大正弾丸論破   作:鹿手袋こはぜ

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 一連の騒動はひとまず落ち着きを見せた。人が死んでいる時点で落ち着くも何もないのかもしれないが、あえてその表現を用いたのには理由があった。

 というのも、例の黒ずくめの何者かが姿を消したからだ。どこかに姿を潜め、今もなお人殺しを目論んでいるのではと邪推することもできないではないが、その可能性は低いのではないかと冷徹にも匂宮が結論を出した。

 曰く、「規則には、『同一のクロが殺せるのは二人まで』とある。島からの脱出を目標に据えているのなら、わざわざ三人目の被害者を出す必要はない」とのことだった。彼の弁における殺された二人とは壱目と篝火のことを指す。彼は激情に襲われつつも、冷静に彼らを死人と見做した。それには野分の正確無比な診断もあってのことだった。藤袴の治療が終わった後、壱目のところへ向かい診断を行ったところ死亡したとの判定が下され、篝火に関してもほどなく死に至った。藤袴は幸運にも刃が内臓や重要な血管を傷つけることがなかったために辛うじて生きているとのことである。島の環境が環境なので近いうちに医者にかかる必要はあるが、少なくとも失血で死ぬだとか内臓が壊死して死ぬといった事態は避けられた。唯一危険なのは感染症だろうか。傷口を水でよく洗い流し、滅菌消毒を行なったものの、それでも確実ではないと野分は語った。

 

 といった経緯で匂宮はこれ以上死人が出ることはないと判断した。

 さて、この場合、間違いが一つある。

 ただ待雪はそれに対し意図的に距離を置いて触れないようにしていた。なぜって、それを指摘したところで意味のある変化は起きないだろうと思われたからだ。そういう嘘を方便と呼ぶのだろうが、自然な様子で待雪は事実を偽った。気付いているのは椎本だけであったが、彼もまた口をつぐんでいた。

 これが今に至るまでの一連の流れ。そして彼らは一堂に会し今後の方針を話し合うこととなった。

 

 しかし、話し合うような雰囲気ではないというのがその場を率直に表したときに出てくる言葉であった。食堂は凄惨な空気に満ちていた。互いに互いを疑い合う疑心暗鬼の状態でこそないが、人が二人も死に──その上もう一人刺され──緊張や恐怖が頂点に達しつつあったのだ。何が怖いって、一連の出来事を起こした犯人がこの中に必ず混じっているという事実が怖かった。人を三人も刺しておいて、何食わぬ顔で席に座っている犯人の腹の中を想像するだけで、身の毛もよだつような思いがした。犯人以外の誰もが、これを獣の仕業であると思い至った。

 

「……ひとまず、いま語れるのはこれくらいか」

 

 と事件のあらましを語った匂宮が嘆息をつき、机を囲む者たちの顔を比べ見た。彼含め、食堂には十一人しかいない。本来生き残りは十二名なのだが、藤袴は一向に目を醒まさないので保健室にて休んでいた。野分曰く、目醒めても立てるような状態ではないだろうとのだったので、皆彼女の欠席を認めていた。

 

 殺人が起きた以上こうして集まり話し合うことは必須であったが、ただ話し合うだけが集まる理由ではなかった。もし単独行動を許してしまった場合、証拠品の捏造が容易である。なにより連続殺人が発生している以上、いくら理論立てたところでもう人は死なないという確証を持つことはできなかった。

 ならどうして藤袴は保健室で一人眠らせているのかと思われるかもしれない。だが彼女は犯人と対峙し、刺された側の人間であるから完全なシロと言えた。仮に彼女が犯人の顔を見たとかで命を狙われることになったとしても、彼女以外の全員が食堂に集まっている以上犯人も手出しはできないはずである。そのため彼女の身柄を自由にしておくことに文句を言う者はいなかった。

 

「それで、どうする?」

「どうするとは?」

 

 匂宮が切り出した言葉に竹河が素早く返した。竹河は至って平然とした顔色だったが、その切り返しの素早さには焦りが含まれているように感じられた。今回の事件に対し異様な雰囲気を感じ取ったらしく、前に起きた殺人事件のときよりもやや殺気だって見えた。

