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悪い人ではないんだろうけれど、でも、関わっちゃいけない人だったのかもしれない……。
1
朝早くに目を覚ますと、雲隠は軽く身支度を済ませてから技術室に足を運んだ。
個室を出たときはまだ眠気もあったが、冬の寒さに身を晒しているうちに、そんな微睡みもどこかへ行ってしまった。眠気は事故の元であるから目が覚めるのは良いことだが、それほどまでに寒い中で作業をするのは少々堪えるなと、かじかみ始めた指先を揉みながら誰もいない廊下を進んだ。
この施設には校舎と呼べるものが六つほど存在しており、その内の一つの棟に技術室が存在していた。その他に利用する設備などそう多くはなかったから、どのような設備が他にあったのか記憶は曖昧である。どうせ利用しないのだからと、記憶していないことに対し彼は割り切った態度をとっていた。
(立竝さんも、あまり興味は持ってなかったようだし……別に問題はないよね)
十六人がそれぞれ持つ超高校級の才能。それに関する設備は少なからずあったが、ただそれは個人のために用意されたというよりかは、もとから存在していたと考える方が正しいように雲隠には感ぜられた。
というのも、超高校級の柔道家がいるにも関わらず、道場らしき場所はこの施設のどこにもなかった。体育館には体全体が映るような大きな鏡があったので、倉庫からマットを引っ張り出して床に敷けば柔道の練習もできないことはないだろう。ただそれが超高校級の柔道家のために用意されたものとは到底思えないのである。
超高校級の水泳部と呼ばれる者もいるようだったが、こんな真冬に泳げるような室内プールも当然なかった。ここは本当に、ただ学校にある設備を寄せ集めただけのような、ちぐはぐな場所なのだ。
いったいこの島はなんのために用意された場所なのだろうかと、雲隠は思った。多くの設備が寂れていて、錆び付いていたけれど、しかし廃れた島という印象はなかった。この島には廃れるような人の営みの痕跡など、全くといって良いほど見られなかったのだ。だからこそ、よりこの土地の存在が不可思議に感じられた。
「よし」
彼が技術室を訪れた理由は澪標にあった。彼女の期待に応えるためであった。彼女がトランクを開くための鍵を求めたのだから、それを作る。彼にとってはただそれだけで十分だった。
澪標からしてみれば、もっと他に意図はあっただろう。爆弾がなんらかの誤作動を起こして爆発してしまう可能性だって少なくはないのだし、誰かに首輪とトランクを繋ぐケーブルを切られでもすれば、爆弾は自分の意図に関わらず爆発してしまうという危険性がある。あるだけ損しかない爆弾を排除したい気持ちは誰にだってあるもので、そうしてトランクの中身を覗き見ることを望んだ。
しかしそんな具体的な理由など、雲隠には不要であった。澪標が望んだというだけで、本当にただそれだけで、理由など十分だったのだ。だからただ愚直に、彼は課された課題に向き合う。
まずはどうしようかとトランクを台の上に置き、睨めっこをするようにそれを観察しながら頭の中に設計図の線を引いていった。
ただ黙々と考えに耽る時間は長く続いた。
彼の意識が深みから引き上げられたのは朝時間を知らせるアナウンスが流れてからのことだった。そこで、作業を開始してから少なくとも二時間は経過していたようだと気がついた。
ふと窓の外を見れば、空は明るく朝を知らせている。
もうそんな時間なのかと、雲隠は長時間張り詰め続けていた緊張の糸を
朝日を見ると、罪悪感に見舞われることがある。自分のような人間が生きていて良いのだろうかと、疑問に思うのだ。夜明けを迎えることのできなかった人間が世界には多数存在しているというのに──きっとその命は、何物にも代替しがたいものだろうに──それなのに、自分のような人間が生きてしまっていることは罪だと、そう感じてしまうのだ。あるいはその罰として、自分は自分であるのかもしれないとも思う。嫌気が差すようだったが、結局は全てただの戯言に過ぎない。
生きることに罪を感じていても、死にたいわけではなかったから、胸に纏わりついた暖かなヘドロをいつものようにかき消して、そっとまぶたをつむった。
朝日の光が、服にかすかな熱を与える。窓から差し込む陽は、疑心暗鬼に塗れるコロシアイ生活とは正反対に、穏やかぬくもりで彼を包み込んだ。
少ししてから、不意に雲隠は立ち上がり、よろよろと覚束ない足取りで技術室を出た。朝食がまだだったことを思い出したのだ。空いた腹をさすると、ツナギのザラザラとした感触が妙に心地よく、なぜだか懐かしく感じられた。昨日の夜までずっと窮屈な服を着ていたからだろう。やはり自分はこの格好こそが相応しい。
道中、澪標を起こしに個室まで行こうかと考えたが、昨日の疲れも溜まっているだろうから今日はよしておこうと辞めにした。満足に寝かせておいた方が、目覚めの機嫌も良いだろうから。
