもなった。

 

 見れば賊はマントの下からヌッと刃物をチラつかせた。生暖かい血でぬらつく真っ赤な刃であった。珠がこぼれるようにキラキラと手元で輝く。滴る血が壱目の顔を思い起こさせた。

 

「このォ……ッ!」

 

 待雪の一歩前に立つ椎本が怒りで声を震わせる。普段見られる彼の温厚な様子とは異なり、青筋を立てて怒る彼の様は暴風のようでもあった。つい待雪は彼から溢れ出る敵意に慄く。心根の優しさからいつもは眉尻が下げられている目も、今ばかりは睨めつけるように鋭い光を放っていた。

 

「!」

 

 合図もなく彼らはぶつかり合った。先に仕掛けたのは椎本であった。

 

 グッと力を込めるように収縮した筋肉が怒りの声と共に弾ける。重力に従い倒れるかのごとく身体を折り畳むと、そこから曲線を描くようにして上昇するタックルを繰り出した。たった二歩、それだけで賊との距離を詰め内蔵ごと抉り抜くようなタックルを披露した椎本であった。その巨体から繰り出される突撃はまさに一撃必殺の代物であろう。

 だが賊は風の上で舞うようにしてヒラリと躱すと、血のぬらつく手で教室の窓を開け、そこから零れ落ちるようにして逃げ出した。

 行き場を失った椎本の暴力は賊のいた場所の窓を完膚なきまでに粉砕する。バリバリと音を立て、ガラスのみならず枠組みの木すらも破壊し尽くした。

 

「くうっ……!」

 

 悔しさからか椎本は窓の外にすぐさま飛び出した。待雪も遅れて外に出る。

 

「ごめん! 当たりすら、しなかった!」

「謝ることはありません! 追いましょう!」

 

 正直、待雪には格闘経験がない。今の攻防もただ眺めているだけだった。それが悔しいのか走る足に力が入った。声もまた普段より大きい気がする。無力さと、それから義務感とが彼女をらしくない行動に駆り立てた。

 

 賊を追って窓から飛び出ると、空は既に夜を迎えていた。外には灯りという灯りもなく真っ黒な服装をした賊は闇夜に溶け込むみたく逃げていく。海から吹く向かい風が待雪らの進路を妨害する一方、賊はまるで追い風でも吹いているのではと錯覚するすばしっこさでヒラヒラとマントを動かし待雪らを翻弄した。

 

 額を流れて行く汗は激しい運動によるものだが、冷や汗もきっと混じっているだろうと思われた。待雪には一つだけ懸念事項があった。

 

(賊を捕まえないと……これから更に被害者が出る可能性もある)

 

 それはどうしても避けたい事由であった。自分自身、刺される可能性は十分にあるのだから、それだって恐ろしさの要因の一つである。

 

 校舎の周りを駆け抜けると、賊は先程と異なる棟に逃げ込んだ。わざわざ窓を開ける余裕はないのか、一度玄関ホールを経由してのことだった。

 

 賊の後を追って玄関ホールに入るとちょうど反対側から篝火と藤袴の二人がやってきて、鬼気迫る顔で待雪にこう訊ねた。待雪は荒い呼吸の中でなんとか話した。

 

「! 一体なにが!」

「イ、イツメさんが、そこの賊に刺されて……!」

 

 指差す先には走り去って行く賊の姿があった。時々コチラを振り向いては様子を窺っている。まるで誘っているようだとにわかに不信感が沸き起こったが、どうにかしなければという気持ちが強くあって、待雪は走ることを止めずにひたすら前へと突き進んだ。

 だがそれを冷静に引き止める声があった。

 

「私も行きましょう。ですが危険ですから、待雪は玄関ホールで鯉口のことを見ておいてください」

「それこそ危険です。コイグチさんの両手は拘束されている……もし賊が戻ってきたなら守り切れません」

 

 迷う間もなく言葉を交わしあう。淀みない待雪の口ぶりが彼女の覚悟の強さを如実に表しており、藤袴は稀に見る彼女の芯の強さにハッと目を見開いた。

 

「……では共に行きましょう」

「ええ、では急ぎましょう。見失うと大変です」

 