 そんな竹河に向かって匂宮は努めて冷静に答えた。

 

「学級裁判を開くかどうかって話だ。……正直、今回の事件は色んなことが起きすぎている。そのぶん犯人に繋がる証拠も多いに違いない……根気よく探せば、必ず犯人に辿り着くことができるだろう。だが今の時間帯は夜だ、証拠品の捜索も朝昼ほど上手くはいかない。必ず手間と時間がかかる」

 

 匂宮の指摘通り、窓の外は既に真っ暗であった。事件の発生が夕方ごろであったのだから、あれから一二時間経った今は宵のうちである。

 

「仮に学級裁判を開くとなると、調査時間に制限が設けられることになる。そうなると、時間さえかければ見つかっただろう証拠が時間切れで見つからなかった、なんてことになりかねない」

 

 神妙に匂宮は語った。彼の論理には筋が通っていた。確かにそういえばと、待雪は初めて学級裁判が行われたときのことを思い出した。「諸君も経験がないだろうから」と、あれでも多めに時間を与えられていたのだ。つまり、今回の学級裁判において捜査に充てられる時間は以前よりも少なくなるに違いない……なにより夜という時間帯がどう影響してくるのかさえ明らかでなかった。おそらくそれを彼も危惧しているのだろう。

 

「だから、しばらくは証拠集めと情報整理に時間をかけて、ある程度結論を導き出してから裁判の申請を行おうと思うんだが」

 

 なるほど。導き出された結論は正しい。この場において、犯人以外の誰もがそうするべきだと思った。学級裁判の申請をしたところで、彼らが得られるメリットは限りなく少ない。特に捜査段階においては、ろくにあてにならない死人の鑑定結果のみが手に入る。その上、今回の事件における殺人がほとんど目の前で発生していたことを鑑みると、ただでさえ少ないメリットがさらに意味のないものへと変化している気がした。

 正直なところ、匂宮は学級裁判を開くべきかどうかすら迷っていた。

 

 なぜって、学級裁判を開けば犯人──あるいはその他の全員が死ぬ。必ず犯人を見つけられるという確証がない以上、たかが一つの危険を除くためだけに十数の命を秤へ乗せる勇気はなかった。

 ただあえて口には出さないでいたようだった。学級裁判を開き、犯人を見つけることで、安心を得られるのだと──そうした目標設定が全体で共有されている以上、彼は皆の心の安寧のため裁判を開かざるを得ないと判断したのだ。

 

「まぁ、貴重な時間をわざわざ減らす必要はないってことだ」

 

 これまでの話に、匂宮は補足するように呟く。竹河だけが不機嫌な様子で頷いた。ただそれだけで、他の誰も彼の呟きに返事はしなかった。

 なんせ人が死んだのだ。まともな思考を働かすことができる者は少なかった。特に前回の裁判で積極的に発言していた篝火や普段からムードメイカー的な立ち位置を担っていた壱目がいないこと、また藤袴が重体であり更に死者が増えるかもしれない可能性も相まって、食堂を占める空気は沈痛かつ重々しげなものであった。

 

「……三人刺されているものね。どういう状況が発生したのか、改めて精査する必要があるでしょう」

 

 かろうじて東屋が返事をした。彼女は壱目を看取った人間であるから、それなりに思うところもあるのだろう。手を震わせながらも既に覚悟は決まっているようだった。

 匂宮はそんな彼女の覚悟を──微弱ながらも確かに存在する意志を汲み取ってか、ようやく初めて活力の見える表情をした。枯れた草木が一滴の水を吸うように、まるで変化はないが、それでも心意気だけは満たされ動かされた。

 

 よし、と匂宮は立ち上った。そして食堂にいる全員に向けてこう言った。

 

「こうしている今も夜は更けてきている。あと四時間もすれば夜時間になり、この食堂も使えなくなってしまうだろう……だが、なるべくこの場所は拠点として用いたい。だから夜時間になればその時点で学級裁判の申請を出す。そうすれば、おそらく夜時間の間であっても捜査の名目で食堂は使えるだろう」

 