「たまにはいいよね」
適当につまみ食いをするために、彼は食堂へと赴くことにした。料理はできないので、適当に生のパンでもかじっていようという考えだった。なければ別に野菜でも構わない。火を通せばなんだって食べられるというのが彼の食に対する歪んだ価値観であったから、それは自然な行動だった。
彼には味に対する執着がなかった。よく澪標が、自分に対して料理を振る舞ってくれるのだが、上手い感想を告げられないのが悩みであったりして、食事は好きとは言い難かった。
ただそんな、生来ずっと抱え続けていた価値観も、今となっては少し変わりつつあることに彼は気付いていない。
……どうやら食堂には先客がいたらしく、既に灯りがともっていた。窓ガラスから溢れでた光は太陽のように暖かいものだった。ただ同時にそこからは、模造品のような無機質さも感じられた。
扉を開けると、味噌汁のいい匂いが鼻腔をくすぐる。夜時間の間、食堂は閉まっているはずで──だから、ついさっき流れたアナウンスの後、すぐに料理を開始したんだろうけれど、だというの、既に食堂には味噌汁の良い匂いが充満していた。
「おはよう、待雪さん」
「あっ……おはようございます、クモガクレさん」
自分が厨房の方を興味深そうに覗いていたからだろうか。目があった途端、待雪は緊張したように声を上擦らせた。そして切羽詰まったような勢いで、まるで弁解でもするかのように話し始めた。
そんな姿はまるで弱々しい小動物のようでもあった。しかし厨房という場所が彼女に安心感を持たせているのだろうか、昨日の朝出会ったときと比べれば、それはほんの些細な気の揺らめきにすぎないように見える。
「今朝は早いね」
「っ、昨日のうちから、用意しておいたんです……。朝時間にならないと料理が始められないようでしたので、下準備だけでも終わらせておけば、早く始められると思って……それで、昨日のバッテリー交換のときは遅れちゃって」
「なるほど」
雲隠は納得したように相槌を打った。昨夜はそういうわけがあったのかと今になって頷く。
それから彼は話のついでのように、一つ注文を重ねた。
「お味噌汁が出来たら、一つもらえないかな」
「いいですよ。……あれ、ミオツクシさんはいらっしゃらないんですか?」
「立竝さんなら部屋でまだ寝てるよ。あれでけっこう、朝寝坊の多い人だから」
「へえ、そうなんですね……ああっ、お味噌汁ですね、はい。少し、待っていてくださいね」
快い返事が返ってきたからか、雲隠はそれ以上何かを言うこともなく、目線を待雪から外して食堂の方へと意識を戻した。
朝の静けさがベールのように光を遮る青く暗い食堂。厨房から聞こえてくる火や包丁の音が妙な心地を彼に与える。眠気だろうか、寒さを感じながらも心地よさを覚える。
待雪に汲んでもらった一杯の水を飲み干すと、ただそれだけのことで充実した気分になれた。
(昨日食べた待雪さんの料理は本当に美味しかった。あの立竝さんも美味しいと言っていた。味噌汁一杯だけとは言わず、他のものも食べてみたい気持ちだけれど──)
そのような気持ちになれたのは初めてのことで、貴重な思いだったが──しかしそのようなことをしている時間は雲隠になかった。
とにかく彼は、少しでも早く鍵を作らなければならない。
鍵の作成が全てにおいて優先されるべきことではないだろう。鍵さえあれば今の状況がどうにかなるわけではないし、爆弾を解除することができるかどうかも分からない。なによりここは孤島なのだ。四方を海で囲まれていては逃げ出せるわけもない。
あくまで得られるのはトランクの中身についての情報のみである。人に殺される可能性の高いこの島において考慮すべき問題の中で、優先順位はむしろ低いと言えた。
しかし目標というものは人を強く突き動かすものである。彼女から頼まれたのならなおさらに。
そんなことをおぼろげに考えていると、かまどの熱気で頬を赤らめた待雪が一杯の味噌汁を盆にのせて運んできた。雲隠はそれを受け取り、物静かにすすった。
(待雪さんの料理は間違いなく一流だ。それには理由があるんだろうか──彼女の料理は、ただ美味しいだけじゃない。もっと別なところにすごく魅力的なものがある)
感じたことのない感情に戸惑うことはなく、雲隠は冷静に思考を巡らせたが、けっきょく答えは見いだせなかった。
知らない方が幸せという言葉もあるが、この場合、知ったところでどうにもならないというのが真である。
2
短針が七時を回った頃、食堂は賑わいを見せ始めた。
待雪は一人で料理をすることに慣れていたが、しかしそれでも調理・盛り付け・配膳などをたった一人で成立させるのは困難を極めるらしく、彼女は慌ただしく厨房を駆け回っていた。
けれどそんな慌ただしさも落ち着きを見せ始め、待雪は息を整えながら、やがて来るだろうおかわりの波に備え新たに魚を焼き始めていた。