 見れば賊は既に廊下の奥まで走り去っていた。そのまま近くの教室に入って姿が見えなくなったのを確認し、椎本は焦ったように走り出した。

 ただ藤袴は冷静にこう判断を下した。

 

「あそこは確か音楽室です。遮音のために窓が小さくなっているので、逃げ出すのは困難かと」

「なら落ち着いて行こう。相手は刃物を持っている」

 

 言って、棟へと続く廊下の扉を開いた。

 やけに暗い廊下を突き進む。この棟は電灯が古いのか、他と比べて暗い印象がある。──それにしたって暗い気がする。まるで、いくつか灯りをなくしてしまったような、そんな気分だ──待雪は灯りを持って来れば良かっただろうかと一瞬思いはしたが、彼女は少しでも早く心の安寧を手に入れたかった。それはその場にいる全員に言えることであった。

 

「真っ暗だ」

 

 音楽室の中はまさしく闇であった。分厚い遮音カーテンが窓を塞いでいるからか外から光が入ってこない。明かりを取りに戻ることも考えたが、そんな暇があるのかと考えなしに中へと入る。篝火、藤袴と続いて入り、待雪もまたその背を追うため教室の中へと飛び込もうとした。だが。

 

「ッ、危ない!」

 

 驚きに満ちた叫びと共に、待雪と胸を手のひらがついた。突然のことに、抵抗もできないまま後方へと倒れ行く。微かに見えたのは真っ暗闇の教室の中で眩く輝く閃光であった──

 

 

 

 まさしく爆音。花火が耳元で炸裂したような、それでいて金属の喚くような音と共に待雪は倒れ伏した。まず始めに無音の世界に待雪は驚いた。嫌に静かだった。微かな金属音が頭の中に響くのみで、他の何者の音も聞こえやしなかった。次に視覚の異常に気がついた。いくら目を開けても、目の前がチカチカと白黒に点滅するばかりで代わり映えがしないのに驚嘆した。地獄にでも落とされたのかと思った。ついぞ私は死んだのかとも。

 けれど手の感触は確かなもので、平衡感覚こそ失われているものの冷たい手触りが指先で感じられた。すぐさまその手を自らの胸に当てる。心臓が忙しく拍動するのを感じ、ああそうか、今わたしは息が荒いのか、だからこんなにも辛いのかと、まずは苦しさばかりが頭の中を占めた。

 

(いったい、なにが)

 

 その場にいる誰かに問いかけたつもりだったが、うまく息が出来ないのと耳が聞こえないのとで、しっかり発話できているかすら怪しかった。口をただパクパクと動かしていただけかもしれない。そう感じるぐらいに、あの一瞬の閃光により待雪の意識や感覚は奪われ掻き乱された。

 

「あ、ああ、なにが、ハァ」

 

 自分の呟きが喉の震えとなって聞こえた。意識が段々鮮明になってくる。そうだ、教室の暗闇から、なにか異質な光が飛び出してきて──

 

「──おい、おい──大丈夫か!?」

 

 待雪の肩を誰かが揺すっていた。聞こえてくる声には聞き覚えがあった。そこでようやく、聴覚が戻りつつあるのを実感した。

 

「おい、おい──一体、なにが──」

 

 声の主はなにか必死だった。そんなにうるさくしないでほしい。頭の中がずっと痛いんだから。

 視界が徐々に明るくなってきた。誰かが持つランプの灯りが見える。待雪は何度か瞬きをすると、苦しげに上体を起こした。まだ頭の奥の方がチカチカとするが、物が見えないわけじゃない。部屋の中は相変わらず暗いままであったが、待雪がそこに指を刺すと、ランプを持った男がその部屋の中を照らした。

 見ればそこには瀕死の男がいた。そして今にも死にそうな顔をしている藤袴の姿があった。藤袴の手には真っ赤なナイフが握られている。乙女の白い指先はどろどろした血で染まっている。

 

「私は、一体、なにを」

 

 藤袴自身、その腹からは血が染み出していた。どうやら刺されたらしい。黒ずくめの何者かはもう立ち去ったあとだった。

 藤袴はフッと気を失うと、どたり、崩れ落ちるような音を立てて床に倒れ込んだ。

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