 匂宮はその場にいる一人一人へ語りかけるように、それぞれに目を合わせて話した。彼の目には覚悟の色が見える。若干の恐怖と、緊張。けれどそれに混じって高揚も見られる──不思議な匂いの取り合わせだと、待雪は思った。彼らしいなとも。

 

「よし、ならさっそく行こう。今は時間が惜しい」

 

 そう言って匂宮は捜索隊を編成すると、寒い夜空の下へと繰り出した。反面、待雪を含めた消極的な人たち……それと拘束されている鯉口は食堂で待機することになった。全員で向かうのはやめた方がいいとの判断で、ある程度数を絞り捜索隊は組まれた。というのも、人が多いと証拠隠滅の隙が生まれてしまう可能性があったからだ。少人数であればまだ互いが互いを監視し合えるが、人が増えれば増えるほど死角もまた増えるので、それを危惧してのことだった。

 

 今回の事件において容疑者として挙げられるのは七名である。確実に犯行に関わっていないと言えたのは、黒づくめの者と対峙した東屋、待雪、椎本、藤袴の四人である。最後の反抗が行われた直後に匂宮と野分が入ってきたことや、あの衣装を素早く着替えられるだろうかという疑問を一緒に考えると、その二人も犯人の枠からは除外されそうなものだが……確証がない以上は変に結論づける必要はないのだと匂宮が言ったので、今のところ無実を証明できているのは先の四名だけであった。

 なので、なるべく無実の可能性が高い者が多ければ良いだろうと、東屋や椎本の二人は捜査に向かっていた。

 

 となると、食堂に残る待雪の存在が目立つ。とはいえ彼女には特別な役割など背負わされていなかった。運営の側に死体が発見されたことを知らせに行く者がいないよう監視する役割なども、決して与えられはしなかった。(そもそも規則では三人以上の者が報告しなければ学級裁判は成立しない、となっている。そのため万が一誰かが変な気を起こしたところで学級裁判は起きないだろうとの予想があった)

 ではなぜ?

 彼女が食堂にて滞留している理由は、ひとえに彼女の様子にあった。

 

「君は捜査に行かないの」

 

 夕方ごろに起きた事件を頭の中で反芻していると、隣にいる雲隠が素朴な質問を隠さずに待雪へ尋ねた。

 待雪は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの顔に戻ってこう答えた。

 

「私はあまり、捜査に乗り気でないといいますか……」

 

 いじけたように靴のつま先を見つめる。今の彼女の心の中は荒だった波のように落ち着きがなかった。なぜって、分からない。ただなぜか、頭のなかには藤袴の顔が浮かんだ。

 

(ああ──今夜はフジバカマさんのために、料理を作ったのに。食べて、喜んでもらえると思ってたのに──)

 

 彼女の中の幸せな空想が崩れ去る。昨夜のうちから用意し、手間ひまをかけていた藤袴のためだけの料理は、厨房ですっかり行き場を失っていた。

 待雪はそれが悲しかった。食材が無駄になったと嘆いているのではない。はたまた自分の努力が報われなかったことを悲壮に感じているのでもない。だって、そんなことはザラにあるのだから──ただただ待雪は、藤袴に喜んでもらえなかったことを、彼女の苦痛に満ちた表情を思い返すたびに痛く感じるのであった。

 

「乗り気じゃない、か。まあそんな日もあるよね」

 

 と、なんの感情も見られない抑揚のない声で雲隠は言った。

 

「僕も今日はそんな日。空はあんなにも晴れているのに、頭の中では雲がかかったように気分が晴れない」

 

 でもそんなこと、日常茶飯事だよね。と雲隠は話した。

 待雪は迷いつつ頷いた。

 

 すると突如としてアナウンスが流れ出した。

 

『──、──。ア、ああ──、ん。死体が発見された。各自事情聴取を行ったのち、学級裁判を開く』

「!」

 

 今のは、一体。

 顔を上げて食堂を見渡すと、ここにいる皆が顔を見合わせている。……どうやら彼らもこの状況が上手く理解できていないようだ。

 泥のような頭で必死に考える。どう考えても一つしかないアナウンスの意味を考える。

 

「誰かが、通報したんだ」

 

 それも三人も。

 

 生き残った十二名の中に、裏切り者がいる。その事実が、今はただ彼らに重くのしかかった。

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