今日の朝食は魚と白米、それに味噌汁である。味噌汁は皮を剥いだ鶏肉が放り込まれていて少し贅沢な味わいだが、それ以上にこの料理には待雪の気遣いが強く込められていた。
コロシアイ生活という恐ろしい生活環境に突然放り込まれた彼らの不安や恐怖心を和らげるためには、日常的に食べているだろう和の食事が一番だと考えた末の献立だったのだ。
それが功をそうしたのか、はたまた単に彼らがお気楽な性格なのかは分からないが……少なくとも、食堂は活気に満ちていた。待雪はそれが嬉しかった。
魚はこの島の周辺で採れたものらしく、随分と身が引き締まっていて味が良かった。また野菜なども昨日の船で運ばれてきたものなのだろう、厨房に置いてあった食材は今朝取り替えられたばかりの新鮮なものが多かった。
食材が良いと、料理もまた輝いて見える。野菜は包丁を入れるとシャクシャクと心地の良い音を奏でるし、魚は触れるとぷりぷりとした弾性の反発を返してくれる。今朝はまだ使用していないが、解凍途中の肉も血色が良く、ルビーのように輝いて見えた。
「待雪さあん、ご飯残ってますか?」
人目を憚らずにそうやって大きな声で訊ねてきたのは、超高校級の新聞部である壱目蛍だ。朝から元気なものだと、待雪は魚の火の加減を見ながらご飯をついで、壱目に渡した。
「いやあ美味しいですね。特にお米が凄いです。一粒一粒が立ってるんですよ!」
「おう! 米がうめェ! おかわりだ!」
「おいひーでふ! おかわりをようきゅーしましゅ!」
壱目に次いでおかわりを叫んだのは、超高校級の野球部である
二人の他にも運動系の才能を持つ人は何人かいて、水泳部や剣道部などもいるようだった。そういった人たちは篝火や藤袴よりかは幾分落ち着いているようだった。それでも、よく食べることに違いはないのだけれど。
(やっぱり、食べ盛りは違うなあ……次からはもっと量を増やしたほうがいいかもしれない。特にお米はもっとたくさん炊いておかないと)
厨房から漂う魚のこうばしい匂いが、より食欲をそそる。
「追加の魚が焼けましたよう。持っていってくださあい」
食堂の喧騒にかき消されてしまいそうなほど小さな声だったが、しかしあっという間に彼女の前には人だかりができた。食事という心休まる行動に、自然と彼らは身を寄せていた。特に待雪という人畜無害そうな少女が料理をしていたことも理由としてはあるのだろう。彼らはすっかり安心し切って、食事のときばかりは嫌なことを忘れていられるようだった。
焼き魚の乗った皿があっという間になくなっていく様を見ながら、ふと待雪は澪標と雲隠の二人がいないことに気が付いた。一時間ほど前、雲隠は味噌汁を飲んだ後すぐに技術室へと戻っていったが……ひょっとしてそこに澪標もいるのだろうか。
(……後で、なにか差し入れでもしようかな)
用意してあったご飯の減りが激しく、その上まだまだ食べそうな勢いだったから、追加で野菜と鶏肉を炒めながら待雪はそのようなことを思いついた。
普段お世話になっているから……というほどに世話になってはいないが、昨夜トランクの話に参加させてもらったことが彼女の内に仲間意識のようなものを育ませているらしかった。
(サンドイッチとかなら二人は喜ぶかな。ミオツクシさんは洋食も食べそうだし、クモガクレさんはなんだって食べるだろう。…………、なんだって食べるっていうのはちょっと失礼かな)
待雪は人に料理を食べてもらうことで強い幸福を感じる人間である。なぜならそれこそが自分の存在意義であり、人の役に立てているのだと輝いていられることだったから。
彼女の料理に対する姿勢や思いは並々ならぬものであり、それは傍目から見ても分かるほどである。待雪という一人の人間を生かしているのは料理なのだからそれも仕方ないことなのかもしれないが、その輝きはあまりにも眩い。
「薫くん。おかわりいただけるかな」
「あっ、どうぞ」
凛とした佇まいで、ほっぺにご飯粒をつけながら、米粒のカケラ一つすら付いていない綺麗な茶碗を差し出したのは、鯉口という女子生徒だった。
超高校級の剣道部。
澪標が優雅さをその身に帯びているというのなら、彼女は凛々しさこそをその身に纏わせていた。確かな物言いは彼女の強い正義観を表しているようで、日本刀のようにしゃんとした眼差しは心強くもある。強さと可憐さを兼ね備えたその見た目は、見た目だけは、今の世の中には数少ない大和撫子のようだった。
鈍臭いのかは分からないけれど、よくつまづく彼女は凛と振る舞う。そしてとにかく、よく食べる。
澪標と並ぶほどに上背な彼女は男らしい言葉遣いも手伝ってか、どこか大人っぽくもあった。あるいはそう、姉のような、そんな包容力だって感じないわけではない。
「そうだ薫くん。夜はしっかり眠れているか? なにせこんな環境だからな、きっと不安だろう」
「……? ええまあ。でも夜時間に入ればすぐ眠りますし、わたしは化粧もしないので、朝はゆとりがありますよ」
「そういうことじゃないのだが……ううん、そうか。夜はよく眠れているのか……」
なぜだか残念そうに、鯉口は俯いた。
ただ凛々しい彼女のことだから、きっと自分のことを思い気遣ってくれていたのだろうと思った。
ちなみに薫くんと呼ばれている理由は待雪にも分からなかった。名前を教えると、「なら薫くんだな」と言われたのだ。そのとき彼女が見せた親しげな笑顔は今でもよく憶えている。
「ご飯粒、ついてますよ」
あくまでも親切心で、ただそれ以外のよこしまな感情などミリグラムだって混じっていない純粋な気持ちで、鯉口の頬に付着した米粒を待雪は手ですくった。さすがに食べるような真似こそしないが、慣れた手つきで行われたそれは鯉口を慌てさせるのに十分であった。
「うわっ、わわわっ、わあっ!」
その場から飛ぶように離れた鯉口は、ゆっくり体を揺らすと、かあっと燃えるように顔を赤く染めた。ぼおっとした目で待雪の顔を見つめていたかと思えば、途端に視線は忙しなく動き、呂律が回っていない舌で言葉を紡ごうと必死になっていた。混乱からか、両手は慌ただしく動いている。
呼吸は荒く、拍動が聞こえてきそうなくらいで、おそらくは動悸も激しいのだろうと思われた。
待雪は待雪で、その赤い顔を見て、怒らせてしまったのだろうかと罪悪感を覚えていた。そうして心配そうに様子を見ていた。声をかけようにも、なんて声掛けをすればいいのか分からない。
鯉口はひとしきり声にならぬ気持ちを叫んだのち、未だ熱冷めやらぬ様子のまま、どこか疎ましげな目で待雪を見ると、ぼそり一つ呟いた。
「一本、取られてしまったな。……それに、こういう積極性もなかなかアリかもしれない」
「は?」
口端に零れた涎を服の裾で拭いながら鯉口は後ずさる。待雪は不審に思い、視線だけは真っ直ぐと彼女の方に向けた。
視線を受けて鯉口は決まり悪そうに咳払いをし、ピンと背筋を伸ばして、少し目を逸らしたものの、一拍置いてから話しだした。一瞬だけ見ることができた横顔はとても凛々しかった。
「……ええっと、なにかおっしゃいましたか?」
「いいやなにも。すまないな、計画とは予想外の出来事が起きて驚いてしまっただけなんだ」
「いえ……こちらこそ、勝手に触ってしまって……すみませんでした」
「いいや構わない。これもまた侘び寂びだろう?」
「それは違うと思いますけど」
待雪の冷たい反応を振り切って、あるいは自己中心的に聞き流して、鯉口は続けた。
「そうだろうか? いや私はそう思わない。きっと人はそれぞれ違った侘び寂びを持っているんだと私は思う」
「そんな便利な言葉じゃないと思いますけどね……侘び寂びって」
風情もなにもあったものじゃないと待雪は目を細める。和の文化に傾倒しているわけではないのでなんとも思わなかったが、人によっては逆鱗に触れかねない物言いだと呆れていたのだ。
対する鯉口は無意識に虚勢を張って、あるいはそれが虚勢であることに気がつかないままに下手な口を開く。
「言葉は常に形骸化していくもの。だから中身はそれほど重要視する必要はないんだよ、薫くん」
「それ問題発言じゃないですか……? 剣の道を歩んでいる人が言っちゃいけない言葉じゃないんですか?」
「私の生き方は、剣の道だなんて言葉からは遠く離れたものだ。剣道家というよりはむしろ、私の場合は剣術家と呼んだ方が正しいかもしれないのだし」
「?」
言葉の意味が分からず首を傾げていると、鯉口は得意げな顔をして説明を始めた。説明を求めていたわけではなかったが、誇らしげに語る様子を見ていると止めてはいけないんじゃないかとすら思えてきて、渋々と、彼女の語る言葉に耳を傾けた。
「何事にも系統図があるだろう? だが、私の流派は剣道のそれとはまったく別のところにあるんだ。だから私のそれは剣道ではなく、邪道と言えるだろうな。故にそれは剣術なんだ」
「なるほど……?」
「ちなみに私で二代目なのです」
そう言って鯉口は独特な構えを持って剣術とはなんたるかを語り出した。そこに侘び寂びはなく、茶道や和食に精通している待雪の方がかえって侘び寂びに近しい存在であると思えるほどだった。
ただそれはきっと錯覚で、同時に鯉口の姿だって、まやかしに過ぎないのかもしれなかった。
「どういった流派なんですか?」
これは興味から出た言葉ではなく、ただ会話を繋げるためだけの質問だ。もっとも会話を無理に繋げる必要はない。待雪には厨房に戻るという選択肢もあった。ただ人とのコミュニケーション能力が壊滅的に低い待雪にとって、自分から話を切って場を離れるというのはハードルの高い行いだったし、なにか他に用事ができればそれを言い訳にして話を終えることができたのだろうが、しかし上手い別れの切り口を彼女は見つけられず、結果話し続けることにしたのだ。
「流派……ふうむ」
さっきまでの勢いはどこへやら。鯉口は腰に差した日本刀の柄をつつきながら、困ったように唸り声を漏らしていた。
彼女が持つ一振りのそれは真剣ではなく模擬刀なのだという。初日は凶器であることを疑われ、没収されていたのを待雪は思い出したが、どうやらあのあと返してもらえたようだ。
「見てもらった方が早いかもしれないな」
そういって鯉口は厨房の奥へと勝手に踏み入り、そして丸々と太った大根を一つ手にして戻ってきた。
「百聞は一見にしかず。もっともこの場合、一聞だって聞かせちゃいないわけだし、一見だって見せる気のない太刀筋なわけだけれど」
その言葉の意味がよく分からないといった風に、待雪は苦笑いを返すことしかできなかった。だがそれもまた予想の範疇なのだろう。鯉口は余裕そうに微笑んで見せ、一つに括られた長い髪を揺らして待雪から少し離れたカウンター席まで歩いて行った。その歩みに迷いはなく、立ち姿だけは日本刀のようなしたたかさがあった。
鯉口は深く息を吐き、瞳を閉じて低い姿勢をとった。深く深く沈められた腰は、一定の位置に辿り着くと時が止まってしまったかのように動きを止め、細かな揺らめきすらも許さぬ静寂を生み出した。
その姿勢がもっとも集中できるのだろうか。どうにも実戦向きとは思えないが、しかしそこに物々しい気配を感じてしまう。抜刀術という言葉もあるが、それとはまた違った……確かなことは言えないが、言葉で表すのなら、そう。まるでトリガーに指がかけられた状態の拳銃のように、それは物言わぬ殺意を秘めているように見えた。
ただ、その殺意はとても清らかなもので──
開眼と共に、鯉口は大根を宙へと放り投げた。
──それは刹那的な出来事だった。
熱い鉄を打つような、撃鉄の落ちる音がする。
鯉口は大根を放り投げた手で瞬時に模擬刀の柄を握り、それを引き抜いた
待雪は声をあげることすらできないでいた。だって、
ただ分かることは、いくつか煌めいた輝きこそが、大根を刻んだ
「えっへん」
抜身の刀を肩に当て、鯉口はしたり顔で仁王立ちをした。
「凄いだろう、凄いだろう?! 褒めて褒めて! 称賛して! ……とはいえ。おじいちゃんは素手で、それも構えずに同じことができるから、私はまだまだ半ちく──」
「鯉口ッ! お前のそれ模擬刀じゃねえのかよ! おい、押さえるぞッ」
「あ──」
言うが早いか、幾人かの男子あるいは女子が(女子とは藤袴のことである)手に持った箸を放り投げて、鯉口を組み伏せるように上から押さえつけた。
すっかり油断し切っていた鯉口はあっという間に取り押さえられ、なんのことだかてんで分かっていない様子で目を白黒とさせながら、弁解をすることもままならない状態で床に伏せた。
「──、──!」
ワーワーと騒ぎ声が聞こえるのを後ろに、待雪は机に転がった大根を見ていた。その切断面は実に滑らかで、それこそ鋭利な刃物で切られたかのようだった。確かにあの刀は模擬刀だったはずなのに──だというのに、どうして?
鯉口の構えはまるで居合術でもするかのようなものだったが、しかしそれとは大きく異なるものだと直感した。そも居合術とは素早く切るための術ではない。あくまで帯刀時に襲われたとき、素早く対処するための技術である。そのため刀を抜く速度は早くても、太刀筋まで速いというわけではない──しかし彼女が見せた太刀筋というものはまるで見えず、ただその輝きだけが目眩として瞼の裏に焼き付いた。
音は聞こえず、知覚できたのは残光だけ。
この大根を切った本人は、数人がかりで組み伏せられている真っ最中でわけを聞くことは難しそうだったが──しかし聞いたところで、理解はできそうにもないと、直感的に悟った。これはきっと種や仕掛けのあるものではないのだろう──
にわかには信じがたい、狐にでも包まれたかのような、そんな気分だった。
3
朝食後。ひとしきり皿を洗い終えた頃。
人影も減った食堂で、鯉口は『私は悪い子です』と書かれた板を持たされ、地べたに正座で座らされていた。涙が頬を伝うようだったが、厨房にいる待雪からはカウンター越しに頭部しか見えなかったため、彼女の悲しみというものを察してあげるのはできそうにもないことだった。
「まったく困ったものですね、鯉口は」
と、ため息混じりに呟いたのは藤袴だった。彼女は鯉口の正面に立ち、見下ろすようにして腕を組んでいた。
彼女一人だけが鯉口を監視しているわけではなく、篝火や
自警団とはいえ、そこに明確な主義や団体名があるわけではなく、ただ殺し合いが起きてしまわないようにと活動を行なっている個人が揉め事の予感を察知して自然に集まっているだけであった。とはいえ、出会って二日の彼らが鯉口を取り押さえる際の動きは見事の一言に尽きた。
彼らの行いが意味のあることなのかどうかはまだ判断しづらい。だが少なくとも、昨日のうちは不審なことなど一つも起きておらず、子供の道化と吐いて捨てるのにはまだ早いと言えた。
それに少なくとも彼らのような存在がいることで、みんなの頭の中にある不安も多少は和らいでいるだろう。あるいは気の迷いだって、取り払われるのかもしれない。
「……確かに、これは模擬刀だな。到底物を切れるような鋭利さはない。刃は潰えているし、仕込み杖のごとくどこかに刃が隠れてるというわけでもなさそうだ」
鯉口と模擬刀を交互に見つめながら、超高校級の探偵である匂宮は言った。こんな
力を込めて押しつぶしたというわけでもないようで、大根の切り口は実に滑らかであったし、なにより繊維が潰れていないのか、鋭利な包丁であっても溢れてしまうような汁ですら断面には滲んでいなかった。
(切断面を合わせたら、そのままくっついてしまいそう……)
そんな感想も出てしまうほどに見事な切断だった。
「切れる刀で切ってなにがおもしろいのか」
「切れない刀で切るな。ミステリー小説なんだよ、これ。知ってるか? ヴァン・ダインの二十則っていうのがあってだな、それには空想科学は登場してはいけないとあるんだよ。馬鹿な真似をする前に、ノックスの十戒と合わせて読んどけ」
「そんなの私は知らない。今からホラーサバイバルスタイリッシュアクションシリアスギャグ小説に切り替えないか?」
「長いな。丸太だけで十分だろ」
「いや、無理ですよ……この島はオーストラリアほど大きくはありませんし」
それもそうか、と匂宮は肩を落とした。残念がっているわけではなく、単にこれは超常現象めいた光景を目にしてしまったために気落ちしているようだった。わからないものをわからないままにしておくことを良しとはできないのだろう、気の進まなそうな態度で彼は話を進める。
「じゃあ情報を整理するが……まずこの模擬刀でなければオマエはなにも切れない。たとえば体育館にある木刀であったり、包丁などで似たような真似はできない」
「そうだな。認めたくないものだが、あの模擬刀じゃないと技は使えない」
「そして……技を使うためには心を落ち着かせる必要があり、興奮状態ではうまくいかない。だからああいった構えをとって精神を統一させていると……」
「おじいちゃんならもっとスパスパ切れるんだがな。それこそあの人は、全身凶器みたいな人だった」
「……あ? やッぱこいつ、野放しにしとくと危険なンじャねェか? 縛ッとこうぜ」
どこから取り出したのか、篝火は少し粗めなロープを掲げてそう提案した。自身に対する荒っぽい処遇に驚いたのか、鯉口は持っていた板を床に落として立ち上がる。
「ま、待て! 私を縛ってなにをどうしようというんだ?! そんな、破廉恥な!」
「なにも言ッてねェし、してねェだろ」
「そんなっ! 私にそのような趣味はないというのにっ……! 美少年美少女に縛られるのならまだしも……!」
「とッととお縄につけ」
言うより早いか。鯉口はあっという間に背面で両手を縛りあげられ、拘束をより強固なものにするため、結び目のあたりに楔代わりの模擬刀を強くねじ込まれた。
縄が痛むのだろうか。苦痛に悶えるように背を反らし、苦しげな声で彼女は助けを求めた。
「くっ……! か、薫くん! どうにかならないだろうかっ」
「無理ですよ」
「そ、そんな……!」
助けようにも、自分より背が高く、その上体格も良い三人を相手に待雪が一人で勝てるわけない。鯉口だって三人を相手取ることは不可能だろうに、たかだか料理人には到底無理な話だった。
「私はこれからどうしたらいいんだ?! ごはんはっ、これじゃ薫くんのごはんが食べられないだろう!」
「そこなのか? もっと心配することも……あるだろう」
淀んだ口ぶりで匂宮は諭す。
しかし鯉口は一歩も引こうとはせず、芋虫のように身を捩らせながら叫んだ。
凛とは一体。
「アー……食べさせてもらえばいいだろ。仲のいい奴によォ」
そう提案したのは篝火だった。そこに人を見下げるような意図はないようで、至極真剣な表情でそう言っている。
すると鯉口は悲壮な面持ちで訴えかけた。
「私に仲の良い友がいるとでも?」
「知らねェよ。もういいから、オマエ黙ッてろ」
聞いているだけで、見ているだけで、頭が痛い。
なんというか、こう、鯉口は顔が良いだけに、そして雰囲気こそ凛々しいが故に、中身とのギャップに頭が痛むのだ。
自分は関係ないのだからと痛みを振り切るように待雪は厨房の奥へと姿を隠した。
(悪い人ではないんだろうけれど、でも、関わっちゃいけない人だったのかもしれない……)
往々にして変人は存在するが、やはり超高校級の肩書を与えられるだけはあるのだろう。この島には頭のネジがいくつか足りていない人が多すぎると、待雪は他人事のように嘆いた。
時計を見てみれば、まだお昼まで時間もありそうだったから、昼食の準備へとりかかる前に澪標と雲隠への差し入れを手早く作ってしまおうかと、今朝のうちから用意しておいた材料を手にナイフを握る。
思えばこの数日、様々なことがあった。
店に立つだけでも風変わりな人を見かけることは多々あったけれど、ここまで濃密な個性をぶつけられたのは初めての体験だった。そして同時に、そんな才能の持ち主も根はただの高校生なのだと知ることができた。
東屋という少女が言うには、この生活を生き抜けば希望ヶ峰学園で学生生活を送ることができるかもしれないという。超高校級と呼ばれる彼ら彼女らと笑顔を浮かべながら共に同じ学舎の屋根の下で学問に励む未来もあったのだろうかと、少し想像してみた。
同じ制服を身にまとい、教室という狭い空間の中で三年間机を並べる。……それもまた、人生だろうか。
正直、よく分からない。
「明日からよろしく頼むぜ、待雪」
「へ?」
パンを切る手を止めた。
突然名前を呼ばれて驚いたというのもそうだが、なにより「よろしく」となにかをお願いされた事実を認めたくなかったのだ。というか、文脈から察するに、既にそれは決定事項らしい。
「薫くん。明日からは私の身の回りの世話、よろしく頼む。いやあ、なんだか照れてしまうな。こう、面と向かって君の顔を見ると、恥ずかしいというか……」
「嫌ですよ」
「なにゆえ」
カウンターから顔を覗かせていた鯉口は驚いたように目を見開かせると、うねるように身じろぎ、厨房へと侵入してきた。
彼女のことを見下ろしながらじりじりと後ずさる。言葉が出ないとはこういうことなのだろうか。みっともないその姿に、掛ける言葉がなかった。
「だって……ええ? どういうことですか……? 身の回りの……お世話? わたしが、コイグチさんの?」
「その通りだ。薫くんは理解が早いんだな──助かるよ。あのトンチキどもとは大違いだ」
腫れ物でも見るかのような目を匂宮ら三人に向けたのち、鯉口はそう毒を吐いた。
「奴らに両手を縛られてしまったから、お風呂や食事の面倒を見て欲しいんだ──なにぶん、両手を縛られてしまったからな」
大事なことなので二度言いました、とでも言いたげに、鯉口は軽やかな笑みを見せる。セリフと表情が合致していない。
待雪は現状を理解したくないのだろう。数秒ほど固まると思考を放棄したようで、料理する手を再び動かし始めた。彼女は完全に、理解を拒んでいた。
(……悪い夢なんだ。これは)
しかし残酷なことに、足に縋り付く顔が良い女はとにかく顔が良かった。顔が良かったし、顔が良かった。
「──はしたなさは乙女の恥だが、乙女同士のそれは百合の花だぞ」
「は、はあ……? ちょっとなにを言っているのか……すみません。長いこと、海外で生活していたので……最近の日本の文化には疎くって……なんですか? 百合の花? 生け花なら覚えがありますよ」
「心配するな。おそらく私の方が歳上だろうから、おねえさんとしてしっかり手引きしてあげよう」
その堂々とした台詞が、目の前にいるみっともない格好をした女子生徒から出てきたものとはとても思えないし、思いたくもなかった。吐いた台詞に下卑た気持ちなどはなく、善意だけでそう提案しているような口振りだったが、言っていることはただただ下劣で、そして愚かしい。
仮にこの発言が善意のみで構成されているとしても、悪意なき善意など悪意となにが違うというのだろうか。
「ニッ……フジバカマさんっ。どうにか、なりませんか。わたしは料理をつくらないといけないので、人一人をお世話している時間なんて、とてもじゃないけれどありません」
ちらりと匂宮の顔を見たが、顔を見た途端頼り難いように感じて藤袴に助けを求めた。けれど藤袴は残念そうに両手を上げて、
「すみません。そうしたい気持ちは山々なのですが……私は少し鈍臭いところがあるようで、監視をしていたとしても、逃してしまうかもしれないのです」
と悔しげに言った。
「ええ……じゃあ、他の二人はダメなんですか? それに一人がダメなら、二人組を作れば良いじゃないですか」
危険な行動をとった鯉口を組み伏せたときだって、彼らは三人がかりで鯉口のことを押さえつけていた。それは複数人で組みかかった方がより有利だからに違いない。なら監視をするときだってそうすれば良いのだと訴えかける。しかし。
「いや、それもダメだ」
そう否定したのは篝火だった。
「その……なンだ。俺たちじャア、風呂やトイレまで付き添ッてやれねェからな」
「え……そこまで世話させるつもりなんですか……。赤ちゃんじゃないんですし、心配しすぎなんじゃないですか?」
「そんな! 赤ちゃんプレイだなんて!」
「それに、模擬刀がなければ切ることだってできないそうですから、取り上げるだけでいいと思うんですけれど」
「万が一もあるだろ。さっきこいつが言ってたことだが、別に素手でもできることらしいし」
確かにそんなことも言っていたような気がすると、待雪は険しい表情のまま溜息をついた。
現状に納得することはできないが、しかし現状を打開するための手立てが上手く考えつかないのだ。
するとそんな待雪の心境を知ってか、はたまた偶然か、さきほどまで黙っていた匂宮が待雪を擁護するように慌ててこう言った。
「いや待て、よく考えてみろ。こんな背丈の低い女一人で鯉口が暴れたときに対処できると思うか? 無理だろう」
(なんだか馬鹿にされたような気がする……というか、そもそもなんでわたしがコイグチさんの面倒を見なくちゃいけないんだ……?)
浮かんできた言葉を投げかけることもできただろうが、しかし待雪はそうしたい気持ちをぐっと堪えて、打開策がないか考えた。
要は自分一人が責任を負うような未来を回避すれば良いのだ。無関係でいることは無理そうだからと、それはとうの昔に諦めていた。
「……わたしも手伝うということに、拒否はしませんから……せめてこうしませんか……?」
現状考え得る中で浮かんできた、比較的マシな考えを言葉にする。もっといい考えだってあったかもしれないけれど、今はこれが精一杯なのだから仕方がない。
三人と、それから一人の目を順に見つめて、彼らの意識が自分に集中していることを確認してから話し始めた。
正直、人に見られるのは苦手だったし、意識を向けられることに対してあまり良い気持ちは抱けなかったが、しかし耐え切れないほどではなかったため、今の心情は表には出なかった。
「お風呂とトイレの面倒は、わたしとフジバカマさんで見ましょう……同じ女性ですし、それにわたしだってお風呂に入っている間は料理もしませんから、支障もありません」
「ふむ、なるほど」
「それで、それ以外の時間はフジバカマさんとカガリビさん、そしてニオウミヤさんの三人がそれぞれバディを組んで見張るというのはどうでしょうか……? フジバカマさんとカガリビさん、カガリビさんとニオウミヤさん、ニオウミヤさんとフジバカマさん……と、代わりばんこでやれば、三人でも順番にできるんじゃないかなと……二人で監視するのが難しいというのなら、食堂に滞在していただければわたしも時々様子を見ておくので。それでバランスを取りましょう」
「ん……だが、いいのか? それだと、下手すればお前は休める時間がないだろう」
と、心配するような……素振りは見せず、単に疑問に思ったことをそのまま述べたような口ぶりで匂宮は言った。
篝火は特に問題とは思っていなかったらしく、あるいは話の内容などなんだって良かったのか、腕を組みながら赤べこのように首を縦に振り続けていた。
「いいんですよ。……まあ、わたしだってずっと食堂にいるというわけではありませんし、常に監視できるというわけではないですから。……それに、最初に出た『わたし一人で監視する』という案よりはずっとマシですよ」
「それにしたって……ん、いや、お前がいいっていうなら、俺から言うことは何もない」
「それじゃあ、あとは三人にお任せしてもいいですか?」
そう尋ねると、匂宮ら三人は顔を見合わせたあと、示し合わせたように頷いてから待雪の意見を肯定した。
「私から特に意見はありません。それでいいと思います」
「おう、いいんじャねェかなァ」
「構わないが……分かった。風呂の時間なんかは藤袴に任せておくから、そっちでやりとりしてくれ」
「じゃあ、そういうことで……」
そこで待雪は会話を切り上げた。
結果としては不本意な結末を迎えてしまったけれど、これで今の生活から一つの危険性が取り払えるというのなら安い代償だったのかもしれないと自分に言い聞かせる。そうでもしないと、自分が報われない気がした。
幾度となく中断されたサンドイッチ作りにようやく集中して取り掛かれるのが唯一の救いだった。
【挿絵表示】
鯉口さんの貴重な抜刀シーン、イラスト
【建物】
まず洋館があって、玄関ホールの左右それぞれが寄宿舎として機能しています。玄関ホールから正面へ進むと外廊下があり、踊り場に出ることができ、そこからさまざまな校舎へと経路がつながっています。
校舎名は主に一、二、三。上、下と言った記号で区分される(例:上一番校舎、下三番校舎)。
また、教室や校舎はすべて最初から解放されている。
寄宿舎からは庭に出ることもでき、そこからは外の景色や空を眺めることができる。背の高い雑草が生い茂っているものの、芝生が敷かれた広間もあるため、昼はそこで眠ることも悪くはないかもしれない。
・下一番校舎
食堂として利用される空間が広がっている。また、奥の方には厨房もあり、その二つはカウンターを通してつながっている。夜時間の間は封鎖されており、数日に一度、食材が入れ替わる。
・下二番校舎
体育館。なにかしらの発表であったり、集合をかける際はここで集まる。体育館の奥にはいくつかの個室があるようだが、そこへ繋がる扉は実に堅牢で、到底開けられそうにない。バッテリーの交換や事情聴取などは、その個室で行われる。
・下三番校舎
浴場。壁が高いコンクリートで覆われているものの、しかし空を眺めることができるため、擬似的な露天風呂を味わうことができるだろう。浴場は一つしかないため、男女で時間を分けて入らなければならない。
・上一番校舎
空き教室が大半を占める。保健室、倉庫といった生きていくのに必要不可欠なものが揃っている。
・上二番校舎
書道教室。空き教室。
・上三番校舎
図書室、理科室、音楽室、被服室、技術室。空き教室。
※上二番校舎と上三番校舎に関しては、日常編で新しい教室が増える可能性アリ。